ふと、目が覚める。
ぼんやりと朧げな視界に、まどろみの中にある思考。
そんな状態でも、日々の習慣とは身に染み込んでいるものであり、ボヤけながらも手近にあった時計を手に取ってみる。
「……少し早いわね」
いつもより30分程早く起きてしまったようで、起きてしまったが故に勿体無いと思ってしまう。後30分は寝られたのに…
私の体は随分と損なもので、いわゆる二度寝というものが出来ないのだ。一度目を覚ますと、次に寝られるまで2時間は掛かってしまう。だから、後30分の間に二度寝なんて出来ないのだ。
「はぁ…」
ため息を一つ吐き、時計を置いて髪をかき上げる。そのまま大きく伸びをして、覚醒仕切ってない意識を無理やり起こした。
仕方ない、起きて食堂に行こう。この時間はまだやってないだろうけど、自販機にジュースくらいはあるだろう。それを飲んで一息つけたら、自主練の時間になるだろう。
そう思うや否や、私は立ち上がり、動きやすいジャージに着替えた。ついでにジュース分の小銭もポケットに入れておく。
「……はぁ…風邪ひくわよー」
その時、ふと視界に入ったスバルがお腹を出して眠って居たので、私はため息を吐きつつ、彼女に布団を掛けてあげた。
六課の食堂に行くと、そこには調理場さんの方々が既に朝食の仕込みをしている所だった。現在時刻は4時半過ぎだ。こんな朝早くから仕事をしているなんて、頭が上がらないわね。
「おはようございます。朝早くからありがとうございます」
「おーうおはよー。嬢ちゃんもこんな早え時間にどうした?朝飯ならまだだぞ」
「いえいえ。たまたま目が覚めて、それで食堂に来たら皆さんが居たので。こんな時間から大変ですね」
「まぁ仕事だからなー。つか、この時間から仕込んどかねぇと、とてもじゃねぇが間に合わねぇんだわ。全く、育ち盛りってのは凄えな」
あー、それは主にうちのフォワード2人のせいね。配属初日、つまりは昨日の夜にバカみたいに食べていたから…
「なんか、すみませんでした…」
「嬢ちゃんが謝る事じゃねぇだろ。スバル嬢とエリオ坊の事なんだしよ。それに、作る側としちゃあ、あんだけ美味そうに食ってくれると、こっちも気分良くなって作り甲斐があるんだ。だから気にすんなや」
調理場さんの言葉に、私は咲希さんを思い出した。確か咲希さんも同じ様な事を言っていた。料理人とは、皆何処かでそういう考えを持っているものなのかしらね。
「面倒臭ぇ事には変わりねぇがな」
やはりスバルとエリオには自重する事を覚えてもらおう…
「お仕事中にお邪魔しました。今日の朝食も期待してます」
「おーう、期待してなー。あぁそうだ、ほらよ嬢ちゃん。ちょっとしたサービスだ、持ってきな」
そう言って、調理場さんは私に唐揚げの入ったタッパーを投げ渡してくれた。私はそれを受け取り、感謝の言葉を伝えて自販機のある所へと向かう。
「あむ…」
その途中、唐揚げを口に放り込み数度咀嚼する。すると、口の中いっぱいに唐揚げのもつ肉汁と旨味が広がっていく。
「うん、おいしっ」
隊長陣が地球出身という事もあってか、ここの料理は地球の料理を意識した味付けが多くある。今食べた唐揚げだって、数年前まではミッドであまり見られなかった醤油で漬け込んだ様な味がする。
うん、悪くないわね。
自販機の前に立ち、小銭を入れてボタンを押す。ガコンという音と共にカンに入ったジュースが出てくる。
「やっぱり飲み物と言えば、コーラよねー」
コーラの持つ強い炭酸が、渇いた喉を潤していく。目覚めの一杯に相応しいスキッとした味わいだ。
やはり朝はこうでなくちゃね。
「あ、おはようございます、ティアナさ…って、朝からコーラですかティアナさん?」
ふと、背後から声を掛けられる。その中性的な声の持ち主は10歳くらいの、将来有望そうな整った顔立ちの少年だった。
「あらエリオ、おはよう。早いのね。あと朝からコーラは私のジャスティスよ」
「ジャ、ジャスティスですか…僕はいつもこのくらいの時間に起きてますよ。毎回欠かさず自主トレしてますからね」
へぇ、今日からあのなのはさんの教導が本格的に始まるっていうのに、エリオもなかなか根性があるわね。
「奇遇ね。私ももう少ししたら自主トレしようと思っていた所なのよ。せっかくだし一緒にどうかしら?」
私の提案にエリオは驚き、それと同時に歓喜の色を表していた。エリオも気になっているのだろう。私の力について。魔力と同じく、氣を使える者として。
「いいんですか?」
「いいも何も、聞いたのは私なんだから、もちろんいいに決まってるわよ」
「ありがとうございます!」
エリオは目を輝かせながら言った。
さて、配属2日目の朝は、ちょっと刺激的になりそうね
エリオと共に隊舎の外に出て、軽いジョギング(5Km)を済ませる。私はその後に柔軟体操もして、そのまま精神統一を始める。
氣を扱うにはまず体力と、そして何より集中力が重要になってくる。五感全てで氣を感じ取り、それを体全身で受け止め、纏わせる。それを魔力を使いながら行っていくのだから、並の集中力ではまず出来ない。魔導師はマルチタスクが必要不可欠ではあるが、そのスキルを持ってしても魔力と氣の併用はかなり難しい。だからこそ、一見地味な精神統一もかなり重要な訓練になるのだ。
私は目の前に敵がいると想定して構える。体全体、何より腕に氣と魔力を集中させる。
「………フッ」
拳を前に、鋭く突き出す。拳は空を切り、風を切る。ビュンと言う音と共に、私を中心に軽い衝撃波が発生し、立っていた芝生を風が薙いだ。
私の師匠には遠く及ばない私の拳。一般人が受ければ、まず間違いなく骨の一本砕けるだろう。だけど、私が目指しているものはそんな程度では足りない。私が目指すものは最強無敵の打倒。そこに至るには、日々の努力を欠かす訳にはいかない。現状に満足する訳にはいかないし、何より満足なんて出来ない。
「ハァッ!」
今度は右脚に力を集中させ、上段蹴りを繰り出し、脚を上げたまま静止。その状態のまま精神統一に入り、深呼吸する。蹴りを繰り出して間も無く、50m程離れた木々の葉が風で揺れているのが目に入った。
私は所詮凡人だ。本物の天才を前にしたら、私などアリと同程度であり、軽く踏み潰されるのがオチのような存在なのだ。
でも、だからと言って絶望し、努力を怠る理由にはならない。努力する事を辞めたら、それこそ凡人、いやそれ以下になってしまう。私はそんな弱者に成り下がる気はない。それは私にとって、何よりの敗北なのだから。
だから私は努力を続ける。己を鍛え続ける。鍛え、努力し、その先で思うように伸びなくても、それでも諦めずに続けていく。だって、他の事は才能がないとどうしようもない事であったとしても、体だけは鍛え続ければ、その分だけ力になってくれるのだから。ようは個人差の問題と言うだけの話だ。
「凄い…」
ふと、そんな呟きが聞こえた。
集中し過ぎていて忘れていたが、今は隣にエリオが居るのだった。いや、存在自体は認知していたが、あまりにも気にしていなかった。
「それにこの型…これはやっぱり東の…」
「!?」
次に続いた言葉は、私の集中を乱すには十分過ぎる程のものだった
「え、エリオ!今、確かに東って言ったわよね!?」
「え!?あ、はい、言いましたけど…やっぱりティアナさんも知っていたんですか?」
やっぱり?という事は、エリオも東の誰かから手解きを?
「エリオ、あなたの師匠は?」
「えと、士希さんです」
士希!東士希!
「それ本当!?あの士希さんに会った事あるの!?」
私は思わぬ名前が出てきた事により、興奮してエリオに迫ってしまっていた
「ちょっ、ティ、ティアナさん、ゆ、揺らし過ぎ…」
あ、やばっ、エリオの顔がどんどん青くなってる
「ご、ごめんごめん。ちょっと熱くなっちゃったわ」
「い、いえ、大丈夫です…」
ふぅ…少し深呼吸をしましょう。落ち着け私。どんな時でも熱くなってはいけないわ
「それで、エリオは士希さんを知っているのね」
「はい、三年くらい前からの付き合いで、地球に行った時はよくお世話になっていました」
地球に!?良いなぁ良いなぁ、私も何度行こうと思ったか…
あの世界は管理外世界だから、伝手でもない限り行けないのよね…
ていうか、地球で何度もデカい事件起きてるんだから、良い加減管理局も管理しなさいよ!
「あの、ティアナさんは誰に?」
私が管理局に対して不満を募らせていると、エリオが質問し返してきた。
「私は咲希さんよ」
「さ…」
私が言うと、エリオは再び顔を真っ青にした。一体どうしたのかしら?
「さ、咲希さんて、あの士希さんのお姉さんの…」
「そうよ、東咲希。私の師匠で、ちょっとした縁もあって私の恩人でもあるわ」
うん、咲希さんには本当に恩しかない。改めて思い返しても本当に頭が上がらないわね。優しくて、強くて、綺麗で、カッコよくて、思いやりがあって、何者にも縛られない、私が理想とする最高の女性だ。
だと言うのに、目の前のエリオは咲希さんの名前を聞いてどこか怯えているようだった。何故なのかしら?確かに咲希さんは、敵とみなすと容赦のない部分はあるけど…
「エリオ大丈夫?」
「え!?あ、はい!大丈夫です!ただ、あの咲希さんのお弟子さんだったとは…」
ん?何かしら?妙な違和感があるわね
「エリオの中で咲希さんてどんな存在なの?」
「人類史上最恐の女性で、人なんてゴミ屑同然に消し飛ばす様な方です」
す、凄い評価ね。確かに咲希さんは人類史上最強だろうけど…
「そんな酷い人でもないんだけどなぁ」
「あはは…」
ずいぶん渇いた愛想笑いね。どうやらエリオに咲希さんの話題はNGの様だ
「ところで、気になるのはそんな事なのかしら?」
私の少し挑発的な口調で言った言葉は、エリオをビビビッとさせるには十分だったらしく、エリオはさっきまでとは打って変わってキリッとした表情になった。その表情は、なるほど男の子なのだなと感じさせるほど、一般的に見ればカッコイイものだ。
とは言え、まだまだ幼いわね。あと5、6年くらいしたら、さぞやモテる美男子に成長するでしょうね。あいにく私は年下趣味ではないから、エリオは範疇外だけどね。
「よろしければ、組手なんてどうです?士希さんとレーゲン君以外とはやった事ないので、自分がどれ程なのかとても気になるんです」
レーゲン君?と言うのが誰かは知らないが、エリオの提案はとても魅力的なものだった。私自身も、咲希さんやスバル以外となると、適当な犯罪者くらいしかヤッた事ないので、同じく武術に精通している人物との組手など、ないに等しい程だ。断る理由なんて全くない。
「いいわ、やりましょう。悪いけど私、結構強いと思うから」
「それは僕もですよ。幼いからって、甘く見ないでください」
お互い拳を構え、睨みを効かせる。構えも、呼吸も、氣の込め方も、全てが同じ。つい最近まで他人だった人物が、自分と同じ流派を使っている。ほとんど知らないのに、その構える姿だけは良く知っている。これから仲間として共に進む者が、同じ力を使っている。それがとても不思議で、新鮮で、少し嬉しい。これだけでも、この隊に来る意味はあった。
「行きます!」
「来い!」
私とエリオの拳が激しくぶつかり合い、お互いを見やって笑った。
「へぇ…」
「フフッ、なのはちゃん、嬉しそうやね」
「うん、育て甲斐がありそう♪」
「あははっ、なのは、エリオとキャロ、よろしくね」
「まかせて、フェイトちゃん!私がしっかりと、シゴいてあげるから」
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サブタイトル:ティアナの朝