「じゃあ、いってくるわ。」
「はい、気をつけて。璃々も詠お姉ちゃんのいうことをちゃんと聞くのよ。」
「うん!じゃあいってくるね!」
「詠ちゃんも気をつけてね。」
「わかってるわ月、心配しないで。白蓮もついてることだし、大事にはならないわよ。
昨日と何も変わらず、街全体は式典の雰囲気に酔い、華やかさを帯びていた。
招く者も、招かれる者も思わず浮足立ってしまう、そんな朝だった。
「装備と配置の確認は済んだか?」
「おー、バッチリ終わっとるで~。」
「きっちりばっちり済んでるの~。」
なすべきことをなし、無事時は過ぎ去るものと、誰もが信じて疑わない。
「お、珍しく気合が入っているな秋蘭。」
「うむ。なにせ久し振りに全力を出せるのだからな。これが興奮しないはずがない。」
「なんや、まるで昔の惇ちゃんみたいやな。」
だからこそ、その時を謳歌し、だからこそ、その時を誇らしくおもう。
「ちょっと流琉ってば、張り切り過ぎだって!」
「今日はお料理に大会にでいそがしいんだから、季衣もほら、気合入れて!」
戦い、勝ち取った平和というこの時が、何よりも愛おしいものであるから。
それを楽しまないものなど、いようはずもない。
「今日も舞台か~。それも楽しいけどお姉ちゃんもお祭りいきたいな~」
「せっかくの舞台の前に何言ってるのよ。」
「そうよ、姉さん。ほら、本番の前に舞台の確認に行きましょう。」
戦火は、文字通り下火になった。
あの戦いで負った傷も徐々に癒え、剣を交えたもの通しのわだかまりも、少しずつではあるが溶け始めている。
「それにしても今日は色々と賑やかですね~。」
「えぇ。街のど真ん中に舞台を作ってなんとか仮面ってやつの劇もやっているようです。
詠達もそれを見に行くとのことでしたし。
ここも、だいぶ賑やかになりましたしね。」
「ったく。あんなののどこがいいっていうんだか。」
しかし、傷というものは放おっておけば綺麗に治るかというと、必ずしもそうではない。
「それでねそれでね、華琳さん、あの警邏仮面っていうのが…」
「わかったわ、わかったから少し落ち着いてちょうだい。大体私はあなたよりも…」
なんの変哲もなく終われば良いと。
このままこの時が続けばよいと誰もが思う。
とても長い一日の始まりの朝だった。
…
………
…………………
「あ~あ、今日の昼からか~。しかし無事登録は登録はできたけど、勝てるもんかね…」
「私が優勝するのだ。貴様はもちろん優勝はできん。だが、せっかく登録したんだ。互いに全力を出そうじゃないか。」
朝も早くから、街には多くの人出が見て取られた。
そんな大通りに面した一件の定食屋に、祭り浮かれした一組の男女が座っている。
男の方は片腕に手甲、羽織に袴というちぐはぐな防具と派手な首飾りに、こちらも派手に飾り付けられた刀を下げている。
その顔はすべて仮面に覆われ、中身はうかがい知ることは出来ない。
飯屋でつけるような仮面ではないが、おそらく食事を終えた後付け直したのであろうことが伺える。
かたや女のほうは蝶をあしらった仮面をつけて、身の丈ほどもある斧を持つ。
「ま、後は野となれ山となれってか。」
「ふん、男なら私を倒し優勝してやろうくらいの気概をみせたらどうだ。」
「いや、まぁ~なんだ。俺も一応、先の戦を乗り越えてきたっていうけど、どうもあいつらに勝てる気がしないんだよな…。」
「あぁ、そういえば貴様はここの出身だったな。」
「ちが…う~ん、まあそんなとこだ。でも手柄がないと厳しいしなー…さて、腹ごしらえも済んだし、そろそろでるか。」
おじさんお勘定と、席を立つ動作があまりにも自然で、その中身はこの街のものであると思わせるに十分なものだった。
そのあまりの自然さに、その場にいた誰もが、その奇異な見た目を気にもとめない。
「相変わらず美味しかったよ、ごちそうさん!」
顔を覆う仮面のせいで少しくぐもった声は、しかし、店に心地よく響く。
「さってと、じゃあ武器を買って、荷物を持って会場にでも向かうか。」
「武器ならば持っているではないか。」
「これは借り物だからな。大会に出る前にだな…」
男たちが出て行った店には静寂と、少しの休息が広がったが、それもつかの間の出来事であった。
「お腹すいたの~!」
「凪~、はよ飯にしようや~。」
「わかったから、すこし…ん?」
街も浮かれ、喧騒がはびこる。
「なぁ、今の…」
「なんや?あれ警邏仮面の真似事やろ?あんなん街中にぎょーさんおるで。」
「も~!ふたりともはやくするの!お腹すいて死んじゃいそうなの~!」
それでも、そんな店に、街に、この世界にとても馴染んでいるようで。
まるでそこにいるのが当たり前かのように。
誰一人、仮面の男達を気にかけるものはいなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「全く貴様もよくわからないやつだな。私達は追われている身なのだぞ?」
「手に合わない武器で戦っても仕方ないし…。」
仮面の男女は、相変わらず街をうろつき回っている。
式典で発生した人混みは普段の倍以上で、今日は特別に大きい通りでの馬車の移動は禁止となっていた。
歩行者にとっては周囲を気にせずに歩けるし、許可を得れば露店も開けるようだ。
さながら天国と比喩してもおかしくはない、そんな大通りを、二人はどこへ向かうともなく歩きまわっている。
「そういえば、さっき貴様と同じ仮面をつけてやっている演劇場があったぞ。」
「え、そうなの?適当に見て回っててビビッっときて買ったからわからなかったけど、これって有名なのかな。」
「さぁ、わからんな。別のところでは私のコレと同じものもあったし、案外どこにでもあるようなものなのかもしれん。」
「そんなもんか。」
呑気、という言葉が必要以上に似合う。
顔を覆う仮面のせいで表情こそ伺えないが、先程から大きく息を付いているところから察するに、欠伸すらしている気の抜きようだ。
男の、その奇妙と行っても差し支えない態度に、次第に仮面の女の表情が険しくなっていくのが伺えた。
「貴様、なぜそんなに腑抜けていられる?貴様も勝たねばならない理由があるのだろう。」
「泥師ちゃんほど切羽詰まってないってだけだよ。最悪勝たなくてもいいのさ。」
そんな女とは対照的に、男は笑いを噛み殺しながら答える。
「しかし、手柄がほしいといっていたではないか。」
「あぁ、いったな。」
「ではなぜ…」
「最悪、それもいらないんだ。追われてる身、大いに結構じゃないか。
俺が大会に出ようと思ったのは、勝てれば御の字、たしかにそれもある。
だけどな、ほんとはそんなことはどうだっていいんだ。」
「…。」
「わからんという顔だな。だが、俺はそれで捕まったとしても、それで本望なんだよ。
実際は、そうだな。お前とそんな変わらんということさ。」
それは、紛れも無い本心からの言葉だった。
「泥師ちゃんには申し訳ないけど、だからそれで十分なんだ。」
「ふん、嫌味なやつだな。」
「ひねくれてるだけだよ。」
一切悪びれた様子を見せず、仮面の男は笑い声をあげた。
そんなことを言いつつ、なんの比喩もなくふらふらとあてもなく、時間を潰すためだけに歩を進めていたその時だった。
「邪魔だ!どきやがれ!」
不意に目の前を横切る影があった。
それは、仮面の男を突き飛ばし、すぐに細い路地へと入っていく。
それを、確認した瞬間、仮面の男の纏う雰囲気が一変した。
「泥師、ここで別れよう。」
「なにをいってる。貴様と別れたら私は会場まで辿りつけないではないか。」
「悠長なことを行ってる場合じゃないっぽいんでな。」
語気を強め、男はそう行ったかと思うと、すでに走りだしていた。
そのあまりの急変ぶりに、共に居た仮面の女も釣られて走りだす。
「なんだ、ついてくるのか?」
「仕方ないだろう、貴様がいないと会場に辿りつけないのだからな。
それにな、杜々。その様子だと、武功にはありつけそうなのだろう?」
仮面の男はその言葉に答えるように走る速度を上げる。
突き飛ばしたものたちを追ってひた走る仮面の二人組。
その姿は、薄ら暗い路地へと消えていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
たった一言。
たった一つの報告が、国を上げての祝典に水を差した。
「曹操様、至急、これをご覧ください…」
血相を変えて報告も持ち込んだ警邏隊員の顔色はおそらく走ってきたばかりであろうに、真っ青だった。
「なんですって…?これはどこに?」
「はっ、大通りに面した詰め所においてありました。」
華琳の顔が歪み、体が強張る。
そして、怒号が響く。
「総員を導入して、この街にいたるすべての道を封鎖しなさい!
武道会の開催中に誰一人としてこの街から出さないように。緊急配備!」
城内はただならぬ緊張感に包まれた。
失態としか言いようがない。
そんなことがないようにと細心の注意を払ってきたはずなのに。
だが、起こってしまったことを悔やんでいる暇はない。
「璃々が攫われたわ。手が空いているものは桃香と紫苑をここへ呼んで頂戴。
その他のものは情報の真偽の確認と璃々の捜索を!
璃々を始め街の者についても一人の犠牲者も出さぬよう、全力で任務あたりなさい!」
「「「「御意!」」」」
和やかだった雰囲気は、すでになくなっていた。
かつての大戦を彷彿とさせる緊張がその場を支配する。
全員が行動を開始した。
太陽はもうすぐ、天頂へと辿り着こうとしていた。
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