平賀才人は普通の男の子である。
思春期の男子よろしく、年上のスタイル抜群のお姉さんが好きだったりする。
おっぱいだって大きいほうが好きだし、キュッとしたクビレも大好きである。お姉さん特有の良い匂いも好きだし、ちょっと意地悪されたりするのも、大きな声では言えないが好きだったりする。
最近は年上のお姉さんたちの真の姿(グータラ)を目撃する機会が多く、少しは理想を捨てたところもあったりするのだが……それでも綺麗なお姉さんは大好きなのだ。
なぜ、こんな事を言うのかって?それは誤解を招かないためだ。平賀才人を誤解されないために!平賀才人の名誉のために!
「俺は……アナちゃんの事が好きだ。アナの事が一番好きだ!お姫様よりも!姉さんよりも!ルイズよりも!他の誰よりも一番好きだ~~~~!!!!」
トリスタニアの中心で9歳幼女に向かって愛を叫ぶ16歳男子!それが平賀才人だ。
……理由があるんだよ!信じてくれよ!
現在、避難民のキャンプ地である旧中央通り(メインストリート)は大きなどよめきに包まれていた。
そう、アンリエッタはこの国の貴族の頂点に位置する王族の人間なのだ。本来ならば平民たちがその姿を目にする機会など大きな国家行事などで遠巻きに眺めるくらいしかないのだ。
「人違いじゃないのか?」
「いや、去年の国王誕生祭に私はこの目でみたんだよ!間違いなく姫様だよ」
「なんでアンリエッタ様がこんな場所にいるんだよ?おかしいだろ?」
大声で話すものはいないが、驚きを隠せないようでヒソヒソ話すと各々の言葉が集まって低音の大きなざわめきを生み出している。
護衛の近衛たちは流石に事態を飲み込んだのか、アンリエッタのそばに集まって撤収に備えている。だが本人はと言うと……。
「ど…どうしましょうか?気づかれてしまいましたわ。それにしても流石に皆さんビックリしているようですね!」
……と、のんきに自分に集まった注目に少し興奮している様に見える。先ほどの緊張は何処に行ったのやら……周囲の状況とは正反対に余裕しゃくしゃくといった感じだった。
そして、我らが平賀才人は……汗ダラダラ状態です。
(バレた……アンリエッタが……姫様がここにいるのがバレたちゃったよ。これってかなり不味くね?)
はい、非常に不味いです。現在の状況を1度整理してみようか。
状況その1 貴族(ラ・ヴァリエール公爵)にめちゃくちゃ(半壊)にされた街に貴族の首領(ドン)とも言える、王族(アンリエッタ)がいる。
状況その2 前回の件でその貴族(ラ・ヴァリエール公爵)にボッコボコにされた才人が、今回は貴族の首領(ドン)の取り巻きにぶん殴られている。
状況その3 さらに今回は貴族の首領(ドン)の取り巻きに押さえつけられ、恫喝されてこの街の子供たちが沢山いる。
状況その4 極めつけは、いまだに号泣しているこの街の幼女(アナちゃん)がいる。
才人はこれらの状況を改めて考えみる。
(これって、前回よりも状況が悪化してねえか?これはどう見ても暴虐女王……じゃなかった、暴虐王女さまじゃねえか!)
そう、客観的にみれば幼い子供たちを痛ぶっている様にしか見えないのだ。こうして見るとアナちゃんの号泣はさらに場を引き立てているよな……う~ん、まいったな。
「姫様がこんな所で……なんで、子供たちを追い回してるんだよ?」
「まさか!?この間の貴族に頼まれて……」
「あの子たちを助けなくていいの?誰か……なんとかしなさいよ!?」
「サイトがいるじゃん。また、サイトがなんとかするんじゃ……たぶん」
辺りのざわめきが大きくなっている気がする……しかも、なんか不穏な単語もチラホラと聞こえてくるし。
当然、この間の惨劇の記憶が残るこの街の住人たちからは恐怖と不安……そして、憎悪に似た感情がある。
「あいつらまさか……この前みたいに滅茶苦茶にされるぐらいなら……」
「こっちのほうが人が多いんだ、先にやっちまえば……」
「でも、お姫様だぞ。流石に不味いんじゃ……」
予想通りと言うか、何と言うか……不安な目で見られている。流石に王族に対して暴動を起こす様な度胸があるとは思えないがあまり良い空気では無い。
この雰囲気は当然、護衛のお姉さんたちも理解している。何か起こればいつでも動けるように気を張っているようだ。
「え~と……サイト様?私はこれから、どの様に動けばよろしいのでしょうか?」
この空気を感じ取れていないお方が1人いるようだ。優雅な佇まいと微笑みを崩さずに彼女はのんきに才人に尋ねてくる。
何で俺に聞くんだよ!って言うか、とっとと帰れ!!
……と言いたい所ではあるが、アンリエッタに全ての注目が集まっている状況でヘタに動いてもらっても困るし……どうしようか?
追い回されている子供たちと未だに泣き止まないアナちゃんを何とかしないと、貴族とこの街の住人に更なる遺恨が追加されそうだし……う~ん?
う~ん……護衛のお姉さんたちが子供たちを追い回しているのは、もともと、アナちゃんのヤキモチ的な誤解が原因と言うか、事の発端なわけだよな?
「サイト様!無視しないでください!そもそも、今回の慰問は……」
ああ!もう、うるさいな!今、穏便に収める方法を考えてるんだから。
才人の横でどうすればいいかと指示を仰いでるアンリエッタを無視。
才人は悩む、みんなをこれ以上刺激しないで、なおかつ、姫様たちがこの場からすんなりと帰れる方法……これか?これしかないか?
そして、なんとか考えがまとまった。
この大混乱を収めるために才人が思いついた方法、それは一体?
「うおおおおおおおぉ!!!!」
辺り一面に才人の大声が響き渡る。
急な大声に、混乱していた民衆たち、子供たちを追い回している護衛のお姉さんたち、追い回されている子供たち、状況が分かっていないアンリエッタ、アンリエッタのそばにいるアニエス、全ての人たちが才人のほうに意識を取られた。
そして、才人はアナちゃんのほうに駆け寄る。
泣きベソを掻いているアナちゃんもこっちに向かってくる才人に気づいて、才人のほうに意識を寄せる。
「ぐす……ぐす……サイト?」
さあ、これで舞台が整った。みんなが俺に注目している。ここからが本番……行けよ、俺!
才人はアナちゃんが向かい合う形で並ぶ。舞台のど真ん中で何が起こるのか?みんなが期待している中、平賀才人は……。
「アナちゃん、ごめんね。そして……聞いてくれ」
「ぐす……えっ?サイト?」
腰を落として、アナちゃんと目線を合わせる、そして……(ぎゅっ!)彼女の小さな手を両手で包み込むように握った。
「ええ!?サイト///……え!?……ええっ!?」
すううっ~~~~!!大きく息を吸い込み、次の瞬間。
「俺は……アナちゃんの事が好きだ。アナの事が一番好きだ!お姫様よりも!姉さんよりも!ルイズよりも!他の誰よりも一番好きだ~~~~!!!!」
……ほとばしる熱いパトス(あらゆる感情・情念)が辺りに響き渡った。
「「「「「ええええぇ~~~~~~~~~!!!?(驚き)」」」」」
「「「「「うおおおぉ~~~~~~~~~!!!?(興奮)」」」」」
「「「「「きゃああぁ~~~~~~~~~!!!?(歓喜)」」」」」
「「「「「きゃああぁ~~~~~~~~~!!!?(恐怖)」」」」」
大歓声が辺り一面に響き渡る。すばらしい舞台のラストシーンに興奮する観客のごとく、みんなが叫ぶ!叫ぶ!叫ぶ!
―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
おい、なんか揺れてないか?この街。
物理的に揺れているのか、気のせいなのか?そして、あたりの様子に戸惑っている才人にアナちゃんが才人の手を握り返して……そして!
「サイト///……アナも……アナもサイトの事が一番好き!だ~い好き!!!!」
アナちゃんも才人に向かって叫ぶ!
「「「「「うおおおぉ~~~~~~~~~!!!?(大興奮)」」」」」
―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
再び上がる大歓声!可憐な乙女(幼女)の甘酸っぱい告白におっさん&おば……お姉さまたちも大興奮。
トリスタニアの中心で16歳男子に向かって愛を叫ぶ9歳幼女、それがアナちゃん。
大歓声で空気が震えている。拳を空に突き出しているやつもいる。平賀才人……まさに千両役者。
……成功だ。うまくいったぜ!みんなの視線が全て俺に集まっている。
「……アナちゃんって、たしか10歳ぐらいじゃなかったかしら……やだ、あの人、気持ち悪い!」
「うおおおぉ~~~やっぱり噂は本当だったのかよ!?クズだ!ロリコンだ!ド変態だ!」
「うう~……アナちゃん……ぐすん」
酷い言われようだった。才人に対してはもちろんと言うか、好意的ものは無いのだが……ちくしょう、みんなの視線が痛いぜ!
周りの注目(痛い視線)を浴びながらも才人はアニエスに目線を送る。
そして、目立たないように後ろ手にハンドシグナル(あっち行け的な手の動き)で今のうちにこの場を離れろと促す。
そう、これがこの3文芝居の本当の目的。こんなに盛り上がるとは予想外だったが……ちょっと!そんな目で見つめないで。
アニエスは意図を理解したのか小さく頷いているのだが、その目はまるでゴミを見るよう……いや、演技だからね!察してくれよ!
「サイト!今、あっちお姉さんを見てなかった?」
「みっ……見てないよ!気のせい、気のせい」
アナちゃんにツッコまれました。女性は男の視線に敏感だと聞くがわずか9歳で……アナ、末恐ろしい子。
興奮冷めやらぬ旧中央通り(メインストリート)で手を取り合い、見つめ合い、ヤキモチを焼く、いちゃラブる2人。
これでミッション達成だ。自分の人生にこんな場面来るとは思ってもいなかったがうまくいって良かった。
「サイトって変態だったのね……あんな小さな子とイチャイチャして。ショックだわ」
「ロングヒルさんに後で言いつけてやる。変態ぺド野郎が!死ね!」
…………代償は大きかったけど。
いや、いいんだこれで。これでアンリエッタと平民たちとのトラブルが回避できたんだからな。汚名の1つや2つ、安いものだろ。良くがんばったな、俺。
「サイト様!?いいかげんに私のお話を聞いてくださいませんこと!」
「……へ?」
急に横から声が聞こえてきたよ。しかも、若干、怒気入っているような……まさか。
(ぎゅっ!)
隣に若干、お怒りになられてる王女様のお姿が……才人の手を握りながら、少し拗ねた表情でこちらを見つめていらっしゃるではありませんか。
ぎゃあああああ!アンリエッタ!?なぜお前がそこにいる。
「ずっと待っているのですが、そろそろ慰問を始めませんか?」
「……」
「どうやってやればいいのか教えていただかないと……その……このような事は初めてなもので///……」
あれぇ……おかしいな?今のうちにお城に帰るように促したはずなのにな?
アニエスさん?これは一体どういう事なんでしょうか?
先ほどまでアンリエッタがいた場所にはアニエスが呆然として突っ立っている。この場から連れ出そうとしたがアンリエッタの(現状を理解していない)行動が一歩だけ早かったらしい。
現在の状況……才人の左側にアンリエッタの登場に戸惑っているアナちゃん、右側に拗ねた表情が微妙に萌えるアンリエッタ、そして、それを見つめる民衆たち。
「「「「「ええええぇ~~~~~~~~~!!!?(驚き)」」」」」
そりゃあ驚きますよね。大歓声も上がりますよね。
―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
ああ……街が揺れているよ。もう気のせいじゃないなコレ。愛の告白をした2人の間に新たな女が登場ですか……しかも、お姫様が。この流れだと……。
「そう言えば、アンリエッタ様がいたんだよな。って言うか、サイトは知り合いなのかよ……」
「知り合いって言うよりも、その……えっと……この状況ってもしかして///」
「幼女だけでもびっくりしているのに、まさか姫様も……サイトって何者なんだ?そして死ね!」
……当然、こうなるよね。
平賀才人はこの修羅場(なぜ、こんな事に?)をどう潜り抜けるのだろうか?
復興作業の開始時間に野次馬たちは解散、あたりはようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
アンリエッタがなぜこんな所にいるのか?という疑問も、才人の迫真の演技のおかげでうやむやに出来たようで願ったり適ったりといった所だろうか。
そして現在の状況はと言うと、また、なんともめんどくさい事になっていたりもする。
旧中央通りの片隅でアンリエッタが小さな子供たちに囲まれてお話をしているのだが……余裕が無い様子でお話をしていたりする。
何が起こっているのかって?話は少し前に戻る。
才人とアナちゃんとアンリエッタの愛憎渦巻くドロドロの三つ巴が始まるのか?と言う所で現場監督たちが登場する。
「おまえらー!いつまで遊んでるんだよ!作業開始だ、早く持ち場に着け!」
「あっ……でも、今、良いとこなんでもうちょっと……」
「良いとこも何も仕事だ!!おめえらも早く来い!!給料払わねえぞ!!この馬鹿どもが!!」
監督たちの怒声が辺りに鳴り響くと、蜘蛛の子を散らすようにあっという間に現場に走って行った。
辺りにいるのは子供たちと主婦たちぐらい、ようやく本来の落ち着きを取り戻した旧中央通。
アナちゃんを助けろと飛び出した子供たちも、アナちゃんの幸せそうな姿(才人と手を繋いでる)を見て戦い(?)の無意味さを悟り、攻撃を止める。
アンリエッタの周囲を固めていた護衛のお姉さんたちも、男たちが復興作業の現場に散って行ったのを確認し、警戒を解いている。護衛対象のアンリエッタが護衛の壁の中から勝手に抜け出したせいでもあるのだが。
そして、才人は頭を悩ませていた。その原因はもちろん……。
「で……慰問って何をすれば良いのかって話だっけか?」
「はい!そうです、早く教えてください」
アンリエッタから、何をすればいいのかと急かされているからに他ならない。王族の人間が指示待ちって不味くないかい?
まあ、お姫様なんて箱入り娘も同然なんだから仕方が無いと言えばそうなのだが……もうちょっと頑張れ!次期女王様!
それにしても……慰問ね~…どんなんだったかな?テレビとかでよく見た事あったけど、このお姫様でもできそうな事か……なんだろう?
アナちゃんに右手を貸しつつ、左手だけで腕を組みながら真剣に悩む才人。
才人は日本で生まれて日本で育った日本人である。世界に名だたる災害国日本ではこの手の慰問はよくあった。高貴な方々、スポーツ選手、芸能人、政治家、海外の大物アーティスト、多種多様にあったはずだ。そして、その中から今のアンリエッタでも出来そうな事。
声を掛けて励ますあたりが王族の慰問のイメージではある。ただ、この街の災害は本当は災害では無いのだ。下手をすれば平民たちを挑発してるとも取られかねない……となると……やっぱり子供関連か?
ここは子供と遊んだり、お話をしたりするのが無難かな?……あっ!?そういえばまだあった!
「あの~…姫様?食料的なものを持ってきているとかは?」
「?……いえ、さすがに遠出する訳でも無いので」
はい、炊き出しは無理でしたね。アレってやってもらえるとお腹も膨れるし、みんなでワイワイとご飯を食べれて結構うれしいんですけどね……次は持って来る様に言っておこう。
「じゃあ、子供たちと遊んでみたら?」
「遊ぶのですか……遊ぶのが慰問ですか?」
「うん、災害のせいでみんなで集まって遊ぶ機会も減ってると思うし、子供たちも喜ぶと思うぜ」
被災者の子供たちと遊んであげるお姫様……うん、絵面的にもいいんじゃないでしょうかね?あざとい気もしないでもないが。
ま、そんなことを気にしてもしょうがないか。良し!行けアンリエッタ!GO!
「……」
……さあ、今がその時だ!子供たちと遊ばれるお姿を今その目に!
「……」
…………あれ?お姫様?
「……」
アンリエッタは才人の横につっ立ったまま動かない。こっちを見ながらニコニコとしている。
これは、まさかの……そういう事ですか?
この展開に才人は口元を若干ひくひくさせながら、アナちゃんのほうを向き、話しかける。
「アナ、ちょっといいかな?」
「んん?なあに」
「アナのお友達をここに集めてくれないかな?今日はみんなで遊ぼうと思うんだけどさ……お願いできるか?」
「ええー!遊んでくれるのー!うん!呼んでくるよ!」
そう言ってアナちゃんは子供たちがいる方に向かってトテトテと駆けて行く、う~ん……いい子だな。
いままでも他の子たちに馴染めない子を友達の輪に入れてあげる的なことは何回もあったのだが、まさか、他の子に馴染めないお姫様の世話を焼くことになるとは……そういや、アンリエッタっていくつなんだろ?
しばらく待っていると子供たちがわらわらと駆け寄ってくる、旧中央通りの片隅に100人近い子供たちが才人とアンリエッタを囲むように集まっていた。
子供たちとよく遊んでいた才人でも見覚えの無い子も混じっている。おそらく、この辺りにいる子供たちが全員集合しているようだ。
「サイトくん?今日は1日遊んでくれるって本当!?」
「何して遊ぶの?ねえ、何して遊ぶの?」
「サイトくん!アナちゃんと結婚するって本当なの!?」
「私もサイトさんと結婚したい!サイトさ~ん!」
老若男女(下は5歳、上は12歳ぐらい)の子供たちが集まると、それはもう、やかましかった。しかも、何か良くない噂が広まっているような気がする。
流石の才人も100人を超える人数と遊んであげて事は無かった、これは早くまとめないと収集がつかなくなるなと本題を切り出す事にした。
「みんな!元気だったか!?」
「「「「「元気ぃ~~~~~~!!!!」」」」」
「今日はひさしぶりにみんなと一緒に遊べるぞ!」
「「「「「わ~~~~~~い!!!!」」」」」
うん、とっても良い雰囲気だね。和気藹々(わきあいあい)として、才人(お兄さん)はとっても嬉しいぞ!
「こっちにいる、お姫さま。アンリエッタ様がみんなと遊んでくれるってさ!」
「「「「「ええぇ~~~~~~!!!?」」」」」
才人が遊ぼうと言うと「わ~い!」大歓声が上がり、アンリエッタが遊んでくれると言うと不満の「ええぇ~!?」が上がった。あれ……おかしいな?
「お姫様って、あのオバサンの事?」
「周りにいるオバサンたちが怖いよー!」
「サイトくんが遊んでくれるんじゃなかったのー!?」
「サイトくんのほうがいいよー!サイトくん、一緒に遊ぼうよー!!」
あっ!?これは不味い……非常に不味いですよ。まさか『遊びの伝道師』のカリスマが裏目に出るとは……そして、また『オバサン』って言ったよ。子供ってなんでお姉さんの事を一括して『オバサン』って言うんだろうね?
和気藹々とした雰囲気は何処へやら?辺り一面に子供たちのブーイングが響き渡る。そして、子供たちの遠慮無しの爆弾発言(オバサン)は当然、才人の後ろに待機している護衛のお姉さまたちにも届いている。
―― ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
いけない……今、後ろを振り向いたら本気でヤバイ気がする。ああっ!?背中から変な汗が……。
「ひゃい!?あの……アンリエッタ様……その……こいつらに自己紹介をしてあげて……くらさい」
「ええ、わかりました。ご挨拶をすれば良いのですね」
う~ん……アンリエッタは完全アウェイのこの雰囲気を全く気にしていない様子。もしくは気づいていないだけなのか?あれ……もしかして、この人って意外と大物なのかも。
歓迎ムードとは言いがたいこの雰囲気の中、アンリエッタは非常に優雅な佇まいで才人の真横に移動する。おおっ!?やっぱりお姫様なんだよな、この人は……なんて言うか上品だよな。
わがままで頼りなくて高圧的なアンリエッタばかりを見てきた才人もこの何気ない仕草に、おもわず見惚れてしまった。
そんな才人の視線に気づいたのか、「くすっ!」とこちらに微笑んでくるではありませんか……流石の才人もこれにはドキッとして照れてしまう。恐るべし……ロイヤルスマイル。
ただ、そんな才人の様子に気づいたのはアンリエッタだけでは無かったのだが……。
「みなさま、本日はお集まりいただき、ありがとうございます。私がトリステイン王国第1王女アンリエッタ・ド・トリステインです。今日、この場所で皆様と一緒に過ごせる事を……」
「はい、アンリエッタ様でした。この国のお姫様だからね!みんな仲良く遊ぶんだぞ!」
「ちょっと!サイト様!まだお話の続きが……」
子供たちに長くて堅苦しい話はダメ!そんな訳で校長先生の朝礼なみに長くなりそうなご挨拶を強制的にぶった切る才人だった。せっかくの自分の出番を遮られたアンリエッタは、少々不満顔だったりする。
正直言って、この後もすんなり子供たちと遊べるのか不安になってきた。そして、その不安は意外な形で的中する事となる。
「あのー、サイトさん。ちょっといいですか?」
「ん?ああ、ガルビネちゃんか……何?何?何かリクエストでもあるのか?」
ガルビネちゃん。東地区の子供でこの中では年長者の部類に入る12歳の女の子。東地区大災害の前は一緒にお料理やお人形作りなどをして過ごしていた女の子グループのリーダー格だ。
12歳と言う年齢以上にしっかりとしている所もあり、女の子の中ではアナちゃんに次いで才人と仲が良い。
そんな、しっかり者のガルビネちゃんだから、何か気の聞いた事でも言ってくれるのだろうと思っていた。そう、思っていたのだ……が。
「サイトさん、お仕事はいいんですか?サイトさんも『新都計画』でしたっけ?毎日、いそがしいって聞いてますけど」
「ああ……今日は、俺じゃなくってアンリエッタ様が遊んでくれるって話だからさ。俺はキリのいい所で仕事に戻るから。心配してくれてありがとな」
「いえ///べつにそんなつもりじゃ……いや!そういう意味ではありませんよ!」
「……?」
「街の復興作業も終わっていないのにこんな大人数で遊んでいる場合ではないのでは?という事ですよ。本当はお家のお手伝いをしなくちゃいけない子もいると思いますし」
「いや、でもさ、ガルビネちゃんだって遊びにきてるじゃん。あれ……違うの?」
「それは……それは、サイトさんだったらいつもみんなで遊んでくれていたからパパやママも良いって言うだろうし……その……」
「……んん?」
「……だから、サイトさんはこの街では特別だってこと!私だってたまには一緒に遊びたいもん!!」
「あの……アンリエッタ様はこの国のお姫様だからさ。すごく偉い人なんだから俺よりも特別なんじゃ……」
「だって!あの貴族じゃない!なんでこの街がこんな事になっているのか分からないのかな?今更、ご機嫌取り?」
「ガルビネちゃん……ここでその話はちょっと……」
「来てくれるなら、なんであの時に来てくれなかったのよ!すごく偉い人なんでしょ!?あいつを止められたんでしょ!?」
「うん、そうだよ。間違ってないから。だから、ちょっと落ち着い……」
「サイトさんだって、あいつにあんなに酷い目に遭わされたのに……なんで、仲良くしてるのよ!バカ!……ううっ……バカ……」
辺り一面にガルビネちゃんの悲痛な叫び声が響き渡る。この子は年長者というだけでは無く、しっかりしていて、世間をよく理解している子だったっけ。
才人に淡い恋心を抱いているところもあってか、アンリエッタにデレデレしている才人の様子が気に入らなかったのもあるのだが、本質は貴族に理不尽にも街を破壊された悲しみからの行動だった。
そんな貴族に滅茶苦茶にされた所に、ノコノコと表れたアンリエッタの行動に怒りが収まらない。偽善者め!と言う気持ちが収まらない。
そうだよ、そうだよな……みんな怖かったもんな。自分たちとはちがう強大な力を持つ者に一方的に理不尽なまでに蹂躙される、破壊されていく自分たちの街、血だらけで倒れていく知り合いたち……傷つかないはずないよな。
ガルビネちゃんは泣いている。アナちゃんのように大号泣とはいかないものの両手で顔を覆いシクシクと泣いている。
アンリエッタは何が起こったかわからずに固まった笑顔のまま彼女を見つめている。
ほかの子供たちも状況を理解できずに、泣いているガルビネちゃんを見つめている。
そして、才人は……。
「ごめんなガルビネ……ごめんな」
目の前の泣いている少女を抱きしめた。やさしく……それでいて力強く。
才人は心に傷を負った人たちの事を考えないで行動した自分を恥じた。
次回 第38話 怒りと悲しみと
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アンリエッタがいるのがばれてしまい、焦る才人とアニエスたち護衛。
恐ろしい記憶が残るこの街でこの件が何を引き起こすのでしょうか?
住民たちの気持ち、感情が止まらない……良くない事が起きなければいいのですが。