零士「そこまで言われなきゃいけない!?」
【晋】の店長、東零士の叫びや他の大人達の言動を、私達三人は黙って見ている事しか出来なかった
雷蓮「これが【晋】の…凄いわね」
風香「あぅ…あの人、酷いね…星さん、可哀想…」
風香は気付いていない様だが、雷蓮は気付いたか
ここに着いてすぐの愛紗さんと咲夜さんの舌戦も、先程の星さんの捕縛も、彼らはとてと簡単にやってのけたが、あの五虎将を相手にこの結果はあり得ない。
確かに愛紗さんは挑発に弱い節がある。
だが、それでも歴戦の将だ。安い挑発では絶対に乗ってこない。
それでも乗ってきたのは、恐らく咲夜さんの手腕なのだろう。
あの、心の底から馬鹿にしている言い方もそうだが、一言も向こうに口を挟ませずに言い切る口の廻りはたいしたものだと思う
そして、あの冷静沈着で定評のある星さんでさえ激情させた東零士。
本当に恐ろしいと思った。
相手の好きなもの見せびらかし、交渉を求め、決裂した瞬間に叩き割る、あの迷いのなさ。
そして事前に仕込んだ罠と二人の護衛。
小細工させたらこの人の右に出る者はいないだろう
これが、東零士と司馬懿仲達…
母上の友人であり、母上が最も敵に回したくないと言った二人
氷華「今回は味方で良かったわね…」
思わずそんな事を呟いてしまう。
今なら母上の気持ちが分かると同時に、母上達に同情してしまう。
彼女達は、敵に回してしまったのだから
氷華「しかし、ここからどう攻めるのかしら?」
依然として、汜水関の門は厳重に閉ざされている。
あの門は内側から押して開けるものだから、外側からだと開かないが…
張済「その心配は必要ありませんよ、お嬢様」
我々三人の護衛代表として付いている張済将軍が言った。
確か張済将軍は、かつて董卓軍の将として活躍した後、夏侯淵将軍の副将として戦果を挙げ、その活躍振りから魏を代表する数少ない男の将軍になった御仁だ
氷華「心配ないとはどう言う意味かしら?」
私が聞くと、張済将軍は微笑み、前方へと注意を促した
張済「ふふ、見ていてください。彼らからしたらあのような門、大した障害にはなりません」
大した障害ではない?あれが?
私でも、あの門を開けるとなると、かなりの時間を掛けなければいけないが…
咲夜「チッ…引っ込まれたな。星、向こうには誰が居るんだ?」
咲夜さんが檻の中の趙雲将軍に問い掛ける。趙雲将軍は少し思案し、やがて口を開いた
星「愛紗、鈴々、紫苑、梁山泊の林冲、花栄、そして軍師に雛里だ。兵数は1万」
びっくりする程素直に、彼女は味方の情報を晒した
風香「え…そ、そんな簡単に…言っていいんですか?」
風香がオロオロと聞いた。すると趙雲将軍はフッと笑い、汜水関の方を見た
星「風香様、私は捕虜です。捕虜の役目は情報を提供する事。それが出来なければ命はない。私はまだ命が惜しいので、ここで脅されて口を開いた。仕方のない事です」
仕方がない?蜀の五虎将がそんな簡単に味方に不利な情報を吐く訳がない。それこそ、吐くくらいなら死を選ぶだろう。
恐らく趙雲将軍は、最初からこの戦に意味はないと理解している。
それもそうだろう。我々は元々味方同士なのだから。趙雲将軍からしたら、このまま【晋】に進んでもらい、徐福の排除と父上達の救助を求めたいのだろう
咲夜「その面子だと、紫苑が抑え役になるな。しかし、雛里が軍師か。面倒だな」
詠「そうね。あの、相手の何手先まで読む雛里相手だと、生半可な策は通じない」
咲夜「プランBだな」
詠「プランBね」
ぷらん、びー?プランとは確か、計画と言う意味だったわね。
びー、というのがよくわからないけど、計画の一つと言う事よね?
咲夜「よし、月先生、お願いします」
月「はーい!」
月さんが大きな銃を構えて前に出た。
あれは確か、対物ライフル?だったかしら?
一見、華奢な体のどこにあんな無骨な銃を持つ力があるのかしら
月さんが前に行き、片膝を着いてライフルを前方に構えた。
その瞬間、得体の知れない力の波動を感じた。
氣とも違う、暖かくも、どこか畏怖を覚える気配…
咲夜「プランB発令!零士!秋蘭!」
零士「了解」
秋蘭「了解した。弓兵各員!弓を構えろ!」
東零士と夏侯淵将軍、そして弓兵が一斉に弓を構える。
握られた矢は今にも放たれそうな程引かれていた
咲夜「汜水関に篭ってる引きこもり共に告げる!これは警告だ!我々は今から、圧倒的な力によってその門をぶち抜く!前門から後門を一直線にぶち抜く力だ!間違いなく被害が出るぞ!それが嫌ならさっさと門を開けろ!10秒待ってやる!」
咲夜さんは言いたい事を言い終えると、無情に数字を数え始めた。
ゆっくりと、笑いながら。
すると、汜水関の方が騒めく。
10秒という短い時間で判断出来る訳がない。ただのハッタリなのか、それとも本気なのか。普通ならばハッタリだと判断するだろうが、相手は【晋】だ。あり得ない力を有した人外集団なのだ。だからこそ、門をぶち抜くと言う脅しに多少の真実味があって判断しかねない。
咲夜「5!」
後半分と言うところで、汜水関の方で動きがあった。連弩砲がこちらを向いたのだ。
何かされる前に牽制をしようと考えたのだろう
詠「弓兵隊!放て!」
だが、連弩砲が動くと同時にこちらの陣営が矢を放った。
連弩砲は門の上に設置されている為、矢をモロに食らう可能性があった。
その為、敵兵は矢を恐れ、連弩砲を使う暇がなかった。
零士「フッ!」
秋蘭「ハッ!」
さらには、矢の嵐の中、二本の強力な矢が連弩砲を貫き、兵器としての機能を奪っていった
咲夜「1……0…最終警告だ!開ける気はないな!?」
秒読みを終え、咲夜さんが問いかけた。
汜水関からは誰一人として出て来ない。それが答えなのだろう
咲夜「ハッハッハ!よく分かったぞ!出て来ないと言うのなら、問答無用で撃たせてもらう!怪我したくなきゃ門から離れてろ!月!」
咲夜さんが月さんの名を叫ぶ。その瞬間、少し前に出ていた弓兵が下がった
零士「……月は出ているか?」
咲夜「は?何言ってんだお前?前に出てるじゃねぇか」
零士「あぁいや、言わなきゃいけない気がしてね」
月「はーい!いきますよー!」
月さんはとても優しい、穏やかな口調で応えた。
だが、その手に持っていた銃の先からは形容し難い光が放たれていた
月「崩天」
銃の先の光が収束されていき、月さんの呟きと共に銃から極太の光が発射された。
背後にいるにも関わらず、とんでもない衝撃波がビリビリと伝わってくる。
そして、光は巨大な門すらも飲み込み、無理矢理、一直線に道を作った
氷華「な…あ…」
声に出ないとは、きっとこの事だろう。
目の前で起こった事が、理解は出来ても受け入れられなかった。
月さんの前には何もなく、ただ焼けた大地が一直線に伸びているだけだった
静寂がこの場を支配する。誰もが、目の前の光景を見て、口を開く事が出来ないでいる。
ただ、そんな中でも【晋】の連中だけは平常運転だった
咲夜「相変わらずとんでもない威力だな」
悠里「流石の私もドン引きですね」
雪蓮「これで死人が出ないんだから、不思議よね」
凪「確か、無機物のみを壊すんですよね。どういう原理なんでしょう?」
秋蘭「月曰く、特殊な技術らしいな」
どんな技術よ、それ?でも、多分向こう側はそれを知らないから、第二射を恐れるはず…
月「ふぇー、ちょっと疲れました」
詠「お疲れ様、月。でも、もう少しだけそのままでお願い」
詠さんが月さんの側に寄る。
月さんは銃を構えたまま動かない。先程のように光を収束しているわけではないが
咲夜「さぁ、出てこい!」
咲夜さんが言った。その声には喜色が含まれている。
そして、その声に応えるかのように、汜水関の中からぞろぞろと出てきた
愛紗「全軍!我に続けー!」
鈴々「抜刀!敵を討つ!」
先頭は関羽将軍と張飛将軍。
その背後、というより壁上には黄忠将軍率いる弓兵が突撃支援に出ている
咲夜「全軍迎撃準備!恋は愛紗、華雄は鈴々に当たれ!零士と秋蘭は引き続き矢を放て!奴らの勢いを削ぐんだ!詠、月を下がらせろ。月、お疲れ様」
後ろに控えていた兵が一斉に動き出す。
それと入れ替わる様に月さんが下がると、それと同時に両軍ぶつかり合った。
初戦が始まったのだ
私と雷蓮、そして風香は、初戦は出ない事になっている。
と言うより、汜水関、虎牢関での戦闘には極力出ないよう言われている。
私達三人の出番はその後らしいから。
それまでは温存。
せいぜい、目の前で行われている戦闘を見て学ぶくらいしかできないのだが…
咲夜「死にたくなきゃ家に帰んな!」
雪蓮「弱い!それじゃあ生き残れないわよ!」
これが…あの大戦を生き抜いた人間の戦闘…
凪「ハァァッ!吹き飛べ!」
悠里「とぅ!絶好調!」
目で追えない訳じゃない。
だけど、これを自分でやれと言われたら、間違いなく体がついていけない。
流琉「えーい!当たったら怪我じゃ済みませんよ!」
霞「いやぁ、派手やなぁ!やっぱ戦はこうやないとな!」
それ程までに壮絶
秋蘭「出てこい黄忠!その瞬間、当ててやるぞ」
零士「これじゃあ、どっちが悪人なんだか」
剣が、槍が、戟が振るわれる度に、大地が抉れる。
矢が放たれる度に、鉄の壁が穿たれる。
雄叫びをあげる度に、血が流れる
これが、本物の戦場…
本物の、高みにいる人間達による戦い…
その中でも一際目立つのが…
恋「愛紗、そんなに弱かったっけ?」
愛紗「なにを!?」
華雄「お前の矛にも雑念が感じられるぞ、鈴々!」
鈴々「っ!?」
恋さんと関羽将軍、そして華雄さんと張飛将軍による戦闘
何が行われているかすらわからない。武器を振るう速度が速すぎる。その周囲には衝撃波が発生して視界を奪う。兵士が少しでも近づけば、その瞬間吹っ飛ばされる。誰も、彼女達の戦闘を邪魔出来ない
一見均衡している様に見えるが、恋さんと華雄さんが押しているようだった。
それは、一瞬だけ視認出来た関羽将軍と鈴々将軍の苦々しい表情から伺えられる
恋「愛紗、あの時より弱い」
愛紗「なんだと!?」
恋「愛紗は、一体誰の為に戦ってるの?」
愛紗「っ!?」
恋さんが関羽将軍を押し返す。その時、二人の間に少し距離が出来る。
恋さんは涼しい顔に反し、関羽将軍は額に汗を浮かべ、肩で息をしていた
華雄「お前もだ鈴々。弱すぎるぞ」
鈴々「なんだと!?」
華雄「今のお前には、怒りや憎しみだけで、誇りを感じられない」
鈴々「っ!?お前に何がわかる!?」
華雄さんと張飛将軍は武器をぶつけ合い、ジリジリとお互いを睨んでいた。
やはりこちらも、華雄さんが汗一つかかない中、張飛将軍だけは息が絶え絶えだった
愛紗「我々は…負けられない…」
鈴々「負けられないのだ…」
愛紗「迷いがあるのはわかっている…」
鈴々「誇りを失ったのもわかってる!」
愛紗「それでも、私は勝たなくちゃいけないんだ!」
鈴々「ただ、大切な人の為に!」
関羽将軍と張飛将軍が息を整え、武器を構え直す。
気合いを入れ直したはずなのに、その瞳は、とても悲しそうだった
「そこまでだ!関羽、張飛!一旦退くんだ!」
四人の間に、一つの影が割り込んだ。
その影は張飛将軍と同じく蛇矛を担ぎ、それを振るって砂煙をあげ、こちらの視界を奪った
恋「む」
華雄「小細工だな。払ってやろう」
華雄さんが大斧を振るうと、砂煙は一瞬で晴れた。
晴れた先には、関羽将軍と張飛将軍を守るように一人の女性が立っていた。
長身の細身、黒髪で整った顔立ち。年齢は…恐らく私よりは少し上かしら
愛紗「林冲!?どういうつもりだ!?」
鈴々「退け!邪魔だ!」
こいつが林冲…梁山泊の一人か?
林冲「軍師殿と黄忠殿は既に撤退した。後はお前達だけだ」
撤退した?陽動だったという事か。いつの間に…
愛紗「クッ…鈴々、退くぞ!」
鈴々「なんで!?ここで負けたら、星彩が!」
愛紗「鈴々!今は退く時だ!それに今続けても負けるだけだ!負けたら、それこそ終わりだぞ!?」
鈴々「ッ!アアアアァァァァ!!」
関羽将軍と張飛将軍は叫びながら撤退して行った。それと同時に兵士も徐々に退いていく。
こちらも、退くのであれば追わないらしく、追撃はしなかった
そして、後に残ったのは…
林冲「悪いが、ここから先は通せない」
1人、門を守るように立ちふさがった林冲のみ
華雄「ほぉ?たった一人で我らを止めるつもりか?」
林冲「フッ…梁山泊が一の槍術士、林冲。貴殿らに一騎打ちを申し込みたい!武人なら、この申し出を断らないよな?」
林冲が一騎打ちを申し込んできた。
恐らくは時間稼ぎのつもりなのだろう。武将なら、それを受けるのが礼儀というもの。
だが…
雪蓮「林冲!会いたかったわよー!あの時の借りを返してやるわ!」
咲夜「へぇ、強いのか?」
霞「なんやなんやオモロそうやん!」
悠里「何分持ちますかねー」
秋蘭「何秒の間違いではないか?」
凪「普通なら一騎打ちでもするんでしょうけど…」
流琉「私達、普通じゃありませんからね」
零士「悪いが、君達の流儀に付き合うほど暇じゃあない。僕達全員で討たせてもらう」
彼らは武将ではなかった。ただの現実主義者だった
林冲「………え?」
恐らく予想外だったのだろう。
矛を構えた瞬間、じわじわと怖い大人達が詰め寄って来たのだから。
その証拠に、少し涙目だ
華雄「安心しろ、私は手出ししないさ」
恋「恋も。お腹減った」
音々音「恋殿!今お弁当を用意して参りますぞ!」
月「みなさん、お疲れ様でしたー。お食事にしましょうか」
詠「そうねー。氷菓、雷蓮、風香、あんた達の部隊にも手伝わせてもらうわよ」
氷華「あ、はい」
風香「ごはんの準備なら、私でもできるね」
雷蓮「なんだか、圧倒されっぱなしね…」
突然の指名に、私は思わず間の抜けた返事をしてしまった。
それと同時に、背後で女性の悲鳴が聞こえた気がしたが、もう何でもありな気がしているので、聞かなかった事にした
この瞬間、難攻不落の拠点の一つ、汜水関は呆気なく落ちた。
咲夜さんが言った通り、半日も経たないまま…
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戦闘があっさりしているのは、視点による仕様です(笑)