No.78362

恋姫✝無双 偽√ 第七話

IKEKOUさん

前回の投稿からずいぶん時間が空いてしまいましたが偽√の第七話を投稿したいと思います。

ひとつ質問させていただきたいのですが原作で風と稟、星は敵同士にも関わらず真名を呼んでいるのですがそこのところどうなっているのでしょうか?

誤字、おかしな表現がありましたらご報告お願いします。

2009-06-11 00:44:55 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:19590   閲覧ユーザー数:14222

 

 それから俺と霞は楽しく運ばれてきた料理を食べ始めた。

 

 

「俺がこれから言うことは他言無用にしてもらいたんだけど、いいか?」

 

 

「どうしたんやいきなり?」

 

 

「他の人に聞かれるとかなりやばい話なんだ。徐州を攻める口実を与えることになりかねないくらい」

 

 

「一刀、ウチが魏の将軍だってこと忘れてるんと違う?ウチは天下を狙う曹孟徳の部下なんやで」

 

 

「それでもこの話を聞いて欲しいんだ。これを聞いたらきっと霞もわかってくれると思うんだ」

 

 

「保証はでけへんで」

 

 

「月、詠、恋、音々」

 

 

「っ!?なんで一刀がそれを知ってるんや!?」

 

 

「誰にも言わないと約束できるか?」

 

 

 霞はなにも言わずに首を上下に動かした。

 

 

「皆生きてる、徐州にいるよ」

 

 

「ほんまか!!」

 

 

 霞は料理がこぼれることも気にせず身を乗り出して俺の両肩を掴んだ。

 

 

「本当だよ。反董卓連合で洛陽に俺たちは一番早く入城して月と詠を見つけて保護したんだ。皆は反対したんだけど俺にはどうしても見捨てられなかった。それで二人は名前を隠して俺の侍女したんだ。二人は無事に生きてる」

 

 

「そうか…よかったなぁ月も詠も無事なんやな」

 

 

 霞の眼が少しうるんでいるように見える。

 

 

「恋と音々は袁術と組んで徐州の攻め込んできた時に説得して仲間になってもらった」

 

 

「恋も音々も無事やったんやな。やっぱりウチの眼に間違いはなかったわ。一刀はほんまにええ男や」

 

 

「そうかな?自分ではわからないよ。愛紗には甘すぎるっていつも怒られてたからな」

 

 

「そこが一刀のええ所なんやろ」

 

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 

「ほんま今日はいろいろあったなぁ」

 

 

「…そうだな」

 

 

 二人の間を沈黙が包む。

 

 

 

 

 

「そこにおられるのは霞様ではないか?」

 

 

「ほんまや」

 

 

「ほんとなの。霞様~」

 

 

 突然後ろの方から声が聞こえた。

 

 

「ん?凪に真桜、沙和までどうしたんや?」

 

 

「いえ、午前中の警邏が終わりましたので昼食でもと思いまして。…それよりも霞様と同席している男は」

 

 

「今日の朝に見たやろ?今日からウチらの陣営に加わった天の御遣い北郷一刀や」

 

 

「おい霞。その天の御遣って言うのやめてくれないか?俺はそんな大層なものじゃないからさ」

 

 

 そう言った瞬間、1つの影が走った。俺が言葉を発する前にその影は懐に潜り込んできた。尋常じゃない殺気を感じる。

 

 

「なぜお前が張将軍の真名を口にする?返答次第ではお前を殺す」

 

 

「凪、やめぇ。一刀にはちゃんとウチから真名を預けるって言うたんや。やからそんなに怒らんでもええ」

 

 

「そ、そんな…。こんな自分の命大事さに国を捨てるような男が霞様の信用に足る男だとは到底思えません」

 

 

「そうやそうや~」

 

 

「そうなの~」

 

 

 後ろの方にいた二人も銀髪の女の子と同じ意見のようで霞に批判の声をあげた。

 

 

「ウチはウチの判断で一刀が信用に足る、真名を預けれる男やと思うたからそれに従っただけや」

 

 

「ほ、本当ですか」

 

 

 霞は盃を呷って首肯した。それを見て懐に潜り込んでいた女の子は構えていた拳を離した。

 

 

「人にはそれぞれ事情ってもんがあるんや。ただ表面上の行動を批判することは誰にでもできる。将たるもの広い視野をもってまわりを見渡すことが大切や、憶えとき」

 

 

「霞、話をしてるところ悪いんだけどこの娘たちは誰なんだ?警邏とか言ってたけど」

 

 

「あぁ、この三人は街の警邏隊の小隊長をしてるんや」

 

 

「そっか。曹操から聞いてるよ。それと俺、明日から警邏に随伴して街の様子を見て回らないといけないんだけど警邏隊の隊長ってどこにいるの?」

 

 

「ここにおる三人が警邏隊の小隊長やってて隊長っていないんよ。三人合わせて隊長って感じになるなぁ」

 

 

「そうなんだ」俺は曖昧に頷く、三人まとめて隊長ってのにピンとこなかった。

 

 

「って言うても実質は凪が隊長みたいなもんやな。凪は生真面目で仕事もちゃんとこなすのに比べて、後の二人は…」

 

 

「姐さん、そりゃないで~。ウチらもちゃんと仕事しとるで」

 

 

「そうなの~」

 

 

 くせっ毛を二つ結びにした女の子とメガネをかけた女の子が霞に対して抗議の声をあげる。

 

 

「ホンマのことやろ?真桜も沙和も自分の趣味に没頭しとるやんか」

 

 

「話の腰を折って悪いんだけど、名前を教えて貰っていいかな?」

 

 

「「「……」」」

 

 

 銀髪の女の子は敵意を隠そうともせずに俺を睨みつけ、後の二人は疑わしげに俺を見ている。

 

 

「別に取って食おうってわけじゃないよ。俺も曹操の幕下に加わることになったんだ名前ぐらいは知ってないと不便だろう?もう知ってるとは思うけど俺から先に名のらせてもらうよ。俺の名前は北郷一刀、真名はない。世間では天の御遣いなんて呼ばれてる。これでも教えて貰えないかな?」

 

 

 極力相手を刺激しないように笑みを浮かべながら話した。

 

 

「「「……」」」

 

 

 それでも三人の警戒が解ける様子がない。俺は苦笑いしながら霞の方を見た。

 

 

「しゃあないな。別に一刀も真名を教えろって言うてるわけやないんやから名前ぐらい教えたってもええやろ?」

 

 

 霞は諭すように三人に言って聞かせる。

 

 

「…楽進」

 

 

 銀髪の女の子が始めに答えた。

 

 

「李典や」

 

 

 二人目は二つ結びの女の子。

 

 

「于禁なの」

 

 

 最後にメガネをかけた女の子が答えた。

 

 

「ありがとう。いきなり今日から仲間だなんて言っても信用してくれないだろうけど自分なりに曹操の為にやっていくつもりだから。これからよろしく頼む」

 

 

 深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 顔を上げてみると三人は明らかに驚いていた。さっきまで敵意をむき出しにしていた楽進でさえも戸惑いの表情を浮かべていた。

 

 

「ん?どうしたんだ??」

 

 

 その様子に俺は何か悪いことでもしたのかと思い、こっちまで戸惑ってしまった。

 

 

「そりゃ当然こうなるわな」

 

 

「霞?」

 

 

「いままで一国の総大将やってた人間が一介の武将にすぎない凪たちに頭を下げたんや。驚くのも当然やろ」

 

 

「なに言ってるんだよ。もう俺は曹操の幕下の一人にすぎないんだから気にすることないだろ?それに俺は権力とかそう言う類のモノに興味はないし、野心なんてものは端っから持ち合わせてないよ。劉備達の主人をやってたのも俺は担がれたにすぎない大義名分を劉備達が得るためにね」

 

 

「ははっ、やっぱ一刀は面白いな。ウチの目に狂いはなかったみたいや。なぁ凪、真桜、沙和、面白い男やろ一刀って?」

 

 

 霞は三人に問うが黙り込んでしまって答えない。

 

 

「なんだよ霞、わけがわからないぞ」

 

 

「別に馬鹿にしてるわけやあらへん。ウチが一刀を気に入ってるってだけや」

 

 

「ん、そうなのか…?」

 

 

 なんとなく所在なくなり三人の方を見た時に曹操に言われたことを思い出した。

 

 

「あぁ、そういえば。李典って君で合ってるよね?」

 

 

「え!?ウチ?」

 

 

「そうそう、ちょっと話ときたいことがあってさ」

 

 

「かまへんけど…」

 

 

 なかなか警戒はとけてくれないみたいだ。

 

 

「ここに来る前に曹操に言われたんだけど俺の未来の知識を使っていろいろ物を作る時に君に協力して貰って場所は工房を使えってさ」

 

 

「兄さんってそういうの得意なんか?」

 

 

「ごめん、俺に物を作る技術はないから知恵を出すしかできないんだ。だから俺は顧問に任命された。それで実際、作る方を頼みたいんだけどいいかな?」

 

 

「他人にウチの工房に入られんのは気乗りせぇへんけど曹操様の命令ならしゃあないか」

 

 

「嫌なら俺から曹操に頼んでもいいよ。別に君の名前は出さないから迷惑はかけない。あれじゃ狭すぎるとか適当に言い訳しとくから」

 

 

「…兄さん、それホンマに言うてるんか?」

 

 

「当然だよ、俺は人の嫌がることはしたくない。無理やり人の行動を縛ったり意思を捻じ曲げたりするのは嫌い、と言うか俺にはできない。特にその人が信念を持ってることや好きなことに口出ししたくないしされたくないと思ってる」

 

 

 話している間に脳裏に浮かんだのは数刻前まで自分の前にいた少女だった。沸々と湧き上がってくる黒い感情を抑え、頭を左右に振ってそれをかき消した。

 

 

 それに気づいたのか霞は苦笑いを浮かべてこっちを見ていたので、無理やりに笑みを浮かべて「大丈夫だ」と目で伝えた。

 

 

「「「??」」」

 

 

 俺と霞のやり取りの意味がわからなかったらしく三人は怪訝な表情をしている。

 

 

「それで李典どうだ?」

 

 

 気を取り直して李典に問いなおした。

 

 

「え、なに??」

 

 

「だから李典の工房を使う件は曹操に頼んでやめてもらうって話」

 

 

 

 

「…ええよ。ウチの工房を使こうても」

 

 

「ま、真桜!?」

 

 

「え~!?なんでなんで??」

 

 

 楽進も于禁も驚愕したように真桜に向かって叫ぶ。

 

 

「ええんや」

 

 

「でも、どうして!この男は我が身大事に仲間を裏切ったんだぞ!そんな奴に真桜の工房を使わせてやるなんて」

 

 

「凪ぃ、それ本気で言ってるんか?」

 

 

「当然だ!」

 

 

「ウチはこれでも曹操軍の将をやってる身なんや、それなりに人を見る目はあるって自負してるつもりや。今話してみてウチには北郷一刀が悪い奴には見えへんし、思えんかった。それだけや」

 

 

「…それでも私はこの男を信じることはできない。こいつが仲間を裏切ったことは疑いようもない事実だ」

 

 

 李典と楽進は互いの眼を見つめ合っている。偽りがないか確かめ合うように。于禁はその様子をおろおろしながら見ていた。

 

 

 俺はそれを見ていられなくなって李典に声をかけた。

 

 

「李典、ホントにいいのか?」

 

 

「ええよ。ウチも未来の技術ってのにも興味あるし」

 

 

「そうか、ありがとう」

 

 

 感謝の意を述べながら笑みを浮かべた。

 

 

「あ、ひとつ言い忘れてたんだけど作った物の成果如何で正式に大規模な研究所も用意してくれるってさ。曹操が言ってた」

 

 

「ホンマ!?」

 

 

「あぁ、確かにそう言ってたよ。なんなら曹操に直接聞いたらいい」

 

 

「そうなったら自分の好きに使ってええんやな??」

 

 

「た、たぶんね」

 

 

「う~ん、大規模っていうくらいやから工具も資金も充実してるんやろな~。……」

 

 

 李典は完全に自分の世界に入ってしまっている。

 

 

 

 

「おい真桜!」

 

 

 

 

 それを断ち切ったのは楽進の声だった。

 

 

「はっ!?」

 

 

「そろそろ午後の警邏の時間だ。行くぞ」

 

 

「「え~」」

 

 

「え~じゃない!」

 

 

「「りょうか~い」」

 

 

 楽進は二人を引きずるように出口に向かう。

 

 

(あんなに細身でどれだけ力が強いんだよ…)

 

 

 そして俺の横を通り過ぎる瞬間、

 

 

「真桜に変なことをしたらただじゃおかない」

 

 

 そういって店を去っていった。

 

 

 それを見送ってから霞と顔を見合せた。

 

 

「なんだか嫌われちゃったみたいだな」

 

 

「まぁ、どうにかなるやろ」

 

 

「そうかな?」

 

 

「凪もまだ一刀のことをちゃんと知らないだけや。凪はすごくええ子なんやで。ちょっと真面目過ぎるけどな」

 

 

「そっか、頑張ってみるよ」

 

 

 

 それから俺と霞は酒と料理を楽しんでから別れた。

 

 

 

 

 

 時刻は夕刻、俺は城内に戻って探索していた。どの部屋がどこにあるかを知りたいと思ったからだ。

 

 

 出会った人に重要な場所や立ち入り禁止の場所などいろいろ尋ねて回っていた。

 

 

「それにしても広いなぁ」

 

 

 思わず呟いてしまったがそれくらいこの城は広い。流石は曹操の居城だけはあるか。

 

 

 歩き疲れて中庭で休んでいたところ、見知った顔がこちらの方に歩いてきているのが見えた。

 

 

「あら、お兄さんでしたか。ここでなにを?」

 

 

「あぁさっきまで城内の探索をしてたんだけど、この城広くってさ疲れたんで休んでたところ。それで程昱ちゃんはどうしてここに?」

 

 

「お兄さんの姿が見えたから来たんですよ」

 

 

「そっか。でもまだ仕事が残ってるんじゃないか?」

 

 

 当然の疑問だった。魏とは比べることもできないくらい小さな徐州で朱里と雛里は夜遅くまで仕事をしていたことを憶えている。

 

 

 いくら人材が多いと言ってもこれだけの領土があれば処理しなければいけない事項も山ほどあるだろう。

 

 

「ぐぅ~」

 

 

「寝るなよ!」

 

 

 思わずつっこんでしまった。

 

 

「それでお兄さん、もう城内はすべて見て回ったのですか?」

 

 

 完全にはぐらかされている。まぁ俺が心配するようなことではないんだろうけど。

 

 

「う~ん、頻繁に行きそうな所はあらかた行ったつもりだよ。それにしてもこの城は大きいな。移動が大変じゃないか?」

 

 

「そうでもないですよ。道順を憶えてしまえば近道もできますし。話は変わりますが風はお兄さんに話さないといけないことがあるのです」

 

 

 

 

 

 なんだろう?

 

 

 なんてことは思はない。魏の大軍師が俺なんかに用もないのに声をかけるわけがないからな。

 

 

 可愛い容姿をしていたとしてもこの子の頭の中は膨大な知識、策謀が渦巻いているのだ。

 

 

警戒しながらも程昱ちゃんが話すのを首肯で促した。

 

 

その顔は今まで見たことがないほど真剣だった。

 

 

「先日の宴での策を考え、立案したのは全部風です。お兄さんがこんなことになってしまったのも全部風が…。っ!?」

 

 

 程昱ちゃんの発言は衝撃的、そうとしか表現できなかった。よくよく考えてみればあれほど大きな宴、曹操一人の意向で催されるわけがない。となればそれは複数の人間が関わっているのは当たり前だ。

 

 

 夏候惇、夏候淵はそれを知っていたはずだ。それでも二人はあくまでも武官であって戦場でもなければ策を弄したりはしないだろう。そう考えればまず始めに浮かぶのは魏の三大軍師、荀彧・程昱・郭嘉、この三人だろう。

 

 

 程昱と郭嘉は最近幕下に加わったとなれば一番疑わしいのは荀彧だろう。

 

 

(俺は曹操を甘く見過ぎていたのか?)

 

 

 いくら生え抜きの軍師と言ってもすでにこれほど重用しているなんて…。

 

 

 ふと俺は程昱ちゃんの方を見てみる。彼女は眼をギュッと閉じて肩を震わせている。その幼ささえ残す顔はこれでもかと強張っていて眼尻には涙が滲んでいた。まるで親に叱られている幼子のように見えた。

 

 

 涙?

 

 

 不思議に思い何事かと周りを見る。それほどまでに罪の意識があったのかと考たが俺から見て右側を見た時に得心がいった。

 

 

 それは肌色の物体で何を我慢しているかふるふると震えていた。“それ”の先端は固く閉じられて、あまつさえ筋すら浮かべていた。

 

 

 その物体を辿っていくと“それ”は俺の肩につながっていた。

 

 

 言うまでもなく俺の腕だ。

 

 

 振り上げられた拳は目の前にいる少女を嬲ろうと今か今かと待っていた。空いている左手で自分の顔を触ってみる。

 

 

 ひどく強張っているのがわかる。眉間には皺がより、こめかみには青筋も浮いていた。

 

 

こんな表情を俺はしているのか?

 

 

こんな状態になっている俺が自分自身でも信じられなかった。生まれて初めてのことだった。

 

 

怒りとは我を忘れるものだとどこかで聞いたことがあるけど、俺の場合は違うのか。体とは裏腹に心はそれほど乱されてはいない。むしろ客観的に自己を分析している自分がいる。

 

 

ここでこの少女を殴り飛ばしてしまえば刹那の満足をあることはできるだろう。だけどもう一人の俺が言う。

 

 

(それでどうなるっていうんだ?)

 

 

 確かにそうだ。ここで何をしようとも何の解決にもならない。

 

 

 そして俺は感情を理性で押さえ込み、固く閉じられた拳を開いた。頭を軽く振り、顔の筋肉の強張りを解きほぐす。

 

 

 開いた掌を未だ眼をつぶり震えている少女の頭に載せる。

 

 

「お、お兄さん?風を叩かないのですか?」

 

 

 程昱は声を喉から絞り出すようにして言った。状況が違えばそれはとても愛らしく庇護欲を誘うに違いなかったが、今の俺にはそんな余裕はなかった。

 

 

「しょうがない」

 

 

 小さく一言だけ呟く。目の前にいる相手にすら届いていないかもしれない。そのくらいの声で。

 

 

 この声は一体誰に宛てたものなのだろうか?

 

 

 今目の前にいる少女か?それとも自分自身か?

 

 

 たぶん両方だろう。なぜかその一言で力が抜けたような気がした。このあと俺がやるべきことは…。

 

 

 程昱は罪悪感なのかどうかはわからないが俺に事実を伝えてくれた。結果、自分がどうなるかを知ったうえでだ。

 

 

 それに対しなにも反応を返さないのはあまりに酷だろう。

 

 

「君が俺に言いたかったことは理解したよ。それで素直にそれを教えてくれたことには感謝してる。…今は乱世だ。何が起きても不思議じゃないし、それに不満を言ってもどうにもならないんだ。わかってる」

 

 

「……」

 

 

 程昱はなにも答えず、俺の言葉を待っている。彼女が聞きたいのはただ一言だけ、それもわかってる。

 

 

「許す」

 

 

 ただそれだけだ。

 

 

 けれど俺の口からその言葉を発することは躊躇われた。それを言ってしまえば曹操までも許してしまう、そう思った。

 

 

「君が望んでやったことじゃないんだろう?だったら俺は君に対して怒りをぶつける理由はないよ」

 

 

 俺の口から出たのは玉虫色の答えだとした言いようがなかった。言い換えれば君はただ曹操の命令を実行しただけ、悪いのは全て曹操だ。

 

 

 

 そう言っていたのだ。

 

 

 

 俺はなんて卑怯なんだろうか。一人の少女を救いたいがために悪は一人だと言い張る。こんなのはただの偽善でしかない。

 

 

 それも聡い彼女ならわかっているだろう。だから彼女は俺の言葉に対して答えなかった。

 

それでいいのだと思う。もし彼女が首肯していたならば俺は確実に程昱という人間を侮蔑していただろう。

 

 

 こんなにも俺は矮小な人間だったのか。自分自身に言いようもない憤りが湧いてくる。そして程昱に対しても罪悪感を感じていた。

 

 

「もうこの話は終わりにしよう。君からこの話をしてこない限りは俺も何も言わないって約束する。それで次に会う時は初めて会った時みたいに俺と接してくれると嬉しい。それから俺も今日からここの家臣になったんだ、これからよろしく頼むよ」

 

 

 俺はぎこちない笑みを浮かべながら程昱の頭を一度撫でて彼女の前に手を差し出した。

 

 

 その意図を理解したらしく、程昱は自らの手を俺の手に重ねて、

 

 

「こちらこそよろしくです~お兄さん」

 

 

 握手を交わした。程昱ちゃんの眼はまだ少し赤かったが表情は柔らかいものへと変わっていた。

 

 

 

 

 

 二人の間の空気も柔らかくなったその時、程昱ちゃんが来た方と同じ方向から声が聞こえた。

 

 

「風、あなたはなにをしているのですか!?もう評議ははじまっ・・え?」

 

 

 声をかけたのは程昱ちゃんより幾分年上だろうか、メガネをかけていていかにも仕事ができる女といった感じの女性だった。

 

 

 その女性は完全に俺の方を見ている。目を大きく見開き、信じられないものを見てしまったという表情である。

 

 

 その視線は徐々に動いていき、握手している手に移ってから程昱ちゃんの方に向けられた。

 

 

「え、え?風の手が殿方と繋がれていて目はほんのりと赤い…。ぷはっ」

 

 

 その女性は盛大に鼻血を吹き出して仰向けに倒れた。

 

 

「ちょ!?この人大丈夫なのか??」

 

 

 つないでいた手を解いて程昱ちゃんに問いかける。

 

 

「あぁ、だいじょうぶですよ~。ほら稟ちゃんトントンしましょうね、トントン」

 

 

 程昱ちゃんは焦る様子もなく倒れた女性の方に近づき、その首の後ろ辺りを器用に叩いた。

 

 

 稟と呼ばれている、ということはこの女性が郭嘉なのか。

 

 

 それにしてもずいぶん慣れた手付きだな。

 

 

 少ししてからその女性は目を覚ました。血で汚れた顔を程昱ちゃんが拭ってやっている。

 

 

「それで風、これはいったいどういうことなのですか?」

 

 

「見た通りなのですよ」

 

 

 程昱ちゃんはこともなげに答える。

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

 流石にこれ以上は拙いと思い。俺はその女性に声をかけることにした。

 

 

「そんな事実はないよ。ただ今日から俺も曹操の幕下に加わることになったからよろしく頼んで握手しただけだよ」

 

 

「あなたは確か北郷一刀殿でしたね」

 

 

「あぁ」

 

 

「先ほどの言に偽りはないのですね?」

 

 

「勿論だよ。君からも言ってくれよ」

 

 

 程昱ちゃんに促す。

 

 

「しかなないですね~。お兄さんの言ってることは本当ですよ」

 

 

「そ、そうですか。よかった。それでも風の眼が赤いことの説明になっていませんよ。そこのところはどうなのですか?」

 

 

 流石は郭嘉。細かいところまでよく見ているな。

 

 

 なんと説明したものだろうか…。そうこう考えているうちに俺じゃなく程昱ちゃんが話し出す。

 

 

「それはですね~、星ちゃんのことをお兄さんに伺っていたのですよ」

 

 

「星の、それは本当ですか?でも泣くほどのことでしょうか?」

 

 

「聞くも涙、話すも涙の壮大な物語が~」

 

 

「もういいです風。それで北郷殿、不躾とは重々承知していますが…星は達者で暮らしていたでしょうか?この前の宴の時は話す機会がなかったもので」

 

 

「俺の主観でいいのなら。趙雲は元気にやっていたよ。突飛なことを言ったり、掴みどころのないところもあったけど劉備達の所で元気にしてた。これでいいかな郭嘉さん?」

 

 

「っ!?どうして私の名を?風が教えたのですか?」

 

 

「風はなにも言ってないですよ」

 

 

「まぁいいじゃないか。天の御遣いってことで手を打って欲しい。それよりもさっき評議がどうとか言ってたけどいいのか?」

 

 

「あ…」

 思い出したみたいだ。

 

 

「ふ、風急ぎますよ!」

 

 

「それではお兄さんまた~」

 

 

 郭嘉さんは早足で、程昱ちゃんはふわふわした足取りで去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰も居なくなった中庭は酷く寂しく感じる。これまで一番近くにあった一番大切なものがここにはない。

 

 

 愛紗と星と別れてまだ一日も過ぎていないにも関わらず、俺の心は拭いきれないほどの寂寥感が支配し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 


 
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