【クロース・エンカウンター①】
「ダイチさーん…こんばんはー…」
「寝ちゃってるのかな?…もう、久しぶりに来たのに」
「あっ、お布団蹴っちゃってるよ…よいしょっと…わぁ、久しぶりのダイチさんの匂いだぁ…あったかい…」
「おやすみなさい、ダイチさん…」
…ん?朝…か?目が覚めたのは良いが、まだ寝足りねぇって感じだ。
昨日は何時に寝たのか覚えてねぇし、相当飲んだってのは間違いないな。
フロンティアに戻ってきて、んでジェシカにグチグチ文句言われて、艦長に呼び出されたかと思いきやお小言受けて、その後に人命救助、しかも有名な歌手を助けたと褒められて、その後手薬煉引いて待ってた面々に飲みに連れてかれてハシゴしたってわけだ。
布団の中で、少しばかり伸びをする。
それにしても、やっぱ我が家は良いわ。
このオレの匂いが染み付いて、もはや身体の一部と言っても過言じゃねぇ。
布団もほれ、こんなに使い込まれてフワフワして、甘い匂いがして…甘い匂い?
ん?何だ、オレの腕に乗っかってんのは。
シャツも掴まれてるような感触だしよ。
スッと布団を持ち上げて覗き込んで見ると、見慣れた緑色の髪の毛がヒョコヒョコ動いてるのが見えた。
「んにゃ…くー…くー…」
ランカちゃん?また潜りこんできたんか。
相変わらず甘えん坊だな、ったく。こういう所は小っちゃい時から変わらねぇよな。
ありゃ、何か聞こえたか?片側の髪の毛がピクって動いたぞ。
にしても、ランカちゃんが小さい時からこうやって一緒に寝たりしてなけりゃあ、ここまで無防備な寝顔を晒したりしねぇわな。
てかランカちゃん16歳になったんだっけ?ここまで無防備なんじゃ、将来の異性関係に不安を感じてしまうのは仕方無ぇわ。もう、誰か好きな相手でも出来てんじゃねぇか?
こんなに愛嬌たっぷりで元気花丸なランカちゃん。今の中等部がお嬢様学校じゃなけりゃあ相当モテてたはずだ。
今でもマスコット的な感じで大人気だがよ。
サラサラの髪の毛を撫でてやる。
「んにゅぅ…えへへ…んぅ…くー…くー…」
また幸せそうな顔しちゃってまぁ。
こっちまでニヤけてくるよ。
頭を撫でてやるたびに、ランカちゃんの両房の髪の毛の束がまるで動物の耳のようにピクピクしてやがんだ、コレ見て癒されねぇヤツは人間じゃねぇ。
「よっと」
ランカちゃんに身体を近づけてギュッと抱きしめてやる。
こうするのが、昔からのオレとランカちゃんの間でのお約束事ってやつだ。
ランカちゃんも、長年やってるおかげか、無意識に抱きしめ返してくる。
こらこら、顔を腹にスリスリしない。くすぐってぇし。
「えへへぇ…ダイチさぁん…んにゅぅ」
「ったく……ふわぁ…」
やべぇ、幸せそうな寝顔見てたらこっちまで眠くなってきやがった。
今日は昼からシフトだし、二度寝することにしよう。
ランカちゃんの頭を撫でながら、オレは再び夢の世界へと旅立った。
※ ※ ※
「お客さん、閉店ですよ。お客さ~ん」
ユサユサと肩を揺さぶられ、私の意識が覚醒する。
あら?確か今は、グレイスと一緒にフロンティアへのチャーター機に乗って移動している
はずよね。
「へ?ここって…ん?ダイチじゃない?!何やってんの、こんなとこで」
「お客さん、私はしがないマスターですよ。ダイチ?誰のことでしょう」
「とぼけないで!!」
何か、真っ白な空間。
机や椅子、そしてカウンターやお酒の並ぶ棚があるのを除けば何も無い所。
ここは…?
そして、ダイチ…いえ、ダイチらしき人物。
アフロの髪型にちょび髭、そしてバーテンダーらしい格好をして、手を身体の前で組んで
こちらを窺っている。
何故目を細めているのか、そして何故声が渋めの低音なのか、まずはそこから突っ込みたい。
ダイチの表情にちょっとイラッときたのは内緒ね。
「お客さん、閉店ですよ。お勘定お願いしたいんですが」
「え?私飲んだ覚えは…って、飲んでたみたいね…」
机を見渡せば、そこにはお酒の瓶と私が飲んだらしきグラスが。
すこし茶色の液体が氷と一緒に残っているのがリアルだわ。
全然覚えが無いけどね。
「記憶が無くなるまで飲んだってことかしら……いくら?」
「しめて、1億2000万クレジットになります」
「高!?」
何よ、この店?!ぼったくりもいいとこじゃない?!
しかも請求してるのがダイチだから腹立たしさも倍増よ!
「ふざけないで!どう見ても5000クレジットを超えるか超えないかくらいでしょ!」
「お客さん、困りますね。ちゃんと払ってもらわないと」
「だから高いのよ!!やってられないわ、私帰る!!」
相変わらず手を前に組んで猫背状態で立っているダイチを押しのけ、ドアへと向かう。
どけた時にチラッと視線を向けると、払われた勢いでクルクル回るダイチの姿が。
「ぶっ…!」
その滑稽さに吹き出した私は何も悪くないと思うの。
でもここから出るのが先決ね。
ガチャッ
ドアを開け、一歩外へ踏み出す。
ようやくこれで…
「ぃらっしゃいませ~」
「何でよ!?」
踏み出した先には、さっきの状態で立っているダイチの姿、そしてさっきの状態の店内。
「ちょっと」
「おっと、お客さん、暴力沙汰は勘弁ですよ~」
ダイチに詰め寄り、襟元を掴んで顔を近づける。
わ、久しぶりに近くで見るダイチの顔…でも目が細められていて口が尖った状態でこちらを
ガン見されてるんじゃあ感動も半減ね。
「どうしてドアを出たのにまたここに戻ってるのよ?出口はどこ?教えなさい」
掴む力を少しずつ強めていく。
ダイチの表情に変化は全く無いが、身体が少しずつ震えてきているのが伝わってくる。
「お客さん、払えないならツケでいかがですか?」
「ツケ?」
「えぇ、ここは普段はお客さんが入りたくても入れない、私の感情次第で開く店ですからね。
また開く時に払っていただければ結構です」
「…何をたくらんでいるのよ」
「いいえ、何も」
掴んでいた襟元を離し、距離を取る。
ダイチが手を翳すと、真っ白な空間に別のドアが現れる。
「今日は特別です、こちらからお帰りください。あ、それと」
細められた目が、少し鋭くなったような感じを受ける。
真剣な話なのかしら?
「ドアをくぐる時、『Oh~~、デッカルッチャ~~♪』と歌いながら出てください。
じゃないとまた、こちらに戻ってきますからね」
「な…?」
「じゃあ先に失礼しますね。Oh~~、デッカルッチャ~~♪」
ダイチがドアの先に消える。私が口をパクパクさせている間にさっさと行ってしまった。
逃げたわね……?!
このやるせない気持ちを、私は真っ白な空間に吐き出すしかなかった。
「くそダイチ、死ねぇ!!!」
次に会ったら絞めるわ。
………ル……リル……シェリル?シェリル?」
「んぅ?」
…気だるい感じがする。少し、寝すぎたかしら?
何か不愉快な夢を見ていた気がするけど、はっきりと思い出せない。
グレイスが起こしてくれなかったら到着までずっと寝ていたでしょうね。
そしてそのことを、ずっと後悔したんじゃないかと思う。
今、まさに見えているエアポート上空から見下ろした感じのフロンティア船団。
地球の町並みを表現してみたという、25番目の移民船団。
その名に、誇張は無かったわ。
エリア一杯に広がる緑。
上空からのみ眺めることの出来る綺麗な町並み。
その全てが、私の故郷のギャラクシーには無いものばかりだった。
心が、ワクワクしてくる。どのような新しい発見があるのかしら。
そして、僅かな滞在期間の束の間のオフをどう使うか。
「シェリル?着陸が完了したわよ。マスコミがエントランス近くに陣取ってるらしいから、早く終わらせてゆっくりしましょう?」
「えぇ。分かったわ、グレイス」
チャーター機から降り、無重力空間を束の間漂いエントランスへ向けて地を蹴り出す。
この感じ、私はいつまでも慣れないわ。
自分の身体が自分のでは無い感じ…うまく言えないけど。
それに加え、時差ボケとさっきのフォールド酔いも合わさってあまり芳しくない。
そして、重力制御が地球の重力の75%に増えたところで身体がずっしりと重くなる。
当然、私の身体の一部…自慢のバストも重力に倣うわけで。
「うへぇ…」
思わず、人気歌手らしからぬ言葉が飛び出す。
グレイスが眉を顰めているけど、周りに人がいないときくらいはこれくらい目を瞑ってほしいわ。これから気を引き締めるから。
この扉の向こうには、全銀河に放送を伝える映像のプロ達ばかりがいる。
種は違えど、同じプロとして負けるわけにはいかない。
私はシェリル=ノームなのだから。
大きく息を吐き出し、私はフラッシュの波の中へと歩を進めていった。
※ ※ ※
「ほぅ…」
私は、ため息しか出なかった。
パパ…ううん、大統領閣下からの指令…
『シェリル=ノームの護衛』を言い渡された時、あまり乗り気がしなかった。
銀河の妖精なんて謳われているけれど所詮はまだ20歳もいってない世間知らずな我侭少女だと、先入観が働いていたのは認める。
でも。
「貴女が今回の護衛を務めてくれるキャサリン=グラス中尉かしら?私の名前はシェリル=ノーム。こちらはマネージャーのグレイス=オコナー。スタッフ達についてはもう到着していると思うけど、フロンティアは私も含めて不慣れな点が多いわ。よろしくお願いするわね」
「貴方達が現地スタッフの学生さんね?私のコンサートを彩る為、力を貸して頂戴。頼りにしているわ」
「今からコンサート前、コンサート中、コンサート後の細かいスケジュールを詰めるわ。大まかなところが終わった時点で貴女達護衛も含めてミーティングをしてもらうからその時は参加して」
この娘は、本当に17歳なの?
大人…いいえ、もう成人しているから大人なのでしょうけど、熟達した思考、周りへのさりげない心配り…どれもがそこらのアイドルなんかよりも老練している。
我々軍人ですら、ここまでできるかどうか…
きっと、良い出会いや経験をしてきたのでしょう。
とにかく、このシェリル=ノームは只の年下の娘と思わないで、対等もしくはそれ以上のVIPのつもりで接しなければ。
ありがとう、パパ。久しぶりに、仕事のやり甲斐のある相手とめぐり合えたわ。
彼女ならば、我らの具申した意見も無碍にはしないでしょうし。
彼女はプロとしての力の一端を見せてくれた。
ならば、私達もプロとして任務を全力でこなすのみ。
※ ※ ※
「わー!?遅れちゃう遅れちゃう!」
もう、ダイチさんのお布団寝心地良すぎだよ?!
今日はせっかくお兄ちゃんが取ってくれたチケットのコンサートの日。
ダイチさんのアパートに泊まったのは良いけど、安心感のせいかついつい寝すぎちゃった。
だって、ダイチさんてば昔と同じ様にギュッてしてくれるんだもん。
何も考えられなくなっちゃって、頭を撫でられる度にリラックスした状態になるって、こんなのお兄ちゃんでもならない。
また熱くなってくる頬を冷ましつつ、急いで道路を走っていくけどなかなか距離が縮まらない。
「はっ、はっ、はっ」
息が切れる。でもこれくらいでへこたれてられないよ。
私はゼントランとのクォーターなんだし、体力には自信がある。
これくらい…
【プップー】
え?
「ランカちゃん、後ろ乗んな?急ぐだろ」
「ダイチさん?」
わ、ダイチさんがバイクで追いかけてきてくれた。確か、ツーリングクラブに入っててその友達から薦められて買ったんだって聞いたことがある。
え、嘘。ダイチさんと夢のツーリング?初めてだよ、乗せてもらうの…嬉しい。
後ろに乗った私に、予備のヘルメットをかぶせてくれる。
これ、サイズぴったり…
「ほら、しっかり掴まってな?少々急ぐからよ」
「うん!」
ダイチさんの腰に手を回し、ギュッと抱きしめる。
幸せ…こんなに幸せで良いんだろうか?
バイクに取り付けてある推進部から小気味良い音が鳴り、あっという間に風景を置き去りにしていく。
私の、幸せな一日はまだ始まったばかり。
でも…それが崩れる瞬間というのは、案外近かったんだよ…
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シェリル=ノームのコンサートが近づき、活気付くフロンティア。
平和な日常が、ここにあった。