No.644369

三匹が逝く?(仮)~日常編~

この作品は、TINAMIで作家をしておられる
YTA(http://www.tinami.com/creator/profile/15149
峠崎丈二(http://www.tinami.com/creator/profile/12343
赤糸(http://www.tinami.com/profile/93163
上記の方々の協力の下で行われるリレー型小説です。

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2013-12-11 03:40:12 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:1951   閲覧ユーザー数:1815

 

 

                      全ての不幸は未来への踏み台にすぎない。

 

                                            ―――ソロー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただし、必ずしもその未来が幸福であるかは、残念ながら保証することはできないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ここらで少し、物語とは関係がありそうでないような、所謂四方山話をいくつかするとしよう。

 

 先刻、ほぼ全ての民衆は冒険者ギルドに加盟していると申し上げたが、これにはいくつか理由が存在する。

 

 まず、身分証としての意味。

 これは、例え親兄弟であっても、個々人が有する“魔力波長”が異なる事から、これを利用しての個人識別システムがアルカンシェル創設時に完成した事に由来する。

 開発者は“白夜の聖者”と呼ばれ、初代アルカンシェル総帥にして時の王弟でもあり宮廷魔術師筆頭でもあったイジドール。

 この、イシドールが中心となって開発された魔力波長記録識別システムとその量産の成功により、王国は大幅な軍の縮小と改変、そして戸籍管理による犯罪の軽減に大きく踏み出せたと言われている。

 

 次に、その副次的産物なのではあるが、銀行というシステムが同時期に成立した事が大きい。

 ブルダリアス王国では古来より民間での金融業を禁止しており、それら全てを王国財務局が行っていた。

 王国財務局は、必然としてアルカンシェルが齎したこのシステムに着目し、魔力波長を登録した民衆が王国に預けた財貨の保全を約する事で、莫大な資金プールを保有する事を可能としたのである。

 この両者の力量を背景とし、アルカンシェルに所属する者は、簡易に王立銀行を利用でき、安全に資産を保管でき、日常に於いては(定期的な手続きと王立銀行が発行する魔法で加工された有料用紙が必要ではあるが)現金を所持せずとも売買が可能である、という恩恵に浴している、という訳だ。

 余談ではあるが、この事を背景とし、現在ブルダリアス王国王立銀行は、世界最大とも言われる巨大なプールを保有する、メガバンクともなっている。

 

 そして、依頼の授受領においての優遇措置が得られる事。

 アルカンシェルそのものは国家運営組織ではあるが、その性格は現代でいうNPOの理念に基づいて発祥したものであり、その根本は営利を目的としてはいない。

 職員の給料は原則として国家予算で賄われており、得られた利益は民政に還元する事が建前となっている。

 そのような性格を持つことから、アルカンシェルに所属している場合、依頼授受に於ける“手数料”に対して所属員は優遇措置を受けられる、という訳だ。

 蛇足ながら、軍や貴族、各種職人ギルド等に所属している場合は、王立銀行に口座が存在するかどうかを目安として割引を行うようになっている。

 

 

 当然ながら、冒険者ギルドに所属することがない人々もまた、それぞれに存在する。

 

 まず解り易い部分では貴族階級。

 細かくすればきりがないので、ここは大雑把に説明するとしよう。

 公爵はひらたく言ってしまえば王族としての籍を抜けた王族が保有する爵位である。

 ブルダリアス王国には現在17の公爵家が存在し、定期的に王位継承から“外れた”王族直系を継子し、または公爵家直系を後宮に差し出す事で血統の純度と濁りを調整する為に存在している。

 つまり、他国ではいざ知らず、ブルダリアス王国にあっては公爵位は王位継承を保全するためのシステムであり、後宮を利用した閨閥を発生させないための仕組みが出来上がっている、という事になる。

 

 侯爵・伯爵・子爵・男爵の四爵に関しては、その所領の大きさと経済基盤、平たく言えば納税額に応じて定められている。

 つまるところ、無能なら爵位は下がるし有能ならあがっていく。

 実際は軍閥その他の様々な要因等も絡むため、ここまで大雑把な基準ではないのだが、爵位の維持にはなにかしらの実績なりを求められる、そういう事だ。

 こういうシステムであるため、爵位そのものの入手はブルダリアス王国では難しくはない。

 騎士爵は所謂“捨扶持”であり、栄誉とそれに付随する身分はあれど、一代限りのものである。

 これらは王室直轄である儀典局が一切を取り仕切っている。

 

 各種職人・商人ギルドもまた、冒険者ギルドとは一線を画する。

 これらは所属員の身元と身分を保持し、同様に技術や知識、生活の保証を前提とし運営されるものである。

 いうなれば“専門家集団”であるため、その敷居は実のところ非常に高い。

 技術交流等はむしろ“双方の利得権益の保全を目的として”行われているが、ギルド所属に関しての敷居は安易に考えていいものでは決してないのである。

 もちろん、ギルド所属は個人の自由である為、そういう部分を嫌い所属しない者達も少数ではあるが存在はするのだが、そういった点に関してもその未来は推して知るべし、というべきだろう。

 

 軍及び官僚組織については特筆する部分は存在しない。

 ただし、これも当然の事なのではあるが、幼少より高等教育を受けられ儀典礼法に接触する事の多い貴族階級が政治の要衝を担うというのもまた、言うまでもないだろう。

 尚、ブルダリアス王国は王室を頂点とする“軍事国家”でもあるため、軍も官僚もその階級は“同じもの”を用いている。

 誰がこれを持ち込んだのかは諸説あるのだが、その階級は旧日本軍が用いていたものと同一であり、元帥号は代々国王が兼任する形となっている。

 大将の枠は全部で12。総務・内務・外務・財務・軍務・法務・儀典・魔導・技術・近衛・民生の各局とアルカンシェル総帥となっている。

 名目上はこの12大将に席次の差はなく、完全な親政の形式を用いている。

 

 ちなみに“騎士団”であるが、これには二種類存在する。

 ひとつは将官位に在る軍人や官僚が保有する“国家騎士団”であり、もうひとつが貴族特権としての保有が認められている“私設騎士団”である。

 これら“騎士団”や軍官僚組織については、また後日、詳しく述べるとしよう。

 

 尚、宗教に関しては現在“国教”は存在せず、アレクサンドル七世の治世より、信仰は自由となっている。

 これは、周辺国家や各地の平定に於いて、信仰の強制がマイナスであったためであり、一般的には自母神を柱とする多神教が信仰されている。

 

 そんなブルダリアス王国で現在用いられている通貨単位は“ブリュー”と言う。

 

 敢えて円換算をするのであれば、1ブリュー=1円。

 

 一般的な平民成人男子の収入が金貨一枚で10万ブリューであるから、だいたい平均月収は10万円といったところだろう。

 大雑把に言えば日当は銀貨にして2枚、だいたい3300円というところ、銅貨1枚で25円と思ってもらえればいい感じだ。

 最小単位貨幣は青銅貨で1ブリュー。

 これも誰が持ち込んだのか、貨幣は基本的に“銭”の形で、紐を通す穴が空いている。

 これより上の売買は、インゴットや為替によって取引が行われるため、魔法金属貨幣等は流通してはいない。

 

 王都二の郭での平均的な家賃はだいたい3万ブリュー前後。これは一家4~6人が住むに足りる程度の広さと部屋数がある、と考えてくれてOKだ。

 食費は一家4人が3食で1500ブリューという感じ。

 見ての通り、ひとりだけの稼ぎでは食うだけで精一杯というのが、王都ではあっても大半の民衆の現実、という訳だ。

 敢えて付け加えるが、下級官吏や下級軍人の棒給もこのようなものである。

 

 

 さて、ここで我らがアルカンシェルの活動で登録員が得られる報酬であるが、これがまた、なかなかに厳しいと言える。

 

 上ははっきりいえば天井知らず。

 例をあげるなら、ユウタが一回の出勤(?)で稼ぎ出す金額は、金貨に換算して100枚を余裕で超える。

 冗談抜きに、彼が慎ましやかにひっそりと暮らすつもりならば、既に彼は隠居するには十分な金額を毎回稼ぎ出しているのである。

 まあ、三の郭では“お大尽”としても有名なユウタは、一般家庭の年収など、たった一晩で使い潰してしまうくらい派手に遊ぶ事でも有名なのだが。

 

 閑話休題。

 

 上はこのように天井などないのではあるが、紫に属する構成員の日収は、平均していいところ銀貨2枚であったりする。

 意外に思われる向きも多かろうが、極端な話現代地球世界の日本で、子供に100円玉を握らせて「ちょっとお使いお願いね?」というような仕事もまた、非常に多いのだ。

 裏を返せば、それだけ“正規登録員”ではない構成員に割り振られる仕事というものが、危険度が低いという事でもある。

 

 そこで、よくファンタジー世界でありがちな“ウサギ狩り”であるが、実はなかなかに危険な仕事である。

 ウサギ一匹で肉と毛皮を合わせて銀貨1枚くらいにはなるのだが、この世界のウサギは“雑食”であり、弱い生き物にはかなり積極的に襲いかかってきたりする。

 満足に自衛もできないような子供では“返り討ち”にあう程度には強いのだ。

 また、某国民的ゲームにてザコキャラの尊称をいただくスライムであるが、こいつらもまた、この世界ではかなり危険度が高い。

 油断していると“緑”程度のパーティでは全滅してしまう程度には強いのだ。

 

 このように、城壁の外側は基本的に庶民が気軽にどうこうできるような場所ではなく、それが故に冒険者ギルドの需要が尽きることはないとも言える。

 

 幸か不幸か、こうした駆け出しの冒険者や子供達が徒党を組んで必死で“狩り”を行っていることで、王都での食肉の供給は地味に安定している。

 

 王都で一般に供給されている肉は主に“トレインラット”と呼ばれる大型のネズミである。

 大きさは小型犬くらいなのだが、非常に繁殖力が高く巣穴を掘って危険が近づくと巣穴に逃げ込む習性があるため、対処さえ間違えなければ子供でも一網打尽にできる事から、最も供給率が高いという訳だ。

 トレインラットの由来は、慌てると群れをなして一気に近くの巣穴に飛び込んでいくことによる。

 ひとつの巣穴を潰せれば銀貨10枚くらいの稼ぎが出るため、子供5~6人でいけば十分な稼ぎになる、という事だ。

 ただし、トレインラットを狙って寄ってくる動物や猛禽類も多いため、やはり安全というには程遠い。

 

 

 ここで各自気になるのは、恐らく“魔法”の存在だろう。

 この世界では魔法は非常に日常的なものである。

 訓練すれば誰でも“そこそこ”の魔法は使えるようになるのだ。

 しかしながら、民衆レベルにあっては、魔法は日常的ではあっても誰もが使えるものではない。

 その理由は“魔法媒体”の存在である。

 これはブルダリアス王国を含めた各国の思惑による。

 魔法媒体の存在を“前提”として魔法の使用を行うように教育しているのである。

 この“魔法媒体”が非常に高価であり、およそ平民の年収10年分もの価格を要求される。当然ながら、これはあくまで“一般民衆”に対してのものであって、例えばアルカンフェルで“緑”となった場合などは格段に安価で入手が可能である。

 このような事情から、一般に向けて流通する安価な魔法媒体は効果や性能を極度に制限されており、平たく言うなら制限付きのライターや貯水タンク、冷蔵庫や扇風機という程度のものでしかない。

 ついでに言うと“浄化”は非常に高度な魔法であり、これまたよくありがちな“生活用浄化”等という安易な使われ方は全くしていない。

 そもそもが種族や民族、国や宗教などなど、様々なケースで異なるのが“魔法”であるため、一般に流布していながらも“基礎教本”とでもいうべきものが全く存在しなのが、この世界における“魔法”という分野である。

 

 

 文明レベルも文化レベルも、ある意味ファンタジー世界の常とも言える異様さと歪つさの上に成り立っている。

 

 

 これがブルダリアス王国の現実である。

 

「お義兄様! これは一体どういう事ですの!!」

 

 王都ブルデューに存在する“白亜城”の一角にあるサロン。

 そこに突撃―――まさに突撃というに相応しい勢いで、女官や侍従達の静止を振り切りやってきた女性の怒号のような第一声がこれであった。

 

 女性の名はアナスタシア=セレスティーヌ・ド・プラティーヌ。

 現王室に12名いる国王の子供達の中では下から二番目、王室女性の中では最年少である、まごう事なき“王女様”である。

 その性質は、国王と母である第3王妃をして「これで男であったなら…」と嘆かせるに十分な、よく言えば活発で活動的な、悪く言えば王女としては向こう見ずで乱暴な、そのような人物である。

 ただし、その性質を知る者はごくごく少ない。

 実際に彼女は非常な努力家であり、身分の垣根による差別を嫌い、その能力や性情を基準に分け隔てなく周囲に接するという得難い美徳を有する姫君として一般には認知されている。

 

 そんな彼女の前にいるのは、銀髪を短く刈り込み、清潔で品の良い衣服でその身を包み、同じ重さの銀よりも高価な茶器で優雅に香茶を愉しむ青年だった。

 アイスブルーの瞳は今はゆったりと閉じられているのだが、ともすれば酷薄に映りそうな瞳に浮かぶ優雅で知的な光は、社交界で御婦人方を卒倒させる程の威力を持っている。

 

 この男こそ、第二王妃の長男にして、現王位継承権第2位を持つ次期アルカンシェル総帥、サミュエル=ヴィヴィアン・ド・ボーヴォワールそのひとである。

 

 サミュエルは、香りを楽しんでいた茶器をそっと戻すと、無粋な闖入者に非難の視線を向ける。

 

「落ち着き給え、アナスタシア=セレスティーヌ・ド・プラティーヌ。君のその活発なところは私も嫌いではないが、いささか無粋が過ぎるとは思わないかね?」

 

 多分に皮肉が混じってはいるが、この長兄が非常に多忙であり、一日のうちたったの30分しか得られないこの午後のひとときを邪魔される事を何よりも嫌っているのは、アナスタシアとて知ってはいる。

 しかしながら、アナスタシアとしては引くわけにはいかない理由が存在していた。

 なにしろ、正規の手続きを経てこの義兄に会うとなれば、下手をするとひと月先では済まないのだ。

 確実に義兄に会うためには、こうして突撃するしかない、それを彼女は熟知していたのである。

 

 アナスタシアは、たっぷりと深呼吸をし、王族の姫君としての礼に沿って居住まいを正すと、完璧な所作で一礼する。

 

「失礼致しました、サミュエル義兄様。ですがこのアナスタシア、義兄様のご不況を買うのを承知で、こうして参りましたの」

 

 目だけが笑っていない笑顔で、アナスタシアは優雅にふんわりと微笑む。

 その笑顔を一瞥して、サミュエルは再び茶器を手にとった。

 

「用件は察してはいるけど、可愛い妹のためだ。15分だけ付き合おう」

 

 一見酷薄なようだが、実はそうではない。

 サミュエルが座るテ-ブルには大きな瑠璃色の砂が滑り落ちる砂時計があり、ぴったり30分で全ての砂が落ちるその砂時計に、凡そ半分程の砂が残っていたからなのである。

 彼はこのあと、財務局や軍務局との会談が控えており、その予定をずらす訳にはいかなかったのである。

 むしろ、追い出さずに話を聞くという一点においても、彼がこの末妹を溺愛してると言えるのだ。

 

 その事をよく知っているアナスタシアは、時間を無駄にせず言葉を口にする。

 

「では、義兄様のそのお言葉に甘えますわ。私が聞きたいのはただひとつ。ミラクティヤ平原とそこに接する森林地帯の事についてですの」

 

 アナスタシアの言葉に、サミュエルはゆっくりと頷く。

 

「残念だけど、決定は覆らないよ、アナスタシア=セレスティーヌ・ド・プラティーヌ。かの地は我ら王家の分割地ではなく、王室直轄地となる。その理由まで説明しなければいけないかい?」

 

「ですが、私のいただいていた場所は…!」

 

「身分による例外は作るべきではない、それが君の信じる美徳であり、ひとつの信条なのではなかったかな?」

 

 ぐっと言葉を飲むアナスタシアから視線を外し、サミュエルは気づかれないようにそっと溜息をつく。

 この真っ直ぐに過ぎる愛すべき末妹は、色々な意味でまだ幼すぎる。

 いずれこの末妹は、自分の内面を持て余し、苦しみ悶える時がやってくるだろう。

 今はその高潔さからくる博愛精神が、正しいが故に間違っているのだと知る、その時が。

 

 それが“ひと”なのだ。

 

 そして、だからこそ末妹は苦しまなければならない。

 人を、他人を、誰かを“愛する”というのは、まさにそういう事なのだから。

 

 ただし、サミュエルはそういう意味では非常に兄弟姉妹に対して非常に甘かった。

 甘い自分を知っているので、殊更冷徹に振舞うという、ツン成分99%な兄だったのである。

 その残る1%を動員し、彼は彼女に告げる。

 

「なにも、取り上げるだけではない。ロワイエ公爵家は断絶だが、その復興は視野に入っているのだしね。代替地についても、皆の意見を聞く用意は当然あるのだよ?」

 

 この言葉を聞くや否や、アナスタシアは踵を返して走り去っていく。

 

「ありがとうございます、サミュエル義兄様!」

 

 既に遠くなった場所から聞こえる彼女の声に、サミュエルはくすりと笑う。

 

 そして、彼は呟く。

 

「しかし、困ったものだね、アナスタシア=セレスティーヌ・ド・プラティーヌ。君が願い信じる道の先に、何があるかには気づいているのかな? できれば私は、君を泣かせたくはないのだけれどね」

 

 

 ノーブレス・オブリージュ、高貴なる義務という言葉を座右之銘として生きるサミュエルは、そう呟いて再び香茶の芳しい芳香に、その意識を委ねた。

 

 ミラーメイズは後悔していた。

 やはり、久々の休暇は静かに穏やかに過ごすべきだった、そう思い返していた。

 

 ソルティドッグと一緒に動く事そのものは、別にたいした問題ではない。

 

 一緒に城壁の外に赴く事は珍しいが、皆無という訳でもなかったからだ。

 書房“知恵の泉”は表向き高級店という訳ではないが、それでもいくつかは貴重な書籍や古本も存在する。

 それらの手入れに一般流通しづらいものがあるというのは、古本収集家や学者等の書物と接する機会が多い人間には当然の事で、そういったものを得るための“助手”という名目で彼と共にいる事は、それなりにあったからだ。

 表の顔として、ソルティドックが本の“補修屋”として知る人ぞ知る、というのもあっただろう。

 

 ともかくも、後の厄介を避けるために彼と同行したメイズは、早速その判断を後悔していた、という訳だ。

 

 その理由は、現在進行形で行われている、エルフィティカの作業内容にある。

 

「おいらになんか用か?」

 

「………貴方ねぇ、それは一体、どうしたのよ?」

 

 エルフィティカの作業内容。

 それは、ミラクティヤ平原最凶と言われる亜竜属、ランドワームの解体作業だった。

 

 このランドワーム、一見したところは巨大な蛇なのであるが、その頭部に複数の角を持ち、麻痺毒を含む噴煙を吐き出す事で知られている。

 体長は平均して20m余。

 その鱗は騎馬によるランスチャ-ジすら弾き飛ばし、移動速度は時速60kmを超え、瞬間的には一気に200mもの距離を飛ぶように詰めてくる。

 ちょっとした山小屋程度の建築物など一撃で吹き飛ばす尾の破壊力や、象を瞬時に絞め殺すパワー等。

 その知能の低さもあり、まさに動く災害なのである。

 非常に縄張り意識が強く、ごく稀にある繁殖期を除いては全く群れる事がない事から、王国では災害指定されてはいても、滅多に遭遇することもない凶獣であった。

 

 そんなものを無傷で狩り、鼻歌交じりに解体してる光景を見れば、メイズならずとも溜息ひとつもつこうというものだろう。

 

「んー…、おいらはそんなつもりはなかったんだけどな。こいつが多分、ここらを縄張りにしようと思ってたのか、おいらを追い出そうとしたからな。仕方ないから狩った」

 

「仕方ないって…」

 

 呑気にそんな事を言うティカに呆れるしかないメイズである。

 繰り返していうが、ランドワームという存在は、決してこんな気軽に狩れるようなシロモノではない。

 

 そして、彼女はこのやるせない何かを―――八つ当たりだと自覚した上で―――遠慮なく同行者にぶつける事にした。

 

「ほら、駄塩犬。さっさとその“交渉”とやら、やんなさいよ」

 

「あー…いやー…しかし…、これは、だなあ…」

 

 海千山千百戦錬磨のソルティドックにしても、これは予想外だったらしい。

 

 そして、空気の読めない事には定評のあるティカは、そんな二人に向けて、ランドワームの体内から引っ張りだした肉のカタマリをずいっと突き出す。

 

「肝、食うか? うまいぞ?」

 

「「いらない(わよ)っ!!」」

 

「そか…。うめえのになあ……」

 

 なんとなくしょんぼりしながら、丁寧に内蔵を切り分けて手製の壺に分けていくティカ。

 

 そんな光景を前に、ふたりは同時に溜息をついたのであった。

 

 

 

「で? おいらになんの用なんだ?」

 

 エルフィティカ・ミラーメイズ・ソルティドックの3名は、ティカの住居である天幕の前に据えられた竈を囲む形で座っている。

 

 彼らが天幕に呼ばれないのは“友人”ではないため。もっとはっきりいうなら招かれざる客である、とティカが判断しているためだ。

 

 その点に於いては、ソルティドックは知らなくて当然なのだが、ティカが一方的にメイズを警戒しているという事実がある。

 ジム・エルグランドとは全く違った意味で“粗霊に似た匂いを持つのに相容れない感覚”がするメイズに対して、ティカ自身がどう接していいかが理解できていない為である。

 

 対するメイズもまた、ティカの“異質さ”に自分とは相容れないものを感じ、その表情は“ミラーメイズ”のものとなっている。

 

 そんな二人に挟まれたソルティドックは、それを(表向きは)無視しつつ、無駄を省いて要件を伝えることにしたようだ。

 

「要件なんだがな、お前さん、大量の素材を持ち込んだだろう? それを直接取引できないか、と、そういう事なんだ」

 

 それに対するティカの答えは。ただ一言だった。

 

「断る」

 

 迷いなく告げられた一言に、ソルティドックの目が細まる。

 彼は居住まいを正すと“交渉人”としての顔でエルフィティカに問うた。

 

「理由、聞かせてもらって構わないかな?」

 

 その言葉にティカは頷く。

 

「おいらがそういう事を預けたのは、ユータが相手だ。この話をユータが直接もってきたのなら問題はない。しかし、お前らはユータに筋を通さずに話にきた。だから断る。そして、二度とお前らと話はしない」

 

 あまりにも単純な理屈と断定に、ソルティドックは失敗を悟る。

 見知らぬ人間が、彼とユータ…間違いなくユウタ・コミネの事なのだろうが、彼らが持つ権利に一方的に横槍を入れに来た、そう判断されたという事だ。

 ユウタ・コミネがこのような利権にうだうだと何かを要求したりするような男でない事ははっきりしている。

 だとすれば、これはエルフィティカからの一方的な信義であり、ここで言葉を尽くしたからといって、覆るようなものではない。

 

「まずったなあ…」

 

 未開地の獣人であっても、もう少し融通がきく。

 そう思い溜息をつきそうになるソルティドックだったが、隣から楽しそうな気配がするのを察し、ちらっと横目でメイズを見る。

 

 メイズは、くすりと笑うとソルティドックに告げる。

 

「貸しひとつ、それで納得いくなら、私がどうにかしてあげてもいいんだけど?」

 

 メイズの表情に素直に頷くのをよしとせず、彼はぼそりと呟いた。

 

「やれやれ…。果たして今度は、どんな“虹の橋”がかかるのやら……」

 

 

 エルフイティカは歩く災害、そう例えたメイズの言葉を今更ながらに思い出したソルティドックだった。

 

 

後書きですが…

 

雑なのはいかんね、雑なのは…

 

 

 

 

しかし、日常になると逆に書く事がないのですよorz

 

 

次回はもう少し頑張ろう…

 

 
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