第十話 嫉妬と下克上
「舐めんじゃないよっ!」
2月某日。今日もサキは轟と勝負していた。しかし紙相撲ではない。卓球だった。
最近の二人の勝負は卓球をメインに、たまに紙相撲、ごく稀に試しで1対1でドッジボールというローテーションだ。
「貧弱ぅ!」
軽快なラリーが続く。しかし、
「そんな・・・・っ」
サキの打球はネットに引っ掛かり、試合終了。
「・・・なかなかやるようになったな。今日は惜しかったが。」
「ふん、今日の所はこのぐらいにしといてやるよ。次はそのツラにぶち当ててKOしてやるからね!」
「上等。いつでも相手してやるぞ。」
ニッと笑う轟に、僅かに微笑を返すサキだったがそこへ、
「轟君。」
操の轟を呼ぶ声が聞こえた。声の方を見ると、操が体育館の入り口から顔を出して、そして歩いて来た。サキの顔から僅かな微笑みが消え去り、曇る。操は会釈をサキに向け、そのまま轟の方へ行く。
「おう、操。なんだ?」
「ほら、今日お弁当まだだったでしょ。はい。」
「お、いつも悪いな。」
「今日は自信作だから安心して。」
「本当か?この前もそう言って酷い物食わされたぞ。」
「今度は本当に大丈夫!ちゃんと味見したし・・・あ。」
「お前、今まで味見してなかったのかよ!」
「あはははは・・・美味しそうじゃなかったもんで・・・エヘヘ。」
「エヘヘじゃねえ!」
「だ、だから今日のは大丈夫!美味しかったんだから!」
「まったく・・・あれ?」
「なに?」
「あいつ・・・帰っちゃったか。」
「サキさん?ほんとだ。いつの間に・・・こりゃちょっとマズったかな。」
ここで操の名誉の為に言っておくと、彼女は料理が下手だから弁当が不味いという訳ではない。むしろ料理は上手い。本来の目的の相手は別にいて、その相手の嗜好が問題なのだ。
ところで、勝負が紙相撲でなかった訳は、話を遡る事一週間ほど。
轟との紙相撲勝負を終えた帰り道。独り呟くサキ。
「今日も10戦全勝・・・勝ち続けてるのに再戦を挑み続けるっていうのも不自然になってきちゃったかな・・・ドッジボールは駄目だとしても、せめて卓球ぐらいはなんとか試合になるぐらいにならないとまずいかな。」
「イイアイデアガアリマース。」
「うわっ!ちょ、チャッピー!?お、お前今の聞いてたのか!?」
「オオキナコエノヒトリゴトデシタヨ。」
「うっ・・・だ、だけどアタイは轟に会いたいから勝負してるって訳じゃないんだからね!どんな分野でも勝てて初めてあいつに勝ったって言えるから・・・」
「ソレ、カタルニオチタ、ッテヤツデース。」
「くっ・・・・・難しい日本語駆使しやがって。」
「イインデース。ワタシシッテマシタヨ。」
「な、なんで・・・」
「ガールフレンドカラノジョウホウトダケイッテオキマース。」
「え?お前彼女いたの?てか誰だよ?この事知ってる女って?」
「ソレハノーコメントデース。」
「ちっ・・・で!?アイデアってのは!?」
サキはちょっと苛ついた口調で話を元に戻した。
「Oh、ソーデシタ。ティーチャー!ドウゾ!」
すると物陰から見知った顔が現れた。
「アヒャ。」
チャッピーのアイデアとは、ノリオに師事しての卓球の特訓だった。運動系は不得意なサキだったが講師の腕がよく、めきめきと上達していった。但し、講師の指導は通訳が必要なため、その点ではかなり効率は悪かったのだが。
そして一週間の時が流れ、
「ヒョフヒャンヒャッヒャ(以下略)」
「ヨクガンバッタ、モウオマエニオシエルコトハナニモナーイ、トイッテマース。」
「こんなもんで大丈夫なのかい?相手はあの轟だよ?」
「フヒュンヒ(以下略)」
「ジブンニジシンヲモテ!スクナクトモシアイニナルレベルマデハヒキアゲタハズダ!トイッテマース。」
「そうかい・・・解った。ありがとう。でもなんでアタイに協力してくれたんだい?」
「(全略)」
「タッキュウヲアイスルガユエノムショウノキョウリョクダ!トイッテマース。」
(嘘嘘。これでサキとあのアホがくっつけば、操はフリー。まだチャンスはある!言語の壁なんか乗り越えてやるぜえ!」
「・・・テヤルゼエ!トイッテマース。」
自動通訳オン
「て、てめえ、何故俺の考えてる事が解った!?」
「文末を見ろ。鍵カッコになってるだろ。途中から声に出してたぞ。」
「げ・・・本当だ・・・てか、だからって勝手に通訳するんじゃねえ!」
「そうか。悪かった。」
自動通訳オフ
「・・・なんか、利用されてるみたいで気分悪いけど、まあ、感謝はしとくよ。」
「ドウイタシマシテー」
「オヒェヒョヒェヒフュヒャ!(俺の台詞だ!)」
さまざまな思惑が絡み合っての特訓ではあったが、この時点で既にノリオはノーチャンスだった事が後に明らかになる。
そして時は元に戻り、卓球勝負の帰り道、轟高校のすぐ裏の公園。もうそろそろ日が落ちる頃。サキはまだ帰っていなかった。
「・・・そうだよね、いつも一緒にいるんだもん、そういう関係だっておかしくないよね・・・」
さっきのじゃれあう二人の映像が脳裏から離れず、ベンチに座って一人あれこれ考えていたのだ。
「何やってるんだろ、アタイは・・・考えたってしょうがないじゃない。」
そう呟いて立ち上がり、歩き始めたサキ。その前を遮る人影が現れた。いや、前だけではない。横も。後ろも。数人に囲まれる格好になった。
「・・・なんのつもりだい。」
サキは最初に彼女の前に現れた人影に向かって言う。人影は彼女の知った顔だった。彼女のグループのNo.2、瑠璃だった。そして他はメンバーの女生徒だった。
「なんのつもりかは自分が一番よく知ってるんじゃないかしら?」
「なんだと?」
「今日も腰抜け番長と楽しいお遊戯の帰りでしょ?腑抜けのサキさん?」
そう、最近、轟高校の番長は喧嘩も出来ない腰抜け番長という風評が広まっていた。校長の孫という威光でその座に座っていると思われているのだ。ただ当の本人は、そう思うなら思わせておけ、と気にする風ではないが。そして、言い方にトゲはあるが、図星を指されたサキは言葉に詰まる。
「私は腑抜けになったアンタが番を張ってるのが我慢出来ないの・・・その下に甘んじるのもね!」
「・・・で?どうしたいんだ?」
「知れた事!今日から番を張るのは私!アンタには降りてもらう!タイマン勝負、受けなさい!」
ここで言う勝負とは、勿論喧嘩の事である。
「下克上って事かい・・・上等だよ、掛かって来な!」
「行くわよ!」
瑠璃のファイティングスタイルはシュート。睨み合いから一転、一気に間合いを詰める二人、サキが瑠璃の初撃をさけながら拳を出そうとしたその時。
(暴力は何も生まん・・・憎しみ以外はな。)
(なっ・・・こんな時に・・・!)
いつかの轟の言葉が頭をよぎる。サキの拳は上がらず、まともにカウンターでパンチを食らってしまった。よろめくサキ。
「は!こんなもの!?やっぱり腑抜けね!腰抜け番長がお似合いだわ!」
「黙れ・・・!」
反撃すべく構えるサキ。そこへ容赦無く瑠璃の攻撃が迫る。
(暴力に暴力で応えたらいかんのだ。)
(また・・・!)
再び瑠璃の拳がサキを捉える。
「ふふふ・・・」
「な・・・何がおかしいのよ。」
「そうかい。判ったよ。人の痛みを知れって事かい。」
公園から見える轟高校の校舎を見やってうわ言のように呟くサキ。
「訳の解らない・・・!事を・・・・!」
そして瑠璃の連打を、サキは無抵抗で浴び始めた。
その様子を、ついさっき通りがかってから物陰で見ていた者がいた。誰あろう舎弟である。
「これは・・・ヤバイっス!でも助けるべきは・・・」
舎弟は気付かれないように走り出し、その場を後にした。
「サキさん、すぐ戻るっスよ!」
「いい加減に・・・!倒れ・・・!なさいよっ!」
サキと瑠璃のタイマンはまだ続いていた。いや、それはタイマンとは形容し難い、一方的な蹂躙だった。瑠璃の打撃は平手に変わっていた。サキは両の手を後ろに組み耐えていたが、やがてついに力尽きその場に両膝を突いた。
「はあはあ・・・なによ、なんで手を出さないのよ!」
そう言って瑠璃がサキの襟首を掴み、更に殴ろうとしたその時、
「待てや。」
そう言いながら取り巻きを割って現れたのは舎弟を従えた轟だった。
「は・・・・・!腰抜け番長のご登場ですか!サキ、王子様のおいでよ。」
確かに今のサキには、轟が白馬に跨った王子様に見えたに違いない。
しかし轟はその言葉を無視してサキの側に膝を突く。
「疾風の・・・何故だ?何故こんな一方的に・・・」
サキは心の中で「あんたのせいだよ、バカ」と毒づきながら、言う。
「ふふ・・・ちょっとどっかのバカの真似しようと思ったらこの様さ。やっぱりバカじゃないと出来ないもんだね。」
「バカはどっちだ!ほんとに・・・バカヤロウが・・・」
轟は絞り出すような声でそう言いながら立ち上がり、
「なあ、もうこれぐらいでいいだろう。許してやったらどうだ。」
と瑠璃に向き直り言う。
しかしその刹那、瑠璃の拳が轟を襲った。駆け抜け様に一発。しかし轟は避けなかった。ガードもしなかった。
轟の口から一筋の血が流れる。そして数メートル離れた所で瑠璃が叫んだ。
「はん!冗談じゃないわよ!この際だからあんたも一緒に片付けてあげる!喧嘩も出来ない腰抜けさん!言っとくけどね、これはあんたのせいなんだからね!」
その拳にはさっきまで無かった何かが光っていた。よく見ればいつの間にやらメリケンサックをはめている。
「問答無用か・・・仕方ない。」
「轟・・・なんで避けなかった?・・・仕方ないってまさか!?駄目だよ!アタイなんかの為に主義曲げちゃ駄目だ!」
「心配するな・・・舎弟!ボール!」
「はいっス!」
舎弟から矢のようなパスが飛ぶ。轟は右腕を伸ばし、それをまるで野球のボールでも掴むように片手でキャッチすると、
「喧嘩が出来ない腰抜けの力、とくと見ろ!」
そう言い放ち振りかぶる。
「往生せいや!」
火の出るような速球が放たれた。ボールは瑠璃の顔を掠め、髪を巻き上げた。その直後、すぐ後ろの木製のベンチがボールの直撃を受け、派手な音を立てて破壊された。
瑠璃は恐る恐る振り向いてそれを見ると、愕然とした表情で轟に振り向いた。
「運がよかったな。この球は今ひとつコントロールが利かない。」
瑠璃はまだ唖然としている
「腰抜けの力、解ったら去ねや!」
轟のその言葉に瑠璃が口を開いた。」
「なによそれ、話が違うじゃない・・・」
「話?」
轟は首を傾げた。
「誰よ、腰抜けとか言い出したのは、って鵜呑みにする私も私か。ええ、退散させてもらうわ。あんた、殴って悪かったね。みんな、帰るわよ!」
瑠璃はそう言うと戸惑うグループメンバーを連れて去っていった。
「轟・・・」
サキはなんとか立ち上がった。
「大丈夫か?疾風の?」
「アタイなら大丈夫だよ。あいつのパンチ、痛いけど軽いから大したダメージじゃない。そんな事より、なんで避けなかったんだ?お前なら少なくともガードは出来たはずだぞ!」
「・・・俺だって怒る事はある。」
「え・・・?」
「コントロールに自信が無いのは確かだが、あれは当てるつもりで投げた。」
「いや、だからなんで・・・」
「ボールとはいえ、当たれば間違い無く傷害だ。だから相手に先に手を出してもらう必要があった。」
「変な所で冷静なんだね、あんたって・・・」
「冷静じゃないっス!」
「え?」
「冷静だったら、番長は絶対にわざともらったりしないっス!サキさんのために番長、我を忘れたっス!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
舎弟の一言でちょっと気まずく、と言うか照れくさくなる二人。
「あ、轟、血が・・・」
サキは照れ隠しに轟の口を拭うべく、ハンカチを出そうとしたが、そこに
「轟君!サキさん!」
タイミング悪く救急箱を手にした操がやって来た。サキは思わずハンカチをポケットにねじ込む。
「二人とも大丈夫!?ちょっと、轟君!口から血が出てるわよ!喧嘩したんじゃないでしょうね!」
操はあっさりハンカチで轟の口を拭った。それを見たサキはポケットの中のハンカチをぎゅっと握り締めた。
「心配するな。殴られただけだ。手は・・・出してない。」
ボールは出したが。
「そうお?それよりサキさん!学校近いから保健室に・・・」
「触るな!」
サキは差し伸べられた操の手を思わず払い除けてしまった。
「!」
操は思っても見なかったサキの反応に思わずすくんだ。それを見たサキは我に返った。
(この子はアタイを心配して来てくれたのにアタイは何を・・・!)
「い、いや・・・すまない。その・・・なんだ。悪いけど一人にしてくれるかい?」
彼女は何とか自制してやっとの言葉を吐き出した。
「いや、だが・・・」
「アタイなら大丈夫だから。頼む。」
「サキさん・・・」
舎弟も心配そうに呼び掛ける。
「そうか・・・分かった。よし、行くぞ。」
轟はそう言って操と舎弟を促した。
「轟。」
サキが轟の背中に呼びかけた。
「ん?」
「助けてくれて、ありがとう。」
やっと出た素直な感謝の言葉だった。轟は背中を向けたまま軽く右手を振って返し、言う。
「そいつは舎弟に言ってやってくれ。こいつが呼んでくれなかったら俺はここにいなかった。」
「・・・そうなの?」
舎弟に訊ねるサキ。
「いや、自分は大した事してないスから。」
「ううん、ありがとう。」
その場の誰も、本人すらも気付いていなかったが、さっきの轟への感謝の言葉といい、この時の舎弟への言葉といい、サキは自然な女の子言葉を発していた。いや、自然であるが故気付かなかったと言うべきか。そしてサキもまた踵を返し歩き出す。そのサキの背中を見送りながら操が呟いた。
「またやっちゃったのかしら・・・私。」
翌日。サキの女子高の屋上。放課後。
サキは柵にもたれてぼーっと景色を見ていた。顔の絆創膏と痣が痛々しいが、腫れはすっかり引いていた。ふと、サキは背後に気配を感じ、その気配に向かって声を掛けた。
「何の用だい?」
「・・・もう、可愛げのない。後ろからだーれだ?とか、わっと脅かしたりとかして、話す切っ掛け作ろうと思ったのに。」
気配の主は瑠璃だった。昨夜の敵意はもう微塵も無い、いつもの彼女だった。
「昨日の事ならもういい。もうここの番はお前だ。」
「ちょっと待った。それ、誤解してた。」
瑠璃は右手を開き、右腕を一杯に伸ばしサキの目の前にかざし、待ったのポーズで頭を下げた。
「何?」
瑠璃は顔を上げ、話し始めた。
「・・・私はさ、あの番長の事腰抜けだって言ってたじゃない。それがとんでもない勘違いだったって事。」
「だから?」
「私は、あんたがあんな腰抜けなんかに惚れちまったのか、と思ってどうしょうも無く腹が立ってたのよ。」
「ほ、惚れてなんか!」
「はいはい、話は最後まで聞く!・・・でも実際は違ってた。あれだけの力があって、それでも拳を封印するなんて、とんでもなく硬派じゃない。喧嘩出来ないのとしないのとじゃ大違いだなって。サキの相手には合格よ。」
「・・・・・・」
「それに、私じゃあんな化け物の相手出来ないからさ、ここの番はやっぱりあんた張って。」
「・・・なんつー勝手な事を・・・」
瑠璃の調子につられ、サキもいつもの彼女に戻っていた。サキは瑠璃の、自分に落ち度があれば潔く謝るさっぱりとした性格が気に入って親友と呼べる間柄になっていたのだが、今回のわだかまりもその性格のお陰であっさりと拭われた。
「昨日の事は本当に悪かった!でも、手を出さないあんたも悪かったんだからね・・・もしかしてあいつの影響?」
「・・・ふふっそんな所かな・・・」
「でも思ったよりいい男よね。私も惚れちゃいそう。」
「駄目!」
「んー?」
瑠璃は誘導に引っ掛かったサキを楽しそうに覗き込む。
「・・・・・・・・・」
「ふふーーーん。」
「・・・・・・・・・」
「はい、女の子。素直になんなきゃ。」
「ちぇっ・・・だけどさ。素直になったってしょうがないんだよ・・・あいつ、彼女いるんだから。」
「え・・・そなの?」
「・・・いつも一緒にいる、可愛い娘。割り込む余地無し。」
「そんなのフクロにしちゃえば・・・」
「おい・・・」
「だめですよね、はい。」
「でさ、昨夜考えて決めたんだ。今度あいつとドッジボールで勝負して、勝ったら諦めない、負けたらきっぱり諦めて二度と会わないって。」
「あの殺人ボール相手に!?ちょ、ちょっと早まらない方が・・・」
「もう遅いよ。今朝果たし状ポストに入れたから。」
「あっちゃー・・・わかった。私も協力するわ。舎弟達も連れて行こうよ。チーム戦にすれば壁も作れるし勝てる可能性上がるわよ。」
「瑠璃・・・」
「昨日の件の、せめてもの罪滅ぼしよ。任せて!」
折からの風が二人の髪を撫でる。2月の風はまだ冷たかった。
そして数日後、轟の許に果たし状が届いた。
つづく
臨時あとがき
瑠璃についてですが、彼女は第四話 聖夜と傷で初登場しているのですが、元々第四話は番外として書いた物で、本来はこの嫉妬と下克上が初登場の話でした。ここへの復元時にその事を忘れてまして第四話の瑠璃の登場時に何の紹介描写も無く、初見の人には「これ誰だ」状態になってました。今回この第十話修復作業中に瑠璃の初登場紹介描写が出て来たので、そこを削っていたら、あれ?四話で瑠璃の紹介描写って書いたっけ?となり、そこを急遽修正しました。ご面倒かとは思いますが、瑠璃って誰よと思った方は四話を読み直してやって下さい。
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