No.833744

ミステリ【Joker's】:第7章

【Joker's】絞首台の執行人 小説版です。

犯罪心理?物というか
ミステリ崩れな小説です;

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2016-02-27 16:24:07 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:604   閲覧ユーザー数:603

 

 

 街の彼方此方で桜吹雪が舞っている。

 和的要素の高い桜吹雪が、洋的要素の高いコンクリートの町並みに舞うのは、よく考えると不思議な光景だ。

 

 今年は気候の影響で、桜が咲くのが遅かった。

 確かにまだ肌寒い。例年ならもう桜は疾うに散っているに違いない。

 

 学校の正門は、やはりまだ閉ざされていた。

 昨日と同じ様に、裏門に回って校内に入る。

 

 上野麻季の自殺現場――今は事件現場だが――は昨日と同じ様に青いビニールシートに覆われ、昨日の半分の生徒が興味深げに窓からそれを見下ろしていた。

 刑事達は、異様な緊張感を醸し出た警視庁捜査一課に変わっていた。

 校長と教頭は、顔面蒼白でおろおろと一課の輩と話し込んでいた。捜査が殺人に切り替わったのだ。当然の反応である。

 

 来は横目でそれを見ながら、足早に教室に向かった。

 昨日の夜は四人でファミレスに入って食事を摂ったが、午後十一時を回ったところで捜査本部から連絡が入り、留衣と紗吏弥はそのまま本部に戻ってしまった。

 整は別の事件の担当を任されており、とても忙しい様子だったので、邪魔をするのは悪いと判断した来は、そのまま自宅に戻った。

 

 結局あれから事件の話は出来ていない。

 

 来は悶々としていた。

 整は、実行犯は山本充では無いとほぼ確信しているらしい。では生徒が犯人なのだろうか。生徒が犯人だとしたら、今もこの校内に犯人は潜んでいるのだろうか。

 

 ――やっぱりもう少し詳しく事件の明細を聞いておけば良かった。

 

 事件の明細が分からず、自分がこの事件に関わる事が出来ない苛立ちと昨日の後悔とに支配されながら、来は教室のドアを開けた。

 教室内は、昨日と同じ様に何やら話し込んでいる生徒が多かったが、いつもの様に机に腰掛けている者やバスケットボールを投げ合っている者も若干いる。

 そして相変わらず、来が来るのを待っている四人の男女の固まりもあった。

 

「あ! 来君!」

 来が登校した事に気が付いた中沢美奈が、大きな声を上げた。

「大変だよ! スゴイ事聞いちゃった」

 

 ――スゴイ事とは上野麻季の一件が殺人だった事だろうか。それとも、山本充と上野麻季の交際の事だろうか。

 どちらにしても、両方既に知っている。

 

 美奈の言う『スゴイ事』が自分の知らない事だと良いという淡い期待を抱きつつ、来は顔の表面に笑顔を貼り付けて四人の待つ席に向かった。

「何? どうしたんだよ美奈。凄い事って何?」

 他の四人も『スゴイ事』に対する来のリアクションを楽しみにしている様に含み笑いを浮かべている。

「あのね、あのね」

 美奈は少し勿体ぶってから一気に言った。

「上野さんがね、山本充と付き合ってたんだって! マジビックリだよね! ホント信じらんないよね!」

 

「マジで?」

 そう言いながら来は驚いて見せた。

 内心はそっちか、と落胆していたのだが、他の三人の期待にも応えなければならなかったのだ。

 

「F組の友達に聞いたんだけどサ」

 美奈が得意げに反り返って見せた。

「オイ! お姉様に知らせろよ! スマホスマホ!」

 秀道は来の肩に手を掛けたかと思うと、その手で来の身体を大きく揺すりながら大騒ぎをしている。どうしても留衣と接触したい様だ。

 奈々は美奈の傍で秀道の様子を見て笑い、誉は来がこれからどんな行動をとるのか、興味を持っている様子だった。

 

「美奈、それ、皆知ってんの?」

 来は秀道に揺られたまま美奈に聞いた。

「うん多分ね。このクラスには私が話しちゃったし」

 

 ――そりゃ凄い連絡網だな。

 

 来は内心で呆れながら秀道の手を振り払うと

「じゃあ留衣も、もう知ってるよ」

 と加えた。

 

 秀道は残念そうに脹れ、誉がそれを見て苦笑いしている。それを見た来も苦笑いをした。

 

 今や学校中が上野麻季と山本充の交際を知る所となり、生徒達はさも面白可笑しく噂し合っている様だ。 今日の事件現場の見物客が昨日の半分だったのは、噂の伝達と談義に忙しかったからなのだと来は推測した。

 

「しかし山本の奴、ただじゃ済まないだろうな」

 誉が自分の席に座りながら来を見た。

「ね。やっぱクビかな? 生徒と付き合ってたんだよ。しかも自殺した子と!」

「自殺の原因は山本かもよ?」

 美奈と秀道はそう言って笑った。

 不謹慎だと来は思った。

「そうかもね」

 表面に浮かべた笑顔は剥がれそうだった。

 死んだ人間の事を笑顔で噂出来るのは、多分大切な人を死によって失った事が無いからなのだろう。

 奈々も黙って笑っていたが、その表情は少し悲しそうだった。来はそれを見ながら、奈々も自分と同じ気持ちなのだろうと悟った。

 

「ねえ美奈。今の話、誰から聞いたの?」

 来が自分の話に興味を持ったのが誇らしいのか、美奈は嬉しそうな顔をした。

「Fの『豊田愛(とよたまな)』って子。部活一緒なんだ」

「その豊田って子は誰から聞いたの?」

「Fの『小島明菜(こじまあきな)』って子だって。その前は分かんない」

「ふーん」

 来は二人の名前を念の為、脳内でメモに残した。

「何だ来! お前、お姉様の真似して『探偵』でもやる気か?」

「違うよ。自殺なのに何で探偵すんだよ」

 相変わらず留衣を引き合いに出す秀道に、来はうんざりしながら言い捨てた。

 

 そうして居る間に校内には予鈴が鳴り響き、遠くでバタバタとした音が聞こえたかと思うと、今度はドアが開く音がした。そして担任の『森永聡(もりながさとし)』が教室に飛び込んで来た。

 

 生徒達は驚いて、一斉に教室前方の森永を見た。

 余程慌てていたのか黒縁眼鏡がずれている。担任教師のその姿が何とも滑稽で、来は苦く笑った。

 

「今日の一限はホームルームだから、皆そのまま待機だ」

 

 今度は殺人事件に切り替わった事でも知らされるのかと来は思ったが、ホームルームが始まってもそういった事が担任の口から発せられる事は無く、只各家庭に向けた今回の件に関する説明のプリントが配布され、同時に上野麻季の事や自殺について、それから悩みに関するアンケートを記入させられただけで、一限目は終了した。

 

 さすがにこんな事になって学校は休学になるのかと思ったが、休学どころか今日は、六限までしっかり授業を受けさせられた。

 放課後、部活動は一切無く、生徒達は早々に校内から追い出される事になった。昨日の様に決められた下校時刻に従わされて、生徒達はだらだらと門外に排出されていく。

 

 来がその生徒の列に従い昇降口に出た時、一課の刑事と目が合った。慌てて目を逸らせたが、どうやら背筋の通ったそのエリート集団は、それ所では無い様子で、堅苦しい表情のまま来とは逆に校内へと入って行った。

 そこに留衣と紗吏弥の姿は認められなかった。

 


 
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