「ぐふふふふ、何と言う僥倖、まさに天が孫策を殺せと暗示しているようだ」
呉軍の中に異質な気を纏わせる男が、密かに笑っている。その男の名は許貢。
雪蓮暗殺を企てた張本人である。彼は孫呉特有の鎧甲冑を密かに調達し埋伏していた。
「一度はあの男に邪魔をされたが、此度は完璧な策といえよう。
けけけけ、あの時の恨みを晴らし、孫策を殺せば曹操様に認められ昇進は間違い無い。ぐふぐふぐふ」
彼が雪蓮暗殺を企てた発端、それは、矜持を傷つけられたから、当初はそれだけであった。
献帝に送った密書が運悪く、雪蓮の手に渡り、面会をと評して許貢は招客された。
暫しの談笑を交わして時が経ち、雪蓮は許貢の心が緩んだ隙をつき密書について問い詰める。
許貢は青ざめた顔で白を切り、不遜たる態度で、知らないと一点張りに貫いた。
端から、凝望しても明らかに黒と判断が付き、ついには雪蓮の近衛兵が、
斬り殺そうと剣を抜く構えを見せるが、雪蓮がそれを止め、許貢に帰られよと命じた。
その際、何故、許貢を殺さないかと、近衛兵に問われるが、
雪蓮は、こんな屑で殺す価値もない男に、我が烈兵の剣を汚す事はあるまいと、投げ捨てた。
これを聞いていた許貢は、腸煮えくり返る思いで暗殺を決意し、その場を後にする。
視点を変えれば雪蓮の温情から、一命を取り留めたのだが、本人は露と思わず、
怨念に囚われる結果になってしまった。
その後、許貢は、己が力だけでは雪蓮を殺すのは不可能であると判断し、中原へと走った。
そして、華琳との謁見が叶い言葉巧みに対雪蓮時に自分を配下に加えた場合の優位性を説き
華琳の下に亡命を果たしたのだが、怨念ともう一つ、
権力を得たいが為、他人を蹴落としてでも昇進を望む卑しい出世欲にも魅入られ
身体に蔓延していた俗物根性が暴走してしまったのである。
「わ、笑いが止まらん。埋伏した方が孫策を殺せる機会が増えると予想したが
まさか、これ程の好機を与えられるとは。ぐふぐふふふふ」
口の隙間から少しずつ笑い声が漏れてしまっているが、周りにいる兵らは
二王の武に魅入り、更に激しい金属音が邪魔をして下卑た笑みに気付けないでいた。
「い、いかん。あと少しでアレが…。気を引き締めなければ」
一度失敗し止まった運命の車輪が再び回り始める。そう確信しながら許貢は笑みを噛み殺し
とある合図が出るまで、もう暫く埋伏する。己の野心が膨れ上がっていき時を待つ。
だが、彼は未だに気付いていない。その行動が華琳の逆鱗に触れている事に…
雪蓮は苛立たしげに舌打ちを鳴らす。早期に決着をつけるつもりでいたのだが、
その意向とは逆に、長引いてしまっている事に苛立ちを感じていた。
「おおおおおお!!」
剛剣を繰り出すのは何度目だろうか、しかし、またもや華琳の巧みな柔技によって華麗に受け流される。
受け流される度、反撃されるものの、幸いな事に春蘭程の苛烈さは無く鋭くない為、
防ぐのは容易いのだが、いかんせん攻めの決め手が無い。
この膠着した現状を打破しようと策を練ろうとするが、怒りで我を失いつつある為、閃きが訪れない。
雪蓮に更に苛立ちが募る。
「あら、もう終わりかしら。なら、此方から…!!」
華琳はこの日初めて攻へと移行し、隙を突をついて絶で袈裟切りしてくるが、身を捩って回避する。
瞬時に反撃を試みるが華琳が最小限の動作で攻撃した為、守に移る体勢を確保され、
またもや雪蓮の剣が受け流されてしまう。その際、全力で剣を薙ぎ払ってしまい、
泳ぐ様に体制が崩れてしまった。
だが、雪蓮は泳がされた身を逆に好機と見なし、頭部に回し蹴りを出す。
この不意の体術に華琳は一瞬驚くが、長年の闘いの勘からか無意識に身体が反応し、
上体を反らして紙一重にかわした、そして、再び絶で攻撃する。
「…これでも致命傷どころか傷さえも与えられないか。
全く、つくづく貴女は化物ね」
「よく言う。私の剣、体術までもかわしといて。お前の強さの力量を見誤った」
つばぜり合いの中、互いに賛辞を送る二人だが、
雪蓮の言葉を耳にして華琳は笑い声を上げた。
「ふふふ、私が強いですって。それは見当違いだわ。私は春蘭より弱いもの」
「確かに単純な力量だけで比べたら、お前の方が劣っているだろう。
だが――相性。それ故に私は苦戦を強いられている。まさか神懸かりな柔技を体得していたなんて」
「…本当にそれだけかしら」
「―――――なに?」
「その様子だと気が付いてないようね。自分自身の剣が曇っている事に」
雪蓮は動揺してか、つばぜり合いの押し合いに一歩引けをとった。
「…黄巾党との戦で貴女が武を奮っていた所を目撃したことがあった。美しかったわ。
流麗な剣技で敵を薙ぎ払っていく様、まるで剣舞を目の当たりにしている様だった。
私は興奮した。素肌に直接、薄布を纏った時に感じる官能的な刺激の様に。
でも、今はそれが陰に隠れて一度も顔を出していない。
ましてや、風の噂で耳にした野生を解放して、獣の如く苛烈に蛮勇を奮っている訳でもない。
そして、何より先程、春蘭達と戦った時よりも精彩を欠いている」
華琳は更なる力を込め絶を押し付ける。
「…そんな中途半端な状態で私を殺そうとしているのなら、この上ない侮辱だわ」
侮辱から来る静かなる怒り、相手を認めているが故に伝えざるをえなかった。
実力を出し切れていない相手に勝ったとしても、そんな勝利は華琳自身認めない。
一方、雪蓮も手を抜いているつもりなど無かった。華琳の物言いを聞いても、
自分を惑わせる虚言であると思っていた。つばぜり合いの最中、再度力を込め押し返す。
やはり、雪蓮の方が力に分がある。
「惑わせるなら、もう少しマシな嘘を吐きなさい」
「事実を述べているのよ。貴女が弱くなってるってね」
「搦め手を使うお前の言など聞く価値も無い」
「搦め手?何の事かしら。
まぁ、仮に使ったとしても、それは戦場の常、使わない方がおかしいわ」
「私の禁忌に触れておいて、いけしゃあしゃあと――やはり生かしてはおけない!!」
「なら、本気を出す事ね、孫策!!」
つばぜり合いを解き距離をとって対峙する二人。次の一撃で決着をつけようとしている
構えを見せる。ひりつく様な緊迫感、極限まで気を高める両者。
空は雷鳴が嘶き戦場に雨が降り始めた。
次第に小ぶりから大降りへ雨粒が大きくなり、この場に居るもの全てを濡らす。
両者動じず瞬きすらしない。集中力が高まり無我の境地に達し仕掛けようとしたその時、
突然の矢雨が両者の間に降り注いだ。
「なっ!?これは一体…!!」
華琳は構えを解き練りに練った気が雲散していった。そして、その表情は驚きを隠すことなく、
目を丸くしている。一方、雪蓮は対照的に眉間に皺を寄せ唇を噛んでいた。
「騙したな。曹操!!」
激昂し吼える雪蓮。
「…騙す?馬鹿を言わないで。私だって驚いてるの」
「しらばっくれるな!!貴様はまた、そうやってまた私を暗殺する好機を窺っていたのだろう!!」
「暗殺!!」
華琳のに衝撃が走る。暗殺、その台詞を耳にするとは微塵も思わなかった。
「待って、孫策!!暗殺って…!!」
「孫策様ーーっ!!」
呉軍の伝令兵が単騎で雪蓮に駆けつけた、降りしきる雨の中、ぬかるんだ地面に
躊躇する事無く臣下の礼をとり、片膝を付く。
「矢雨について報告がございます。矢を放ったのは突如、小丘に現れた小勢、
旗色から曹操軍の手の者と思われます。将の姿は伺えませんでしたが只今、
公謹様が部隊を率いて向かっております」
「…これでも、これでも白を切るつもりか、曹操!!」
雪蓮の激昂に応えてか、雨脚が一段と強まり雨音が轟いている。
だが、それ故に、雪蓮はこの場に近づき大声を上げている蓮華に気づく事が出来なかった。
「…ぐふふ、目を切ったな、孫策!!」
目の前で臣下の礼をとっていた男、それは許貢であった。
許貢は矢雨を確認した後、直ぐ様、小丘の上から雪蓮が狙われていると呉軍に報を流し
全軍の視線を小丘の方へと向けさせ、自らは素早く馬に騎乗し伝令兵の旗を掲げながら
一直線に雪蓮へと向かった。
そして今、腰裏に隠していた剣を抜き取り、雪蓮に襲い掛かる。
「…!!!?」
不意に襲い掛かる凶刃、雪蓮は避ける事は不可能と悟ってしまった。
急行している蓮華も間に合わず、無常にも声を張り上げているだけ、
天は未だに雪蓮の存在を許さず、一人の男の凶刃を許し、あまつさえ二度も機会を与えた
そして、恨みを晴らす瞬間、許貢の凶刃が…
雪蓮を………
―――――貫かず、一人の屈強な男が間に入り弾き返した。
「…北郷様。貴方が危惧していた通りの事が起こりました」
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こちらは真・恋姫†無双の二次創作でございます
前回コメントにて許貢の事を指摘されましたが、
投稿主に勘違いで、生存している呈で書いてしまいました。
原作だと遺臣が仇討ちという形なのですが、どうして確認しなかった
苦肉の策として、この外史は許貢が生存している
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