No.641786 IS インフィニット・ストラトス BREAKERS 第十二話 闇の記憶raludoさん 2013-12-01 12:52:32 投稿 / 全4ページ 総閲覧数:1623 閲覧ユーザー数:1582 |
もしも、この空間を例えるのなら、そう。ブラックホールだ。
物を問わず、すべてを暗闇に包み、無尽蔵に食らい尽くす。そこには光の一筋も許されない。
そんな言葉が出てくるくらい、この部屋は真っ暗だった。
決して目が慣れることはなく、自分が今何をしているのかもわからない空間。
時間の概念さえ忘れさせそうなこの部屋に入ってから、どれだけ過ぎただろうか。もっとも時間を確かめる方法なんてこの場ではありはしないが。
「うぁ……」
そんなまるで地獄と変わらないような場所に――。
俺はいた。
「いやだ、出してくれよ。お願いだよ……。次はちゃんと、ちゃんとやるから!!」
暗い。ただひたすらに真っ暗な部屋の中で叫ぶ。
しかし、その声もこの暗闇の空間に飲み込まれていく。ブラックホールのごとく何も残さずに。このままいけばいつか自分も飲み込まれてしまうのではないか。
この部屋が好きなやつなど存在するのだろうか。というか、一秒でも長くいたら、気が狂ってしまう。
この地獄のような虚無の空間は懲罰部屋というやつだ。
もちろん、こんな狂った部屋にぶち込むなど正気の沙汰ではない。よほど非人道でなければできないことだ。
人間、単色の部屋にずっといると精神に異常をきたすと言われている。それが関係して、この懲罰部屋というわけだ。
「ちゃんと殺すから!言われた通り敵の首を掻っ切るから!だから……だから!」
俺は必死に懇願した、こんなところにいるくらいなら、気持ちの悪い実験をしていたほうがマシだ。
俺は叫ぶ。いくらその声が飲み込まれても、叫ばずにいられない。
こんな暗闇に飲み込まれるのは嫌だ。出してくれ。何でもするから。お前らの言うとおり、ISにだって打ち勝って見せるから。だから……。だから……!!
「黙っていろ。明日にはお前の処分だ。せいぜい大人しく自分の失敗を悔やみ続けていろ。……ふん、しょせん夢物語だったわけだ。生身の人間がISに勝とうなどと」
返ってきたのは悪魔の言葉だった。
やめてくれ……。
――紅……。
出してくれ……
――……牙。
俺はまだ、死にたくない……!!
「紅牙っ!」
「はっ!?」
ここはどこだ?
背中が柔らかい。おそらくベッドだろう。
部屋も薄暗い。ベッドランプしか点いていないからか。
そして目の前には、俺のことを心配そうに見つめる女性。
「かた……な?」
「ええ、そうよ。大丈夫?すごくうなされていたけど……」
どうやら俺はうなされていたらしい。とりあえず呼吸を整えることに専念する。
「ふう……。もう大丈夫だ」
ある程度落ち着きを取り戻したところでベッドから起き上がる。
「すごい寝汗よ?一度シャワーを浴びてきたらどうかしら?」
うわあ、刀奈に言われた通り、すごい寝汗だ。シャツが汗でぴっちりとくっついている。
このまま寝たら、朝起きたら臭ってしまうな。
「悪い。お言葉に甘えて浴びさせてもらうよ」
俺は刀奈に断りを入れ、着替えをその手に脱衣所に入った。
衣類を脱いでまとめて洗濯機へ、そしてそのままシャワールームに入り、扉を閉めてからお湯のボタンを押す。
すると、適温に温められた水が俺の全身を洗い流していく。
――まさか、よりによってあのころの夢を見るなんてな。
一番思い出したくない記憶の一つ。刀奈に出会う前の俺の夢だ。
最強戦士計画。その被検体ナンバー01。それがあの時の俺の名前だ。
最強戦士計画とは字面通り、驚異的な身体能力と思考の高速化を可能とした最強のソルジャーを生み出すことだ。
もちろん簡単にできるわけはない。多くの実験と訓練を必要とした。
その内容は――思い出したくもない。
一応、経過は順調だったらしい。――ISが登場するまでは。
ISという完全無欠なパワードスーツが登場し、計画は破綻しはじめた。単純だ。勝てないからだ。
当時、一番の成績を叩きだしていた俺でも歯が立たなかった。
そして、俺は処分されることになった。何時までも男を対象にした最強戦士計画を続けていても、意味がないと。
その時は心底ISを恨んだ。ISさえなければこんなことにはならなかったと。
だが皮肉なのが、ISを憎んでいた俺を助けたのは同じくISだった。
――ガチャ。
「え?」
思考の海に漂っていた俺は現実に戻る。
おかしいな、今扉が開いた音が聞こえたような。
「紅牙、私が背中を流してあげるわ」
背後からまったく悪びれた様子の無い――むしろ当然だと云わんばかりに、刀奈の声がかかる。(一応バスタオルを巻いている)
一瞬、叫びそうになるも、時間帯が深夜ということを思いだし、努めて平静を装いながら、刀奈に注意を喚起する。
「悪いが、今はそんな気分じゃないんだ。わかったら早くここから――!!」
突然、俺の言葉を遮って刀奈が後ろから抱きしめてきた。
背中に女性特有の柔らかな感触が押し付けられ、首に頬が当てられる。
「いやよ。だって紅牙、あなたひどい顔をしているわよ?あなたを愛している身としては放っておけないわ」
そして、ぎゅっと手を握られる。
そこで、俺は初めて気が付いた。
――俺の手がずっと震えていることに。
くそっ、なんて弱いんだよ。俺は。もう、あの時のことには折り合いをつけたはずなのに。
「ほら、手もこんなに震えて……。無理しないで、紅牙。辛い時は遠慮なく私に言って頂戴。あなたの辛い顔は見たくないから。傍にいてほしいなら、ずっとあなたの傍にいるし、こうやって抱きしめてほしいなら、それこそ大歓迎……じゃなかった、いくらでもしてあげるから」
……今ちょっと本音が出た気もするが、彼女なりの励ましなのだろう。自分を頼ってもいいと。ずっと傍にいるからと。
「――ほんと、俺には勿体ないくらいにいい女性だよ、刀奈は」
ああ、本当に――。
こんな弱い俺を愛してくれてありがとう。
それからしばらくは二人ともシャワールームから出てこなかった。
あれから一時間ほどしてシャワールームを出た俺達は(なぜ一時間も掛かったのか?なんて野暮なことは聞くな)再びベッドに入った。もちろん、髪は乾かしてある。
しかし、今回はすぐ隣に刀奈がいる。
「いや、刀奈。もう大丈夫だから」
「いいえ、大丈夫じゃないわ。例え本当に大丈夫でも、今だけは大丈夫じゃないことにしておいて頂戴。そうじゃないとこうやって一緒のベッドで寝られないじゃない」
刀奈はそう言いながら頬を膨らませる。彼女にとっては俺と一緒に寝る口実が欲しかったわけだ。
「まあ、たまにはこうやって一緒に寝るのもいいか」
本音を言えば、俺も嬉しいので特に問題にはしなかった。
それに、話しておきたいこともあるし。
「ええ、たまにはいいものよ。……それに、何か話があるのでしょう?」
読まれていたか。俺はもう刀奈に対して隠し事ができそうにないな。
「……あの時の夢を見た。刀奈と会う前の……研究所での話だ」
「……!!」
刀奈が息を飲むのがわかる。刀奈は事情を知っているが、気分のいい話ではないからな。身構えてしまうのも無理はない。
「――聞くわ。続けて頂戴」
刀奈が真剣な目で俺を見る。準備は完了したみたいだな。
「ちょうど、十六代目が来る前日の夢だったよ。……俺の処分が決まったあの日だ」
俺はポツリポツリと断片的に話し始めた。
「あの部屋は本当に怖くて、少しでも早く出たくて叫び続けたっけ。大体、元々が無理な話だったんだ。生身でISに勝て、なんて。向こうは完全装備のIS。こっちは被験服にIS用ショートブレード。極限定空間内での戦闘。結果なんてやるまでもないだろう?」
少しずつ熱くなっていくのがわかる。自分の感情をコントロールできていない。本来ならばよくないことだが、今この場だけは許してほしい。すべてを溜め込んでいけるほど、俺は強くないから。
「あの時、本当に十六代目が来てくれてよかった。あと少し遅れていたら、俺は今ここにいなかっただろう」
俺の処分の日、それは起きた。
暗部としての名を持つ更識。それが動いたのだ。更識家としては国内のそういった闇を取り除いておきたかったのだろう。当主自らISで研究所に秘密裏に乗り込んできたのだ。
そこで、俺は助けられた。その時の俺はISを前にして半狂乱状態だったという。
「十六代目に助けられ、更識の家に守り刀として迎え入れられて――そこで刀奈と出会った」
そこで俺は刀奈の体をぎゅっと抱きしめる。まるで存在を確かめるように。
そうすると、刀奈のほうも抱きしめ返してくれた。
「十六代目にも本当に悪いことをした。助けてもらって、尚且つ生活できる場所を与えてもらったっていうのに、結局恩も返せずまま、ほぼ縁を切った状態になってしまった」
「母さんは別に気にしていないわ。この前話した時もあなたが生きているのならそれでいいと言っていたし。ただ、今度ちゃんと会いに行ったほうがいいわね。もちろん私もついていくから」
「ああ、そうだな。ちゃんと会って謝罪と……お礼も言わないと」
恩は返せずとも、せめて誠意を見せなければ、面目がつかないし、自分の名前を傷つけることになってしまう。ISを恨まなくて済むようになったのも十六代目によるところが大きいから。
「ええ。……紅牙、落ち着いた?」
刀奈がほんのり赤い顔で話しかける。
……あ、そういえば刀奈を抱きしめたままだった。
「別に離さなくていいわよ。むしろこのまま抱きしめ続けて……ね」
さらに頬を朱に染めた刀奈が上目づかいで微笑む。
「……っ」
不覚にもその花びらのような笑顔に。
――俺は心を奪われてしまった。
「ふふ、案外可愛い寝顔なのね、紅牙」
私のすぐ目の前には安心しきっているのか、穏やかに眠る彼。
結局抱擁したまま、眠ってしまった。
「まあ、私的には大歓迎なんだけどね」
そう言い、彼の頬にキスをする。
「……私が傍にいるから、安心して眠って」
紅牙の抱えている闇を大きすぎる。一人じゃ耐えきれないほどの大きな闇だ。
だからせめて、少しでも楽になれるよう、私が支えなきゃいけない。
私だけはずっとあなたの味方だから。
「もう離さない。離すもんですか。折角こうしてまた再開することができたんですもの。誰にも渡さない。例えあの兎にだって」
そうして自分の言動のその根底の意味に気付く。
「やっぱり、依存……しているのかなあ。もう、あなたがいないと毎日過ごしていけなさそうだし。――よし、決めた。依存するだけじゃない、隣に並び立つ。私はあなたにとってそんな存在になりたい」
依存するだけの腐った女にはなりたくない。そんなのただの侍っている女と大差ない。分かち合うの。二人で。紅牙の闇も全部。今はまだ無理だけど。何時か、紅牙と一緒にその闇を背負えたらと思う。
「……私にも目標ができた。なら、後は突き進むだけ。あなたとともに」
私はそんな決意を胸に襲い来る睡魔に意識を手放した。
――もちろん彼を抱きしめる腕は緩ませずに。
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IS インフィニット・ストラトス BREAKERS 第十二話 闇の記憶
今回はシリアス。――あれ、最近簪さんを見ない……。
なので、次回は登場させよう、簪さん。