帝が壊れようが、皇后が壊れようが常に刻の川は流れていく
朝陽が2歳の誕生日を迎えた日、一つの事件が起きた。
その日、帝の提案で朝陽の誕生日を盛大に祝おうと洛陽中慌ただしく準備に追われていた。
昨年も同じような騒ぎになりかけたのだが、朝陽が風邪をひいてしまったのでそれどころではなかったのだ。
ちょっと様子を見てみよう。
「ねぇ聞いた聞いた?」
「なになに?」
「今日は全ての侍女や女官、上から下まで全ての役人が宴に参加できるんですって♪」
「ほんと?」
「ほんとほんと。まぁ給仕をしなきゃいけないから、交代でってことだけどね」
「それでも嬉しいわぁ。今までこんなことなかったもの」
「そうよねぇ、帝も粋な計らいをなさるわぁ♪美味しい料理が待ってることだし、頑張って準備しましょ」
「うんうん」
─────侍女たちが浮かれているようだ。
「帝にも困ったもんじゃなぁ」
「いやいや、全く。盛大に祝うのはいいですが、その費用を誰が捻出すると思っておられるのか」
「うむ。わしも領内からかき集めてきたわい」
「ですなぁ。…いやまぁしかし、子を持つ親として、帝のお気持ちも分からんでもないですからな」
「確かにな。まぁ領民には泣いてもらうしかあるまいよ」
「そうですな、折角の宴です。楽しまなければ損というもの」
「うむ、皇子様を拝見できるようだしの」
─────諸侯たちはなんだかんだで楽しみにしてるようだ。
「あ~、もう何を着ようかしら?朝陽の晴れ舞台だものね ばっちり決めちゃうんだからっ♪」
「あの… 皇后様。ご挨拶したいと皆様お見えになってらっしゃるのですが」
「あ~ん、もうちょっとだから待ってね~ ってあら? こっちもいいわね♪ ん~迷うわ~」
「はい。ではそのようにお伝えいたします(これは当分かかりそうですね)」
─────やっぱりこの人が一番浮かれていた。
さて、皆が浮かれているときに、我らが主人公は何をしているのだろうか?
<<ジタバタジタバタジタバタ>>
「こ~ら、あばれないの。きょうはおたんじょうびなんだから きれいきれいにしまちょうね~♪」
「かりんさん。ふくをぬがせるのはゆずりますけど あらってさしあげるのはわたくしですからね」
「だぁ!やぁ!あぅ!」
<<ジタバタジタバタジタバタ>>
絶賛ピンチ真っ只中のようだ。
(なんでこんなことに?いつも洗ってくれるおばちゃんはどうした?若い子じゃなくて安心してたのに!)
「ふふふ。いつものじじょなら いそがしそうだったからかわってもらったわよ?」
(ふふふなんて笑いながら服を脱がすんじゃない!このエロ幼女!ああっダメっそれ取らないで///)
「はいっこれでよしっと。ほんとにもちもちのおはだね …レロッ♪ それにとってもあまいわ♪」
「かかかかかりんさん!そういうことはおやめなさいとあれほど!いやらしいですわっ!」
「あられいは?あなたこそ、どこをそんなにみつめてるのかしら?」
「お、おちんちんなんてみてませんわっ!」
「あらあら、そんなところをみてたの?れいは、あなたもそうとうなものじゃないかしら?」
「きーーっl!もういいですわっ!さっさといきますわよっ!」
顔を真っ赤にさせてスタスタと浴場へ行ってしまった。
「あらあら、からかいすぎたかしら。さ、いくわよ♪」
(……………………なんなんだよ、この羞恥プレイは…)
心なしかグッタリしている朝陽を抱き上げる華琳なのであった。
<side朝陽>
オッスオラ朝陽!みんな元気にしてっか?
えっ?なになに?なんでそんなにテンション高いんだって?
はっはっは!何言ってるんだ?
こんなの正気でいられるわけないじゃないか?
「おーっほほほほ♪さぁべんさま、わたくしがきれいにいたしますわ♪」
浴場に入るとタスキをかけてやる気満々の麗羽が、岩風呂の横で湯を張ったタライの前で待ち構えていたんだ。
ここまで来てしまえば助けも来ないだろうし。そもそも誰も助ける気なんてないだろうし。
傍から見れば微笑ましい光景だろうからね。幼女たちが赤ん坊をお風呂に入れるってさ。
覚悟も決めたし、ドンとこいってなもんだった。
「あら、れいは?ふつうにあらうなんてつまらないんじゃない?」
なんていう戯言が聞こえてくるまでは。
「ならどうしろというんですの?」
「ふふ、こうするのよ♪」
<<にゅるっ にゅるるっ>>
おおおおおおおおおおおい!何してんだ おおおおおおおおい!
石鹸がわりの香油を手につけて、直接手で体を弄り始めやがった。
「またあなたはそんなことを! …あら?べんさまきもちよさそうですわね」
「ふふふ、あなたもやってさしあげたら?」
「じゅるり…おほん、え、ええ。そうですわね。べんさまがよろこばれるのでしたら」
麗羽さん ヨダレヨダレ!!
ふわぁぁぁああ! 参加するんじゃねぇえええ!
ぷにぷにした4本の幼女の手が…20本の指が全身をくまなく這いまわる。
ちょ、マジ無理だってこれ!なんて風俗なんだよこれ!まぁ行ったことねぇけどさ。
流石にこの歳で一部が充血するなんてことはないけどさ…
まぁそんなこんなで正気じゃいられないってわけさ。
開き直り身を任せて、…んぁ…ぅぅん……あっ…ふぁん… と悶えてると、華琳がまたおかしなことを言い出した。
「さすがにあついわね。このさいいっしょにはいっちゃいましょう」
「そうですわね、それがいいですわ♪」
麗羽も何かがはずれてしまったんだろうか、ノリノリで脱ぎ始めた。
「こんどはからだもつかって あらってあげましょ♪」
や~~~め~~~て~~~!それじゃほんと風俗だから!2歳児にそんな経験積ませないで!(号泣
───とはいえ、幼女たちの脱衣をガン見してる時点で説得力皆無なんだが。
<side out>
<side???>
私は今、あのお方に言われたことを思い出している。
「この大陸は今、悲しみに満ちている。それは何故か?帝が賢すぎるせいなのだ。普段あのような態度をとっておられるが、実際は裏で我々を操り、悪政を敷き、それをあたかもご自分のせいではないように振舞われておるのだ。我々家臣だけで政務を行えるようになれば、必ず今の世を救ってみせる。幸いというか、現帝は病弱な方だ、そう長くはもたないだろう。問題は弁皇子だ。父親と同じようになってはこの先も暗雲を払うことなど適わなくなってしまう。ではどうするか?」
国の将来、民の状態を嘆き、救おうとされる尊いお方。
「教育すればよいのだ、父親のようにならぬように。しかし、現在すでに2名の者がその任に就いてしまっている。袁家の娘は問題ないが、曹家の娘はまずい。5歳の幼い身でありながら、六韜三略、孫子などを諳んじ、武芸においても並の兵士では敵わぬという。野心も強そうだ。この様な者が皇子の傍にいては…」
曹家の娘…曹操孟徳。確かに野心の強そうな眼をしている。
「この様なことをお前に頼むのは心苦しい。が、大陸の未来のために、なんとか頼めぬだろうか?」
「おやめ下さい。身寄りのない私を救って頂いたご恩、今こそお返しする時でございます。必ずや曹操を排除してご覧にいれます」
「うむ、感謝するぞ。…決行のときは追って連絡する。お前はそのまま侍女として潜伏を続けてくれ」
……
………
…………
あの後半年が過ぎ連絡があり、今私は毒針を吹き矢に仕込み、機会を窺っている。
賊に両親を殺され、生きる当てもなくフラフラと彷徨っていた私を、偶々通りがかったあの方が保護し、実の娘のように接して下さった。
失敗は許されない。
必ず成功させてみせる。
救って頂いた命、あの方の為に散らすことに何のためらいもない。
隙を窺っていると、曹操が服を脱ぎ、皇子を抱きながら岩風呂に入るのが見えた。
好機だ!
裸ならば服に引っ掛かって針が体に届かないなどという心配もない。
───曹操の首元に向かって吹き矢は放たれた。
<side out>
(今日もいい天気だなぁ、そよ風も心地よく吹いて… お、あの雲ソフトクリームっぽいなぁ、あっちは鯵のヒラキっぽいなぁ)
朝陽は現実から逃避していた。
「ふふふ、いいゆねぇ。うりうり~♪」
<<ぷにぷにっ>>
「いいゆですわね。すりすり~♪」
<<しゅにしゅにっ>>
(し、心頭滅却すれば紐素股ズシ!じゃなかった火もまた涼し!そうだ、風景を見て気を紛らわすんだっ!)
そう思い、周囲を見渡してみる。
するとふと、裏の林の方になにやら動く影が見えた。
(お?こんなところに動物が?野良猫かなんかかな~?顔出してくれないかな~?)
少し目を凝らしてみる。
(ってあれ?なんか筒状の物が見えるような… ってあれ吹き矢じゃねぇか!?
なんか思いっきりこっち向いてるぞ!
華琳、麗羽!…って駄目だ、こいつら俺弄りに夢中で全く気づいてねぇ!
狙いは俺か?……いや、違うな若干ずれてる… 華琳か!
ふざけんな!皇子の俺ならともかく、こんな幼い子を殺して何になるってんだ!)
朝陽は華琳の腕を手繰り、必死に矢の軌道から彼女を庇おうと乗り出した
(ちくしょう!間に合え!間に合え~~~~~~っっ!!)
<<シュッ ………プスッ!>>
一瞬激痛が襲い、それで間に合ったと満足した朝陽は、そのまま意識を失ったのであった。
<side華琳>
一瞬何が起きたのかさっぱり分からなかった。
皇子が私の腕を強く掴んだと思ったら飛びかかってきたのだ。
あら、甘えたくなったのかしら?なんて思ったものだ。
飛びかかってきたくせに、そのあと全く動こうとしない皇子を見て、何か違和感を覚えた。
腕に何か…あら?何かしら…これは、毒針!?
見ると皇子の腕の刺された部分はすでに紫に変色し、脂汗を流し、顔は真っ青になっている。
麗羽も気づいたようだ。
「おうじさま!おうじさま! ああ…どうしましょう どうしましょう」
顔を真っ青にしてオロオロしている。
…私まで取り乱すわけにはいかない。落ち着きなさい華琳。
あなたは誰?曹巨高が娘、誇り高き曹家の後継ぎでしょう?
まずは、状況を把握しましょう。
まずすべきことは
「たれかある!」
「はい。どうなされましたか?」
「おうじさまがふしょうなされた!どくやでねらわれた!すぐにいしゃのてはいを!」
「えっ!はっはい!」
これでも足りない。
皇子は私に飛びかかり、覆いかぶさったことで負傷した。
となれば、この吹き矢で狙われていたのは私だ。
なんとこの方は、この幼い身体で私を庇ってくださったのだ。
一生の不覚と落ち込んでる暇などない!
この方の命を救えないなど、この曹孟徳の誇りが許さぬ!
なんとしても救ってみせるわ!
「おうじさま、すこしいたいけれど、がまんしてくださいね」
少しでも毒を抜かなければならない
そのために最も変色の激しい部分に噛みつき、そのまま力を込めて噛み千切った。
「ぐあぁぁぁぁああ!」
皇子の悲鳴が心に響き胸が痛い。
私の顔も服も返り血を浴びて真っ赤に染まっていることだろう。
でもそんなことは関係ない。
毒がまわらない様に血を吸い出しては吐き、吸い出しては吐いた。
少しずつ皇子の顔に生気がもどってきた頃
「こちらです!」
「朝陽!朝陽~!しっかりして!かか様が必ず助けてあげるからね!」
「お前は余の世継だ!簡単に死ぬなんて許さぬぞ!」
両親が駆けつけて、私から皇子を引き?がして連れていった。
「さて、曹孟徳、並びに袁本初よ。話を聞かせて貰おう。引っ立てい!」
そして私たちは近衛兵に連行された。
<side out>
朝陽は致死の毒に侵され、生死の境を彷徨っている。
「典医よ、どうなのだ?たすかるのか?」
「真に言いづらいのですが… 私の力では… 申し訳ございません」
医師は俯き、力なく言葉を吐いた。
「なぜ!?何故なのです?目出度い誕生日に、何故朝陽がこんな目に遭わねばならないのですか?まだ2歳なのですよ!?」
何皇后の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、その場で泣き崩れた。
「朝陽!死ぬんじゃない!…ック」
帝もいつもの陽気さ全くなく、必死に息子に呼びかける。
「失礼します。医師をお連れしました」
「スマン。遅くなった。五斗米道を学んだ華佗という。患者は何処だ?」
「これ、帝に向かってそのような言葉遣い…」
「ん?ああ、こう言っちゃなんだが、俺は医者だ。俺の前では帝だろうが農民だろうが等しく患者にすぎない」
「しかし!」
「よい侍従長。華佗といったな?聞いたことがある、名医中の名医だと。こちらだ、診てくれ」
「ああ。…ん?これは…毒か」
しかし朝陽は幸運だった。
偶々洛陽を訪問中の華佗が、騒ぎを聞きつけ駆けつけてくれたのだった。
「どうなんだ?余の子は、朝陽は助かるのか?」
「ああ、正直俺以外の医師ではどうにもならないだろう。もう少し駆けつけるのが遅かったら、毒がまわっていたら厳しかったかもしれんが、なんとかなるだろう。応急処置もよかったようだしな」
「おお!頼むぞ!なんとか朝陽を救ってやってくれ!麗羅、朝陽は助かるぞ!」
「えぇ えぇ 何とぞお願いします」
「ああ。では少し集中したいのでな。悪いが外で待っていてくれ」
「うむ。頼んだぞ」
華佗以外の全員が外へ出ると、
「いくぞ!五斗米道奥儀!全力全快!乾坤一擲!破邪滅殺!必殺必治癒!元気になぁれぇぇぇえええ!」
中から叫び声が聞こえ、華佗が部屋から出てきた。
「どうなんだ?助かるのか?」
「あぁ。毒は全て浄化した。ついでに脳に住んでいた病魔も浄化しておいた。すぐに目を覚ますだろう。腕の傷だけは残ってしまうが」
「おお!ありがとう、ありがとう。…うぅぅ」
「感謝いたします。ほんとうにありがとう …うぅ」
「しかし脳の病魔とは何のことだ?」
「ああ、こう言っちゃなんだが、あの子は成長が遅かったんじゃないか?歩けなかったりしゃべれなかったり」
「あ、ああ。その通りだ。まさかそれが?」
「脳に巣食った病魔が成長を阻害していたんだ。まぁ弱い病魔だったからそのうち自力で退治できたかもしれんが」
「そうか…そんなことが…。おっといかん、汝は朝陽の命の恩人だ、礼をせねば… 」
「いや、当然のことをしただけだ。それよりもお子さんを大事にしてやってくれ。幼い身体に毒は酷過ぎる。」
「ふむ… 欲のないことだな。礼とは言えんが、洛陽に滞在するときはいつでも宮廷に遊びに来てくれ。心から歓迎するぞ」
「ああ、そうさせて貰おう。では俺はこれで失礼する」
「うむ。世話になった。また会おう華佗」
そこへ騒がしい足音が近づいてきた。
<<ッダダダダダダダダ!>>
「む、何事だ、騒がしい!朝陽が寝ているのだぞ!」
「も、申し訳ございません。しかし、帝のお耳に入れたきことが」
「なんだ、申してみよ」
「っは。しかし・・・」
「構わぬ。ここには信用できる者しかおらん」
「っは。弁様を狙った者を調べているのですが、侍女が情報を持っておりました」
「なんだ?」
「っは。教育係の少女二人が、怪しい男に針を受け取ってる所を見たと申しまして」
「なんだと!?…余が直々に話を聞こう。案内いたせ」
「っは」
(あの二人が犯人?信じられぬ。何かあるに違いない)
本心を表情には出さず、案内されるまま、帝は侍女のもとに赴いた。
「この者か?張譲よ」
「はい。この侍女でございます」
「うむ。では汝が目撃したということを話すがよい」
「はい。昨晩のことでございます。なかなか寝付けなくて夜風に当たろうかと中庭に出ようとしたのですが、木陰でこそこそと話す人影が見えまして。興味が湧いたのでコッソリ近づいて聞き耳をたてたのですが…」
「ふむ、人影とは何者だったのだ?」
「はい。3人の人影だったのですが、一人は分りません。見たことのない男でした。新しく士官した方かと思ったのですが。あとの二人は間違いなく、教育係のお二方でございました」
「ふぅむ。間違いないのか?」
「はい。特徴的な髪型でございますので、間違いないと存じます」
「左様か。して、何を話しておったのだ?」
「それが… 小声でよく聞き取れなかったのですが…」
「よい、話せ」
「はい。なにやら… 毒ですとか、排除、決行などといった言葉が聞こえまして… なにやら光る物を受け渡ししておりました。今考えまするに…あれが毒針だったのではと」
「…ふむ。それが真実であれば…」
「帝!真実であれば、ではございません。すでに明らかでございましょう。事は皇子様の暗殺未遂。決して軽いことではございませぬ。曹家、袁家共々然るべき罰を与えましょうぞ!」
「…ふむ。二人はどうしている?」
「はい。この侍女の証言を聞き、今は牢に入れてあります。早速玉座の間にて諸侯立会いのもと、裁きを下しましょう」
「わかった…それしかあるまい」
(目撃証言…怪しいものだが… 事が事だけに迅速に対応しなければ朝廷の権威が更に失墜してしまう。二人の少女には悪いが… 余にはどうすることもできん)
二人を見送ったあと、残った侍女がほくそ笑む。
(ふっ。皇子が曹操を庇ったときは焦ったけれど、流石は張譲様。これで曹操の処刑は免れないわ)
───そう。これは全て十常侍の筆頭、張譲の謀であった。
(帝は馬鹿でいいのだ。霊帝はこちらの思惑通りに踊ってくれている。
だが、霊帝は病弱だ。近いうちに崩御していまう可能性がある。
弁皇子が愚か者であればいいが、そうでなければ我々の障害になる。今までの様にやりたい放題できなくなってしまう。
曹孟徳だったか。あの者は優秀すぎる。皇子と共にあっては、いずれ必ず障害となろう。
殺すのが手っ取り早いと思ったが、失敗したことで更に良い結果になるとは… 面白いものだ。
何にせよ、これで目障りな曹嵩、袁成ともに排除できる。笑いが止まらんわ)
───二人の少女を救うことができるのだろうか?
朝陽はまだ眠っている。
───牢に入れられてる少女華琳は一人思考に没頭していた───
狙われることは初めてではないし、狙う相手も心当たりが多すぎるわね。
曹家に仇為そうとしてるのか、それとも私自身に対するものか。
どちらにせよ、一生の不覚だわ。狙われてることに気付かなかったなんて。
侍女の仕事を奪っておいて、皇子を危険に晒した… この事実がある限り、言い逃れなんて出来ない。
っふ、無様ね華琳。
大陸を照らす日輪になる?こんなところで罠に掛ってる愚か者が何を自惚れてるのかしら?
無様なまま死ねばよかったのよ…
弁皇子… あの可愛らしい子が… 私の代わりに毒で苦しんでるなんて!
お願いだから、お願いだから無事でいて───
少女の頬をキラリと熱い液体が伝って落ちた。
───牢にいれられてる少女麗羽は混乱していた───
なぜですの?なぜ私が牢に入れられなければならないんですの?
皇子様は青い顔でグッタリしてましたし、あれは…恐らく毒針でしたわね…
華琳さんは毒抜きして返り血で真っ赤に…
一体全体何がおこったんですの?
その二人の牢に衛兵が近づき
「出ろ!今から裁きがあるそうだ!」
そう告げた。
連行され部屋に入ると、広い間に諸侯たち文武百官が集まっていた。
少女たちは玉座の前に跪き、首には衛兵の刃を当てられた。
「この者たちは愚かにも、この目出度い弁皇子様御生誕の記念日に、あろうことか弁皇子様の暗殺を企てた不届き者である!」
十常侍筆頭の張譲の声が響くと、諸侯たちの息を飲む音が聞こえた。
───ざわ ざわ ざわ…
「なんと不届きな」
「まだ子供ではないか」
「何者なんだ?あの子供たちは」
「帝の御前ですぞ、鎮まりませい!」
シンと静まったのを確認し、更に張譲は言葉を繋ぐ
「この二名は帝直々にご指名された、弁皇子様の教育係である。帝の御心に応えるどころか、信を裏切った不忠者だ。曹操孟徳、袁紹本初、何か申し開きはあるか!?」
(やられた!こうなってしまっては何を言っても無駄かもしれない)
「っは。おそれながらもうしあげます。わたしたちはあんさつなどはかっておりません。わたしがふきやでねらわれていたところを、おうじさまにかばっていただいたのです」
「わ、わたくしもみていましたわ。かりんさんのおっしゃるとおりですわ」
「だまらっしゃい!正直に申せば情状の余地もあったものを、偽証なんぞしおって!お前達の謀略なんぞすでに全て割れておるわ! …おい!連れてまいれ!」
張譲の言葉をうけ、一人の侍女が連れてこられた。
「お主の見聞きしたこと。もう一度話すがよい」
その言葉を受け、侍女は先ほど同じ内容の話をした。
「これでわかったであろう。この二人は卑しくも偽証を重ね、罪を逃れようとした。大方吹き矢も直接手で刺したのを誤魔化す為の偽装であろう。この罪、二人だけで贖えるものではない。一族郎党全ての命で償ってもらうぞ!」
(ック!… 偽の証人まで用意するなんて… 十常侍が黒幕だったわけね。
でも、事ここに及んでは… もうどうにも… 母様、不孝で愚かな娘をお許しください)
(三公まで輩出した名門袁家の私が… 不敬など… このような罪に問われるなど…)
少女たちの瞳が絶望に染まった。
「帝もよろしいですな?」
「…仕方あるまい」そう答える直前のことだった。
「まって!!!!」
声の方向に目を向けると、そこには何皇后に抱かれた弁皇子の姿があるのだった。
<side朝陽>
目を開けると、天井が広がっていた。
あれ?俺寝てたんだっけ?
そんなことを思いつつ体を起こそうとすると、やけに体が重い。
あれ~?風邪でもひいたかな?
寝起きで頭がぼ~っとするなぁ なんて考えていると
<<がばっ>>
「朝陽!朝陽!目を覚ましたのね!ああ本当によかった… うぅぅ」
母親に抱きつかれた。
「ちょ、ちょっとまって、なにがなんだか…」
顔を見ると泣きはらしたような腫れぼったい目をいっぱいに開いて驚いている。
「朝陽?あなた…言葉が…」
「え? あっほんとだ、しゃべれてる」
「華佗さんのおかげね… 本当に恩人だわ」
「かだ? …えっと、かかさま?いったいなにがあったの?」
「!! もう一回!もう一回、かかさまって言ってみて!」
「え、あ、うん。………かかさま?」
「きゃ~~~~♪ なんて素敵な響きなのかしら♪」
泣いていたのはどこへやら、顔を紅潮させてイヤンイヤン首を振っている。
あ~、うん。かわいいんだけどね?
「かかさま、いったいなにがあったのか、おしえてほしいんだ」
「あら、覚えてないの?朝陽、あなた毒針にやられて生死の境を彷徨っていたのよ?あまりかかさまに心配かけないで」
「あぁ、そっか。ごめんねかかさま。でもあのときはどうしようもなくて…」
「典医でもどうにもならなくて… 諦めるしかないかと思ったときに、華佗さんが駆け付けてくれて… それで助かったのよ」
「そうなんだ… こんどあえたらおれいをしないと…ってそうだ!」
そうだ!なんで忘れてたんだ!?
もっと大事な事があるじゃないか!
「あのふたりは、あのふたりはぶじだったの?」
そう言うと母の表情が悲しげにかわり
「あの子たちは… 今、あなたの暗殺を謀った罪で裁かれているわ」
衝撃の一言を告げた。
なんだと?ふざけんなよ!
あの子たちが一体何したっていうんだ!
あの子たちは被害者なんだ。幼い子供の命を狙う外道の!
「かかさま、おねがい!ぼくをそこへつれていって!」
「朝陽?あなたがそんな所へ行っても… わかったわ、一緒に行きましょう」
じっと目を見つめていると、本気と悟ってくれたのか了承してくれた。
向こうから声が聞こえてくる。
「この罪、二人だけで贖えるものではない。一族郎党全ての命で償ってもらうぞ!」
「かかさまいそいで!」
「ええ、かかさまに任せなさいな♪」
「帝もよろしいですな?」
その声と同時に部屋へと飛び込み叫んだ。
「まって!!!!」
文武百官の目がこちらに向いている。
そんなことで怯んでいるわけにはいかない。
「かかさま、もういいよ。おろして」
「ええ、朝陽。あなたのすきなようになさい」
「うん。ありがとう」
俺は親父のもとへと歩み寄った。
「朝陽?お前歩けるように… それに言葉も…?」
「うん。だけどととさま、いまはそんなことよりも」
「ああ、そうであったな。何かあるのか?申してみよ」
「うん。あのふたり、ぼくをあんさつしようとしたっていうことでさばかれてるんだよね?」
「うむ、その通りだ」
「でもね、ちがうんだ。ほんとはそうそうがねらわれていたんだ。ぼくがさきにふきやにきづいたから、かってにかばってけがしただけなんだ。あのこたちにつみはないよ」
「なんと!?それは真か?」
「うん。げんばをみてたんだからまちがいないよ」
「ふ~む、しかしそうなると…「帝!」…ん?なんだ張譲」
「帝、お気持ちはお察しいたしますが、弁皇子様はまだ2歳…証言するには幼すぎます。そのような事で迷われていては…」
クソッ… 旗色が悪いか?
「それに侍女の証言により、すでに罪状は明らか。これ以上議論の余地はございますまい」
侍女の証言?何を証言するっていうんだ?
…ってあの侍女… そうか!そういうことか!
「ととさま。ぼくはハッキリこのめでみました。あのじじょがふきやでねらってるところを」
そう言いながら、先ほどの侍女を指さしてやった。
「なんと!?では、自身の罪を年端もいかぬ少女になすりつけようとしていたというのか?」
「帝!惑わされてはなりませぬ」
「黙れぃ!我が息子が偽証をしているというのか!そんな理由がどこにある!全てはそこの侍女に吐かせればわかるというもの」
「し、しかし」
「黙れと言ったぞ張譲。これにて裁きは終了とする。その者を引っ立てい!」
侍女が衛兵に連行されるのを見届けて、俺は少女たちに視線を移した。
可哀そうに…俯いて震えてるじゃないか。
俺は彼女たちのもとに歩み寄った。
「よかったね。むじつがしょうめいされたよ」
にっこりと笑いかけるが、まだ俯いている。
「「ありがとうございます。べんさま「あさひ」…はい?」」
「あさひでいいよ?かりん、れいは」
勿論笑顔は崩さないさ。
「「しかしべんさま!「あ・さ・ひ」…」」
真名を許そうとしてもなかなか受けてくれない。後で知ったことだが、慣習では皇族の真名は皇族しか呼んではいけないらしい。
勿論そんな法律があるわけじゃなし、そんなことは関係ない。
俺は二人の頭に手を乗せ、下から顔を覗き込みながら攻めた。
「ぼくはね、ずっとはなせなかったけど、ふたりのこえはきこえてたんだ。だいすきなふたりには、ぜひまなでよんでほしいんだけど、だめ?」
「うっ… わかりました。つつしんでおうけいたします。あさひさま」
「わっわたくしもですわ。あさひさま」
何故か顔を真っ赤にさせて、受け取ってくれた。
((あの上目遣いは卑怯よ[ですわ]))
「これからもよろしくね。かりん、れいは」
「「はい!」」
いい返事を聞けて安心したせいかな? 完全回復したわけではない俺はそのまま倒れた。
<side out>
───その微笑ましい光景を苦々しく見つめる者がいた。
(あと少しというところで… 忌々しい。あの侍女も始末しておかなくてはならんな。
まぁよい、焦らずともそのうち…)
ところかわって地方の邑でも…
「急に税があがったのは、なんでも皇子の生誕祝いのためなんだってよ」
「っけ!いい気なもんだな。ここはまだいいけど、他の村じゃ自分の子ですら食っちまうって話だぜ?」
「ああ。こう不作続きな上に全部税で持ってかれちまう。俺たちにゃ生きる権利すらねえってこった」
「全く。腐った国に生まれちまったもんだ」
悪政に対する不満は積もりに積もっていた。
朝陽の受難はまだ始まったばかりなのかもしれない。
(おまけ)
朝陽が毒針に倒れたと報告を聞く前のあの人です。
「ではこれにて、失礼いたします」
ふぅ。これで最後かしら?
やっと服を決められたわ♪ 朝陽も喜んでくれるかしら♪ な~んてウキウキ気分だったのに…
侍従長ったら次から次へと「御来客です」なんて連れてきて!
挨拶なんかどうでもいいのに、ほとんど知らない人ばかりだし。
あ~ ほんとに疲れたわ。
これは朝陽分をしっかり補給しないといけないわね♪
[※朝陽分=朝陽を見たり触ったりすることによって得られる、生きていく上で欠かせない栄養素…らしい]
朝陽はどこかしら~?いつも一緒にいるあの子たちのところかしら?
「あ、ねぇねぇあなた。朝陽がどこにいるか知らない?」
「あ、はい。弁皇子様でしたら、教育係のお二人とお風呂に向かわれました」
「はぁい。ありがとね♪」
あの子たちもいつも面倒みてくれて助かるわ。良い子たちが教育係に就いてくれてよかった。
でもね?朝陽はあげないわよ♪あの子は私のモノですからね♪
それはそうと、朝陽とお風呂もいいわね。行ってみようかしら?
なんて考えてるときだった。
「し、失礼いたします。皇后様こちらにいらっしゃいましたか!」
「なぁに?そんなに汗かいて。急用なの?」
「っは。実は…………」
私は血の気が引いていくのを感じた。
<あとがき>
え~、相変わらず思ったことと書きあがったものが別物な作者です。どうも。
早く大人になってほしいというご意見も頂きましたが、正直大人になった展開は後戻りできなくなりそうなので、もう少し慎重に書きたいなと思ってます。そろそろプロットとか考えなきゃいけないんでしょうか?(汗
暫くは繋ぎというかなんというか、ぽっと思いついた話を書いていきたいです。
あ、そういえば質問なんですが、
誤字、脱字といった指摘を今まで受けてないので、逆に不安なのですが大丈夫でしょうか?
それと、読みづらかったり、言い回しのおかしな表現なんかがあったら、是非ビシビシ指摘頂けると嬉しいです。
オマケに関しては、書きたかったのですが、作中に入れる箇所が見つけられなかったので、こういう形になっちゃいました。
では、また次回でお会いしましょう。よろしくどぞー
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北郷一刀が弁皇子に憑依転生する話です
なにやら思ったよりも長い話になりました。
グダグダにならなければいいんですが。