新・戦極†夢想 三国√・鬼善者を支える者達 第053話「将から大将へ…」
現在劉備軍は荊州襄陽北部に駐屯しており、迫り来る影村軍の迎撃を行なっていた。
「……雛里、どうだ。何かめぼしい策は浮かんだか?」
荊州の地図を見ながら、関羽は先日より軍に合流した龐統に質問を投げかけるが、彼女は首を横に振った。
「ダメです。現在、影村軍は勢いに乗って南下を続け、現在は進行を止めていますが、私達が撤退した後の新城も奪い返され、魏興もその手中に収めています」
「……くっ、やはりあの時無理にでも出撃していればよかったのではないだろうか」
関羽は口惜しそうに机を叩き、龐統は宥める様に彼女に近づく。
「だ、大丈夫です愛紗さん。決してその時のことは、どちらが正解とも私にも判断出来ません……」
時は数日遡り、新城の砦にて......。白兵戦での緒戦に敗北した劉備軍は、影村軍の勢い負け、陣を捨て砦にまで撤退をせざるえなくなった。
「桃香様!!敵は我らが撤退したとして油断しています。数に優位な我らです。ここは夜襲をしかけ一気に踏み潰しましょう」
「おっと。馬鹿なあたしでもそれは反対させてもらうぜ。あたしらの考えていることなんて、恐らく向こうも考えている筈。しかも兵を率いているのは恋歌様だ。あの人がそんなことも想定していない筈はない。もし夜襲をかける作戦と瞬間があっても、今ではない筈だぜ」
関羽の主張に、作戦会議時ではあまり作戦に口出ししない馬超が噛み付いた。
「愛紗の気持ちも判らないでもない。勢いを失った軍が、逆に奇襲をかけて相手を撹乱させる戦法も、使いようによってはアリだとも思う。……しかし、現在、我が方の指揮は絶望的だ。今日の戦いにて相手に恐怖を感じている者。戦いの負傷にて痛みに苦しみモガク者なども多数いる。その陰気が周りの兵に伝染して、指揮を下げているのだ」
趙雲も関羽を止める材料に、軍の現状を告げる。
「……なれば……桃香様、私自身が兵を選抜いたしますので、一万の兵をお貸し下さい。敵を殲滅出来ないまでも、敵を撹乱させて参りますので」
「桃香様、なりません!!仮に兵を割いて夜襲をかけたとしても、必ず成功するとも限りません。これ以上指揮を下げない為にも、ここは襄陽に引くことを進言します」
「馬鹿な!!みすみす新城をくれてやるのか!!」
「こちらが8万に対し、向こうは8千。この圧倒的兵力差にて緒戦を逃したのです。広い野戦となれば騎馬を自由に操る向こうに分がありますし、勢いの流れを掴めたとしても、向こうは直ぐに撤退します。……この状況なれば、襄陽に引いて、体勢を立て直すしかありません」
関羽と諸葛亮の口論は続き、最終的に、自らの主の判断に委ねる事にした。
「………襄陽に撤退します。愛紗ちゃん、朱里ちゃん……みんな、準備を進めておいて――」
その言葉に、各一堂同じ様に頷き、関羽もその決定に素直に頷くしかなかった。仮に自らが兵を率いて影村軍に奇襲をかけたとしても、成功する自信はなかったのだ。自らの作戦を否定された口苦さと、蟻地獄に向かうかもしれない可能性を回避できたことによる安堵感にて、心情は複雑であった。
「あれから影村軍は隊を二つに分けて、蔡瑁と向朗が南陽の説得に向かったそうです。元々彼女達は、劉表様の臣下ですから。それに劉琦さんはあちら(影村)にいますから、その言葉を民は素直に聞き入れるでしょう。そうなれば、荊州北部は完全に影村の手に落ちますね」
「……なればこそ、相手が動く前に武陵と宜都の支配を確立せねば――」
関羽は暫く考えた後、龐統にあることを提案する。
「雛里、お前も武陵に向かった桃香様の応援に向かってくれ」
「え!?それならこの城には軍師がいなくなっちゃいますよ!!朱里ちゃんは星さんと一緒に呉へ向かいましたし、今から呼び戻すのは困難ですよ!!」
「大丈夫だ。襄陽にて影村を防ぐ間、私が軍師の役を務める」
「愛紗さんがですか!?」
龐統は不安に思った。近頃の関羽は兵法を好み、正面きっての戦いは避け、如何にして被害を少なく勝利するかという戦いに徹しているが、彼女の本質は戦にて華々しく戦火を挙げる猛将である。些細なことで彼女の闘争に火が入り、自ら特攻しないかと不安なのだ。そんな彼女の考えが通じたのか、関羽は龐統の頭を撫でて言った。
「心配するな。ただ敵を食い止めるだけだ。……ただし、早く援軍に駆けつけてくれよ。まだまだやり残したことが沢山あるからな」
「……愛紗さん……」
龐統を撫でる関羽は、晴れやかに笑っていた。近頃の関羽は何処か余裕がなく、笑う間も惜しんでいる感じであったが、この彼女の顔を見ると、龐統も安心し、彼女に任せたくなった。
「ただし、鈴々は置いていってくれ。翠も蒲公英も白蓮殿も桃香様の下だしな。それと、氷華もこちらに戻してくれ。仮に私が前線に立つとなった時、全軍の指揮を任せられるのはあ奴だけだ」
「わかりました」
それから龐統は襄陽から経ち、劉備と合流し、劉封は襄陽に帰還し、襄陽の城は関羽と張飛、劉封と関羽に従う将で守ることになった。
荊州・宜都にて
「……それでは、これよりこの地は影村が支配下になるが、気に病むことはない。彼の者は先君の盟友であり、先君が定めた、劉琦様の後見人。決して我らを無碍に扱うことはしないだろう……」
凜寧は、各街の長老、代表者や権力者を集めて、影村へ帰順することを薦めていた。
「恐れながら蔡瑁様。いくら劉表様の遺言であっても、我らとしては影村に付くことは、得策とは思いませぬ。影村が出現して2、3年といったところでしょう……。今でこそ強大な力を持っているとしても、彼の者が倒れたときどうします?どなたが我らを支えてくれます。それなれば、劉琦様をこちらにお連れして、劉備殿に補佐をしていただければ、我らも磐石ではないでしょうか?」
一人の長老の言に周りの者は首を縦に振り、黒美はその問いに返す。
「ほう。何故劉備殿を推すのだ?」
「劉備殿は、その家系を遡れば我らが君と同じ血筋。天下の政を担う血筋であります。彼の者を君の補佐におき、漢王朝を復活させれば、きっと亡き先君もよくやったと褒め称えることでしょう」
長老の言に賛同してか、流されてか、各街の代表者や権力者もそれに同調していた。
「……なるほど。よく分かった。皆の意見を聞いた上で、今一度これからの我らの進む道を考えたいと思う……本日は解散!!」
そしてその日の夜。凜寧は黒美の連れて来た者と会うことになっていた。とある一室にて、朝礼とはまた違う長老や権力者達が集まっていた。
「……黒美……この者達が……」
「そうだよ。……小龍様に真に忠誠を尽くしてくれる人達だよ。朝の人達は、予め関羽さん達に懐柔されていたみたい」
そこに集った者たちの澄んだ瞳を見て、凛寧はただ一つ頷き、その者達と言葉を交わした。
「貴公、名は?」
「はっ、我が姓は
「貴公は?」
「おう。俺は
凛寧は一人一人名を聞いていき、ここに集まった同志に、自身の考えを漏らす。
「……不躾ではあるが、私は人を欺くことや、嘘は苦手であるので、今思っていることをはっきりと告げる。この場に集まった者を改めて確認させてもらい、貴公らは真に我が君を思い馳せ参じてくれたものと私は信じている。そこではあるが、皆にここに決意の証を示してもらいたい」
すると凛寧は懐より一枚の紙を取り出し広げた。
「ここに一枚の血判状がある。それも我が君、劉琦様の血判だ。皆は先君に良く仕えてくれたものと自覚している。無論、この場にいないものも、”先君”によく尽くしてくれたものとも思っている。だが忘れてはならない。皆がこれから仕えるは、劉表様ではない。あくまでその”子供”というだけだ。生憎我が君はまだ幼く、先君の持っていた大器には程遠い人物だ。
だが私は、我らが君を盛り立たせ、先君以上の大器にしたいと思っている。そこで私が皆に頼みたいことは、先君劉表の子に仕えるのではなく、あくまで、劉琦個人に仕えて欲しいと願っている。もし我が君に先君以上の大器となりえる可能性を感じているものあれば、是非この血判状に名と指印を刻んでいただきたい。無論強制ではない。いまこの部屋を出ていくものあれども、誰も咎めえないと約束する。だから頼む‼……お前たちの命、我が君にくれ‼」
そう言い凛寧は頭を下げる。すると先ほど文聘と名乗った者が、凛寧に尋ねる。
「……そんなこというが蔡瑁さんよ。その肝心なる劉琦様は一体何処にいるんだい?」
「………我が君は、今、北で戦っておられる」
その一言で、周りにざわめきが生まれる。
「なんだと?劉琦様はいつこちらに来られるのだ?」
長老の一人が凛寧に尋ねると、彼女は下唇を噛みしめながら答えた。
「我が君は今回劉備討伐には参加されない。今回の一件は全て影村殿にお任せした」
「なんと‼他国の力を借り、君は何もされない。そのような君にどうやってついて行けとおっしゃるか!?」
その長老の一言に周りも同調し、ざわめきが怒号へと変わる。
正直に話しすぎたものかと凛寧はある意味後悔を感じていると、一人の人物が静かに手を挙げた。
「蔡瑁殿。劉琦様は何故今回の劉備討伐に参加されないのですか?」
先ほど博巽と名乗った人物である。
「参加しないのではない。出来ないのだ。今の劉琦様の器量では、荊州をまとめるどころか、劉備軍にすら勝つことも出来ない。我が君もそれをわかっておられているからこそ、影村殿にすがるしかなかったのだ」
「……一つ聞きたいです。……影村なる人物、蔡瑁殿から見て、如何お考えか?」
「………鬼でございますな。彼の通った後には草木なく、ただ一面の焼け野原。容赦なく冷酷無慈悲。敵にまわせばこれほど恐ろしい人物はいません。……だが、影村という大木の下では、街が発展し、人々は栄え、大人は喜々として働き、子供には笑顔があります。そしてこちらが裏切らない限り、彼が裏切ることは絶対にありえません。その恩恵が今我が君にも与えられているのです。………皆、影村の大木という樹液を吸いながら我が君を大きく育て、この荊州に劉琦という大木を植えてはみないか!?」
「………もし、劉琦様を影村が切り捨てるようなことになれば、貴女はどうしますか?」
「守ります。命に代えても、劉琦様を。或いは、影村殿と刺し違えてでも‼」
博巽の問いを即座に答えた凛寧を見て、文聘は一つ息を吐きながら彼女より血判状を奪い取るように取り上げ、机に置いてある墨と筆で自身の名を刻み、小刀で指を切り血判を押した。
「……なぁ、公悌。俺は元々黄祖様に憧れて荊州に来た。劉表様にお仕えたしたのも、黄祖様が惚れた漢だからこそ、懸命に仕えた。しかし、あの黄祖さまが亡くられた後、俺の中の何かが死んだ。………まだ教えていただきたいことも山ほどあったのに......。だが俺は見た。黄祖様と同じ目をしている御仁を......」
「文聘殿?」
すると文聘は凛寧の前で片膝を落とし、彼女に臣下の礼を唱えた。
「文仲業、これより先は蔡瑁様に身命を捧げることを誓いますぜ」
「わ、私……だと......」
「あぁ、アンタだ。無論アンタが惚れた劉琦様にも興味が沸いているが、俺は武人としてのアンタの心意気に惚れた。この命、好きに使ってくれ」
文聘のこの行動を見た周りの者も、一つ頬を緩ませると、次々とその血判状に名と指印を刻んでいった。
「……お前たち......」
全員分の血判が終えると、皆凛寧の前で片膝を落とし、臣下の礼を唱える。
「我らが命、劉琦様と蔡瑁様の為に‼」
その光景に凛寧の瞳に涙が溜まりそうになるが、彼女はそれを堪えた。
大将たるもの、簡単に涙を流してはならない。
それは彼女が将として初めて持った覚悟の証であり、今まで半人前であった将が一人前になった証でもあった。
それより数日の後、荊州・宜都にて改めて軍議が開かれ、集まった権力者達は前回の3分の2に減っていた。
「どうしたのであろうか?以前の反対派の者たちがおらぬが......」
小さく一人の者が呟いた。実はこの者は、以前は影村との同盟には反対派であったものだが、博巽などの説得により、賛成派にまわったのである。
やがて凛寧が登場すると、彼女は口を開く。
「皆の者良く集まってくれた。皆の意見を聞き、慎重に考えた結果だが、やはり我らは影村につくことにした。この意見に賛同できぬものは部屋を出て欲しい。誰も攻めもしなければ咎めもしない。無論、そのまま劉備軍に合流していただいても構わない......」
しばしの静寂の後、集まった権力者は誰も動きもせずに、その場に居つくした。
「よし。なれば我らはこれより影村に付く‼これより先のことはまた報告させていただく。解散‼」
その後、元反対派が聞いた話によると、自分達以外の反対派の者達は、流行り病により全員亡くなったそうだ。
そのことを聞き、皆それで何かを察知できない程愚かではなかった。
元反対派の者達は、蔡瑁に対し委縮すると同時に恐怖し、後にその恐怖は蔡瑁を荊州きっての最強の武人にすることへの前触れでもあった。
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どうも皆さん。
近頃リアルが忙しすぎるザイガスです。
これ以上待っている方を焦らし過ぎるのも良くないと思い、キーボードを取りました。
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