No.742829

残された時の中を…(完結編第4話)

10年以上前に第1部が終わってから更新が途絶えてしまった、北川君と栞ちゃんのSSの続きです。
10年以上前から楽しみにしてくださった方々には、大変申し訳ない気持ちでいっぱいです…。
当時の構想そのままに書いていきますので、おかしな部分も出てくるかもしれませんが、どうぞ最後までよろしくお願いしますm(_ _)m!!
なお、これから発表する完結編は6話~7話になる予定です。

続きを表示

2014-12-10 23:24:48 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:791   閲覧ユーザー数:789

1月30日の日曜日昼過ぎのこと…。

 

 

買い物帰りで家路を急いでいた栞の視界に飛び込んできた男。

 

その人物は金髪で、更に触角の様なクセっ毛を持つ者だった。

 

“まさか……!?”

 

 

その男を目にして、栞はその男の元へと一目散に駆け寄り、そしてその男に抱き付く。

男もまた、優しい笑顔で栞の体を抱きしめる。

 

 

「ただいま」

「お帰りなさい、潤さん!!」

 

 

北川潤だった。

「どうして潤さんがここに…?それに病気の方は…?」

「病気なんだけど、向こうで臨床実験があって、病気が治る可能性があるという開発中の薬を飲んだら、たちまち悪い所がみんな取れたそうなんだ。

 先生も薬の効き目にはさすがにビックリしてたな。これなら帰国しても問題ないだろうって事で、昨日退院して帰国する事になったんだ」

 

北川が治療の為に日本を出発して数週間、手術と治療、そしてリハビリで北川が帰国するのはもっと先の事だと栞は考えていた。

それだけに、たった数週間の間で元気になった北川の姿を目の当たりにして、栞は驚いていた。

 

 

「そんな事が…?でも、潤さんの叔父さんや妹さん達の所には行かなくても良いんですか?」

「ああ。本当だったら、手術代を出してくれた麻宮の叔父さんのところに顔を出すべきなんだけど、

 まずは栞ちゃんに会ってやれって、わざわざ言ってくれたんだ。姫里も空も自分達の事は気にするなって…」

「そんな事があったんですか~」

「だから栞ちゃんと一緒にいたくなってさ…。この後、良かったら一緒に遊ばないかい?」

「良いですよ!!でも、その前にお母さんからお使いを頼まれてたので、一旦家に戻ってからでも良いですか?」

「分かった。じゃあ公園で待ち合わせしようか」

「はい!!」

 

 

今月いっぱいまでしか生きる事が出来ないと宣告されていた北川。

その期限が迫り、現在の北川の容体がどうなっているのかが気になっていた栞にとって、最も嬉しい報せ(しらせ)だった。

 

待ち合わせの約束を交わすと、先ほど以上のルンルン気分で栞は家路を急ぐのだった。

 

 

 

 

「どっこいしょっと」

 

栞より先に公園に着いた北川は、公園のベンチに腰掛けて栞を待つ事にした。

 

“これから栞ちゃんと何をして遊ぼうかな~…?”

 

脚を組んで、栞とのデートのプランをあれこれ考える中、やがてサクサクという雪を踏む足音が公園の入り口から聞こえてきた。

栞が来たと思って、足音の方に顔を向けると…。

 

 

「北川…、さん……?」

 

天野美汐が北川が座るベンチに向かって走っていた。

その表情は喜びではなく、驚きと、そして悲痛に満ちている。

 

「天野…」

「北川さん…、どうしてここに…?」

「どうしてって…。病気が治ったから、昨日帰国したんだけど…?

 そんな顔して、一体何があったんだい?」

「何があったはこちらのセリフですよ……!だって…、だって……」

 

美汐は今にも泣き出しそうなのを必死に堪え(こらえ)ながら、気持ちを落ち着ける。

 

 

 

 

 

 

「だって…。つい先程、北川さんの手術が終わったところだって、姫里さん達を通して久瀬さんから連絡が来たばかりなんですよ!!

 久瀬さんの話では、手は尽くしたけど予想以上に悪くて12時間以上もかかって、それでも昏睡状態が続いてて、予断を許さない状況だって……!!」

 

美汐の発した言葉に北川の表情がやや険しくなり、ベンチから立ち上がって美汐と向かい合うと、美汐の両肩をグッと掴む。

 

 

「天野…、この話を他に知ってるのは…?」

「この話を聞いたのは久瀬さんと私だけです。他の人にも知らせようとしたのですが…」

「悪い…、この事はしばらく黙っててくれないか?久瀬(あいつ)にもそう言っておいてくれ」

「でも…」

「頼む…。2月になるまでの間だけで良いから…」

 

周りに聞こえぬ様に小声で、しかし必死に口止めを懇願する北川。無意識のうちに美汐の肩を掴む両手にも力が入る。

 

 

「……。分かりました。この事はその時まで口外しないと約束します…。久瀬さんにもそう伝えておきます」

 

やがて北川の気迫に気圧されて、美汐は北川の懇願を受け入れる事にした。

 

「サンキュ、天野」

「それはそうと北川さん、肩が痛いのでそろそろ…」

「あっ、悪い」

 

美汐の言葉に、北川は慌てて美汐の肩を掴んでいた両手を離す。

 

 

 

 

「潤さ~ん、お待たせしました!!」

 

それから程無くして、栞が息急き(いきせき)切った様子で公園に入ってきた。

 

「栞ちゃん」

「美坂さん!?」

「あれ?天野さんはどうしてここに…?」

「北川さんが退院されたそうなので、ご挨拶に伺ったのです」

「そうですか。潤さんが元気になってよかったですね!!」

「そうですね…」

 

何も知らない様子の栞の笑顔に、美汐は事実を悟られない様に返すので精一杯だった。

 

「おっと、そうだ、栞ちゃん。そろそろ遊びに行こうか?どこが良い?」

「はい。商店街なんてどうでしょう?」

「商店街ね。分かった。

 天野。折角来てくれて悪いけど、俺達はそろそろ…」

「いえ、私も挨拶だけのつもりだったので、お気になさらないでください」

「そっか…。じゃあな、天野。久瀬にもよろしく言っといてくれ」

「天野さん。明日また学校で…」

「さようなら」

 

そんな会話の後、2人腕を組み、北川と栞は公園を後にした。

そんな2人を見送った後、美汐はスマホを取り出して、久瀬に連絡を入れる。

 

 

“……。そんな事が…。俄か(にわか)には信じ難い(しんじがたい)話ですが、天野さんが仰る(おっしゃる)からには、全て本当の事だと思わざるを得ないですね…”

「はい」

“分かりました。天野さん以外の人には北川の事は話してないので、僕も彼の意思を尊重する事にしましょう…”

「よろしくお願いします…。では……」

 

久瀬と話をした後、スマホをしまうと美汐はベンチに独り腰掛ける。

 

 

“北川さん……”

 

ヨーロッパで死の淵に立たされている北川を思い、両手で顔を覆いながら、美汐は涙を流し続けるのだった…。

「あ~~!!全然取れません!!」

 

さて、北川と栞の2人は商店街のゲームセンターでクレーンゲームをやっていた。

 

「あ~~、また失敗!!クレーンゲームなんて、人類の敵です!!」

「まあまあ、クレーンゲームなんて所詮こういうゲームなんだし、そこまで言わなくても」

 

栞が前から欲しいと思っていた人形がそこにあったのでチャレンジしていたのだが、1000円以上つぎ込んでも全く取れず、

立て続けの失敗で栞は不機嫌さを露わ(あらわ)にしており、そんな彼女を北川は宥めて(なだめて)いた。

 

「潤さんも見てないで手伝ってくださいよ!!」

「分かった分かった。俺も協力するよ」

 

苦笑いを浮かべながら北川は栞と交代すると、コインを入れてクレーンを操作する。

 

「おっ!!引っかかった!!」

 

交代して一発目でお目当てのものがクレーンに引っかかり、難なく人形を手に入れる事が出来た。

 

「ほら、取ったよ」

「凄いです、潤さん!!」

「いや、それほどでも」

 

何度チャレンジしても取れなかった人形を一発で手に入れた北川に、栞は尊敬の眼差し(まなざし)を向ける。

 

他に欲しい人形が2つあるという事だったので、北川は試しにもう1回チャレンジして成功、また更に1回チャレンジして成功と、

たったの3回で見事に栞が欲しがっていた人形全てを手に入れるのだった。

 

 

その後はリズムゲームにもチャレンジし、やがて飽きてきたので最後にプリクラを撮ると、2人はゲームセンターを後にする。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「ジャンボパフェを1つ下さい」

 

その足で百花屋に入ると、栞はジャンボパフェを注文する。

 

「栞ちゃん…。今日の晩御飯すき焼きなんだろ?大丈夫?」

「甘いものは別腹ですよ♪」

「でも、1年前に相沢とチャレンジした時は、美坂と水瀬も一緒に食べてくれて初めて食べ切れたって……」

「そんな事言う人嫌いです。潤さんとなら、きっと大丈夫ですよ♪」

「……。分かった…。俺も頑張るよ……」

 

ジャンボパフェを何の躊躇い(ためらい)もなく注文した栞に、北川は遠回しに別のものを注文する様に促す。

が、栞の妙な自信に、結局は北川も観念した様子でジャンボパフェにチャレンジする事にした。

 

 

「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 

やがて、大きな器に山盛りに盛られたパフェがテーブルに運ばれてきた。

 

「いただきま~す♪うん、美味しい~♪」

「いただきます……」

 

目の前のスイーツを栞は嬉しそうに頬張っていく。一方の北川は冷や汗を垂らしながらも栞をサポートしていった。

 

が……。

 

 

「えう~…、もうお腹いっぱいです…」

「だから言ったじゃん…。まだ半分残ってるし、どうしよう、これ…」

 

北川の懸念通り、パフェを半分しか平らげぬうちに2人とも満腹になった。

 

仕方なく半分を残して帰ろうかと思ったその時…。

 

 

“カランカラン”

「いらっしゃいませ」

「2名です」

 

見覚えのある女性が2人百花屋に入って来る。

 

「うぐぅ、北川君?どうしてここに…?」

「それに…、栞?」

 

美坂香里と月宮あゆだった。2人は驚いた様子で北川と栞を見ていた。

 

 

「美坂、それにあゆちゃん?」

「北川君、戻って来てたのね!!良かった!!」

 

北川を見るなり、香里が嬉しそうな表情を見せる。どうやら北川が無事だったと思っているらしい。

2人は北川と栞がいるテーブルの空いてる席に腰掛ける。

 

 

「どうして2人が一緒に…?」

「月宮さんがどうしても分からないところがあるから、教えて欲しいって言ってたの。だから図書館で色々アドバイスしてたのよ」

「祐一君と名雪さんは家で秋子さんに勉強を見てもらってるんだ」

「そっか…、そろそろ受験シーズンだもんな。俺も本当だったらチャレンジしないといけないんだったよな~」

 

大学受験に向けて必死に勉強している中、自分だけ遊んでいるこの状況に北川はバツが悪くなる。

ちなみに北川は鍵大医学部一本に絞っていた為、センター試験を受けられなかった時点で鍵大の受験は出来なくなっていたのだ。

 

 

「何言ってるの。病気してたんだし、今はそんな事を考えてても仕方ないわ」

 

そんな北川を見て、香里は優しくフォローする。続けて栞とあゆも、

 

「そうですよ。潤さんは成績トップなんですから、来年はきっと大丈夫ですよ!!」

「そ…、そうだよ…。ふぁいと、だよ!!」

「あゆちゃん、それ水瀬のセリフ」

「あはは…」

 

とフォローを入れた。

 

 

「ハックシュン…」

「名雪、どうした?」

「分かんない…。誰かが私の噂してるのかな?」

「それ迷信だぞ、多分」

 

一方の水瀬家では名雪がくしゃみをし、名雪の発言に祐一がツッコミを入れていた。

 

 

「それで悪いんだけど、美坂達もこれを平らげるの協力してくれないか?」

 

再び戻って、百花屋では北川が半分残っている目の前のジャンボパフェに視線をやりながら、香里達に助けを求めた

 

「うぐぅ…、すごい量だよ…」

「栞!!またこんなの注文したの!?夕飯食べられなくて、怒られるわよ!!?」

「えう~…、だって甘いものは別腹だと思ったから…」

「は~…、もうしょうがないわ…。ちょうど小腹がすいてたところだったから、出来る限り協力してあげるわ…」

「ボクもたまにはたい焼き以外のものもチャレンジしてみようかな…」

「サンキュー、2人共」

 

香里とあゆは顔から血の気が引きながらも、パフェを口に入れていく。

北川と栞も少し休んだおかげで胃腸に余裕が出てきたので、再びパフェを口にしていき、何とか完食する事に成功した。

「ごちそう様…。あたし先に帰るわ…」

「うぐぅ…、ボクも…」

 

ジャンボパフェを食べ終えるなり、香里とあゆは会計を済ませて百花屋を後にする。

 

 

「俺達もそろそろ出ようか…」

「そうですね……」

 

満腹で苦しそうな様子を見せながらも、北川と栞も会計を済ませると百花屋を出る。

 

外はいつの間にか日が暮れかけて、街灯が点き始めており、雪もいつの間にか降り出していた。

 

 

「潤さん!!今日はありがとうございました!!すごく楽しかったです」

「そっか、良かった。ジャンボパフェさえなければ、俺も楽しかったって言えるんだけどな…」

「むう…、そんな事言う人、嫌いです!!」

「じょ、冗談だよ…」

 

北川の発言に栞はムッとした様子を見せ、そんな栞に慌てて北川はフォローを入れる。

 

 

「それじゃあ、さようなら~!!」

「あ、待ってくれ!!」

 

満足した様子で家路に着こうとしていた栞を北川は呼び止める。

 

 

「どうしました?潤さん」

「明日…、1日空いてるかな…?」

「明日…、ですか…?」

「……。ダメ…、かな…?」

 

北川の突然の誘いに栞はキョトンとする。

 

明日1月31日は月曜日、当然学校がある日だ。栞の両親はそんな事を許すはずもないだろうし、何よりズル休みするのは栞自身好きではないのだ。

 

 

「……。ダメ…、か…。そうか…、そうだよな~…。ごめん…、その話は…」

「良いですよ?」

 

しばしの沈黙に気まずくなった北川はそれを撤回しようとするも、栞はそれを受け入れる事にした。

 

「良いの…?ダメ元で言ってみたんだけど…」

「お母さん達は潤さんの事、認めてくれてますから、きっと大丈夫だと思います。それに学校には病院で休むって言っておけば…」

「分かった。じゃあ、明日9時くらいに駅前で待ち合わせしようか」

「朝9時に駅前ですね?。分かりました。楽しみにしてますね!!

 それじゃあ、さようなら~!!」

「バイバ~イ…」

 

明日の北川との約束に、栞は嬉しそうに手を振って家路に着く。

そんな彼女を北川は少し淋しそうな表情で手を振りながら見送るのだった……。

「うぐぅ~…、お腹いっぱいで苦しいよ~…」

 

栞と北川が別れたちょうどその頃、あゆはさっきのジャンボパフェで満腹になったお腹に手をやりながら、居候している水瀬家を目指して歩いていた。

高カロリーの甘いものを大量に食べた事による胃の膨満感で、足取りは普段よりも重かった。

 

“栞ちゃんと北川君を助ける為とはいえ、晩御飯を食べられなかったら秋子さんに何て言おう…?祐一君も怒るかな~…?”

 

そんな事を考えながら、道を歩くあゆだった。が、突如歩みを止めた。

 

 

“そういえば北川君、2月まで生きられないかも知れないほどの重い病気にかかってたはずなのに、いくら何でも戻ってくるのが早過ぎるよね?

 なのに、何であんなに顔色が良かったのかな?それに、北川君が戻って来て嬉しいはずなのに、何で嫌な予感がするんだろう…?”

 

百花屋で北川を見てから無意識のうちに覚えていた胸騒ぎに、あゆの表情が見る見るうちに曇っていく。そして、1つの可能性にたどり着いた。

 

「北川君…、もしかして……」

 

その何かを呟こう(つぶやこう)とした、その時……。

 

 

「出来ればその時まで気付かないでいて欲しかったけど、やっぱりあゆちゃんは俺の事に気付いているみたいだな…」

 

あゆの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたので、ハッと我に返って振り返ると、そこには北川がいた。

 

「北川君……?」

「俺に聞きたい事は大体分かってるよ。何でここにいるのか、だろ?」

「うん…。今の北川君は、1年前に祐一君がこの街に来た頃のボクと同じ感じがするんだ」

「そっか…。天野と久瀬には黙っててもらってるけど、それでも今の俺と同じ状態にいた事のあるあゆちゃんは誤魔化せないか……」

 

あゆの言葉に、北川は微笑みながらも悲しそうな表情を見せる。そして口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「栞ちゃんに会う為だよ…」

「どうして…!?今じゃなくても、病気を治してからでも…」

「俺も生きて、栞ちゃんと会うつもりだったんだ…。でも、俺の病気は予想以上に重くて、持ちこたえられるかも厳しいんだ……。

 もちろん、俺も必死で生き抜いてやるって闘ったんだけど、それすらも俺の体には通じなかった……。そうしていくうちに、段々と闘う力も無くなっていった……。

 だったら、せめて栞ちゃんの誕生日までは栞ちゃんと一緒にいようって、この街に戻って来たんだよ……」

「そんな……」

 

悲哀に満ちた北川の言葉に、あゆの瞳からは涙が溢れてきた。

 

 

「そんな事言わないで、頑張ろうよ…!!

 ボクもあの日から探していた天使の人形が見つかった時は、どうなっても良かった…。祐一君が幸せに暮らせるなら、ボクはこの世にいなくても構わなかった……。

 でも、目を覚まして祐一君と恋人になって、それに皆と一緒に楽しく暮らす事が出来て、やっぱり生きてて良かったと思ったよ…!!だから北川君も……」

「ありがとう、その言葉すごく嬉しいよ。でも、俺じゃ乗り越えられそうもないんだ…」

 

あゆの必死の言葉に北川はニッコリと微笑むも、どうやら考えは変わらない様子だ。

 

 

「ごめん…、そろそろ行かないと…」

「北川君!!?待って……!!」

 

あゆの言葉に応じる事なく、北川は踵(きびす)を返して、ザクザクと雪道を歩いていく。

 

「ボクは嫌だよ!!大好きな北川君がいなくなるなんて…!!お願いだから戻って来て…!!」

 

涙を流しながら、あゆは前を歩く北川を追いかける。

北川が十字路を左折したので、あゆも少し遅れて左折したところ……。

 

 

「北川君……?」

 

北川の姿はどこにもなかった。目を離していた時間は、ほんの1秒にも満たない時間であったにもかかわらず、である。

それどころか北川の足跡も、北川が曲がってその姿があゆから見えなくなった所で無くなっていた。

 

「そんな…、北川君……」

 

あゆは放心状態となって、その場で膝からガクッと崩れ落ちた。

 

 

「嫌だよ……。嫌だよう~……。北川君……」

 

項垂れて(うなだれて)、あゆはしばらくの間、大粒の涙を流し続けるのだった……。

 

 

 

 

 

それから夜も更けて、美坂家では……。

 

 

“チッ…、チッ…、チッ……”

 

栞がベッドに蹲って(うずくまって)、時計を眺めていた。

ベッドの栞は嬉しそうな表情を浮かべるでもなく、何か覚悟をしている様だった。

 

しばらくして、時計の針が全て12の文字盤を指した。

 

“午前0時……、私の誕生日まで後1日……”

 

 

 

 

やがて夜が明け、太陽の光が街を照らしていく。

 

 

「行ってきます」

「行ってらっしゃい。北川君に宜しく言ってね」

 

 

運命の1月31日の朝…………。

 

 

ある覚悟を胸に秘め、栞は北川の待つ駅へと向かっていった。


 
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