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真・恋姫†無双 ~夏氏春秋伝~ 第八十五話

ムカミさん

第八十五話の投稿です。


西涼編の入りの部分ですね。

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2015-09-07 09:25:43 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:3821   閲覧ユーザー数:2999

「う~~…………うぅ~~~~…………」

 

「はぁ……さっきから何を唸っているのだ、姉者?」

 

「寒い!寒いぞ、秋蘭!」

 

「だからあれほど着て行けと言っておいたのに……ほら、姉者、外套だ」

 

「おお!すまんな、秋蘭!」

 

深い溜め息を吐きつつ、秋蘭は予め持ってきてた、寒がる春蘭の分の外套を手渡す。

 

そんな二人の様子を目にし、少し離れた位置で話し合っていた一刀と華琳が微笑を漏らした。

 

「全く、春蘭はどこに来ても変わらないわね」

 

「だな。だが、それが春蘭のいいところでもあるよ」

 

「あら?春蘭のこと、よく分かっているのね。

 

 さすが、あの二人の恋人なだけはあるわね」

 

「…………知っていたのか、何と言うか……すまないな」

 

「何を謝ることがあるのかしら?貴方は”天の御遣い”なのでしょう?

 

 それはこの私でもそうだと認めるほど、預言通りの武と知を兼ね備えているのだし。

 

 そんな貴方が私の部下を愛してくれる。それはむしろ喜ばしいことよ。その相手が多いならば余計に、ね。

 

 それに、知っていたのか、と言うけれど、むしろ気が付かないとでも?これでも部下の様子は日々細かいところまで気を付けて見ているわ。

 

 例の定軍山での一件の直後くらいからかしらね?今までも十分に近かったのだけれど、貴女達の距離感がより一層縮まったように見えたのは」

 

「ドンピシャリ。華琳の人物観察眼には全くもって恐れ入るばかりだ」

 

「ふふ、当然よ。人材集めが趣味でもあるもの、これくらいは当たり前に出来ないとね」

 

軽い調子でそう言って笑む華琳。

 

それは妙に重くなりかけていた話し合いの空気をリセットする意味合いも含ませていた。

 

「ところで華琳、もう一度だけ聞くが、本当にこれで良かったのか?

 

 いくら華琳が定めた覇道だからと言って、やはり危険が多いと思うんだが」

 

周囲を見回しながら、改めてと言った様子で一刀が問う。

 

一刀たちの周囲の光景。それは紛う事無き行軍、その最中にある一部隊の姿であった。

 

そう、ここは許昌よりも遥か西北西、天水よりも更に北西へと進んだ辺りの平原。

 

もうすぐで雍州も越え、涼州へと至ろうとしているところであった。

 

華琳を安全な中心部に据え、平原を行軍する部隊は、一刀率いる火輪隊。

 

春蘭・秋蘭の姉妹とはまた別のところには月を囲むように詠、恋、梅の姿もある。

 

こちらは久方のほぼ元董卓軍のみの場によって会話が弾んでいる様子だった。

 

そして向かう先は言わずもがな、涼州部族連合を束ねる盟主、馬騰が拠点としている街。

 

では、どうしてこのような事態になっているのか。

 

それを説明するには、十日ほど前の許昌の一日の出来事に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある日の許昌の城、その一室にて。

 

机の上には広げられた書簡。そして机に向かう者が一人、背後に付き従う形の者が一人。

 

それは協と弁に宛がわれた部屋。そして、広げられた書簡は勅書、その草案である。

 

草案の中身は、要約すれば以下の通り。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

此度の件、その功績を讃え、朕の真名に於いて以下のことを誓うものとする。

 

 

一つ、”天の御遣い”こと北郷一刀を正式な天よりの遣いと認める。

 

一つ、北郷が与する魏国を正式に漢王朝の遺志を継ぐ国家と認める。

 

一つ、その君主、曹孟徳をもって魏国初代皇帝と認める。

 

 

以上をもって汝らに述べる。漢王朝に忠義の心を持つ者達よ。

 

我が望み、大陸の平穏を、彼らと共に達成せんが為、協力せよ。

 

 

                     九龍 こと 劉協

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

それは紛う事無き皇帝直々の王朝及び皇帝の代替わり宣言。

 

これをしたためて各地に勅書として通達すること。

 

それが漢王朝最後の皇帝の締めの仕事として、魏に利するよう協に出来る最初で最後のことだと考えた末の行動。

 

だったのだが。

 

「うぅ……こんな事ならもっと私も確認していれば……」

 

「ごめんなさい、白。私も蕙さんもそれぞれにいつもある場所を探して、無かったものだから相手が既に用意してくれたのだと思い込んでしまったの。

 

 恐らく李傕さんか郭汜さんか、どちらかが蕙さんの目からも私達の目からも隠してしまっていたのだと思うわ。

 

 それに、むしろ、あれの管理は元々私の領分だったはずなのよ?

 

 誰が悪いと言うなら、それは脅しに屈したとは言え管理を任せてしまっていた私だわ」

 

勅書を前にして協も弁も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 

それもそのはず。その理由は勅書草案に署名したその隣にあった。

 

否、”無かった”と言うべきか。本来、そこにあるべきものが。

 

「いくらあの時は色々あって慌ただしかったと言っても、この失態は――――」

 

「白、朱。急に呼び出して、どうかしたのか?」

 

「わわっ?!あ、兄上!?あ、えっと……も、もう来られたのですね」

 

あってはならない、と続けようとした協の言葉は、部屋に入ってきた一刀の言葉によって途切れる。

 

一方で一刀の方は、人伝に二人に呼ばれ、いざ来てみればそのことに協が慌てているとあって首を傾げずにはいられなかった。

 

「え~っと?俺は白たちに呼ばれたんじゃないのか?

 

 自分たちに考えがあるから、呼んできて欲しいと言われた、と兵は言っていたんだが」

 

「いえ、その通りですよ、一刀さん。

 

 ただ、少し問題が起こってしまいまして」

 

冷静さを保っている弁がすぐに一刀の疑問に答えた。

 

その内容に再度一刀は疑問を投げ掛ける。

 

「問題?」

 

「はい」

 

ツッと弁の視線が草案へと移動する。

 

一刀もそれに習って協の手元へと視線を移し、ゆっくりと近寄りながら覗き込み、理解した。

 

「これは……勅書、か。だが――――」

 

「はい。これを勅書たらしめるための印が押されていません。

 

 いえ、違いますね。正確には、押せないのです」

 

「…………まさか、玉璽が?」

 

「はい……もっとしっかりと確認を取っておくべきでした。

 

 お呼び立て致しましたのに、結局ご迷惑をお掛けするだけの結果となってしまい……誠に申し訳ありません」

 

「いや、それは気にしなくてもいいんだが……

 

 玉璽の方はさすがにまずくないか?…………あ~、聞くが、こっちに来てからか?」

 

「いえ、恐らく洛陽を出る時には失ってしまっていたのだと思います。あの時は色々と慌ただしく、互いに確認不足でしたし。

 

 何より、あの時は蕙さんも大変でしたのに、それでもなお諸々を頼り切ってしまっていました。

 

 私たちが蕙さんに甘えすぎていたことを痛感しています」

 

言いながら弁は表情に影を落とす。そこには言葉以上の自責の念を感じ取ることが出来た。

 

冷静そうに見えて、どうやら弁は内心で焦りを押し留めて装うタイプだったようだ。

 

後々その押し留めたものに押し潰されてしまわないよう、フォローも入れておかないといけないか。

 

そう考えつつも、一刀の頭の中では並行してもう一つの事柄を考え始めていた。

 

(確か、外史は正史の事象を並べようとするもの、って話だったな。それと、外史の”意志”…………

 

 玉璽が失われたというこの一事、果たして蕙や白、朱の不注意だけが原因なのか?

 

 いくらあの状況と言えど、普段から色々と周囲に注意深いこの三人がそんな凡ミスを犯すだろうか?

 

 もし、これが外史の”意志”によって知らず動かされてしまった結果だとすると…………)

 

ふと恐ろしい考えが一刀の頭を過ぎる。

 

外史の”意志”が介入すると、その人物にとって考えにくい、果ては考えられないような行動まで取ってしまうかもしれない可能性。

 

それは考えるだに恐ろしい事柄。

 

もしもそれが事実であれば、それは将の誰かの死というものが途端に理不尽に現実味を帯びてくるのだ。

 

いや、それだけでは無い。

 

一刀としては完全に潰せたと考えている”あの事象”。司馬家による”魏の乗っ取り”。

 

それすらも”無意識の内に”起こしてしまう可能性があるということなのだから。

 

(…………思い出せる限り、皆に関することを思い出して書き留めておこう。

 

 桂花や隊員にもそれとなく伝えて、危なそうな人にはせめて一人は付けて――――)

 

「――――ん?――――とさん?……一刀さんっ!」

 

「っ!あ、朱?」

 

弁の叫ぶような呼びかけによって一刀は思考の深淵から引き摺り上げられる。

 

ハッとして見てみれば、弁は非常に罰の悪そうな顔をしていた。

 

「やはり何か深刻な事態が……」

 

「ああ、いや、そういう事じゃないんだ。すまない」

 

一刀の沈思黙考を非常に悪い方向に捉えてしまっていたようだ。

 

慌てて一刀はその思い違いを否定する。

 

無用に不安を煽るような結果となってしまったことに内心で反省しつつ、深めに呼吸してから一刀が続ける。

 

「取り敢えず、無い物は仕方が無い。

 

 どっちにしても、勅書に関しては出すにしても出さないにしても利点と欠点がそれぞれあって意見が別れていたんだ。

 

 玉璽を失ってしまったというのなら、それはそれでいい。選択肢が一つになるだけだからな。

 

 あ、いや、白や朱にとっては大問題か……」

 

一刀にとっては選択肢が増えるか減るかだけの問題になるのだが、一方で協たちにとっては大きな問題。

 

代々王朝の皇帝が受け継いできた玉璽なのだ、それを自らの代で失ってしまったとあっては悔やんでも悔やみきれないことになろう。

 

だからこそ、一刀は軽率な事を口に出したことに対する謝罪の言葉を述べようとした。が。

 

「大丈夫です、兄上。

 

 形あるもの、いつかは壊れます。失われます。それが偶々今だっただけのこと。

 

 確かに私の代で失われてしまったのはとても悔しいですけど、幸い盗まれたわけでも何処かで悪用されているわけでも無いんです。

 

 だから、兄上も気に病まないでください」

 

協がはっきりとそう言い切った。

 

その後ろでは弁も異論は無いとばかりに視線で訴えかけてきている。

 

そこまで言われたとあっては、一件の当事者とは言えない一刀には何もいう事は出来なかった。

 

一応、協と弁の考えの中には、以下のこともある。

 

直前の会話から完全に失われたわけでは無いだろうとは分かっていた。だからこそ、大陸が今の状態を脱し、落ち着いてからゆっくりと洛陽の宮中で捜索してみよう、と。

 

ともあれ、少々歯切れが悪くとも話に一段落が着いたことは事実。

 

となれば、一刀のする話は一つだった。

 

「白、朱。この前二人が言っていた伝手の件で華琳たちに集まってもらえるよう声を掛けた。

 

 もうすぐなんだが、大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます、一刀さん」

 

「準備などは特に無いですから。兄上、ありがとうございます」

 

勅書作成という思わぬ現場に立ち会ったことから、念のため一刀は二人に問い掛けるように伝達事項を伝える。

 

そして、二人の諾の返事をもって、三人は連れだって軍議室へと向かうことになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一刀、皆集まったわ。本来の仕事もあるのだし、そろそろ始めてもらえるかしら?」

 

軍議室にズラリと並んだ文武問わぬ魏の重鎮たち。

 

その面々を回し見てから華琳が一刀にそう促した。

 

「ああ、分かった。皆、急な話ですまなかった。

 

 集まってもらった理由は他でも無い。何人かは知っているだろうが、白と朱――協と弁からとある話がある」

 

一刀は短くそれだけ言ってから下がる。

 

これに呼応して協と弁が進み出た。

 

「話を始める前に、まず皆さんに、いえ、華琳さんにお聞きしておきたいことがあります。

 

 貴女は魏国を打ち立て、大陸をその力で統一しようとしていますよね?

 

 それを目指す目的、それを教えて頂きたいのです」

 

開かれた協の口からはそんな言葉が飛び出してくる。

 

問われた華琳はフッと薄く笑み、朗々と答えた。

 

「天下泰平の世を築き上げるためです。

 

 失礼を承知で申し上げますが、漢王朝の栄華・栄光は既に過去のものとなっており、各地の民は苦しんでおりました。

 

 陛下、そして劉弁様はそのような現状をお嘆きになり、打開しようとされていたようですが、如何せん今の漢王朝を再興し、大陸に安寧を齎すことは至難の業。

 

 このままでは漢王朝は緩やかな衰退を歩み続け、腐った官ほど私腹を肥やし、民は虐げられ続けてしまう。

 

 そのような未来が訪れることを私は、私達は良しとはしませんでした。

 

 なればこそ、元より私と志を同じくする意志強き人材を自ら選び抜き、漢王朝に代わる新たな国の力を以て大陸に安寧を齎さん。

 

 そう考えてここまで、そしてこれからも邁進していく所存に御座います」

 

「全ては大陸の為、民の為。そう解釈してよろしいのですね?」

 

「はい、勿論です」

 

淀みなく、怯むことなく、華琳はきっぱりと答える。

 

協もまたその瞳を真っ直ぐ見つめ返し、その真意を確かめようとする。

 

暫くの後、彼女なりの答えが出たのだろう。

 

「兄上の言う通り、ですね」

 

ポソリとつぶやく。

 

そしてコホンと一つ咳払いを入れてから、再び協が口を開いた。

 

「理解しました。貴女を、そして兄上を信じ、貴女の志、それを本物なのだと認めましょう。

 

 そして、認めるからこそ、魏国の新たな戦力となる可能性のある伝手を紹介したく、この場を設けてもらいました」

 

現皇帝・劉協が自らこうして申し出て来てまで、今はまだ小国の一たるに過ぎない魏に協力してくれること。

 

協と弁を保護したことでその可能性が十分にあることを理解してはいても、実際に目の当たりにするとやはり驚きと感慨を禁じ得ない者も多かった。

 

しかし、当の本人には特に関係あることでも無い。

 

協は場の空気の微妙な変化に話を止めることはせず、続きをそのまま口にしていた。

 

「私の伝手は、皆さんもご存知の方だと思います。

 

 私たちの母の代から篤く漢に仕え、母も私たちも信を置いた方です。

 

 漢王朝の忠臣たるその方の名は、馬寿成。現在は西涼に留まり、五胡の侵略に備えてくれております。

 

 久しくお会い出来てはいないのですが、彼女であればきっと力になってくれるはずです」

 

協の口から飛び出た”伝手”の人物の名前。

 

それはこの場のほとんどがその姿を見たことは無いものの、その名だけはよく聞き及んでいるものであった。

 

対董卓連合の折に西涼から参加していた、噂に違わぬ華麗な武と馬術を見せた馬超。

 

その馬超の母にして、西涼の部族連合の盟主。そして協の言う通りの自他共に認める忠臣にして、比類無き武も持つと言う。

 

それがかの人物、馬騰。

 

長年五胡の侵入からの防衛を一手に引き受けて来たことからも、その実力は噂の一人歩きなどでは無いだろうと推測されていた。

 

「なるほど……それが本当なのでしたら、とても頼もしいものですね」

 

協の言葉を噛み締め、華琳が言う。

 

一刀も桂花も、その他軍師を中心に多くの者も同意を示すように頷いていた。

 

かつて任務で大陸中を飛び回って様々な事物をその目で直接確認してきた一刀は言わずもがな。

 

それらの情報を統括して管理する桂花も、己が覇道の先の先まで見据えている華琳も。

 

これから先を想定する皆が皆、最大級の脅威の一つとして挙げていた馬騰の西涼勢力。

 

もしも協の言う通り、これを逆に引き込めるのであれば、それは覇道を大きく前進させることになるだろう。

 

「…………華琳。この協の提案、ここは呑むべきだと俺は思う」

 

考えた結果、一刀は華琳にそう進言する。

 

メリットとデメリット。それらを考え合わせ、そうすべきだと考えたのだ。

 

「私も一刀と同意見です。音に聞くあの馬騰を引き込める可能性があるこの機を逃す手は無いかと」

 

桂花も一刀に続いて援護射撃をする。

 

二人とも、大本の考えは同じものだった。

 

つまり、どうせいずれ敵対するつもりだったのであれば、それが多少早まる可能性があろうともチャンスに食らいつけ、と。

 

「……そうね。そうだわ。

 

 分かりました、陛下。陛下のご提案、有り難く受けさせていただきます。

 

 我々は馬騰に――西涼に対し、我等に力を貸してくれるよう交渉したいと思います」

 

華琳の決断。これによって次なる魏の大きな行動は決まった。

 

そうなれば、すぐさまその対応に当たる人選が始まる。

 

ここからは筆頭軍師、桂花と零が軍議の先頭に立つ。

 

「交渉と言えど相手が馬騰ってことを考えると…………万が一を考えて武の高い者がいないと厳しいでしょうね。

 

 となれば、一刀……或いは恋は確定かしら?」

 

「それと桂花。西涼に向かわせる部隊、兵数は少ない方がいいわ。

 

 飽くまで今回の目的は交渉なのだから、下手に数を多くして馬騰を刺激する結果になるのは色々な意味でよろしくないわ」

 

「それもそうね。となれば将の数も抑えないと。

 

 でも、向かう先が西涼だから……集めた情報によれば、最近少し怪しい動きがあるのよね、あの辺り。

 

 それがもし五胡に関連したものだとすれば、不測の事態にも対応可能な人物が必要不可欠。となると、適任は……」

 

互いに考えを口にし合いながら枠を決め、細部を詰めていこうとする矢先、その二人に待ったを掛ける声が掛かった。

 

「桂花、今回の件、私も出るわ」

 

「か、華琳様っ?!お、お待ちくださいっ!!」

 

「あら、どうして?

 

 馬騰ほどの者を我が国に迎え入れようと言うのよ?

 

 ならば、ここは国の代表たる私が出向くのが基本では無くて?」

 

「た、確かに普段ならそうです!私も特に反対は致しません!

 

 ですが、今回の件は話が別です!

 

 出す部隊の兵数を抑えるということは、必然部隊の守りは薄くなります!当然、危険度は格段に高いです!

 

 何が起ころうとも問題無いよう編成は考慮するつもりではありますが、それでも絶対とは言えないのです!」

 

「それは分かっているわ、桂花。

 

 理解した上で、それでも私が行くべきだろうと言っているのよ」

 

「お言葉ですが、華琳様。他の州ならばともかく、西涼だけは危険です。

 

 彼の地は馬騰が守りに就いてからは多少落ち着いたとは聞きますが、それでも長い漢王朝の歴史の中で幾度となく五胡に攻められ続けて来た土地です。

 

 桂花も先程言っておりましたように、現在その五胡が動いている可能性もあります。

 

 もしも折悪しく数に明かせて攻めて来た五胡に遭遇でもすれば、華琳様の身も非常な危険に晒されることになってしまいます。

 

 大陸が更なる激動を迎えようとしている今、華琳様の身に万が一など、あってはならないのです」

 

「零までそう言うのね。なるほど、そう聞けば危険もあるのでしょう。

 

 けれど、私も退く気は無いわ。

 

 この私が歩む覇道、それが本物であれば、このようなところで自らの信念に従った行動によって阻まれることは無いわね」

 

自らの”天の時”とはまさに今なのだ、と。華琳は声高に語る。

 

今まで幾度も聞いた華琳のその言葉。

 

こうなってしまうと、自分でも言っていた通り、華琳は決して退かない。

 

譲っても良いところは理さえ説けば比較的簡単に譲る華琳でも、譲れないと決めているところは何があろうと絶対に譲らない。

 

揺るぎない信念。己が覇道に懸ける思い。

 

その強い意志は運命すらも捻じ曲げて華琳に付かせているのではないかと思う事すらあるのだった。

 

それでもなお渋い顔を隠そうともしない桂花と零。

 

このままでは進まないか、と一刀は折衷案――と言えるかも分からないのだが――を出すことにした。

 

「桂花。俺と恋、二人で華琳の護衛に付く。

 

 付ける部隊にしても”俺の”部隊から多く選出すればいい。

 

 それで多少はマシになるだろう?

 

 少しばかりここの守りは薄くなってしまうだろうが、凪を初め皆も十分強くなってきているし、天和たちが頑張ってくれているおかげで兵数も充実している。

 

 こちらもまず問題は無いだろうさ」

 

「一刀と恋が?

 

 それにあんたの……って”あの”部隊よね?」

 

少しだけ強調することで、桂花にのみ伝えようとしたこと。それがその発言によってしっかりと伝わっていることが分かった。

 

一刀は首肯で桂花に答える。

 

勿論、二人は黒衣隊のことを言っている。

 

だが、他の者には火輪隊のことを言っていると感じられただろう。

 

それ故に、そう勘違いしたことを裏付ける発言も飛び出してくる。

 

「桂花さん。今回の件、私も同行したいと思います」

 

「月?あんたが?どうして、と聞いてもいいかしら?」

 

「馬騰さんとは母との関係で幾度かお会いしたことがあります。

 

 或いは私がいれば昔のよしみで多少は円滑にお話が進むのでは無いかと思った次第です。

 

 それに、火輪隊が出るのでしたら丁度良いと思いましたので」

 

「馬騰と……なるほど……」

 

「待て待て、桂花!本当に華琳様が出られると言うのならば、私も出るぞ!

 

 華琳様をお守りするのは私の役目なのだ!」

 

「ちょっと春蘭!まだ決まったわけじゃ――」

 

「桂花、私からもお願いする。姉者と私、二人も華琳様の護衛に付きたいのだ。

 

 華琳様に旗揚げ時より従い続けて来た私達がこんな時に出られないのでは、あまりに歯痒い」

 

「秋蘭まで……ちょっと待ちなさい。

 

 さすがに即断は出来ないわ」

 

月の発言も春蘭と秋蘭の願いも考慮しつつ、桂花は一刀の発言から始まったこれらの案について考える。

 

その時間が随分と長いのはやはり桂花としての最善の案は華琳を出さないことだからなのだろう。

 

そうこうして桂花が最終的に出した結論は。

 

「……分かったわ。

 

 一刀、恋、月、梅。今回は主にあんた達火輪隊に出てもらうことにするわ。

 

 兵の数にしても、火輪隊程度であれば全体を出して問題無いでしょう。

 

 それと詠、あんたには私の補佐を頼むわ。あの部隊には私よりもあんたの方が精通しているでしょうし。それでいい?」

 

「ああ、了解した」

 

「……ん」

 

「はい、分かりました。ありがとうございます、桂花さん」

 

「承知致しました!」

 

「まあそりゃあボクもよね。分かったわよ」

 

「それから春蘭、秋蘭。あんた達も華琳様の護衛として随行してちょうだい。

 

 ただし、こちらの方は部隊を引き連れず、二人だけよ。数を徒に増やしたくないのだから」

 

「ああ!それでも構わん!」

 

「すまんな、桂花」

 

桂花含め将7人に軍師2人、そして少数の一部隊。更に、口には出さねど黒衣隊より約30名ほど。

 

アンバランスではあれど、如何な事態に遭遇したとて華琳の安全を確保出来る構成としてこう結論づけたのだった。

 

「いかがでしょう、華琳様?」

 

「そうね、それでいいわ。

 

 他の者も、異論はあるかしら?

 

 …………無いみたいね。それじゃあ――――」

 

「待ってください、華琳さん」

 

華琳の決定を告げる言葉を遮り、進み出て来たのは意外にも今回のそもそもの発端、協であった。

 

今度は一体何を言うのだろう、と場が協の発言に注目して静まり返る。

 

そんな中発された協の言葉に、瞬時に軍議上は騒然となるのであった。

 

「華琳さん、今回の西涼へ向かう部隊、私も同行します」

 

「なっ!?そ、それはいけません、陛下!!」

 

「華琳様の仰る通りです!いくら陛下のお言葉でも、こればかりは何があろうと通せません!!」

 

「な、何故です?!華琳さんも向かわれるのでしょう?

 

 でしたら私も――――」

 

「陛下、これに関しては僭越ながらボクからも言わせて頂きます。

 

 華琳と陛下ではその立場も含め、あまりにも条件が違いすぎるのです。

 

 桂花の言うように、陛下のご出立だけはどうあっても認めることは出来ません」

 

華琳に桂花、そして詠までもが声を張り上げてノーを突き付ける。

 

不遜な態度と思えるだろうか。否、そんなことは無い。

 

ここははっきりと、きっぱりと、言っておかなければならない場面であり、三人はそれを理解しているのだから。

 

しかし当の協はそれでも諦めはしない。どうにか華琳の一件を己に見えた範囲で出来る限り利用し、己の同道を認めさせようとする。

 

「き、危険ならば承知しています!ですから――――」

 

「白、そうじゃない。白は分かっていない。

 

 白と華琳では危険の度合いが違うんだ」

 

一刀が静かに語り掛けるように話し出す。

 

協もその内容が意味するところを知ろうと耳を傾ける。

 

「確かに今、桂花と零を中心に西涼へ向かう部隊も許昌に残る部隊も万全を期そうとしている。

 

 だが、どれだけ完璧に練られたように見える策でも、綻び、潰える可能性は決してゼロじゃないんだ。

 

 西涼に向かう部隊に理不尽が襲い掛かる可能性はいつ何時でも存在する。

 

 もしそうなったとして、諸々が最悪の方向へと転がれば華琳が直接敵と相対さねばならなくなることもあるんだ。

 

 しかし、だ。例えそうなっても、華琳もこれで武の素養はある。並のことではやられはしないだろうさ。

 

 仮に相応の実力者が来たとて、幾らか持ちこたえてくれれば、俺か恋が駆け付けることも出来ようというもの。

 

 だが、もしこれが華琳では無く白だったら?それは絶体絶命どころか、詰んでいると言える。

 

 勿論、こんなことは起こさせないよう行動はするんだが、それでも可能性を根絶出来ない以上、白は連れて行けない」

 

「一刀に加えて言わせて頂きます、陛下。

 

 陛下のお立場、つまり皇帝という肩書、地位は未だ漢王朝が正式に潰えたわけでは無いこの大陸においては非常に大きな意味を持ちます。

 

 それこそ、如何なる手段を用いようとも手にしたいであろう切り札になり得るのです。

 

 そういった意味でも、陛下、お辛いかも知れませんが、大陸が最低限の落ち着きを取り戻すまでは……」

 

「うぅ……」

 

一刀に、零に、こうも様々な方面から止められてしまっては協も言葉を返せない。

 

勿論、協としても相応の信念を持って魏に協力すべく申し出たことではある。

 

だが、二人の言葉を聞いて、協は理解した。してしまった。

 

無理に同道しようとも、場合によっては魏に多大な迷惑を掛ける結果にしかならない可能性があることを。

 

そも、この調子であれば仮に協が同道を押し通したとして、桂花たちは恐らく部隊の増強を同時に決定するだろう。

 

だが、これはそもそもの小部隊となった話の根幹、馬騰を無暗に刺激しない、という点を破ることになる。

 

それでは本末転倒であり、協としても本意では無いのだった。

 

「分かりました、諦めます。

 

 ですが、兄上。出来れば寿成――碧さんに文を渡してくれませんか?」

 

「ああ、それくらいなら。

 

 出立の日までにしたためてくれれば、ちゃんと持っていこう」

 

「はい。お願いします」

 

せめてものお願いは聞き入れてもらい、協も言いたいことは言ったと下がる。

 

それを以て今度こそ誰からも声は上がらなくなった。

 

「それじゃあ、皆。これにて緊急軍議は終了とするわ。

 

 次なる策に向けて各自準備なさい」

 

『はっ!』

 

華琳の号で各々元々の仕事へと戻っていった。

 

 

 

この数日後、善は急げとばかりに超速で西涼行きの部隊の準備は整えられ、すぐに出立と相成った。

 

兵数を絞ったその構成は、全兵を騎兵にし、スピードも重視したもの。

 

目的地が遠いだけに、それが一番だと判断が為された結果なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このような経緯により、現在の行軍風景へと繋がっていた。

 

改めて周囲の部隊を見回していた一刀の視線が華琳に戻ったのを見てから、華琳は一刀の問いに答える。

 

「私の方こそ何度も言っているでしょう?

 

 多少の危険くらい、我が覇道には付きものよ。

 

 それに、今私の周りにいる今回の人員を見てごらんなさい?

 

 我が軍の立ち上げよりずっと連れ添ってくれている、魏の筆頭武官たる春蘭に秋蘭。

 

 二人と共に来て私に仕え、その通り名に相応しい実績を上げている貴方、一刀。

 

 そしてその貴方が連れてきてくれた、天下に轟く飛将軍、恋。

 

 これだけの人材が側にあってなお討たれるのであれば、それこそ大陸に泰平を齎す覇道など歩み切れないというものでしょう?」

 

「まあそう言うんだろうな、とは思ってたがなぁ……」

 

一刀はイレギュラーを恐れている。

 

一方で華琳は運命論的な考え方をしているのだろうか、それすらも受け入れんばかり。

 

軍議の時より時と場所を変えつつ幾度も繰り返されてきたこれも、結局いつも一刀が折れる。

 

そして今回もそうなろうとした。その時だった。

 

「西方の斥候より只今帰還!事態、報告しますっ!!」

 

斥候に出していた兵の内の一人が急ぎ本隊へと帰ってきたのだ。

 

「何事なの?」

 

「現在地より北西、進軍経路より西に逸れた方角に砂塵を発見致しました!

 

 戦闘によるものか、或いはどこかの部隊の行軍かは未だ不明!

 

 詳細確認の為の斥候を残し、取り急ぎの報告を上げに参った次第にございます!」

 

「華琳」

 

「ええ」

 

兵の報告を聞き、一刀は華琳に呼び掛ける。

 

華琳も一刀と同様のことを考えていたのだろう、それだけで全てを察し、兵に命令を出した。

 

「当部隊の将を全て私の下に集めなさい。桂花と詠もよ」

 

「はっ!」

 

馬騰の下へと至る目前、波瀾の予兆が漂ってきていた。

 


 
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