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黒外史  第七話

雷起さん

今回は御前での狩り比べです。


カリじゃないですよ。

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2014-03-08 05:34:45 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:2394   閲覧ユーザー数:1979

 

 

黒外史  第七話

 

 

 洛陽に近い森を前にした草原に、勇壮な鎧兜を身に纏った騎馬武者が数十人整然と並んでいる。

 それを皇帝劉宏と大将軍何進が、こちらも煌びやかな鎧兜を身に着け馬に乗り、隊列を前から眺めていた。

 並んだ騎馬は、これから狩りを行う西園八校尉とその配下の武将達。

 一刀も中軍校尉として馬上の人となっている。

 ただ一刀は鎧兜を着けず、いつもの聖フランチェスカ学園の制服のままだ。

 天人の衣『ぽりえすてる』として既に定着しているのは、この外史でも同じ。

 劉宏は一刀の姿に笑みを浮かべて語り掛ける。

 

「北郷一刀、そちとそちの配下の腕。存分に見せてくれる事を朕は楽しみにしておるぞ。」

 

「はっ!ご期待に添えます様、奮励努力致します。」

 

 一刀は落ち着いて返事をしているが、今朝聞いた二人の王子の話を忘れた訳ではない。

 目の前に居るこの男の本性を見極める為に、今は大人しくしてみせる必要があった。

 恭しく頭を下げる一刀が、劉宏とは違う所から向けられた鋭い敵意を感じ取る。

 それは劉宏の横に並ぶ何進の視線だった。

 

(こ、この視線………俺と華琳が居た所を目にした桂花の目と同じだぞ………)

 

 目の前に居る劉宏と何進は、二人並ぶとギリシア彫刻のアポロンとブルータスを並べた様に思える美男子系マッチョである。

 

(桂花の視線だったら気にしない……いや、逆に可愛くさえ感じるけど、

男を挟んで男からこんな目で見られるなんて嫌過ぎるっ!

男だけで作った三角形の一角に俺を巻き込まないでくれっ!!)

 

 心の中で一刀は叫ぶが、その何進が桂花と同じ様に罠を仕掛けて来ているとは思い至っていなかった。

 

「皆の者も北郷一刀同様、朕を楽しませてくれる事を期待しておるぞ。」

 

 集まった者全てが頭を下げ、狩りの開始となった。

 

 ここでこの狩りの説明しておこう。

 現在森の中には百人の兵が鐘を手に待機している。

 彼らが音で獣を追い立て、森から出て来た所を弓矢で射るというのがこの狩りの基本的な流れだ。

 弓矢を射る者は、西園八校尉がそれぞれ五人で一チームを作り、

八チームが、先鋒、次鋒、中堅、副将、大将と順番に狩りをしていく。

 例として、先鋒八人が同時に森から出てきた獣を馬で追い、一番良い狩りをした者が勝者となる。

 判定は皇帝自身が行うので、数か、大きさか、獲物の種類かはその時の劉宏の気分次第だが。

 

 八つのチームはそれぞれ間隔を開けて配置され、狩りの最後の準備を始めた。

 一刀も出場者と補佐役として連れて来た者を集め言葉を交わす。

 

「先鋒は張遼、お前に任せる。頼んだぞ。」

「おう!一刀はんに恥は搔かせられんからな。一丁気張るで♪」

 

 やる気満々の張遼は笑って答えた。

 一刀も頷いて言葉を続ける。

 

「次鋒は呂布、中堅は貂蝉、副将は卑弥呼、最後に俺が出る。

音々音、高順は他の校尉の動きを見ていてくれ。連れてきている人間の顔も出来るだけ覚えるんだ。

左慈と于吉は………まあ、任せる。頼むぞ。」

 

 左慈と于吉は薄く笑う事で返事とした。

 一刀達にとってこの狩りは情報収集の場でもある。

 自分達も注目され色々と探られているのだからお互い様では有るのだが。

 左慈と于吉を狩りに出さなかったのは、二人が北郷軍にとっての正に秘密兵器だからだ。

 

「一刀さん、わたし達三人がこの場に居て良いんでしょうか………」

 

 声を掛けて来たのは劉備だった。

 関羽と張飛がその脇を固める様に立っている。

 劉備は困惑気味だが決して萎縮しておらず、三人とも堂々とした態度で周りを眺めていた。

 

「劉備が平原の相になった餞別だと思ってくれ。

この場に集まってる周りの連中は、今後敵にも味方にもなる可能性が有る。

顔と名前、性格を知っておくに越した事は無いだろう。」

 

 劉備達三人は一刀の配下となった訳ではない。

 黄巾党の本拠地、鉅鹿の攻略では飽くまでも共闘しただけである。

 今は亡き丁原が、劉備に相応の褒美を与える様に根回しをしていたお陰だ。

 一刀は素直に祝福し、送り出すつもりだ。

 丁原の根回しが功を奏さず劉備達が無視された場合は、自分の仲間に加える事も考えた。

 だが、現実に彼らはこうして褒美を手に入れたのだ。

 

「一刀さんから離れるのは悲しいけど………」

 

 劉備は寂しそうな顔をするが、関羽が遮って頭を下げる。

「かたじけない。この餞別、しかと我が物として今後に生かします。」

 一刀も頷いてから周囲を見回した。

 

(さて、狩りイベントで有名なのは曹操が皇帝となった劉協の弓を奪って獲物を射抜いてしまうヤツだけど、

このタイミングでは流石に似た様な事は起こらないだろうな。)

 

 一刀は少し離れた場所に用意された貴賓席に座る二人の王子を見る。

 

(まさか何進も事故を装って協王子を狙う事は無いと思うが、一応警戒はしておくか。)

 

 一刀の視線に気が付いた二人の王子は微笑んで小さく手を振ってきた。

 一刀も僅かな会釈でそれに応える。

 

 

 

 一刀達の隣の陣では曹操が己の武将達と話をしていた。

 

「今日の目的は北郷一刀の配下の力量を見るのが目的よ。燥ぐのは麗羽の馬鹿にでもやらせておきなさい。」

 

 曹操もこの狩りは偵察の為の機会と見ていた。

 鉅鹿で見た一刀配下の武将が果たして自分の推測通りの力量を持っているかの確認。

 そして眼鏡に適うなら一刀共々いずれは手に入れようと考えていた。

 

「華琳お兄さま~ん、貂蝉さまと卑弥呼さまが出られたら、ワタシ達を出させてちょうだ~~い♪」

「貂蝉さまと卑弥呼さまのお尻をたっぷり眺めたいの~~ん♪」

 

 曹仁と曹洪の二人が腰をクネクネさせておねだりをしてきた。

「しょうがないわね、好きになさい♪」

 曹操は笑って二人に任せた。

 そして、一刀が張遼を先鋒に送り出したのを見て夏侯淵に振り向く。

 

「秋蘭、貴方が先鋒で出なさい。少し揺さぶってみても良いわ。」

「御意!必ず華琳様の意に沿う結果を出してご覧に入れます。」

 

 夏侯淵は一礼すると愛弓『餓狼爪』を携え前へ進み出た。

 

 

 

 この狩りには観客席も用意され、そこに十常侍を始めとする宦官達や董卓を含む武将達が集まっていた。

 

「さぁて、どんな見世物が始まんのか、見ものだな。」

 

 董卓が面白そうに腕を組んで狩り場と観客席を見回す。

「役者も結構揃ってるしな。賈詡、李儒、しっかり見ておけ。いずれオレ達の敵になる奴らだ。」

 賈詡と李儒は頷いて各陣に居る人間ひとりひとりを頭に刻み込んでいく。

 そして董卓の横にもうひとり厳つい男が控えていた。

 

「董卓様が出られていれば、この華雄が董卓様に優勝を捧げられましたのに、残念です。」

 

 拳を震わせて悔しがる華雄に、董卓は肩を叩いて笑いかける。

「ばぁか、お前はあんなチマチマした狩りじゃなく、戦場で敵をぶった斬りまくってる方が合ってんだ。

もう少し我慢してりゃ大暴れさせてやるぞ♪」

 

「は、はい!その時を楽しみにしておきます♪」

 

 物騒な会話をしていると劉宏の居る本陣で“劉”の牙門旗が大きく振られ、

それを合図に森から鐘の音が響き始めた。

 

 狩りの開始である。

 

 

 

 

 森から追い立てられた獣が出てきた。

 兎をはじめ、狐や狸、大型の物では鹿などが居た。

 張遼は立派な角を持った鹿に狙いを定め、馬を走らせる。

 

「よっしゃ!あの鹿はウチがもろうたでぇっ!!」

 

 そんな張遼の後ろ。

 付かず離れずの位置に夏侯淵が駆けていた。

(張遼はあの鹿に狙いを定めたか。ふむ、馬の扱いは見事な物だな。

そしてなかなか良い尻をしている♪)

 

 張遼は後ろに夏侯淵が来ている事に気が付いていたが、そんな事を考えられているとは思っていなかった。

(なんやあいつ?ウチの獲物を横取りする気ぃか?

そうはさせへんでえ!)

 

 張遼が先に射程距離へ飛び込む為に、馬の速度を上げる。

 しかし夏侯淵は既に矢を弓に番えていた。

(この距離なら私の腕だとあの鹿を仕留められるが、張遼の弓の腕も見ていたい。

ここはひとつ、鹿の鼻面に矢を放って方向を変えるか。)

 

 夏侯淵が矢を放とうとした直前、張遼の目前に森から地響きと共に黒い影が飛び出して来た。

 

「どわぁっ!大猪か!?目標変更や!」

 

 張遼は自分目掛けて突っ込んでくる、子牛くらい大きい猪に矢を放った。

 矢は大猪の背中へ見事に突き立ったが、その動きはまるで止まる気配を見せない。

 張遼は落ち着いて手綱を捌き、大猪を避けた。

 しかし、大猪は自分を傷つけた張遼を敵とみなし、大きく旋回して再び張遼目掛けて突っ込んでくる!

 

「なんか知らんけど、この猪見とったら妙にムカついて来たわ!

猪の所為で戦に負けた様な…………。」

 

 などと悩んでいる暇はない。

 矢が刺さっても気にせず突っ込んでくる猪に、弓矢だけで対処していては時間がかかりすぎる。

 夏侯淵の腕ならば、眉間を射抜き仕留める事も出来るだろうが、

当の夏侯淵は、張遼がどう対処するのか見物する事を決めていた。

 いよいよ危なくなったら助けようとは思っていたが。

 

「張遼っ!これを使えっ!!」

 

 狩り場に関羽の声が鳴り響いた!

 そして張遼の下へ一直線に青龍偃月刀が飛んで来て、地面に突き刺さる!

 

「おう!恩に着るで!関羽っ!!」

 

 地面に突き立った八十二斤もある青龍偃月刀を、ズシリとした手応えと共に引き抜いて構えた。

 

「うおりゃあああぁぁぁああああぁぁぁああああっ!!」

 

 張遼はひと振りで大猪の首を跳ね飛ばした。

 

 

 

「どうした、華雄?」

 董卓は自分の首をさすっているのを見て、不思議そうに訊いて来た。

「い、いえ………何故か急に首がムズムズしてきまして…………」

 

 

 

 突然の出来事に見ていた者達が騒然となったが、張遼が青龍偃月刀を高々と掲げると一斉に歓声が上がった

 

『ウホッ!いい男っ♪』

 

「ここでもその掛け声なのかよっ!」

 一刀ひとりだけはツッコミを入れた。

 

 

 

 先鋒戦は張遼の勝ちと劉宏の宣言により決定した。

 陣に戻って来た張遼は関羽に青龍偃月刀を笑って手渡す。

「おおきにな、関羽♪」

「礼など要らぬ。つい体が動いてしまっただけだ♪」

 関羽も笑って受け取った。

 

 その様子を隣の陣で曹操が楽しげに見ている。

「良いわね、あの二人。」

 曹操の呟きに夏侯惇が頷く。

「はい。漢の友情とはいつ見ても良いものですね♪」

「どちらが攻めで、どちらが受けかしら?」

「関羽×張遼ではないでしょうか?」

「あら、そこは張遼×関羽というのも面白いのはなくて♪」

 などとやおい談義が始まってしまった。

 他の陣や観客席でも似たような会話が囁かれていた中、

何進が親指の爪を噛り忌々しげにまたも一刀を睨んだ。

 

(ええい、まるっきり無傷で、しかも手柄にしてしまうとは………しかし、次こそは……)

 

 実は先程の大猪こそ、何進が用意した謀であった。

 森の中へ檻に入れた大猪を用意し、張遼に嗾けた訳である。

 用意した獣は五匹。

 どれも食事を抜き、飢えて凶暴にしてある。

 

(次のは狡猾でただ走ってくるだけではないわよ!)

 

 

 

 

 続いて次鋒戦が開始される。

 森で鐘が鳴らされ、先程と同じ様に獣達が追い出されて来た。

 北郷軍次鋒の呂布は動かずにその様子を眺めている。

 その姿を同じく次鋒として出てきた夏侯惇が訝しげに見ていた。

 一緒に動かないでいては流石に不信に思われるので、夏侯惇は馬を走らせながら適当に矢を放っていた。

 それでも全て獲物を次々と仕留めていくのだから、その腕前は凄いの一言だ。

 

「………………ウサギさん♪」

 

 呂布の目の前には一羽の兎がちょこんと立っていた。

 どうやら呂布はメルヘンの世界に旅立っている様だ。

 

「……???」

 

 それまで動かなかった呂布が、森の中に異変を感じ取り馬から降りた。

 

「………なんか変………」

 

 自分の足で森に走る。

 呂布自身に確信が有った訳ではないが、馬に危害が及ぶと直感での行動だった。

 

 その時、森の中からまたも大きな獣が飛び出して来た!

 

 先程の大猪とは違い、地を蹴って飛び掛って来たのは………狼だった。

 それも普通の狼の倍は有る体躯の、見事な毛並みの灰色狼だ。

 呂布は体を捻って狼の攻撃を躱す!

 しかし、狼は着地と同時に再び襲い掛かって来た!

 呂布もまたその攻撃を再び躱す。

 この事態に見ていた者達から驚きの声が上がったが、呂布の動きに余裕が有る事に気付くと歓声に変わっていく。

 呂布自身は外野の声など気にせず、ただ狼の動きに集中していた。

 

「もう…………それぐらいにするっ!!」

 

 突如、呂布の氣が膨れ上がり、狼に叩きつけられた。

 狼は体をビクリと震わせると、それまで剥いていた牙を閉じて、尻尾も股の間に引っ込めてしまった。

 明らかに戦意を消失してしまっている。

 呂布が一歩踏み出すと、狼はその場で地面に転がり腹を見せ、服従のポーズを取った。

 

「………よしよし、いい子♪」

 

 呂布がその腹を撫でてあげると狼は「ク~ン」と甘える声で鳴いた。

 

『ウホッ!いい男♪』

 

 またも観客から掛け声が上がった。

 

 

 

 次鋒戦は一番多く獲物を仕留めた夏侯惇の勝ちと決まった。

 呂布は狼を仕留めた訳ではないからこの判定としたとの劉宏の言である。

 

「……ただいま、ご主人さま。」

 

 呂布は一刀の事を、丁原が他界した次の日からこう呼んでいた。

 それは丁原の遺言に従ったというのもあるが、呂布は一刀を主と心の底から認めているからだ。

 

「おかえり、ご苦労様。」

 

 一刀は呂布に声を掛けると、その後ろに付いてくる狼に視線を向けた。

 

「………ご主人さま。この子お腹すかせてる………なにか食べ物をあげて。」

 

 腹を空かせた狼と聞いて、陳宮と劉備は慌てて一刀の後ろに隠れた。

 二人を庇いつつ一刀は高順に振り返る。

「どうだろう、頼めば何か分けて貰えるかな?」

「それは少し時間が掛かるかも知れません。先程霞殿が仕留めた猪を与えた方が早いのでは?」

 

 そこに隣の陣から夏侯惇がやって来た。

「それは先鋒戦の勝ちを決めた獲物だろう。これを食わせてやってくれ。」

 そう言った夏侯惇は一頭の鹿を引き摺って来ていた。

 これには一刀が応じる。

「どういうつもりだ、夏侯惇?」

「先程の次鋒戦、試合としては勝ちをもらったが、勝負では明らかに私の負けだ。

その狼が腹を空かせているのは見ていて分かっていたからな。

これは私からの祝いの品だとでも思ってくれ。」

 夏侯惇は鹿の角を掴んで無造作に持ち上げた。

 それを呂布が、やはり角を掴んで軽々と受け取る。

「………………………ありがとう。」

「礼には及ばん。呂布といったな、いつか貴様とは戦場で相まみえてみたいぞ♪」

「……………………(コクッ)」

 無言で頷く呂布に、夏侯惇は笑って頷き返し戻って行った。

 その後ろ姿を見送り、一刀は感心している。

 

(あの夏侯惇、もしかして春蘭と違って結構まともなんじゃないか?着ている服はアレだけど。)

 

 そんな事を思われている本人が自分の陣に戻って来た。

「戻りました、華琳様♪」

「見ていたわよ、春蘭。中々良い漢気だったわ♪」

「ありがとうございます♪」

 二人の会話に夏侯淵も加わる。

「しかし兄者。相手の勝ちを決めた獲物に気を回すのに、自分の勝ちを決めた獲物は気安く渡してしまうのだな。」

 夏侯淵はヤレヤレと言った感じで夏侯惇を見ていた。

「私は数で勝ちが決まったからな。鹿一頭減った所で変わらんだろう。」

「それもそうだな♪」

 形はどうあれ、夏侯淵は夏侯惇が勝った事に喜んでいるのだ。

 

「『敵に鹿を贈る』という言葉があるだろう♪それを実践したまでだ♪」

 

『…………………………………』

 曹操の陣が静まり返った。

「兄者…………それを言うなら『敵に塩を送る』だ。」

 

 もし一刀がこの会話を聞いていたなら、やっぱり夏侯惇は夏侯惇だと思った事だろう。

 いや、この諺が日本の戦国時代に出来た故事だと突っ込んだか。

 

 

 

 

 そして、また違う陣では袁紹が喚いていた。

 

「ちょっと、張郃さんっ!あなたまで郭図さんみたいに負けてしまうなんてっ!

なんて情けないのかしらっ!?」

 

 張郃と郭図の二人は首をすくめてただ耐えるだけだ。

 下手に言い返せば碌な事にならないと身に染みている。

 

((どうせ直ぐに忘れてしまうのだ。ここで何か言って記憶に残してしまうと、

後々思い出してネチネチ言われるのがオチだ。))

 

 見た目だけは神妙にしている風を装って、袁紹の言葉は右から左に受け流している。

 

「顔良さん!文醜さん!あなた達は見事に優勝して帝と大将軍に良い所をお見せするのですよっ!!」

 

「は、はあ………」

「あらほらさっさー♪」

 

 溜息混じりに返事をする顔良とお気楽な文醜。

 この外史でも、この二人の役回りは変わらなかった。

 

「大丈夫ですよ、袁紹様♪なんせあたいらは『名門袁家の二枚看板』って呼ばれてるんですよ♪」

 

(((最近、影では『ダ名門』とか『ダ名家』とか呼ばれてるけどねぇ…………)))

 

 顔良、張郃、郭図の三人は心の中で突っ込んだ。

 それでも袁紹を見捨てないのは、危なっかしい袁紹をついつい支えてあげたくなるという人の良さの所為だった。

 

「それでは次の中堅戦は顔良さん、あなたが行ってきなさい!」

 

「は、はい!」

 

 顔良は焦りながらも返事をしてから前に出ようとした。

 

「あ、お持ちなさい、顔良さん!」

「今度は何ですか?袁紹様。」

 

「分かっているとは思いますが、雄々しく、勇ましく、優雅で、華麗に狩りをするのですよ♪おーーーーーほっほっほっほっ♪」

 

「はあああぁぁぁ………………分かりましたぁ、それじゃあ行ってきますね。」

 

 大きな溜息を吐いて顔良は馬を進ませた。

 

 

 

「う~ん、考えてみたらわたし、弓矢で動物さんたちを殺すなんて出来ないわぁん。」

 貂蝉がイヤイヤと体をくねらせていた。

「それじゃあ別に殺さなくても良いんじゃないか?別に勝負で勝ちたい訳じゃないし。」

 一刀は暢気に答えた。

 元々一刀達にとっては情報収集が目的なのだ。勝負に拘る必要は無い。

「しょれもしょうねぇ~♪それじゃあわたしは動物さんたちと戯れてくるとするわ~♪」

「あんまり動物と一緒に居ると獲物と間違われて矢が飛んでくるぞ。」

「あら~ん♪確かにわたしだと可愛いウサギさんと間違われてしまうわね~♡」

 

(いや、どう見てもビッグフットかイエティだろ。どちらにしろUMAか妖怪にしか見えないからな。)

 

 そう思いながらも一刀は貂蝉が矢で傷つくとは考えていない。

 貂蝉が鼻歌交じりに二指真空把をやるのを見た事が有るからだ。

 

「それじゃあ、ちょっと行ってくるわねぇ、ご主人さま♪」

 

「ちょっと待て、貂蝉。」

 馬にも乗らず狩場に向かおうとした貂蝉を卑弥呼が呼び止めた。

「判っておろうな、貴様。」

 腕を組んで静かに問い掛ける。

「森の中のあの気配でしょ?大丈夫よ、卑弥呼♪」

「ふ、ふん!べ、別に貴様の心配なんかしておらんのだからな!」

 卑弥呼は顔を赤くして貂蝉を送り出す。

 そんなキモいツンデレ小芝居を挟んで、貂蝉は森の近くまでいつもの内股走りでやって来た。

 

「さ~て、鬼さんが出るのか、蛇さんがでるのかしら?

わたしとしては素敵なお兄さんが出てきてくれると嬉しいのだけど♪」

 

 貂蝉は顎に手を当て、構えも取らずに立っている。

 

「グルルルルル」

 

 森の中のから獣の唸り声が聞こえて来た。

 その低い声は明らかに大型の肉食獣だと分かる。

 そしてその唸り声の主がついに姿を現した。

 

「あ~ら、今回はわたしがクマさんの相手なのねぇん。」

 

 木々の間から姿を現したのは貂蝉よりも大きな熊だ!

 

「グルルアアアアアッ!!」

 

 熊は貂蝉の前に後ろ脚で立ち上がり、前脚を大きく広げて威嚇のポーズを取った。

 

「あらん♡クマさんとはいえ、漢女の前にそんな猛り狂ったモノを見せびらかすなんて♡

ダ・イ・タ・ン~♪」

 

 対する貂蝉は顔を赤くしてモジモジしていた。

 そこに熊の右前脚が鋭い爪と共に振り下ろされる!

 

「そんなに激しく求められるなんて、お姉さん困っちゃうわぁ。」

 

 貂蝉は軽く受け止める。

 しかも、しっかりと掴んで離さない。

 

「わたしにはご主人さまという心に決めた人がいるのよぉ。」

 熊は左前脚も振り下ろすが、こちらも簡単に掴まれ、熊は身動きが取れなくなってしまった。

 

「もう、そんなに力いっぱい腕を振り下ろして来るなんて………

わたしは筆おろしが得意だ・け・ど♡」

 

 熊の体がビクリと跳ね、それまで襲い掛かろうとしていた力が、ベクトルを180度変えて逃げようとする物になった。

 空腹で凶暴化した筈の熊が、仔犬の様にキャンキャンと吠えて必死に貂蝉の手から逃れようともがきだした。

 その股間で猛っていたモノも縮こまって体毛に隠れてしまっている。

 

「お姉さんが優しくハグして・あ・げ・るぅううぅうっ♪」

 

 それはどう見ても相撲のサバ折り、もしくはプロレスのベアハッグ。

 熊に対してベアハッグとは、熊の矜持をも抱き潰す攻撃だ。

 必死にイヤイヤをする様に暴れていた熊だが、突然動きが止まり白目を向いて泡を噴き出した。

 

「もう~、そんなに早く逝っちゃうなんて~。お姉さん物足りないけど、チェリーちゃんならしょうがないかしら~♪」

 

 泡を吹いた熊は本当に絶命してまっていた。

 それは果たして、肉体が破壊されたからなのか、恐怖に神経が耐え切れなかったからなのか…………。

 その光景に、それまで静まり返っていた観客から歓声が上がった。

 

『ウホッ!いい男っ!!』

 

 そして同じく中堅として出場していた曹仁が馬を降りて、自らの足で貂蝉に駆け寄って来る。

 

 ………着ている服を脱ぎながら………。

 

「貂蝉さま~~ん♪この曹仁、貂蝉さまの強さに感動しましたわ~♪

わたしもこれからは貂蝉さまと同じ姿で生きて行きます~~~♪

ですからわたしにもその熱い抱擁を~~~~♡」

 

「ごめんなさい…………わたしの心と体は既にご主人さまのモノ…………

そう簡単には抱きしめてあげられないのよ…………」

 

 ついさっき熊を殺すほど抱きしめておきながら、何を言っているのやら。

 相変わらず漢女の思考回路は複雑怪奇である。

 

「だったら!わたしはもっともっと!体を鍛えて!いつか貂蝉さまを!抱きしめるわ!」

 

 曹仁はポージングで己の筋肉を誇示しながら、貂蝉に宣言した。

 貂蝉も曹仁へポージングで応える。

 

「そう、それが!あなたの!愛なのね!受けて勃つわよ!強くなりなさい!」

 

 そのまましばらく貂蝉と曹仁のポージング合戦が続いき、観客達は盛り上がっていた。

 一刀は曹仁が走ってきて服を脱ぎだした所で目を閉じ、耳を塞いでいたので、

この地獄絵図を見聞きせずに済んでいた。

 取り敢えず、このマッチョが曹仁だという事だけは頭に刻んでおいた。

 

 ちなみに中堅戦の勝者は貂蝉。

 二位には顔良が入っている。

 顔良は地道に狩りを続け、鹿を三頭仕留めていた。

 観客は全員、貂蝉が熊と闘っているのを見ていた為に誰にも見ては貰えていなかったが。

 

 

 

 

 副将戦が始まる前に、一刀は卑弥呼に声を掛けた。

 

「卑弥呼、気を付けろよ。」

 

 卑弥呼は一刀の表情に含まれる物を見逃さない。

「御主人様も気付いたか。」

 

「ああ、森から感じる殺気がまだ消えていないからな………誰の仕込みだと思う?」

 

「何進だな。初めは今朝、御主人様から聞いた話で帝が面白半分に手を加えたのかと思っていたが、

先程から何進の顔が引きつっておる。

恐らく私達に怪我の一つも負わせてやろうとしたのだろうが、見縊られた物よ。」

 

 卑弥呼の余裕に一刀の口元が緩む。

(龍を相手に拳で闘う奴に、こんな心配はいらなかったか。)

 

「まあ、ここは私達を引き立ててくれる演出として利用させて貰おうではないか。がはははははっ♪」

 

 卑弥呼は肩を揺らしながら狩場へと進み出た。

 その後を追う様に、隣の曹操の陣から曹洪が出て来て卑弥呼に近付いて行く。

 

「卑弥呼さま~ん!このカリで卑弥呼さまに勝負を挑むわっ!!」

 

「貴様は確か、曹洪であったか。いいだろう、受けて勃とうではないか♪」

 

 卑弥呼が不敵にニヤリと笑った所で、森から獣を追い立てる鐘の音が鳴り響いた。

 森からまた様々な獣が飛び出して来るが、今まで以上にその足が速い。

 鐘の音に驚いたのでは無く、明らかに何かから逃げている様子だ。

 そしてその恐怖対象が森から姿を現す。

 

「ほほう。餓狼、餓熊に続き、今度は餓虎か。」

「卑弥呼さま。どちらがあの虎を倒すか、勝負よぉ~~~~♪」

 

 卑弥呼と曹洪の二人は馬から降り、虎に向かって走り出した。

 その手には弓矢どころか武器となるものを何も持っていない。

 それどころか着ている物を脱ぎ捨て、二人揃って褌一丁の姿で虎の前に立ちはだかる。

 

「「ふんぬううぅぅううううぅぅうっ!!」」

 

 二人は虎に向かって……………ポージングをしていた。

 

 その光景に観客から声援が沸き起こる。

 

『キレてるぞっ!!』

 

「ぬっふううぅぅぅうううんっ!」

「あっはああぁぁああああぁあん!」

 

『デッカイぞっ!!』

 

「「うっふうううぅぅぅうううううううぅぅぅううううんっ!!」」

 

『バリバリだぞっっ!!』

 

 卑弥呼と曹洪がポーズを変える度に、その筋肉を称える声が大地を揺らす。

 一刀は今回も目を閉じ、耳を塞ぎ、更に心も閉ざした。

 虎は二人の動きに始めこそ戸惑いを見せたが、今では苛立ちから唸り声で喉を鳴らしている。

 

「ふふふ、曹洪。おぬし中々やりよるではないか♪」

「卑弥呼さまに褒めてもらえるなんて、うれしいわ~~~♪」

 

 二人の筋肉に浮かぶ汗が陽光を受けてキラキラと輝き、観客の声援が更に高まる。

 

「グアァアオオオォォォオオオオォォォ!!」

 

 虎がその声援すらかき消す様に大きく吠えた!

 

「ほほう、良い気魄だ♪その気魄に敬意を表し、我が技を披露してやろう♪」

 

 卑弥呼が構えると全身から凰羅が溢れ出す!

 一刀もその凰羅の昂まりに気付き、目を開いて卑弥呼を見た。

 

「私が倭(やまと)で編み出し、貂蝉にも伝えておらぬ技よ!

漢女流四十八手がひとつ!『艷花弁大回転』っ!!!」

 

 卑弥呼が叫ぶと、卑弥呼の周囲に大輪の真っ赤な薔薇が無数に出現した!

 背景までもが、まるで魔法少女の変身シーンの様にパステルカラーに染まり、

大輪の薔薇が回転し、花びらを散らして乱舞する!

 

 

「うぅうっっふううううううぅぅぅうううううううううううううぅぅぅうんんっ!!」

 

 

 美しく、可愛らしい背景の中で、褌一丁の卑弥呼がポージングを決めた。

 

 一刀は馬から転げ落ちて、その場でゲロを吐く。

(み…………見るんじゃなかった…………………)

 

 卑弥呼がこの技の極意をヤマトタケルに伝授し、後の世で『御家流』と呼ばれる様になるのは

また別の外史の話である。

 

「グワオオオォォォオオッ!!」

 

 ポージングを決めている卑弥呼に向かい、虎が襲い掛かった!

 

「ぬぬっ!効かぬだと!?美を理解せぬとは、見下げ果てた畜生よ!!

所詮は前に進むしか知らぬ猪かっ!」

 

 一刀の隣で見ていた貂蝉が溜息を吐いていた。

「卑弥呼ったらぁ、前にもおんなじ事言ってたわねぇ~。まあ、虎さんだしねぇ~。」

 

 その間に虎が卑弥呼に向かって顎を広げ、凶器の牙を剥き出し、その首を噛み千切ろうと迫っている!

 

「ふんぬぅ!」

 

 卑弥呼は虎の横っ面にビンタをくれてやった。

 さほど力が入っていない様に見えたモーションだったが、虎の頭が一回転してあらぬ方向を向き、巨体ごと横に吹っ飛んだ。

 

「軽く撫でてやっただけでこれとは。全く、口程にも無いではないか。」

 

 一瞬で着いた決着に、またも観客が盛り上がる。

 

『ウホッ!いい男っ!!』

 

「ステキ~~♪卑弥呼さま~~ん♪滾っちゃうわ~~~♪濡れちゃうわ~~~♥」

 

 曹洪はポージングで卑弥呼を称えていた。

 

 

 

 

「さて、いよいよ俺の出番か。」

 一刀はゲロと一緒に嫌な記憶も吐き出した様で、スッキリとした顔で馬に跨った。

 

「ご主人さまぁ。森の中にはまだ何かいるから気をつけてねぇ。」

 

 貂蝉の言葉に頷いて、一刀は森を睨んだ。

「流石に龍をあの森に隠せるとは思えないから大丈夫だろ。」

 

 森の中から感じる殺気は、さほど変化を感じない。

 つまりそれは、熊や虎も足元に及ばない『何か』が居るという事だ。

 それでも、一刀は今の自分なら倒せる自信が有った。

 

(何進にはよっぽど嫌われたみたいだな。好かれても困るけど。)

 

 

 

「「華琳さま!どうかお気を付け下さい!」」

 夏侯惇と夏侯淵の二人が曹操の身を案じて暗い顔をしていた。

 

「大丈夫よ。狙われているのは北郷軍だけの様だし。大将軍にも困ったものね。

でもここはそれも上手く利用させて貰いましょう♪」

 

 曹操は気楽に笑って狩場に進んだ。

 

 

 

「文醜さんも一体何をやってますの!?」

 袁紹がヒステリーを起こして喚き散らしていた。

 

「いや!あんなバケモンみたいな強さのヤツに勝てませんって!!」

 

 文醜は卑弥呼が虎を倒す所を結構近い場所で見ていたので、その強さが目に焼き付いていた。

 

「もうあなたたちに頼っていられませんわ!

このわたくし自らが、より雄々しく、より勇ましく、より優雅で、より華麗に狩りをして見せますわっ!

おーーーーーーーーほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」

 

「「「「はあ…………頑張って下さい…………」」」」

 

 文醜、顔良、張郃、郭図の四人は生返事で袁紹を送り出した。

 

 

 

 観客席では華雄が森を見て唸っている。

 

「ん?華雄、お前にも分かるか?」

 董卓が面白そうに華雄を見た。

 

「はい、董卓様。あの森に居るのは…………」

 

「北郷がアレをどう対処するか、見ものだなぁ♪」

 

 

 

 更に観客席の別の場所では『江東の虎』孫堅が一刀を見ていた。

 

「どうだ?あれが『天の御遣い』だ。」

 

 孫堅が声を掛けた先に、孫堅の息子三人が居る。

「ふぅん、なんかヒョロイわね。」

「父上が仰言る程強いとは思えません。父上はもちろん、雪蓮兄さまにも劣る様に見えます。」

「う~ん、でも顔はシャオの好みかな♪これで噂通りの強さだったら欲しいわねぇ♪」

 

 孫策、孫権、孫尚香の反応に孫堅が目を細めた。

「常に牙を剥いている様では、ただの狂犬と同じよ。」

 

「それを父さんが言っても、説得力無いわねぇ。」

 呆れて言う孫策の言葉に孫堅が吹き出した。

 

「わははははははは♪それもそうだな♪だが雪蓮、お前はあの男が隠している牙に気が付いているんじゃないのか?」

 

「牙の大きさが分かんないのよ。犬歯並なのか伝説の剣牙虎並なのか………」

 

 顎に手を当てて一刀を見ている孫策に、同席していた周瑜が驚いた顔で振り向いた。

「珍しいわね、雪蓮が相手の力を読みきれないなんて。」

 

「そういう意味では気になるわね。あの『天の御遣い』は♪」

 

 

 

 遂に大将戦の開始だ。

 既に三勝を上げた北郷軍。

 その総大将で『天の御遣い』である一刀に対し、全ての注目が集まっている。

 

(相変わらず尻がムズムズするな…………こんな所でズボンが破けでもしたら、

周りの奴らが襲い掛かって来るんじゃないのか?)

 

 一刀は周囲に警戒しつつ、森にも意識を向ける。

 

(さて、大将軍様は俺に何を用意したのかね?)

 

 牙門旗が振られ、森から鐘の音が響く。

 しかし、森から獣が出て来ない。

 

 突然、鐘の音も止まり、代わりに森の中から悲鳴が聞こえて来た!

 

「ひいいいいいいいいい!」

「た、たすけてくれええええええ!」

「ば、ばけものがあああああ!!」

 

 森から獣ではなく、追い立て役の兵が次々と飛び出して来た!

 

「ごがあああああああああああああっ!!」

 

 兵達の後から姿を現したモノ。

 それは…………。

 

「ご、五胡!?」

 

 一刀の前に現れたのは、長い髪を振り乱し、ボロボロになった服の残骸を体に貼り付け、

全身に返り血を浴び、血の付いていない部分は垢と泥で汚れ、その手には兵の生首を掴んだ、

五胡と呼ばれる者だった。

 

 その目は完全に正気を失い、腰を落とした低い姿勢でじわじわと一刀に近付いて行く。

 途中飢えを満たす為に、手にした生首に齧り付き、血を啜り、肉を咀嚼し、嚥下する。

 その姿が人と酷似しているだけに、獣が獲物を食らうより、余計に恐怖を煽った。

 観衆の文官はもちろん、武官ですらその姿に悲鳴を上げて逃げ出す者が続出していた。

 

 そして一刀は

 

 静かに目の前の五胡を見据えながら、心の中は怒りに燃えていた。

 しかし、その怒りは五胡に対してでは無い。

 皇后にして大将軍の何進に向けた物だ。

 

(并州で戦った五胡は確かに蛮族と言えたが、それでも人の言葉を話してたじゃないか!

亜璃西の様に愛情を持って扱えば、あんなに可愛く、綺麗になるのに…………

あの汚れ方、餓え方………どう見たって家畜以下の扱いで監禁されていたとしか思えない!

戦場で戦うならまだしも………こんな見世物として殺すなんてしたくないぞ!)

 

「グ…………グッ……………グッ……………」

 

 五胡は動かない一刀を次の標的に決め、血の混じった涎を垂らしながら近付いて行く。

 見た目は十三か十四くらいの少女だが、亜璃西の事を思い出せば、

五胡の見た目と年齢は人間とはかなり違う。

 その膂力もしかりである。

 

 五胡が一刀の首を目掛けて飛び込んできた!

 肉食獣が獲物を素早く仕留める為に、必ず狙ってくる場所だ。

 噛み付かれれば致命傷。しかも五胡は人と同じ様に腕も有る。

 しかし、狙う場所が判っていれば、今の一刀にとって避ける事も、反撃も容易だった。

 

 一刀は五胡の攻撃を体捌きで躱し、顎に向かって横から拳を叩き込んだ。

 

「ガアアアアアッ!!」

 

 五胡も一刀に反撃しようと声を上げた。

 しかし、その意思とは裏腹に体は地面にクタクタと倒れ込んでしまう。

 それでも五胡は一刀を睨んで、その視線を外そうとはしなかった。

 

 一刀がやったのは、格闘技漫画で定番の『顎の先をかするパンチで脳を揺さぶる』

というヤツである。

 

 しかし、ここで一刀はこの五胡を捕縛する為の縄が無い事に気が付いた。

 

(延髄か鳩尾に一発入れて、意識を刈取るしかないかな?)

 

 五胡を見下ろす一刀の下に、上軍校尉の蹇碩が駆け付けて来た。

「北郷殿!」

 

 蹇碩も十常侍のひとりだ。張譲と同じ様に隠して育てている五胡の子がいる。

 森から現れたのが五胡と分かり一刀の近くまで来ていたのだ。

「これを与えてみてください。」

 蹇碩が懐から出したのは小さな壺だった。

「これは?」

「蜂蜜です。効果が有るか分かりませんが、試してみる価値は有るかと。」

「有難い!遠慮なく使わせてもらう。」

 

 地面に倒れた五胡に、一刀はしゃがんで近付いた。

 

「グルルルルルル……」

 

 歯を剥いて唸る五胡は、一刀の首から目を離していない。

 それでも一刀は恐れずに、壺の蓋を取り五胡の口元に近付けた。

 すると五胡は唸るのを止めて、スンスンと匂いを嗅ぎ始める。

 甘い蜂蜜の香りに酔う様に、五胡の顔から険が取れ穏やかになった。

 一刀はそのまま壺を口に当ててあげると、ペロペロと蜂蜜を舐め始めた。

 

「これは…………提案した私が言うのも何ですが、ここまで効果が有るとは思いませんでした。」

 

「いや、蹇碩殿の機転で助かりました。戦で対峙するならともかく、

この様な形で命を奪うのは偲なかった物で………」

 

 一刀の表情の中に怒りが混じっている事に蹇碩は気が付いた。

「北郷殿もお気付きでしたか………これが皇后様の謀であると………」

 

「まあ、薄々は…………」

 

 一刀がそう答えた時、周囲から声が上がり始めた。

 

「殺せ!五胡は凶族だ!殺してしまえ!」

「そんな化物を生かしておく必要はない!」

「殺せ!殺せ!」

 

 そんな言葉が飛び交い始め、次第に声がまとまって行く。

 

『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』『殺せ!』

 

 この声がこの外史での一般的な考え方なのだ。

 しかし、亜璃西の存在を知ってしまった一刀に、その大合唱は不快感以外を与える事は無かった。

 

「くっ!」

 

「北郷殿…………この五胡を助けたいとお思いですか?」

 

 蹇碩の問い掛けに、大きく頷く。

 

「分かりました。では帝にこう仰言って下さい。」

 

 

 

 

「帝、此度の報奨として、この五胡を頂きとうございます。」

 

 一刀は恭しく頭を下げた。

 

「ほう?あれだけの働きをして褒美がそんなケダモノ一匹で良いとは、天の遣い殿は欲が無いのう。」

 

 仮設の玉座でニヤニヤと笑い、一刀を眺めていた。

 

「虎を飼い慣らす方は希におられます。それと似たような物で。」

 

「はははははは♪その様な酔狂、朕でも思いつかん♪面白い、許して使わす!」

 

 本気で笑う劉宏に、一刀は更に頭を下げた。

 

 

 

「あんなものを貰って何が嬉しいのでしょう?天の人は何を考えているか分かりませんわ。」

 袁紹が横に並ぶ曹操に話しかけた。

「五胡が現れた途端に逃げ出した誰かさんには、判らないでしょうね♪」

 曹操が意地悪く哂って見せると、袁紹は顔を真っ赤にして怒り出した。

「わ、わたくしは逃げたのではありませんことよ!華麗に、美しく、撤退して見せたのですわ!」

「華麗に…………ねえ?」

 実際には落馬しそうになる程、慌てふためいて逃げ出していたのを、曹操は見逃してはいなかった。

 

「(それよりも麗羽。あの北郷一刀………十常侍と結んだと見て間違いないわよ。)」

 

 曹操の囁く一言に袁紹は怒りが消え、一刀を睨んだ。

「(なんですって………証拠は有りますの?)」

「(ええ、私は北郷一刀が五胡を捕える一部始終を見ていたもの。

蹇碩と親しく言葉を交わし、蹇碩が懐から出した物を受け取る所も目撃したわ。)」

 

 曹操が一刀の行動を見ていたのは本当だ。

 五胡に対し、夏侯淵が常に矢の狙いを着けていた事が判っていたので、

落ち着いて一刀の行動を観察出来たのだ。

 

「(あの男………昨日はあんな殊勝な態度を見せておきながらそんなヤツでしたのね!)」

 

 十常侍を含む宦官に良い感情を持たない袁紹は、蹇碩が一刀に賄賂を渡し、一刀もそれを受け取ったと思い込んだ。

 

「帝の為にも、早く宮廷を正して差し上げなくては………」

 

 この現状こそが帝である劉宏のもたらした物だとは、袁紹にはまるで考えが及んでいなかった。

 

(ふふん。しっかりと道化を演じて頂戴、麗羽♪)

 

 

 

「ふうん。これはかなり面白そうね♪あの北郷一刀って男♪」

 そして観客席にも一刀の動向を見ていた者が居た。

 孫家の者達である。

「気に入った?雪蓮。」

「ええ♪一騎打ちで倒してみたいくらい気に入ったわ♪」

 孫策は舌なめずりをして、その時が来る事を楽しみにしていた。

 

「雪蓮お兄ちゃん!殺したらダメだからね!北郷一刀はこのシャオが貰うんだから♪」

 

 孫尚香も愛用の武器『月華美人』を手にしているから、一刀と闘う気は満々だ。

 

「はあ…………なんで親兄弟揃って、こんなに血の気が多いのかしら………」

 孫権が頭を抱えて溜息を吐く横で、周瑜も一緒に腕を組んで嘆息していた。

 

「我ら家臣としては、蓮華様だけでも冷静でいて下さるのが救いですよ。」

 

 

 

「中々おもしれえ見世物だったな♪」

 董卓は満足げに狩場から引き返し始めた。

 

「(董卓様、あの捕らえられた五胡………烏丸の様でしたが、今後は奴らも仲間に引き込みますか?)」

 

 李儒が董卓に小声で耳打ちすると、董卓はニヤリと哂った。

 

「『塞翁が馬』って言葉、知ってるか?」

 

「は、はあ………前漢の頃の故事……吉凶禍福の変転は予測が出来ず、些細な事で喜ぶ事も悲しむ事もないという意味です。」

 華雄ならまだしも、軍師の李儒が知らない筈がない。

 賈詡も董卓の言葉に腕を組んで考えた。

 

「“烏丸”という馬が“北郷一刀”という塞翁に吉も凶ももたらす?」

 

「別にどっちだって構わねえよ。俺の前に戦が転がり込んでさえ来ればな♪」

 

 

 

 狩りも終了し、隊列を組んで洛陽への帰還が始まった。

 劉宏と何進は轡を並べ、共に宮廷へと向かっている。

 周りには親衛隊や宦官の馬車が取り囲んでいるが、二人の会話は聞こえない距離を置いている。

 劉弁と劉協の二人の王子も後ろに配置されていた。

 

「何進よ。」

 

「は、はい………」

 

「朕は『天の遣いを殺すな』と申したな。」

 

「はい…………申されました………」

 

「確か怪我ひとつ無く、無事であったが……ひとつ間違えばあの者のイチモツは、

食いちぎられていたかも知れんのだ。それでは生きていても意味がなかろう?」

 

「…………は、はい…………」

 

 何進は沈痛な面持ちで顔を伏せた。

 

「全く………お前にはお仕置きをして、今一度その体に教え込まんといかん様だな。」

 

 この言葉に何進は顔を赤らめる。

 その表情は桂花の物とそっくりだった。

 

 

 

 

 

あとがき

 

 

なんか久々に『超兄貴』がやりたくなりました。

 

ボディービルの掛け声って独特すぎて一般人の理解を超えてますね。

「冷蔵庫」ってどう考えても掛け声として変でしょw

 

次回の話は急展開となる予定です。

 

 


 
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