No.680799

恋姫異聞録176 -童舞-

絶影さん

皆様お久しぶりでございますm(__)m

大変遅くなってしまったことを此処にお詫びいたします

今も、職場からコソコソとUPしております

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2014-04-22 23:40:31 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:4434   閲覧ユーザー数:3525

八つの蛇頭は、雀へと牙を向ける

 

蛇と雀。言葉のみでは明らかに蛇が勝つと言えよう

 

だが、魏兵たちの目の前に広がる雀は、唯の雀などではない

 

向けられる嘴は鋭く研ぎ澄まされた槍の穂先、爪は猛禽類のような鋼鉄の鎌

 

捕食されるだけの雀ではない。戦う力を持ち合わせ、逆に蛇を餐わんとする捕食者なのだ

 

「号令開始、旗を振ってください!指揮官は、八人の敵将の抑えに」

 

「伝令は、常に中軍に集合を!第二波に対する指示を授けます!」

 

一回目の伝令とすれ違いに第二の伝令が中軍へと走り、戦場に銅鑼が規則的に鳴らされる

打ち合わせがなされた兵達は、正確に歩数を刻み、陣形を変化させ、心を硬化させていく

 

「殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!殺!」

 

護から殺へと掛け声が代わり、闘気が殺気へと変わり、兵達の眼に覚悟と信念が宿る

劉備が重ね、繰り返した言葉を元に、己の望む未来へ突き進めと

 

「何やあれ、八陣がグネグネ動いた思ったら今度は、がっちり防御かためよった」

 

「李典様、我等を前に」

 

「アホウ、腕やられとるから言うてウチが後ろに退がれるか!エエからついて来い!!」

 

自分であれば、この武器を前に敵陣へと飛び込み活路を開けるはずだと、玄天を手に速度を落とさず突く進む

 

しかし、そんな真桜の動きを察知したのか、真桜が引き連れる陣よりも先に出るのは流琉と季衣が率いる陣

 

「何を・・・出過ぎや、先陣はウチラにまかせとき!凪、沙和!」

 

正体不明の陣に対し、先陣を切ろうとする二人に真桜は、友の名を呼ぶが

 

「大丈夫」

 

走る二人と目が合い、真桜は少しだけ二人に見とれていた

 

大地を蹴り、敵陣を真っ直ぐに見据えるその姿は、真桜のよく知る人物と重なっていた

 

王の側に立ち、二人が常に背を見続け、目標とした紅と蒼を身に纏う二人の将に

 

「なんや、そういう事か。華琳様が前に出したんは、そういう意味か」

 

溜息と共に呟く真桜。真桜が見とれてしまったのは、二人が雄々しく成長を遂げていたから

 

瞳に宿る意志も、戦う意味も、戦の生み出す悲しみも、全てを知り全てを己の中に修め飲み込んだ

 

だからこそ、稟は二人を前に出し華琳はそれに頷いた

 

もう二人は子供などではない。戦を知り、現実を知り、悲しみと憎しみの上で武器を振るっていると知っている

 

「行こう流琉」

 

「ええ、行きましょう」

 

殺と声を上げ放たれる矢を詠と風の指揮に合わせ蛇行し、研ぎ澄まされた雀の嘴へと飛び込む二つの蛇

 

槍衾にて迎え撃つ蜀の兵を季衣と流琉の武器がなぎ払い、遥か後方から近づく華琳の道を創りだしていく

 

悪鬼と羅刹、二人の悪童がその身に押し込まれた力を吐き出し大地を揺るがす

 

容赦なく敵を潰し、木っ端のように薙ぎ払う二人を表すにはこの言葉が何よりも合うだろう

 

速度を落とさず嘴を荒らす蛇。これならば、中軍に居座る劉備の首など即座に討ち取れる

 

誰もがそう思った時だ、耳を劈くほどに激しく打ち付けられる銅鑼の音

 

同時に中軍から指示を受け取るために走り始める第三の伝令

 

既に第二の指令を受け取った蜀の兵達は、その姿を雀から蛇へと鳥翔陣から蛇蟠陣へと変化させていた

 

「くっ!」

 

「流琉っ?!」

 

食いしばる歯の根の音と皺の寄せられる眉根

 

流琉が振るいし円盤状の武器は、敵兵を砕く前に何者かによって宙へと弾き飛ばされた

 

鋼線で繋がれているためか、身体を持って行かされそうになる衝撃に必死で足を踏みしめ、腰を落とす

 

「ここからは鈴々が相手なのだ」

 

武器を手の中へと戻す流琉と流琉を護るようにして身体を間に入れた季衣の前に現れたのは

 

その小さな体躯からはとても似つかわしくない長柄の蛇矛

 

真紅の髪、炎のような紅蓮の闘気を纏う、1人で1万の兵に匹敵する蜀の戦神

 

 張飛 益徳

 

その武は、関羽すら凌ぐと言われた蜀の武人

 

二度、蛇矛を振り回し空を斬ると、地面を石突で叩けば、まるで地震が起きたように地面が揺れ

 

それを合図に蜀の兵達は、一斉に張飛の回りから遠ざかり、魏の兵が横を通り過ぎる事ができぬように槍をかまえる

 

「嘴だったはずが蛇に呑み込まれて居た。陣の乱れが一切ない、確かに貴女の言うとおりの事が実行されているようね」

 

「御意。更には、此方の八風を己の知に取り込み、短期間で効果の程を先の小競り合いで試した。となれば、蛇の牙より現れたるは此方の将を落とす膂力を持つもの」

 

よほど自分の知が目の前で実現されている事が嬉しいのか、それともそれを実行しているのが己の弟子で有ることが嬉しいのか

羽扇で隠しながらも、息を漏らすように微笑む水鏡の言葉を証明するかのように、二人の目の前に立つ長柄の得物を振るう将は、武器を唸らせ襲いかかっていた

 

「にゃにゃーっ!!」

 

上下左右から打ち下ろされ、振りぬかれる蛇矛に二人の武器は弾かれ、後続の兵までも闘気に当てられ歩みを止められていた

 

「む・・・」

 

即座に反応したのは秋蘭。視線を後方の井蘭車に移せば、稟は手出し無用と首を振り

 

昭の視線を向ければ、交わされた視線に昭の意志を読み取ったのだろう、秋蘭は音楽を奏でる指揮者のようにして指先を忙しなく動かし

蛇の身体を操っていく稟の思うがままに戦場を駆ける

 

「季衣、気が付いた?秋蘭様が、私達にここを任せてくれたわ」

 

「うん。兄ちゃんも、春蘭様も、背中に感じるよ」

 

「こんなに重く、押しつぶされそうな圧力を今まで背負っていたのね」

 

蜀の戦神を前に、二人の悪童は背に覆いかぶさる圧力を感じながら、自分達に向かい発される鋭い無数の殺気を身体に受ける

 

万の兵に匹敵すると言われる張飛の殺気は伊達ではない。兵ならば、発狂するか卒倒し唯、何すること無く死の文字を浮かべるだけ

 

だが!

 

「少しも怖くない。武器を軽く弾くあの武器も、目の前のあの娘も」

 

「怖いのは、背に感じるこの圧力。私達が折れてしまえば」

 

「また、あの娘のような人たちが増えるんだっ!」

 

縦横無尽に振り回される長柄の蛇矛を二人は宙に身体を踊らせ躱し距離を取る

 

血気に煽られ攻めることはしない、ただ静かに心を鎮め、一つでもふみ間違えれば奈落へ落下する崖に居るかのように

 

足捌きを瞬時に細かく刻み、蛇矛の切っ先を避けていく

 

「なんだ、かかってこないのか?なら、このまま真っ直ぐみーんなまとめて鈴々が片付けてやるのだ!」

 

「流琉っ!」

 

「わかったわ、回りは任せて」

 

速度が更に増し、空気を切り裂く切っ先が側に居た兵達の身体を切り刻む

 

更に、氣を巡らせた蛇矛は、一振りごとに剣閃を宙に描き傷跡を残していく

 

「もう逃げられないのだ!」

 

右へ、左へ、逃げ場を潰し宙にはくっきりと残された剣閃の傷跡

 

触れれば仲間の兵を背に追い詰められた季衣の身体をゆっくりと切り刻むだろう

 

「もらった!」

 

辺に響くは張飛の叫び、武器を叩く鉄の音、蜀の兵達に広がる士気の高まり

 

二人の判断は正しかった

 

襲い来る左右の傷跡、逃げ場を無くし正面から武器を振り下ろす張飛

 

二つを同時に押さえ込むのは例え二人の力量を持ってしても無理だと明らかであった

 

そう、二つ同時であるならばだ

 

張飛を正面に捕らえ、武器を構え受け止める季衣を背に、流琉は武器を水平になぎ払い

 

魏兵を鉄線に巻き込みその場から遠ざけると、季衣と背を合わせていた

 

「このぉっ!」

 

眉間に皺を寄せ、圧倒的な攻撃を放っていた張飛は奥歯を噛み締めた

 

前の前では巨大な鉄球で蛇矛の刃を押さえつける季衣と背を合わせて身体を支える流琉の姿

 

左右から迫る空間の傷跡が二人を切り刻み、頬からは紅い雫が落ちようとも瞬きすらせず張飛の武器を押し止めた

 

腕を刻み、血肉が削れようともその足は大地を掴み根を張るようにして張飛の攻撃を受け止める

 

「こんなんで、こんなんで後ろに退けるもんか!」

 

「そうよっ!畏れるのは敵にじゃない!!」

 

しかし、張飛は目の前で身体を血に染める二人に対し、怯んだのは一瞬だった

 

「鈴々は、まだまだこんなものじゃ無いのだっ!」

 

予想とは違う敵の姿、気概、意志を感じ取った張飛だが、それは此方とて同じこととばかりに武器で答えていた

 

 

 

 

 

「おっちゃんに教わったこと、愛紗の力になること、お姉ちゃんを信じること」

 

韓遂の言葉を口にすれば武器に力がこもる。圧力が増す。盾のようにして構えた季衣の武器に亀裂が入る

 

「それが、みんなが幸せに、みんなが毎日お腹いっぱいたべられて、みんながニコニコ笑っていられる世界につながるっ!」

 

更に高まる蜀の兵の士気、次なる指示を受けて蠢き武器を魏の兵へと向かい張飛の気迫と共に襲いかかる

 

「だから、鈴々はぜったい!ぜーったい負けないのだっ!!」

 

踏み込まれ更なる力が加えられた時、季衣の鉄球は砕け散った

 

襲い来る白刃。張飛の身に纏う氣が輝き、空気が破り捨てられる紙のような音を立てる

 

「もうあの娘のように苦しむ人を増やしたりしないわ」

 

「だって、ボク達にはこれしか出来無いから」

 

「今の私達が戦うことしか出来ないから」

 

二人の脳裏に浮かぶは幼き娘を救おうとして心折れた日の事

 

何度も、何度も救おうとして救えなかった。子供過ぎて、夢を見て、全てを救えると想っていたあの日々

 

現実は二人を叩き、砕き、地面へとねじ伏せた

 

「!?」

 

未だ己の力を道を知らずに振るい、戦っていた二人であったならば張飛の望む結果になっていたであろう

 

だが、今、武器を持ち張飛の前に立つのは道を知り己を知り何を護るかをその身に修めた者

 

「私達が育てた魏の子供たちは、その程度の力に屈したりしないわ。例えどのような困難で有ろうとも、己のするべきことを見つけた人間は強い」

 

華琳は、元服ではなく、戦装束を真の意味で着こなした裳着を済ませた女性である二人の背を見つめながら静かに呟く

 

砕かれる鉄球。振り下ろされる白刃

 

だが、季衣は恐れず前に踏み込む。白刃の前に身体を晒し、身を屈め、刃の付け根を両腕を交差させて抑えこみ

 

流琉は直ぐ様、反転。武器を手元に引き戻し、季衣の頭上に落とされる白刃を抑えこんでいた

 

「武器が壊れたからなんだ!こんな傷、ちっとも痛くないっ!」

 

「そうよっ!あの娘の心はもっと痛かった、あの娘はもっと大きな力と戦っていた!!」」

 

「それに比べたら、お前なんかぜんっっっぜん!大したこと無いっ!!」

 

抑えた腕から血を流し、武器を押し返し、圧倒的な力の差があろうとも一歩も引かぬその姿を眼にした二人が率いる兵達は

 

張飛の殺気と蜀の兵の士気の高まりに対し、恐れるどころかその足を前へと突き進め始めた

 

前へ前へとわずかながら、しかし確実に前に進んでいく

 

軍師達の眼に映るは蛇と蛇の牙がぶつかり合い、互いを食い荒らす二匹の闘争

 

即座に動いたのは、蜀陣営。諸葛亮と鳳統

 

伝令到達と同時に銅鑼が鳴り響き、陣は更なる変化を起こす

 

「八陣、蛇蟠陣より龍飛陣に移行開始。両翼は羽をたたみ、飛翔する龍へと陣を変えよ」

 

片腕を切り落とされたというのにもかかわらず、先ほどとは表情が変わり凛とした声を響かせる鳳統

 

それに合わせ、諸葛亮は羽扇を楽隊を操る奏者の如く美しく舞わせ次々に陣を変化させていく

 

菱型の蛇蟠陣は、その形を丸みを帯びた縦長の陣形へと変え、両翼は胴体、前衛はそのまま

 

劉備の居る本陣は奥深くへと後退していく

 

左右から進撃する魏の蛇を迎え撃つは、遊撃部隊として配置された扁風の指揮する部隊

 

折りたたまれた蜀の本隊を保護するべく動き出す龍の副翼

 

魏の両翼を担う呉の将兵たちの目に写ったのは、蛇を飲み込もうとする巨大な龍

 

「ええい、魏の軍師は何をやっちゅう!今からじゃー間に合わん、思春よぉ!」

 

「敵が多すぎます。間を抜くにも、これだけ犇めかれていては」

 

「羌族や五湖兵は、このために配置されて居るのかもしれません。兵の壁を作り魏王との因縁が深く士気の下がることのない

涼州の兵を中央に据えて迎え撃つ」

 

自分たちは、炎の壁を上手く使い動かされていたのかもしれませんと言葉を続ける穏に、薊は唇を噛み締めた

 

「祭よ!おんしの方にはぁ王が二人と冥琳がおるろう、何らぁしろぉっ!!」

 

遠く、中央に魏の軍を挟んだ反対側に位置する呉の部隊に向けて届かぬ声を上げる薊

 

聞こえるはずのない声に、会陽、雪蓮と共に敵を蹴散らす祭は、瞳に何かを映して呟いた

 

「喚くな、あの舞を見よ。龍の飛翔を妨げる雲が、風を巻き込み厚く幾重にも重なり日輪を守護しておるわ!」

 

井闌車の作り上げた舞台の上で支柱を響かせ踊る昭の舞は、前線にて戦う季衣と流流を表現し鬼気迫る表情と気迫を兵へと伝染させていく

 

更には瞳で読み取った敵の動きを剣先と足運びで軍師に伝え、詠、風、鳳は陣形を瞬時に変えていく

 

「まだまだです。私が昭殿の動きから敵の動きを予測し、陣に反映させるっ!」

 

ビキビキと青筋が立ち、頭脳が高速回転を始め予測を次々に立て無駄を排除していく稟

 

昭の動きを見て初めは補助を、次に敵の動きを予測し同時に、最後には昭よりも早く敵陣の動きを予測し自陣の配置を変化させていく

 

気がつけば、敵が遊軍にて迎え撃とうとしたはずの両翼は姿を消し

 

季衣と流流の率いた部隊を先頭に、その場に中央に華琳を据えた八風の陣が出来上がっていた

 

「よく耐えたな」

 

抑えた蛇矛の刃に強烈な横薙ぎの一撃

 

朱の衣装を翻し、紅色の大剣を持つ春蘭は、張飛の体ごと後方へと無理やり吹き飛ばす

 

「八風だ。軍師の指示に従い、部隊を切り替え敵を討つ」

 

「はい!」

 

「了解しました!」

 

宙で体を器用に動かし、猫のように不安定な状態から地面に着地した瞬間、弾けるように地を蹴り襲いかかる張飛

 

その姿はまるで猛虎

 

「虎には、龍が相手や」

 

襲い来る蛇矛と言う名の牙に、飾りの龍から突き出した牙のような偃月刀がふわりと優しく受け流す

 

「このーっ!!」

 

「来いや、馬超が来るまでウチが相手したるわ!」

 

八風の内部が切り替わり、季衣と流流が隊を率いて右へ流れるように動けば現れるのは春蘭と霞の部隊

 

次々に襲い来る張飛の氣と刃の乱撃を、膝を使い偃月刀の刃で撫でるように優しく払っていく霞

 

「一つ、二つ、三つに四つ。なんや、荒いばっかりで一つも綺麗な太刀筋が無いな」

 

「油断はするな。膂力はお前よりも上だぞ」

 

「確かに。ほんでも、ウチの盾は貫けん」

 

宙に浮かぶ羽毛の如く、霞の体に触れることすらさせず、刃のみを使い優しく張飛の太刀筋に添えるようにして軌道をずらす

 

幾度も振れども武器は、霞の体をすり抜け、真名まま、まるで霞(カスミ)に武器をふるっているように感じ焦る張飛

 

「な、なんで!?」

 

「さて、なんでやろな。なんでやと思う?力はそっちの方が上やで」

 

「うう~!うりゃりゃりゃりゃーーーっ!!」

 

「ククッ、随分な馬力やな。こわあてこわあて、ついつい本気になってまうわ!!」

 

霞に襲い来る張飛の全力の斬撃。純粋な殺気が束ねられ、細められ、攻城槍のような圧力が斬撃の一つ一つに込められる

 

全力の殺意と圧力。先ほど季衣、流流に向かい放たれたものよりもはるかに上

 

だが、霞は口角を少し上げ一つ吠えただけで純なる殺気を弾き返す

 

「これがウチの盾や。さっきは馬超に見せられんかったがなぁ!」

 

蜀と魏の兵は見た。空気が刃のように尖り、霞に突き刺さろうとしていた時、霞の咆哮と共に切っ先は、厚く束ねられた鋼の壁に叩き折られるのを

 

殺気とは、気迫とは、これほどの幻影を目で肌で感じさせるのか

 

兵達の目に写るのは、鋭利で巨大な槍が幾度も幾度も、決して壊れることのない強固で堅牢な城壁を叩く姿

 

「なんで!なんでっ!?」

 

「わからんなら、ウチには一生勝てん。惇ちゃん!」

 

「応さ、何時までも出てこない気であるならば、まずはコヤツの命から貰い受ける」

 

刃の通らぬ霞に理解ができず、誘われるままに前へ前へと突き進めば、現れたのは剣を横に体を捻り、居合のようにして構える春蘭の姿

 

「あ!!」

 

「さあ、武器を構えろ。死にたくなければ、我が一撃を耐えて見せろ。私は、貴様の全てを超えてやる」

 

抜き放たれる春蘭の剛剣。空気を切り裂き、大地を揺らし、文字通り一撃必殺の剣閃

 

霞の挑発に、そして柔らかい霞の刃に誘われ、前にのめり込んでしまった張飛の喉元に正確無比な剣撃が襲いかかる

 

 

 

 

 

「そんなの耐えられるわけないだろう。無茶言うなって」

 

「むっ!?」

 

穏やかな声、戦場に似つかわしくない落ち着いた雰囲気。空を斬った剣の先に見たのは、弟の姿

 

「翆、助かったのだ~」

 

「まったく、誘いに乗るなって朱里に言われなかったか?」

 

「ごめんなのだ」

 

張飛の襟を掴み、肩に長槍を担ぐのは馬超。一瞬、自分の弟のように見えたのは錯覚

 

あの一瞬で、確実に姿勢の崩れた張飛の首を狩りとる一撃を躱した翆に、春蘭の身体に震えが走った

 

「霞、これが馬超か」

 

「そうや、見えたか今の?ウチは、悔しいけど全然、見えんかった」

 

「私もだ。張飛に集中していたとはいえ、殺気一つ感じなかった」

 

構えるは刃、向けるは熱、一刀に全てを乗せ、瞳は敵を貫かん

 

霞と春蘭は、己の躰に走る痺れを吹き飛ばすように咆えた

 

「援護、頼めるか?迎え撃つ」

 

「了解なのだーっ!!」

 

襲い来る柔と剛。重く、全てを切り裂く春蘭の剛剣。柔らかく、羽のように軽やかな霞の連撃

 

「偃月刀は、頼んだぞ」

 

「てぇいやー!」

 

巨大な刃と盾の圧力をさらりと流し、脱力で迎え穂先を縦に

 

剛剣の腹を叩き、衝撃で跳ね返る刃をそのまま手の中で反転。刃を横にすれば、十字槍の鎌は霞の首へと襲いかかる

 

「叩き落としたらぁっ!」

 

偃月刀の刃を軽やかな連撃から瞬時に一刀に重きをおいた剛の刃へと変える霞

 

「これなら鈴々にも捕まえられるのだ!」

 

剛の刃へと切り替わり速度が落ちる剣撃。十字槍を叩く前に、張飛の蛇矛が霞の偃月刀を弾き飛ばす

 

「霞っ!」

 

霞の首へと伸びる十字槍。だが、咄嗟に突き出した春蘭の蹴り足が霞を突き飛ばし、首の皮一枚を削り間合いを外す

 

「ゴホッ、痛ったー。クソッ、傷開きおった」

 

「戦えなくなるよりは、マシだろう」

 

「まあな、ありがと惇ちゃん」

 

傷口から再び流れだす血を、霞は思い切り筋肉を硬直させることで堰き止め、再び武器を構え直す

 

「アカンな、ちょーっと意識しすぎたみたいや」

 

「仕方あるまい。アレを止めねば此方に勝ち目はないのだからな」

 

八風へと切り替え、敵を削る形になったというのにも関わらず春蘭の口から零れた言葉に霞は、周りの旗へと目を配らせた

 

よく見れば、羌族が待ち受け両翼を広げる場所はなく、敵の陣は本陣を最後方に厚く縦に並べられた部隊が此方へと牙を向く

 

「こんだけ多いと八風でも削りきれんか?」

 

「だろうな、何より劉備の首を獲るには、この龍の鱗のように重なった兵を全て潰さねばならん」

 

「ああ、そうか。惇ちゃんも八風は、初めてなんやったっけ」

 

「そういうことだ。となれば、することは決まっているだろう」

 

「馬超が好き勝手暴れ回らんように、抑えるんがウチラの仕事ってわけやな!」

 

龍をその旋風で削り滅ぼさんがため回転を始める八風

 

しかし、その先端で、敵との接点で、回転に加わらず留まり敵と対峙する二人の将

 

全ては、勝利のため。ただ一人の将に二人の猛将をぶつける

 

風に、詠に、桂花に、鳳に、稟に、そして魏に攻撃の要にして最も恐ろしい敵と認識される翆

 

あまりにも強大に育った巨木に翆を五行思想である木行と例えた水鏡は、ちらりと春蘭へ視線を向けた

 

「芽吹き育まれた大樹は、汚れなき翠の葉をつけ雲を掴んだ。炎に焼かれ、己が身を大地に捧げる大樹とは、此処で差が出てしまったわね」

 

水鏡は、以前春蘭にも翆と同様の木行と評した事がある

 

だが、春蘭は木行のみにあらず火行も同様に持ち合わせる木生火

 

木は、火を纏い燃え盛り、後には灰が大地へと帰る。大地から生え、大地に還り、再び燃え盛る

 

翆とは違う。大地である華琳によって生かされ、華琳の元に宿り、華琳の心のままにその魂に火を灯す

 

「天に幹を伸ばす翡翠の青葉にあらず。日輪の陽を浴び、大地に根を張り、大地に還る。それでは雲を掴むなど夢のまた夢」

 

水鏡の言葉を証明するかのように、力の差を感じ取った春蘭は、負傷する霞を援護に躰を前へ

 

木切れを振り回すようにして大剣での連撃を、剛ではなく柔でもなく、速での剣撃をもって翆へと向かうが

 

翆は、冷静にまるで柳のように躰をしならせ正確無比な槍撃を最小限の動きで春蘭の大剣の腹へと叩き込み

 

体勢が崩れた所へ張飛の蛇矛が牙を剥く

 

「速さでも上だと言うのかっ!」

 

「ちぃっ!さっきと逆やないか!!」

 

ギリギリで蛇矛を弾く霞は、先ほどまでの張飛と自分の戦いのように感じてしまう。それ程に力の差が開きすぎているのだ

 

春蘭の刃が一撃でも当たれば、翆の細く唯の鉄であろう槍の穂は容易く砕かれ切り捨てられるであろう

 

だというのにもかかわらず、春蘭の技量を持ってしても、霞の柔を合わせても、刃を当てるどころかまともに剣戟を交わすことすら出来ない

 

「伝令まだかっ!?」

 

「此処にっ!続いて、兵を進軍させます。将軍は、あと十歩前進、その後敵を抑よとの通達」

 

「よし、前へ進む。恐れず着いて来い。思いだせ、叔父様の姿を、我らに退く道はない」

 

焦り、苦悶の表情を浮かべる春蘭と霞。しかし、翆はそんな二人などまるで見えてはいなかった

 

露払いしているように二人の攻撃をあしらい、背後の張飛を従え、ゆっくりと一歩、また一歩と回転を始める八風の陣へと歩を進めていくのだ

 

「馬鹿にするな、貴様を進ませたりはせん!」

 

「惇ちゃん、合わせろやぁっ!」

 

翆の左右に位置を取り、偃月刀と大剣「麟桜」による同時攻撃

 

「にやっ!?」

 

「さがってろ、鈴々」

 

交差され、己に向かってくる凄まじい剣撃に翆は、一つ小さく息を吐き出すと、その場で腰を落とし爪先から髪の先まで全てを捻転させた

 

踏み込む大地には、螺旋の跡がクッキリと浮かび上がり、体内を巡る力と氣は練り合わされ穂先で爆発する

 

これぞ、涼州の英雄、馬騰の槍。一撃必殺の雲耀の槍

 

「くっ頼む、麟桜っ!うあああああああああっ!!!」

 

翆の放つ一撃に危険を感じた瞬間、春蘭は咄嗟に剣を反転

 

刃ではなく腹で受け止め、同様に危険を感じた霞は、大剣の腹を後ろから押すようにして刃を当てた

 

ズドンッ!

 

辺りに響く凄まじい轟音。形容しがたい、巨大なものが分厚い鉄の板にぶつかったような鈍く重い音

 

巻き上がる砂埃と抉れた地面に、兵たちは目を白黒させ、次に将を探せば、魏の兵達を巻き込み地面に倒れる春蘭と霞の姿

 

「ごはっ・・・麟桜に、傷を付けるだと?馬鹿な」

 

「どんだけやねん。馬超の武器は、惇ちゃんのと違うやろ」

 

天の御遣いの髪を使った剣である麟桜が、唯の鉄であるはずの翆の武器、銀閃によって大きな傷跡を付けられた事に驚く二人

 

信じられるはずがない、なぜなら春蘭の持つ剣は特別も特別。御使の髪だけではなく玄鉄剣を使用しているのだ

 

だというにも関わらず、容易く剣の腹に傷跡をつけた

 

二人の背筋に冷たいものが流れ落ちた。もし、剣を盾にしなければどうなっていたか

 

刃など前にすれば、薄い刃は砕かれ、霞の偃月刀も同様に粉々に、下手をすれば十字槍の鎌にやられ二人共死んでいた

 

「大樹は、幹を伸ばし大地を吸い上げその葉を天へと伸ばす。赤き若葉と共に空を覆い、紫の華と共に雲を喰らう。日輪を脅かす為に・・・ほら」

 

呟いた水鏡は、羽扇をゆるりと動かし口元から敵軍へ

 

その先に居る黄忠へと指し示せば、放たれる鉄の鏃

 

空気を切り裂き、放物線を描き、一直線に突き進む鏃は、雲の中心で井闌車の舞台の上で舞い踊り続ける男の躰を貫いた

 


 
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