No.80081

笑わない天使

FARADONさん

HUNTER×HUNTERの二次創作。
念修行中のクラピカと師匠の話です。
ここで紹介させていただいているのは物語の導入部分なので、続きが気になった方は是非是非当サイトまでお越し下さい。
http://faradon.s6.xrea.com/

2009-06-20 16:39:21 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5924   閲覧ユーザー数:5850

最初から全然乗り気じゃなかった。だいたい俺は誰かの指導なんぞするのは得意じゃないし、そういう器でもないと思ってる。

だから、ハンター協会から今年の合格者のリストが送られてきた時も、まともに目を通そうとしなかった。今年はルーキーの多い珍しい年だなあくらいにしか興味もなく。

偶然出会ってしまったら、その時考えよう。そう思ってた。

別に志願して誰かの師匠になどなる気も更々なかった。

俺は生来から、人とつき合うのは得意じゃない。弟子に優しく接してやれる自信もない。

人に教えるということも、別に好きなわけではない。

だから、俺は酷く後悔をした。

なんで、よりにもよってこんな奴に出会ってしまったのかと。

本当に、本当に、後悔をした。

今でも後悔をしている。

もう、引き返せないから。

蔓草の様に絡まった複雑な糸は、もう二度と断ち切れない。

底なし沼に足を突っ込んでしまったような感覚だ。本当に。

どうかしていた。

あの時、知らぬ振りをして見過ごせばよかった。

あんな奴、拾うんじゃなかった。

本当に。本当に。

「此処はどこだ?」

目覚めた最初の台詞がそれだった。

助けてくれて有り難うでも、貴方は誰ですか、でもなく。

だから、随分不遜な口をきく生意気な小僧だなあと思った。それが最初の印象。

「ここは俺の山小屋。お前、道でぶっ倒れてたんだぞ。覚えてないか?」

「…………」

俺がそう訊くと、その生意気な小僧は一応記憶を辿っているのだろう、伏せ目がちな表情で自分が寝かされていた白いシーツに視線を落とした。

おや。

とたんに小僧の印象が少し変わる。

さらりと流れた黄金色の髪。小僧と呼ぶには随分とはばかられる綺麗な造りの顔じゃねえか。

まるで女の子のような。

「…………」

あれ。俺、こいつの顔知ってる。

絶対知ってる。何処で見たんだ。

そこまで来て俺はようやく思い出した。確かハンター協会から送られてきた新人ハンターのリストの中にこいつの顔があった。確か名前は。

「ク……」

「……倒れていた私を何故お前はこんな所に連れてきたのだ? 私は天涯孤独の身の上なので謝礼などは一切払えないぞ」

突然そう淡々と告げた小僧の言葉に、俺の思考が止まる。

「……あのな」

前言撤回。女の子のようなと言うにはあまりにも無神経なこいつの態度。

だいたい、基本的に『女』は、保護される側にあると俺は思っている。もちろん女にだって強い奴は大勢いるが、それでも根本的な性質、つまり本能としてだ。女は、大小の違いはあれど、その本能が根本にある。俺はそう思ってる。

なのに、こいつからはそれが一切感じられない。

見えるものは頑なな拒否。人に対する不信感。孤独。誰にも頼ったりしないという、そんな気配。

気に入らない。

「謝礼なんぞ期待してない。ガキから何か巻き上げようって程には、俺も生活困ってないんでな」

「……そうなのか?」

そう言ってこいつはゆっくりと値踏みするようにオレの家、というか小屋の中を見回した。

ものは極端に少ない。というか何もない。

とてもじゃないが豊かな暮らしとは言い難いだろう。

「いいんだよ。シンプルなのが俺の趣味なんだ。人間、最後は自給自足が一番いいんだって」

「自給自足?」

「一歩外に出りゃわかるが、ここは山ん中だ。山菜や木の実、魚、小動物、食い物くらいどうとでもなる」

「……そうか」

なんだか不思議な表情をして、こいつはふうっと息を吐いた。

人里離れた山の中という場所は、こいつにとって、吉なのか凶なのか。

この表情はどっちなんだろう。

「…………で?」

そばに膝をつき、オレが探るようにそう聞くと、こいつは何のことだとでも言いたげに、きょとんという表情をした。やけに幼い。

まあ、確かにまだ10いくつ…だったかな? 子供と言えば子供という年齢だったはずだ。

「助けてくださって有り難うの言葉がないのは今更もういいとして、お前さんの名前とか、何であんなところでぶっ倒れてたのかとか、俺には聞く権利があるんじゃないのかねえ」

「……名前は……クラピカ。助けてくれたことには感謝している」

「…………」

おや、意外に素直じゃねえか。取れるんだったら、最初からそういう態度取れっていうんだよ、まったく。

「で、倒れていたのは?」

「…………」

ふむ。こっちのほうは言いたくないらしいな。

と思ったその時、こいつの腹から奇妙な音が聞こえた。

ギュルルルルウ。

「……腹、減ってただけ? そういうこと?」

「…………」

僅かにクラピカが頬を染めた。恥ずかしいのか悔しいのか、そんな表情だ。

「腹が減ってぶっ倒れてたなんて、確かに言うの恥ずかしいよなあ」

にやりと笑った俺をクラピカは心底嫌そうに睨みつけた。

「確かに空腹ではあった。だが、理由はそれだけじゃない。不眠不休でずっと歩きづめだったんだ」

「ほう……なんでまた」

不眠不休ねえ。そう言われてみれば、こいつの目の下の巨大な隈は、寝不足の証だと見て取れる。

だが、なんでまた。

「何か目的でもあって、何処かへ行く途中なのか?」

「何処かへ行く目的があった訳ではない。ただ……」

「ただ?」

「休んでる暇さえ惜しいと思った。何かしなくてはいけなくて、でもどうすればいいか分からなくて。私は正直途方に暮れていた」

「…………」

「ずっと考えていた。理由が分からなくてずっと考えていたのだ。私に何が足りないのか。何故追い返されなくてはいけないのか。何処が『まだまだ』なのか。早く一人前にならなくてはいけないのに。早く強くならなくてはいけないのに。これでは何のためにハンター試験に合格したのか分からないではないか。そんな事を考えていると、どうしていいか分からなくなって……」

一気にまくし立てるようにそう言って、クラピカは膝を抱える。シーツの上で堅く握りしめられた拳が小さく震えているのが見えた。

「何を焦ってんだよ、お前さん」

「焦っているわけではない。だが私には時間がないんだ。9月までにある程度のコネと力をつけておかなければ、奴らを見つけても歯が立たない。これでは駄目だ。強くならなくては。私は、早く強くならなくてはいけないんだ」

「…………」

強くねえ。一見すると、この風貌からはあまりにもかけ離れた希望に見えるぜ。まったく。

体力勝負より、頭脳労働のほうが向きそうな外見してるくせして。

高望みにも程がある。

「……すまない。何でもない。忘れてくれ」

ポツリとつぶやき、クラピカはシーツを払い、立ち上がった。

「何処へ行くんだ」

そして、そのまま戸口へと歩きだしたクラピカに俺は思わず声をかける。

空腹どころの騒ぎじゃねえ、いったいこいつは何日ものを食っていないんだと聞きたくなるような細い手足で、クラピカはそれでも立ち止まらない。

木製の椅子の背に架けてあった自分の上着。何処かの民族衣装のような青い上着を羽織り、クラピカはようやく立ち止まって俺を振り返った。

「これ以上迷惑をかけるわけにはいかないので、これでおいとまする。休ませてくれて有り難う」

「お……おい」

「では、失礼する」

「ちょっ……待てってば!」

思わず戸口に駆け寄り、俺は通せんぼをするように、奴の前に立ちふさがった。

「…………?」

不審そうにクラピカは俺を見上げる。

こうやって見ると、本当にこいつは小さくて細い。

こんな細身で、栄養蓄える脂肪もなくて、それで無茶をするなんて自殺でもするつもりか。

しかも、このまま去るだと。

こいつは人に頼るってことをまったく考えないのか。

誰も信用してないってのか。

なんだか、腹が立った。よくわからねえが、腹が立って仕方なくって。

で、俺は思わず何も考えずにこんなことを口走ってしまった。

「お前、念って知ってるか?」

「……念?」

クラピカが記憶を辿る。少し伏せ目がちの表情。さっきと同じだ。

俺の目の前でさらりと金糸の髪が揺れた。

「何処かの図書館で、そのような文献を読んだ覚えはあるが……なんだったかな……」

「それだよ。お前に足りないもの」

「えっ?」

驚いた顔で、クラピカが顔をあげた。

あまりの至近距離に、ちょっとだけ焦って俺は一歩後ずさった。

「恐らく、もうちょっと調べてればお前さんも自分でそこに辿り着いたとは思うが、この際だから教えてやるよ。今のハンター達は皆、念使いだ。また、念を使いこなせて始めて本物のハンターとして認められる」

「…………」

「見たところ、お前はまだハンターになりたての新人だろう。念もまだ知らない。それじゃあ、誰もお前をハンターとして認めて仕事を与えてやろうとは思わねえよ」

クラピカは大きく瞬きをして俺をじっと見つめた。

「……お前は……誰だ?」

「俺か? そうだな、じゃあ、師匠とでも呼んでくれよ」

クラピカの大きな目が、更に大きく見開かれる。

本当に、こんな奴と関わり合いになるなんて、俺はちっとも望んでなかった。

「教えてやるよ。お前に。念を」

望まないまま、何故か俺は自分の口から出る言葉を止めることが出来なかった。

「いったいいつになったら念の修行を始める気なのだ。貴様は」

かなりせっぱ詰まった口調で、クラピカが俺にそう言って詰め寄る。

ここ1週間程、ずっとこの調子だ。

「貴様じゃない、師匠と呼べと言っただろう。小僧」

返す俺の言葉も同じ。

クラピカは悔しそうに唇を噛み、俺を睨みつける。

ぶっ倒れてこの山小屋に運んだ当初に比べれば、ほんの僅かだが肉付きも顔色も良くなって来ていたクラピカの顔には、それでもまだ多少の翳りが見える。

「いいか。念というのは、肉体的にも精神的にもベストの状態で取得するのが一番身に付きやすい。まずは身体を完全にしろ。今始めたって、ぶっ倒れるだけだ」

「私はもう平気だ」

もう引く気はないぞ、とでも言いたげに、クラピカは俺の前に立ちはだかって、通せんぼの状態を続けている。

「何処が平気なんだ。そんななまっちろい顔で、細い腕で、今のお前だったら小指一本で勝てる自信があるぞ、俺は」

「なんだと……! だったら今すぐ勝負しろ。それで私が勝ったら私を認めろ」

無茶苦茶言うな。こいつは。

たとえこいつがベストの状態だったとしても、この俺に、新人ハンター風情が勝てるとでも思ってるのか。自意識過剰にも程がある。

「ああ、わかった。勝ったらな」

余裕のつもりで俺がそう言った途端、クラピカは何処に隠し持っていたのか、いきなりヌンチャクのような、柄が紐で繋がれた二本の刀を取りだし、俺に襲いかかって来た。

「……おいっ、てめえ……!!」

咄嗟に防衛し、クラピカの攻撃を避けると、俺はトンと地面を蹴って飛んだ。

「いきなり何しやがる!」

「うるさい! お前に勝ったら修行を始めてくれると言ったではないか」

「だからって……お前なあ……」

素人相手に念を使うのは趣味じゃないが、こいつの本気さ加減をみていると、そんなことも言ってられない。俺は相手の動きを観察しながら身構えた。

クラピカの突きだした刀が俺の頬すれすれを掠める。

スピードはかなりあるほうだ。身も軽い。重量級ではない自分の身体能力を活かすには、技のキレと身軽さ、スピード、間の取り方が必要不可欠。こんな子供のくせに、こいつはもしかしてかなりの修羅場をくぐってきたのではないだろうか。

繰り出される攻撃をかわしながら、俺はクラピカを観察する。

本当に、驚くほどに身が軽い。スピードもどんどん早くなっていってる。

まだまだ俺の敵ではないとはいえ、油断すると危うくなるのも確かだろう。

何故。

不思議になる。

何故、こんな顔した、こんな子供が、こんな技を使う。

これ程までに必死になる。

そりゃあもちろん、ハンターになろうって奴だ。それなりに腕に覚えがなければ、目指したりしないだろう。

だが。これは。

この目は。

「……あっ……やべぇっ!」

思わず本気で発(ハツ)を放ってしまって、俺はしまったと声をあげた。

想像通り、発の攻撃をもろに食らって、クラピカが地面に倒れる。

「……マジでやっちまった……」

完全に気を失っているクラピカを見下ろし、俺は頭を抱えた。

雨が降ってきた。

俺が気絶してしまっているクラピカをそのまま放置して山小屋に戻ってから、小一時間が過ぎていた。

起こすべきか、はたまた小屋に運んで休ませてやるか。少し悩んだ俺は、結局何もせずに一人で小屋へと戻ったのだ。

理由は簡単完結。

奴の全身から、拒否のオーラが発されていたからだ。

まったく。気絶してまで他人を拒否するなよ。あのくそガキ。俺はまだまだ未熟者。あんな態度でいる奴にまで優しく出来るほど心は広くない。

だから、俺は奴を放っておいた。恐らく奴もそれを望んでいるだろう。

多分、奴はかなりプライドの高い方に属する人種だ。いくら念を教えられる師匠相手とはいえ、こうあっさりやられてしまっては、奴のプライドはズタボロのはずだ。だとしたら、今、一番俺とは顔を合わせたくないかも知れない。だから、奴を放っておいていることは奴の希望でもあるのだ。

つらつらとそんなことを考えながら、俺は大きくため息をついた。

だが、さすがにそろそろ迎えに行ってやらないとマズいかもしれない。

俺は降り続く外の雨音に耳を澄ませた。このまま雨に降られ続けたら、せっかく回復しかけた体力がまたなくなっちまう。

まったく、あいつは何をあんなに焦っているのだろう。何であんなにまで頑ななんだろう。

何故、ああまで必死なのだろう。

頑ななまでの必死さ。ピリピリと張りつめた神経。気の休まることのない時間。

あんな状態で保つわけはないのに。

あいつは、まるで、わざと自分自身を追いつめてでもいるみたいだ。

俺は、根っからの楽天家なんで、そういう自虐的な行為ってのは性にあわねえんだがな。

だが、だから気にかかる。

自分と対局にいるあいつが、何故ここまで自分をボロボロにしたがるのか。気になる。

何故ここまで、頑ななのか。

ザーッという音が聞こえる。雨が更に激しくなってきたんだ。

俺は、仕方なしに山小屋の扉を開けて外に出た。すると、クラピカはまるで俺が出てくるのをずっと待っていたかのように、ずぶ濡れの状態で、戸口のところにじっと立っていた。

「クラピカ……お前、いつからそこに……」

「ずっとだ」

消え入りそうな声でクラピカが言った。

「ずっと?」

「ああ……」

雨の音に気配がかき消されていたのだろうか。戸口の外にいたこいつに気づかなかったなんて。

いや、違う。俺は小さく舌打ちをした。

気配を消してたんじゃない。こいつは、消す必要もないほど、憔悴していたんだ。

先程まであった、張りつめたような緊張感も、自分を追いつめてでもいるかのような気迫も。

今のこいつからは感じない。

ただ。

ただ、雨に打たれて、今にも消えてしまうんじゃないかと思うほど、こいつは。

儚げで。

何故。

こんなずぶ濡れのまま。

このままだと、こいつは消えてしまうんじゃないだろうか。雨に溶けて。煙になって。

「……頼む。念を教えてください。師匠」

うつむいたまま、クラピカが言った。雨の滴がクラピカの前髪を滑り落ちる。

「私には……時間がない。早く……」

「…………」

「私は、早く、強くなりたい」

きつく握りしめた拳が色を失って白くなっている。

まだ戻りきってない体調で、真正面から発の攻撃を受けて、その上、雨に打たれて身体も冷え切って。もう、体力なんぞ欠片も残っていないだろうに、それでも。

それでも、強くなりたいのだろうか。こいつは。

強く。

「念を……教えて下さい。師匠」

「……クラピカ……」

「もう、他に頼るべき人はいない。お願いだ」

「…………」

「お願い……します……」

深々とクラピカは頭をさげる。頬を滑り落ちた滴が地面で弾けた。

泣いているのだろうか。

ふとそう思ったが、俺はすぐさまその考えを否定した。あり得ない。この滴は雨の滴だ。

こいつは泣かない。こいつは笑わない。

いつもいつも張りつめた目をして、真っ直ぐに何かを見ている。

そう。一度だって、泣きも笑いもしないのだ。

俺の前では。

そうしてまた、俺は底なし沼に一歩足を踏み込んだ。


 
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