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真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第七十一話

ムカミさん

第七十一話の投稿です。


さあ、また大きくこの外史を動かしていきましょう。

2015-04-21 01:14:07 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:4714   閲覧ユーザー数:3576

 

あの程度の敵にやられるはずが無い。その考え方は自信を超えて慢心に繋がる。

 

あの程度の敵ならば”余程の失態を晒さない限りは”負けはしない。この考え方は先程のものと同じようでいて異なる。

 

余程の失態とは何か。

 

適当な策の選定、致命的な調査不足、なおざりな部隊指揮など様々考えられる。

 

そのどれもに共通していることが、始めから相手を舐めて掛かっているということ。

 

それを予め戒めとしておくことで、決して手を抜かない心構えでもって敵と相対することが出来るようになる。

 

さて、この度の遠征軍の指揮を任されたのは一刀、そして軍師に風。

 

そのどちらもが上記の事柄は当たり前に承知している。

 

つまり、事前調査は十分、策の選定も綿密な打ち合わせを経て行われており、さらに将達、つまり一刀、凪、斗詩も部隊指揮に手を抜くような者達では無い。

 

最後の間諜を放ってから今この時までの僅かな期間に、それこそ恋を軽く凌駕するような化け物が参入していない限り、負けは無い状態であった。

 

故に、敵軍を目の前にした軍議の場でも、誰一人余計な緊張に固くなっている者はいない。

 

「それでは~。鶴翼の陣を敷いてお兄さんが正面、凪ちゃんが右翼、斗詩ちゃんが左翼ということで~」

 

「変則な策は必要無いな。順当に俺の部隊で引きずり込んで凪と斗詩に包囲してもらおう」

 

「私達の部隊指揮に掛かっている、ということですね。私の魏軍としての初陣にしては重責ですけれど、本当に私で良いのですか?」

 

風が配置を伝え、一刀が大まかな動きを確認する。

 

そこに斗詩がふと疑問を挟んだ。

 

斗詩からしてみれば、最終的に納得尽くとは言えど自分は半ば強引に降らされた将。

 

首脳陣からしてみればまだ戦のキーパーソンを任せるだけの信用は無いだろうと考えていたからである。

 

そんな疑問を呈した斗詩に答えたのは一刀であった。

 

「俺が斗詩を信用した。だから任せる。

 

 初陣と言っても、もう随分と魏で共に暮らしているんだ。斗詩にしても猪々子にしても、もちろん麗羽にしても、裏切るなんてもう欠片も思わないよ」

 

「……承知しました。ご期待に応えられるよう、精一杯頑張ります」

 

じっとまっすぐに斗詩の目を見つめながら語られた一刀の言葉。

 

斗詩もまたそれを見つめ返し、その言葉に嘘偽りが無いことを直感的に感じ取った。

 

それ故か、斗詩の口からは自然に言葉が零れ出る。

 

これで部隊の意思統一は為された。

 

後はそれを乱すことなく敵に向けるのみ。

 

そのタイミングで凪は心配気に一刀に声を掛けた。

 

「一刀殿。まず大丈夫だとは思いますが、あまり無理はしないようにしてください」

 

「ああ。だが、まあ目ぼしい敵将の情報も無いことだし、今回は問題無いさ」

 

凪の心配は一刀の氣の制御能力。

 

使うことは論外。今回の戦では抑えて暴走しないようにするに留めることを決めている。

 

それでもまだ100%制御出来ているわけでは無かったためにそのような心配が生まれていたのであった。

 

とは言え、一刀の言う通りなのである。

 

情報にイレギュラーが無ければ全く問題は無い。

 

そして何より。

 

このレベルの敵軍であれば、黒衣隊の情報収集が届かないところは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵軍、吶喊してきます!」

 

「よし、全隊盾用意!防御に専念し、被害は最小限に留めよ!!」

 

『はっ!!』

 

伝令からの報告を受け、一刀は直ぐ様指示を出す。

 

ここまでの道中にて予め徹底しておいた対策をもって、大山を思わせるような揺るぎない防御を誇っている。

 

ジリジリと下がって敵軍を網の真ん中に引きずり込みながら、しかし集中力は片時と離さずに捌く捌く。

 

「はっ!!御遣いごときが何するものぞ!!所詮は名ばかりでは無いか!!

 

 皆の者!!この戦、我は勝利を確信した!!このまま押せーーっっ!!」

 

敵軍の指揮官は一刀の部隊が少しずつ下がっていくことに気を良くしている。周囲の状況など目に入っていないようだ。

 

これも風の狙い通りなのかも知れない。

 

敵軍は指揮官の言葉に活気づき、その勢いを増していく。

 

だが、果たして気付いているだろうか。

 

魏軍の兵の堅固な守りをほとんど突破出来ていないことに。自軍の犠牲の方が現時点ですら相当多い事実に。

 

当然のように誰もが気付いていない。

 

あるいは末端の兵の中には薄々勘付いた者もいたかもしれない。

 

だが、指揮官かそれに準ずる立場の者が気付けなければ、全ては無意味。

 

寸分の疑いも無く敵軍は一刀の部隊の誘いに乗ってくる。

 

下がる魏軍、進む敵軍。

 

予定以上に順調に誘い込みに成功した。

 

(これで目的の距離は引っ張れた。凪と斗詩は……うん、大丈夫そうだな)

 

ふと目をやれば、右翼の凪も左翼の斗詩も、既に包囲に向けて動いている。

 

勿論敵軍にも両翼に配置された部隊がある。

 

だが、斗詩はそれを最低限の兵数で押さえつつ、残る兵を包囲に走らせる。

 

凪の方は斗詩とは異なり、主に凪の猛虎蹴撃を軸に敵軍を蹴散らしながら全兵で包囲網を形成しつつある。

 

彼女達の動きに淀みはなく、敵軍が窮地に追い込まれるのは最早時間の問題であった。

 

「全隊、隊形を維持したまま現在位置を保持せよ!!我らの踏ん張りが両将軍への最大援護となる!!」

 

『はっ!!』

 

一刀は部隊に対し、後退の命の変更を告げる。

 

これは予め兵達に話してあった指示内容である。それも、この指示はほとんど最後の指示内容。

 

つまり、戦の終わりが近いということをも暗に示していた。

 

予定外の指示は一つも入っていない。周囲を見ても脱落した兵はほとんどいない。

 

素人目に見ても順調に過ぎるこの過程を見れば、俄然兵の士気も上がろうというもの。

 

自ら進んで行くことは無くとも、押し返すかの如き勢いを持って魏軍の猛反撃が開始される。

 

この変わり様には敵軍の指揮官も目を白黒させていた。

 

「なっ!?に、俄に活気づきおって……!!

 

 ええいっ、構わんっ!どうせ悪あがきだ!!押せ、押せーーっ!!」

 

敵軍は見せかけの勢いに身を任せ、破滅への道をひた走る。

 

敵の両翼は既にボロボロ。魏軍の右翼と左翼はほとんど合流を果たし、包囲網は完成していた。

 

「包囲を縮めよ!!敵本隊の後背より瓦解せしめるぞ!!」

 

『はっ!!』

 

「皆さん!こちらも包囲を縮めます!楽進将軍の部隊に遅れを取らないように!!されど早すぎないように!!

 

 足並みを揃え、包囲の隙を決して作らないようにしてください!!」

 

『はっ!!』

 

凪と斗詩の号令が轟き、右翼左翼とも前進を開始。

 

この時になってようやく敵軍は自分たちが追い詰められていたことに気がついたようだった。

 

数で劣り、包囲され、正面は突破するどころか壊滅の可能性すら見える状況。

 

ここに至ってようやく敵軍は負けを認め、降服の意思を示したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一刀殿、投降兵の取りまとめ、完了致しました」

 

「了解した。お疲れ様、凪」

 

「一刀さん、情報の聞き出しの方も完了です」

 

「結果が出たか。斗詩もお疲れ様。それで、どうだった?」

 

「どうやら独自に動いたことに間違いはないようです。目新しい証言は取れませんでした」

 

「そうか。これだけ固めて動かれたものだから、どこぞに黒幕でもいるのかと思ったんだがな……どうやら外れだったようだ」

 

戦を終えた平原にて一刀は凪と斗詩の報告を受けていた。

 

が、残念ながら一刀の懸念は杞憂に終わる。

 

一刀の予想は、ここ最近の諸侯の動きは何者かによって作為的に起こされたものではないか、というもの。

 

尤も、それは最悪の事態を想定したものであり、無論のことながら存在しない方が良かったのだが。

 

斗詩からの報告に胸を撫で下ろし、ぐるりと周りを見渡す。

 

その目が探すは今回この戦場に赴いた将の最後の一人の姿。

 

一体彼女はどこへ行ったのやら。本来であれば風がするべき仕事まで一刀が引き受けていたのである。

 

「一刀殿、これからいかが致しましょう?」

 

「そうだな……風が戻ってきたら簡潔に再報告して、このまま帰途に着こうか。どこにいるのか分からんのだがな……」

 

「え、風さんですか?先程まで私の方の仕事を見ておられたのですけれど、戻られてないのですか?」

 

一刀の言葉を受けて、意外そうな顔で斗詩がそう告げる。

 

すると今度は一刀の表情が変わり、呆れの色を表すものとなった。

 

「何をやっているんだか……斗詩、尋問作業を見ていた風の様子で気付いたことは無いか?」

 

「気付いたこと……そう言えば、風さんは尋問の結果を知らないと思います。

 

 私が最終的な判断を下す前に、どちらかへ向かわれたようでしたので」

 

「尋問の結果をその目で見たかったわけでは無いのか。だったら、見たかったのは過程か?」

 

「ご名答~なのですよ~」

 

「ぅひゃぁっ!?あ、ふ、風様!?いつの間に後ろに……」

 

背後から突然現れた風に思わず凪が悲鳴を上げてしまう。

 

だが、風はそんな凪を余所に一刀の推測への解答を話す。

 

「斗詩さんに尋問してもらった人は、上からの命通りに侵攻しただけですね~。それは風の目からも同意見でした~。

 

 ですが、その受け答えの中に一部気になる点がありましたので~。

 

 我が軍における風のように、軍師のような立ち位置の方が向こうにもいるのではないかと思いまして~。

 

 少し探してみたところ、案外簡単に見つかりました~」

 

「軍師……以前の報告にはいなかったと思うが、加入していたということか?

 

 そう考えると、危なかったのかも知れないな……」

 

風の語った内容に、一刀は2通りの意味で猛省する。

 

部隊の指揮官として。そして、黒衣隊の長として。

 

情報に抜けがあったということは、時として致命傷となる。

 

そういった観点から、特に黒衣隊の立場から考えた反省が強かった。が。

 

「いえいえ~。実際はただの文官の方が駆り出されただけのようでした~。

 

 正式な軍師では無かったようですね~。持っていた情報も変わらずです~。

 

 尋問をするまでも無く、それを匂わせたらペラペラ話してくれましたよ~」

 

「完全にただの文官だったということか。内部の気まぐれまではさすがに情報化は出来ないからな。

 

 なぜ急にそんなことをしたのか、だけが謎だが」

 

「風の勝手な予測ですが~。魏や孫家、それに董卓軍と、ここ最近の規模の大きな軍は皆優秀な軍師が付いています~。

 

 ですので、そこに中途半端に気付いた諸侯の方がその立ち位置の人間を作り上げようとしたのではないかと~」

 

「そんな馬鹿な、って言い切れないところが嫌だな……」

 

再び溜め息が漏れ出てしまう。

 

しかしそれも一瞬、すぐに切り替えると一刀は皆に向かってこう言った。

 

「まあ何にせよ、その理由はもう俺たちに関係無いことだ。

 

 今は早く許昌に帰ろう。何かまだ出来ていないことがある者はいるか?」

 

その問いには一様に否の応えが返って来る。

 

ならば、と一刀は全隊に向けて声を貼り上げた。

 

「皆の者!これより許昌へと帰還する!

 

 隊列を組め!帰路において不測の事態が起ころうと、毅然とした対応を心掛けよ!!」

 

『はっ!!』

 

数千の兵の固まった返答が空気を震わせる。

 

魏軍は嵐のようにこの地にて生じた諍いを鎮めて去っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

許昌へと帰る道すがら、一刀は風とここ最近の情勢について意見を交わしていた。

 

「これだけ諸侯の侵攻が頻発しているのも、全ては偶然ということか?

 

 どうにも納得しにくいんだがなぁ……」

 

「ほぅ?それはどうしてなのですか~?」

 

「桂花がいて、更に詠がいるんだ。そうそう魏の情報が漏洩するとは思えない。

 

 だが、さすがにあの2人でも大きな動きを隠しきることは難しいだろう。

 

 となれば、揚州を攻めに行ってすぐに戻ってきたことくらいは分かるはずだ。

 

 そこから、魏が何か失態を仕出かしたこともある程度は想像がつくだろう。が、それだけで果たして魏に攻め込む、という選択肢に繋がるか?」

 

「相手の弱みを突くのは基本ですよ~?」

 

「それはそうだろう。だが、そもそも今こうして攻めてくるようになった諸侯と魏とでは規模が違う。

 

 今までは余り領地に興味が無かったのか、ほとんど動きらしい動きも見せなかった連中が、ここに来てこぞって動き出したんだ。

 

 始めこそ、風の言う通りに納得していたんだが、やはりそれまでの動向と合わせて考えるとちょっと、な」

 

失態を突いて攻められることを前提に策を用意することは正しい。というよりも必要なことだ。

 

だが、それが現実のものとなっているからといって、その理由を考察することまで放棄してはいけない。

 

何より、一刀にはこういったことを考えるだけの一刀なりの理由が存在している。

 

それは次の、一刀から風への問い掛けの形で現れてきた。

 

「北方の五胡、攻めて来てないだろ?いや、正確に言うと、頻度が増してない、ってことになるんだが。

 

 今回のことで小さい諸侯でさえ我先にと攻めてくるようになったというのに、五胡はそれだ。おかしいとは思わないか?」

 

「むぅ~……桂花ちゃんに聞いてみないと確かなことは分かりませんが、確かに五胡に動きはありませんね~」

 

「或いは裏で諸葛亮なり龐統なりが暗躍していることも考えたんだが……その影が形も見えないとなれば、やっぱり偶然なのかも知れないな」

 

「…………情報を伝えることなく届けたのかも知れませんね~……」

 

ポツリ、と風が呟く。

 

聞き取れるかどうかというその声に対し、一刀は疑問符しか浮かばない。

 

聞き間違いか、或いは何か風なりに考えることがあったのか。

 

いずれにせよ、風に対して可能性の提示は行った。

 

人の心理を読むに長けている風。

 

彼女であれば知らず掛けられている敵の策に気付くかもしれない。

 

あるかないかも分からないものではあるが、悪い方を想定して動くに越したことはないだろう。

 

そう考えつつも、胸の中では今回の出陣で何事も無かったことに安堵の溜息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰路にて正体不明の部隊に襲われる――といったようなハプニングも無く、一刀達は無事許昌へと帰還する。

 

その足で華琳の下まで赴き、報告を行っていた。

 

「北郷一刀以下4名、ただ今帰還致しました」

 

「ご苦労だったわね。それで、首尾の方は?」

 

「戦場に到着後、直ちに敵軍への応戦を開始、被害を軽微に押さえつつ迅速に戦を収めました」

 

「そう、さすがね。風、後で詳細をまとめて桂花に知らせておいてちょうだい」

 

「はい~、お任せを~」

 

一刀達もそうだったが、華琳もまた今回の出陣で一刀達がトチるなど考えてもいなかった。

 

故に、報告は短い言葉によるやり取りが主となる。

 

概要を報告し、華琳からの指示が出され、これで報告の場は終わり――とはならなかった。

 

「それとですね~、華琳様。元はお兄さんの予想なのですが、一考の価値があるかもしれない報告がありまして~」

 

「へぇ?何かしら、風?」

 

「ここ最近の戦の頻発についてですが~、裏で操っている者がいるかもしれません~」

 

「あぁ、それ……桂花や零も考えて、実際に敵の指揮官に情報を洗いざらい出させたそうよ。

 

 結果はシロ。どことも、誰とも、繋がりは確認出来なかったらしいわ。

 

 それとも、もしかしてそちらは違ったのかしら、一刀?」

 

流し目で問われるが、出せる回答は残念なものでしかない。

 

即座の風のフォローを期待して、一刀は飾らずに事実を告げる。

 

「いや、こちらも同じだ。斗詩にお願いして敵の指揮官を尋問した。

 

 だが、目ぼしい情報は得られなかったよ」

 

「ならば偶然なのでしょう。納得がいきかねるのは私も分かるわ。けれど、飲み込みなさい」

 

「華琳様~、五胡は攻めてきてますか~?」

 

「五胡?いいえ、貴方達の後にも一組出陣させたけれど、それも恐らく諸侯の軍よ。

 

 それにしても随分といきなりな質問をするわね、風」

 

突然話題が変わったように感じる風の物言いに、華琳も瞬時首を傾げる。

 

ところが、風は風で君主が不思議そうに、何かを問いた気にしていても自身のペースを崩すことはない。

 

「今時期に攻めてきている諸侯の方角は記録しておりますか~?」

 

「それは記録してあるわ。尤も、詳細な情報は桂花に聞かないといけないけれどね」

 

「そちら、確認の上でよく検討した方が良いかも知れませんね~」

 

「……風、端的に、詳しく説明なさい」

 

風の話内容が捨て置いて良いものでは無いことに華琳が気付く。

 

表情を改めると、先よりも強い口調で風に命じた。

 

さすがに風もここでのらりくらりとした回答などしない。

 

サラッと短く、しかし重要と思われる情報を口にした。

 

「そこに裏でこの状況を操作する人物の手掛かりがあるかも知れません。

 

 北方の五胡と南東の諸侯からの侵攻が確認出来ていないのでしたら、それが答えである可能性がありますので~」

 

「……誰かある!!」

 

「はっ、ここに」

 

「今すぐ桂花を呼んできなさい!その際、侵攻情報を纏めた書簡を持ってくるように伝えなさい!」

 

「はっ!」

 

迅速に対応すべし。

 

風の報告を受けて華琳が下した判断はそれだった。

 

人を呼び、桂花を呼び出す。必要な書簡の指示も忘れていない。

 

指示を出し終えた華琳は一刀たちに振り向き、こちらにも指示を出した。

 

「一刀、風、貴方達は残りなさい。斗詩は今遠征の部隊被害の詳細を。凪は斗詩の補佐をなさい」

 

『はっ』

 

「軍師が少ないことが悔やまれるわ……けれど、あれ以上の失態は晒せない。可能性は芽から潰していくわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念ながら、風の予想は当たっていると言える可能性の方が高いようです、華琳様」

 

軍議室に桂花の重々しい言葉が通る。

 

それほど大きい声を出したわけでも無いのだが、それでもよく通るほどに室内はシンと静まり返っていた。

 

それは、事によっては事態が深刻であることに皆が気付いていたからである。

 

かと言って黙っていたところで事態が好転するはずもない。

 

華琳が君主としての矜持もあって、静寂を破って議論の口火を切る。

 

「現状考えられる最悪の事態、それは”何者”かにここ許昌が突然襲われることだけれど……

 

 その可能性はどの程度あるのかしら、桂花?」

 

「許昌に至られるまで全く気付かないということはありえません。今時分でも我が国の間諜は部隊とは別枠のところで機能させておりますので」

 

「もしも風の予想通りであったとすれば、逆にそこが腑に落ちないところとなりますね」

 

華琳と桂花のやり取りを聞いて稟が言葉をこぼす。

 

それには桂花も同意見のようで、頷きを返すと稟の後に言葉を続けた。

 

「一刀たちが出陣してから我々が帰還するまでの間許昌は、いえ、魏国全体がと言えるでしょう、非常に手薄な状態であったと言えます。

 

 にも関わらず大きな敵の影は欠片も見えません。先程も申しました通り、情報収集は常と変わらぬ水準で行っていますので、情報の取り零しというわけではありません」

 

「ならば、これは偶然であったと言うのかしら?」

 

「いえ、その可能性も無くは無いのですが、それはそれで不自然な点が残ってしまいます。

 

 どこかにこの状況を創り出した者がいるはずなのですが……」

 

「目的が一向に見えて来ないですね~」

 

言い淀んだ桂花の言葉の続きを、非常に軽い様子で風が繋げる。

 

「攻めるに絶好の機会を創り出しておきながら攻めてくる気配が無い、と来ましたか~。

 

 定石から外れてますからね~、稟ちゃんはとても悩んでしまっているようで~」

 

「風、貴女は何か分かるのかしら?」

 

「いえ~、さすがに風でもこれは読めませんね~」

 

「貴女ね……」

 

風の軽い言葉に思わず溜め息を吐いてしまう。

 

それは桂花と稟も同様だったようで、若干ならず呆れたような表情を醸していた。

 

かように華琳を中心に様々な話し合いが交わされる中、一人、一刀は黙考に耽る。

 

黒衣隊として得ている情報がある。桂花から今聞いた情報がある。それらを統合して思考に組み込む。

 

弱ったところに頻発する”だけ”の小さな戦。孫家は勿論のこと、蜀にすら現状で動きが無い。

 

今の状況を創り出すことにメリットのありそうな2国は動かず、何故今更と言いたくなるような小さな諸侯ばかりが動く現状。

 

これではまるで……

 

「まるで負荷実験、だな……」

 

「はい?一刀、貴方何を言っているの?」

 

「ああ、いや、すまない、華琳。ふと思っただけだ。

 

 魏国に対して少しずつ負荷を掛けていって、潰れるかどうかの限界を調べているようだな、と」

 

「いやらしい考え方ね……けれど、それもありえないわね。わざわざそんな面倒なことをせずとも、守りが薄くなったところに攻撃を仕掛ければいいだけの話なのだから」

 

「それもそうだよなぁ……」

 

何から何までもが推測・推論で行われる軍議。

 

それは最早不毛な議論とすら言えるのかもしれない。

 

全ては勝手な妄想の中の出来事であり、真実はただの偶然の一言で片付けられるかもしれないのだから。

 

「なんにせよ許昌を初めとして、魏国の守りを固める方向に注力しておきましょう。

 

 もう少しで帰って来る子も多いけれど、それぞれに周知徹底を。

 

 それから、桂花、稟、風。貴女達の誰でもいいわ、零と詠にこの事を話した後、それに対する2人の意見も報告しに来させてちょうだい」

 

迷走しそうな雰囲気を感じ取ってか、華琳が議論を終息に向かわせる。

 

これに誰も異議を唱えることはない。推測のみで議論を進め続ける危険性は皆が理解していたからである。

 

たっぷり時間を取って皆を見回した後、華琳は改めて議論の終結を宣言した。

 

「それではこの会議はここまでよ。但し、桂花に限らず情報は常に集め続けるようになさい。

 

 意外なところから重要な情報が出てくることもあるのだから。

 

 それと、また何か可能性の高い推論が浮かんでも報告をするように。

 

 今は少しでも多く情報を集め、考えることを優先させるわよ」

 

『はっ』

 

 

 

議論が閉じ、各々持ち場へと戻っていく。

 

その流れの中、その場に一刀は留まって華琳に話しかけていた。

 

「今の状況は魏の危地、と。そう見るべきだと思うか?」

 

「何とも言えないわね。全てにおいて確証が無く、事実確認も何も出来ていない。

 

 曖昧に過ぎて、今この話をしたところでただただ混乱を招くだけだったのかも知れないわね」

 

「危険に対しては事前に対応するのが一番だからな、今議論を持ったことに利点はあるはずだ。

 

 何より桂花達ならいらぬ混乱まではしないだろうさ」

 

「そうね。それにしても、こうなると将はもっと許昌に残しておくべきだったわね。

 

 つい先日に秋蘭を様子見に出してしまったのは少し痛いわ」

 

「……様子見?」

 

華琳が溢した言葉がどうしてか一刀の心に引っ掛かる。

 

その言葉自体には何も心配するところは見られないにも関わらず、である。

 

「ええ。何でも、雍州の南端に賊らしき人影の目撃情報があってね。

 

 益州の方から流れてきて、何かを企んでいる可能性が考えられるそうなのよ。

 

 それで、その賊を調べ、場合によっては潰してくるように秋蘭を出したわ」

 

ただの賊討伐。秋蘭にとっては造作も無い任務。そのはずなのに。

 

一刀の心臓が早鐘のように打ち始める。

 

そして

 

 

「益州ですか~?それでしたら~」

 

 

風が横から入れてきた何気ないアドバイスが

 

 

「賊の本拠地はあそこにあるかも知れませんね~」

 

 

一刀の本能が察した危地を明確なものとしたのだった。

 

 

「益州北端に近い、定軍山に居を構えているかも知れませんよ~」

 


 
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