No.652661

真恋姫無双~年老いてContinue~ 五章後編

漫画でいうところの黒枠表現

2014-01-07 22:00:40 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:3972   閲覧ユーザー数:2996

そして、その後。

話は誘拐犯人と勘違いされ、三人組のチンピラと行動を共にするようになったのち、公孫賛が気絶したすこしあとに繋がる。

時刻でいえば、天下一品武道大会が始まる直前位だろう。

 

封鎖中の大通りを我が物顔で通る荷馬車。

その馬車の荷台には馬の蹄の音とその馬を繰る男たちの下品な笑い声が響いていた。

 

「呑気なもんだな。しかし、これだけの手札があればあの態度も頷ける。」

 

戦斧を抱き壁にもたれるように座る蝶の仮面の女は誰にいうでもなくつぶやく。

なまじ隠れ家が会場から遠かったせいもあり、また、街中が式典会場となっているため大きな通りは封鎖されており、移動には予想以上に時間がかかっていた。

 

「お前のそれ、そしてこいつら以外にも、あいつら、私達に言わないなにかを持っているようだな。」

 

そうでなければ説明がつかんとばかりに不満気に鼻を鳴らし、女は続けた。

 

「おい、聞いているのか。

 …まったく、お前、戻ってきてから何も喋らないじゃないか。

 なにか言ったらどうなんだ杜々。」

 

女は木剣を携え馬車の荷台から外を見ていた仮面の男に声をかけ続ける。

しかし、男は華蝶仮面を一瞥しただけで言葉を発することはなかった。

 

「…。無視か。なんだ?

 私がなにか気に触るようなことでも言ったか?それともお前が原因か?」

 

なんの返答もなかったのがつまらなかったのか、本当に退屈でしかたがないのか。

華蝶仮面は荷台に転がされている一人の女に目をやる。

三つ編みに眼鏡、小間使いの制服に身を包んだ小柄な女は、華蝶の仮面をつけた女を睨みつけた。

 

「華雄、あんたね、いい加減にしなさいよ。月は生きてるって言ってるでしょ!

 あんたがこんなことを続ける意味はないんだから!

 さっさとこの縄解きなさいよ!」

「ふん、それはもう聞き飽きた。それにでかい声を出すな、あまり騒ぐと杜々に叱られるぞ?」

「なっ…!バカにして!」

「あいつは多分怒らせると怖い類のやつだろうからな。

 そこでのびてる二人のようにおとなしくしておけ。

 それに軍師であったお前にこの状況が理解できないわけではないだろう?

 それも含めて貴様、杜々に小言を頂戴したいとでもいうのか?」

 

つい先程、馬車に乗せられる前まで仮面の女はいまの賈駆と同じ立場だったはずなのに、今度は華蝶の女は勝ち誇ったようにいう。

そのしたり顔たるや縛られた小間使いの女、賈駆をしてその両足で荷台を踏み抜かんばかりの腹立たしさを誘う。

そんな心中を知るはずもない華蝶は、殊の外上機嫌に言葉を続ける。

 

「そこでじっとしていることだな。その大切な小娘でも抱えてな。」

 

何が嬉しいのか、と賈駆は思う。

今のままどこへなりともしらぬ目的地へたどり着いたとして、待っているのは魏の精鋭達であろう。

今回、自分や白蓮、璃々が人質にいるとはいえ、それをいかに使っても逃げ切ることは不可能なはずだ。

それなのにこの態度。

なにか奥の手でもあるというのだろうか。

とはいえ、そんなことを聞いたところで目の前の女が答えてくれるわけはないだろうし、さきほど彼女自身が知らないと白状していた。

 

だったら、いま賈駆にできることは隣で気を失っている小さな女の子、璃々を守ることだった。

 

「静かになったら、それはそれで退屈だな。

 おい、もうそろそろつくんだろうな。そこにつけば、貴様が言っていたことが本当か嘘かわかるか?

 さっきの話、この目で見るまではにわかに信じがたい話だからな。」

賈駆の目の前の女。

華蝶の仮面をつけた女、名を華雄。

賈駆とともに董卓のもとでその武を振るっていた時の彼女とは比べ物にならないくらい変わってしまったように感じた。

短絡的で直情的だった印象は強いが、そうであるがゆえに、彼女の君主であった賈駆の友人に逆らうようなことは絶対になかった。

命令を聞かず飛び出しては迷惑をかけることも少なくなかったが、それでも決して裏切るような人間ではなかった。

それが、どうして。

あの事実が、それほどまでに彼女を変えてしまったとでも言うのか。

当時のままの彼女であれば、先ほどのやりとりであれほどまでに余裕を見せることはないであろうに。

得体のしれない彼女の余裕。

いったい華雄は何を考えているのか。

そして、そんな奴らから、自分は璃々を守り切ることはできるのだろうか。

賈駆の心に、不安が広がっていく。

 

「おい、どうしたそんな顔をして。貴様の言ってることが正しいならば、これから向かう先に心配事なんてないだろうに。」

 

そんな賈駆の不安など、どこ吹く風なのだろう。

華雄は、見当違いなことをいう。

その一言は、しかし、的確に賈駆の心を逆撫でる。

 

「ッ!あんたっ!!!」

 

一言言ってやらねば気が済まない。

あのあとの彼女の友のことも、そもそもあの時のことも、今この瞬間のもこともすべてひっくるめて、目の前にいるやつに!

 

だが、賈駆は勘違いをしている。

彼女の怒りの発端を、大きく思い違いをしている。

そもそも、彼女の怒り自体が見当違いであることに、まだ彼女は気がついていない。

なぜならば、彼女はどうして先ほどまで気絶していたか、知らない。

だれに、どのようにやられていたのか、賈駆は知らないのだ。

だから、現状から推察するしか無い。

その結果、彼女はそこで、間違える。

賈駆は、こう考えている。

華雄があの仮面の男たちと結託して私達を攫ったのだ。

目的は定かではないが、あの男達が何がしかを企み、そして華雄自身もそれに手をかしている。

つまりは。

賈駆はこう考えいる。

 

「この、裏切り者!」

思いの一端が口をついた。

些細な一言だった。

しかし、軍師として魏と呉の最終決戦でその名を轟かせた賈文和にしては、極めて迂闊な一言でもあった。

たとえそれが勘違いから出た言葉であったとしても。

それは彼女を怒らせるのに十分であった。

 

「なんだと?」

 

今しがたまでのどこか軽い雰囲気は見る影もなくなっている。

仮面越しに覗く眼は一気に血走り、身の丈ほどもある戦斧を握る手には血管が浮き出る。

 

「だれが、だれを裏切ったと?」

 

凄みの効いた声が重く響く。

体からにじみ出る怒気が、賈駆に一歩ずつ近づく比較的華奢である華雄の姿を何倍も大きく見せる。

 

「おい、貴様、聞かせてみろ。誰が、誰を裏切った!?」

 

それが決定打であった。

賈駆の襟を掴み、大声で威嚇した、そのあまりの威圧感に、さすがの賈駆も言葉を失う。

荷台の雰囲気がおかしいことに気がついた杜々と呼ばれる男が慌ててその間に割ってはいった時には、賈駆は白目をむき気を失っていた。

 

「おい、お前何そんなに怒ってんだよ。こいつらになんかあったらえらい目に会うんだぞ?」

 

気を失っている三人の人質を綺麗に並べつつ、なだめるような口調で杜々は華雄と呼ばれた女に問いかける。

しかし、あまりに気が立っているのか、まだその怒りを隠そうともせずにいる華雄。

 

「はっ!そいつの戯言があまりにもつまらんのでな。

 董卓様は生きている?それはまだ冗談としては筋がいい。

 生きていてくださるのならば、それに越したことはないからな。

 だがそんな戯言おいそれと信じられるわけがないだろう。

 信じるのは確認してからだとといったらその女、なんと言ったと思う?

 この私に向かい、裏切り者だと!これで怒るなという方が無理がある!」

 

怒りの矛先がなくなったことにより、行き場のない感情を今度は警邏仮面とよばれた男に向かって吐きつけた。

露わとなった怒りに対し、男は無言で答える。

 

「・・・・・・・・・。」

「なんだ貴様!顔が見えないことをいいことに私を笑っているのか!?」

 

その無言ですら、今の彼女を逆撫でする。

だが、男の無言は、そんな意味ではなかった。

彼の中で、ある事実が、つながっていく。

華雄といったか?

さっき詠は、華雄とそう呼んでいたか?

目の前の女と会ったとき、彼女は何と言っていた?

董卓様と、そういったか?

あのときみた手配書も、見覚えがあるわけだ。

そして裏切り者といわれて、この態度。

それは怒るに、決まっている。

自分の想像が正しいのならば、怒るに決まっている。

 

「笑ってなんかいないよ。」

 

男にとって、その想像はまだ憶測の域を出ない。

だから。

 

「一つ確認だ。」

 

もしかしたらお前。

 

「さっきはずいぶん親しげに話していたが、詠とはどういう関係だ?」

「貴様ごときがこいつを真名で呼ぶな!」

 

首筋に、身の丈ほどもある戦斧・金剛爆斧が当てられる。

その反応こそ、彼の想像が正しいことを表していた。

正解だった。

その事実が、おかしかった。

だから、仮面の男は笑った。

今度は本当に。

声をあげて笑った。

 

「そりゃそうだ!怒るわけだよな!お前は誰も裏切っちゃいない!

 むしろ逆だ、ただ一人で乗り込んでいこうとしたんだもんな!」

 

生殺与奪の権利を奪われてなお笑う男の異常さに、命を奪える立場にあるほうがたじろぐ。

一方、そんなことはお構いなしに、男は心底嬉しそうに言葉を続ける。

 

「そっか、そっか。あんたが月の探してた華雄さんか!いや~、そうか~、生きてたか!

 月のやつ喜ぶんじゃないのか?ずっと探してたもんな!

 詠もずいぶん焦ってんのか、あいつだってお前のこと心配してたぞ?」

 

仮面の男は一人で納得し、独り言を吐き続ける。

 

「そっか~…じゃああんたがいってた魏に殺された主ってのは月のことだったか。

 こりゃ~、うん、そうだな。

 わかった、前払いだ。お前のいってた武道大会の報酬は俺が払ってやるからさ。

 今度こそ本当に手を貸してくれよ。

 今日は本当にいい日だな。

 こっちにいればいざって時にこの子たち守れるかなくらいに考えてたけど。

 あんたが本当に味方になってくれるなら、俺も好き勝手動けるじゃないか。

 思った以上にうまく事が運びそうだ。

 なんだなんだ、誰の恨みかうようなことあったかなって思ったんだよ。

 いってくれればよかったのにまったく。」

おかしくて仕方がない。

男の声からはそんな色が見て取れる。

その様子に毒気を抜かれてしまったのは彼を殺そうとしていた方だ。

呆気にとられ。

呆然と。

そんな形容詞がふさわしいほど口をあんぐりとあけて、彼女は疑問を口にする。

 

「貴様、なぜ賈駆だけではなく、董卓様の真名まで知っている?」

 

先ほど怒りを向けた相手の真名を呼んだだけであれだけ怒った人間の目の前で、その主に当たる人間の真名を呼ぶなど、よほど頭がおかしい人間でなければやるわけがない。

だが、そんなことは今問題にならなかった。

知っているわけがないのだ。

主の真名を知っているほど親しい人間を自分が知らないわけがないはずだ。

こんな恰好を好き好んでするような奴は記憶にもない。

そしてその仮面の下の顔に覚えもなかった。

だったら、なぜ目の前のこいつは、董卓様の真名を知っているのだ。

 

その、女にとっては当たり前ともいえる疑問に答えるためか、男はちゃらけた様子を隠し向き直る。

 

「例えばお前、死線を共にした同僚の言葉を信じられなかったやつに、本人から真名を許されたからっていって、それで信じてもらえると思うか?」

 

それも至極まっとうな言葉だった。

 

「いや、信じはすまい。」

 

華蝶の仮面をはずし、女はまっすぐ仮面の男を見る。

 

「さきに、ひとつ。さっきの提案の答えを聞かせてくれ。

 報酬の前払いを条件に、手を貸してほしい。報酬は、お前の知りたい情報すべてだ。俺の知りうる限りのことをすべて話す。

 嘘だとわかれば首を切ってくれても構わないよ。」

 

対する男も仮面をとり、素顔で向き合った。

 

「私は何に手を貸したらいい。」

「俺は家に帰りたいんだ。」

「その為にはなにをしたらいい。」

「お前の守りたいものを、守ってくれればそれでいい。」

「それだけでいいのか。」

「それだけでいい。」

 

その目は、あまりに真直ぐで。

疑うことが馬鹿らしくなるほど単純で。

しかし、信じるためにはあまりにも簡単な、子供のような表情だった。

 

「いいだろう。わかった。そのかわりすべて聞かせろ。それが条件だ。」

「おう、いいぞ。そろそろ目的地だ。準備しながら全部聞かせてやろう。

 さあ行くぞ泥師。お家はもう目の前だ!」

「まて、杜々。華雄だ。我が名は華雄。我が主が本当に生きているというならば、私も我が名を名乗ろうではないか。」

「そうか、じゃあ、あらためて華雄、手伝いのほうよろしくな。」

 


 
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