冬。まだこの辺りでは降らないが、あちらこちらで、雪が降り始めた、と話を聞く。当然降らなくとも、寒いものは寒いに決まっている。
にも関わらず、彼女はこうして、寒空の下、ベンチに座っていた。空は曇っている。どんよりとしていて、いかにも雨が降る前、といった雰囲気だろう。
何をしている、というわけでもない。軍服の上に外套を着込んだ格好でベンチに座り、ただぼんやりと、虚空を見ている。
遠くから、歩いてくる人影があった。深緑色を基調としたセーラー服。マフラーを巻き、手袋をつけ、セーラー服の下は着膨れしている、なんとも野暮ったい服装をした少女。
「うー、さぶっ」
何やらぶつぶつと独り言を呟きながら歩いている。少女は、眠たげな顔をしていた。北上だ。
「あ、いた」
彼女――提督の姿を見つけた北上はそう呟き、提督の方へと駆け寄っていく。
「提督、探しましたよーっていっても、何となくここっぽいと思ってましたけどね」
そういいながら、北上は特に断りを入れずに、提督の横へと腰掛ける。提督の側もまた、北上に何らかの反応を示すでもなく、一瞥したきり、またぼんやりと、虚空を見ている。
この事態は想定済みだったらしい。北上はどこからともなく缶コーヒーを取り出し、プルタブを持ち上げる。柔らかなカフェオレの匂いが、少しだけ、辺りに散った。
ずず、と音を立てながら、缶コーヒーを啜る。少し啜ると、傍らに缶を置き、横の提督と同じように、ぼんやりと虚空を――というより、彼女は、空を見つめだした。やはりどんよりとした曇り空で、雨を心配している風だった。
そんな風にしながら、北上は少しずつ、缶コーヒーを飲んでいく。一方の提督は変わらずに、ただぼんやりと、虚空を見ている。そんな時間が流れていく。
北上の飲む缶コーヒーの中身が、だいぶ減った頃。何度目かの、缶コーヒーを傍らに置く動作。缶コーヒーを置いた手は、そのまま後ろにつく格好。
その手の上に、何かが載せられた。何が、と北上は確認しなかった。するまでもなかった。提督の手。手袋越しでも、それがわかった。
そのまま、ゆるやかに時間は流れる。
ぽつり、と、北上の顔に、何かが当たった。空を見ていた北上は、ふと地面に目を向ける。小さな染みが、少しずつ、発生し始めている。
雨だ。考えるまでもなく。北上の手の上に載せられていた提督の手は、そっと離れていく。北上はその隙に、缶コーヒーを手に取り、すっかり冷めてしまった中身を飲み干す。
「提督、風邪引きますし帰りましょうよ」
いつも通りの無遠慮な口調で、北上は提督に言う。提督は、静かに頷き、立ち上がる。そして、北上が現れた方向――つまり、鎮守府の方向へと、歩き出す。
北上も、空になった缶を片手に持ち、立ち上がる。
「うー、やっぱさぶっ」
呟く。そして、提督の後ろ姿を、ゆっくりと追いかけ始めた。
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久しく書いていなかったので簡単に。