「まあ…人の記憶なんてそんなものなんだ。外的な操作である程度はコントロールできる。だけど」口元はすこし微笑んではいたが、眼は淋しそうだった。「残念だけど、ピンポイントでそれをやってのけられるほど僕は上手くないんだ」
だから、ついでに他のどんな大切な記憶を消してしまうか分らない、とほづみは続けた。
「そんなリスクは犯したくない。君は若いから、蓄積された記憶も少ない。だから下手な消し方をすれば記憶をどこまで削ってしまうかの予想もできない。できれば君の良心に基づいて見聞きしたことを封じて貰いたいんだ」
「あ、あ、あんた…何者なんだ」
「ただの助手だよ。先生の研究───サイエナジックの、ね。」
「さ…さいえなじっく?」
「あー。俺が創った言葉や。」と耕介が引き取った。「せやからDoodleの多言語で検索掛けても見つからへんよ」
「どういう意味なんですか」
それは、と耕介が言いかけたときだ。
「こらあああああああっ!!」夕美のありったけの声の怒声が飛んだ。
「あ。びっくりした。」
「び、びっくりしたんはこっちや!!!!!待たんかい、そんなことより、あたしの問題は何一つ解決してへんねんぞー!! お父ちゃん、言うたな、練習もせんとチカラを使うたらビルも粉々やとかナントカて」
「そうや。せやからブッツケでも慎重にいかなあかんのや。ほづみ君、たのむ。手順を教えたってくれへんか?ビギナーのサイエナジストでもなんとかなるやり方、なんかあるやろ?」
「う、うーん………やっぱりそうなりますか。じゃあ、夕美ちゃん。急いで効き目の計算するから、さっきの話を詳しく聞かせてくれないか」
「さっきの…?ああ、どれだけの量を飲んだか、ってこと───って、あたしのことは決定事項かぁぁぁぁぁああああ!?」
夕美はあんまりな事態の連続で憤慨のあまりすっかり真っ赤な顔になり、傍らにいた亜郎は亜郎でそんなとこまで可愛いな、と思って観ていた。もう、ただのヘンタイ的ミーハーファンである。
「亜郎君」「えっ」それを見越したのか、突然ほづみに声を掛けられて亜郎は飛び上がるほどギョッとなった。「君は先に現場へ行ってくれないか。正確な情報が必要だ。いわば前線司令部になって貰わなきゃならないから。」
「え。でも携帯電話が」
「大丈夫…そんなのは必要ないから。」
「じゃ、どうやって」
「楽しみにしてなさい。きっと君の人生が変わるほどの経験をすると思うよ。さ、行って。先生がクルマを出してくれる」
「おいおい、俺はいま車椅子状態やで」
「先生も現場で様子を観たいでしょう?それに今から歩いて山を下りてたら間に合わないかも」
「ちぇっ。しゃーないなー」
言うが早いか、耕介はすい、と立ち上がって「いくで、少年」と駐車場のある下の広場へさっさと向かった。
「あああああーっ!やっぱし!!」夕美は手元にあるものを何か投げつけてやりたい気分になったが、それを探しているうちに耕介はさっさと射程圏外へ出てしまった。それほど怪我しているはずの耕介の足は速かったのである。「…っほんまに、もお、クソオヤジぃ」
「夕美ちゃん。」いまいましげに耕介の後ろ姿を見送る夕美の背中にほづみが声を掛ける。
夕美はハッとなった。ふたりだけがこの場に残ったことに今更ながら気づいた。同時に今度のことでほづみの謎な部分がクローズアップされたために、妙に意識してしまうようになったのである。
「こんなことになって…ほんとに申し訳ないと思ってる。ゴメンね」
「な…なんでほづみ君があやまんのん。無茶苦茶なんはお父ちゃんや。自分からアレは危険やとかまだ試してへんから何が起こるか判らんとか言うといて。今になって手のひら返したみたいに───」
そういう夕美はあいかわらず父親の去った方を向いていて、ほづみに背を向けたまま話をしていた。
「夕美ちゃん」
そろり、と振り返ってみると、夕美がなんとかしてほづみから目線をハズそうとしているのを見透かしたように、ほづみのほうでは夕美をじっと見据えていた。
「ひえ」
夕美がはじめてほづみに逢ったのは夕美が中学生になったばかりの頃だったが、当時からこんな風にあらたまって真っ正面から向き合われるのが苦手だった。
「な、な、な、なに」
「わずか昨日のことだけど、あの時とは事情が変わってしまったんだ。もう、悠長に検証しながら実験している時間は無くなってしまった…。」
「は…はあ」いつになく真剣で影のある面持ちで語り続けるほづみは、夕美が知っている呑気でぼんやりした青年ではなかった。
ほづみは必要な薬の摂取量を計算しながら、すでにあの特殊なチカラを狙う者たちにチカラの存在が知られていること、スイッチとなる薬の秘密までは知られていないにしても、少なくとも耕介も夕美も生命や安全を脅かされるには充分すぎるだけの根拠ができてしまっていることをあらためて夕美に説明した。
そして自分たちの生命とチカラの秘密を守るためには、もうそのチカラを使いこなせるようになるしかないのだということを説いた。
「いわゆる…超能力やね?」
「ちょっと違う。先生の定義に則って言うなら、サイエナジックだね」
「どお違うねんな」
「むしろ発現したそのチカラのありようは魔法に近いからさ」
「まっ。魔法!?」
「細かい話はまたゆっくりとしてあげる。さあ、これから今必要なだけの最低限のサイエナジックの使い方を教えるから、こっちへ来て」
「へっ?」
夕美は自分の目を疑った。ほづみが相変わらず面白くもない真顔なのはともかく、その彼が軽く両手を広げて、まるでキリスト教の聖人がステンドグラスの絵柄でやってそうな「さあ来なさい」ポーズをしていたからだ。
そして実際、ほづみは言った。「さあ」
「さ、さささ、さあって、何やのん!? なに、その手」
「だから。サイエナジック初歩の初歩を手っ取り早く教えてあげるから、こっちへおいで。」
「なんやその上から目線は。あたし、まだヤルなんてゆうてへんで」
〈ACT:38へ続く〉
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(作者:羽場秋都 拝)
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