…貂蝉に頼んで俺は孫堅さんの墓碑に訪れていた。一陣の風、髪が揺れ、その清爽さを
肌で感じながら、俺はあの奇妙な夢の事を思い出していた。
あの時見た夢、あれは夢であり夢じゃなかった。妙な言い回しになるけど、
現実な夢、そう俺は捉えている。
「……ふぅ」
全ての人に感謝したい、今、紛れもなくここに存在しているのは皆のお蔭。
孫呉の皆だけではなく、貂蝉達、あまつさえ、他外史の俺にも助けてもらった。
本当に感謝以外の言葉が見当たらない。
「……ありがとうございました。炎蓮さん」
…少し座るか。やっぱり身体は正直だな、直ぐに疲れてしまう。
それと、この身体にもまだ慣れないな。
まぁ、この身体とは長い付き合いになるんだ。愚痴なんて溢すもんじゃないな。
「一刀!!」
「北郷!!」
「一刀さん!!」
「一刀様!!」
「ん?」
俺は声がする方に視線を移すと、そこには、皆が抱きつく、
いや、走りながら飛びついて来た瞬間だった。
「ちょっ!?うわああぁ…!!」
自重しない行動、その人数分の重みから、地面と皆に挟まれ
サンドイッチ状態となったんだけど、と言うか、女の子相手には禁句なんだけど正直重い。
そして、何より、冥琳、思春が、こんな行動に加担するとは、
全く以って想定外だった。
「その、退いてくれるとありがたい。それも…なるべく早めに……」
振り絞った俺の一言で、我に返ったのか上から順々に退いていった。
目にはうっすらと涙を受かべる者が大半なのだが、一人だけ、未だ退かずに、
むしろ逆に、強く抱きしめている人が居た。その人物は……
「…雪蓮」
決して離れようとはしなかった。俺がここに居る事を確かめるかの様に、
顔すらも強く強く俺の服に密着し、余程の心配を掛けてしまったと痛感する。
「ごめんな。雪蓮」
「…馬鹿、本当に馬鹿なんだから」
「…うん」
「私がどれだけ心配したと思っているのよ。一刀に嘘を吐かれて、許せなかったし、
それ以上に大丈夫と思って、目を曇らせていた自分が許せなかったし、
もう、何が何だか分からなくなってた」
雪蓮が震えているのがわかった。俺は背中を撫でながら落ち着かせる。
「…でも、それでも今わかっている事は、こうして私達の目の前に
一刀が居るのが、何よりも嬉しい。…お帰り、一刀」
「……ただいま、雪蓮」
雪蓮は俺の胸に両手を添え見下ろす。体勢が体勢なので馬乗りの様な
格好になっているが、俺は雪蓮の笑顔から感慨深いものを感じていた。
「…何時まで、北郷を独占しているつもりだ。雪蓮」
「ぶーぶー。別にいいじゃない」
「お前だけが、北郷を心配していた訳ではないんだぞ」
咳払いを一つ溢した冥琳は注意を促すが、雪蓮はこれを良しと思わず、
拗ねた態度を見せるが、渋々、俺の上から身を退けた。
俺は上半身を起き上がらせ、その場から立とうとする。
すると、冥琳が手を差し出してくれ、その行為に感謝しつつ手を掴み、
勢い良く立ち上がらせて貰った。
「と、とと……」
勢い良く立ち上がった反動からよろけてしまい、冥琳に支えられる様に抱きつく状態になり、
俺は醜態を晒す事となってしまった。皆に会えた事に俺も舞い上がったのだろう。
その為、とある部分に意識がいかなかった。
ゴト!!………
「北郷!!それは!!」
「一刀!!」
…出来れば良いタイミングで伝えたかったんだが、こうなってしまったのなら後の祭り、
語る他なし、か。俺は助かった理由、その全てを伝える為、
あの時を思い出しながら、口にした。
『その方法は犠牲にするのよ』
『……待って、くれ。俺は、他の者を…犠牲にするのなら、死を、選ぶ』
『最後まで聞きなさいな。私が犠牲にするといっているのは他者ではないわ。
そんな方法を、向こうのご主人様が思案、提案するわけないでしょ。
犠牲にするのは…その腕よ』
『腕…?』
『ええ。先ず根っこ。因果の根本的な部分は死を与える。それを覆す事は出来ない。
けど、今、ご主人様に宿っている呪いの効力が、人々の祈りで弱まっている。
そこで、向こうのご主人様は考えた。祈りで呪いの効力を弱らせ、死という
個体の存在を奪う概念から、部位を奪うと変換させ、傷を負った因果の起因、
即ち、腕を殺すという事を。後は華佗ちゃんが体内の毒を腕に集めて…切り落とす。
これが。助かりうる、唯一無二の方法よ』
『…すまない。北郷、医師として、五体満足の身体で救う方法を模索せねばならんと言うのに』
『頭を、上げてくれ。華佗が居なければ…俺はとっくに、息絶えていた。
そう、だろう』
『うむ、貴殿の言う通り、ダーリン無くしては既に死んでいただろう』
『ああ。華佗には、大恩がある。決して…恨んだりは、しない。
……っつ!!』
『ご主人様!!』
『時間が、無さそうだ。早速だが、やって…くれ』
『わかったわん。それと、ご主人様、麻酔を射つけど、効果は見込めないかも知れない。
まだ、因果が邪魔をする可能性があるわ』
『最後の、抵抗って訳か。耐えて、みせるよ』
『私が、ご主人様の腕を切り落とす。華佗ちゃんは毒を腕に集めて』
『…わかった』
『卑弥呼はご主人様の身体を押さえていて頂戴』
『うむ、心得た』
『じゃあ、いくわよ、ご主人様。心の準備はいい?』
『…愚問、だな。やって…くれ』
『…わかった。始めるぞ。無病息災、我が裂帛の気合を針に込め
はあああああああ……元気になれええええええええ!!!!』
『いくわよ、ご主人様。ふんぬぬぬぬぬうううう!!!!』
『……!!!!ぐあああああああああああああ!!!!!』
「……と言う訳で俺が助かったのは、片腕を天に差し出したからなんだ」
地べたに義手が落ちたまま、皆に話したが、予想通り陰りある沈黙の場となってしまった。
重い雰囲気が蔓延する中、そんな空気を払拭する為に再度、口を開く。
「まぁ、これですんで運が良かったよな。俺ってやっぱり、
天の加護が憑いているのかも、はっはっは……」
…誰も反応しない。重い雰囲気が継続したまま。俺は貂蝉が迅速に用意してくれた
義手を取りにいく。語っている間に冥琳から解放され、義手が落ちている場に
容易に行く事が出来たのだが、そんな中、雪蓮が義手を拾ってしまった。
そして、雪蓮はその義手を抱き締め何度も呟いている。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
と。そんな雪蓮の様子を見兼ねて、さっきとは逆に俺の方から抱きしめてあげる。
こうなる事は予想していた。だから、俺は、こんな雪蓮を見たくないから、
心に寄り添える答えを用意していた。それがどれ程の効力を持っているか俺自身わからない。
けど、心の陰り、その氷山の一角位なら溶かす事は出来ると思う。
「…気にする必要はないんだ、雪蓮」
「でも、私が発端で一刀の腕を奪った…!!」
「…奪ったんじゃない。腕一本で済ましてくれたんだ。それにさ、あの時、
俺は言ったじゃないか。惚れた女を腕一本で守れたって。
もし、仮に雪蓮をそのまま見過ごしていたら、それこそ消せない傷を一生、
心に負っていた。心の傷は根深く、厄介なもの。だから、これで良かったんだ」
「…一刀」
「せっかく助かったんだ。今は喜びを分かち合おう。それでも気にしちゃう様なら、
今日から俺を支える手助けをしてくれ。雪蓮に涙は似合わないよ」
「…馬鹿。そんな事言われたら……どうすれば言いか分からなくなる」
「素直に喜べば良いんだよ。結果的に皆、事なきを得たんだ。
これ以上の幸せはない、な」
「一刀、一刀!!っつ……うわわあああ!!」
子供の様な大泣き、我慢せず口を大にした泣き声が一帯に響き、何度も何度も
嗚咽を漏らしていた。俺は、どうか、この涙で身に宿した悲しみ、
その全てを吐き出してくれと、心からそう願った。
………
「落ち着いた?」
「…うん。ありがとう、一刀」
「ああ。でも、しょげた顔は、もう止めてくれよな」
「うん。そう望むなら、そうするわ」
「…それで良い」
この様子なら大丈夫だな。雪蓮は峠を無事、越えたようだ。
さて、遅くなってしまったけど、皆共、話をしよう。皆にだって心配を掛けたんだ、
非礼と感謝の気持ちを伝えべきだ。雪蓮から受け取った義手を固定して…
「少し、待っててくれ、雪蓮」
「ええ。皆も宜しくお願いね…」
よし、義手を固定し終えたぞ……
「…冥琳」
さっき支えて貰い、一番の辛い心労を与えてしまった人の名を口にした。
俺は冥琳の前に近付き彼女と相対する。その顔を見詰めると、ありとあらゆる
犇いていた感情が湧き出て、おそらく、顔に色濃く現れているだろう。
俺は眉を八の字にしながら、冥琳の肩に手を乗せた。
「一番辛い思いを、心労を掛けてしまって、すまな…!?」
詫びようとした途端、冥琳が俺の唇に人差し指を当て、その先を言うなと
首を優しく横に振っていた。
「侘びなんて聞きたくない。雪蓮にも言っただろう。喜べと。
なら、私にも、非ではなく喜とした言葉で浸らせてくれ」
「…ただいま、冥琳」
「ああ………お帰り、北郷」
冥琳は肩に乗せていた俺の手を、自らの頬に添え、俺がここに居るのを確かめる様に、
両手でしっかりと掴んでいる。
「身体の調子はどうだ、北郷。辛くはないか?」
「…大丈夫、皆の顔を見たら気だるさが吹き飛んだよ。
それよりも、冥琳はどうなんだ?」
そう、今は俺の事よりも、冥琳の調子の方が聞きたかった。
「私か。私は、恐らく無事であろう。あの時から、身体の不快さが消えているからな」
「けど、ちゃんと華佗に診て貰わないと」
「…いえ、もう終えているわ。ご主人様」
「貂蝉?」
「ご主人様の治療を終えた後、眠っている周瑜ちゃんをを診療したわ。
時間を要するけど、投薬を中心とし暫く安静にしていれば、
病魔は消えるって華佗ちゃんは、言ってたわん」
「…そっか。本当に良かった。冥琳が無事で本当に」
「全ては、北郷のお蔭だ。しかし、貂蝉。眠っている間に診療を行うとは、
私に対して配慮が欠けているのではないか」
「あらん。ごめんなさいね。でも事は迅速にって、ねん」
「…まぁ、なら仕方あるまい。…北郷。一言、これだけは言わせて欲しい事がある」
俺の手をしっかりと掴んでいる冥琳の手が、徐々に小刻みに震え、頬から、
胸前へと移行する。冥琳は息を整え始め、何度も深呼吸を繰り返している。
そして、少々、物思いに耽た後、開眼すると、そこには、一筋の涙が零れ落ちた。
その涙が次第に流星の雫となり、幾度も流れ、今正に、愁いを帯びた瞳で俺に訴えかける。
俺は悲しき姿勢に真正面から向き合わなければと、決意を秘め、瞬きもせず見詰めた。
冥琳の瞳に映る、俺自身の表情が分かる程、真剣に…
「もう……あの様な…思いはさせないで。皆を、欺き…生死に関わる、秘め事は
…この上なく…辛い。私自身も…行ってきた事だが……それでも……」
「…ごめん、本当にごめん。冥琳」
凛々しさに隠れていた秘めたる本音、それが表に現れ、冥琳は俺の胸に飛び込んできた。
その様子は、まるで子供の様で普段の冥琳からは想像できない程、弱々しい様だった。
…俺が原因なんだよな。こんな風にさせてしまったのは―――
………
…
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こちらは真・恋姫†無双の二次創作でございます。
お待たせ致しました。最終話です。
お話が長くなった事により、前編、後編に分けて投稿致します。
後編は、遅くても今月中を目処としています。
宜しくお願い致します
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