来たか。
袁紹が黙って民の移住を見過ごすとは思っていなかったが、朱里達が予測した最悪の速さで追いついてくるとは。
「鈴々、速やかに迎撃の陣を敷くぞ。絶対に民には手を出させぬ!」
「任せるのだ。殿には鈴々がいくのだ」
幸い洛陽への道のりは狭い道が続く、兵力差は考えなくていい。
突破さえされなければ護れる。
民には洛陽から来てくれた楽進殿が付いていて、桃香様は朱里達と共に晋陽城にて待機されてる。
我等は迎撃に専念するだけだ、何一つ憂う事は無い。
袁紹軍よ、ここからは一歩も進ませぬぞ。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第52話
徐々に動きを早くしながら手足の可動を確認する。
もう、大丈夫か。
戦うのはまだ無理だが、動く位なら支障は無い。
あれから約二ヶ月、劉備軍に捕えられた者は怪我の回復次第で労役を課せられるそうだ。
身分によって期間が異なり、一般兵なら一ヶ月ほど。
私の立場なら一年位との事だ。
本来なら死んで当然の身であり、こうして生き永らえてる事に感謝すべきだろう。
ん!?
何だ、室外がやけに騒がしい。
扉を開けてみたら見張りが居なくなってる、一体何があったんだ!?
こうも上手くいくとは思わなかったぜ、敵は大混乱だ。
劉備軍への攻撃は白蓮に任せて、僅か百人で城に攻め込むって聞いた時は嘘だろって正気を疑ったんだが、大成功してるじゃんか。
「左慈、よくこんな事を思いつくな、以前にもした事あんのか?」
「黒山賊の首領を殺した時にな。味方の兵が多い奴ほどこの手の少数奇襲は効く」
出会う兵を倒しながら城の中を走る。
城の造りってそこまで違いは無いから玉座の間はこっちで合ってる筈だ。
他の連中もバラバラに散って火をつけたりと混乱を増長させてる。
「でもよ、侵入に成功したのはいいけど百人ぽっちじゃ城を陥とすのは無理だろ?」
いくらなんでも無茶だぜ。
「当たり前だ。落ち着いて立て直されたら話になるか」
えー、んじゃ何の為に攻めたんだよ。
何の得にもならないぜ。
「目的は一つ、劉備の首だ」
「劉備の首~?あんなの飾りの大将だろ?」
討ち取るなら関羽とか諸葛亮とかじゃねえの?
「馬鹿の貴様には分からんだろうが、この軍で最も厄介なのは間違いなく劉備だ。今なら関羽と張飛がいない、好機だ」
そりゃあたいは馬鹿だけどさ。
「討ち取らなくても捕えればいいだろ?弱い者いじめみたいで気が進まねんだけどなあ」
武勇に優れてるなんて聞かないしなあ。
「駄目だ。劉備は人の下にいたら害にしかならない。袁紹だろうが曹操だろうが絶対に持て余す。劉備を家臣に出来るとしたら奴くらいだ」
奴?誰だよ?
「文醜、貴様は華雄の相手をしろ。その間に俺が劉備を討つ」
華雄、御遣いが派遣したっていう元董卓軍の将か。
「分かった」
騒ぎが大きくなってきている、敵が近づいてきてるな。
本命は野戦と踏んでいたところに少数による城への奇襲とは、敵も大胆不敵な事だ。
「桃香様、どうか身をお隠し下さい。敵の狙いはおそらく桃香様です」
「じょ、城兵も今は混乱してますが暫くすれば落ち着きを取り戻します。敵は少数の様子、桃香様さえご無事でしたら直に騒ぎも静まりますから」
諸葛亮、鳳統の両名が劉備殿に進言する。
「ううん、私は此処に居るよ。下手に隠れて流言を流されたりしたら兵士さん達に不安を与えちゃう。私がいても戦いの足手まといだとは思うけど、せめて此処にいさせて」
一理ある、隠れた先で見つかる可能性とて無いとはいえん。
「では、諸葛亮殿や鳳統殿と共にそちらの隅へ。侵入者の相手は私がします。兵は周りを固め、討ち取る事ではなく御護りする事だけ考えよ」
兵達が了承し、劉備殿も頷かれる。
「華雄さん、お願いします」
そして敵が姿を現す。
私を見定めた途端、一人が躊躇無く突進してくる。
思い切りの良い攻撃を防ぐ、しかし敵の攻めは止まらず剣は止まらない。
この者、なかなか出来る。
他数名も私に向かってきた。
防ぐ中、ただ一人、左慈が劉備殿の方に向かっているのが目の端に写る。
護っている兵士達が吹き飛ばされる。
落ち着け、劉備殿達はまだ持つ、ならば先ずすべき事は。
突進してきた者の剣を受け流し体勢を崩させ、その隙に他の者を討ち取る。
「なっ、こいつ!」
敵は動揺していながらも攻めては来ず間合いを取る。
いい勘をしている、あのまま攻めてくれば討ち取れたものを。
だが時間はかけられん、一気に決める。
「文醜!守りに徹しろ、時間を稼げ!」
「分かったあ!」
くっ、隙が減った、いかん、劉備殿を護る兵達がもう持たない。
「左慈殿っ!!」
また誰か入ってきた、敵の増援か。
最早一刻の猶予も無い、金剛爆斧を力任せに横薙ぎして強引に相手を吹き飛ばす。
急いで劉備殿に駆け寄ろうとして、足が止まる。
劉備殿の盾として左慈の前に立ちはだかっているのは、魏延だった。
「焔耶、お前生きてたのか!」
私とは違う意味で文醜が驚きの声をあげた。
「左慈殿、申し訳ありません。お言葉に背き生き恥を晒しております」
「・・俺の前に立つ理由を言え」
「何卒、何卒劉備殿の命だけはお助け下さい。お願いします!!」
魏延、お前。
「劉備に絆されたか。ならば、その思いを示してみろ!」
言葉が終わると同時に蹴りがとぶ。
魏延は辛うじて防ぐも膝が落ち、更に蹴りがとび今度は防げず胴に入る。
服に血が滲んでいる、傷口が開いたか。
「魏延!」
駆け寄ろうとし、
「来ないで下さいっ!!」
拒絶の言葉にまたも足が止まる。
「来ないで、下さい。これは、私と左慈殿との問題なのです。私は幾重に左慈殿の副官として、責務を全う出来ませんでした。更に、勝手な思いで裏切ろうとしています。・・その後始末を、華雄殿に任せる訳にはいかないのです」
震える足で立つ魏延。
「うおおおおおおおおっ!!!」
拳を握り殴りかかる。
だが届かない、逆に痛打を浴びる。
私も、文醜も、劉備殿達も口を出せず見ているしか出来ない。
一方的に蹂躙される魏延。
子供でも倒せないであろう力無き拳を、魏延はそれでも振るい続ける。
体もぼろぼろだ、それでも倒れない。
そして、左慈の動きが止まり、魏延も動かない。
「魏延っ!」
駆け寄り声を掛けるが返事は無い、既に意識は無かった。
「魏延さん!」
劉備殿も駆け寄って来る。
左慈と文醜は何時の間にか姿を消していた。
騒ぎが静まり、治療を受け安静にしている魏延に付き添う。
絶対安静だが命に別状は無い。
あれだけの攻撃を受けながら立っていた、今迄の魏延なら有り得なかった。
本当に強かった。
不謹慎だが羨ましく思う。
過去の私も、お前のように董卓様をお護りしていたらと。
「どうぞ、翠さん」
「悪いな、月。仕事の手を止めちまって」
「いえ、一休みしようかと思ってたところでしたから。お相手が出来て嬉しいです」
「う~ん、やっぱり月の入れてくれるお茶は美味いなあ」
先の涼州外征の後で西平に赴かれていた翠さんですが、建国祭に合わせて一刀様に呼び戻されたそうです。
「西平の様子は如何ですか?」
「ああ、皆凄く頑張ってるよ。やっぱり嬉しいんだろうな、自分達が後ろ指を指されない国があるのは」
そうですね、悲しい事ですが差別は無くせるものではありません。
人は強くもありますが弱くもありますので。
「城壁の拡大が終わるまではきつかったけどな。何しろ建国用の物資が大量にあるから反対勢力の奴等が狙って来るんだよ」
「はい、報告で聞いてます。かなり頻繁に来たとか」
「でも羌族や氐族の協力派のおかげで撃退出来たし、連帯感が出て仲良くなる切っ掛けにもなったから悪い事ばかりじゃなかったよ」
「そうですか、良かった」
目立った民の衝突も無く、交流は広がっているとの事。
馬騰さんが連れて行かれた劉弁様と劉協様も、笑顔が増えて色々と学ばれてるそうです。
韓遂さんは毎日楽しそうに働かれて、羌族や氐族との話し合いには欠かせなくなってる等。
悪い事があれば良い事もあり、そうして少しずつ進んでいく。
長い雨もいつかは晴れる。
傷付いた心も何時か癒える時が来ると信じられる。
・・私は幸せ者です。
生きてて本当に良かったと思います。
絶望していた私に一刀様が手を差し伸べてくださったように、私も手を伸ばしていきます。
きっと人はそうして繋がっていくんだと思います、手に篭った思いを伝える為に。
「それじゃ、月は建国祭に行かないのか?」
「はい。并州民の移住がありますので」
「アタシも手伝いたいけど、一刀に色々と報告しなきゃならないからなあ」
「大丈夫です、受け入れの準備はほぼ出来てますから。一刀様にもお伝えしてますので」
それから暫く歓談してたのですが、急報が来て翠さんが部屋から飛び出します。
急報の内容は、曹操軍、寿春に侵攻。
強い雨風の中、城壁から見える魏軍の軍勢を視認する。
「一刀殿。戦闘の準備は整ったのです」
「一刀さん。美羽様と紫苑さんから民の避難も完了したとの事です」
「分かった。ねね、七乃、全体への指示を頼んだよ」
寿春に攻め込んできた、およそ二十万の軍勢。
こちらは十万。
既に城は包囲されて、直に全方面から攻撃してくるだろう。
俺が受け持つのは正門のある南。
「一刀殿、魏の来襲を予測できなかったねねに進言する資格はありませぬが、やはり危険なのです、南の指揮官は桔梗殿にお任せしましょう」
「駄目だよ。兵数で劣る以上、俺が前線に立って士気をあげる必要がある。それに桔梗には北門の恋を補佐して貰わないと」
恋は武が突出しすぎて兵の指揮には向いてない。
東門は真桜と沙和。
西門には亞莎と明命。
魏は間違いなく総力で攻めてきてる、となれば将も勢ぞろいだ、一人だけでも恐ろしい力を持つのに。
各城壁に最低二人の将は必要だ。
この天候では救援依頼の狼煙が使えない。
早馬を出したけど、最も近い建業は長江が荒れてて援軍を出すどころか伝者すら到達できないだろう。
洛陽は民の移住のために并州へ出陣してる、出せる兵が無い。
残るは江陵だが、劉璋が国境近くまで軍を出してる報告が届いていた、守将の星も動けないか。
となれば暫く援軍は見込めない、耐えるしかない。
まとまった援軍を出せる都市はその三箇所だけだ。
・・おそらく華琳はこの機会を狙っていた。
麗羽と戦をしながら、入念に準備を整えてたんだ。
官渡での対陣を終えた後、そのまま寿春に攻め込む為に。
完全に虚をつかれた。
おまけに台風のせいで気付くのもかなり遅れた。
驕ってたんだな。
十万の兵力を常駐させてる、秋の収穫が終わってて良かった、建国祭には晴れてくれたらいいなとか、暢気に浮ついてた気持ちを罰するように。
「兄様、兄様は私が必ずお護りします」
「流琉」
風が華琳の元に帰っても、流琉は俺のところに残る事を選んでくれた。
季衣と戦う事になってもと、ひどい奴だよな、俺って。
「ありがとう」
「はい」
流琉は笑顔で応えてくれた。
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あとがき
小次郎です。
遅ればせながら、明けましておめでとうございます。
急速に寒くなってきて、朝は布団から出たくないこの頃です。
いきなりですが、私は焔耶が決して嫌いな訳ではありません、むしろ好きです。
それなのに本当にエライ目にあわせてしまってます、どうしてこうなった。
酷い目にあうのは一刀(主人公)と私(作者)の役目なのに。
とにかく焔耶には幸せを、一刀と私には苦労をで今年も頑張ります。
では次回も読んで頂けたら嬉しいです。
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并州の民の移動に袁紹軍が来襲。
しかし戦場は一つではなかった。