「ようやくお昼やぁ。かずピー、一緒に飯食おか」
「俺はお弁当持ってきてるけど、佑は?」
「ご存知の通り、購買部でちょちょいと買っていくわ」
「付き合うよ。おかずはいる?」
「ゴチになります! かずピー先生!!」
いやぁ、持つべき者はかずピーやわぁ――そう言いながら及川は一刀を連れて教室を出た。
一刀の親友という立場にいる彼は知らない。同じクラスの女生徒から熱烈な視線を向けられていることを。
ただの熱い視線ならば、及川はヒャッホーッ! と飛び上がって喜んだだろう。
(及川の奴……北郷君にあんなベタベタしちゃって!)
(北郷君の手作り弁当とか……!? レア物過ぎるでしょ……)
(毎回おかずを貰ってるとか羨ましいにも程があるんですけど!)
(“おかず”が別の意味に聞こえた。私死んだ方が良いかもしれない……)
しかし世界は残酷であった。その視線の名は燃え盛るジェラシーの視線なのだから。
――及川は泣いていい。
◇
場所は変わって購買部。お昼時なので案の定、生徒でいっぱいだった。
「うわ、相変わらずこの時間帯は込んでるな」
「まあお昼時やしな。それはしゃあないわ」
特に及川がいつも買っているブースは人気が高く、いつも長蛇の列であった。
しかし彼は慌てない。この長蛇の列を消す魔法の言葉をもっているからである。
「いやあしかし、いつも付き合わせて悪いなかずピー。今度奢るで」
「はははは。期待しないでおくよ」
及川の言葉が購買部全体に渡った。特に“かずピー”を大きめに。
ざわついていた生徒達がシンと静まり返り、視線が一斉に彼らに集中する。
ワタワタと慌てる者、コソコソ会話する者、顔をほんのり赤らめる者――反応は様々だ。
「は~い、そこ通してなぁ。ゴメンな可愛い子ちゃん」
「え~っと、ゴメンね。いつもいつも」
及川と一刀が動くと、自然と生徒達が彼らの為に道を空けた。
長蛇の列もいつの間にか無くなり、どうぞどうぞ状態である。
そうしてものの数分で目的のブース――豪店に到着したのだった。
「とうちゃ~くっと。桔梗さん、いつもの頼むわ」
そんな二人を出迎えたのは、やれやれと呆れ顔の女性だ。
名は桔梗。この豪店の一切を取り仕切っている、男顔負けの豪胆な女性である。
「おう今日も来おったか。噂の悪ガキ二人組みが」
「あはは。俺達って悪ガキに認定されてるんだ……」
「当たり前じゃろ。お主らが来るといつもこうじゃ」
「ホントすいません」
「かずピーの人気は凄いからなぁ。利用して悪いとは思ってるんよ?」
「どの口がそんなことをほざくか。全くうら若き乙女の心を弄びおって」
「桔梗さんも十分若いですって。自分大人の色気がホントたまりません!」
「ワシを口説くには色々と足りんぞ小僧」
ほれっ、と及川がいつも買っていくコロッケパンとヤキソバパンを投げ渡した。
向かう先は手ではなく顔。見事にそれ等は及川の顔面へと直撃した。
「北郷。お主なら心配ないと思うが、こんな軽薄な男になってくれるなよ」
「いやぁ、流石に俺は佑のようにグイグイとはいけないので……」
「なんじゃ草食系という奴か? 悪いとは言わんが、女は肉食系の方が好みらしいぞ」
「はい桔梗さん! 自分バリバリの肉食系ですよっ!!」
「骨付き肉の骨でもかじっとれ。それにお主がグイグイ来るのは女子生徒全員知っとるわ」
「え? どういうこと?」
首を傾げる一刀に桔梗がニヤリと笑った。
「そうか。北郷は知らんのか。こやつが登校初日でやらかしおったことを」
「ちょっ!? 桔梗さん!!」
「何を慌てとる。減るもんでもないし、別に良いじゃろ」
「減りますて!? 主に自分に対してのかずピーの友情度とか諸々が!?」
何とか話を遮ろうとする及川に対し、桔梗は二個目のコロッケパンとヤキソバパンを投げ付けた。
これも見事に顔面直撃。投げ付けたパンは沈んだ及川への奢りにしてやった。
「邪魔者は消えたし、続けようかの。聞いて驚くな、こやつはな……」
◇
「あ~~~~……かずピーに聞かれた~~~……」
「あはははは……及川が朝、俺を置いて走り出した理由が分かったよ」
登校初日、及川は片っ端から女の子に声を掛け、次々と玉砕。
更には生徒会から初日にして目を付けられ、厳重注意を受けるという伝説を立てた――。
桔梗から友人の話を聞いた一刀は唖然としながらも、一人納得していた。
初めて受け入れる男子生徒がしつこく連絡先聞いてきたら、それは警戒するだろうなぁと。
そしてそんな一刀に、桔梗は話していないことがあった。一刀の人気についてである。
まあ、ぶっちゃけて言えばこうだ。
――次に来た人が、最初の人と何もかも完全真逆だったらそら人気でるよね!
「かずピー、心なしか自分と距離開いてへん?」
「そんなことないよ。佑はここで出来た最初の友達だから」
「…………アカン、アカンで。自分女の子だったらキュンってなっとるところや」
「えっと、気持ち悪い」
「かずピーは笑顔のまま時折毒舌になりよるなぁ」
そんなこんなで二人の憩いの場である、お昼時の屋上へと到着した。
ドアを開けると、フワァッと気持ちの良い風が吹き付けた。
「あれ? 誰も居らん。珍しいこともあるもんや」
「静かなのも良いけど、俺は少し賑やかなのも好きかな?」
「まあ場所取りは楽に……ん? 何や、一人居るやんか」
及川の視線の先には、ボウッと空を眺めている女子生徒が一人立っていた。
何処か不思議な感じのする娘である。二人は暫く彼女の背を見ていた。
すると二人の気配に気付いたのか、彼女はゆっくりとこちらへと振り向いた。
「ッ!?!?」
「どうかしたか佑」
「あ、あかんでかずピー。あれは呂布かもしれん……」
「呂布?」
彼女の顔を見るなり、及川が身体をガクガクブルブルさせ始めた。
事態を飲み込めない一刀はただ首を傾げるだけだった。
「噂で聞いたんや。格闘部に所属し、最強の強さを誇る女の子が二年生におるって!
しかも強さが圧倒的過ぎて、付いたあだ名が三国志で最強の武を誇る呂布なんや」
「あだ名の理由は分かったけどさ、あの子の本当の名前は?」
「そ、それは分からんけど……ともかく特徴が噂で聞いたのと合致するんやて!
高身長に紅い髪、ナイスバディに加え、普段何を考えとるか分からない表情……」
「まあ噂は置いといて……早く食べよう」
「ちょ、かずピーってば!? 屋上に人が居ない原因は絶対――」
及川の静止も聞かず、一刀は女の子の傍を通り過ぎ、近くのベンチへと座った。
先程から彼女の視線を感じるが、特に一刀は動じたりもしない。
持ってきたお弁当を広げ、こちらを見てくる“呂布”へと視線を移した。
「初めまして」
「…………」頷く呂布。
「お昼ご飯は食べないの?」
「……授業サボってた。ご飯は持ってきてない」
「じゃあこれから買いに行くの?」
「……お財布も無いから買えない。教室にあるけど面倒」
「そっか。よかったら俺のおかず少し食べる?」
「…………ん」
コクリと頷いた彼女は、一刀の隣へと座った。
彼女の目は心なしかキラキラ輝いているように見えた。
「どれでも好きなの選んで良いよ」
「…………ん。コレ」
「了解。はい」
選ばれた卵焼きを箸で摘み、自然とあ~んの体勢になった。
呂布がモグモグとそれを食べ終わると、彼女の顔が綻んだ。
「……美味しい」
「良かった。兄貴達にいつも作ってるからさ、自信作なんだ」
「……お前、恋のこと怖くない?」
「噂のこと? う~ん、今の君を見ると怖がることはないかな」
「…………ん」
「名前は恋て言うんだ。あだ名の方しか知らなかったから知れて良かったよ」
「……恋は恋。お前は?」
「北郷一刀。君と同じ二年生だよ。最近ここに編入されたんだけどね」
「……一刀。ん、覚えた」
のほほんとした空間が広がりつつある屋上に、及川は思った。
――かずピー、やっぱりパネぇ!?
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日常風景。しばらくこんな感じが続くと思います。