第二話「黄金の予兆」
朝靄が日差しに照らされる。それは薄いカーテンのように街を覆っていた。そんなまだ目が冷めぬ街中を轟音が響く。一台のトラックが猛スピードで細い道を走り抜ける。そしてそれは一件のアパートの前で急停車した。助手席の扉が開き、少し白髪の混じった欧米系の白人が現れる。ジョージ・スミスだ。
彼は周囲を軽く見渡す。人通りが少ない事に満足して鼻で息を吐く。
「よし。始めようか」
トラックの荷台が開き、6人の黒い影が素早く飛び降りる。
一見ロボットにも見える装甲を纏った戦士たちだ。人目で特殊部隊を彷彿とさせる出で立ち。黒とグレーの装甲服を纏っており、背中から伸びた左サブアームには盾が備えられていた。HUDのバイザーがオレンジに輝く。
「マック、ロニーは庭先へ。リーチェとマックス、それにボブ。君らは私達のバックアップだ」
1人が素早く指示を飛ばすと、各々「ラジャー」と答えた。瞬く間に動き出し彼らは指示されたポジションに着いた。
「ご当主。もう一度進言させてください。貴方が先陣を切る必要はございません。実力行使でいくべきです」
「エド。君の危惧もわかるが、私は行かせてもらうよ。彼がここに戻ったということ。そしてここはまだ平穏だ。それは彼にまだ人の心があるかもしれないということなのだから」
「ですが――」
ジョージは自身に言い聞かせるように言う。
「51号のようになっているかもしれない。その可能性を捨てたくないのだ」
とは言ったものの、いざ玄関前に立つと緊張するモノだ。喉が渇き、まだ日も登り切っていないのに汗が滲む。呼吸も乱れている。そうだ。もしかしたら私は死ぬかもしれないのだ。
そう考えるだけで、内臓がひどく冷えた。腸と膀胱、胃にたまったものが出口を探して暴れまわる。
今私が目の前にしている部屋には探している人物がいるのだ。名はジョン・鈴木。昨日の戦いで彼は超常生命体となった。そして同族である仲間を撃退すると、私の前から姿を消していた。最初は動揺したものの、すぐに財団の総力を出して彼の居場所を割り出した。それがここ。彼の実家である。お世辞にもいいアパートとは言い難いな。ところどころ老朽化が伺える。
昨日は色々ありすぎた。この街で何かが起きようとしている。謎の爆発。黒い霧。桜色の発光現象。そして超常生命体同士の戦闘。夜遅くにやってきた反ヒーロー連合の戦闘も含めると、大きな事件が3個起きたのだ。いくらなんでも起こりすぎだ。いくらか調べてみると、今年の3月くらいからそういうのは起きていたらしい。
その内の1つは私の不手際が招いたものだ。だからこうして責任を取りに来た。ジョンを化け物にさせてしまったこと。彼に取り返しのつかないことをさせてしまった。彼はもう二度と普通の人間には戻れないのだ。この家に戻ってきているとはいえ正気でいるかどうかなんてわからない。戦うことになるかもしれない。だが、それでも私は彼に一言謝りたかった。お礼が言いたいのだ。
視線の端で部下が動く。私を守る親衛隊だ。彼らはいつでも飛び出せるように待機している。それがあるとはいえ、超常生命体だ。襲われれば私は一溜りもないだろう。
「よし」
それでも行かねばならないのだ。
一息で呼び鈴を押す。反応がない。換気扇は回っている、電気メーターも動いているので人はいるはずだ。何より扉の向こうに人の気配がする。
空白が出来てしまい、どうしたものかと思案していると、扉の鍵が開く音。私と私の部下たちに緊張が走る。徐々に扉が開かれ――。
「あの……どちら様ですか?」
「あ、え? はっ?! ……美しい」
私は恋に落ちていた。明確に恋に落ちていると自覚できている。
扉から現れたのはジョン・鈴木の母親、鈴木幸子だ。写真では確認していた。とはいえ、直接見た彼女はすごく美しく扇情的に映ったのだ。黒い絹のような髪。宝石のルージュを思わせるような赤い瞳。乳白色の陶磁器を思わせる肌。少し厚ぼったい唇。歳の割に幼く見える顔立ち。
私は惚れていた。これは完全なる一目惚れ。
「あの……? 何か?」
「あ、あああ、あの、あのですね……まいねーむいずじょーじ。ないすとぅーみーとぅー」
待機していた部下たちは盛大にすっ転んだ。
本場アメリカ人である彼が流暢な日本語で日本語英語を発音したのだ。そりゃあ転げ落ちる。
「あ、はい。初めまして……それで?」
「ああ、あ、あの、お付き合いを申し……って違う! そうじゃない! 私しっかり! あの貴方のスリーサイズ。違う。ジョン! 助けて!」
部下たちは一斉に「なんでだよ」と叫ぶ。
「だから! ジョンって、呼ぶんじゃあないよ!!!」
黄金の輝きを纏った戦士がジョージに肉薄する。
「え、えええええええええええええッッ! 最初っからクライマックス?!」
ジョージは一瞬で胸の前で十字を切った。死を覚悟したのだろう。
ジョンが超常生命体の姿であることに彼は、そして彼の部下は驚く。すぐさま構えるが、続く幸子の言葉に彼らは緊張の糸が完全に切れてしまう。
「もうジョン。その姿はびっくりさせちゃうわ。格好いいけど、ダメよ」
「え、ええええええええええええッッ! すでに認知してっらしゃる?! しかもなんの疑いもなく?!」
彼の驚きの声は無視される。
「そうだなお袋。ちょっとこの人とお話があるから、先にご飯食べてて」
「や~だ。待ってるね」
幸子は悪戯っぽく笑うと、中へと消えていく。ジョージはその姿が見えなくなるまで見送っていた。鼻の下を伸ばし、顔を真赤に染めて。
「やれやれ。わかったすぐに終わらせる」
「ぺこぺこだから急いでー」
「は~い」
返事をしたのはジョージだ。彼は鼻の下を伸ばしたまま手を振る。その様子に部下たちは呆れ返った。ジョンは彼を掴みあげて凄む。
「なんでお前が返事しているんだあよ」
「すまん。いや本当にすまん。ごめんなさい。一目惚れ」
彼は我に帰る。ジョージは小さくなって謝った。そんな様子にジョンは鼻で息を吐く素振りを見せると元の姿へと戻る。黄金の火の粉が霧散した。そんな一連の様子にジョージの顔は一瞬だけ真面目になった。
「で? 要件は? 石なら返せないぞ? これがチップ代わりってことで」
「え? いや、え?」
ジョンは言いたいこと言うと扉に手をかける。
「あいや! ちょいと待たれよ」
ジョージはドアノブに前のめりになるように彼を引き止めた。
「お前、本当にアメリカ人か?」
「おういえーす」
「本場の発音で言え!」
「NO」
ジョージは目配せして、部下たちを下がらせる。大丈夫と判断したのだろう。
「変身出来る以外に何か違和感とか、破壊衝動とかないのか?」
「ない」
「私に対する恨み事とかは?」
「ない」
「えーっとあーっと、その力でしたいことは?」
「ないな」
ジョージは脱力して座り込む。ジョンは溜息をつくように鼻から息を吐く。
「もういいか?」
「あーはい。いや待て。こちらの不手際で君の体をそうさせてしまったのだ。一度精密検査したい。下心的な話をすると、超常生命体の体にも興味があるというのもある」
ジョンは「なるほど」と言うと、顎に手を当て考える素振りを見せた。
「精密検査を受けよう。いつだ?」
「今日がいいな」
「生徒会の集まりの後でいいか?」
ジョージは首肯する。
時刻と待ち合わせ場所を告げた。そして最後に忠告だ。
「言うまでもないが、無闇矢鱈にあの姿になるな。余計な問題を引き込むことになる」
「肝に銘じておく」
ジョンがドアノブに手をかけた瞬間。何かを思い出したかのような顔になる。素早く振り向くと口を開いた。
「あいつはどうなった?」
「あいつ? ああ、依然捜索中だ」
「そうか」
それだけ言うと、彼は母親の待つ家へと戻った。
「本当によろしかったのですか?」
「よろしいも何も51号のように人と変わらなかったじゃないか。彼はジョンだ。ちょっと特殊な力は持っているかもしれないがな。それよりも、こうも超常生命体の力を手に入れる前と変わらない人が多くいると、もしかしたら我々はとんでもない思い違いをしているのかもしれない」
ジョージは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「ですが、そうだとしたら我々は彼らに――」
「ああ、そうだ。彼らを敵にしてしまったのは我々なのかもしれない」
ジョージは車窓から青空を眺めた。
薄暗い路地裏を男性が走る。額には汗を滲ませ、顔は恐怖に塗り固められていた。道中あったゴミ箱に躓き盛大に転がる。ゴミ箱から盛大にゴミが撒き散らされ、舞う。男性は驚くべき早さで起き上がり、背後を振り返る。そこに誰も居ないことを確認して、また走りだす。目の前に明かりが差し込む。もう少し大通りだ。しかし――。
「ゲームオーバー」
「あ、やめっ! 助け……ぃぎゃああああああああああああああッ!」
男の断末魔。徐々に叫び声に水っぽい音が混ざり始めて、叫び声が止んだ。直後に地面を打つ鈍い音。
黒い竜の口元は赤く染まっていた。超常生命体だ。彼の眼前には先程まで生きていた男性。絶望に歪んだ顔のまま絶命している。超常生命体は両腕がないため、赤く染まった顎門を使ったのは容易に想像がついた。
龍は屈むと男性の亡骸に牙を立てた。
「な、何を」
女性の声が投げられる。
「みぃ~たぁ~なぁ~」
龍は振り返る。口元には先ほどまで男性体の一部だった腕がだらんとぶら下がっていた。
女性の悲鳴が木霊する。
俺はその言葉に耳を疑う。
生徒会の集まり、引き継ぎ作業をしていたところに教師が飛び込んできた。内容は――。
「井上健吾君とご家族は体の一部を残して行方不明、警察の報告によると絶望的だと……」
話をしている教師の表情は青く、額に汗を滲ませていた。
嘘だろ。だって昨日。帰りにあったばかりだぞ。
学校は昨日の爆発事件の影響で休校だ。昨今の怪異事件を鑑みて、余裕を持って急行させたらしい。学校が万全を期しているところに、幸か不幸か健吾の死が知らされた。そして引き継ぎ作業で登校させられていた俺達はそれを早めに知ることになったのだ。
横目で優大、弓弦、秤谷の様子を確認する。優大以外は表情が悪い。無理もない。俺も同じような顔をしているに違いない。目の前がくらくらする。
くそっ。昨日から不幸だ。化け物に襲われるわ。化け物になるし、爆発事故で学校は休校になるし、健吾は死ぬし。
瞑目すれば笑い顔が浮かび上がった。普通に顔も声も再生できる。実感が無い。いや、無いじゃない。出来ないのだ。
「嘘だろ……」
無意識的に言葉が漏れた。
「昨日……あったばかりだよ。笑ってたんだよ……」
俺の言葉に堰を切ったように弓弦は泣きだす。秤谷は無言のままだが、誰よりも顔色が悪い。すぐに家に帰したほうがいいレベルだ。
結局、話はそれだけだった。引き継ぎ作業が滞り、生徒会長の判断で帰宅の途につくことになったのだ。
下駄箱に歩む皆の表情と足取りは重い。
昨日の事を思い出す。撃退した俺は、しばらく奴を追いかけたが見失った。そうこうしている内にお袋が起きる時間になったので急いで帰宅。しかし、そこで問題が起こった。俺は元の姿に戻れなかったのだ。慌てても仕方がないので、そのままでいることに。そのままの姿で料理とお風呂の準備、洗濯物を取り込み、味噌汁の味見をしているところでお袋が起きてきた。
――ジョン……――
あの時は心臓が飛び出ると思ったぜ。でも次の言葉で俺の杞憂は全て吹き飛んだ。
――凄い格好いい――
――お、おう! ありがとう。晩御飯の準備出来たぜ――
そのまま会話をしながらいつもの日常をこなす。
――どうして俺だって?――
――えー? だってジョンはジョンだもん――
なんか救われた。化け物になることは俺自身が決めたことだ。しかしそれでも後悔がなかったわけではない。その時のお袋の笑顔に俺は改めて誓う。
お袋とお袋に連なるこの街を守ることを。
そこから起こったことを話した。
――そっか――
――俺は……今決めた。お袋とお袋に連なる全てを守る――
――危険なことは嫌だな……――
最後まで「嫌だな」だけだった。そう、俺が戦うことを止めさせようとしなかったのだ。
「でも、守りたいんだ」
「何が?」
俺は「なんでもない」と手を振る。弓弦はそれ以上何も聞かず、うつむきがちに歩んだ。秤谷も同様だ。
そういや俺がヒーロー的に活動するなら、アウターヒーロー的なモノになるんだろうか?
脳裏には有沢の授業内容。
弓弦達と下駄箱で別れる。優大と2人になったところで、疑問を口にする。
「優大。俺化け物になってな」
優大は先ほどから目立った変化を見せない。俺の言葉に反応示すと――。
「へー。それで?」
冗談じゃないんだが、軽く流された。少しムッとしながら続ける。
「それでって、それだけかよ」
「それだけだろう。俺の目の前にいる男はジョン、ジョン・鈴木だよ。んで、どうしたの?」
頭の中が真っ白になった。
そうか。俺はお袋にとっても、こいつにとってもジョン・鈴木のままなのだ。変わったとか思い上がっていたが、そんなことはないのか。
目が覚めたような爽やかさが胸を駆け抜ける。
優大は靴を履き終えると、俺を見据えて無言で続きを促す。
「それでだな。化け物で人道的行動をとったらアウターヒーローに部類されるのか?」
「なる。組織に組みするのが一番手っ取り早い」
こいつはそういえば健吾が死んだってしっても動揺してないな。どう思っているのだろう?
「それってローカルヒーローとかスターダムヒーローになるんじゃないか?」
「ならない。要は公的な機関にアウターヒーローとして認めさせればいいのよ」
優大は続ける。だから、素性を明かす必要もないし、素性を秘匿して共有してしまえばアウターヒーローになれると。
「要はヒーローだと認識させればセーフなんだ」
「随分曖昧だな」
「本来はファントムバグに対応するための仕組みなんだ」
ファントムバグの不意な襲撃に、企業や自衛隊などでは対応出来ない場合が出てくる。おまけにファントムバグだけではない怪異事件が起きた場合、すぐに対応できる人がなんとかした方がいい。いちいちお役所に書類申請なんかしなくてもヒーローだと周囲の人間に認めさせてしまえばいいのだ。
「それが確実なのが、公的な機関な。ここだと烈のところとかか?」
「あそこはやめておいた方がいい」
薦めて置いてそれはなんだ。
「なんでだ?」
「アウターヒーローに否定的だ。実は学校の教師達はアウターヒーローとして活動を認めてもらおうと直談判したんだ」
その先は聞かなくてもなんとなく予想できた。一応聞いたが首を横に振られた。
優大曰く、余裕も器量もないということだ。
じゃあどうすりゃあいいんだよ。
「面倒な世の中だな。どーんとやっていけないのか」
「やってもいいけど人とモノを損壊させないようにな」
「ヒーローって大変なんだな」
「これで検査は終わりだ」
白衣を着た男性が淡々と告げる。ジョンは少し面白くなさそうに自身の体を見下ろす。そして鼻で息を吐いて、肩を竦める。
「お疲れ様だ」
スーツを着た欧米系の男性が歩み寄る。彼はジョンにペットボトルとサンドイッチを差し出す。
「あんたは?」
ジョンは受け取りながら聞く。
「私はエドワード・ハレルソンだ。エドと呼んでくれ」
「そうか。結果は?」
「もうすぐ出る。しばらく待て」
ジョンは首肯すると、サンドイッチを頬張った。
彼らがしばらく待っているとジョージがやってくる。エドワードは素早く音も立てずにジョージの側に立った。
「結果は?」
「これからだと」
ジョンは軽い様子で飲み物を流し込む。
「もうしばらくです」
「そうか」
程なく白衣を着た男に彼らは呼ばれる。彼らは室内に案内されると、思い思いの場所に陣取る。
「で? 結果は?」
「健康そのものです。異常は見られないです。ただ1つを除いて」
ジョージは身を乗り出す様に口を開いた。
「それはなんだ?」
「落ち着いてくださいご当主」
エドワードはジョージを諌める。しかしジョージは気が気でないらしい。ジョン以上に落ち着きがない。むしろジョンは冷静であり、同様した素振りは見せない。半目して鼻で息を吐いている。
「こちらを御覧ください」
彼は胸部の映ったレントゲン写真を見せた。そこには心臓の横にまったく瓜二つの臓器が写っている。
「な、なんだこれはー?! し、心臓がもう一個? 影分身? 増えた?!」
「落ち着いてください」
ジョージはレントゲン写真にぶつかりそうな勢いで覗き込む。エドワードは彼を背後から抱えるように引き剥がす。ジョンはその写真を眺めた後に、自身の胸を確認するように触った。
「この臓器、と思しきモノから、小さい神経のようなモノが伸びております」
ジョンは写真を注視する。白衣の男の言うとおり、細い神経のようなモノが四方八方に生えている。
「これ伸びるのか?」
「恐らく。定期的に確認をしないとなんとも言えないが」
「そうか」
ジョンは納得したのか、椅子から立ち上がる。
「とりあえず健康そのものなら、問題はない。家に帰らせてもらうぜ」
「出口までご一緒しましょう」
エドワードが名乗り出た。彼はジョージに目配せする。
「おう。頼むぜ」
しばらく歩いた所でエドワードが口を開く。
「なぜ、素直に検査を受けたのです?」
「その方がお袋のためになるからだ」
エドワードは首を傾げる。そんな様子にジョンは「んー」と言って続く言葉を探す。
「俺の健康イコールお袋の幸せ。そう考えてだ。あんなにのほほんとしているが、その実かなり心配しているはずだ。あ、そうだ」
「なんです?」
「今日の結果ってお袋に言ってもいいのか?」
「ご親族以外には口外しないでください」
ジョンは「わかった」と言うと、少し足早になる。出口はすぐそこだ。エドワードはスーツの中に手を伸ばす。その先からは銃。6インチモデルのコルト・パイソンを取り出す。流れるように構えて標準をジョンの後頭部に合わせる。引き金に指をかけた。
ジョンは立ち止まり振り返らずに言う。
「そうだ。化け物になった影響か、普段のナリでも五感が鋭くなっていてな。あんた的に考えるとそうしたいのはわかるが、ここで――」
最後まで聞かずにエドワードは引き金を素早く引く。
乾いた破裂音が2回。そして鈍い打撃音。
「何事だ!」
ジョージが駆けつけた時にはエドワードが地面に倒れているだけだった。
夕方。鈴木幸子はジョンを伴って職場に向かっていた。彼が夜分は危ないからと、ついてきたのだ。もちろん彼女はその申し出を一度は辞退したのだが、結局押し切られてしまった。
「大丈夫?」
「んー? ああ。もう傷は塞がった」
先ほどの銃撃で左肩を撃ちぬかれたのだ。が、すでに傷はふさがっていた。彼の体が人の理から外れたことの何よりの証拠だ。本人もそして幸子もそれを悲観しない。ただ純然たる現実として淡々と受け止めているのだ。
「そりゃあ、撃った奴の口の中に牛の陰嚢とかぶち込んでやりたい気分だけど、仕方がないって思うしな」
「そう……」
ある程度歩いた所で、ジョンは姿勢を低くして構えた。幸子は咄嗟の事で困惑する。疑問を口にしようと瞬間、ジョンに遮られる。
「お袋、職場まで走ってくれ」
「え?」
「悲鳴が聞こえた。……聞きたくない音もな。それに妙な感じがする、引き合うようなそんな。たぶん向こうもそう感じているに違いない」
本能的に感じ取っているのだろう。彼は無意識に声が低くなっていく。
「こっちに来られてからじゃあ、遅い。俺から出向いて奴を今度こそ――」
ジョンはその先を言うことが出来なかった。ここ土壇場に来て、敵をどうしなくちゃならないのか理解したのだ。そしてそれをこれから行使しようとしている。
彼は無言で黄金の炎を纏う。大きく膨れ上がり爆ぜると、そこに黄金の戦士が現れた。
幸子は一度瞑目すると微笑んだ。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
彼女は言い終えると足早に駆けていく。彼女が見えなくなるのを確認して真紅の双眸は黄昏の空を睨んだ。
「よっし」
黄金の火の粉を舞い散らしながら彼は夜空を駆ける。導かれるように戦場へと。
~続く~
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