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戦国†恋姫 三人の天の御遣い    其ノ七

雷起さん

これは【真・恋姫無双 三人の天の御遣い 第二章『三爸爸†無双』】の外伝になります。
戦国†恋姫の主人公新田剣丞は登場せず、聖刀、祉狼、昴の三人がその代わりを務めます。

*ヒロイン達におねショタ補正が入っているキャラがいますのでご注意下さい。

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2015-07-10 03:56:34 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:2135   閲覧ユーザー数:1879

 

戦国†恋姫  三人の天の御遣い

『聖刀・祉狼・昴の探検隊(戦国編)』

 其ノ七

 

 

「須弥山の周りに四大州。その周りに九山八海。その上は色界、下は風輪までを一世界として、千で小千世界、その千で中千世界、更に千で大千世界。」

 

 濃い緑の葉をつけた木々が生い茂る山の頂付近。

 一葉の祝詞が滔々と流れ、厳粛な空気に蝉も声を潜める。

 

「全てを称して三千大千世界。通称、三千世界と云う。」

 

 久遠と祉狼達ゴットヴェイドー隊、エーリカと美衣と宝譿、そして幽と双葉が、一葉の姿に見入っていた。

 

「三千世界は果ても無く、この世に在るとも、しかしながら、無いとも言える。現であり、幻でもある。」

 

 一葉が祉狼を見て微笑んだ。

 自分の言っている言葉の意味が解るかと問い掛けているのだ。

 祉狼は吉祥こと管輅と、貂蝉、卑弥呼から外史の事を教わり、一葉の祝詞が語る三千世界が正に外史の基本となる考え方と同じだと確信して静かに頷いた。

 

「そんな三千世界より、足利の名を慕う力を集める。それが足利家御家流。」

 

 一葉の周りの景色に変化が生じる。

 陽炎の様な物が真円を描いて一葉の後ろの景色を揺らがせ、それはまるで水面の波紋が虚空に現れた様に見えた。

 ひとつ、ふたつと数を増やして行き、直ぐに十を数えた。

 

 その時、静寂を破る騒音が遠く樹木の向こうから聞こえて来た。

 

「この化けモンがぁああ!」

 

 野太い男達の声と木々のざわめき。

 

ギシャァアアアアアアアッ!!

 

 そして鬼の咆哮が山中に響き、鳥達が一斉に逃げ出す羽根音が辺りを覆う。

 

「悪魔の啼き声っ!」

「エーリカ!俺も行くっ!一葉は双葉を守れっ!」

「昴と狸狐は久遠ちゃん達を守って!貂蝉!卑弥呼!」

「イキましょ!聖刀ちゃん!」

「いよいよ鬼との一戦か!どんなに強かろうが龍程では無かろう♪」

 

 エーリカが駆け出し、祉狼が続く。

 聖刀が指示を出してからその後を追い、貂蝉と卑弥呼が付き従う。

 

「待てっ!と言う前に行ってしまうとは…………とんだ猪揃いじゃな……」

「公方さまが人様を猪と評する言葉を、それがしが生きている内に聞けるとは思いもしませんでしたなぁ。」

「牡丹を主に仰いだ苦労を判って下さる方がいらっしゃるとは………幽さまには是非ともその心得をご教授願いたい物です………」

 

 一葉が嘆息するのを幽と詩乃が更に深い溜息を交えて応えた。

 

 祉狼達が駆け付け目にした光景は、八匹の鬼と刀や槍で武装した男達二十人程が戦っている処だった。

 男達は野武士よりも汚れた姿をしているが、それなりの鎧を身に着けている。

 落ち武者から山賊に身を(やつ)した者達だ。

 そんな男達でも鬼に致命傷を与えられず、既に二三人程鬼に殺されていた。

 

「助太刀するぞっ!!」

「一匹の鬼に最低三人で対峙して下さいっ!」

 

 突然現れた祉狼とエーリカを見た山賊達は驚いた。

 

「子供に異人の女だとっ!?」

「よそ見をするなっ!来るぞっ!!」

 

 一匹の鬼が腕を振り上げて突進してくる。

 祉狼は山賊の脇を抜けて鬼に向かって拳を繰り出した。

 振り下ろされた刀の様な爪を躱し、両肩の付け根に正拳を叩き込む。

 

ゲギャァアアアアアアアア!

 

 鬼は両腕をだらりと垂れて苦悶の声を上げた。

 折れてはいない。

 祉狼は腕に力の入らなくなるツボを突いたのだ。

 

「やはり!前は確信出来なかったが、このドス黒い氣!これも病魔かっ!!」

 

「祉狼どの!離れてっ!」

 

 エーリカの構えた剣が氣の力で光を帯びていた。

 

「待てっ!殺さないでくれっ!」

 

 エーリカは昨日の祉狼の言葉を思い出し、鬼を牽制する事に意識を集中する。

 

「出来ますか!?祉狼どの!」

「少しでいい!時間を稼いでくれ!」

「時間を…」

 

 エーリカの逡巡はその間に男達が殺されてしまうかもと頭を過ったからだ。

 

「祉狼!こっちは任せて!」

「わたしたちが何とかするわよん!」

「行け!祉狼ちゃん!」

 

 山賊達は何だかよく解らないが新たに現れた三人が味方だと認識した。

 しかも仮面の聖刀と漢女二人。

 異様な姿が逆に侍大将の鎧武者姿の様に頼もしく映る。

 

「ありがとう、聖刀兄さんっ!」

 

 祉狼は鍼を抜いて鬼と対峙した。

 

「我が身我が鍼とひとつなり!一鍼胴体!全力全快!必察必治癒!病魔覆滅!!」

 

 祉狼の持つ鍼が氣を帯びて眩い光を放つ。

 

 

「人にっ!なれぇえええええええええええええええええええっ!!」

 

 

 鬼は腕が動かないので(あぎと)を大きく開いて牙を剥き出し、祉狼に噛み付こうと吠えながら襲い掛かって来た。

 エーリカがその鬼の横へ回り込んで脚を切り裂きバランスを崩す。

 

ゲァアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 祉狼がその隙に顎を掻い潜って胸元に鍼を打ち込んだ!

 

「ギギャァアアアアァァァぁぁぁあああああああっ!!」

 

 一際大きな叫び声を上げて鬼が動きを止める。

 しかし…………祉狼は驚愕の表情で鬼を見上げていた。

 

「そんな…………………………死………死んで…………」

 

 鬼は絶命していた。

 祉狼の鍼は確実に病魔を捉え、ツボに入り、人間ならば絶対に治癒する筈であり、死ぬなどという事は有り得ない。

 絶対の自信が有っただけにそのショックは途轍もなく大きかった。

 

「祉狼どのっ!」

 

 祉狼に向かって新たな鬼が襲い掛かって来た。

 エーリカが駆け込んで閃光の様な突きを繰り出す!

 

「ゲグッ!」

「祉狼どのを傷つけさせはしませんっ!!」

 

 鬼の眉間に突き立った剣がチェーンソーの様な音を立ててジワジワとめり込んで行くと、鬼は四肢をビクンビクンと痙攣させた。

 

「ゲグゲガギゴゴ…………」

「サヨウナラ。」

 

 エーリカの剣が鬼の頭蓋を貫き後頭部から剣先が生じると、絶命して痙攣も止まった。

 

「祉狼どの!早くこちらにっ!!」

 

 茫然自失となった祉狼の腕を掴んでエーリカが引き寄せる。

 

 

「全員退がれ!後は余に任せよっ!!」

 

 

 一葉が空中に十振りの刀を漂わせて現れた。

 

「見るも醜き鬼どもよ!足利将軍である余の力!思う存分味わうがよいっ!!」

 

 十振りの刀は残りの鬼に襲い掛かり数秒で肉片に変えてしまった。

 

 

 

 

 山賊達は一葉が足利将軍本人であること以上にその強さに心酔して平伏し、自分達から周囲の警戒を買って出た。

 そして久遠達は祉狼の周りに集まっている。

 

「祉狼!しっかりしろ!祉狼っ!」

 

 久遠は祉狼の肩を掴んで呼び掛けるが、祉狼はショックから未だ立ち直れていなかった。

 

「…………久遠………俺は…………………」

 

 久遠は祉狼が初めて人を殺めたのだと理解していた。

 医者として多くの人の死を見てきたとしても。

 例え相手が鬼の姿だったとしても。

 自らの手で人を殺すというのは特別なのだ。

 しかも祉狼は命を救う為の技で命を奪った。

 

「祉狼………辛いだろう………苦しいだろう………………しかしな、お前はあの鬼となった者を救ったのだ。」

 

 祉狼の耳に届いているか果たして疑問だが、久遠は祉狼の目を見て言葉を続ける。

 

「エーリカと一葉が倒した鬼は塵となって消えた。だがお前の倒した鬼は人に戻ったのだ。人として死ぬ事が出来たのだ!」

 

 久遠の言う通り、祉狼が殺した鬼は人の姿で地に寝かされていた。

 他の鬼も一度人の姿に戻ったが、恐ろしい形相をしたまま塵となって消えた。

 

「あの者は穏やかな顔をしておる…………祉狼はあの者に取り憑いた鬼を殺し、魂を救った………………胸を張れとは言わん。今は我の胸で泣け。」

 

 久遠は慈愛に満ちた笑顔で祉狼の頭を掻き抱く。

 祉狼は顔を覆う柔らかさと温かさ、心臓の鼓動を感じて自然と涙が溢れ出した。

 

「ぅうっ………う…うぁああああああああああああああ!」

 

 祉狼は泣いた。

 

 幼い頃の様に人目も憚らず大声を上げて、母に縋り付く様に久遠の胸の中で涙を流した。

 その姿にエーリカもひよ子も転子も詩乃も一葉も双葉も、そして幽さえもこの純粋な少年の魂を守りたいと想わずにはいられなかった。

 

「ひよ、ころ、詩乃。お前達は祉狼を連れて先に宿へ戻れ。我は一葉と聖刀達と話をする。」

 

 本当は久遠が祉狼と一緒にいて慰めてあげたいと思っている事は三人とも判っている。

 だが、その気持ちを振り払って祉狼との約束を果たそうとしているのも判り、ひよ子達は力強く頷いた。

 

「お待ちください、久遠さま。その前にお願いしたい義がございます。」

 

 エーリカが久遠の前に跪く。

 

「申してみよ。」

「はい。私をゴットヴェイドー隊の一員に加えて頂きたいのです。更に、祉狼どのの愛妾となる事をお許し下さい。」

 

 久遠は少し驚きエーリカの顔を見て問い返した。

 

「その意味、解って言っておるのだろうな。」

「はい。詩乃どのから愛妾の意味は聞いております。先程私は祉狼どのに襲いかかる鬼に対して怒りに我を忘れました。自分の気持ちに気付いた以上、自分を偽りたく有りません!祉狼どの…いえ、祉狼さまを護る剣となる事が我が望みです!」

「二度と生まれ故郷に戻れなくなるぞ。」

「我が母は父を愛しポルトゥス・カレにおります。その娘が私ですので。」

 

 エーリカの瞳に込められた固い決意に、久遠もまた信頼を瞳に込めて応えた。

 

「デアルカ。では金柑、お前もひよ達と共に宿へ戻れ。護衛を任せたぞ。」

「御意。」

 

 祉狼の手を引いてエーリカはひよ子達と美衣、宝譿と共に京の街へと下山した。

 

 祉狼達を見送った久遠は一葉と聖刀に向き直る。

 

「聖刀、祉狼は大丈夫かなどと、我は問わんからな。」

「祉狼の事は久遠ちゃん達に任せてるよ。よろしくね♪」

「よし、祉狼は余が立ち直らせてやろう♪」

 

「ちょっと待て!我の夫を何で一葉が面倒見るのだっ!?」

 

 一葉がニヤリと嗤って久遠に詰め寄る。

 

「竹中から聞いておるぞ♪祉狼を日の本に繋ぎ留める為に妻が大勢必要なのだろう♪将軍である余が加われば一人で十人分くらいは稼げよう♪」

「向こうには曹孟徳、劉玄徳、孫仲謀がおるのだぞ。あの三英傑王に落ちぶれ公方が並ぶと思っているのか?」

「何とっ!?………いや、双葉もおるのだ♪二人合わせれば肩を並べられるのではないか?」

「お、お姉様…」

 

 一葉に抱き寄せられた双葉が恥じらって俯いてしまう。

 

「ひとりも二人もございませんっ!祉狼どのの正室は織田どのなのですぞ!現将軍とその御妹君が側室になるなど前代未聞ですっ!!」

 

 幽がキレて一葉に怒鳴りつけた。

 しかし一葉はそんな怒声もそよ風の様に受け流す。

 

「どうせこのままでは何処ぞの盆暗を押し付けられるのが落ちじゃ。そんな男を夫にするくらいなら祉狼の側室、いや妾でも百万倍良いわ。双葉はどうじゃ?」

「は、はい!わたくしもお姉様と一緒です!できるなら今すぐにでも山を下りてわたくしも祉狼さまをお慰めしとうございます!」

 

 双葉の言葉は一葉に向けた物だが、同時に幽と久遠に向けた物でもある。

 普段は決して大きな声を出さない双葉が生まれて初めて出した大声だった。

 幽はお傍衆としての公務以上にこの姉妹の事が好きだ。

 だからと言ってこの様な我儘を黙って聞く訳にはいかない。

 我儘と公務を天秤に架け、両方を手に入れようと画策するのが幽という人間である。

 

「双葉さま、今は我慢なさって下さいませ。それがしが必ず良い結果を得られる様に計いますので。」

「おい細川。当人を目の前にして謀をすると言い切るとは見上げた肝をしておるな。」

「いたし方ありませんでしょう。八方丸く治める為には織田どのにも一枚噛んでいただかねばなりませんからなぁ。」

 

 幽はヤレヤレといった具合に肩を竦めて見せた。

 

「まあ、この件に関しましては時間が掛かります故、先ずは『三千世界』をご覧になった結果を話し合われては如何でしょう?」

 

「おお、そうじゃ!それでひとつ言いそびれていた事が有った!」

 

 一葉が唐突に思い出して話し始める。

 

「先程の刀達だが、余は三十は呼び出すつもりだったのだ!あの時は余の力が鈍ったかと思ったが………どうにもおかしい。」

 

 一葉が実際に呼び出した数は十。

 丁度三分の一しか呼び出せなかったのである。

 

「どんな風に?」

 

 聖刀は深刻な顔で一葉に訊いた。

 

「そうじゃな………例えるなら見知った館の中に(もや)が掛かった様な……余の呼び掛けに応える声は聞こえるがその相手の部屋が見えぬと言った感じかの。」

 

 聖刀は貂蝉と卑弥呼へ振り返り無言で問い掛ける。

 

「結界であろうな。」

「しょうねぇ~、吉祥ちゃんの水晶玉での連絡が取りづらいのもそれが原因でしょうねぇ~」

「この御家流は魂に契約の刻印を行って継承されると聞いておったから突破出来ると思っておったが…………ここまで強大な結界とは………」

 

 二人の深刻な顔に聖刀も事の重大さが判った。

 

「聖刀、この京は五山を利用した結界を施してあると聞く。京から離れればどうだ?」

 

 久遠の言葉に一葉が答える。

 

「久遠。足利の御家流が京で使えぬのならば尊氏公は幕府を他で開いたであろうよ。」

「ふむ、それもそうか……いや、待て!昴の持つ水晶玉がその結界の影響を受けていたと言うなら、尾張から堺までを包む途方もない大きさの結界だという事ではないか!」

「そうだね…………久遠ちゃん。結界がどれ程の大きさなのかは解らないけど、この結界は鬼と無関係じゃ無いんじゃないかな?」

 

「ではこの結界もザビエルの仕業か!?」

 

「まだ推測の域を出ないけど可能性は高いよね。何にしろザビエルの情報を集めるのが先決だ。」

「情報収集ならば打って付けの者がおるぞ♪」

 

 一葉が笑って幽を見た。

 

「任されましょう…………と、言いたい所ですが………」

「なに!?幽の情報網でも難しいと申すか!?」

「いえいえ、ザビエルの情報を探る方法はございますが………」

「ならば問題無かろう。」

 

「おぜぜがございません。多数の草に特別な任を与えるとなれば、その旅程に使う経費だけでも相当な額になります。」

 

「………デアルカ。ならばその費用は尾張が出そう。」

 

 幽の目が輝いた。

 

「なんと!流石、織田どのは太っ腹でございますなあ♪」

「むむ、余にもそれくらいは工面出来るぞ!」

 

「公方さま…………ゴロツキから金を巻き上げるのは工面とは申しませんぞ。まあ、それはさて置き、草が動かせるのであれば何処に草を放つかと言う話になりますな。闇雲に向かわせてもおぜぜの無駄遣いですので。」

 

 聖刀が幽の言いたい事を察した。

 

「ザビエルの居そうな場所を予測するには、やっぱり鬼が何処から来るのかを考えるべきだろうね。さっきの鬼はあの山賊さん達が北から現れたって言ってたね。昴、桐琴さんは何て言ってたかな?」

「はい、美濃の北西からやって来ると言っていました。」

「美濃の北西と言うと江北から越前ですな。」

 

「北近江だと!?」

 

 久遠が突然大声を上げた。

 

「北近江の浅井家には織田どのの妹君が嫁いでおいででしたな………これは急いだ方が宜しいのでは?」

「うむ!話の続きは二条館に戻ってからだ!決める事を書状に纏め、明日にでも我らは北近江を目指す!」

「それでは皆様、お先に二条館へお戻り下さいませ。それがしはあの山賊達を公方さまの手勢となる様に話を付けてから戻ります故。」

「やれやれ、給金が(かさ)むの。」

 

 一葉はチラリと久遠を見た。

 

「そっちの金は貸付になるぞ。」

「借金か…………返すのはかなり先になるぞ♪」

 

 聖刀が久遠と一葉の間に割り込む。

 

「幕府の財政を少しは良くする方法も後で教えるから♪」

 

 この言葉には一葉よりも幽の方が反応が早かった。

 

「おお♪これは何と至れり尽せりな♪そのお話はそれがしが戻るまで待っていて下さいませ♪昴どの、そちらの護衛はお任せ致しますぞ♪」

「はい、お任せ下さい。」

「おや?何やら元気が無い様に見受けられますが…………」

 

 美以がエーリカと一緒に下山してしまったので、昴のテンションはダダ下がりになっていた。

 その説明を聞いた幽はポンと手を打つ。

 

「烏!雀!護衛はよいので急いでここに参れ!」

 

 森の中に叫ぶと、木から何かが落ちる音が遠くから聞こえ、次に草を掻き分ける音が近付いて来る。

 音が近付くに連れて、昴の表情が和やかになってきた。

 

「はぁ、はぁ、ひぃ、ひぃ…………ゆ、幽さまぁ………はぁ、はぁ………もっとちかくに、はひぃ………いるときによんでって…………ふひぃ…おねえちゃんがいってますぅ………ぶはぁああ!」

「…………(ブンブン!)」

 

 下生えの草を掻き分けて現れたのは修験者の服をアレンジした服を着た二人の幼女だった。

 

「烏は否定していますが、まあそこは気にせず♪昴どのに正式に挨拶をさせるのは初めてですな。この者の名は鈴木孫一烏重秀。そして…」

「はーい♪雀は鈴木孫三郎雀重朝っていいます♪よろしくおねがいします♪」

 

 無口な姉の烏に対して、妹の雀は明るくて人懐っこい性格だ。

 年の差は一歳くらいか、姉の烏でも和奏達よりも年下だろう。

 そんな二人を前に幼女分の枯渇していた昴には最高のご褒美に見えていた。

 

「改めましてこんにちは♪烏ちゃん♪それから雀ちゃん♪初めまして♪私の名前は孟興子度、通称は昴よ♪」

 

 ニッコニコの笑顔で今にも抱き着きそうである。

 

「昴お姉ちゃんですかぁ♪よかったね、お姉ちゃん。お名前教えてもらえたよ♪お姉ちゃんこの前昴お姉ちゃんと目が合ってからすご~~~~~く気にしてたもんねぇ~♪」

「(ブンブンブン!)」

 

 烏は顔を真っ赤にして首が取れそうな勢いで頭を横に振った。

 誰が見ても照れ隠しと判る反応に、昴は萌え溺れかけていた。

 

「烏、雀。昴どのは殿方なのでその辺は間違えぬ様に。」

 

 幽に言われて雀は目を丸くして驚いた。

 

「えーーーっ!お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんなの!?…………え?烏お姉ちゃん知ってたの?」

「(コクコク)」

「そっかあ♪烏お姉ちゃんが知ってたんなら雀はどっちでもいいや♪そうだ♪お姉ちゃんみたいなお兄ちゃんだからあいだを取っておヌウちゃんだ♪」

 

 何やらアフリカに生息するウシ科の動物みたいな呼ばれ方だが、昴は一切気にしていなかった。

 

「うふふ♪好きに呼んでくれていいのよ♪よろしくねーーーーっ♪」

 

 昴は我慢しきれず遂に二人を抱き締めた。

 この光景に久遠は幽を横目でみた。

 

「おい、いいのか?」

「昴どのの戦闘力が上がるのであれば問題ございませんよ。何しろ烏の撃つ鉄砲の弾も玉薬も良い値がしますからな。おぜぜが掛からずに済むならそれに越したことはございませんので♪」

「ただより高い物は無いと言うぞ。我は責任を持たんからな。」

 

 こうして久遠達は二条館に向けて下山した。

 その間昴は右手に烏、左手に雀の手を握り幸せいっぱいの笑顔だった。

 

 

 

 

 その頃、美濃岐阜城では結菜が評定の間の上段に座り久遠の代役を務めていた。

 

「「「結菜さまー!久遠さまからいつ戻るって連絡は無いんですか!?」」」

 

 三若が手を挙げ声を揃えて結菜に問い掛けた。

 その姿は餌を求めて囀る雛鳥の様で微笑ましくはあったが、結菜も帰りを待ち侘びているのでつい溜息が出てしまった。

 

「京で公方さまと繋がりを持てたと手紙は寄越してきたけど、いつ戻るかは書かれていなかったわ…………本当にもう、こんな事なら刻限を決めておけば良かった。」

「久遠さまとていつまでも留守にする訳にいかぬ事は承知しておいでじゃろう。公方さまと約定を交わすとなれば焦られるよりは良い事じゃ。」

 

 半羽のどっしりと構えて落ち着いた様子に結菜が少し安心を覚えた。

 何しろ家老のひとり、麦穂の様子が日に日に落ち着きを無くして行くのだ。

 

「ふぅ…………祉狼どの………悪い女に騙されていないでしょうか………久遠さまも祉狼どのに無理をおさせになっていなければ良いのですが…………ひよところと詩乃も祉狼どのにっ!」

「落ち着け、麦穂!結菜さまのお気持ちも考えろ。」

 

 壬月は半羽同様に落ち着いて見えるが、内心は麦穂と同じで心配して最近は怒りっぽくなっていた。

 その様子に半羽が心の中で溜息を吐く。

 

(新婚間もない時に旦那を黙って連れ出されては仕方あるまいか………)

 

「麦穂さまは贅沢です。祉狼どのと結ばれておいでなのですからその思い出に浸って時を過ごせるではないですか!」

 

 正座で背筋を伸ばし凛としたまま不機嫌を顕にするのは、森一家の番頭各務雹子だ。

 

「雹子どの………」

「わたくしは結菜さまに愛妾となることを許されておりますのにずっとお預けのままなのですよ!早くこの身を祉狼どのに捧げて思う存分に蹂躙していただきたいのに!」

 

 欲求不満の女だけしか居ない空間なので、表現に歯止めが効かなくなっているらしい。

 

「ふふふふふ♪もしこれで見ず知らずの女が祉狼どのに手を出していたら、その女の腹かっ捌いて内蔵を引きずり出してやりますわ♪」

 

 ついには森一家らしい発言までしだした。

 半羽は今の雹子の前で娘の信英(のぶひで)も愛妾となる事が決まっているとは、決して言わないでおこうと心に決める。

 

「そうだよ………昴のやつ、浮気なんかして帰って来たらひどい目に合わせてやる………」

 

 和奏まで暗い顔でブツブツ言い始めた。

 

「昴さまがやめてって言って泣き叫ぶまでいじめよう………」

「そうだね~…………昴ちゃんのお尻に手を突っ込んでかき混ぜるくらいはしないとね~………」

 

 犬子と雛も加わり三人で顔を突き合わせて不気味な笑いを漏らし始める。

 そんな時に廊下をドタドタと走ってくる音が聞こえて来た。

 

「結菜さまーっ!まぁだ殿は戻ってこねぇのかよ!昴の野郎が居ねぇとなんか調子がでねぇんだよー!」

 

 遂には小夜叉までやって来た。

 小夜叉が岐阜城の評定の間に現れたのはこれが初めてで、その目的と第一声がこれなのだから如何にも森家らしいのかも知れない。

 

「小夜叉!お前まだ昴を連れ回すつもりなのかよっ!」

 

 和奏は美濃平定の時に小夜叉が昴を連れ出したので根に持っていた。

 

「あんだとぉこらぁっ!ぶっ殺すぞてめぇ!」

「やってやろうじゃねぇかっ!表にでろっ!!」

 

 小夜叉と和奏が喧嘩を始めそうになったが、雹子が二人の襟を掴んで持ち上げた。

 

「な、なにすんだ!各務ぃ!」

「は、離せ!こんちくしょうっ!」

 

「な・ま・ぬ・る・いっ!」

 

 雹子は般若よりも恐ろしい顔をしていた。

 鬼兵庫を前に小夜叉も和奏も顔が引きつる。

 

「鬼退治に行きますよ!腹の虫が治まるまで狩って狩って狩りつくしましょう!」

 

 雹子は小夜叉と和奏を持ち上げたまま評定の間を出て行ってしまった。

 残された全員が呆然と見送っていたが、結菜がはっと我に返る。

 

「犬子!雛!あなた達も行って和奏を助けなさい!」

「「は、はいーっ!」」

 

 二人を見送った結菜は再び大きな溜息を吐いた。

 

(久遠~………本当に早く帰ってきてよぉ~~~!)

 

 

 

 

 そしてまた同じ頃。

 京の宿に戻ったエーリカ達は祉狼を部屋に寝かせた所だった。

 祉狼の眠る布団の周りにエーリカ、ひよ子、転子、詩乃、美以が座っている。

 

「エーリカ~、美以おなかがすいたのにゃ………」

「はいはい♪直ぐに何か作りますね♪」

 

 祉狼を寝かせる事を優先したので昼食の時間をかなり過ぎていた。

 この宿は台所を借りる事が出来るのでこの三日間は狸狐の料理の修行も兼ねて自分達で食事を作っている。

 材料の買い置きは何が有ったかと思い出しながら立ち上がろうとした時、エーリカは突然腕を掴まれた。

 掴んでいるのは布団から出ている祉狼の手だ。

 

「祉狼……さま?」

 

 祉狼は目を閉じて静かな寝息を立てている。

 無意識に伸ばされた手が偶然エーリカの手を掴んだのだ。

 エーリカは祉狼の手を振り解く事が出来ず困った顔でひよ子達を見た。

 

「いいですよ♪私達が食事の用意をしますから、エーリカさんは祉狼さまに付いていてあげて下さい。」

 

 転子が笑顔で頷く。

 

「も、申し訳ありません………」

「別にいいですって♪ひよはご飯ができるまで美以ちゃんと遊んであげて。」

「うん♪さあ、美以ちゃん♪ひよお姉ちゃんと遊びましょう♪」

「う~~、おなかのすかない遊びがいいのにゃ………」

「私もころの手伝いをしてきますので祉狼さまをお願い致します。」

 

 詩乃が転子と一緒に部屋を出ようとした時、宝譿がエーリカの頭の上から詩乃の頭の上に飛び移った。

 

「俺は料理の見学をさせてもらうぜ。」

「な、何故私の頭の上なんですか!?」

 

 突然の事に詩乃は慌てて宝譿を両手で支えた。

 

「詩乃は今孔明って呼ばれてるんだろう?前に俺が言った風は程昱って名前なんだが知ってるか?」

「程昱!?曹操孟徳に仕えた程昱忠徳ですか!?」

「ああ♪ちょっと俺の思い出話に付き合ってくれねえかな?」

「それは興味が有りますね。」

 

 こうして部屋の中にはエーリカと眠っている祉狼だけになった。

 エーリカが祉狼の寝顔を覗き込む。

 泣いて目蓋を腫らしていて更に幼く見えてしまう。

 あれだけの武力を持ちながら果てしない慈愛に満ちた少年。

 

「O meu mestre………」

 

 それはポルトガル語で『我が主』という意味である。

 自然と口から漏れた自分の言葉にエーリカは驚き、納得した。

 

(そうです………私はこの方の妻になると決めたのです………)

 

 エーリカは顔を下ろし祉狼に近付いて行く。

 祉狼に手を握られたまま、エーリカは祉狼の唇に己の唇を重ねた。

 

「…………ん…」

「…あ…………」

 

 祉狼が目覚めて目が合ってしまった。

 目を見つめ合ったまま互いに何も話さない。

 エーリカは祉狼の瞳の奥にまだ人を殺した事への後悔と怯え、不安を見た。

 

「祉狼さま…………オ・メゥ・メィストリァ………」

 

 エーリカは目を閉じて再びキスをした。

 唇を重ね、舌を祉狼の口の中へ侵入させ、祉狼の舌に絡ませる。

 

クチュ、チュ、チュプ

 

 キスをしたまま祉狼の布団を剥いで身体を寄せた。

 服越しだが胸を押し付けると乳房に祉狼の鼓動を感じる。

 

(足りない………)

 

 お腹を寄せる。

 

(足りない。)

 

 足を絡ませる。

 

(足りない!)

 

 エーリカはもっと祉狼をこの身で、魂で感じたいと願った。

 もう、エーリカは欲求を止める事が出来ない。

 

………

……………………

………………………………………………

 

 

 エーリカのスカートが布団の上の二人の下半身を覆い隠していた。

 目には見えなくとも繋がっている事はお互いが一番良く解っている。

 エーリカは祉狼にゆっくりと身体を倒して寄り添った。

 

 晴れやかな微笑みが祉狼に向けられている。

 

「(オ・メゥ・メィストリァ………♪)」

「(……どういう意味なんだ?)」

 

 祉狼に身体を預け耳元に口を寄せて、エーリカは甘く囁く。

 

「(我が主という意味ですよ♪祉狼さま♪)」

「(主?………俺が?)」

「(シム♪エゥ・チ・アモ♥)」

 

 エーリカが祉狼の頬にキスをした。

 

「(今のは?)」

「(はい♪貴方を愛しています♥と言ったのですよ♪)」

「(愛………そう言えばさっき俺の妻になると言ったけど………)」

 

 久遠に愛妾になる事を認めて貰った時の会話は自失していたので聞こえていなかったのだと気が付いた。

 

「(はい。久遠さまにも承諾を頂きました♪さあ、私に妻としての務めをさせて下さい♪)」

 

 エーリカは深く説明をすると祉狼がまた鬼を殺したショックを思い出すと思い、今はこの睦合いに集中させる。

 

「(私に子種を注いで下さい、メィストリァ♥)」

 

………

…………………

……………………………………

 

 絶頂に達した二人は互い身体に寄せ合い、余韻に浸り浅い呼吸を繰り返す。

 

「(はぁ…はぁ…はぁ…………ありがとう………エーリカ♪)」

「(はぁ…はぁ………それは……私の言葉です、メィストリァ♪)」

「(いや……エーリカは俺を慰めてくれたのだろう?)」

「(……思い出してしまわれたのですね………ですけれど私は慰めの為だけに身体を差し出す女ではありませんよ。)」

「(ああ、それも判っている。俺の愛してくれた事も含めて………ありがとう♪)」

「(シム♪ムイト・オブリガーダ♪)」

「(それもポルトゥス・カレの言葉?)」

「(はい♪『はい、どうもありがとうございます』と言ったのですよ♪)」

「(ムイト・オブリガーダ)」

「(ふふふ♪綺麗な発音ですけど、オブリガーダは女言葉です♪男言葉ならオブリガードですね♪)」

 

 他愛ない話に笑い合うが、エーリカの顔から次第に笑顔が消えた。

 

「(メィストリァ………私は八年前に初めて人を殺しました。)」

 

 突然の告白に驚いたが、祉狼は黙ってエーリカの話を聞く。

 

「(殺した相手は傭兵崩れの強盗団でした。当時の私は騎士見習いで遠くの街に手紙を届けた帰り道に村が襲われている処を偶然見つけたのです。急いで駆け付けた時には村の男性は全員殺され、盗賊団の連中は女性を犯していました。怒りに我を忘れた私は二十人近く居た強盗を全員殺しました。我に返った時に見た物は血の海となった村と強盗達の死体、そして啜り泣く女性達。中には当時の私と変わらない少女も居ました。全員犯され傷ついていましたが、数人の女性は私に泣きながら感謝の言葉を述べてくれました。)」

 

 エーリカは人助けをしたという顔をしていなかった。

 それは助けに駆け付けるのが遅かったと思っているのかと祉狼は考えたが、エーリカが次に語った言葉はそうではなかった。

 

「(私が女性達の言葉を聞いている間に感じていたのは『また人を殺してしまった』という後悔の念でした…………先程も言いましたがこれは私が初めて人を殺した時の経験談です。それなのに私は『また』と思ったのです。それは私が前世で犯した罪なのだと確信できる程に…………)」

 

 エーリカは祉狼と正面から向き合って瞳を見る。

 

「(私は悪魔が元人間だと判っていながら大勢殺してきました。それしか私には彼らを悪魔から解放する術を知らなかったからです。ですが貴方はかの鬼を人に戻したのです、メィストリァ。あの人の死に顔はとても安らかでした。明らかに人へ戻れた事を喜び、魂は安らかに天国へ向かったでしょう。誇ってください!そしてこれからも鬼にされてしまった人達を救って下さい!結果として彼らが死んでしまうとしても、私は貴方に茨の道を歩んで下さいと言います!今、彼らの魂を救済できるのはメィストリァしか居ないのですから!辛い時は私が傍で支えます!久遠さまも!ひよさんも!ころさんも!詩乃さんも居ます!尾張にもメィストリァの奥様となられた方々が居ると聞いています!皆様も必ず支えてくれます!……………どうか…………心を強くお持ちください………オ・メゥ・メィストリァ…………)」

 

 涙を流して微笑むエーリカを見て祉狼は心が奮い立つ。

 

「(エーリカ…………父さんと母さんから教わった言葉で誓おう………俺は決して人を見捨てない!共に来て支えてくれ!エーリカ!)」

 

「(はい♪我が主!)」

 

 二人は熱い口づけを交わした。

 それはエーリカにとって結婚式の誓の口づけを彷彿とさせるものだった。

 

 

「エーリカさん♪もうすぐご飯ができますけど、お頭は………………………」

 

 

 襖を開けて声を掛けたひよ子は固まった。

 布団の上に横になった祉狼に覆い被さり口づけをしているエーリカ。

 しかも二人共上着の前をはだけていて、エーリカの大きなおっぱいが祉狼の胸の上で潰れるまで押し付けられている。

 二人の下半身はエーリカのスカートで隠されているが、何をしているのかは確認するまでもない。

 エーリカが慌てて上半身を起こし、上着の前を合わせて胸を隠すがもう後の祭りだ。

 

「ずるいです!ずるいです!ずるいですっ!やっぱりエーリカさんはずるいですっ!!いくら久遠さまから愛妾になる許可を頂いたからって私達がご飯を作ってる間にする事ないじゃないですかあっ!!」

 

 ひよ子が涙目で腕を振り回しながら抗議した。

 

「どうしたのにゃ?美以はおなかがへって目がまわってきたのにゃ………」

「美以ちゃん!今入っちゃダメェ!!」

 

 襖の影から美以と転子の声が聞こえ、バタバタと足音が遠ざかって行く。

 

「とにかくエーリカさんはお頭から離れて下さいぃい!」

「ちょ、ちょっと待って!今立ち上がるのはその………」

 

 エーリカと祉狼はまだ繋がったままだった。

 実は腰が抜けて立ち上がれないのだが、その説明も出来ない内にひよ子がエーリカの腕を掴んでグイグイと引っ張り始めた。

 

「ま、待て!ひよっ!うおうっ!」

「ひ、ひよ子さ、んぁああっ!」

「うわぁああん!ずるいです!ずるいですぅうううううっ!!」

 

 泣きながら揺さぶるひよ子は自分が何をしているのか気が付いてはいなかった。

 そんな部屋の中の騒動を襖の影に佇んで聞いていた詩乃が溜息を吐く。

 

「はあぁぁぁ…………宝譿さん………謀りましたね。」

「ん~~~~~?何の事かなぁ~~?」

 

 詩乃は頭の上に乗った宝譿を(かまど)()べてやろうかと本気で考え始めた。

 

 

 

 

 翌日の朝。

 二条館の前に久遠とゴットヴェイドー隊は旅支度を終えた姿で一葉達に出発の挨拶をしに来ている。

 

「北近江の様子は直ぐに手紙を書く。事によっては長政本人に書かせる事になるやも知れんが。」

「うむ。楽観はしておらんが被害が出ておらぬ事を祈っておこう。」

 

 久遠と一葉は鬼が何処まで蔓延(はびこ)っているのか憂慮し、互の武運を願い強い意思を込めた目で頷き合った。

 少し離れた場所では昴が烏と雀の手を取り、別れを惜しんでいる。

 

「烏ちゃん、雀ちゃん、頑張って公方さまを守ってね!」

「うん♪八咫烏隊が全力で守るから安心してってお姉ちゃんも言ってるよ♪おヌウちゃん♪」

「(コクコク)」

「八咫烏隊?」

「八咫烏隊は雀たちみたいな戦災孤児が集まって作った鉄砲幼女隊なのー♪えっへん♪」

 

 雀が小さな胸を張って自慢するが、昴の頭の中には幼女隊という言葉がグルグル回って妄想が一瞬で広がっていた。

 

「出来るだけ早く戻ってくるからっ!その時は八咫烏隊のみんなを紹介してねっ!!」

「おヌウちゃん鼻血がすごい事になってるけど大丈夫?…………」

 

 そして祉狼は久遠の隣で双葉に別れの挨拶をしている。

 

双葉(ふたは)、昨日は心配を掛けてしまったな。俺はもう大丈夫だ!」

「はい♪わたくしは祉狼さまを信じておりました♪」

「日の本の人達を救う為にも、双葉を迎えに戻って来る!待っていてくれ♪」

 

 祉狼の言葉を求婚と捉えた双葉は顔を赤くして一瞬言葉に詰まったが、心からの笑顔で応えた。

 

「祉狼さまがお戻りになるまで…しゅ、修行をしてお待ちしております!」

 

 本当は花嫁修業と言いたかったが恥ずかしくて口に出来なかった。

 

「修行か………よし!双葉にこれをあげよう♪」

 

 祉狼は上着の内ポケットから青いお守り袋を取り出して双葉に手渡した。

 

「これは俺が子供の頃に母さんが修業の安全を祈願して作ってくれた物だ。きっと双葉の修行も見守ってくれる♪」

「よ…よろしいの……ですか………?」

 

 祉狼の母の手作りのお守り袋。それがとても重い意味に感じられ双葉は恐縮するが、心の底から欲しいと思ったのも事実だ。

 

「双葉が持っていてくれるなら、むしろ失くさずに済んで安心だ♪それでも気が引けると思うならこの次来る時に双葉が新しいお守りを作ってくれ♪」

「は、はい!必ずお作りしておきますっ!」

 

 祉狼は軽い気持ちで言ったのだが、双葉は重大な任務を引き受ける気構えで頷いていた。

 

「良かったな、双葉♪で、余には何もくれぬのか?」

「え?一葉にあげられる物か?………困ったな、今はそんなに大した物は持って無くて手巾くらいしか無いんだが……」

 

 一葉のちゃっかりしたおねだりに、祉狼はズボンのポケットから白地に赤十字の入ったゴットヴェイドー隊の木綿のハンカチを取り出した。

 

「それでよい♪代わりにこれをやろう。余と双葉だと思い肌身離さずもっていて欲しい♪」

 

 一葉は二つの畳んだ小さな布を祉狼に手渡した。

 

「これは絹だろう?釣り合わないじゃないか。」

「気にするな♪それを渡す口実だと思っておれ♪」

「そうか?そういう事なら受け取らせて貰おう♪」

 

 二人の遣り取りを見ていた久遠達女の子は内心一葉と双葉を羨ましく思っていた。

 自分達もいつか機会を見て祉狼から贈り物を貰おうと心に決めて、一行は北近江小谷城へと出発したのだった。

 

 一行を見送った後、幽が一葉に問い掛ける。

 

「手巾を交換するなど回りくどい事をせずとも、普通にお渡しすれば宜しかったのではございませぬか?」

「何を言う。ただ渡しただけでは下賜したみたいではないか?それに余も祉狼を感じられる物が欲しかったのだ。」

 

 一葉が拗ねた様に言うので双葉は可笑しそうに目を細めている。

 しかし笑っていられたのもここまでで、次に一葉は信じられない事を口にする。

 

「余が祉狼に渡したのは手巾ではなく、下帯じゃ♪」

 

「な………」

「ええっ!?」

 

 事も有ろうか現征夷大将軍である姉はパンツを祉狼に渡したと言ったのだ。

 しかも渡した時の言葉を思い返せば、二枚の内一枚は自分の物に違いなかった。

 

「安心せい。ちゃんと洗い立てで綺麗な物を選んだ♪」

 

「そういう問題では無いでしょうがっ」

 

 流石の幽も頭痛がしてきた。

 

「なにっ!?もしや脱ぎたての方が良かったかっ!?」

 

「発想の根本が間違ってますっ!!」

 

 双葉の脳裏に祉狼が手巾だと思い込んだまま頬の汗を拭う姿が浮かぶ。

 しかも想像の祉狼は口まで拭い出した。

 恥ずかしさに悲鳴を上げそうになるが、同時にいけない遊びをしている時の様な胸の高まりも感じてしまう。

 ハッと我に返りそんな事を思ってしまった自分が更に恥ずかしくなる。

 

「お姉様のバカーーーーーーーっ!」

 

 それだけ叫んで双葉は屋敷の中に逃げ込んだ。

 呼び止める暇も無く一葉は右手を伸ばして見送った。

 

「……………………もう少し侘びた下帯にした方が良かったかのう?」

「そこはせめて寂びた物に………いえ!ですから問題はそこではありませんぞ!」

 

 

 

 

 久遠達一行は京を発った後、往路と同じ様に琵琶湖を船で移動し今浜で一泊してから街道を北上して小谷へ向かった。

 今は小谷が間近に迫った所で街道の茶屋に入り、少し早めの昼食を摂りながら話をしている。

 

「久遠の妹はどんな人なんだ?」

「市の事か………活発なやつだ♪」

「それにとてもお優しい方ですよ♪」

 

 この中で市と面識があるひよ子が久遠と一緒に為人を説明する。

 曰く、壬月とガチで試合が出来る。

 曰く、闘具を愛用し殴り合いが得意。

 曰く、祉狼、昴、ひよ子、転子、詩乃、狸狐と歳がほぼ同じ。

 曰く、思い立ったら即行動。

 

「久遠さまが武闘派になった様なお方なのですね…………」

 

 詩乃が転子と狸狐に目配せをした。

 『牡丹の可能性あり。注意せよ。』と。

 

 昼食も終わり、ひよ子と転子に先触れを任せ久遠達は通常の速さで馬を進めた。

 小谷城の遠景が見えるとエーリカがその美しさに見惚れ、詩乃と聖刀も一緒に築城の素晴らしさを褒め始めた。

 祉狼はその小谷城の様子に三人とは違う感想を抱いて眺めている。

 

「久遠。この周辺には鬼が現れてないんじゃないか?」

「祉狼も気付いたか。船や湊で聞いた噂では京の北と東で鬼が現れると言っておった。清洲では西からだった。そこで我は伊賀の北部から南近江にかけてひとつの群れが有り、琵琶湖西岸の西近江から山城北部にもうひとつの群れが有ると予想した。西近江の群れが北近江や越前を通って北美濃に現れていると思っておったが、今浜から小谷の間はまるで鬼の現れた形跡が無い。」

 

 久遠は簡単な地図を祉狼に見せながら説明していく。

 

「西近江の鬼がわざわざ小谷を避けて北美濃に現れるのは不自然過ぎる。考えられる答えは………」

「越前にも鬼の群れが居て、そこから北美濃に侵入していると見るのが妥当だな。」

「まあ、何にせよ長政から鬼の動向を聞かねば、今の話も机上の空論と同じだ。推測は飽く迄も推測に過ぎん。」

「それはそうだが………なあ、久遠。越前と南近江は鬼の話をすれば和解出来るんじゃないのか?」

「越前には可能性が有るが、南近江はまず無理であろうな。」

「どうしてだ?」

「越前の朝倉は浅井とは縁が有る。我が一葉を京から救い出せば長政が説得出来るであろう。しかし、南近江の六角は逆に浅井と因縁が有る。何しろ長政が当主となったのも六角から独立する為だったのだからな。浅井と我の関係が有る以上、六角承禎が我の上洛を阻むのは火を見るより明らかだ。」

「複雑なんだな………」

「まあ、そう気落ちする事も無かろう。ここで先程の南近江の鬼が鍵になる。六角承禎が鬼退治を掲げた我との和睦を拒めば拒む程、実際に鬼の被害を受けている小名や豪族が調略に乗るに違いない。」

「皮肉な話だ…………鬼から日の本を守る為に京を目指すのに、鬼に助けられる形になるんだから………」

「祉狼の言う通りだ。世の中とは実に複雑怪奇………お、小谷城の城門が見えてきたな♪」

 

 城門前には十数人の出迎えが姿を見せている。

 その中にひよ子と転子の姿も有り、その隣にはスレンダーで長身の少女と少し背が低めの活発そうな少女が並んでいた。

 

「ご無沙汰しております、お姉様!」

「お姉ちゃん、久しぶりっ♪」

 

「出迎え苦労。突然の来訪ですまんな。」

 

「そんなの気にしなくていいよ。ひよから鬼に関する重大な話だって聞いたよ!」

 

 市が真剣な顔をして久遠を見る。

 姉妹だけあってその顔は久遠によく似ていた。

 

「うむ、その話をする前に我の夫を紹介しておこう。」

 

 馬から降りて久遠が祉狼を隣に招く。

 

「華旉伯元、通称は祉狼だ。手紙でも書いた通り例の天人のひとりで本職は医者。たまに鉄砲玉みたいにすっ飛んで行くのが玉に(きず)だがな♪」

「はじめまして。祉狼と気安く呼んでくれ。久遠に迷惑ばかり掛けて済まないと思ってる。」

 

 頭を下げる祉狼を見て、市は興味津々といった笑顔になった。

 

「へえ♪君が祉狼くんか♪わたしは久遠お姉ちゃんの妹で織田市だよ♪よろしくね♪そしてこちらが市の旦那さまで浅井家当主、浅井新九郎長政♪ほら、まこっちゃん♪大きな声で挨拶♪」

「は、はじめましてっ!ぼ、僕は浅井新九郎長政っていいますっ!通称は眞琴っ!よろしくお願いしますっ!お兄様っ!」

 

 眞琴はいかにも緊張しているけど頑張って声を出しているといった感じだ。

 久遠は微笑ましく見守っていたが、祉狼は少し困惑顔をする。

 

「俺の方が年下だよな?お兄様と言うのはちょっと………」

「お兄様は久遠お姉様の旦那様なのですから、僕にとってはお兄様です!それに稲葉山城をたった三人で正面から突破した豪傑!お姉様の手紙を読んだ時から憧れていました!」

 

 眞琴は目をキラキラさせている。それは祉狼達が初めてこの世界にやって来た時の久遠と同じ目だった。

 

「あれで久遠やみんなに心配やら迷惑を掛けてしまったから、(むし)ろ俺にとっては反省すべき事なんだが………」

「祉狼、あれはもう償いが済んだ。それに我を助ける一心で突入してくれたのであろう?我はとても嬉しかったぞ♪今は武勇を誇れ♪」

「そうか?でも、今思えばあれは貂蝉と卑弥呼も居てくれたから出来たと思う。」

「ふむ、であれば…………貂蝉!卑弥呼!」

 

 久遠に呼ばれて漢女二人が前に出る。

 

「はぁい、何かしら久遠ちゃん♪」

「姉妹の語らいの途中ではないのか?」

「二人の話が出たのでな♪我の妹とその夫を紹介しよう。これが妹の市、隣が浅井新九郞長政だ♪」

「あらぁ〜♪はじめまして、わたしが踊り子にして美人看護婦1号の貂蝉ちゃんよぉ〜ん♪」

「私の名は卑弥呼。巫女にして私こそが美人看護婦1号である。」

 

 現れた漢女二人に市と眞琴はポカンと口を開けて見入っている。

 しかし、直ぐ我に返って、なんと目を輝かせた。

 

「す、凄いよ、市っ!僕、こんなに美しくて女らしい所作を初めて見たよっ♪」

「うんっ!それにスゴい凰羅だよっ!ここまで見事に強さと女らしさを兼ね備えるなんて!まこっちゃん、市達も見習わなきゃだねっ♪」

 

「あああ〜〜〜らぁああ♪なんていい子たちなのかしらぁああっ♪」

「がっはっはっはっはっはっ♪うむ、流石久遠の妹とその婿だ♪女らしさを学びたいのならば私が懇切丁寧に伝授してやろう♪」

 

 ひよ子、転子、詩乃、狸狐が顔を突き合わせてヒソヒソと今の市と眞琴の反応について協議し始めた。

 

「(前から思っていましたが、久遠さま達にはあのお二人がどう見えているのでしょうね?)」

「(きっと私達みたいな未熟者には見えない何かが有るんだよ!)」

「(そう言えば双葉様も貂蝉様と卑弥呼様と普通に接していらしたのには驚いたよね。)」

「(幽さまに比べれば分かり易い人達ではあるな。)」

 

 そんな四人はさて置き、久遠は眞琴へ小谷に来た理由を説明する。

 

「我がここに来たのは鬼の事を聞く為だ。」

 

 単刀直入に告げると眞琴と市の顔が真剣になった。

 

「美濃や尾張にも現れますか?」

「うむ、現れる。そしてここから先の話は日の本全土の未来に関わる。」

 

 久遠の顔が戦国武将の物になり、眞琴は無言で頷いた。

 

「ではお姉様、お兄様。部屋の準備は整っていますのでどうぞお寛ぎ下さい。」

 

 寛げる内容とならない事は眞琴も判っているが、間者を警戒する為にこういう言い方をしたのだ。

 一行は眞琴と市に先導されて小谷城の中に有る屋敷へと案内された。

 

 

 

「本題に入る前に、今連れている者達を紹介しておこう。ひよの事は市から聞いていよう。ひよ、ころの事を紹介したか?」

「はい♪ばっちりです♪」

 

 ひよ子がいつものガッツポーズと笑顔で応えた。

 転子が照れくさそうにしている所からかなり褒めちぎった様だ。

 

「ならば詩乃。」

「はい。私は竹中半兵衛詩乃重治と申します。」

「例の『今孔明』だ♪」

「く、久遠さま!その紹介は余りに………」

「良い♪詳細は以前手紙に書いた♪」

 

 眞琴と市が笑って頷いた。

 詩乃としては手紙に何が書かれたのか非常に気になる所だが、今は引き下がる。

 

「エーリカ。」

「はい。私はルイス・エーリカ・フロイスと申します。この度縁がありまして堺で久遠さまと同道させて頂いております。今は祉狼さまを我が主と仰ぎお仕え致しております。」

 

「うわ!異人さんなのに言葉が上手!」

「我が母が美濃明智の者ですので♪母から明智十兵衛という日の本の名も頂いております♪」

 

 市の驚きはエーリカに馴染みのある反応なので余裕の返答が出来た。

 

「成程、しかしお姉様ではなく、お兄様に仕えたのですか?」

「は、はい…………あの………」

 

 エーリカは話して良いのか迷い久遠を見る。

 

「うむ、エーリカ、詩乃、ひよ、ころは我が認めて祉狼の愛妾とした。」

「「え?」」

 

 眞琴と市は耳を疑い、四人を見ると全員が顔を赤らめている。

 

「「ええええええええええええええっ!?」」

 

「この四人だけでは無く、半羽、壬月、麦穂もだ。後、候補として雹子、半羽の娘もおる。」

「そんなに!?」

「壬月と麦穂はまあ、お姉ちゃんと結菜お姉ちゃんが二人の為にそうさせたんだろうって判るけど、半羽もなんて………あ、そう言えば祉狼くんが半羽の命を救ったんだっけ。それでか………」

「詳しい事は後で教えよう。次は田楽狭間の天人のひとり、北郷聖刀だ。」

 

「初めまして♪祉狼の従兄の北郷聖刀です。この仮面は奥さん達と人前では外さないって約束をしてるので、申し訳ないけど許してね♪」

 

 聖刀が一礼してから微笑んで自己紹介をした。

 

「「奥さん達……………」」

「聖刀は国元に百人からの妻が居るそうだ。」

 

「「ひゃ、百人っ!?」」

 

 これももう馴染みのある反応となったので聖刀は笑う事で返事とした。

 

「そしてこの者が聖刀の現地妻、狸狐だ。」

 

 狸狐は緊張した面持ちで深々と頭を下げる。

 狸狐の事も手紙で教えてあるので多くは説明しない。

 『斎藤飛騨』という名前を出さない久遠の気遣いだ。

 眞琴と市もそれを理解して頷いた。

 

「天人の三人目。孟興子度、通称は昴だ。」

「初めまして、お市さま。長政さま。聖刀さまのお側役を努めております。昴とお呼び下さい。」

「あなたが昴なんだ♪聴いてるよ~♪三若と更に黒母衣衆の二人をお嫁さんにしたって♪」

「あはは♪五人とも私には勿体無い子ばかりです♪」

「かわいい?」

「それはもう♪」

 

 昴の惚気(のろけ)に「ごちそうさま♪」と市は嬉しそうに返した。

 

「その子は?」

 

 挨拶の間、女の子達の間で代るがわる抱かれていた美以の事を眞琴が訊いた。

 それにはエーリカが答える。

 

「この子は私が乗ってきた船に迷い込んでしまった者です。私が保護者となって預かっております。美以、ご挨拶なさい。」

 

「美以は南蛮大王孟獲なのにゃ♪」

 

 ふんぞり返る美以を眞琴と市はキラキラした目で見ている。

 

「ちょ、ちょっと抱いてもいい!?」

「い、市!ぼ、僕も!」

 

 母性本能を刺激されて二人は我慢出来ない様子だった。

 

「最後は俺だな。」

 

 眞琴と市が声に振り返るとエーリカが居る。

 室内を見回すが全員挨拶を交わした顔ばかりで声の主が見当たらない。

 ただ、エーリカの頭の上に先程までは無かった人形が乗っていた。

 

「俺の名前は宝譿ってんだ。よろしくな♪」

 

「「…………………………………」」

 

 二人は宝譿とエーリカの顔を交互に数回見る。

 

「………ふ、腹話術というやつですね♪」

「エーリカさんって結構お茶目なんですね♪」

 

「いや、宝譿自らが喋っておるぞ♪付喪神だと思って気にするな♪」

 

「付喪神って所で充分気になるよ!お姉ちゃんっ!!」

 

 

 

 

 自己紹介も終わり、漸く本題に入る。

 

「今回は堺と京を巡り上洛の準備をするのと聖刀を奥方の下へ返す手段の手掛かりを手に入れるのが目的だったのだが、堺で知り合ったエーリカが鬼に関するとんでもない情報を伝えおってな。エーリカ、説明せい。」

「はい。私はポルトガル国王と天主教法王の命を受けひとりの罪人を追跡討伐する為に日の本へ遣って参りました。罪人の名はフランシスコ・ザビエル。鬼を呼び出す術を使う男です。」

 

 眞琴と市は想像もしてない所から鬼に関する話が出てきて驚いていた。

 

「つまり、そのザビエルが鬼を呼び出して使役しているのですね………陰陽師の様な者なのでしょうか?」

「いや、あれより始末が悪い。陰陽師の式神は紙の人型を使うが、ザビエルは人そのものを依り代にして鬼を呼び出すのだ。鬼を倒した者から話を聞いていないか?鬼が塵になる前に人の姿に戻るというのを。」

「ええっ!?そんな話は…」

 

 眞琴は驚くが市は一度俯いてから眞琴に向かって手を合わせた。

 

「ごめん!まこっちゃんっ!市が口止めさせてたの!まこっちゃん優しいから鬼を退治した報告を聞く度に心が押し潰されちゃうと思って………」

 

 市の泣きそうな顔を見て眞琴は一度深呼吸をしてから笑って見せた。

 

「ありがとう、市♪でも、大丈夫だよ。僕も浅井の当主として領民を守る為ならその悲しみを乗り越えるから!」

「………………うん♪」

 

「どうも我ら姉妹は似た者を夫にした様だな。祉狼も二日前に鬼となった人間を殺して悲しみ自失したのだ。」

「もう俺も大丈夫だ!いつか必ず鬼にされた人を元に戻せる様になってみせると心に決めた!」

 

「「鬼を人に戻す!?」」

 

「ああ、祉狼はこの日の本でただひとり、鬼になった者を人に戻せる可能性を持っている。先日倒した鬼も塵にならず人の姿のまま安らかな顔で逝った。鬼として死ぬか、人として死ぬか。自分が鬼にされた事を想像すればどれだけ救われるか判るであろう。」

 

 眞琴と市はエーリカと同様に、祉狼に希望を見出した。

 

「お兄様はやっぱり凄いですっ!僕に出来る事があれば何でも言って下さい!全力でお手伝いしますっ!」

 

 基本体育会系の眞琴は鼻息を荒くして祉狼の手を握る。

 

「ああ♪ありがとう、眞琴♪今はとにかくザビエルの潜伏場所を探すのが重要だ。北近江の状況を教えてくれ。一葉にも伝えないといけないからな。」

「一葉?…………どなたですか?」

 

 眞琴はこの中に『一葉』という通称の人物は居なかった筈だと記憶を探った。

 

「一葉は将軍の足利義輝の通称だ。すまん、知らなかったのか。」

 

 眞琴は祉狼の手を握ったまま目が点になった。

 

「うむ、エーリカの話を聞いてから一葉と話し合った結果。一葉を神輿にして鬼退治の号令を日の本全土に出させる為に上洛するというのが目的となった。」

 

「………お、お姉様まで公方様の通称を呼び捨てで…………」

「?………一葉がそう呼べと言ったからな。」

「一葉は中々に面白い奴だぞ♪眞琴も一度会いに行ってみるが良い♪」

 

 眞琴の中で一葉は剣豪将軍であり、雲の上の人物だという認識だ。

 その人物を普通の友人の様に話す目の前の二人。

 眞琴は混乱しかけた頭を落ち着かせ、久遠と祉狼を一葉の位置まで押し上げる事で納得した。

 

「それで北近江で鬼はどの辺りに出る?」

「あ!は、はい!賤ヶ岳から北の余呉湖や大岩山ですね。小谷山の周辺では現れたと言う報告は入っていません。」

「デアルカ………美濃では北西から来ると聞いている。小谷近辺を通過していないならば、やはり越前からとなるな………眞琴、朝倉義景に今の鬼の話を伝える事は出来るか?」

「それは可能ですが、今の話だけを僕が伝えて信じて貰えるかどうか………」

「眞琴様!今の話はまだほんの一部に過ぎません!」

 

 エーリカが身を乗り出して眞琴に迫る。

 

「ザビエルが人を鬼にする方法は判っている限りでも、薬を使い外法を施して人を鬼に変える!鬼に殺された者に外法を施してまた鬼にする!鬼が女性を襲って鬼の子を孕ませ生ませるのです!」

 

「エーリカ、落ち着け!ザビエルの姿絵を持っておったであろう。あれと同じ物を絵師に描かせよう。」

「その様な物が有るのですか!?」

「は、はい………こちらになります。」

 

 エーリカの取り出したザビエルの姿絵を見て眞琴は大きく頷いた。

 

「これはいいですね。義景姉さまもこれを見れば信じてくれる可能性が大きくなります。直ぐに写を描かせる手配をしましょう。」

「うむ、苦労。我も一葉に江北の現状を知らせる手紙を書く。そうだ、眞琴に書かせるかもしれんと言っておいたからどうだ?一葉に会った時に通りが良くなるぞ♪」

「え?あ、ありがとうございます!お姉様♪」

 

 これでひと先ず小谷に来た目的は達せられた。

 

 

 

 

「さあ、堅苦しい話はこれで終わりだよね!市は宴会の準備をしに…………っと、その前にお風呂の用意をしてあるから案内するね♪」

 

 市が用意をさせた浴場は三ヶ所。

 当初は久遠と祉狼を二人きりで入れる計画だったが、ひよ子達が愛妾となったと判った今、割り振りを決め直した。

 先ずは普通の大きさの湯殿に聖刀と狸狐を案内した。

 

「(狸狐、百人の奥さんに負けないよう頑張って♪)」

「(は、はい!)」

 

 市が耳打ちで囁いた言葉に、狸狐は感謝して頷き脱衣場へ入った。

 次に一番大きな浴場へ祉狼、久遠、ひよ子、転子、詩乃、エーリカを案内する。

 

「全員祉狼くんの奥さんなんだから問題ないよね♪」

 

 そう言って返事も聞かずにその場から立ち去った。

 最後に貂蝉、卑弥呼、昴、美以、宝譿を案内する。

 

「(昴には申し訳ないけど今日は我慢して。和奏達と来た時はちゃんと一緒に入れる様にするから♪)」

「(お気遣いありがとうございます♪)」

 

 昴は笑顔で応えたが、内心貂蝉と卑弥呼が一緒なので冷や汗を流していた。

 美以が居るので差し引き零なのがまだ救いだ。

 

「昴ちゃんとお風呂に入るなんていつぶりかしらぁ〜ん♪」

「うむ、しっかり成長して………あまりしておらんな…………」

「ぎゃああっ!どこ見て言ってんですかっ!いえ、言わなくていいです!」

 

 昴は美衣を抱き締めて貂蝉と卑弥呼への防壁とした。

 頭に宝譿を乗せ背中を湯船に着けて防御は完璧である。

 

「昴のおっぱいペッタンコなのにゃ………」

 

 美衣が悲しそうにペタペタと昴の胸を触る。

 

「ほれ、美衣も憐れんでおるぞ。わしらの様にもっと鍛えい。」

「美衣ちゃ〜ん♪わたしのおっぱいはど〜お♪」

 

 迫る大胸筋に美衣は怯えて毛を逆立てた。

 

「昴ちゃんったらぁ、小さい頃はよく一緒にお風呂に入ったのにぃ~」

「うむ、あの頃の昴、祉狼、聖刀は実に可愛かった♪今も可愛いがの♪がははははは♪」

 

「そんな事は忘れました。私の小さい頃のお風呂の記憶は、まだ幼女だった頃の眞琳さま方に身体を洗って頂いた素晴らしい記憶だけです。」

 

 その経験がインテリの遺伝子を目覚めさせたのかも知れない。

 

「ところで、貂蝉様、卑弥呼様。ザビエルという男の姿絵が、吉祥さまの水晶玉で見た于吉にとても似ていると思ったのですが………」

「昴ちゃんも気が付いたのねぇ………あれは于吉ちゃんの分身よ。」

「堺で出会ったばかりの時のエーリカはあやつに取り憑かれておった。わしと貂蝉で追い払い守護の印を施したので、今のエーリカは普通にこの外史の住人と変わらん。」

「ああ、エーリカさんに初めて会った日の宴会の時ですね。何か雰囲気が変わったと思ったら…………ちょっと待って下さいよ、師匠。その言い方、もしかしてエーリカさんって管理者だったんですか?」

「むむむ!何という誘導尋問!腕を上げたなっ!」

「なぁ〜に言ってるのよん。卑弥呼が勝手にくっちゃべっただけじゃないのぉ〜?」

「いや、どさくさに紛れて近寄らないで下さい。」

 

「なんか面白そうな話だけど、俺が聞いちまってもいいのか?」

 

 昴の頭の上の宝譿が腕をパタパタさせていた。

 

「んふふ♪いいオトコはお口が堅いものよ~ん♪」

「宝譿、お主は素質が在るぞ。興味が有るならいつでも管理者への道を開いてやろう♪」

「気が向いたらな。」

 

 そう言うと宝譿は昴の頭の上から湯船の中へと飛び込んだ。

 昴は自分がバランスを崩したのかと思い慌てて拾い上げようとしたら、宝譿はお湯の中を自分の意志で移動して行く。

 どういう原理で推進しているのかは解らないが宝譿は泳ぎを楽しんでいるらしい。

 

「ホウケイちゃんったらカワイイわねぇ~♪」

「小さいのに元気だのう♪」

 

「だから何でこっちを見て言うんですかっ!って言うか見ないで下さいっ!!」

 

 

 

 

「ほら、狸狐♪こっちにおいで♪」

「そ、そうですか?………で、では失礼します………」

 

 湯船の中で狸狐招き寄せ、聖刀は自分の足の上に狸狐を座らせた。

 聖刀に背中を預ける様にした狸狐は嬉しくて胸が高鳴っている。

 

「狸狐は鬼が何処まで勢力を伸ばしていると思う?」

 

 唐突に訊かれて戸惑ったが、素直に自分が考えていた事を口にする。

 

「そうですね………久遠さまが言う通り、京の北と東に群れが有るのは私も同じ意見です。そして美濃の北西に現れる鬼は越前からと仰ってましたが、私は若狭も候補に入るのではと思いました。」

「いずれにせよ群れがもうひとつ存在している可能性が在るって事だよね。鬼が美濃に現れ始めたのは一年くらい前って詩乃ちゃんが言ってたけど、それじゃあその群れはその頃から数を増やしていたって事だ。」

 

 狸狐は聖刀の言いたい事が判った。

 この北近江では散見される程度だが、越前や若狭で鬼が増え続けていたとしたらそれは既に群れと呼ぶ規模を超えているのではないかと。

 

「鬼は女性を襲って鬼の子を孕ませるってエーリカちゃんが言ってたけど、どれくらいで生まれるんだろう?人間と同じなんだろうか?その鬼子の成長速度は?…………あれ?」

 

 狸狐がどうしたのかと聖刀に振り返る。

 その顔は仮面に隠されているが、仮面から覗く目に深い思慮の色を見て邪魔しない様にじっと聖刀の言葉を待った。

 

「雌の鬼……っていうか、女性が鬼になった姿って見た覚えが無いんだけど、狸狐は女性型の鬼の報告を聞いた事有るかい?」

「い、いいえ!有りません!」

「襲われた村の状況を詳しく聞いてみないとはっきりとは言えないけど、もしかしたら人の姿のままじゃなければ鬼の子を産む事が出来ないのかも!そして鬼の数を増やす為に連れ去られているんじゃないのか!?」

 

 狸狐は人間の女性が集められて、牝馬の種付けの様に鬼の子を産む為に飼われている姿を想像した。

 それは余りにも(おぞ)ましく、湯の中に居るのに背筋が凍り身震いした。

 

「ごめんよ………怖がらせてしまったね………」

 

 聖刀が優しく狸狐を抱き締める。

 先程感じた怖気が溶けて、安心感が心を満たして行く。

 

「聖刀さま………今は二人きりです………面を………」

 

 狸狐の頼みに応えて聖刀が仮面を外して素顔を晒した。

 華琳の強さと一刀の優しさを兼ね備えた貴公子と呼ぶに相応しい美貌が現れる。

 狸狐は陶酔した面持ちで聖刀の唇に口づけをした。

 

(今だけはこの日の本で私だけが聖刀さまの妻なのだ…………聖刀さまと一緒にかの国へ行けば私は愛妾の最下位…………だから今だけは…………)

 

 

 

 

 その戦いは脱衣場から既に始まっていた。

 

「ええっ!?一緒にお風呂へ入るのですか!?」

 

 エーリカは顔を隠す様に両手を頬に当てて驚いた。

 

「何を今更。我が許した直後に祉狼と契った破戒坊主のくせしおって、夫と風呂に入るのが恥ずかしいのか、金柑!」

 

 自分も最初は覚悟を決めるのにかなりの度胸が必要だったのに、祉狼と風呂へ入るのにすっかり慣れた久遠は自分の事を棚に上げて、エーリカが恥じらうのを楽しそうに揶揄する。

 しかし、エーリカが恥じらっている理由は久遠が思っていたのとは少し違っていた。

 

「異性の前は勿論、同性でも人前で裸になるのは恥ずべき行為だと神は仰っています!」

 

 それは古代ローマの風呂文化が廃れた原因である天主教の教えだった。

 

「金柑、現地の文化と折り合いを着けて教えを広めるのが宣教師ではなかったのか?日の本には『裸の付き合い』という言葉が有る。詩乃、説明してやれ!」

 

「はい。エーリカさん、共にお風呂に入るというのは無防備な状態を相手に晒し、お互いを信頼しなければ出来ない行為です。」

「そ、それは……………言いたい事は判りますが、私は母からも大和撫子は無闇に肌を晒してはいけないと教えられました。」

「それは異性に対してですよ。私だって祉狼さま以外の男性に裸を見られるのは嫌です。逆に祉狼さまには全てを包み隠さず晒し、信頼の証としてお風呂をご一緒したいと思いませんか?私もまだ裸を見られるのは恥ずかしいですけど『お風呂は神聖で特別な場所』だと思えば、不思議と自然に振る舞えますよ♪」

 

 詩乃の意見に転子が付け足す様に続いた。

 

「女同士でも久遠さまとお風呂に入るのは身分違いで気が引けるんですけどね♪」

「同じく祉狼を愛する女同士だ。普段は周りの目も有るから気安く語る事も出来んが、風呂ではそんな(しがらみ)からも解放されて腹を割った話が出来る。まあ、まだ遠慮は有るが普段と比べれば数段は気安くなるな♪」

 

 久遠の言葉に日の本で早く打ち解ける為の方法なのだと納得出来た。

 エーリカは祉狼の為にも妻同士が仲良くならなければとも思っていたので覚悟を決める。

 

「判りました。郷に入っては郷に従うと、これも母から教わった言葉です。皆さんとお風呂をご一緒させて頂きます!」

 

「エーリカさん、そんな戦に向かうみたいに気張らないで、もっとのんびりしましょう♪」

 

 ひよ子のポワポワした雰囲気にエーリカの緊張も少し解れて、自然な微笑みが浮かんだ。

 

「よし♪待たせたな、祉狼♪」

「いや、エーリカの事がまたひとつ知る事が出来たから問題ない♪」

「そうかそうか♪お、そうだ♪我が祉狼の服を脱がせてやろう♪」

「は?何を言ってるんだ?子供じゃないんだから服くらい自分で脱げる。俺の事より久遠も早く服を脱いだ方がいいんじゃないか?」

「何だ、祉狼?そんなに我の裸が早く見たいのか♪」

 

 久遠はいたずらっぽい顔で祉狼を見る。

 

「早くしないと折角の風呂が冷めてしまうぞ。」

 

 相変わらずの朴念仁ぶりに女性達は笑って服を脱ぎ始めた。

 ひよ子がエーリカの服の下から出て来た身体を見て、その見事さに声を上げそうになったが、ここで何か言って風呂に入るのを止めると言い出すかも知れないと思い、浴場に入るまで何も言わない様に我慢する。

 全員が服を脱ぎ終わり、浴場に入った所で早速ひよ子がエーリカに声を掛けた。

 

「エーリカさんやっぱりずるいですよぅ!そんなに素敵な身体してるなんて!」

「え!?」

「ふっふっふっ♪金柑、ここからは無礼講だ♪ふむ、確かに見事な乳をしている。大きさは結菜と同じくらいは有るな♪」

 

 久遠は身体を隠さず堂々とした態度でエーリカの乳房を観察した。

 それに倣う様にひよ子、転子、詩乃もエーリカの身体をシゲシゲと眺め始める。

 

「乳首の色が本当に桜のつぼみみたい…………」

「正に『白人』ですね………肌の色が透き通る様に白くて羨ましいです。それにこの乳房はやはり圧巻ですね………」

「詩乃ちゃんはまだいいよ………私なんかぺったんこなんだから………」

「私とひよではそれこそ団栗の背比べですよ………悲しくなるから言わせないで下さい………」

 

 エーリカは顔を真っ赤にして狼狽えて助けを求め祉狼を見ると、祉狼は暢気に掛け湯をして身体を洗っていた。

 従姉妹や伯母達と風呂に入った時は必ず似た様な光景を見たので、これが普通なのだと祉狼は思っている。

 

「メィストリァ!た、助けてください!」

「め………とり?」

 

 初めて聞くポルトガル語に久遠達は首を捻った。

 その隙にエーリカは祉狼の背中に縋り付く。

 

「ん?助けろと言われても、みんなエーリカと打ち解けたいだけなんだから、エーリカも同じ様にすれば良いと思うぞ♪」

 

 背中にエーリカのおっぱいが押し付けられても、まだスイッチの入っていない祉狼は笑うだけだった。

 

「おい、祉狼。金柑にはマッサージと例の氣を送り込むのをしたか?」

「いや、マッサージはしてやる機会が無かったし、氣の方もエーリカが拒んだからしてないが………」

「成程、それで翌日の金柑はガニ股気味だったのか♪」

「が、がにまた?」

 

 エーリカも初めて聞く単語に首を捻る。

 

「エーリカさん、氣の治療なしでよくお頭のに耐えられましたね………」

「それは………」

 

 転子の言わんとする意味は何となく判った。

 

「私は氣で治療してもらったのに三日くらいは何か挟まってる気がして大変だったよ……」

 

 ひよ子が股間を押さえるので何を言っているのか直ぐに理解した。

 実はエーリカもまだ同じ違和感を股間に覚えていたからだ。

 

「祉狼、エーリカの腹に例の氣を当ててやれ。我ら四人でエーリカにマッサージをしてやる♪」

「マッサージなら俺が…」

「よい。祉狼は氣だけを当てて、風呂で疲れを取るがいい。これは我らがエーリカと打ち解ける儀式みたいな物だ♪」

「そうか、判った。」

 

 祉狼は素直に信じてエーリカの臍の下に手を当てて氣を送り込んだ。

 

「え!?あ………お腹が温かい………」

 

 破瓜の後の違和感が薄れて行く感覚にエーリカは少し寂しさを感じた。

 

「よし♪金柑、こっちへ来い♪」

 

 久遠がエーリカの手を掴んで洗い場の中央へ引きずって行く。

 祉狼は久遠の言葉を信じて湯船に入りひとりでお風呂を堪能し始めていた。

 

「これは祉狼の妻となる通過儀礼だ♪我ら全員が同じ目に遭っているのだからお前も味わえ♪祉狼とどんな事をしたか、全て白状するまで止めんからな♪」

 

「メィストリァァアアア!た、たす………けてぇえぇ………」

 

 祉狼も流石に様子がおかしいと思い、湯船から上がって五人の所へ向かう。

 その時、浴場の外から狸狐の嬌声が聞こえて来た。

 

『へぁああああああああああぁぁぁ♥』

 

 聖刀と狸狐の案内された湯殿はここから少し離れた場所に在る筈なのに、その声はかなりはっきり聞こえ、五人の女の子達はそれが狸狐の声だと判った。

 

『あ、ああああぁぁぁあああああああああっ♥』

 

 更にもう一度聞こえた時、目の前に祉狼の裸を見て五人はスイッチが入ってしまった。

 

 

 結局、久遠が今日は祉狼を休ませようという考えはあっさり崩れ去ったのだった。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

今回もポルトガル語で苦戦しましたw

Eu te amo エゥ・チ・アモ  

英語のI love you と同じ意味です。

Sim! O meu mestre! シム!オ・メゥ・メィストリァ 

こちらはYes! My master!

おかげでエーリカが何だか某腹ペコ騎士王のイメージに引っ張られそうでした。

いつか祉狼に敬称を付けずに呼ぶかも知れませんw

 

烏:完全に無口なキャラなので演技が大変です。原作では登場する度に癒されました♪

雀:烏の分も喋るので台詞量が増えそうですw次に昴と会った時は美味しくいただかれちゃうと思いますw

市:流石に祉狼を「お兄ちゃん」と呼ぶのは無理が有ると思ったので「祉狼くん」にしました。次回は祉狼と手合わせさせようと思っています。

眞琴:原作をプレイしている時は何だか影の薄い子という印象でしたが、自分で動かしてみると意外と萌え要素が多い事に気が付きました。何だかとても白蓮臭がするので活躍させてあげたいキャラですねw

 

Hシーンを追加したR-18版はPixivに投降してありますので、気になる方そちらも確認してみて下さい。

http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5531822

 

次回は小谷城~美濃~長久手の予定です。早く綾那を出したいです♪

 

 

 


 
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