「無事、指定されていた不正転生者の排除は完了しました。遺体も既に焼却済みです」
「そうか……ご苦労だった。下がって良いぞ」
「はっ」
「そういえば団長」
「ん、何かね?」
「少し前、デルタとガルムに何かを話していたようですが……一体何を?」
「すまないが、今はまだ話せない」
「…何故ですか」
「時期が早いからだ。お前はまだ……“アレ”に選ばれていない」
「“アレ”…?」
聞き慣れない単語に、二百式は眉を顰める。
「団長、“アレ”とは一体…」
「まだ話せない……そう言っただろう?」
「…分かりました」
二百式は納得がいかないかのような表情をしつつも、それ以上は何も聞かずに会議室を退室する。会議室に一人残ったクライシスは、席に座ったまま天井を見上げる。
「…すまないな。私の所為で、こんな事になってしまった」
場所は変わり、医務室では…
(おいおい、何だこの状況は…!?)
okakaは、目の前で起こっている事態に若干だが混乱していた。彼の視界には…
「全く、一体どの面を下げてやって来たんですかね? あなた如きが」
「ッ…!!」
支配人に支えられているキーラという女性、その前方では竜神丸が彼女に冷徹な視線を向けている、という光景があるのだから。
「アル、私は…」
「私をその名で呼ばないで頂きたい」
竜神丸の真横に一本の
「どの道、私からあなたに話す事は何もありません……消え失せなさい」
「ッ…!?」
そのまま
「よい…さっと!!」
「ほっと!!」
「!?」
もちろん、それは他のメンバー達がさせない。いつの間にか目覚めていたロキがキーラを
「ロキさん!?」
「俺、復活!! …という訳なんだが、こりゃ一体どういう状況だよ?」
「説明するにはちょいと複雑だな……それより竜神丸、お前どういうつもりだ!? 急に
「…むしろこちらの台詞ですね。私の邪魔をしないで頂きたいのですが? お二方」
「……」
竜神丸が指を鳴らし、ロキの横に転移していたキーラにイワンが再び襲いかかろうとする。
≪チェイン・ナウ≫
「ほわちゃー!!」
「ッ!?」
そのイワンも、複数の魔法陣から伸ばされた鎖で厳重に拘束される。そこへ更にガルムの強烈な蹴りが炸裂し、怯んだイワンが転倒する。
「…あなた方まで邪魔をする気ですか?」
竜神丸が睨みつける先には、ベルトを通じて魔法を発動しているディアーリーズと、いつもの着物姿で気楽そうにしているガルムの姿があった。
「あなたとその人が、過去に何があったかまでは知りません……ですが、自分の目の前で人が傷つけられるのは勘弁願いたいんですよ…!!」
「事情は知らないけどさ。こんな美人さんの肌に傷を付けるってのは、流石にどうなのよ?」
「…チッ」
竜神丸が小さく舌打ちすると、倒れていたイワンもすかさず自分を縛っていた鎖を破壊。すぐに竜神丸の後ろまで下がる。
「まぁ良いでしょう……どの道、その女と話す事など何もありはしない」
「!? 待ってアル、私は…」
キーラの制止も聞かず、竜神丸はイワンと共に医務室からテレポートしてしまった。伸ばそうとした手も途中で止まってしまい、キーラは悲しげな表情をしたままその場に膝を突いてしまう。
「…平和的解決、という訳にもいかないか」
げんぶは小さく呟いてから俯いているキーラに駆け寄り、彼女が伸ばしかけていた手を優しく支える。
「キーラさん、一度移動しましょう。今の状態では、彼と話す事は貴女の命に関わります」
「ッ…あぁ、すまない」
げんぶに支えられつつ、キーラは何とか立ち上がる。その時の彼女の表情を見て、ディアーリーズはようやく思い出した。
「!? あなた、もしかしてあの時の…!!」
「! 君、は…」
「え? ディア、お前知り合いか?」
「あ、いや…実は…」
「ふん…」
研究室までイワンと共に転移した竜神丸は、そのままいつも通りの研究作業に戻る。パソコンのキーボードを打ちつつ、マグカップに淹れたコーヒーを一口飲む。
(今更、何故私の前に現れた? この私を“拒絶”したあなたが…)
『私はずっと、お前と一緒にいてやる』
「…チッ!!」
イマイチ苛立ちが収まらないのか、竜神丸は机に拳を叩きつけ、その所為で机に積まれていた書類が床に散らばる。竜神丸とイワンしかいないこの研究室にて、書類が床に散らばる音と、時計の音だけが部屋全体に聞こえてくる。
「珍しく苛立ってんな、竜神丸」
「!」
研究室の入り口から、ガルムがやって来た。
「…ガルムさん」
「いよ♪ 書類が散らばってるぜ?」
床に散らばった書類を拾い、それを纏めてから竜神丸に手渡す。
「どうも。しかし、何をしにここまで?」
「お前がそこまで苛立つなんて、そうそう無いだろうしな。何が原因か気になるのさ……お前と、あの人の関係性もな」
「何で私が、あなたに説明しなければならないのですか?」
「まぁ良いじゃねぇか、たまには話してくれても。同じ秘密の共有者だろ?」
「…物好きな方ですね」
竜神丸は呆れたように溜め息をつきながらも、ひとまずコーヒーを淹れてからそれをガルムに手渡す。
「…インスタントですが、飲みたければどうぞ」
「お、わざわざ悪いな」
ガルムはコーヒーの淹れられたマグカップを受け取ってから一口飲み、竜神丸も自分のマグカップを手に取ってからコーヒーを飲む。
「ふぅ……んで、話してくれるか?」
「…まぁ、良いでしょう」
マグカップを机に置き、竜神丸はソファに座るガルムと向き合う形で椅子に座るのだった。
一方、食堂に移動したロキ達は…
「は~い、お待たせ♪」
「あぁ、どうも朱音さん。わざわざすみません」
「良いのよ? ロキさん達から、事情は聞いてるわ」
げんぶはキーラを席に座らせ、支配人はユイやフィアレスと共にショートケーキと紅茶の用意をしている所だった。そこに事情を聞いた朱音もやって来て、キーラの隣の椅子に座る。
また、ここにはソラとの模擬戦で敗北したサポートメンバー達も集まっており、離れた位置でキーラの様子を見ている。
(あの人が、竜神丸のお姉さんだってのかい?)
(そのようです。それも血の繋がった、正真正銘の姉弟だそうです)
(しっかし驚いたねぇ。まさかドクターに、あんな美人な姉ちゃんがいたとは…)
(けど、何だか事情は複雑っぽいよ? 竜神丸には避けられてるっぽいし)
(その辺はげんぶと支配人、それに朱音さんが聞くだろうさ。俺達は黙って、様子を見守る姿勢に徹するとしようや)
(というか、そうする事しか出来ないというのが何とも歯痒いですよね…)
(あぁ……ところでロキ達、傷は大丈夫なのか?)
(問題ない。ソラ兄さんもいくらか加減してくれてたし、激しい運動さえしなきゃ大丈夫だと)
(ちなみにウル……あの人よね? ディアが正面から胸に突っ込んだ女性ってのは)
(ちょ、凛!? そこでその話を引き出すの!?)
(ウル、後で覚悟なさい?)
(たっぷりと搾り取ってあげるわ)
(みゆき、ウルが逃げようとした時はよろしく頼むよ?)
(はい、その時は私が取り押さえます)
(り、理不尽だ…!!)
(((…どんまい、ディア)))
そんな会話が陰で行われている中で、支配人はショートケーキと紅茶をキーラの前に出してから、げんぶの隣の椅子に座る。
「どうぞ」
「あぁ、すまない…」
「…まぁ、まずは食べてからでも良いですよ。その方が気分も少しは落ち着くでしょうし、もし嫌だったら無理に話さなくても大丈夫です」
「……」
キーラは無言のままフォークを手に取り、差し出されたショートケーキを一口だけ口に含む。
「!! 美味しい…」
「そうですか、それは良かった」
シュートケーキの美味しさにキーラが無表情ながらも目を見開き、その様子を見たげんぶ達も嬉しそうな表情になる。
「俺の知り合いが経営する喫茶店で、買って来たケーキです。キーラさんの口に合うようで良かった」
「あぁ、本当に美味しいな……出来る事なら」
「?」
「…アルと一緒に、味わいたかったものだ」
キーラは小さく俯き、フォークを持つ手もほんの僅かに震えていた。それを察した朱音はキーラの震えている手を優しく握り、空いている手で彼女の背中を優しく擦る。
「…おかしいだろうな……こんなに美味しい物を食べているのに……こんなに優しくされているというのに……私は、涙を流す事すら出来ない…」
「…泣けない事は、いくらでもあります」
げんぶが優しく語りかける。
「血の繋がった家族からあんな風に拒絶されて、胸が張り裂けるように痛くとも……身体がそれに対応してくれない事もあります」
「けれど……それもほんの一時的よ」
げんぶの言葉に、朱音が続く。
「今は泣けなくても、何時かは泣ける時が来るかも知れない……それまで、涙は取っておきなさい」
「俺達も、いくらでも協力しますから」
「泣ける、時…」
朱音に頭を優しく撫でられる中で、キーラは少しずつ表情も和らいでいくかと思われた……しかし。
「…違う」
「「「え?」」」
キーラの言葉は、朱音達の予想とは違っていた。
「違うんだ……私にはもう…流れる涙など、到底ありはしない……どうやって泣けば良いのか、私には分からない…」
「…泣く事が、分からない?」
それを聞いて、げんぶ達はしまったと言いたげな表情になる。どうやら、今の言い方では彼女に対する励ましにはならなかったらしい。
「…キーラさん」
朱音がキーラの手を優しく握る。
「無理はしなくて良い……話せるのだったら、聞かせて貰えないかしら? あなた達の過去に、一体何があったのか…」
「…あぁ」
朱音の問いかけに、キーラは小さく頷く。
「私も、アルも同じだ…………あの時、私達は……“心”が壊れてしまったんだ…」
「孤児院で過ごしていた?」
「えぇ」
一方、ガルムも竜神丸から過去の経緯について聞いているところだった。
「物心ついた時には、既に両親は亡くなっていました。親の名前など聞いた事もありませんし、もちろん顔も知りません」
「そうだったのか…」
「私達はそのまま孤児院に引き取られ、共に過ごしていました。まぁその時は私も彼女の事は信頼していましたよ? そう、その時はね」
キーボードを打ちながら、竜神丸は話を続ける。
「ですがある時……その孤児院に、ある人達がやって来ました」
「ある人達?」
「はい。その人達の正体は…」
「「「異能力研究機関?」」」
「…あぁ」
キーラの方も、過去の経緯について話を進めていた。
「孤児院にやって来たその男達は私達を含め、孤児院にいた子供達にとあるテストをさせた」
「テスト…?」
「複数あるカードから、特定の記号が書かれたカードだけを目隠しした状態で引き抜いていく……それだけの、簡単な内容だ」
「それって、まさか…」
「そう……私達の中で、PSI能力に優れている者を引き抜く為のものだ」
「「「!!」」」
朱音達が顔を見合わせる中、キーラは語り続ける。
「当時の私達は、孤児院での生活が幸せに感じていた。何処にも行きたくなかった。だからこそ、カードは外れのカードだけを何度も引き抜いていった。何十回も、何百回も……だが」
「逆に、それが罠だったという訳ね?」
「…あぁ。そのまま私達は、研究施設に連行されてしまったんだ」
「じゃあ、そこで実験体に…?」
「そう……私達は施設に連行されて以降、PSI能力に関する実験を受け続けてきました。どれだけ嫌だと言っても、奴等は私達の言う事に聞く耳など持ってはいなかった」
データが完成したのか、竜神丸はコピー機から何枚ものコピーされた書類を取り出す。
「遺伝子レベルの改造を受け続けている内に、彼女は次第に心を閉ざしていっていました。そうでもしなければ……PSIの実験に耐えられず、心が完全に死んでしまっていたからでしょう」
「心が死ぬ、か…」
「それでも私は、奴等の行う実験に耐えながらも、ずっと窺い続けていました……隙を突いて、奴等に復讐する為に」
「…なるほどな」
ガルムは竜神丸の話を聞きながらも、コーヒーを口に含んでいく。
「そして……その時は、遂にやって来ました」
「今思えば……アルは何時からか、その復讐の時を待っていたのだろう」
ケーキがまだ半分も残っているにも関わらず、キーラはケーキの皿を一旦テーブルに置く。
「アルはずっと、その復讐を果たす為に今まで耐え続けてきた……それに対して私は、過酷な実験に耐える事しか出来なかった。耐える為に、心を完全に閉ざす事しか出来なかった」
「心を、閉ざす…」
「…ある時だ」
キーラは顔を上げる。
「遂にアルは……自由を奪った奴等への、復讐を開始したんだ」
時間は、遠い昔に遡る…
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確執・明かされる姉弟の過去