No.780818

艦これファンジンSS vol.37 「グランド・フラグシップ」 4/5

Ticoさん

ながながして書いた。やっぱり反省していない。

というわけで、艦これファンジンSS vol.37をお届けします。
今回は武蔵が主人公のステビア海決戦です。
実は真の主人公はわれらが長門さんです。“艦隊総旗艦”と呼ばれる彼女の実力は具体的にいかなるものなのか?

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2015-05-31 18:24:21 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1487   閲覧ユーザー数:1484

 そのたくましい腕にまたひとつキルマークを記して、彼女は満足げにうなずいた。

 褐色の肌にまとう服はごくわずか、上半身のほとんどは白いさらしが巻かれている。

 豊満な胸もさらしを巻くのみだったが、不思議と色香は漂わない。

 それよりも、大胆な姿はむしろ豪放さを感じさせるものであった。

 二つに束ねた大きく広がる白い髪は、獅子のたてがみのようである。

 四角い銀の眼鏡をかけてはいたが、理知的な印象にはかけらも貢献していない。

 その端整な顔立ちに収まる赤い瞳に宿るのは、稚気と闘志。

 そして、大柄な体躯を取り囲むように、彼女は鋼の艤装を身にまとっていた。

 突き出した巨大な砲、重厚な装甲――それは恐るべき牙にも、堅牢な檻にも見える。

 美女の姿をした猛獣が檻を背負っている。

 誰しもがそのように感じるだろう、それが彼女の印象である。

 その姿からして只者でない彼女は、やはり、ただの女の子ではなかった。

 なぜなら、彼女はいま波の上に立っているのだから。

 艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。

 視線の先では、煙がたなびき、海面には黒々した得体のしれない残骸が浮かぶ。

 それはいままさに彼女が打ち倒した敵であり、彼女の強さの現われでもあった。

 口の端を持ち上げ、歯をむき出して、彼女はにやりと笑った。

 敵あってこそ、自分の――いや、その姉も含めた自分たちの強さを証明できる。

 そのために敵は必要であり、そして敵とは彼女に敗れなくてはならないのだ。

 彼女は敵を笑う。獲物でしかない相手は、彼女に屠られるためにあるのだ。

 そう思えば、深海棲艦とは、なんと哀れで惨めな存在だろうか。

 笑みを示した口から、荒々しい呼気が漏れる。

 その笑いは、まさしく肉食獣の笑みだった。

 戦艦、「武蔵(むさし)」。

 それが彼女の艦娘としての名前である。

 

 「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。シーレーンを寸断されて、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。

 それが「艦娘」である。かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。

 鎮守府に所属する艦娘は、目下、西方海域の大規模な侵攻作戦に取り組んでいた。カレー洋に展開する敵機動部隊を叩き、リランカ島を占拠して策源地とし、さらにその西方のステビア海へ切り込んで、連絡の途絶した欧州とのコンタクトを図る一大打通作戦。

 その作戦は、いまや最終局面を迎えていた。各方面へ展開していた部隊を結集してのステビア海啓開作戦。鎮守府における最強戦力を揃えて行うそれは、まさに本作戦の決戦と言うべき戦いであったが――参加する艦娘の間では、もうひとつの戦いの帰趨が決まるものでもあるということが、ひそかにささやかれるところであった。

 

「何をしているの、武蔵?」

 鈴を転がすような声をかけられて、武蔵は振り向いた。

 彼女の目に映ったのは、優美な長身と艶やかな黒髪が印象的な、華を感じさせる艦娘である。背丈は武蔵と同じくらいだが、全身をぴっちりと覆う白と赤の衣装がどこか奥ゆかしさを感じさせる。だが、その身にまとう艤装は武蔵とそっくり同じであった。

 装備された四十六センチ三連装砲は鎮守府最強の証――姉の大和(やまと)である。

「ああ、キルマークを数えなおしていたんだ」

 武蔵はそう言って、バツ印が並ぶ腕をかかげてみせた。わずかに細めた目に、子供っぽい無邪気さが混じった光が躍る。そんな彼女を見て、大和はため息をついてみせた。

「……どこでおぼえたの、そんなこと」

「わたしにとっては初の実戦だ。戦果は気になるだろう?」

 そう言って、武蔵は深海棲艦が沈んだ海面をちらと見やった。

「あいつらが水底に行かなければ、トロフィーにして持ち帰るんだがな」

「悪趣味だわ……あんなの部屋に飾る気なの?」

「いけないか?」

 武蔵はきょとんとして訊ねた。その顔は意外なほどあどけない。

 鎮守府に帰れば相部屋の大和ではあったが、そんな武蔵の顔を見て口をつぐみ、かぶりをかすかに振った。

 代わって大和は武蔵の腕につけられた印を見て、言った。

「数が合っていないんじゃないの?」

「大和が沈めたぶんも書いてあるぞ。ああ、あと戦艦と空母しか数えていない。巡洋艦クラス以下は大和型の戦果として誇るべきじゃないからな」

 武蔵の声に浮き浮きとした様子は隠しようがなかった。

「いまのところ、“艦隊総旗艦”どのよりも上回っている――ほらな、大和型が実力を発揮すればこんなものだ。このままなら決めていた勝負もわたしたちでいただきだな」

 そう言って、武蔵は大和の顔を見た。

 喜びを分かち合うはずの姉の表情は、しかし、かすかに翳っていた。

「……本当に、この戦果、わたしたちの実力かしら」

 ぼそりと大和がつぶやく。それを聞いた武蔵は思わず眉をしかめた。

「おいおい、しっかりしてくれよ。お前自身がちゃんと沈めた敵なんだぞ。何を疑ったり迷ったりする必要がある。わたしたちは鎮守府最強の艦娘なんだ。それが本来の性能を出せばこれぐらい当たり前さ」

「それはそうなんだけど……」

 大和の声はいまいち煮え切らない。

 武蔵はため息というには少々荒々しい息をついた。この姉はどうも自身を過小評価するきらいがあるのだ。持ち合わせる艦の記憶がそうさせるのか、それとも後天的に得た経験から来るものなのか。いずれにせよ、この武蔵の姉であり、大和型のネームシップである以上はもっと堂々としてもらいたい。

 なんと声をかけてやったものか。武蔵がそんなことを考えていると、

「――二人とも、おつかれさま」 

 一人の艦娘が波を蹴って寄せて、そう声をかけてきた。

 ふっつりと肩で切り揃えた茶色い髪、目元に漂う色香、しなやかな体つき。そして、武蔵たちほどではないが、大きな砲を備えた鋼の艤装。戦艦の陸奥(むつ)であった。

「艤装を点検したら、すぐに進軍再開よ。よろしくね」

 そう言うと、陸奥は武蔵の腕に書かれたキルマークに目を留めた。

 正確には、彼女の目に入るように武蔵がこれみよがしに見せ付けたのだが。

「あらあら、すごいわね。さすがは大和型」

 陸奥が目をみはりながら声をあげる。それを聞いて、武蔵が口の端を持ち上げ、大和はなぜか恥ずかしそうに顔をうつむけた。

「この調子でいければ、楽に勝てそうね」

 陸奥の声は、素直な賛辞にしてはどこか含みを持った響きをしていた。

 ふんと鼻を鳴らして武蔵は一蹴するかのように言ってみせる。

「ああ、なんだったら、陸奥と“艦隊総旗艦”どのは休んでもらって構わないぞ。あとの戦は大和型に任せてもらおうか」

 挑発というには過激な言葉。大和が眉をひそめて武蔵の腕をつかむ。

 言われた陸奥はというと、怒りも笑いもしなかった。ただ、すっと目を細めて、いま一度武蔵の腕のキルマークをちらと見つめると、言った。

「その撃沈数、本当にあなたの実力だけで稼げた戦績だと思う?」

「……なにが言いたい」

 武蔵がにらみつける。陸奥は、はぐらかすかのように目を閉じ、言った。

「気づいていないなら幸せね。ヒントをあげる――この主力打撃部隊全体をひとつの艦として見てご覧なさい。そうすれば、わたしの言った意味がわかるわ」

「それはどう言う――」

 武蔵が憤然として言いかけた横で、大和がはっと息を呑み、口元を手で押さえた。

「……大和は気づいたみたいね。さすがはお姉さん」

 陸奥の声は愉快そうだった。そんな彼女に大和が恐る恐る訊ねた。

「――このアイデアを思いついたのって、もしかしなくても……」

「もちろん、長門(ながと)よ。他に誰がいるっていうの」

 そう答えると、陸奥はくすりと笑んで武蔵たちの元を離れていった。

 残されたのは、怪訝な顔の武蔵と、申し訳なさそうな顔の大和である。

「おい、どういうことなんだ? わたしにも教えてくれ」

 武蔵がそう訊ねると、大和は空を見上げながら、ぽつりとつぶやいた。

「さすがは長門さん。まだまだおよぶところじゃないわ……」

「なんだ、お前だけ分かっているのは、なんだかずるいぞ」

 すねた声になってしまう武蔵に、大和はじろと目を向けて言った。

「本当に気づかないの、あなた?」

「……な、なにがだ」

「次の戦い、長門さんと陸奥さんが狙う敵をよく見てご覧なさい。そうしたら、たぶん陸奥さんが言ったことに気づくと思うから」

 大和の声は硬い。その目は武蔵の腕のキルマークに注がれていた。

「そんなものをつけて喜ぶなんて、本当に子供なんだから」

 悔しそうな姉の声。その意味が分からず、武蔵は首をかしげてみせた。

 

 ステビア海攻略艦隊は、二個部隊を編成した連合艦隊である。

 戦艦などの重武装の艦娘からなる主力打撃部隊と、その護衛の任につく高速軽武装の艦娘からなる護衛水雷戦隊。武蔵も大和も、そして、陸奥も主力打撃部隊の所属だ。

 連合艦隊の進行は、護衛水雷戦隊が前にたち、主力打撃部隊があとに続く形となる。

 主力打撃部隊の先頭――つまり、艦隊の真ん中に、この艦隊の旗艦がいる。

 潮風に流した長い黒髪、凛とした面立ち、武人の雰囲気を漂わせている艦娘である。

 身にまとう艤装は陸奥のそれとよく似ていたが、背中の主機の左右に異様に大きな追加艤装がついているのが見える。見るからに重そうではあったが、しかし、彼女の所作にそれを感じさせるものは一見ない。

 無骨な艤装は、銘入りの刀というよりも、むしろ使い込まれた槍や矛を連想させる。

 その風格は、単にこの艦隊の旗艦というにとどまらず――彼女の二つ名であるところの“艦隊総旗艦”にふさわしいものだった。鎮守府の艦娘のまとめ役、皆のリーダー、司令官たる提督がもっとも信を置く者――戦艦の長門(ながと)であった。

「順調だな。これもあなたのおかげだ」

 長門は横に並ぶ艦娘にそう声をかけた。

 言われたほうはそれを無感動に受け取った。凪のように静かな顔は、喜びや羞恥にさざめくこともなく、返した言葉は一見そっけなかった。

「自分の仕事をつとめているだけよ」

 その言葉を聞いて、長門はふっと笑んだ。元より気分の害しようもない。この人はこういう艦娘なのだ。感情を表に出さず、淡々と事実を述べる。それがために誤解されることもあるのだが――実力からいっても、人格からいっても、長門が認める数少ない艦娘の一人なのである。

 青い短い袴を履いた弓道着に似た衣装。肩から腕にかけてつけた飛行甲板の艤装。手に携えた長弓。サイドポニーの髪型が特徴的な彼女は、航空母艦の加賀(かが)である。

「戦艦主体の部隊では制空権確保が課題だ。あなた一人でよくやってくれている」

「当然のことです。そのために提督もわたしを編成に入れたのでしょうから」

 この連合艦隊で加賀は唯一の空母だった。その役割は敵艦への攻撃ではない。彼女が揃えてきた艦載機は、すべて敵艦載機と交戦するための艦戦だった。制空権を確保し、戦艦がはなつ観測機の安全を守り、その火力を最大限に発揮するための支援役だった。

 実のところ、長門がこの艦隊で勲功第一をあげるとしたら、迷わず加賀を選ぶだろう。戦艦がいかに高い火力と強靭さを誇ろうとも、艦載機の支援なくしては充分な性能を発揮できない。その意味で、加賀なくしてこの艦隊は成り立たないのだ。

 その加賀は、なにか言いたげに長門の顔をまじまじと見つめていた。

 長門がかすかに眉をひそめてみせると、加賀は静かに訊ねた。

「あの話、あなたは本気なの?」

「何の話だ」

「武蔵との勝負の話よ。壮行会で“艦隊総旗艦”の称号をかけて賭けをしたそうね」

「ああ、それか……うむ、間違いない。たしかにそういうことになっている」

 うなずいてみせる長門の顔を、加賀はじろりとねめつけた。

「あきれた。本当に大和や武蔵がその二つ名を背負えると思うの?」

「スペックでいえば彼女らはわたしより上だ。本人たちもそれを望んでいる。実力を示す機会があれば、それを用意してやるのは当然のことだろう」

 こともなげに答えてみせた長門に、加賀は冷たい声で言い放った。

「あの子たちにはまだ早いわ。それを名乗る力も器もない」

「大和はともかく、武蔵がそれを聞いたら怒るぞ」

「事実だもの。戦いはスペックだけで決まるものではないわ」

 加賀が長門の目をじっと見つめて言う。

「ましてや“艦隊総旗艦”。それは皆が認めてこそ名乗れるものよ。あなたがその二つ名を背負っているのは、自分で名乗ったわけでも、提督に与えられたものでもなく、皆がそう呼んだから。それを忘れていない?」

 その言葉に、長門は目元をゆるめた。

「わたしを最初にそう呼んだ艦娘が誰か、あなたは知っているか?」

「……いいえ」

「だろうな。あの人は自然にわたしがそう呼ばれるように仕組んでいった」

「それは初耳ね。誰なの?」

「秘密にしておこう。答えを当てられたら甘味処の最中アイスを奢るぞ」

 長門の言葉に加賀は一瞬思案顔になったが、すぐにふるふるとかぶりを振った。

「――とにかく。あなたの二つ名を軽々しく賭けの対象にしないでちょうだい」

 非難がましい加賀の声に、長門は肩をすくめて答えた。

「良い機会だと思ったんだ。大和をわたしに挑戦させる、な」

「なんですって?」

「大和はわたしを意識しすぎる。超えようと考えつつも、超えられないと思い、自分で自分の枠を決めてしまっているきらいがある。武蔵の発案であっても、これが大和にとってひとつ階段を上る契機になればと思ったまでだ」

「……つまり、あなたは譲る気はないのね」

 加賀はそう言って、長門が背負う重そうな追加艤装を見やった。

「そうでなくては、そんなものを担いで来ないわね」

「まあな。否定はしない」

「だったら、なぜこんな戦い方をするの。大和たちに花を持たせているじゃない」

 加賀の指摘に、長門はふっと息をついた。

「……気づいていたか」

「わたしは後方で艦載機を展開する立ち位置だもの。戦場全体が見渡せるわ」

「鳥の目だな――大和もその視点を持ちつつある。武蔵はまだまだかもしれないが」

「優しいのね。こんなところでまで後輩の教育に使おうだなんて」

「いけないか?」

 長門の言葉に、加賀はきっぱりと言ってのけた。

「先輩が自分より大きい存在なのは当たり前よ。後に続くものは実力で負けていても、その気概では負けるべきではない――甘すぎるわ、あなたは」

「……ふむ。その言葉、五航戦の二人に伝えてもいいか」

 長門の愉快そうな声に、加賀はたまらず頬を朱に染めた。

「姉の方はともかく、妹はだめです。調子に乗ります」

 慌てた様子の加賀に、長門はくつくつと喉を鳴らして笑った。

「では黙っておこう。しかし、お互いに不器用なことだな」

 長門が加賀を見つめて言う。加賀はかすかに顔をうつむけて、答えた。

「まあ、否定はしません――色々な意味で」

 彼女がそう言った矢先、警告音のベルが二人の耳に鳴り響いた。

 続く通信は先発している偵察役の艦娘のものだった。

『敵影見ゆ! 連合艦隊本隊との接触まで約十分!』

 通信を聞いた長門と加賀は顔を見合わせ、うなずいた。

 長門が胸を張り、大声で号令をかける。

「全艦隊、第四警戒航行序列! 戦闘隊形をとれ!」

 

 

 敵艦隊からおびただしい雲霞の群れが飛び立つ――敵の艦載機だ。

 棲姫クラスを主幹とし空母ヲ級二体を従えた強力な機動部隊。

 こちらも迎撃機を繰り出すが、猛禽たちは敵の数にも勢いにも押されている。

 加賀が舌打ちすると、長門の方を向いてかぶりを振った。

 それを見て長門がうなずき、声を張り上げる。

「防空戦闘! 打撃部隊は敵中央に集中攻撃! 一点突破を図る!」

 これだけの強力な防衛ライン――ここを抜けさえすれば、ステビア海を押さえる敵中枢戦力へ到達できるはずだ。敵の猛攻を凌ぎつつその陣容に穴を空け、そこから一気に乗り越える。

 連合艦隊を構成する艦娘たちはいずれも練度の高い者ばかりだ。長門のねらいを即座に理解した。護衛水雷戦隊の艦娘たちが対空射撃を展開しながら、またたくまにきれいな錐行陣を取る。その快速をもって敵の防衛陣を食い破るのだ。

 後に続く主力打撃部隊は、彼女たちが敵陣突破を図るためにその重砲で敵を散らすのが目的だ。この状況に合っては必ずしも敵の撃破が優先目標ではない。

 しかし、武蔵はにたりと笑って艤装に立ち並ぶ砲を構えた。こんな状況であればこそ、自分の真価が発揮できるというものだ。最強の砲、最高の電探、それらを使いこなす最良の練度。観測機によるサポートがなくても、自分ならば敵を撃破できる。

 そう、大和型は並みの戦艦ではないのだから。

「……別に倒してしまってもかまわんのだろう?」

 武蔵はそうひとりごちた。あながち独断専行というわけでもない。狙う敵は個々に任されている。敵の主力艦を損傷に追い込めば、それだけ水雷戦隊の仕事が楽になる。

 かけている銀の眼鏡を武蔵は指で押さえた。その途端、眼鏡のレンズに格子状の模様が浮かび出て、そこに視界に映る敵の位置をポインティングする。電探――レーダーと連動した射撃支援装置なのだ。

 狙うなら大物だ。武蔵は空母ヲ級に狙いをつけた。頭に巨大なドーム上の物体を載せた限りなく人型に近いそれは青白い肌をしていて、虚ろな目でこちらを見ながら、次々と艦載機を吐き出していた。

 あれを黙らせれば防空戦闘もやりやすくなるはずだ――しかし、狙いをつけた武蔵が砲を放とうとした瞬間、横合いから高速で割り込んできたものがいる。

 武蔵は舌打ちした。シャチにも似た姿の駆逐二級だ。

 殊勝なことに僚艦を守ろうというのか。空母ヲ級の前に立ちはだかり、海面を右へ左へ機動しながらこちらへ向けて砲を放ってくる。

 先にあれをねらうべきか――だが、戦艦の砲は当たればでかいが、あのような小型の敵には狙いがつけづらい。大和型の主砲は大型の獲物を狩るための武器であって、あのような蚊トンボを水底に叩き伏せるには少々不向きなのだ。

 武蔵の逡巡は、しかし、すぐに解決された。

 動き回る駆逐二級を追い立てるように、大きな水柱があがる。

 駆逐二級が波に翻弄され、動きが乱した瞬間――空母ヲ級への射線が開けた。

「よおッし、遠慮はしない、撃てえ!」

 武蔵が吠えると、その主砲が一斉に火を噴いた。放たれた一式徹甲弾が空を切り裂き、空母ヲ級の至近に次々と水柱があがる。そして砲弾の一発が空母ヲ級に命中し、爆炎をあげる。撃沈まではいかなかったが、煙にまかれた空母ヲ級は苦悶に顔をゆがめ、ややかしいで見えた。あれでは艦載機を満足に吐き出せまい。

 武蔵は歓喜に心を満たしながら、ふと振り返った。

 大和が、陸奥が、同じく砲撃を加えている。そしてもちろん長門も。

 武蔵の目には長門が一番砲撃で苦労しているように見える。追加艤装はやはり重いのだろう、鎮守府の演習で見かけたときよりも動きが少し鈍重だ。何を担いでいるのか長門はあえて語らなかったが、武蔵はおそらく“連合艦隊司令部”だろうと見ていた。

 あの追加艤装の中に、通信設備や演算装置がぎゅうぎゅうに詰まっているのだ。

 似たような装備はこの第十一号作戦で先に連合艦隊を率いていた金剛や赤城も抱えていた。専用の指揮通信設備を必要とするほど、この大所帯の運用は難度が高い。

(だから旗艦を大和型に任せてしまえと言うんだ)

 武蔵はこの作戦に参加して何度目かになる文句を心の中でつぶやいた。大和型であれば指揮通信機能は充実している。あれだけの大掛かりな装備は必要ない。大和や武蔵は単に腕っ節が強いだけの戦艦ではなく、大艦隊の指揮を執れるだけの装備がすでに艤装に組み込まれている。

 大和か武蔵に旗艦をあずけてしまえば、長門はずっと楽に戦えるはずなのだ。

 にもかかわらず、あんな追加艤装で通信機能を嵩上げするなど、旗艦の立場に固執しているようにしか武蔵には見えない。それは滑稽で惨めで、実に見苦しいものに思えた。

 長門が砲を放つ。四十一センチ連装砲を四基八門の射撃だ。

 たしかに強力だが、大和型には及ばない。大和型は四十六センチ三連装砲で三基九門を備える。砲の大きさは威力と射程につながり、砲の数も一門多い。火力においても長門は大和型には及ばない。

 にもかかわらず、あんなやつに姉の大和は引け目を感じているのだ。それが武蔵には我慢ならない。大和型は最強の戦艦であり、姉はそのネームシップなのだ。どこに長門に負ける要素がある。姉はもっと胸を張って自分の実力を誇るべきなのだ。

 武蔵は戦場に目を戻した。駆逐二級がまだ動き回っているが、空母ヲ級をさえぎることは少ない。これなら第二撃目は効果的に当てられるだろ。

 そう思い、ふと、武蔵は疑問に思った。

 敵の随伴艦、駆逐二級や軽巡ツ級は確かに追い散らされている。

 だからこそ、武蔵は大物を狙いやすくなっているのだ。

 では――追い散らしているのはいったい誰なのだ。

 武蔵は目を凝らした。駆逐二級の至近に水柱があがり、そして直撃弾を食らったそれが爆炎に巻かれる。シャチに似た図体が真っ二つにへし折れ、海面下に没していく。

 味方のの水雷戦隊に属する巡洋艦や駆逐艦の砲撃ではない。

 それはどう贔屓目に見ても戦艦クラスの砲撃だった。

 まさか、この砲撃は。

 武蔵は再度振り返った。陸奥と目が合う。彼女がすっと目を細めるのが見えた。

 間違いない、陸奥の砲撃だ。そうであるならば、もちろん――

 長門の砲撃を武蔵は目で追った。

 彼女は、空母ヲ級も空母棲姫も狙っていない。小物を執拗に狙っていた。

 陸奥の言葉が脳裏によみがえる。

 ――主力打撃部隊全体をひとつの艦として見てご覧なさい。

 戦艦の武器は、主砲だけではない。副砲というものがある。

 主砲が大物を狩るためのメインウェポンなら、副砲は小物を仕留めるための小回りの効くサブウェポンだ。この打撃部隊をひとつの艦にみたてるなら、最強の火力を擁する大和型こそ主砲といえるだろう。

 であれば、副砲の任に当たるとしたら、誰が担当すべきか。

 その答えは明白だった――長門であり、陸奥が、その役目を担っているのだ。

 思い起こせば、ステビア海攻略に乗り出してから、武蔵も大和も大物を存分に狙うことができた。わずらわしい小物はなぜか視界から追い散らされていた。

 それは大和型の射撃管制が優れているおかげだとばかり思っていた。

 自分たちの能力がそれだけ他に抜きん出ているからだと考えていた。

 だが――実際には、長門たちがお膳立てしていたということか。

 武蔵はぎりと歯軋りした。

 腕のキルマークが今は忌々しい。こんな戦果、譲ってもらったようなものだ。

 長門と自分は“艦隊総旗艦”の称号を賭けて勝負しているはずなのだ。

 であれば、なぜこんなことをする。

 先輩の余裕か。戦果を譲ってやって度量の広さを示しているつもりか。

「があぁぁあ!」

 武蔵は腹が煮えくりかえる思いで、吼えた。

 その咆哮と共に砲を放つ。話は、目の前の戦場を突破してからだ。

 

『敵防衛線、突破!』

 観測役の声が通信に乗るや、艦娘たちの歓喜が後に続く。

 それを一喝して沈めたのは、武人の雰囲気をまとった凛とした声である。

「油断をするな! これより敵中枢戦力に向けて進撃する!」

 しんと静まり返る通信網。だが、続いて長門は穏やかな声で語りかけた。

「諸君は鎮守府において最強の艦娘であると提督も認めておられる。このわたしの評価も同様だ。日頃の訓練が実戦さながらであることは今更言うまでもない。水鬼クラスと初めて遭遇する者も中にはいよう。だが臆する必要はない。あの訓練の日々を思い出せ。あの厳しさに比べればたやすいものだ。ひとつ覚えておけ――本番の空気に呑まれるな」

 長門がふっと笑む響きが声ににじんだ。

「気楽に行け。鬼教官に比べれば与しやすい相手だ。違うか?」

 彼女の声に、艦娘たちがくすくすと笑う声が返ってくる。

「全艦隊、戦闘隊形を維持。このまま進撃する。以上」

 長門の言葉に、応答の返事が通信に乗って返ってくる。誰も気負った様子はない。士気は高い。これなら勝てるという、戦意が高揚した様子が伝わってくる。

 横で聞いていた武蔵でさえ、連戦の疲れを忘れて戦闘意欲がいや増したほどだ。

 一連のやりとりが終わるのを、武蔵はじっと待っていた。長門が通信を切るや、武蔵は彼女にぐいと寄せて、その腕をいきなり掴んだ。

「どういうつもりだ、長門」

 苛立ちのあまり、褐色の指が長門の白い腕に食い込む。

 だが彼女は痛みに顔をしかめることなどしなかった。

 気色ばむ武蔵をまじまじと見つめ返し、何事もないといったふうに言ったみせた。

「何を怒っている、武蔵」

「わたしたちは勝負しているんだぞ!? 長門は真面目にやりあう気はないのか?」

 武蔵の詰問に、長門は片眉を吊り上げて答えた。

「勝負の対象は中枢戦力の水鬼クラスのはずだろう。途中の深海棲艦は対象ではない。それとも大物の撃破数カウントにルールが変わったのか?」

 長門の言葉に武蔵は口をつぐんだ。

 違う、言いたいことはそうじゃない。

 この勝負を長門が本気で受けてくれているのかが不安なのだ。

 戦いが終わった後で屁理屈をつけられてお流れにされてはたまったものではない。

 だが、その思いがうまく言葉で表現できない。

 自然、うらみがましい目で長門を見つめてしまう。

 長門はというと、そんな視線を受け流そうともせず、逆に見つめ返してくる。

 その眼差しに、武蔵は腹の底まで見透かされるような、そんな鋭さを感じた。

 長門がふっと目を閉じる。やや緩んだ緊張の中、彼女は静かに言った。

「……わたしは旗艦を任されている。勝負を忘れたわけではないが、作戦を成功させねばならない責務も負っている。そのために最善の方法をとっているだけだ」

「作戦のためなら勝負の行方など、どうでもいいと言いたいのか」

 武蔵はそう言った。自分の考える長門なら、勝負より作戦を優先させるだろう。てっきり、そう思っていた――だが、彼女から返って来た言葉は予想外のものだった。

「勝負と作戦と、それぞれを天秤にかけて作戦の方が重いと武蔵は思うのか? その程度に軽い気持ちで、お前は勝負だなどと言い出したのか?」

 長門の目が見開かれる。凛とした眼差しに、有無を言わせぬ強い光をたたえて。

「お前が言い出した勝負はそれだけの重みしかないのか。武蔵、お前自身はどちらがより重いと考えるのだ? そして、より重要な方にお前は力をそそぐべきではないのか」

 その言葉は、見えざる手となって武蔵の頬をはたいた。

 思わずよろけそうになるのを必死で食い下がって、武蔵は訊ねた。

「長門にとって……その天秤はどちらに振れているのだ」

「等価だ。どちらもおろそかにすべきではない。作戦も大事だが、“艦隊総旗艦”の称号に挑戦したいというのであれば、それも等しく重要なことだ。どちらを捨てるでもない。どちらも活かしてやりとげる。それがわたしのやり方だ」

 都合がよすぎる、などと笑い飛ばすには、あまりにも長門は悠然としていた。

 虚勢を張った様子は少しもない。

 武蔵の目に初めて、長門が雄大な山に見えた。泰然として小揺るぎもしない峰に。

 だから、こう訪ね返すのがやっとだった。

「……わたしが勝負の方を優先させるといって作戦を乱すようなことがあったら、お前はどうするつもりなのだ」

 その問いに、長門は笑って答えてみせた。

「ならば、武蔵のその思いや行動も組み込んで作戦を立てるまでさ」

 

『敵影見ゆ! ……なに、あの大きいのは!』

『空母棲姫がいる……それに、あれが戦艦水鬼?』

『敵艦載機群、来ます! 多い!』

『直掩機回します。空は任せて』

『防空戦闘準備! 一機も通すな!』

『お待たせしたデース! 支援砲撃艦隊カムナウ!』

『待ってたわよ! 存分にぶちかまして!』

『打撃部隊、砲撃戦準備。火力投射しつつ前進』

『護衛戦隊、突入準備です。魚雷発射管の安全装置解除』

『諸君、慌てるな――落ち着いてゆけ』

 通信回線が艦娘たちの声で沸騰する。

 ほどなく、最初の砲声が轟いた。

 艦隊決戦が始まったのだ。

 

『大和と武蔵は左から回りこめ。わたしと陸奥は右から仕掛ける』

 長門の指示が飛ぶ。武蔵は戦艦水鬼をにらみながら、舵をきった。

 武蔵の横では、大和が緊張の面持ちで言った。

「こいつを沈めれば勝てる――!」

 勝てる、とは、この作戦になのか。それとも勝負になのか。

 どちらでもいいさ。武蔵はそう思う。当初の予定通り、大和がこれを仕留めれば作戦も完遂だし、長門との勝負にも勝てるのだから。

 敵中枢戦力に突入した連合艦隊は、支援艦隊の砲撃と打撃部隊の火力もあって、敵の随伴艦をすべて沈めていた。戦場は追撃戦へと移っている。

 残るはとりわけタフな戦艦水鬼と空母棲姫。

 このうち、空母棲姫には水雷戦隊が取りついていた。いかに強力な空母といえども、単独では加賀の展開する艦載機には勝てない。制空権をどうにか押さえた中、快速に優れた水雷戦隊が次々と突撃を敢行している。あちらは任せておいて問題はないだろう。

 問題はこちらだ。“双頭の巨人に抱きすくめられた少女”という異様な姿の戦艦水鬼は、先立っての武蔵の砲撃にさえびくともしなかったのだ。

 こちらは戦艦の艦娘が四人。相手は一体。

 だが、この四十六センチ三連装砲が通用しない相手にどう戦うべきなのか。

『数を当てるしかないわね。十発で無理なら、二十発。それで無理なら百発』

 陸奥の声が通信に乗る。

 たしかにそれしかないだろう。武蔵一人で駄目でも、大和となら。

 戦艦水鬼の少女に当たる躯体が口を開いた。

 通信でもないのに、直接届く距離でもないのに――その声は武蔵の耳に入ってきた。

 ――沈メ 沈メ 沈メ

 ――深ク 深ク 深ク

 ――沈メ 海ノ 底ヘ

 ――モウ 何モ 届カナイ

 ささやくような、うめくような、心の内側をひっかくような声。

 ――進メナイ 戻レナイ

 ――救エナイ 慈悲ナドナイ

 ――叶ワナイ 戻レナイ

 ――慈悲ナドナイ 望ンデイナイ

 それは聞くだけで武蔵の心胆を寒からしめる不吉な響きに満ちていた。

 不吉だと感じたのは、初めて聞くはずのその声に、どこか聞き覚えがあったからだ。

「なんだ……なんなんだ、この声は!」

 たまらず叫んだ武蔵に、落ち着き払った声が通信に乗って届く。

『うろたえるな。耳を貸すと水底に引き込まれるぞ――大和に耐えられるものがお前にも耐えられないはずがない』

 長門だった。

 見ると、大和が眉をしかめながら、それでも武蔵にふっと笑んでみせた。

「わたしは二回目。でも慣れたいとは思わないわね。砲戦準備、いける?」

 大和の言葉に、武蔵はうなずいた。

 奥歯を噛み締め、電探と己の目で狙いを定める。

 大和と武蔵、それぞれの巨砲が戦艦水鬼に向かって構えられた。

「敵艦捕捉。全主砲、薙ぎ払え!」

「全砲門、開け!」

 四十六センチ三連装砲、計十八門が一斉に火を噴く。

 戦艦水鬼の至近にいくつも水柱が立ち上り、いくつかが命中し、爆炎をあげる。

 煙にまかれながら、しかし、なお、戦艦水鬼に目立ったダメージはない。

 その身にまとう黒々とした砲が一斉に蠢き、大和型の砲声を凌駕する轟音が響いた。

 武蔵と大和の至近に次々と水柱が立ち上る。

 波がかき乱され、二人の体は大きく揺れた。

 認めなくないことだが、敵の砲はこちらより強力だ。

 それでも、撃ち続けるしかない。

 武蔵は自分の手が握りしめられたまま、固まっているのを感じた。

(このわたしが恐れている? そんなバカな……)

 大和型は最強の艦娘。だが、相手はそんなスペックを軽く凌駕する。

 荒々しく、武蔵は息を吐き出した。

 その吐息と共に、心のうちの怯懦を追い払う。

 ぐっと唇を噛み締め、立て続けに砲を放つ。

 そんな武蔵の攻撃をあざ笑うかのように戦艦水鬼はささやき続けた。

 ささやき声にも関わらず、戦闘の轟音をかいくぐって、それは聞こえてきた。

 ――崩レテ 剥レテ

 ――モウ二度ト届カナイノ

 ――波ノ向コウノ 光ノ中

 ――溶カシテ 忘レテ

 ――モウ二度ト戻レナイノ

 ――波ノ向コウヘト

 ――消エテユク

 その声はあざ笑っているようにも、泣いているようにも聞こえる。

 爆炎に巻かれた戦艦水鬼が大きくのたうち、波しぶきをあげた。

 大和型の砲撃に辟易したのか、それは進路を変えた。

 武蔵が息を呑む。戦艦水鬼は、長門と陸奥へ向かっていた。

 

 

「あらあら、こっちに来ちゃうわね」

「こちらがくみしやすいと考えたのだろう。相手もバカではない」

「そう? わたしだったら罠の可能性を考えるわね」

「訓練しておいたあれのことか?」

「時間作るの大変だったわよねえ。お互いになかなか時間合わないし」

「まあ披露する機会が得たのは幸いというべきかな」

「ええ。ベテランの力量、あの子たちに見せてあげましょう」

 陸奥がそっと手を伸ばす。長門も手を伸ばした。

 二人が指先だけでそっと握り合い、そしてささやきあった。

「渡したわ」

「引き受けた」

 そうして、長門型の二人は砲を構えた。

 その動きは、図ったかのように同時だった。

 

「なんだ、あの砲撃は……」

 武蔵は海面を駆けながら、長門と陸奥の砲撃を見ていた。

 二人の砲撃は完全にシンクロしていた。

 砲弾の雨が繰り返し戦艦水鬼に襲い掛かる。

 その攻撃の速度も緻密さも、大和型の砲撃よりも、よほど濃密だ。

 戦艦水鬼が苦悶の声をあげながらのたうっていた。

 受けているダメージは、明らかに長門たちに向かった時の方が重そうだ。

 大和もまた二人の砲撃を見ている。その彼女が、ぽつりとつぶやいた。

「統制砲撃戦だわ……」

「なんだと?」

「艦娘どうしで射撃諸元を同調させて単一目標に射撃。いつの間に……」

 大和の言葉に武蔵は息を呑んだ。

 長門だけなら武蔵にも大和にも及ばないだろう。

 だが、陸奥と同調して攻撃できるなら、どうだ。

 砲数は八基十六門だ。砲の大きさでは及ばなくても、命中弾は確実に増える。

 長門には大和型が相手でも勝算があったのだ。

 一人ではなく、二人で戦うという形をとって。

 思えば、長門の戦い方は艦隊指揮でもそうだったではないか。

 個人の戦力に頼らない、チームとして戦う相乗効果を狙っていた。

 そして、そのやり方が最善なのは、ここまで勝ち進んでこれた成果が示している。

 で、あれば――長門は、武蔵たちの存在も含めて、「次」を考えているはずだ。

「大和。これからわたしがあいつに肉薄する。お前は少し離れて目標を狙え」

 武蔵の言葉に、大和が目を見開いた。

「あなた、何を言っているの!?」

「戦艦水鬼は再度こちらに向かってくるはずだ。連携がそれほど取れていないわたしたちなら、個別に食うこともたやすいと見てな――その裏をかく」

 武蔵はにやと笑って、言った。

「わたしがあいつに接近して、近距離戦を仕掛けて、足止めをする。お前がその隙にあいつをしとめろ。それでこの作戦も、勝負も、大和のものだ」

「あなた、無傷じゃすまないわよ!?」

「覚悟の上さ。長門は二組で撃ち合って戦艦水鬼をお手玉することを考えているだろう。なら、その長門の裏さえもかくならこれしかない」

「武蔵……」

「なあに、シブヤン海での戦いに比べれば、楽なものさ」

 武蔵が目を向けた先で、戦艦水鬼が咆哮した。

 双頭の巨人が赤黒い血を流している。抱かれた少女の顔は苦悶の色を浮かべた。

 戦艦水鬼が再度、のたうつ。転舵して向かってくる先は――武蔵と大和だ。

「――行くぞ!」

 武蔵が叫んだ。それと共に主機を目一杯にあげる。

 機関の安全制限さえ解除して、武蔵は放たれた矢の勢いで戦艦水鬼に向かった。

『――――ッ!』

 通信回線に誰かの息を呑む音が聞こえた。

 長門か、陸奥か。どうだ、これは予想してはいなかったろう。

 突然の武蔵の行動に慌てたのは戦艦水鬼も同様だった。

 巨体に生えた砲をうごめかして、武蔵を狙う。

 立て続けに火を噴いたそれが、武蔵の周囲に大きな水柱をあげる。

「くっ、いいぞ! 当ててこい! わたしはここだ!」

 武蔵は吼えると同時に自身の砲を放った。

 近距離の砲撃が戦艦水鬼を捉え、いくつもの爆炎があがる。

 戦艦水鬼の巨人の腕が振り回される。武蔵を捕えようと掴みかかってくるのだ。

 武蔵はその目の前で転舵した。

 そこへ大和の砲撃が突き刺さり、戦艦水鬼が呻く。

 側面へ回り込んだ武蔵は、再度、相手を狙おうとして――その時。

 戦艦水鬼の少女の顔がにたりと笑った。

 赤黒い巨体の背中から、こともあろうに新たな砲が生え、武蔵を狙う。

「なッ――!」

 武蔵が艤装で身をかばおうとした直後に、戦艦水鬼の砲が火を噴いた。

 巨大なハンマーで殴られたような衝撃と、突き刺すような熱が武蔵を襲う。

 艤装がひしゃげる感覚と共に、武蔵は吹き飛ばされた。

 かろうじて倒れなかったのは大和型の意地というべきか。

 疼痛が全身に広がっていたが、武蔵は奥歯を噛み締めて、戦意を奮い立たせた。

 砲は――満足に動きそうにない。先ほどの攻撃でやられてしまったか。

 至近であの攻撃を受けては当然のことだ。

 だが、この身はまだ動く――ならば。

 武蔵は主機をあげた。弾かれるように戦艦水鬼にとびかかり、組み付いた。

「大和、いまだ、撃て!」

 武蔵は声を張り上げた。

『無理よ! あなたにも当たる!』

「いまならこいつだけを狙えるはずだ!」

 武蔵に半身を絡みつかれ、戦艦水鬼は身震いして暴れた。

 自由になっているもう片方の手が、武蔵を何度も殴りつける。

 かろうじてまだ無事な部分の艤装がそれでゆがむ感覚があった。

 ややあって、砲声が轟いた。四十六センチ三連装砲。大和だ。

 戦艦水鬼の周囲に水柱が上がり、二発が命中した。

 双頭の巨人の片方の頭がつぶれ、赤黒いどろどろした液体がどくどくと流れ出す。

 抱きかかえる少女の顔が、恐れと怒りと苦悶にゆがんだ。

 そして、戦艦水鬼が武蔵を艤装ごと掴むと、力づくでひきはがしにかかる。

 武蔵は離されまいと腕に力を込めたが、全身の痛みはそれをさえぎった。

 あえなく掴まれ、海面に放り投げられる。

 残る意識で宙でのバランスを取り、武蔵は倒れこむことなく海面に着水した。

 戦意と興奮が武蔵を突き動かしていた。

 もう一撃。大和が、もう一撃当てることさえできれば。

 武蔵は吼えた。脚に力をたわませて、いま一度飛び掛ろうとした。

 その時。武蔵のすぐそばで、立て続けに大きな水柱があがった。

 冷たい海水が彼女をしたたかに打ちつける。

 ずぶぬれになった武蔵の耳に、落ち着き払った声が届いた。

『充分だ、武蔵。よく時間を稼いだ』

 長門の通信の声だった。

『大和と陸奥のクロスファイアポイントに釘づけにできた。後は任せろ』

 その声に、武蔵は振り返った。

 大和は意図せずして。おそらく陸奥は意識して。

 戦艦水鬼を直角に挟み込む位置に二人はあった。

 であれば――さっきの砲撃は長門か。

 自分を止めるために、わざと水をかぶせるような砲撃をしたのか?

『武蔵の頑張りを無駄にするな――撃て』

 長門の号令のもと、大和と陸奥の砲が立て続けに火を噴く。

 戦艦水鬼が爆炎に巻かれ、その巨体がかしぎながら波間へと没していった。

 

 戦闘開始前は目立った損傷のない連合艦隊であったが、帰途は満身創痍であった。

 空母棲姫に挑んだ護衛戦隊もその最後のあがきにつきあったためか、損傷をうけた艦娘が目立っている。打撃部隊は武蔵の損傷はいわずもがな、残る大和や長門も至近弾などでダメージは受けている。

 武蔵は大和の艤装にもたれかかりながら、どうにか海面を駆けることができた。

 全身が疲労と痛みに包まれていたが、武蔵は言わずにはいられなかった。

「とどめは大和がさしたな」

 武蔵のそんな言葉に、大和が困ったような笑みで応じる。

 この言葉は、実のところ、もう三度目なのだ。

 正確には大和だけの戦果ではない。陸奥との協働撃破だ。

 そして、もっと考えるなら、四人の位置を的確に把握し続けた長門の戦果だ。

 おそらく、長門は武蔵があんな無鉄砲な行動にでることも予測していたのだ。

 それと分かった瞬間に、すぐに作戦を切り替えた。

 おそらく、ありうる状況をすべて考えて、対処策を準備していたのだろう。

 長門自身が敵をしとめたわけではない。

 だが、彼女は仲間の力を借りることで、戦艦水鬼をしとめてみせたのだ。

 最後の攻撃を陸奥に譲ったのも、おそらくはわざとだろう。

 どっちが勝ったか負けたかを曖昧にするなら、長門と大和が撃破すべきだ。

 そうしなかったのは、結局、武蔵の顔を立ててのことではないか。

 そこまでの行き届きっぷりが、かえって武蔵の気を落ち込ませていた。

 かなわない相手なら、むしろ正面から叩きのめしてほしかった。

 そう願うのは、はたして甘えだろうか。

「……大和は、どっちが勝ったと思う?」

 武蔵は情けない声でそう訊ねた。聞かれた大和も困るだろうに。

 大和が苦笑いを浮かべつつも、束の間考え、口を開こうとしたその時。

『――変です! 沈めたはずの戦艦水鬼に異状! まさか……再起動している!?』

 悲鳴まじりの観測役の声が、艦隊全員の通信に飛び込んできた。

『ぼろぼろだけど動いています! そんな、敵も再集結しつつあります!』

 艦娘たちがざわめく。すでに戦場を離れている。

「いまからもう一度攻撃を……」

「引き返してる間に敵が集まっちゃうよ」

「艦載機なら間に合う――」

「無理ね。艦戦しか積んでいないもの」

「そうだ。大和さんの砲なら……」

 艦娘たちの視線が一斉に大和に集まる。

 大和はしばし視線を宙におよがせ――かぶりを振った。

「わたしの砲でも届くかどうか分からない。もっと近づくか、それか――」

 大和が言いかけたその時。落ち着いた武人の声がそれにかぶせられた。

「電探ではやつを捉えられているのだな、大和?」

「――はい、長門さん」

「射撃諸元をわたしに送れ。わたしがやつを狙う」

 その言葉に、大和も武蔵もそろって目を丸くし、なぜか陸奥はため息をついた。

「そんな、無理ですよ。長門さんの砲ではあいつには……」

「そうだ、四十六センチ砲で届かないものを、四十一センチ砲では……」

「いいから。射撃諸元を渡せ」

 長門が差し出す手のひらを、大和がそっと指でなぞる。長門がうなずいた。

 そして、彼女はぼそりとつぶやいた。

「コード、“フツノミタマ”。追加艤装、封印解除」

 長門が背負った追加艤装が、金属音と共に展開していく。

 その中身は通信装置でも演算装置でもなかった。

「精神練結、クリア。特一号砲、特二号砲、所定位置へ」

 長門の艤装が変化する。左右の連装砲を押しのけ、肩の位置へそれが収まる。

「射撃諸元入力。弾頭装填」

 ごとんと重い音をさせて、それが弾を飲み込んだ。

 それは、大和型の砲よりもはるかに大きかった。

 無骨で、化け物じみていて、それはまさにむき出しの武力を体現していた。

 試製五十一センチ連装砲。それが二基四門。

 長門は昂ぶるでもなく、淡々と声をあげた。

「狙点固定――主砲、斉射三連!」

 立て続けに試製連装砲が火を噴く。

 その音は周囲を圧し、その爆風は海面を大きく波立てた。

 巨砲の弾が空を切って水平線の彼方へと吸い込まれていく。

 しばしのちに、遠雷のような音がかすかに伝わってきた。

『――命中! 全弾命中です! 戦艦水鬼、沈んでいきます!』

 観測役の弾んだ声が通信網に流れる。

『深海棲艦も散っていきます――再起動の様子、なし!』

 その言葉に、艦娘たちが歓喜の声をあげる。

 大和と武蔵が見つめる前で、彼女らの声を聞きながら長門はかすかに微笑み。

 そして、額から汗をたらしながら、海面でぐらり、と態勢を崩した。

 倒れそうになったのをすんでで支えに入ったのは陸奥である。

 その彼女の目は、かすかに涙ぐんでいた。

「もう、このばかっ……長門型でこれを運用するのは無理があるって言ったのにっ」

 そんな陸奥の言葉に、長門は汗をだらだらをかきながら、答えた。

「ああ、たしかに堪えるな。反動で骨がきしんでいる。これは満足に立っていられそうにない――大和、ひとついいか?」

 長門に呼ばれて、大和がぴくりと肩を震わす。

「はい、なんでしょうか」

「本隊に帰着するまで連合艦隊をお前に預ける。帰り道、しっかりと皆を届けてくれ。頼んだぞ、いまからこの艦隊の旗艦はお前だ」

 長門の声はかすれがちで、苦しそうだった。

 大和はこくりとうなずいた。それを見て、長門が安心したように目を閉じる。

 一気に体重を預けてきた長門に、陸奥がよろけそうになる。

 そこへ無言で手を添えたのは、武蔵であった。

「あなた、その損傷で……」

「いや、構わない。たぶん長門の方がダメージは大きい」

 武蔵は静かにそう言った。

「――しかし、あの艤装が試作兵器なら、連合艦隊司令部はどうしていたんだ?」

 つぶやくように言った武蔵の疑問に、陸奥がため息まじりの声で答えた。

「そんなの、長門の頭の中にあるに決まっているじゃないの。鎮守府中の艦娘の顔と名前はもちろん、その演習成績も、その子の性格も、艦としての記憶も、戦うときの癖だって長門は全部覚えているのだから――そうしないととても“艦隊総旗艦”など名乗れない。それがこの子の口癖。本当に、不器用なんだから……」

 陸奥の声は、誇らしいというよりも、あきれ半分のように聞こえた。

 武蔵は、目を閉じた長門の顔を見つめた。

 意識を失っていてなお、彼女の武人然とした雰囲気に変わりはなかった。

 

 本隊に帰着した武蔵たちを、留守番の艦娘たちの歓声が出迎えた。

 撃沈を出すことなく作戦を完遂したことに、艦娘たちは喜びに沸きかえっている。

 再起動した戦艦水鬼を、長門が試作兵器で仕留めたことに、皆が口を揃えて言った。

 ――さすがはわれらが“艦隊総旗艦”だ。

 その言葉を、船内ドックへと歩みを進める武蔵は、何度も聞いた。

 隣に付き添う大和も同様だ。時折、大和が心配そうに武蔵を見つめてくる。

 単に損傷を気遣っているだけではないことは、その表情から見てとれた。

「なんだ? その顔は。心配するな、駄々をこねたりはしないさ」

「その……怒らないの? あんな砲があるなら、大和型によこせとか」

「思わなくもないが、わたしたちを気遣ってのことだろう。だいじな大和型に何かあっては困る。自分なら何かあっても惜しくはない、と――長門が考えそうなことだ」

 ふっと武蔵は口の端を持ちあげた。そうして、大和の頬をつついてみせる。

「負けるなよ、大和。あれを乗り越えてみせろ」

「ちょっと、あなた。まだそんなこと言って――」

「意味が違うぞ。前のわたしは長門をあなどっていた。性能も劣るのに、先輩というだけで偉ぶっている、いけすかないやつだと――だがいまは違う。あれは素晴らしい艦娘だ。経験と実力を兼ね備え、自らの限界をわきまえながらもそれを乗り越える意思を持ち続ける、とんでもない人だ」

 目を丸くする大和に向かって、武蔵はうなずいてみせた。

「たしかに、あの人は“艦隊総旗艦”にふさわしい。だからこそ、わたしたちは彼女を超えて、その二つ名を継げるように励むべきだろう。そうすればきっと、わたしたちはいまいる場所とは違う景色が見えるに違いない。そうだろう?」

 そう言って、武蔵は歯を見せてにかっと笑った。

 彼女の笑みには一点の曇りもなく。

 それは澄み切った青空にも似た、晴れやかな笑みだった。

 

〔続〕


 
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