第44話 孫権×周瑜(2)
「今、何と言った?」
あまりの言葉に、自分の耳がおかしくなったのかと思った孫権であった。
「繰り返しますが、劉備は一度も戦争をせずに北海太守に任命されているのです。厳密には一度戦争をしていますが、それも今では別の諸侯の勲功になっています。そして、強大な群雄として袁紹と公孫瓚は有名ですが、共通点があります。劉備が味方したという点です。」
周瑜は、劉備の”恐るべき点”を端的に説明した。しかし、孫権の頭では理解不能であった。そこで、順を追って一つずつ説明してもらうよう頼むことにした。
「どういうことか詳しく説明してもらえるか?」
「わかりました。ですがその前に常識を一つ教えておく必要があります。」
「常識?」
「ええ。”朝廷の許し無く戦争を行ってはいけない”という常識を。」
「何を今さら……。我々とて、朝廷からの”命令”で揚州各地の制圧を任されたろう。」
孫権軍は揚州の制圧を朝廷からの命令によって行った。このことは孫権にとって考えるまでもなく当たり前のことであった。
「そうです。ところが、その原則を破った者が居ます。公孫瓚です。奴は何の許可もないのに薊の太守であった劉虞を倒しています。本来であれば”朝敵”として攻撃されてもおかしくありません。」
「何だと……?」
「お咎め無しの理由は1つ。朝廷にとって辺境の地の権力争いなどどうでもいい――税さえ納めれば――ということです。でなければ并州牧に張燕などという賊(
「な……。まさか……!」
「ご明察の通りです。その手足となって戦ったのが他ならぬ”劉備”です。このときは主を劉備として、関羽、張飛、趙雲、厳顔、徐庶、諸葛亮、龐統、そして”天の御遣い”だった北郷一刀。その付き人の甄姫というおそるべき布陣です。」
「天の御遣い”だった”?」
「ええ。”天”が色々とややこしくて面倒なので消すことにしたのでしょうね。これでは”不敬罪”も通用しません。
そもそも、公孫瓚に客将として力を貸した劉備たち、というより北郷一刀の進言により劉虞を倒すことにしたようです。」
「では、悪いのは北郷一刀……?」
「そうはなりません。悪くなるとすれば公孫瓚です。」
孫権には理解できなかった。実際に悪事を進言した人物が悪くはならず、あくまで公孫?が悪くなるというのだから。
「何故だ!」
「責任を持つのは君主。当たり前の話でしょう? 我が軍で言えば黄蓮様が全ての責任を負っているのですよ。」
「それを北郷一刀はなすりつけたというのか?」
「ええ。」
「何と卑怯な奴だ……。北郷一刀……。」
「普通でしょう。私でもこの程度はします。問題はそんなところではありません。」
一刀の謀略――ほんの”さわり”なのだが――に激怒する孫権。それに対し、冷静に、淡々と事実を告げる周瑜。そう、”問題”は別にあった。”謀略”である。どこまでが”意図的”で、どこからが”偶然”なのか、判別するのは周瑜にとっても難しい問題なのだった。周瑜が劉備に初の間者を送りこんだのは劉備たちが公孫度を潰した頃……とかなり早い。しかし、公孫瓚軍に間者を送り込むのはさほど苦労しなかったのだが、劉備軍となると相当の手練れでなければ上手くいかないのであった。重要な情報に至っては一切手に入らなかった。
「公孫瓚の領土を出発してからの道のりを順に説明していきますからじっくり聞いて下さい。
まずは戦――唯一の戦――で韓馥を殺しています。ちなみに、ここで張郃、沮授、田豊が仲間に加わっています。この戦も朝廷からの命令はありませんでしたが、直後に袁紹へ献上されています。
厄介なことに、献上した相手は袁紹です。大将軍、何進に”討伐命令”を出させ、いつ落とすか悩んでいた袁紹です。このことまで読んでいたのなら、”恐るべき”を超えています。ただ、私は”運良く”だと思っています。」
「何故だ?」
「当時はそこまでの諜報能力がなかったでしょうし、”運悪く”なってくれたほうがありがたいと思われますので。」
「つまり……?」
「普通に考えて、袁紹が朝廷から睨まれる状況のほうが望ましいでしょう。朝廷との関係が良い諸侯はそれだけで強大な敵になり得ますから。袁紹は勿論、これを自分の手柄としました。実際に落としたのは劉備軍なのですがね。
それから”何らかの手段”を用いて北海太守の座を手に入れるのですが、その前に蓮華様。現状、民衆は朝廷のある洛陽と公孫瓚の治める幽州、袁紹の治める冀州、そして劉備の治める北海に賊は居らず、大量の民衆が流入しています。この三勢力の共通点は?」
「劉備が味方した……ということか。」
「ええ。実際に賊の討伐を行ったのは他ならぬ劉備です。正確には”討伐”ではなく”懐柔”ですが。」
「どういう意味だ?」
「そのままです。私の知る限り、劉備軍は北海を手にするまで一度も募兵をしていないのですよ。」
「な……。」
「倒した賊を自らの兵に組み込んで戦っているのです。」
「だが……。どうやって……。」
「”米”。つまり食料です。賊になりたくてなった者は誰もいません。生活が苦しくてどうにもならないから賊になるのです。そのことを奴らはよく知っています。」
「どうやったらそれだけの食料を手に入れることができるのだ? 賊を養うにせよ、相当の糧食が要るだろう?」
「ええ。袁紹です。鄴と引き替えに大量の金と食糧を手に入れました。そこで手に入れた金も半分ほどは食糧に変えています。おそらく、我が領土からとれる食糧三年分以上でしょう。袁紹はそれだけの国力を持った諸侯ですから、容易に手に入ったと思われます。」
「それがすべて”計算”の内だというのか?」
「”偶然”だというのならそのほうが恐ろしいです。」
「今、”何らかの手段”を用いて北海太守の座を手に入れる……と言ったな。どういうことだ?」
「恐らく賄賂です。」
「そのような腐った連中が最大の敵だというのか。」
「そう言われると私も辛いところなのですが……。」
周瑜は苦笑いした。
「まさか!?」
「ええ。”討伐命令”を出させるのに父のほうの人脈と資金を使いました。我が軍で知ったのは蓮華様が初めてです。」
「姉様や母様は……?」
「知りません。”勘”で気づいていながら黙認してくれている可能性が少しありますが……。」
「なぜそこまでしたのだ?」
孫権は低い声で問うた。
「そうしなければ、何の命令が無くとも制圧に乗り出していた可能性が高いので。」
「が、少なくとも公孫瓚は……。」
「公孫瓚と我々では状況が違います。これも劉備軍の策略でしょう。」
「何?」
「地図を思い浮かべて下さい。公孫瓚は幽州全土を支配下に置いています。覇を唱えるならば、烏丸を制圧したら次に向かうのは……。」
「冀州の袁紹か并州の張燕……か。」
「ええ。袁紹が覇を唱えるにせよ、まずは”後顧の憂いを立つ”ために北の公孫瓚を制圧するでしょう。」
「”二虎競食の計”……か。」
「そういうことです。朝廷との関係は袁紹が絶対的に強いですから、公孫瓚の討伐命令が出れば良し、出なくとも、袁紹との関係が険悪になれば良し……そういう策略でしょう。」
「公孫瓚は掌の上で踊っているだけ……か。」
「はい。対して我々は荊州に袁術、劉表と居ます。劉表は兎も角、袁術は強大な群雄です。睨まれることは何としても避けなければなりません。”大義名分”が必要でしたのでそうしたのです。」
「一つ聞いて良いか?」
「何でしょう?」
「答えにくいならば答えなくても構わない。なぜここまでしてくれる?」
「最初は周家生き残りのためでした。ですが、雪蓮を始めとする皆と関わるうちに情が芽生えてきたのです。それに”勝ち馬”に乗るのならば孫家は捨てて劉備に味方すれば安泰でしょう。もはや、私は孫家と一蓮托生のつもりなのですよ。」
「礼を言う。が、そこまで劉備軍は脅威なのか?」
「脅威どころの騒ぎではありません。一に恐るべきはその”人材”です。まず、これだけの策略を考える参謀、軍師、私と同格かそれ以上の人物が最低でも四人は居ます。」
「何だと!?」
「ええ。場合によっては六人ですがね。」
「六人!? だ、誰だ……?」
「諸葛亮、龐統、田豊、沮授、この四人です。そして能力はまだ闇の中ですが、北郷一刀と徐庶。」
「”まず”ということは、武官も居るのか?」
「はい。残念ながら我が軍で及ぶのは祭殿が辛うじて……という将軍が三人。関羽、趙雲、張郃。」
「……。」
「そして武力だけなら先の三将以上の張飛。それに加えて厳顔、太史慈、廬植。悪夢のような布陣です。」
「一に、ということは、それだけではないのだな?」
「ええ。最も恐るべきはその統率力です。」
「統率力?」
「はい。軍師がいかに優秀でも、その策を君主が受け入れなければそもそも始まりませんし、将がそれを忠実に実行して初めて意味を持つのです。当たり前の話ですが。」
「……。」
「連中の統率は恐るべきの一語に尽きます。軍師の策を君主が受け入れ、その策を忠実に、完璧に全ての将が実行していくのです。百戦百勝も当たり前です。」
「耳が痛くなる話だな。我が軍に最も欠けているものだ。祭(黄蓋)、明命(周泰)しか居ないではないか……。」
「はい……。
周瑜が黄蓋”だけ”を頭数に入れたのは、周瑜の言うことを”完璧”に”忠実”に実行してくれて、武力も孫堅軍では孫堅・孫策と並び、最高位に位置しているからである。
”土着”の者が多い孫堅軍には”若輩者”で”名家出身”の周瑜のことを妬む者は多かったのだが、黄蓋は素振りも見せず従ったのだった。戦以外の時は別だが。
「そして……。」
「まだあるのか?」
「ええ。”情報”です。」
「情報?」
「はい。”戦”とは”勘”でするものではなく、情報を比較し、理論的に行うものです。私が揚州制圧に成功したのも、”情報”から敵の弱点をつかみ、その隙をついたにすぎません。連中の情報統制はすさまじいの一言です。そもそも間者が帰ってこないので、商人の情報に頼るしかないのです。」
「”すぎない”か。奴らが聞いたら何と言うかな。」
孫権は思わず笑っていた。
「彼我の戦力差は絶望的です。」
「特に……。軍師と政治ができる者がお前しか居ないのは深刻だな。馬鹿共は”一応”軍師だが、内実は単なる武官だ。ああ、お前……」
「粋玲(程普)殿たちには失礼でしょうが、その通りです。私一人でまわすのは限界があります。心当たりが一人居ないわけではありませんが、説得には時間が必要ですから今は不可能です……。」
孫策ならば”冥稟一人居れば充分よ”と言うのが目に見えていたし、本人の前で”もっと軍師が欲しい”などというのは失礼に当たると思い、孫権は訂正しようとしたのだが、周瑜はそれを止めた。その通りだからである。
「心当たり?」
「ええ。あまり詳しくは話せませんが、”狂児”と言われている人物です。能力的には問題無いと思われますが、色々と難があるようで……。」
「わかった。それは致し方ないな。それにしても厄介な問題だ。誰か居ないものか。」
「政治ができる者はもう一人居ます。」
「? 誰だ? 祭か?」
「蓮華様、貴女です。」
後書き
次の話はまた真名を考えてからなので時間がかかると思います。申し訳ありません。
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第4章 群雄の動向~袁紹・曹操・孫堅~