No.719358

鳳雛伝(序章⑥)

ぶっちゃけ頭にぼんやりとあった裏設定だったので、いざ書いてみると全然つながらなくて大変でした。なんとか辻褄は…今のところ合ってると思う…。ただあと1回で赤壁まで行けるかしら…?まあ書いてみないとわかりませんが。もう少しお付き合い戴ければ幸いです。

2014-09-19 18:59:55 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2628   閲覧ユーザー数:2328

劉備の軍師となった諸葛亮の名は、その日天下に轟いた。

 

曹操軍夏侯惇率いる精鋭は樊城を攻めたが、孔明の采配で大敗北を喫したのだ。

 

夏候惇の軍は十万、それに対し劉備軍はわずか五千の兵力でこれを撃退したものだから、新野では勝利に湧き、士気は多いに高まっていた。

 

「朱里はすごいのだ!作戦がぜーんぶどんぴしゃだったのだ!」

 

張飛が孔明の肩を叩きながら言った。

 

「うむ、朱里の知略に我らの武勇が合わされば我らは無敵だな!」

 

関羽も珍しく羽目を外しているようで、杯を傾けながら言った。

 

ところが孔明は浮かない顔をしていた。

 

劉備がそれに気づいて話しかける。

 

「どうしたの?朱里ちゃん?」

 

「今回は勝てましたが、何度も同じような手は使えません。新野は決して堅城な城とは言えませんし、兵の数も兵糧も足りず、長くはもたないと思います。それに気になるのは、襄陽のことです…」

 

数日後、孔明の危惧していたことはすぐに現実のこととなった。

 

 

 

 

 

荊州を治めていた劉表が病の為亡くなったという知らせがやってきた。

 

襄陽城内はひどく混乱しているという。

 

その混乱に乗じて城内に入ったあやしげな二人が、曹操との仲を取り持つから曹操に降るよう進言したという噂があった。

 

また、時を同じくして曹仁率いる曹操軍五万が新野に向かって進軍しているという報告が入った。

 

孔明は劉備に、新野城を捨てより堅城な樊城へと拠点を変えることを進言した。

 

そんな二人に孫乾が「問題が…」と心配そうな顔で言った。

 

「桃香様を慕う民達がついて行きたいと申しています」

 

仁に篤く徳の高い劉備の人徳は大きく、それ故に劉備の治める地で暮らしたいと思う民が多かったのだ。

 

これには孔明も頭を悩ませた。

 

民を伴っての行軍では、日に三十里も進まない為、曹操軍にあっという間に追い付かれてしまう。

 

孔明は出来うる限りの策を立てた。

 

「孫乾さんは街の人々にお城の倉の中の財を分け与えて、城内の民家に火種を仕込み、人々を淯水(いくすい)まで誘導してください」

 

「わかりましたわ」

 

「電々ちゃんと雷々ちゃんはそれぞれ淯水の川岸に出来るだけ多くの舟を集めて、避難してきた人々を対岸まで渡して、樊城まで誘導してください」

 

「了解!」

 

「まっかせて!」

 

「星さんは三千の兵を率いて、新野の東以外の門は閉じ、東門の外で待ち伏せて下さい。明日曹操さんの軍が入ったら、おそらくその頃東風が吹きますから城下に火をはなってください。東門から出てきた兵に追撃をかけ、その後は博陵の渡し場へ急行してください」

 

「承知した」

 

「愛紗さんは兵千人に木綿の袋を沢山持ってもらって淯水の上流へ行って下さい。そして袋で土嚢を作って川を堰きとめて下流で曹操さんの軍が川を渡りはじめたら堰を落とし水攻めに」

 

「応!」

 

「鈴々ちゃんは博陵の渡し場で残りの兵千人と隠れていてください。上流から水を流されたら、曹操さんの軍はそこに殺到するはずですから、星さんと愛紗さんと合流して挟撃して下さい」

 

「わかったのだ!」

 

関羽達が機敏に動きはじめたのを見届けて、しかし、孔明の表情は未だ影を落としていた。

 

今回の策も所詮一時しのぎにしか過ぎない。

 

次の策次の策と考えても、曹操軍は大軍だ、兵力の差を策で補うのも限界がある。

 

新野は吹けば飛ぶような小城だし、樊城も大してかわらない。

 

そもそも新野の避難民を受け入れたら人であふれかえってしまう。

 

孔明は頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

曹操は五十万の兵で襄陽城に押し寄せると、荊州側は呆気なく降伏した。

 

襄陽城に入城した曹操が、まず目にしたのはまさかと思われる二人の人物であった。

 

「曹操よ!ひさしぶりじゃのう!どうじゃ、妾の一言で荊州を降伏させたのじゃ、感謝するがよいぞ!」

 

「お嬢様ってば、ご自分の立場分かってますか?」

 

「荊州を開城させたのは妾の人徳あってこそなのじゃから、曹操に恩を売った立場に決まっておろう」

 

「その空気の読めないところがいかにもお嬢様らしくて素敵ですー」

 

劉表亡き荊州は、この二人が「曹操の友人だから仲をとりもってやる」とでも言ったのを信用したらしいが、曹操にとってせいぜい二十万弱の荊州の抵抗などもともと大して眼中になかった。

 

曹操は頭をかかえて、「鬱陶しいからつまみ出して」と一蹴する。

 

速やかにと、兵士が二人をつまみ出した。

 

「まさか降伏した城に入っていきなり上から物言われるとは思いませんでしたねぇ~」

 

と、曹操についていた程昱がのほほんと言った。

 

「今のは見なかったことにしましょう」

 

 

 

 

 

曹操は城内の文官、武将を集めて早速軍の再編成をしていた。

 

その矢先、新野を攻めていた曹仁、許緒、張遼がほうほうのていで戻ってきた。

 

「すみません華琳様…負けちゃいました」と許緒。

 

曹仁も「ううー!悔しいっスー!」と半泣きであった。

 

曹操は溜息をついた。

 

「何があったのか言ってみなさい」

 

曹仁達は孔明の策にことごとく嵌められ、火攻めや水攻めで五万の兵を失ったことを告げた。

 

「諸葛亮か……なるほど、噂に違わぬ実力のようね」

 

曹操は曹仁達を下がらせ、一人考えた。

 

曹操は孟建から、孔明が水鏡塾の双璧と呼ばれるうちの一人だと言っていたことを思い出した。

 

孟建は塾生時代決して本人には言わなかったが、孔明の実力を高く評価していた。

 

曹操は暫く考えて、「誰かある」と兵を呼び寄せた。

 

「徐庶と程昱を呼びなさい」

 

 

 

 

 

孔明の策で曹操軍を再び撃退したことに意気揚々と樊城に戻った関羽達は、祝宴の準備にしてはやけに慌ただしい様を見て、ただならぬ状況を察した。

 

劉備と孔明はねぎらいの言葉もそこそこに、関羽達に状況を説明した。

 

聞くと、孔明の進言で全軍は樊城を捨て、江夏へ向けて撤退の準備を始めているという。

 

「朱里、何故逃げる必要があるのだ?またお主の策で撃退すれば良いではないか」

 

関羽は孔明の策があれば何度でも勝てる気になっていて、孔明ならば湯水のように策を出すのではと錯覚するほど信頼を寄せていたが、孔明は頭を横に振るしかなかった。

 

「この樊城では守りきれませんし、新野からの避難民はあふれかえっていて兵糧も足りません…」

 

「そうか。わかった、すぐに我らも支度する」

 

関羽達は兵達に説明しに戻った。

 

「こんなとき、天の御遣い様が居てくれたらなぁ…」

 

劉備がぽつりと言った。

 

「もしかしたらばばばーんって何かすごい力で皆を守ってくれるのかな?」

 

どうやら劉備達は一刀のことを仙人のような想像をしているらしかった。

 

以前「わりと普通の男の人」と劉備達には話していたが、劉備にはどうしてもまだ見ぬ天の御遣いをついつい神格化してしまうようだった。

 

「あのお方は…そういうことはできないと思います。でも…」

 

でも確かに、いつも何かを成してくれそうな予感を感じていた。

 

「ご主人様……」

 

朱里が誰にも聞こえない声で呟いた。

 

その時、「桃香様!」と孫乾が珍しく慌ててやって来た。

 

「曹軍から使者が…!」

 

その慌てようがただ使者が来たということだけではないことは、劉備も孔明もすぐに理解した。

 

 

 

 

 

「元直ちゃん!?」

 

劉備が思わず叫ぶ。

 

曹操軍からの使者はなんと徐庶であった。

 

かつて劉備軍の帷幕にあった徐庶を正使として送る曹操の度量の大きさに、孔明は「これが曹孟徳という人なのか」と痛感させられた。

 

徐庶は劉備に敬意を込めて拝謁した。

 

その目の端には涙が滲んでいる。

 

「劉備様、お久し振りです。孔明ちゃんも、無事劉備様にお仕えできて良かった」

 

「元直ちゃんのおかげだよ」

 

徐庶が劉備に孔明を推薦しなかったら、曹操軍を撃退することもかなわなかったかと思うと、徐庶の気転によるところが大きい。

 

劉備は戻ってきてくれたのかと期待したが、徐庶は「申し訳ありません」と深く詫びた。

 

「経緯はどうあれ、私は一度主君を裏切ってしまいました。もうここには戻れません」

 

「そんな…!」

 

劉備は「全然気にしないよ!」と強く懇願したが、徐庶は首を横に振るだけだった。

 

「大丈夫です、劉備様には孔明ちゃんがついています」

 

孔明とて劉備と同じ気持ちであったが、徐庶の気持ちも察していた。

 

徐庶はなんの面白味もないとばかりに降伏勧告を切り口上で述べると、「一応お仕事なので」とペロッと舌を出して見せた。

 

徐庶は孔明に向き直り、「これは本当は秘密なんだけど…」と前置きして、

 

「荊州入りした曹操軍は総勢およそ五十万でした。それを孔明ちゃんが四十五万近くまで減らしたけど、これに荊州兵十八万が加わりました。私が教えられるのはこれくらいかな」

 

孔明は頷いて感謝を述べた。

 

私見で、劉備は逃げるべきと徐庶も思っていたが、外の様子を見て、孔明にもはや助言など意味をなさないと理解していたので、それ以上は言わなかった。

 

徐庶は惜しむ劉備に深くお辞儀をして、曹操軍へ戻ろうとしたが、ふと思い出して振り返った。

 

「あ、それと、一つ気になる噂を耳にしたんだ…」

 

徐庶の顔色が変わった。

 

 

 

 

 

徐庶が戻ったと聞いて曹操は少し安心しただけで、その後徐庶を用いることは二度となかった。

 

徐庶を派遣した曹操の思惑は、荀彧の勝手な判断で徐庶を引き抜いた負い目から、戻りたいなら戻れという器量を見せる目的があった。

 

孔明と徐庶が劉備のもとに揃えば恐らく更に劉備討伐は難しくなるが、曹操の覇道は悪略なものではなく、あくまで正々堂々とした道でなくてはならなかった。

 

それが曹操の誇りであり、それが曹操の覇道なのだと、曹操は重臣達に知らしめることが目的であった。

 

徐庶が戻ってくることは予想していたが、同時に徐庶が曹操の為に策を献じることはないと感じたのもこの時であった。

 

 

 

 

 

夏候淵が後続として(えん)城から荷騨隊を率いて襄陽城に入った。

 

夏候淵は城内の動きにやや慌ただしさを覚えて急いで曹操のもとに向かった。

 

「華琳様」

 

曹操は程昱とともに直接兵に地図で指示を出し、命を下して散らせると、夏候淵を迎えた。

 

「ご苦労様、秋蘭」

 

「今しがた到着しました。……姉者の姿が見えないようですが…」

 

ああ、と曹操は頭を抱えて程昱に説明させた。

 

「春蘭さんなら華琳様に叱られて、桂花ちゃんと一緒に罰として江北に出張中です」

 

「江北?」

 

「水軍の調練をさせられてます~」

 

夏候惇は功を焦り孔明の罠に嵌まり敗北したこと、また荀彧はよかれと思ってした徐庶引き抜きの件で曹操の逆鱗に触れた為らしく、夏候淵は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

ちなみに、曹操は五万の兵で敗れた曹仁にもお仕置きを考えたが、諸葛亮が相手だったことで保留としている。

 

曹操は呉との戦に備え今後長江が決戦の舞台になることも想定し、水軍の調練を密かにはじめていて、また、李典に巨大な軍船を設計させていた。

 

「ところでさきほどのは、軍議…のようではないようですが…」

 

軍議であれば先程のせいぜい部隊長程度の兵に曹操が直接指示するのには違和感があった。

 

外に張遼や于禁等が兵馬の準備をしていたのも見ていたので、彼女達が呼ばれていないのも気になった。

 

「城下で聞き込みをさせていたのよ」

 

「聞き込み…ですか?」

 

夏候淵が聞き返すと、程昱が答える。

 

「天の御遣いさんとやらを捜していましてー」

 

天の御遣いと言えば、少し前に都でも流行った都市伝説のようなものだった。

 

流言だと曹操はとりあわなかったが、「襄陽に降臨した」、「司馬徽が人物鑑定した」などといった噂を聞き、興味をそそられたらしい。

 

「といっても、本当のところはそちらはどうでもいいのよ」

 

「と、言いますと…?」

 

夏侯淵が聞き返すと、程昱が再び続けた。

 

「今華琳様が頭を悩ませている天才軍師こと諸葛亮さん、そして彼女と双璧を成すと水鏡さんが評したという、鳳雛という人物と天の御遣いさんは、一緒に行動しているとか…」

 

「天の御遣いとやらは眉唾としても、鳳雛とやらが諸葛亮と並び称されるという程の才の持ち主なら、何としても手に入れたいわ」

 

空を仰ぎながら曹操が言った。

 

襄陽の空に色濃い雨雲がかかりはじめていた。

 

 

 

(原稿に差し支えなければ今月中に…次回か次々回ラスト)


 
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