第11話 ニブルヘイム
キリトSide
『SAO事件全記録』が発売され、俺が気絶したあの日から2週間が経過した頃の土曜日。
俺たちはALOにてある場所へ行くことを決めた……その場所とは、
ヨツンヘイムよりもさらに地下にある新エリア『ニブルヘイム』である。
人伝に聞いた話では鉄の如く硬い氷、視界を灰白に染める吹雪、それらに囲まれた暗き闇、これがニブルヘイムの特徴らしい。
そして『ニブルヘイム』には他に2つのエリアがある、その1つが『ムスペルヘイム』だ。
そちらは燃え盛る炎、辺りを絶え間なく流れる溶岩、容赦なく降り注ぐ光、それがムスペルヘイムの特徴とのこと。
もう1つが『ヘルヘイム』、こちらはニブルヘイムとムスペルヘイムの境目の中央にあるらしく、
腐臭が漂う毒沼、蠢く亡者、光さえ届かぬ闇に包まれた城そのもの。
【暗き霧の国・ニブルヘイム】、【灼熱の国・ムスペルヘイム】、【死者の国・ヘルヘイム】、
この3つのエリアが『ニブルヘイム』という世界を示している。
そんなエリアへの行き方はヨツンヘイムにある旧『大公スィアチの居城』の地下、
牢獄の先に出現した階段を下りた先にあるとのこと。
そこからニブルヘイムかムスペルヘイムへ道が別れ、それぞれのエリアに続いている。
なお、ヘルヘイムはそのどちらかのエリアからしか行けない。
さて、それについて話し合ったのがその土曜日であり、本日は後日の日曜日。
俺たちはメンバーを2つに分けて行動することになった。
まずはAチーム、俺、アスナ、ハジメ、シノン、ルナリオ、リーファ、クーハ、
この7人によるパーティーに加えユイの計8人でニブルヘイムへと向かう。
次にBチーム、ハクヤ、リズベット、ヴァル、シリカ、シャイン、ティアさん、カノンさん、
この7人によるパーティーに加えてシリカの使い魔であるピナの計7人と1匹でムスペルヘイムの探索となる。
リンクはレベルと戦闘経験の都合上、待機することを選び、なんでもアルゴから手伝いを依頼されたらしくそちらに出向いている。
以上が本日のギルド『アウトロード』の行動方針である。
その俺たちはいまヨツンヘイムにある旧スィアチの居城の地下にある牢獄の階段を下り、
2つの分かれ道がある場所まで来ていた。
「この先が地獄と名高いニブルヘイムか、腕が鳴るな~」
「……厳密には右の階段からムスペルヘイムへ、左の階段からニブルヘイムへ向かうことになる」
「日本で言う大焦熱地獄や
「いやいや、そんなの知ってんのお前くらいだって」
違いない、はっはっはっと笑い合うのはシャイン、ハジメ、俺、ハクヤの4人。
「環境は最悪で敵は凶悪、困ったもんっすね」
「話ではウンディーネとサラマンダーの
「油断せず行くしかない、か」
真剣に、されど楽しみにしているのはルナリオとヴァルとクーハの3人。一方、その他の女性陣はというと…。
「うぅ、なんでキリトくんたちはあんなに余裕なんだろう…?」
「強者の余裕なのかしら…?」
「心にゆとりがある、という意味では余裕なのかもしれませんが…彼らには油断も慢心もありませんから」
実力者だが難度の高い場所ということで少々緊張気味のアスナ、カノンさん、ティアさん。
「どんな心臓してるのよ、男たちは…」
「そんなの考えるだけ無駄よ…」
「だ、だだ、だいじょうぶだよね、だよね?」
「ちょ、ちょっと落ち着こう、シリカちゃん」
余裕が無くかなり緊張気味なのはシノン、リズ、シリカ、リーファの4人である。
「わたしは凄く寒いところ、ピナさんは凄く熱いところですが、頑張りましょうね!」
「きゅっきゅ~!」
我が娘は大物なのか暢気なのか、きっと両方だろう…多分、俺に似たせいだと思うが。
ピナは……こちらも両方ということにしておこう、そうしよう、うん…。
「さて、そろそろ行くとするぞ、お嬢様方」
「やめておくなら、今の内だけどな」
俺とハクヤの皮肉を込めた言い様にムッとしたのか、女性陣は意気込んだ様子で武器を持ち直した。
ヨツンヘイムよりも厄介なエリアとはいえ気後れするならば来ない方が良いのも確かだ。
そして付いてくる気があり、気概もあるのならば問題は無い。もしもの時は逃げればいいだけの話だし。
「それじゃ、2時間後にイグシティのマスターの店で」
「おう。そっちも気を付けろよ」
Bチームのリーダーであるハクヤと言葉を交わし、俺たちはそれぞれの階段へと向かい下りていく。
さぁ、気を引き締めていこうか。
――極寒世界・ニブルヘイム
「「「「「「「「寒いっ!」」」」」」」」
階段を下りきった先にあった洞窟を抜け、ニブルヘイムへと辿り着いた俺たちの第一声がこれである。
勿論、寒さと状態異常対策の為に耐寒の魔法をアスナに掛けてもらい、
コートを
ユイは寒さのあまり、アスナの胸ポケットの中へと避難したくらいだ。
「痛みがないはずなのに痛いほど寒い!?」
「こ、ここ、これは、反則…!」
「ちょっと、我慢し難いかも…」
リーファ、シノン、アスナの3人が体を僅かに抱きながら必死に寒さに耐えている。
まぁコートを着ているとはいえ、3人とも足が出てるからな~。
「ちっ、ヨツンヘイムより寒いとは思わなかったぞ……だが…」
「……耐えられないわけではないな」
「まぁ視界が良くないこと以外はなんとかなりそうっすね」
「足場は…うん、まぁまぁだな」
俺、ハジメ、ルナリオ、クーハは寒いものの耐えられないものではないと判断し、周囲の状況を把握する。
寒さ?心頭滅却すれば火もまた涼しというだろう、その逆も然りだ。
「アスナたちには結構な寒さ…加えて視界は悪く、足場も雪や氷で良いとは言えない。
ともあれ、ここで立ち往生するのもなんだし、先へ進むぞ」
みんなにそう声を掛けて俺たちはニブルヘイムの探索を始めた。
なお、俺はアスナと、ハジメはシノンと、ルナリオはリーファと肩を並べて進んでいるのはいつものことで、
クーハがきっと呆れた目で見ているのも間違いないのだろう。
ニブルヘイムの探索を始めて10分が経過した頃…。
「「ハァッ!」」
俺とアスナの剣閃が煌き…、
「「ふっ!」」
弓を持つハジメとシノンの放った火弓が爆裂し…、
「「やぁっ!」」
ルナリオの持つハンマーが衝撃を与えるのに続いてリーファの剣撃が加わり…、
「しっ…!」
クーハの短剣による高速の剣舞が閃き…、
―――ぼるるるるるぅっ………
氷を纏う人型の邪神モンスター、霜の巨人族のHPが0になったことで消滅していった。
早々に戦闘へと移行したのだが戦力も整っている俺たちにとっては苦になることもなく、巨人を圧倒することが出来た。
また、戦闘に移って気付いたのだが、倒した邪神は以前まで…ヨツンヘイムで戦った邪神とは違い、
HPバーも2本と少なく、ステータスも比べると劣っていることが分かった。
おそらく、こちらには邪神しか出現しないということもあり、その中でも優劣が決められているようなのだ。
これならば多少は探索がマシに思えるだろう。
しかし、ウンディーネやサラマンダーのレイドパーティーが撤退せざるを得ないのだから、油断は禁物だろう。
「初っ端は順調っすけど、ここからがどうなるかっすね~」
「ヨツンヘイムの時よりもヤバいってことでいいのか?」
「そうだね、モンスターとのエンカウント率も高そうだし…」
ルナリオとクーハは周囲を警戒しながらも言葉を交わし、リーファもそれに加わっている。
「それにしても、わたし驚いちゃった。まさかハジメ君の《弓》スキルがあんなに高いだなんて」
「私と2人でスキル上げしたのよ」
「……まぁな」
「元々ハジメは刀や銃だけじゃなく弓の扱いにも長けているからな。《弓》スキルを上げているとは思っていたよ」
アスナは意外だという風に言っており、シノンはハジメと弓で連携できたことが嬉しかったのかご機嫌な様子で、
ハジメ自身も微笑を浮かべている。というか、絶対シノン同様に
「パパ~、ママ~、終わったですか~?」
「うん、終わったよユイちゃん。でも寒かったら眠っててもいいんだよ?」
「どうしても力が必要になった時とかは力を貸してもらうけどな」
「では、お言葉に甘えさせてもらいます~…」
眠たげな声でユイが訊ねてきたのでアスナと共に優しくそう言うと、そのままアスナの胸ポケットの中に戻っていった。
直後に小さいながらも微かな寝息が聞こえてきたことに俺もアスナも僅かだが頬を緩める。
しかし、愛娘の安眠を妨害する奴らは何人たりとも許す気はないので、アスナにはサポートに徹して貰おう。
彼女の分は俺が動けばいいだけだからな。
「慎重に進んでいこう。別に無理をする必要もないし、時期を見計らって撤退だな」
「それが良さそうだね。それじゃあ進んじゃおう」
提案すればアスナが賛成し、みんなも同意してくれたので適度に進むことにし、俺たちはさらに先へと進んだ。
そして30分が経過した時、俺たちは幾度かの霜の巨人族との戦闘を終えてから、雪原地帯から少し離れた森の中に入っていた。
森とは言うが、実際のところ樹木は氷でできており、葉に見えるものも全て雪の結晶である。
楽観的に見れば幻想的な光景かもしれないが、出現するモンスターのことも考えれば楽観的ではいられない。
とはいえ森に入ってからは巨人モンスターとの戦闘は非常に少ない…そのことから考えるに、
巨人たちは主に雪原などの場所で出現することが多いのだろう。
しかし、代わりに出現するのが〈
〈
―――うおぉぉぉぉぉんっ!!!
雄叫びを上げながら3匹の狼が襲い掛かってくる。
「アスナは魔法で援護、ハジメとシノンは弓で遠距離攻撃、
ルナリオとリーファは3人の護衛、クーハは俺と近接戦闘、行くぞ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
指示を出して新たな戦闘を開始する。
俺とクーハが速さで3匹の狼と直接相対し、そこにハジメとシノンの放った矢が狼たちにヒットする。
そこに追撃と言わんばかりにアスナの水弾魔法が直撃し、近接戦闘をこなす俺たち2人で1匹ずつ攻撃を仕掛ける。
ダメージを大きく減らしたことで警戒態勢に入った3匹は一度距離を開けると、
次いで不規則な機動を混ぜた連携移動と攻撃を仕掛けてきた。
2匹が接近して俺たちを翻弄し、1匹がその合間を縫って爪や牙で僅かながらダメージを削ってくる。
不規則なランダム制のある動きとはいえ一定のリズムはあるのでそこを攻撃することも可能だが、
パターンが多いだけはあり先程の戦闘からもそこが厄介なところであるのは熟知した。
しかし、3匹は高速で俺とクーハの側を移動しているため、支援攻撃の3人は手出しがし難いらしい…直後、
3匹の狼が軌道を変えてアスナたちの方へと向かった。
だが、それは俺たちが学んだパターンの1つであり、
そちらに移動したことで正確な射撃を行えるハジメとシノンが1匹を集中攻撃し、HPを0にした。
さらに接近を行う2匹をルナリオがハンマーで、リーファが長刀を用いて攻撃を加えて俺たちの前へと吹き飛ばし、
止めを刺すために俺とクーハが攻撃を仕掛けて2匹諸共HPを0にし、ポリゴン片へとせしめた。
「ふぅ、いまのところは数が少ない方だからなんとかなったな」
「そうだね。でもこれが10体以上の群れで来られたらと思うと…」
戦闘が終わり言葉を交わす俺とアスナだが、彼女の言葉を想像したのかシノンとリーファは喉を鳴らし、
ハジメは苦笑、ルナリオとクーハは引き攣った笑みを浮かべている。
確かに、先程のような連携を10体以上で行われれば堪ったものではない。
「詳しく調べ周るにはだいぶ手間が掛かりそうっすね…」
「ヨツンヘイムよりも難しいエリアだから仕方ないといえばそうなんだけど…」
少しばかりげんなりとする弟分と妹、2人の気持ちも分からなくはないけどな。
「気を付けて進むにこしたことはないわね」
「……警戒は任せろ」
「オレやハジメさんの分野だからな」
シノンの言葉にハジメとクーハの2人は答える。
確かにこの警戒や察知はこの2人の得意とする分野の1つだし、俺やルナリオも居るからどうにかできるだろう。
「ま、このまま油断せず行こう」
「その前に回復だけどね」
アスナはダメージを受けた俺とクーハに回復魔法を施し、徐々にだがダメージを回復させてくれた。
うん、やはりアスナの回復魔法は心地良く感じるな。
そしてHPの回復が終わり、体勢が整い直したところで俺たちは再び先へと足を進めた。
幾度か狼型モンスターたちとの戦闘を繰り広げながら先を進み、
その場所に着いたのは探索を始めて1時間が経過した時のことだった。
「『ヤルンヴィド』、別名で“イアールンヴィズ”とも呼ばれ、“鉄の森”を意味する森か」
「しかも迷宮だね…」
そう解説するとアスナが同調しながら言ってきた。
このヤルンヴィドと呼ばれる森は北欧神話において、
フェンリルが自身の妻である女巨人との間に子を儲けて産む森であり、産まれてくるものは全て狼なのだ。
また、『イアールンヴィジュル』と呼ばれる魔女であり巨人であるものたちも居ると神話や伝承で語り継がれている。
それらを踏まえるとこの鉄で出来た樹木の森の中には、
先程の狼たちとは比べ物にならない数の狼や巨人と戦うことになるかもしれない。
「……帰還用の『
「敢えて奥には進まず、この周囲の探索も手の1つっすけどね」
「ま、どちらかだろうけど」
ハジメとルナリオの提案にクーハが頷きながら話す。確かに基本の選択肢はその2つのどちらかだろうな。
「それなら迷宮と周囲、両方とも探索しちゃえばいいんじゃないかしら?」
「時間を分けて、ってことだね?」
「あたしもそれに賛成です」
シノンの案をアスナが察して繋げ、リーファも同意している。
「シノンの案でいこう。迷宮内部を軽く探索後、迷宮外部周辺の探索、これでいいだろう」
そう言うと男性陣も納得し、女性陣も賛成したので、まずは内部を調べてみることにした。
意気込んで迷宮に入った直後、俺たちはいきなり悩ましい展開に陥っていた。
「おやまぁ、こんなところに妖精のお客様とは珍しい。一体何用なのかしら…?」
そう話し掛けてきたのは妖艶な雰囲気を醸し出す女性のNPCで、灰色のローブに身を纏い、怪しげな空気を感じる。
俺たちが居るのは迷宮に入ってすぐの場所、ここはどうやらモンスターが出現しないようなので、
警戒はしながらも武器はしまう。
「ここは『ヤルンヴィド』。鉄と氷でできた木々に囲まれ、狼と魔女が支配する森。
そしてわたしは案内を任されているイアールンヴィジュルの1人、よろしくお願いするわ…」
イベントNPCであるのは違いないようだがイベントの発生やクエストスタートがないということは、
まだフラグが成っていないのだろうか。
「でもここは妖精様たちの肌には合わないのではなくて?
それにいまは狼たちも気が立っているから、早々に立ち去った方が身の為よ」
その言葉を聞き、俺たちは道の先を見た。そこには十何匹もの狼たちが道の先におり、
鉄や氷の木々に隠れるようにしているやつもいる。
「これは、どうやら純粋に聞き入れた方がいいかもしれないな…」
「う、うん…。あの数の狼を相手にするのは、凄く厳しいはずだよ…」
俺の言葉にアスナは物凄く同意し、他のみんなも頷いている。
「それが一番よ…さ、お早く帰りなさい。この先に進みたいのであれば、次からは狼たちの血に塗れないようにするのよ?」
再び彼女の警告を聞き入れてから、俺たちはこの迷宮の中から去った。
そして迷宮『ヤルンヴィド』の周辺を探索することになった。
「ねぇ、キリトくん。さっきの魔女が言ってた『狼の血に塗れないように』って、もしかして…」
「多分、狼型モンスターを倒さないようにしてから入れってことなんだろうな…」
どうやらあの迷宮は一筋縄では行かなさそうだ。
「……狼を倒さずに迷宮に辿りつくには…」
「全力で森を駆け抜けるか…」
「迂回路を探して雪原からここにくるか、だね」
ハジメに続いてシノンとクーハが言葉にする。
「かなり難しそうっすけど…」
「さすがにどうしようもないね…」
ルナリオとリーファは苦笑しながら言った。
この森で狼と戦闘をせずに突き進むか、巨人が多く出現する雪原を突破するか、どちらも並大抵ではないからな。
「ま、そこらへんは後々考えて、いまはこの周辺を探索しよう」
そう言って俺たちは周辺の探索を再開した。
それからしばらくして、俺たちは2時間が経過したので回廊結晶を用いてイグシティへと戻った。
ふぅ、結構疲れたな…。
キリトSide Out
To be continued……
あとがき
というわけで今回はキリトたちがニブルヘイムの探索を行いました。
ヤルンヴィドで登場した魔女が今後のストーリーにも登場しますし、この森の主も登場しますw
次回はハクヤたちがムスペルヘイムを探索する話しになりますので、そちらもお楽しみに。
ではまた次回にて!
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第11話です。
今回は新エリア『ニブルヘイム』でのお話し・・・キリトたちが探索に向かいます。
どうぞ・・・。