No.817167

真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第九十四話

ムカミさん

第九十四話の投稿です。


実はずっと書きたかったこの話。

続きを表示

2015-12-05 02:30:01 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3355   閲覧ユーザー数:2707

 

「俺は部屋に戻るよ。何かあったらそっちに来てくれ」

 

一刀はそう言って自身の部屋へと歩いて行った。

 

恋はそちらに背を向けて逆方向、中庭の方へと足を伸ばす。

 

その足取りはあまり軽いとは言えない。

 

それは夕方に聞いた話の所為だろうか。

 

恋は自身が今、心の病に罹っている可能性を指摘された。

 

それが原因で、ここ最近一刀に勝てていないのだ、と。

 

華佗は体の病の可能性を調べてくれた。

 

けれど、何も悪いところは無かったと言っていた。

 

つまり、心の病でほぼ確定となってしまった。

 

言われてみれば、恋にも思い当たる節がある。

 

最近の恋は、以前の自分では考えられないような行動を取ってしまうことが多くなっていたのだ。

 

それらが皆、”心の病”とやらの症状なのだとすれば……

 

その考えは恋の気持ちを沈めるのに十分過ぎるものであった。

 

トボトボといった表現がピッタリな歩き方で中庭まで歩き、四阿を見つけて足を向ける。

 

と、その足音を聞きつけたのだろう、良く見れば四阿の内に一つだけあった人影が恋に声を掛ける。

 

「ん?なんだ、恋ではないか。

 

 どうかしたのか、こんな夜更けに?」

 

「あ……秋蘭」

 

秋蘭に全く気付いていなかった様子が恋の返答から読み取れる。

 

それに秋蘭は少しばかり驚いた顔を見せた。

 

「……恋も飲むか?」

 

「……ん。ありがとう」

 

本当に深刻な事情がありそうだと察し、秋蘭はまずは恋を落ち着かせようと酒を勧めた。

 

恋もこれに素直に応じる。

 

それから暫くは二人が並んで盃を傾けるのみの静かな時間であった。

 

「…………ふぅ……今日は月が綺麗だ。

 

 酒も一層美味く感じるというもの。だが……それでもお前は浮かない顔をしているのだな、恋」

 

「…………?」

 

静かに語り出した秋蘭に、恋はどういうことかと首を傾げる。

 

秋蘭は苦笑して付け加えた。

 

「恋よ、自分では気づいていないのかも知れないが、今のお前は明らかに落ち込んだような雰囲気を醸しているぞ?」

 

「……ん。仕方ない」

 

特に否定も無く、動揺も一切せずに肯定する。

 

こういったように、恋は普段からそこまで感情を動かすことが無い。それだけに今の状態であることは、傍から見て非常事態なのであった。

 

「仕方ない、か。

 

 なあ、恋?何に悩んでいるのかは分からんが、良かったら私に話してみないか?

 

 話してみることで多少は楽になることもあるんだぞ?」

 

「……秋蘭に?このモヤモヤを、話せばいいの?」

 

「うむ。勿論、口外しないと誓おう。

 

 恋と私の、ここだけの秘密ということだ」

 

「……ん、分かった」

 

コクリと頷き、恋が諾を示した。

 

秋蘭は微笑みを浮かべ、視線で恋を促す。

 

恋はゆっくりと自身の悩みを語り始めた。

 

「……さっき、ご飯食べてた時に、一刀から聞いた。恋、”こころの病”だって。

 

 ……華佗にも、診てもらった。悪いところ、無いって」

 

「……それはつまり、”こころの病”では無い、と?

 

 一刀の推測が間違っていたということでは無いのか?」

 

「……ううん、違う。

 

 ……華佗、体しか治せない、って言ってた」

 

「ということは……逆、か。”こころの病”で確定、と……」

 

恋の言葉を読み解きながら秋蘭は理解を示す。

 

確かに深刻な問題ではあった。

 

だが、秋蘭は事前に一刀から大よその事を聞いていたことが幸いして大した動揺はしていなかった。

 

「それで恋は悩んでいた、ということか?」

 

「……ん。モヤモヤが、残る。

 

 ……恋、いつもの動きが出来てない」

 

「心当たりあり、ということだな。

 

 恋、良かったらそのモヤモヤとやらの内容を教えてはくれないか?」

 

恋のいうモヤモヤ、それが即ち”こころの病”の症状だと感じた秋蘭は、恋にそう問う。

 

恋も一度話し始めたら全てを話してしまおうと考えたのだろう、秋蘭の問いにも素直に答えた。

 

「……最近なんだか、恋の体、変。一刀から目が離れない。気が付いたら、恋、一刀を見てる。

 

 ……例え仕合中でも、目が合うと心臓が跳ねる。逸らしたくなっちゃう。でも、逸らしたくない。

 

 ……なんだか……よく分からない。でも、他のことに集中出来ない。

 

 ……鍛錬でも街でも、一刀を見かけたら、何故か頬が緩む。

 

 ……一刀に頭を撫でてもらうと、顔が熱くなる。やめて欲しい気持ちとずっとやってて欲しい気持ちで、頭がごちゃごちゃになっちゃう。

 

 ……一刀のしてること、どれも気になる。迷惑かもしれないけど……

 

 …………でも、恋は…………?秋蘭?」

 

「………………」

 

いつになく饒舌な恋の語りの内容に、秋蘭は目を見開いて驚くより他は出来なかった。

 

いや、仮に秋蘭以外の者がこれを聞いたとして、秋蘭と同様の反応を示す者は大半を占めるだろう。

 

それほどまでに衝撃的、否、大事件とすら表現したいほどでもあった。

 

恋は暫し秋蘭の様子に首を傾げていた。

 

そして、ふと気づく。秋蘭がこうして固まってしまっているのは、恋の症状について何かを知っているからではないのか、と。

 

「……秋蘭、恋の病気、分かる?

 

 ……だったら、教えてほしい」

 

恋にこう声を掛けられたことで、秋蘭も再起動を果たす。

 

そして遅れて恋の発言を認識すると、フッと優し気な笑みを見せた。

 

「恋よ。それはな、『恋』だ」

 

「……鯉?でも、恋、最近食べてない」

 

恋らしい、決して恍けたわけでは無いこのボケには、さすがに秋蘭も苦笑を禁じ得ない。

 

「違う違う。『鯉』では無い。『恋』だ。

 

 お前の真名がそのまま字として書かれ、市井の女性が憧れるという、な。

 

 男女の間柄、だとか、好き合う関係、だとか言った方が分かりやすいか?」

 

「………………ああ」

 

少々時間を掛けて、恋は秋蘭が説明した内容を理解したらしい。

 

一度二度と軽く首肯してその意を示していた。

 

「…………?」

 

しかし直後には首を傾げてしまう。

 

恋自身、自らが”恋”をしているという指摘にピンとは来ていないのだった。

 

秋蘭の表情は苦笑から再び優し気な笑みへと変化する。

 

まるで子供に大切な物事をこっそりと教えているかのような、そのような気分になっていたのだ。

 

「恋よ、今から私が言うことを少し想像してみてくれないか?

 

 そうだな……まず一つ目、恋が一刀に頭を撫でられている場面。

 

 ………………それから二つ目、新たな鍛錬内容の件で、恋が一刀に褒められている場面。

 

 ………………そして三つ目、ふとした時に、街中で偶然一刀と出会った場面」

 

「………………っ……?」

 

恋は言われた通りに想像してみる。

 

すると、すぐに頬に熱を感じた。一つ目も、二つ目でも、そして三つ目でさえ。

 

またもや恋の首が横に倒れた。

 

その様子を見て秋蘭は確信に至る。

 

恋は自身の心の動きに付いていけていない。それが秋蘭には既によく分かるようになっていた。

 

「想像出来たか?

 

 ならば恋、正直に答えて欲しい。

 

 どの場面でも、お前は『嬉しい』と感じたのでは無いか?」

 

「……………………あ……ん」

 

恋は暫し考え込み、そして何かに気付いた様子を見せた。直後、今度は恋の首が縦に倒れる。

 

肯定、そして理解。ようやく恋は自身の感情に頭が追い付き始める。

 

「一刀に何かしてもらえる事、一刀と共に何かが出来ること。

 

 例え些細なことであったとしても、それで喜びを感じ、胸が暖まるのであれば、それは間違いなく”恋”だよ」

 

「…………ん」

 

今度こそ、恋は理解を示す。

 

そして、この日初めて恋から秋蘭に問う。

 

「……でも……恋、分からない。知らない、から。

 

 ……恋、一刀といたい。でも、難しい。

 

 ……こんなの、初めて」

 

ようやく認識したとて、未だ恋は始めて抱く強い感情に戸惑い気味であった。

 

一先ずは少しでも落ち着かせるべきか、と秋蘭は考える。

 

「恋、まずは気持ちを整理してみるべきではないか?

 

 こうなった切っ掛け、それを思い出してみるんだ」

 

「……ん」

 

上手くいけばこれで落ち着ける。秋蘭はそう考えていた。

 

実際は劇的な切っ掛けなど存在しないことの方が多かったりする。

 

だが、皮肉にも大陸の情勢はそういったイベントに事欠かない状態にあった。

 

つまり。恋は思い返せば返すほど、順を追って一刀に惹かれていったことを如実に知ることとなったのである。

 

「どうだ、恋?」

 

「…………話、長い。けど、いい?」

 

「ほう。ああ、構わない」

 

話してくれるとは思っていなかったが、聞けるのであれば聞いておきたい。秋蘭としても恋の恋路には興味があるのだから。

 

それ故に、秋蘭は大人しく恋の話に耳を傾ける。

 

恋の独特な話し方故に所々に不明瞭な点があり、そこは秋蘭が軽く問うことで補足していく。

 

その結果、恋の恋路は以下に示すような道程を辿っていたことが分かったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

――――――――

 

 

 

 

 

初対面の印象は、他よりも少し強い男が現れた、ただそれだけだった。

 

月が必要としてくれた恋の力、これで月を守らんとして虎牢関に詰めていた時の事だ。

 

霞に言われて、斬った一刀を砦へ引き込んだ。

 

そこで霞との会話を聞く。

 

一刀が本気で月たちを助け出そうとしていることが、側で聞いていた恋には分かった。瞳が嘘を吐いていなかったから。

 

洛陽で倒れてしまうほどに一刀が頑張っていたこと、それだけ本気であったことは恋も知っている。

 

そして、洛陽を発つ直前のこと。

 

一刀は恋の下を訪れた。そして。初めての言葉を掛けられた。

 

一刀は”恋の武”を必要としているわけでは無かった。

 

ただ、恋に”自由”を与えたい、と。そう言った。

 

当時はよく意味が分からなかった。今でも、完全に分かったとは言えないかも知れない。

 

けれども、その驚きは恋にとってとても新鮮なものだった。

 

それから洛陽を発ち、道中を経て陳留に至り。今まで考えたことも無かった事柄を考えるようになった。

 

必要に迫られて、ではあったが、案外嫌では無かった。

 

とは言っても、今までずっと生まれ持った武で食い繋いできた恋のこと、出来ることもやりたいことも、武に関することしか出てこなかった。

 

ある日、それを一刀に伝えた。

 

何も変わっていない、と言われるかと思っていたが、実際は逆だった。

 

恋がよく考えた上で同じ選択をしたことを知ると、褒め、歓迎してくれた。

 

暖かい。そう思った。

 

月とはまた違う暖かさ。

 

どうしてそう感じるのか、それを知りたくなった。

 

だから、恋は初めて積極的に鍛錬や仕合に顔を出すようになっていた。

 

そうする内に、恋は気付く。

 

一刀は今までにいなかった、恋にとって好敵手とも呼べる相手であることに。

 

多彩な攻撃手段を持ち、恋の攻撃や行動まで分析し、時には誘導までしてくる相手。

 

気を抜けば負ける。抜かずとも負けかねない。そんな仕合は恋にとってほとんど初めてなのだった。

 

負けたくない。だから、強くなる。相手も強くなろうとするのならば、それよりも、もっと。

 

切磋琢磨。その言葉の本当の意味を身体で理解した。

 

この頃になると、恋は鍛錬や仕合に楽しさを見出すようになっていた。

 

これもまた、恋にとって初めての出来事。

 

今まではそれらに楽しさなど微塵も感じていなかった。

 

武を利用するために擦り寄られ、だと言うのに鍛錬でも仕合でもまともに恋の相手にはならない。

 

そうして暫くすると、擦り寄ってきた側の方から勝手に恋を恐れて放り出す。

 

そのような状態がずっと繰り返されていては仕方なかったと言えよう。

 

辛うじて霞や華雄がいた董卓軍での鍛錬がマシなものであったが、それでも恋は基本的には出ていなかったのだった。

 

ところが、今までのように強制では無く、初めて自らの意志で武を用いることを選択した。

 

その過程の違いは恋の心境に本人すら知らぬ間に変化を齎していたのだ。

 

それからの毎日は、恋にとって新鮮なものだった。

 

基本的な生活は今までと同じで気ままなまま。

 

一刀か月か、或いは詠が配慮してくれているのか、普段の仕事は少な目で余裕は十分。

 

そして、鍛錬には欠かさず出席。

 

一刀は勿論のこと、他の武官も皆、恋との手合わせを幾度も願い出る。そして誰もが仕合う度に強くなっていくのが分かる。

 

恋は次第に『楽しい』とよく感じるようになった。

 

別に、いつも勝てるから、というわけでは無い。

 

負けそうになる瞬間があること。実際に数度、負けてしまったこと。それがあるからこそ、『楽しい』と感じるようになっていった。

 

気が付けば、我流だった恋の武にも更に磨きがかかり、より強くなっている。

 

そして、恋は改めて思う。

 

”今度こそ、月も一刀も、恋の大切な人は絶対に恋が守る”。

 

そんな中訪れたのが、あの西涼遠征であった。

 

一刀と月と、そして二人が敬意を表している華琳までも同道する部隊。

 

魏の重鎮かつ恋の大切な人とそれに準ずる人の勢揃い。

 

そうは言っても、恋には特に気負いは無かった。

 

一刀たちの言う通りに動いて、いつも通りにやって、きっちり守り抜く。恋にとってはただそれだけのことだった。

 

実際、道中で遭遇した五胡の連中相手には何の問題も無かった。

 

月の援護を受けつつ一刀と共に敵を蹴散らし、鶸と蒲公英を助け出した。

 

問題はその後。馬一族の拠点に到達した後にあった。

 

交渉の云々は恋には分からない。そこは一刀と華琳のすることを見ているだけ。

 

が、これが決裂した時から、恋の出番となる。

 

それは唐突に、そして劇的に訪れた。

 

馬騰が華琳の要請を拒否する旨の発言をすると同時、一刀が苦鳴を上げた。

 

原因ははっきりとは分からない。だが、恋にも感じられたことがある。

 

それは、直前、馬騰から闘気が発せられたこと。

 

争う意志を明確に持っていなければ出ないそれ。

 

つまり、馬騰は敵意を持ち、これを以て攻撃してきた。

 

そう理解した時、恋の足は自然と動いていた。

 

一刀の制止の声も聞こえてはいたが、止める気は無かった。

 

敵と認識した相手を倒す。その為に恋は進み。

 

しかし、それが失敗に終わってしまった。

 

あっさりと負け、挙句に気まで失ってしまう始末。

 

その後に何があったのか、恋には分からない。

 

だが、魏が敗走の形を取らざるを得なかったことだけは分かる。

 

許昌へと戻る馬上で目覚めた恋は、状況を認識すると恐怖に震えた。

 

自身の価値は武にしか無い。何故なら、自分にはそれしか無いから。

 

そう考え、魏でもそれに従って動いてきた。

 

そんな恋の価値たる”武”が地に堕ちた。これは即ち――――また、捨てられる。

 

今まで幾度となくあったそれ。いつしか、またか、で済ませてしまうほどに慣れてしまったはずだったのに。

 

魏に、一刀や月のいるこの国に捨てられることを考えただけで、恋は心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じたのである。

 

気が付けば恋は我も忘れて懇願していた。

 

魏に残りたい。この暖かいと感じられる場所に、まだ居たい。

 

いつしか、魏の環境は恋にとってそれほどまでに大きくなっていたのである。

 

恐怖で満たされた恋の心は、しかし一刀によって救われる。

 

一刀の言葉でどうにか少しだけ落ち着き周りを見てみれば、恋を責めるような視線はどこにも無い。

 

更に、一刀は恋の価値は”武”だけでは無いと改めて語り聞かせた。

 

その上で、まだ”武”にのみ価値を見出すのなら、共に強くなろうと語り掛けた。

 

恋は遂に理解する。

 

一刀は”恋という個人”を見ている。見てくれている。

 

それは今までの恋を利用していた奴らと決定的に異なることだった。

 

恋が月や一刀を大切に感じていた理由。それは今までも無意識の内にこれに気付いていたからかも知れない。

 

一刀は恋を見捨てない。それを真に理解した恋は、恐怖に成り代わって安堵が心を満たす。

 

これが心の弛緩を呼び、恋はこの時、眠りに落ちたのだった。

 

ここから恋の心の物語は急加速する。先の”理解”が引き金となったのである。

 

なまじ武が高かったがために今まで”恋という人間”を見てくれる者がいなかった事実は、思いもよらず大きな影響を持っていた。

 

”大切”という思いは、この時既に”好意”に、そして”恋”へと変化を遂げていた。

 

だが、許昌に帰還してからも恋自身はそれ程変化を自覚してはいなかった。しかし、体は心に正直だった。

 

時と場所を選ばず、一刀と共にあることを喜び、目が合うことにすら心を跳ねさせる。

 

自覚が無いが故に制御が効かず、仕合における敗北量産という事態を引き起こしすらした。

 

そうして、ようやく恋も自らの体が少しおかしいことに気付く。

 

恋自身がそんなであったから、周囲は勘違いしたままにそれぞれ動くこととなり。

 

一刀が華佗と共に起こした行動があって、今に至るのであった。

 

 

 

 

 

――――――――

――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話を整理し終え、二人の間には何とも言い難い沈黙の幕が下りる。

 

今度こそ自らの気持ちを理解した恋は、月明かりの下では分かり辛いが顔を赤く染めている。

 

ほとんど話を聞くばかりだった秋蘭にも、恋の想いの深さが十分に伝わっていた。

 

暫しの無言の間を経てから、秋蘭が口を開く。

 

「恋。お前は今、どうしたいと考えている?」

 

「…………分からない」

 

先程までの”分からない”とは少しニュアンスが変化していることに秋蘭は気付く。

 

自覚の無かった気持ちを突然知らされての戸惑いだったものが、自覚はしたものの知識が無いが故に取るべき行動が分からない状態に。

 

同じような人物が側にいたから、秋蘭にはそれが良く分かった。

 

「他の者であれば、一番したいことをすればいい、とでも答えられるんだがな」

 

ポツリと秋蘭が漏らす。

 

それは、恋には出来ない助言だった。

 

ならば、ここは自分が先達として恋に具体的な行動を示してやるのが良い。秋蘭の至った結論だった。

 

「取り敢えず、想いを伝えてみろ、恋。

 

 意外とそれだけでもスッキリとするものだ。

 

 それと、もし一刀と今以上を恋が本気で望むのであれば、私なりの方法を教えよう」

 

「…………ん。お願い、秋蘭」

 

逡巡はほんの一瞬。

 

恋はしっかりと頷いた。

 

 

 

 

 

それから暫くの時間を掛けて、秋蘭は自身と、そして春蘭の時の経験を基にどうすれば良いかを恋に伝えていった。

 

尤も、自身も未だ手探りな部分が少なくないことは隠さない。

 

それでも、これに関して全く知らない恋にとっては、どれもが貴重な情報なのであった。

 

「――と、大体こんなところだろう。

 

 ただ、これらの全ては恋が一刀に想いをきちんと伝えて初めて意味があると思う。

 

 だから、明日、せめて明後日までには時間を取って伝えてしまうと良い。

 

 それは恐らくだが、同時に今恋に蟠るモヤモヤも晴らして、不調も吹き飛ばす切っ掛けになるだろうからな」

 

「……ん」

 

コクリと頷く。その動きは一見普通に見えて、恋と慣れ親しんだ者にしか分からない程度に堅さを含んでいた。

 

また珍しいものを見たな、と薄く笑む秋蘭に、ふと気づいたように恋が問い掛ける。

 

「…………でも……いい、の?」

 

「ん?何がだ、恋?」

 

「……秋蘭、一刀のこと、好き。春蘭、も」

 

「ああ、そのことか……」

 

目を瞑り、フッと軽い溜め息と共に少しだけ肩を竦める。

 

それから姿勢を戻した秋蘭には、諦めや嫌悪と言ったようなネガティブな感情は見られなかった。

 

「一刀は良くも悪くも”天の御遣い”だ。現に、対外的には華琳様と対を為す存在として魏の柱となっている。

 

 その一刀により多くの我等魏の将が愛してもらえることは、国内外に向けての良い宣伝になる。

 

 それに、権力者が細君を複数持つことは何ら不思議では無いからな」

 

「……違う」

 

フルフルと首を横に振り、言葉を切って秋蘭を見つける恋。

 

彼女がまだ何を言いたいのか、秋蘭は今度も理解した上で付け加えた。

 

「ふふ、別に恋が一刀とそうなろうと、妬みや嫉みは抱かぬよ。

 

 誰かとの仲にかまけて他を疎かにするようなことは決してしない。

 

 一刀がそんな男だということは、実際に姉者と二人ともそういう関係となって改めて確信したものだ。

 

 元より将たる我等の身はそれほど自由な時間は取れない。

 

 ならば、時間の取れたその時に、きっちりと愛してくれるのであれば、私はそれで満足だからな」

 

「…………分かった。秋蘭、ありがとう」

 

「なに、礼には及ばん。頑張れよ、恋」

 

「……ん」

 

月明かりに照らされた四阿で互いに微笑み合う二人。

 

それはとても絵になる光景なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、恋は前日に秋蘭から言われたことを、朝から実行しようと様子を見ていた。

 

だがどうしたことか、いざ一刀に事を伝えようとしても恋の口は思うように動いてくれず、関係無い事をポツリと話すに留まってしまう。

 

物事に臆する。これもまた、恋にとっては新鮮なことではあった。

 

が、今はそんな感想に浸っていてはいけない、とさすがの恋でも焦りを感じる。

 

改めて恋は勇気を振り絞る。

 

そうやって幾度か試みた後、太陽が中天を大きく過ぎた頃になってようやく一刀に約束を取り付けることに成功した。

 

呼び出した場所は、調練場。

 

恐らく今の恋が最も平静を保てると踏んだ場所がそこであった。

 

元より抱えている仕事の少ない恋は、早々と仕事を終えると調練場にて一刀を待つ。

 

待つこと暫し、調練場を包む光が赤く染まり始めた頃になり、遂に目的の人物が姿を見せた。

 

「さて……っと。やあ、恋。ごめん、待たせたかな?」

 

一刀は軽く調練場内を見回し、すぐに恋の下へと駆け寄ってくる。

 

恋はそれを見てこっそりと深呼吸をしておいた。

 

「……んん。大丈夫」

 

「そうか?それなら良かった。

 

 で、今日はどうしたんだ?」

 

「……恋、一刀に話したいこと、ある」

 

先ほどの深呼吸で、恋は既に覚悟を決めていた。

 

故に、続く言葉は思うほど詰まる事無く、恋の口から飛び出していく。

 

「……恋、一刀のことが好き。好きに、なってた。

 

 ……秋蘭にも、聞いた。から、間違いない」

 

「…………一応聞かせてもらうけど、それはつまり、秋蘭達と同じ意味で、ということ、だよな?」

 

「……ん」

 

恋の告白、そして首肯に一刀は暫し固まってしまう。

 

対する恋はと言えば、一歩を踏み出したその瞬間から心は随分と軽くなったように感じていた。

 

尤も、顔は夕日に負けず劣らず赤かったのであるが。

 

元々口数の多い方では無い恋は、今はただ一刀が結論を出してくれるのを黙して待つ。

 

その肝心の一刀は、頭の中に朝方の秋蘭の台詞が甦っていた。

 

ああ、秋蘭が言っていたのはこういうことだったのか。第一に浮かんだ考えがこれ。

 

大陸の人間として答えろ、って、割と無茶を言うなぁ。そして第二に浮かんだ考えがこれだった。

 

一刀は努めて冷静に自己分析を掛ける。

 

一刀の本心は――――恋を好いている。恋の想いを受け入れるに吝かでは無い。

 

一刀の理性は――――多情を警告している。初めからして春蘭と秋蘭の二人とも、と異例な状態なのだ。

 

だが、ここで秋蘭の言葉に従って補正を掛けねばならない。

 

理性が受け入れること、警告することのリストは、全てそれらが形成される際の自身の周囲の常識に依存する。

 

後々に固まったこれを改変することは非常に困難なのだ。

 

一刀もそれに例外では無く、未だ完全に大陸のそれに一刀の全てが順応しているわけでは無い。

 

従って、よくよく突っ込んで考えていくと、先ほど弾き出した一刀の理性の結論は、大陸人としての答えでは無いということになるのである。

 

では話を単純にして本心に従えば良いのでは、と思いたくなる。

 

秋蘭の意図が読めない。どういう意味においてか、試されているような気分になってくるのだった。

 

そうして悩む内、ふと話した時の秋蘭の表情を思い出す。

 

あの時は理解出来なかったが、今なら分かる。

 

秋蘭のあの表情はつまり、恋のことを考えて浮かべたものだったのだろう。

 

その考えに至り、遂に一刀も腹を据えた。

 

開き直った、とも言えるかも知れない。

 

以前に秋蘭から半ば丸め込まれるように聞かされた”権力者の常識”。

 

夏候姉妹にしか、と思っていたそれを、拡大解釈してやろうじゃないか、と。

 

「…………ふぅ。待たせてゴメン、恋。俺も結論を出したよ」

 

「っ」

 

俄かに恋の顔に緊張が走る。

 

天下無双の飛将軍には珍しい、なんてここ数日だけで幾度思ったか分からないことを考えながら。

 

妙に冷静になった一刀は、恋への答えを口にした。

 

「恋、俺も恋が好きだ。

 

 俺の立場上、これからもあまり恋だけに時間を取ったりは出来ないかも知れないが、それでも恋と色々とやってみたいこともある。

 

 そんなでも良ければ、これからは恋ともそういう関係でいたいと思う。んだが、どうだろうか?」

 

一刀の返答が終わって、恋の表情はあまり動かない。

 

聞いた内容を反芻し、恋の中で染み込ませていた。

 

そして、聞き間違いでは無いことを確信したその時、ふわりと恋の顔が綻んだ。

 

「……ん、大丈夫。一刀、よろしく」

 

「ああ」

 

互いに肩の荷が降り、力が抜けた。

 

朗らかに笑い合う。

 

 

 

こうして魏最強の武の不調問題は意外な解決を迎えたのであった。

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
15
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択