ふえ~、すごかったあ。
皆が惚れ過ぎちゃうのも納得だよ、好意を持っている相手に、あんなに全部を包み込まれるように愛されたら身も心も捧げちゃうよ。
普段の一刀様は優しくて呑気なお兄さんって感じだけど、大事な時の姿は格好良すぎるよね。
お姉様ごめんね、先に大人の階段を昇っちゃったよ♪
もう、気持ちが抑えられなかったから。
明日出発して長安の皆に報告する事と加えて、もう一つ、大事な事を託されたんだ。
一刀様から渡された馬家への親書、内容は建国どころじゃなくなるかも知れない事が書いてある。
親書どころか、宣戦布告に等しいような。
今直ぐには必要ないものなのに、それでもたんぽぽとお姉様の心に重荷を持たせないようにと用意して、意思に委ねてくれた。
今なら、馬家に戻ってもいいからって。
たんぽぽ達の立場は建国するまで月さんの客将で、まだ正式な一刀様の臣じゃない。
一刀様は豪族を全て潰すと以前に話してくれてる、例外も絶対に作らないって。
正確には、自治領を持つ者を作らないだけど。
一刀様がたんぽぽ達をいらないと思ってるなんて、そんな風には全然疑ってない。
それでも何か言って欲しくて部屋を訪ねたけど、いつも通りの笑顔でたんぽぽの道中の安全や体調の心配をしてくれるだけ。
部屋を訪ねた理由は分かってるはずなのに。
だから、たんぽぽも態度で表したの、たんぽぽの全ては一刀様のものだって。
隣で寝ている、不器用で優しすぎる人。
たんぽぽの大好きな人。
姉様、たんぽぽは一刀様にずっと付いて行くから。
例え、姉様と敵になるとしても。
「真・恋姫無双 君の隣に」 第35話
忙しいの字は、心を亡くすと表している。
昔の人は上手い事を考えるなと、少し現実逃避する。
書いても書いても減らない書類の山。
「兄様、少しは休んで食事を摂って下さい。いい加減に言う事を聞いてくれないと、口の中に無理やり入れちゃいますよ」
涙目で訴える流琉に謝って食事を摂る。
「美味しいよ、流琉。こんな美味しい物を食べれて幸せだよ」
「誤魔化されません。やっぱり陳留に戻らないで寿春に残ったのは正解でした。兄様は無茶ばかりするので放って置けません」
陳留での戦の後も、流琉と風は俺のところに派遣されたままとなった。
二人が華琳に直談判したらしい。
お陰で別れ際の華琳の目の怖さと言ったら、思い出すだけで震えが来る。
季衣と稟には二人をよろしくと言われて、秋蘭と霞は笑顔で送ってくれた。
春蘭と桂花は逆に目を合わせてくれなかった、声を掛けたら赤くなって後ずさるし、俺、何かしたか?
でも嬉しいよな、元の世界に戻ってた時の事を考えたら。
今は凪達が、流琉や風まで近くに居てくれる。
いつか必ず華琳達とも、その日が来る為にも頑張ろう。
「一刀様、報告書をお持ちしましたわ。あら、食事中でしたのね。失礼しました」
「大丈夫だよ、食べ終わってるから」
「この匂いは確か、流琉ちゃんが作ってくれたんですね」
「はい、やっと食べてくれたんです」
「あらあら、一刀様、流琉ちゃんを困らせてはいけませんわ」
微笑みながら俺を注意した後、流琉と会話をする紫苑。
美羽、流琉、紫苑、璃々ちゃんの四人は、最近一緒に居る事が多い。
璃々ちゃんは美羽の事をお姉ちゃんと慕って何処に行くにも付いて行ってて、流琉は紫苑を大人の女性として憧れて色々と教わってるらしい。
美羽は璃々ちゃんと一緒に眠る事が増えて、俺の部屋に来る事が減ってる。
寂しくもあるけど、成長してるんだなと感慨深い。
美羽が来ない時は七乃も来ない場合が多いから、大きいベッドを独り占めの時もある事はある。
まあ、その事は置いといて、今の俺には二つ気になってることがある。
一つは左慈と于吉、情報を集めてみたら黒山賊の頭だった。
正確には半年前に黒山賊を倒してそのまま居座り、三ヶ月前に麗羽に恭順したらしい。
あの麗羽が素性も知れない者をよく受け入れたなと思うけど、実際重用されてるとの事だ。
それまでの経歴は不明、・・そして俺の事を知っている言動。
おそらく、俺と同じ異邦人。
でも、左慈って奴、強かったよな。
俺と同じ世界の人の強さでは無いと思う、あんな強さは非常識だ。
・・華琳、今の袁紹軍は一筋縄じゃいかないぞ。
やっぱり駄目だったか。
麗羽との戦に敗れて、逃げる自分を顧みる。
白馬義従の力を最大限に出せる戦場を選んだつもりだが、兵力差を埋める事は出来なかった。
はは、兵力差だけじゃないよな。
戦術も、士気も、武力も全てに負けてた。
籠城の準備は出来てるけど、もって一ヶ月ってとこか。
あ~あ、朱里に忠告されてたのに、野戦は駄目だって。
まあ、許してくれよ、その代わり二ヶ月は麗羽を引き付けとくから。
并州の愛紗に援軍無用の伝者も送ったしな。
私は此処までだけど、桃香、ずっとお前を妬んでた侘びになるかは分からないけど、頑張れよ。
兵の再編成に関する事で宰相と話し合い、今はお茶を共にしている。
「凪、祭に指導を受けてるって聞いたけど」
「はい、学べる事の多い方ですので。真桜や沙和は誘っても自分の仕事が忙しいといって逃げるのですが」
「ハハ、忙しいのは事実だから仕事を振ってる俺の所為だな」
「そんな事はありません。忙しくても自己を研鑽するのは大事な事です。その時間を作ることも必要です」
そもそも二人が仕事中に息抜きの時間を取り過ぎてるから時間が足りないんだ。
やはり力ずくでも参加させるか。
「そうだな、こうやって二人でゆっくりお茶出来るのも大事な時間だし」
「あ、はい、とても大事な時間です」
以前の私なら何も言えず、きっと固まっていたと思う。
私は今、とても幸せだ。
「凪、もう一つ大事な事があるんだ」
「はい、何でしょうか」
「凪に一刀って呼んで欲しいんだ、宰相じゃなくなるから丁度いい機会だし」
「!!」
た、確かに仰るとおりだ、でもそんな。
わ、私が宰相を真名でお呼びする?
顔が赤くなってるのが見なくても分かる、いや、体全部が赤くなってる気がする。
「凪、気持ちが落ち着いてからでいいから」
「は、はい。ありがとうございます」
今晩から部屋で練習しよう。
気持ちを落ち着ける為に何か別の話題をと考え、そうだ、あの噂について聞いてみよう。
「宰相、孫家の事で耳にした事があるのですが」
「あの馬鹿娘共、一体何をしとるんじゃっ!」
目の前で縮こまっとる明命には悪いが、怒りが抑えられん。
全く、炎蓮の血が間違いなく通っとるわ。
冥琳達の苦労が嫌という程に分かる、儂も昔はどれだけ振り回されたか。
「祭様、なんとか孫家にお戻りいただけませんか?お二人を取り持てるのは祭様だけなのです」
「無茶を言うな、そんな事が出来る訳なかろう」
「ですが、このままでは身内同士で戦う事になってしまいます」
儂と炎蓮なら互いを殺す気でやり合って、ぼろぼろになる頃には頭が冷えたものじゃが。
あの二人でそれは出来んしの。
止むを得ん、一時的な処方にしかならんが、
「明命、冥琳に揚州を攻めるように言え。ひとまず共通の敵を作るのじゃ。厳しい戦いにはなるじゃろうが、全く勝ち目の無い一刀よりはましじゃ。今は安全策を取っている場合ではない」
「わ、分かりました。お伝えします」
明命が急いで姿を消した後、酒に手を伸ばす。
馬鹿娘か、よう言えたもんじゃ。
埋伏を一刀はおろか他の者にも見破られておるのに、見逃してもらっている儂こそ馬鹿じゃろう。
一刀の創る国を、世を、見たいと思ってしまう馬鹿者がここにおるわ。
やれやれ、南蛮に対する守備隊長とは面白い処分をくれたものだ。
それにしても暑いの、夜も更けたというに一向に涼しくならん。
川で冷やしてある酒を取りに行くか、飲まんと眠れん。
酒を取りに行き、ふと思いつき足を川に入れて冷えた酒を飲む。
ふむ、なかなか趣があって良い、涼しくもあり頭の巡りも良くなってきたわ。
焔耶は今頃どうしとるかの、良き出会いがあればよいが。
紫苑は無事に御遣い殿の臣となれたと聞く。
わしもお仕えしたいが、流石に今すぐは拙かろうな、此度の敗戦の処分で身軽な立場にはなったのだが。
将軍職を解かれ、土地と財の没収。
張任や法正等が処分が厳しすぎると弁護してくれたが、劉璋のボウズには目障りなわしを排除する絶好の機会だからの。
わしの事は構わんが、没収した財は死んだ将兵の遺族に配っとるんだろうな。
懐になぞ入れ取ったら許さんぞ!
・・うん!?人の気配がするな、敵意は感じぬが。
人、よな?獣の気配にも感じる?
「何者か知らぬが出て来い。おるのは分かっとるぞっ!」
「勝手にみいの縄張りで酒を飲んでる奴が何で威張ってるじょ!」
出てきた者は猫と人が混じったような容姿の南蛮の娘。
話には聞いておったが、実物を見ると面食らうの。
「ここはお主の縄張りだったのか。それは悪かったの。お詫びと言っては何だがお主も飲むか?」
小娘相手に戦う気などならんわ。
「みいはお酒より食べ物の方が好きにゃ。おいしい物をくれるなら許してやるじょ」
携帯食のじゃあきいを分けてやる。
干し肉より美味いので常に携帯しとる、確か御遣い殿が広めたと聞くが。
南蛮娘は匂いをかいだり月に透かしたりと珍しそうにいじった後に口に入れる。
「悪くないにゃ。でも一つじゃ分からないじょ、もっと寄こすにゃ」
やれやれ、手持ちの分は全部無くなりそうだ。
「華雄殿、此処でお別れですか?」
「ああ、情けない話だがようやく意思が固まった。会って謝罪せねばならない方達がいる」
全く情け無い、半年以上悩み続けていたのだから。
「しかし、咎められて処刑されるかもしれません」
「その方が楽なのだがな。あの方達は優しくもあり厳しくもある、死んで楽になどさせてくれないだろう」
「それでも、会いに行かれるのですね」
「この命、どんな形でもいい、あの方達に捧げたいのだ」
私の犯した罪は大きい、少しでもお返ししたいのだ。
「私は旅を続けます。まだ何をすればいいのか分かりませんが、華雄殿に次にお会いした時にはお答えできたらと思います。御指導、有難う御座いました」
「いや、私も魏延と旅をして色々と学び気付けた事があった。こちらこそ礼を言う」
本当に感謝してる、武の指導など対価にならん程に。
「では、ご壮健で」
「お主もな」
たんぽぽが寿春から戻ってきた。
やっと話が出来ると、あたしは安堵する。
馬玩の奴が長安に何度も来て、月やあたしに一刀に尻尾を振る犬と化したかと詰りやがる。
涼州人の誇りはどうしたと。
月は毅然として平静な態度を崩さないけど、あたしには無理だった。
月が危ない時に動こうともしなかった奴が涼州人の繋がりを持ち出すなんて滑稽もいいとこだ。
・・でも、母様の事を言われると言葉に詰まる。
今のあたしは母様の顔に泥を塗っていると言われても何も言い返せない。
あたしが一刀に対して持つ唯一の疑念、豪族は全て潰すという一刀の考え。
理由も聞いた、筋は通っていた、でも。
あたしは、母様の護ってきたものに対して壊す役目を担うのか?
たんぽぽに話してどうなる訳じゃないけど、聞いて欲しかった。
でも、たんぽぽの報告を聞いて、そんな気持ち吹っ飛んじまった。
一刀、あんたそこまでやるのかよ。
その親書を母様に届けるってのか。
「蒲公英さん、お疲れ様でした。皆さん、三日後に出発します。準備を整えて置いて下さい」
皆の表情に迷いは無い、たんぽぽもだ。
あたしも迷いを断ち切れた。
追放されてるとはいえ、あたしは馬家の長子だ。
「月、あたしは兵を連れて西涼に戻る。建国の式典には出席できない。西涼で待ってると一刀に伝えてくれ」
「お姉様っ!」
「たんぽぽ、お前も来るんだ。馬一族の一人として」
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親書を託された蒲公英は一刀に真意を問う。
戦乱の世は更に激化する。