第Ⅸ話『呪い』
~北海~
黒く淀んだ気の漂う城。
兵を率い、今まさに決戦を繰り広げようとしていた。
一時客将として参戦した曹操たちも、この戦列に加わっている。
曹操「…様子が変ね。
兵の展開もなく、城壁にも旗一つないわ。」
一刀「おまけに城門も空いてる、と。
誘われてるねこれは。」
美羽「あ、兄様…。」
震えた手で一刀の袖をキュッと握る美羽。
薄気味悪いほどに伽藍とした城内からは、戦の騒音など微塵もなく、
ただぽかりと大口を開けた城門だけが聳えていた。
一刀「さ、行こうか。」
曹操「誘いに乗るの?」
一刀は城を見つめたまま答える。
一刀「呼ばれてる。
どうしても誰かに会いたいのかな?」
風が建物を打つ音、草木のざわめき、そして自分たちの足音だけがそこに木霊する。
玉座へと続く戸はすべて開け放たれ、導かれるように突き進んでいった。
その最奥の大広間。そこへたどり着いたとき、一同は息をのんだ。
一面恐ろしいほどに美しい白い花に覆われ、異様なまでの臭気に包まれた部屋だった。
陶謙「…やぁ、いらっしゃい。ようやく会えましたね?」
男は黒い椅子に座り、足を組みながら一同を見渡した。
陶謙「ふふふっ、ずいぶんとぞろぞろ引き連れて来ましたねぇ…。まぁ、いいでしょう。劇に観客は多いほうがいい。
そうは思わないかい?天の御使い。」
一刀「…劇?」
男は立ち上がるといささか芝居がかったように両手を広げ、
まるで観客に挨拶をするように右手を胸に当てお辞儀をした。
陶謙「御来城の皆様、よくぞお越しくださいました!
今宵の劇は甘く切ない恋物語の終焉をご覧いただきます。
幾星霜の時を超え、なおも外史を飛び続ける哀れな存在北郷一刀…、」
一刀「っ?!」
陶謙「彼の消滅をお見逃しなきよう!」
七乃「外史…?消滅…?」
陶謙「おやおや、そんなことも知らないのかい?
外史とはこの世界のこと。そしてその外史は幾多も存在し、
君たちはその登場人物…いや、その背景の一端にすぎないのさ。」
曹操「…どういうこと?」
陶謙「ん~?簡単なことだよ。
この世界と似て非なる他世界で、ただ唯一登場人物として登場し続け、
君たちという背景に影響を及ぼしてきたのがそこにいる北郷一刀だ。
この世界ではそこの女が隣に居るようだが…。」
一刀「黙れ!!」
たまらず叫ぶ一刀を嘲る様に鼻で笑うと、すっと七乃を指さす陶謙。
今度はその指を曹操へ向けた。
陶謙「違う外史では君が横に居ることもあったね。
それぞれが用意された脚本なんだ。当然だろう?観客も毎度同じじゃ飽きてしまうよ。くくくっ!」
曹操「何ですって?」
七乃「嘘…嘘よ、そんな…!」
青ざめた顔でイヤイヤと首を振る七乃。
陶謙「嘘なもんか。
ねぇ、そうでしょう?北郷一刀?」
縋る様に一刀を見つめる七乃。
唇をかみしめ、絞り出すように答える姿を見るに答えは瞭然だった。
一刀「…すまない。」
七乃「っ!!
だ、だって、私、ずっととなりに…こどものころから…。
それも…つくられたものだったの…?そんな、だめだよ…駄目!!!そんなの絶対にダメ!!!」
頭を抱え、蹲る七乃。
七乃「私は子供、貴方は大人。
私があと5つ年を重ねれば、貴方は5つ歳を重ねる。
ほら、近づきますよ?」
一刀「あははっ、七乃は頭が良いな~。」
七乃「ぁ…あぁ…!」
一刀「…そうだね。
さて、じゃあちょっと星でも見ないか?」
張勲「ふふっ、そうしましょうか~。」
張勲「ん~、煙たくて微妙な星空ですね~。」
一刀「はははっ、残念だ。」
七乃「いやっ!!やめて…!!」
一刀「綺麗になったね。あの頃よりずっと。」
七乃「…一刀様…愛しています。」
七乃「私の中身が壊れる…!壊れてく!」
髪が抜け落ちるほど激しく頭をかきむしる。
その様子はまるで、頭の中にある思い出を取り除きたいようでもあり、
確かなものだと触れて確認したいかのようであった。
一刀「七乃…!」
七乃「その名で私を呼ばないで!!!」
差しのべられた手を払いのける。
七乃「やっぱり…あの人は消えたままだった…!!これは幻想、思った通りだった…!!!」
雪蓮「ちょっと、あんた…。」
ふらふらと立ち上がると、覚束ない足取りで後ずさりする。
七乃(…これで…なんどめだろう…あのひとを、うしなったのは…)
七乃「もう、こんな世界…
タクサンダ。」
瞬間、血しぶきが上がった。
誰も止める隙もなく、彼女は自ら短剣で首を掻き切ったのである。
一刀「七乃!!!!!」
美羽「っ…!?」
ほぼ、即死であっただろう。
七乃の全身が不自然に痙攣し、首から迸った血しぶきは辺りの花へ不気味な血痕を残す。
それでも七乃の目は、ずっと一刀を捉えていた。
泣きじゃくりながら、彼女の体にしがみつく美羽。
一刀は呆然と彼女の骸を見つめている。七乃の苦しみが残る色を失くした目は、彼を呪うようにただ空虚に見やっていた。
そんな中、けたたましい笑い声が響く。
陶謙「素晴らしい…!素晴らしい前座だよ諸君!」
雪蓮「前座、ですって?」
睨み殺すように男を一瞥する。
陶謙「前座だよ。
これからこの物語は進んでいく。第一の矢はすでに放たれた!!
北郷一刀!天の御使い!さあいつまでも湿気た面をしていないで思い出せ!
ちょうど今のこの時期!他の外史でいったい何が起こった!」
一刀「…?!
まさか…皇帝崩御…!」
「「??!!」」
~another view 蘭~
宮殿の裏手、茂みが切り開かれたそこには、代々皇帝の墓標があった。
そこへ、三人の親子がお参りに訪れていた。
蘭「…あなた、お久しぶりです。
ほら、娘たちもまた少し大きくなったでしょう?」
墓前に手を合わせる姉妹を横目に、私は墓標に手を添え語りかける。
蘭「そちらからも、娘たちを守ってあげてね?」
そういってほほ笑んだとき、ふと気が付いた。
武道など心得のない自分が、周りの護衛の者でも気が付かないような些細な気配に。
もはやそれだけでも奇跡といえよう。
これは虫の知らせ、とでもいうのだろうか。
母親として娘の危機を誰よりも早く感じ取れた幸運。
もしや、あの人が教えてくれたのだろうか…などと思い、少し嬉しくなる。
ありがとう、と墓標へ心でつぶやく。
だって口にしたらきっと間に合わない。
そうして手を合わせ目をつぶる娘の前に私は躍り出た。
私の胸を一本の矢が貫いたのは、それとほぼ同時だった。
花蘭「…!!…っ…!!!」
桜花「…!!”!…!!」
あぁ…よかった。あなた達が無事で。
でもどうしてかしら、やけに周りが静か…。
あなた達の泣く声を聴いてしまったら、きっと抱き寄せてあやしたくなるもの。
こうして静かなのも幸運かしら。
あたりが暗くなる。
蘭「どうか…娘たちを…お守り、くだ…さ…ぃ」
最後に願いだけ、口にできた。
この世で得られたたくさんの幸運。こんなに素敵な娘たちの母になれた幸運。
この世に残す最後の呪詛は、その幸運の分だけ込めた愛情という名の呪いかしら。
~another view 蘭 end~
~その頃、玉座の間では
黒い導士服を着た十人の男に囲まれる少女がいた。
何進「あ、あんた達は一体…!」
黒い導士「ワレラ、十常侍。」
何進「十常侍ですって?!そんな、奴らはもう…!」
黒い導士「外史ノ理ニ則リ、オマエヲ滅スル。」
何進「外史?ちょっと、何を言って…ぐぁああああああああああああ!!!」
十人が突き出した槍は、それぞれが体を貫いた。
何進「ぐ、グボッ…!かはっ…、」
もはや呼吸すらできず、ただこみ上げてくる血の塊を口から吐き出した。
男たちは何度も繰り返し槍で貫いていく。
少女の意識が薄れても、何度も何度も。
その時、バタンと大きな音を立て張遼が飛び込んできた。
張遼「なんやどないした…って、おどれら何さらしとんじゃゴラァ!!!」
羅刹の如く振るわれる一撃により、なすすべなく屠られる十常侍と名乗る者たち。
張遼「…ッ?!な、なんやこれ…!!」
全員を切り伏せたとき、異変に気が付いた。
死体となっているはずの男たちの体は、ドロリと溶け出し地に染み込んでいく。
張遼「ぅッ!」
その異様な光景と悪臭に、胃からこみ上げてくるものを抑えきれなかった。
そんな時、友である何進の変わり果てた姿に目をやると、ふとその足元に手紙のようなものが落ちていることに気が付く。
手紙を拾い上げると、何進の体を担ぎ主のもとへ走ったのだった。
~北海~
甲高い男の笑い声が響く。
けたけたと可笑しそうに笑う男を、一同はある種の戦慄を携えて睨みつけていた。
一刀「お前は…そんなことをして何を望むんだ!」
ピタリ、と笑うのをやめる男。
陶謙「私の欲しいものはただ一つだよ。」
そういうと、好色憑いた目で美羽を見つめた。
少女はまだ泣きじゃくりながら七乃の亡骸に身を寄せている。
陶謙「穢れの一つもない、美しい少女…!
でも、ただソレを奪うのは物足りないんだ。
絶望を植え付け、彼女が無を覚えたとき…飼うのに最高の傀儡になる。
私はソレが欲しいんだよ!」
一刀「…。」
陶謙「そしてその最大の絶望は君だよ北郷一刀。君を失えば何よりも代えがたい絶望になりえる。
その女が自害したのは僥倖だった!そいつもいずれは消す予定だったからね。くくくっ!
でも、君を殺すのは私の役目じゃない。それはもっと相応しい役者でなければ。」
その時、男の野太い声が響いた。
雷薄が小刀を片手に陶謙に襲い掛かったのである。
一刀「よせっ!」
陶謙はそれをひらりと躱すと、足払いをかける。
転倒した雷薄を踏みつけるとまるで興味を示さずに向き直る。
雷薄「ぐっ、ぐぉ…!」
陶謙「ふむ…こいつを殺しても面白くなさそうだけど…どうしようか。」
雷薄「っ…!!!」
陶謙が逡巡する隙を見計らい、後ろから羽交い絞めにする雷薄。
雷薄「袁基様!!今です!儂ごと彼奴を殺してくだされ!!」
紀霊「お、おい、おやっさん!!」
雷薄「はよう!!はよ…ぐふぁっ!!!」
懸命に叫ぶ雷薄を、黒い何かが貫いた。
いつの間にそこにいたのか、黒い導士服に身を包んだ男だった。
顔中に札が張られた不気味な男は、なんと陶謙ごと腕で刺し貫いている。
陶謙「…やれやれ、少しは手加減を覚えないとね。
まぁいいでしょう。」
雷薄「っ?!
ゲボォ…かっ、は…!」
多量の血を吐き出す雷薄を尻目に、陶謙は何事もなかったかのように続ける。
孫策「嘘…な、何なのこいつ…!」
陶謙「これも簡単な話さ。
私は死人を操る妖術の研究を重ねてきた。君たちも見ただろう?黒装束の傀儡たちを。
生者に私の血を飲ませ、呪いのうちに死を与えれば可愛い玩具の出来上がりというわけさ。
そして永き研究の末、遂に!我が身をも死から超越させることに成功したのだよ!」
???「陶謙様…。」
陶謙「おっと、敵につかまった哀れな捨て駒がまだ生きていたのか。」
???「えっ…?」
陶謙「そんな君には真実というご褒美を上げよう。
ほら、この傀儡に見覚えはないかい?」
そういうと、陶謙は雷薄を貫いた黒装束に目を向ける。
陶謙「ほら、よく見て。くくくっ!」
男は黒装束の顔に張られた札を、そっとかき分けた。
???「っ…?!
そ、そんな!お父様!!!」
陶謙「この男はその昔、君を差し出せという命令に背いたからねぇ…。
あろうことか、私に取られるのを恐れて、君の体にも刀傷をつけたと言うじゃないか。
まったく、親の愛というのは偉大だね。つい反吐が出てしまうほどに!」
???「ぁ…ぁぁっ…!そ、そんな…。」
陶謙「悲痛か?辛いか?苦しいか?
いいぞ、その状態のまま死ねば最高の傀儡になれる。さぁ死ね死ね死ね!!!あはははははっ!」
???「…お父、様…。」
陶謙「まぁ、そんなメスのことなどどうでも良いか。
間もなく物語は第二幕へ移らなければ!」
~洛陽~
劉宏の暗殺。そして何進の虐殺。
その二大事件は、瞬く間に王朝へ影を落とした。
劉宏を害した矢の尾には手紙が括られており、その内容もまた衝撃を与えていた。
『我、袁家当主 袁基の名のもとに、新国家 仲 を建国す。
これは漢王朝を廃し、次代へと導く第一歩とせん。
この矢この槍を以て宣戦布告とする。
袁家当主 袁基』
何進の遺体のすぐそばに落ちていた手紙もまた同じ内容のものであった。
董卓「詠ちゃん…。」
手紙を握り潰さんばかりに力がこもる詠の手を、心配そうに握る月。
華雄「殺してやる…。奴ら、絶対に許さん!!」
司馬懿「お気持ちはわかりますが落ち着いてください。
まずは陛下のお言葉を待ちましょう。」
そこで、玉座へ座る劉弁へと全員が目を向けた。
母を失った悲しみは色濃く出ていたが、何とか持ちこたえているようだった。
すっと立ち上がると、力強い眼光で剣を取った。
花蘭「…彼らの思い通りにはさせません。
こちらから打って出ます!」
荘周「(うわ~、ちょっとどうなってるのこの外史!
こんな時に一刀は何処でなにやってるのよ、もう!)」
花蘭「華雄将軍、張遼将軍、呂布将軍を筆頭に、速やかに本拠である汝南を落とします。
目標は敵大将の袁基です。軍師はそれぞれ賈詡さん、司馬懿さん、陳宮さんが副将としてついてください。
本陣へは私、皇甫嵩将軍、朱儁将軍が入ります。李厳さんの忍隊、高順さんの義勇軍は遊撃として動いてください。」
「「はっ!!」」
花蘭「都の防衛は公孫讃将軍にお任せし、司馬防さん劉備さんらにもお声掛けを。」
朱儁「はっ、直ちに。」
花蘭「…反王朝連合の動きが気になります。一気呵成に、迅速を以て事を成しましょう!」
皆、力強く頷くと声を上げるのだった。
~北海~
陶謙「さて、では私は第三幕の準備に取り掛かろうか。
このあたりで失礼するよ諸君、また近いうちにお会いしましょう。」
そういうと陶謙は背を向け玉座の裏へと歩んでいく。
紀霊「行かせるかよ!!」
駆け出そうとする何名かの将たちだったが…
孫策「っ…!?な、なに、これ?!」
白い花で覆われていた地面が唐突に隆起し始め、地表からは無数の黒い導士たちが現れた。
陶謙「その花、綺麗でしょう?
人の骸というのは実に愉快でね。ソレを養分にした花だけがこんなにも美しく育つのさ。ハハハッ!」
玉座の裏、かつては捕虜である女の父であったモノが垂れ幕を持ち上げると、隠し通路の扉が姿を現した。
扉を開けケタケタと笑いながら去る陶謙の足を止めたのは、
たった一人の強烈な殺気だった。
一刀「陶謙!!!!」
それまで呆然自失の様相で七乃の骸を見つめていた一刀が、男の後ろ姿に声を張り上げる。
男はピタリと足を止めると、ちらりと一刀を見た。
一刀「…この殺意を覚えておけ。次にこれを見たときがお前の最後だ。」
ふん、と鼻を鳴らすと男は今度こそ通路の奥へと消えるのだった。
another view ~陶謙~
松明の明かりだけが照らす暗い地下道の奥。
もうすぐ出口というところまで辿り着くと、私はたまらずしゃがみこんだ。
陶謙「っ…!」
ありえない。
死という概念から解き放たれてから幾年月、一度として恐怖を感じたことはなかった。
それが今はどうだ。
自分の足がまるで言うことを聞かず、体中の震えが止まらない。
一刀「陶謙!!!」
あの殺気。
あの眼光。
私は間違いなく、恐怖を感じていたのだ。
私を殺すことなど出来ないというのに、それでも間違いなく死を感じた。
陶謙「そんな馬鹿なことがあるものか…!私は人知を超える…いや、超えたのだ。」
この世界の真実に気が付いたのは、研究の末辿り着いた不死の実験中のことであった。
我が身を実験体とし、最後の実験を行ったあの時。
私は自らを仮死状態へと導いた。
その時、間違いなく私は見たのだ。
暗い、何よりも暗い空間にたたずむ幾人もの管理者達を。
彼らは囲むように大樹を眺めていた。
その一つ一つの葉に目をやると、何ということだろう…私のいたと思われる世界が無数に広がっていた。
衝撃によりたまらず私は仮死から目を覚ます。
それから私は何度もソレを繰り返した。
思わず乾いた笑いをもらす。
陶謙「は、ははははははッ…な、なんだそれは…ははははッ」
何度も、何度も白い衣をまとった青年は流星となって世界を飛び交い、
何度も、何度も世界へ影響を与えていった。
管理者だと?
ふざけるな。
この私がいるこの世界は、お前を必要としていない!
たくさんの世界がそこにあるのだ。ならばこの世界一つくらいは私が頂く!
陶謙「…さぁかかってこい天の御使い。
貴様を打倒し、私は私の世界を手に入れる!そして私の望むもの…すべてを手に入れる!」
震える体に鞭を打ち、私は荊州へと使役した死馬を走らせた。
~北海~
黒い導士たちを打ち破り、脱出に成功した一刀たち一向。
急ぎ天幕へと雷薄を運び込み、治療を始めた。
雷薄「袁基様…袁基様は…。」
もう目に光が入らないのか、掠れた声で目の前の一刀を探す。
そっと手を取り、語りかける一刀。
一刀「ここに居ます。」
安心したように少し目を細める家老。
雷薄「もう儂は助かりませぬ…だからどうか、最後に儂の言葉をお聞きいただきたい…。」
美羽「ら、雷薄…!」
雷薄「どうか儂などのために泣かないでくだされ。
儂は…儂は陳蘭とともに、陶謙へ内通を行っていた裏切り者なのじゃから…。」
美羽「え…?」
雷薄「袁術様が幼いながらに頑張っていることを見もせずに、儂は甘言に乗せられ一度はこの国の転覆を本気で願ってしまった。
袁術様へも、幾度となく辛辣な言葉を浴びせたこともあります。
だが間違っておりました…。自らの器の小ささを省みず、すべてを小さな領主様へあてつけておった。」
美羽「そ、そんな…そんなことは良いのじゃ!」
雷薄「っ…?」
美羽「妾は…雷薄にたくさんの事を教わったのじゃ!
綺麗な字の書き方も、難しい数字の計算も、全部雷薄が教えてくれたのじゃ!」
家老の閉じた目から、涙があふれ出す。
雷薄「…ありがたき、幸せにございます。」
まぶたの裏には、いつの日の事か忘れてしまっていた思い出が浮かび上がる。
雷薄「姫様!ここはこう撥ねると…ほれ、綺麗な字になりますぞ。」
美羽「おぉ…!すごいのじゃ!もっと、もっとおしえてたも!」
雷薄「これっ!姫様!領主たるもの、計算の勉強は休んではなりませんぞ!」
美羽「い、いやなのじゃ!もうムリなのじゃ!」
雷薄「いいから執務室へ行きますぞ!ほれっ、ちゃっちゃと歩きなされ!」
雷薄「袁基様、どうか…どうかこの国をお頼み申します。
そして袁術様を導いてくださいませ。」
一刀「あぁ。
任された。」
雷薄「儂は…人間として、文官として未熟のままあの世へ逝きますが…。
お二人に見送っていただけることだけが誇りでございます。」
こうして、一人の家老がこの世を去った。
突如として開かれたこの戦の火ぶたは、一刀たちにとって二人もの大切な仲間を失う悲劇を伴って開かれた。
~その頃、劉備が治める西城では~
黄忠、厳顔、魏延の三人の将が劉備の元へ目通りをしていた。
もちろん、黄忠の娘 璃々も一緒である。
関羽「反王朝を掲げた者たちが我が主に何用か!」
劉備「ちょ、ちょっと愛紗ちゃん落ち着いて!」
関羽「ですが桃香様!」
劉備「ただ事じゃなさそうな感じもするし…それに、こんな小さい子まで怯えちゃってるよ?
だから、ね?」
今にも泣きだしそうな璃々の姿をちらりと見て、関羽はハッとしたように黙り込む。
関羽「うぐっ…。わ、わかりました。」
劉備「ふふっ、ありがとう。
さて、あの~、それでどういったご用件でしたでしょうか?」
首を垂れていた将たちに向き直ると、黄忠がまずは頭を上げた。
黄忠「お心遣い感謝いたします。
このような急な用向きにも関わらず、お目通りも頂けたこと重ねて感謝申し上げます。」
劉備「い、いえいえ!そんな、かしこまらないでください!
何かあったんですか?」
黄忠「それが…。」
厳顔「我ら三名、あのハナタレ領主の元より出奔して参った。」
諸葛亮「は、はわわっ?!」
龐統「あ、あわわっ?!」
厳顔「無論、理由ならちゃんとあるぞ。
…どうも最近になって様子がおかしいのじゃ。」
関羽「様子がおかしいとは?」
厳顔「ふむ…どう説明すれば良いのか。
あのハナタレは元来、戦も政も下手だが人の好さで保っている男なのじゃが。
そんな奴が先日この黄忠に言ったのよ。貢物として璃々を差し出せと。」
劉備「その子を?」
厳顔「あぁ。これこの娘は黄忠の子でな。もちろん突っぱねたのじゃが…よもや奴がそんな事を言ったのが信じられなくての。」
黄忠「それ以前に、あの陶謙という男が現れてから豹変した気がするわ。
急に劉表の傘下になったり、あろうことか陛下に反旗を翻すなんて…。」
厳顔「加えて兵士たちの不気味さよ。
劉表の領地へ急に向かったと思うたら、体のあちこちに面妖な札をつけて…まるで生気を失くしたような様子になっておる。」
諸葛亮「…桃香様、その陶謙という男なのですが…たしか袁家当主の城に攻め込んだという報告もあります。」
龐統「うん、気になるね朱里ちゃん。」
じっと話を聞いている劉備は、ちらりと黄忠の娘に目を向けた。
着の身着のまま、母に連れられて逃げてきたのだろう。可愛らしい洋服がところどころ汚れていた。
それに…はたして自分たちに害をなすつもりなら、ああして娘を連れてくるだろうか。
その子は少しおびえた様子で母にしがみ付いている。
劉備「…うん、わかりました。
とりあえず皆さんお疲れでしょうから、お城でゆっくり休んでください。」
黄忠「よろしいのですか?」
劉備「うん!
それに、璃々ちゃんももう休ませてあげなきゃ、ね?」
黄忠「…ありがとうございます!」
関羽「…。」
張飛「??
姉者~、どうしたのだ~?」
訝しむ様に三人を見つめる関羽に、声をかける張飛。
関羽「いや、その…だな。
ずっと気になっていたのだが…その女はなぜ冒頭から鼻血を出して倒れているんだ?」
劉備「ごめん…実は私も気になってた。」
諸葛亮・ホウ統「こくこくっ」
一同は幸せそうな表情で倒れている魏延を見る。
厳顔「…やれやれ。
大方、劉備様に一目惚れしてそのまま妄想が爆発したんじゃろ。」
劉備「え、えぇっ?!わ、私に?!」
魏延「きゅ~…」
今回もお読みいただき、誠にありがとうございます。
さて、かなりバタバタとしますが、次話で落ち着くと思います。
皆様のコメントお待ちしております。
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長らくお待たせしました。
今回からいろんな意味で少しバタバタしていきます。