No.638434

とある アイドルとマネージャーとハロウィン

アリサさんとシャットアウラさんは上条さんの高校のハロウィンパーティーに参加することになりました。

2013-11-20 21:13:45 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:2215   閲覧ユーザー数:2155

とある アイドルとマネージャーとハロウィン

 

「当麻くぅ~ん♪」

 10月31日午後5時。

 校門の外から元気いっぱいに手を振って存在をアピールする、帽子にサングラスで正体を隠した少女。

「上条当麻っ!」

 サングラス少女の隣で黒いスーツにビシッと全身を包み、怒りの表情を少しも隠してくれない少女。

「よおっ、アリサ。それからシャットアウラも……元気そう、だな」

 俺はシャットアウラから放たれる怒りの波動にビクビクしながらも右手を挙げてアリサたちに挨拶を返す。

「当麻くんに会いにここまで来たよ♪」

 頬を赤らめながらしおらしく喋るアリサに胸がグっと熱くなる。

「そっ、そうか。ありがとうな」

 鈍い鈍いと言われ続けている上条さんではありますが。アリサの俺に対する態度がただの友達のそれじゃないことぐらいは何となく分かります。

 そしてそんなアリサのことを俺は強く意識しています。女の子として。

「アリサが来てくれて本当に嬉しいよ」

「あたしも当麻くんに会えて嬉しい」

 アリサと出会って約1年。俺と彼女の関係は新しい段階を迎えようとしているのかもしれない。そんな予感を感じる上条当麻17歳の秋。

「アリサ……っ」

「当麻くん……っ」

 目と目で通じ合う。言葉を交わさずともアリサの俺への温かい想いが伝わってくる。

 こういうのを青春って言うんだと実感します。

「アリサがここに来たのはアイドル稼業の一環。仕事です仕事。故に上条当麻。貴様に会いに来たわけではないっ! 都合の良い勘違いをするなぁ~っ!」

 突如大声を上げたシャットアウラが俺とアリサの中間に体をねじ込ませてきた。憤怒というかそれ以上に腹立たしさを湛えた表情で。

 アリサのマネージャーである彼女は俺がアリサと一緒にいるのを快く思ってくれない。今日も今日とて怒っている。いや、いつも以上にピリピリしている。何故だ?

 

「シャッちゃん……お邪魔虫。少しは空気を読んで欲しいよぉ。もぉ」

 アリサの頬がプクッと膨れる。怒った顔も可愛らしい♪

「何を言っているのですかっ! 世界的歌姫であるアリサはチャリティー企画の一環として、学園都市内の高校のハロウィンパーティーに参加するのです。上条当麻は全くの無関係です。むしろいなくて良い。というか今すぐこの学校から去れっ!」

「あたしが当麻くんの学校のパーティーに参加したいって言ったら、シャッちゃんが勝手に仕事にして、しかも付いて来ちゃったんじゃない。せっかくのオフだったのにぃ」

 口をすぼめてブーブーと文句を述べるアリサ。文句を言う顔もやっぱり可愛らしい♪

「プライベートで男とイベントに参加している所をスクープされてしまったら……大スキャンダルに発展してしまうと何度も言っているではありませんかっ!」

「事務所の契約では男女交際は禁止されてないからスクープされたって大丈夫だもん」

「歌手活動に支障が出ると言っているのですっ! アリサに意中の男がいると誤解されれば多くの男性ファンがアンチになりかねません! 萌え豚はおだてて金を出させてナンボなんです!」

「誤解じゃないし。それにあたしは歌を届けるのが仕事なの。私生活を干渉されるのが仕事じゃないもん」

「この情報社会、イメージ社会、資本主義の世の中でそんな戯言が通じると思っているのですか!? この業界ではスキャンダルの1つで干されて廃業ですよ!」

「だったら……廃業してもいいよっ!」

 睨み合うアリサとシャットアウラ。睨んでいるアリサも可愛らしい♪

 じゃなくてっ!

「まあまあ2人とも。ここは人目もあることだし抑えて抑えて。美少女同士が喧嘩しちゃ駄目だぞ」

 2人の仲裁に入る。

 この2人、普段はとても仲が良いらしい。けれど、俺が絡むとよく喧嘩に発展する。シャットアウラが俺を遠ざけようとするのが大体いつも原因となっている。

「貴様のせいで争っているのだろうがっ!」

「あたしと当麻くんの未来が掛かってるんだから。当麻くんは黙っててっ!」

「はっ、はい」

 2人の剣幕が激しいので1歩退いて身をすくませる。

 普段は大人しいアリサもシャットアウラと喧嘩する時だけは一歩も引かない応酬をみせる。言い換えれば側にいる俺はいつも無力となる。

「2人を来賓室まで連れて行かないといけないって言うのに……不幸だ」

 黄昏ながら空を見上げる。すっかり短くなった太陽は既に茜色で俺を照らしている。

 上条当麻17歳高校2年生。

 お客さまを校内に案内するというお使いさえ果たせないダメダメな男です……。

 

 

「先生は校内で浴びるほど飲酒したいのです。校内で合法的にお酒が飲めるイベントを今月中に準備してくださいなのです」

 10月24日午後3時、HRの時間。小萌先生の無茶ぶりはいつにも増して無茶苦茶でかつ我がままだった。

「せやけど先生。校内で飲酒の許可はどうやっても降りないと思うんですわ。ここ高校ですやん」

「そこを何とかするのが仲良し小萌先生クラスのみなさんの宿命なのです」

 青髪ピアスの正論は先生の笑顔の前に弾圧された。

「今月中って、後1週間しかないんだにゃ。学校行事を準備するには幾ら何でも時間がないんだにゃ~」

「そこを何とかするのが仲良し小萌先生クラスのみなさんの宿命なのです」

 土御門の正論は先生の笑顔の前に弾圧された。

「じゃあ。私と上条くんが結ばれて。教室で披露宴するのはどう? 食事にお酒付けて」

「姫神ちゃんのお話はこの間やったばかりなのです。次の上姫話はきっと1年ほど先なのです」

「チッ。毎回上姫でいいのに」

「…………姫神ちゃんストーリーは人気がないから連投は無理なのですよ」

「それは私の責任じゃなくて。この物語の作者がダメダメだから。悔しい……」

 姫神の正論?は先生の笑顔の前に弾圧された。

 

「どいつちゃんもこいつちゃんもダメダメ過ぎて埒が開かないのです。ぺっぺっぺなのです。さあ吹寄ちゃん。ビシッと手本となるイベントを示すのです」

 小萌先生が委員長的役割を担っている吹寄を指名する。

「あたし、ですか?」

 吹寄はニヤリと自身あり気に笑い、超高校級の巨乳を揺らしながら答えた。

「上姫が駄目というのなら、上吹結婚式で決まりでしょうっ! 時代は上吹です」

 吹寄渾身のドヤ顔。けれど教室は沈黙が支配する。

「なっ、なあ。上吹って一体何だ? それから上姫って何だ?」

 よく分からない単語が教室内で飛び交っている。だが、これを理解した瞬間、上条さんの人生には大きな転換点が訪れてしまう気もする。

 すごく寒気がする。こう、鎖を掛けられて上条さんのこれからの一生が決められてしまうようなそんな気分。

「……却下」

「却下なのです」

「チッ」

 姫神と小萌先生が同時に首を横に振って吹寄の案を否定する。

(当麻くん♪)

 唐突にアリサの笑顔が脳裏に思い浮かんだ。

 何故かは分からないが、吹寄の案が却下されたことに俺は安堵していた。

 

「姫神ちゃんどころか吹寄ちゃんまで色欲発情魔と化しているなんて。仲良し小萌先生クラスの女子のみなさんは寿退学することしか考えてないと言うのですか!?」

 小萌先生の問い掛けに無言のまま小さく頷いてみせる女子一同。誰1人首を横に振らない統率ぶり。さすが、寿退職に情熱を燃やしている小萌先生の愛弟子なだけはある。

「さすがは希望格差社会の申し子。レベル0、1集団でなおかつ評価も良くない学校に在籍しているみなさん。立身出世に見切りを付けて処世術を嫌な風に会得してやがるのです」

 さすがの小萌先生の額にも汗が浮かぶ。ていうか、いつも結婚退職を叫んでいるアンタの影響モロ受けの結果だろうが。

「ですが先生より先に生徒が、しかも学生結婚なんて許されないのです!」

「先生。その話題は先週もうやった」

 姫神のツッコミが入る。何のことだか俺にはよく分からんが。

「クッ。とにかく、先生より先に学生結婚するなんて許さないのですっ! カップルになりやがった生徒さんは退学という名の粛清を執行してやるのですっ!(伏線)」

 この暴君、本当に教師なのだろうか?

「ちなみに先生と結婚したいと思っている男子生徒のみなさんは安心して欲しいのです。先生はこれでも色んな企業の人事の方と知り合いなのです。学校を辞めた後の就職先はばっちり紹介できるのです♪ だから安心して先生にプロポーズしてください。げっへっへ」

 顔をツヤツヤさせながら下品な笑い声を奏でる小萌先生。

 もう間違いない。この人は、いや、この人こそが学園都市の本当の暗部だ。

 

「というわけで上条ちゃん」

「何がというわけなのか微塵も理解できません」

 小萌先生がビシッと指を差してくる。この人の唯我独尊は俺にはどうにもできません。そげぶしても無駄そうです。それ以前に俺が殺されるでしょうが。

「校内飲酒を実現する素敵イベントを練るか。それともお馬鹿を理由に学校をクビになって先生をお嫁さんにもらって働くか。好きな方を選ばせてあげるのですよ」

「最悪を下回る選択肢の提示をありがとうございます」

 下手に選択肢を与えられてしまったために、本来俺が考えなくて良いことを考えなければならなくなった。このロリBBA、意外と策士だ。

「さあ、お馬鹿な上条ちゃんの頭でイベント企画なんてできるわけがないのです。さっさと考えることを放棄して先生をお嫁にもらって養うのですよ。新婚旅行はタイに行きたいのです」

 ドヤ顔で迫ってくる先生。もしかすると本当に何も考えていないのかもしれない。

「10月末にやってもおかしくない行事で……いや、短期間で行事開催に嗅ぎつけるには、10月末にイベントを行うことが必須でないと駄目だ」

 必要性を最大限に押し出さないといけない。

「10月末のイベント……イベント。何かあったような?」

 昨夜それで大騒ぎしたような。そう、インデックスとぎゃーぎゃー騒いだことを思い出した。

 

 

 

『とうま。テレビに映っているあの大きなかぼちゃ怪人は何なの?』

 インデックスはテレビに映し出されている大きなかぼちゃの怪人に目を輝かせている。ちなみにこの場合、知的好奇心ではなく食欲により瞳が光っている。

『名前は忘れたけど、ハロウィンを象徴するかぼちゃのお化けだな』

 知っている知識を総動員して答える。

『ハロウィン?』

 インデックスは首を大きく傾げた。

『イギリスから来た宗教的な行事だったと思うんだが。お前十字教徒だろ? 何で知らないんだよ?』

『敬虔な信徒のわたしは民間に俗された半端宗教行事なんか知るわけがないんだよ』

『世俗にまみれきったお前にだけは誰も言われたくないと思うぞ』

 毎日食っちゃ寝しているだけの穀潰し。飯も作らなければ掃除もしない。家事を手伝うという概念が欠け落ちた居候。清貧と対局側の存在。大飯食らいではない分、スフィンクスの方が手間が掛からず役に立つ。それが我が家のインデックスさんだった。

『ヤレヤレ。とうまはわたしのことを甘く見すぎなんだよ』

 インデックスがゆっくりと立ち上がる。去年から1cmも伸びてないと思われる低い身長も大きな態度のせいでデカく見える。

『我食らう。故に我あり。それがこの世の理なんだよ』

『インデックスさんは、はじめに食ありきなんですね。分かりましたよ』

 一を聞いて十を知ってしまった。知りたくなかった。

『まあ、とにかくわたしはちょっと出かけてくるよ』

 インデックスはよっこらしょっとおばさんくさい声を出しながら立ち上がる。

『どこへだよ?』

『ハロウィンとやらのあのかぼちゃを食らい尽くしに』

 インデックスはとても澄んだ瞳で迷いなく言った。

『ハロウィンは10月31日だぞ』

『なら……今から日本全国かぼちゃ食い尽くし行脚に出れば当日までに最高のかぼちゃに出会えるね』

 俺には彼女が何を言っているのかよく分からない。でも、インデックスの中ではもう決まっていることらしい。

『じゃあとうま。わたしは究極で至高のかぼちゃに出会いに出てくるよ』

 それだけ言い残してインデックスは家を出て行った。

『窃盗で捕まるなよぉ』

 俺は去りゆく彼女の背中にそう一言忠告するしかできなかった。

 

 

 

「答えは……ハロウィンパーティーですっ!」

 俺はインデックスとの昨夜の会話から導き出した答えを大声で述べる。

「ハロウィン? 一体何なのですかそれは?」

 目を白黒させる小萌先生。理解度はインデックスと変わらないらしい。

「ナウなヤングにバカ受けな、やまだかつてないイベントですよ」

「それならオーケーなのです♪」

 小萌先生に通じる20世紀の言葉で喋ってみて良かった。

「で、そのヒロインとやらのパーティーをするとお酒が飲めるのですか?」

「今回のイベントでは仮装パーティーをしたいと思います」

「なるほど。仮装パーティーの最中であれば、こっそりとお酒が混じっていてそれを飲んだとしても誰が犯人か分からないので誰も罰せられない。そういうわけですね♪」

「そういうことです」

 この人はこういうことには頭の回転がやたら速くて助かる。

 まあ、生徒が酒を持ち込んだことが発覚したら責任を取らされるのは間違いなく小萌先生だろうけど。

「全ての責任は発案者である上条ちゃんが負ってくれるので先生は安心してお酒を飲めます♪」

「おいっ!」

 このロリBBA。俺の裏の思惑を読んでやがる。

「それで、そのヘロインパーティーとやらをやるのに1週間以内に準備は整うのですか? 学校はお役所仕事なのです。普通に申請してもまず無理なのですよ」

 土御門の指摘を先ほど弾圧しておきながらこの言いよう。小萌先生過ぎて怖い。

「普通に申請しても無理。なら、普通じゃない申請なら通るということですね」

「そうなのです。お上は権威に弱いのです。強きものには屈するのです」

 学校という権威に逆らって校内飲酒を企む女教師は大仰しく頷いてみせた。

「なら、校長が無条件でパーティーの開催を許可せざるを得ない何かガツンとしたものが必要なわけですね」

 考える。公務員的な考え方をそげぶできる強力な武器を。

 だが、お馬鹿な上条さんでは何のアイディアも浮かばない。そもそも俺、自分で何か企画したことないから。

どんなアイディアだと先生たちが権威に屈するのかまるで分からない。

 

「強力なゲスト。先生たちが来校を拒めないほど有名人がゲストで来るとなれば、来賓用にイベントを組み立てられるんだにゃ~」

 俺の代わりにアイディアを出してくれたのは土御門だった。

「なるほど。ゲストかっ」

 全く思い付きもしなかった。

「VIPにお上は弱いんだにゃ~」

「俺たちだけのイベントじゃなくてお客さん、しかも偉い人が来るとなれば学校も許可を出す可能性が上がるのは確かだな」

 思い浮かべる。俺の知っている偉い人を。

「イギリスの王女さまかアメリカの大統領に来てもらうのはどうだろうか?」

「…………冗談でないのがかみやんの凄い所だぎゃ。けど、政府の要人を招くとSPだかボディーガードだかゴロゴロ付いてくる。スケジュールとか参加者も緻密に提出させられて自由はなくなるし、酒を持ち込むのなんて絶対に無理になるんだにゃ」

「じゃあ、ダメだな」

 アメリカ大統領は役に立たないという結論に至る。

「じゃあ、レベル5第1位の一方通行はどうだ? この学園都市的には顔だろ」

「白もやしちゃんは所詮は学生の1人に過ぎないから上は許可しないのです」

「そっか」

 レベル5は役に立たないという結論に至る。

 世の中偉い割に役に立たない奴が多くて困る。

「お上を納得させるにはご当地アイドルではなく全国区の本物のアイドルでも連れてくるしかないのです」

「全国区の本物のアイドル…………あっ!」

 思い当たる人物が1人いた。優しくて笑顔が似合う美少女アイドルが俺の脳裏に浮かび上がる。いや、その子以外にもう考えられなかった。

「ハロウィンパーティーの開催は可能ですっ!」

 俺は力強く断言してみせたのだった。

 

「ねえねえ、シャッちゃんシャッちゃん♪」

 10月25日午後8時。鳴護アリサは数時間に及ぶレコーディングを終えて収録スタジオを出てきた。疲労困憊のはずなのにその顔にはニコニコと笑顔が浮かんでいる。疲れを微塵も感じさせない軽い足取り。

「…………どんな悪い知らせを持ってくるつもりですか?」

 タフネスぶりを発揮するアリサを見て、マネージャーのシャットアウラ=セクウェンツィアはとても嫌な予感がしてならなかった。

「悪い知らせなんてひどいよ。もぉ」

 プクッと膨らむアリサの頬。

 大人気歌姫である彼女がこんな風に子どもっぽい表情を見せる人間は極めて限られている。それはマネージャーであるシャットアウラともう1人の少年の前でだけ。

「あのね。月末の31日は午後からオフになってるでしょ? だからね……」

「却下です」

「ええっ!? まだ何にも言ってないよ!?」

 アリサが驚きの表情がシャットアウラの視界を占める。

「どうせ上条当麻絡みでしょう」

「何で分かったの? もしかしてシャッちゃんは超能力者?」

 更に驚き具合を上げて上半身をのけ反らす。清純派アイドルとして通っているのでリアクション大王は勘弁して欲しいとシャットアウラは心の中で嘆いた。

「私は一応レベル4の大能力者ですが何か?」

「その力であたしの心を読んだんだね。あたしが無能力者だから抵抗できないと思って」

 アリサに指をビシッと差される。

「私の能力はレアアースをやりたい放題できるだけです。思考に干渉する力はありません」

「じゃあ何で分かったの?」

「アリサがオフで嬉しそうにすることなんて上条当麻絡み以外にはないじゃないですか」

 呆れてため息が漏れ出る。シャットアウラの記憶に拠れば、最近のオフのアリサはほぼ100%の確率で当麻に接触を試みている。

「なるほど。その可能性は考えなかったよ。シャッちゃんは名探偵だったんだね」

「この天然は……いや」

 恋は盲目。そう言おうとしてシャットアウラは口を閉じた。その言葉を口にしたくなかった。

 

「それでね。当麻くんに、当麻くんの学校で開かれるハロウィンパーティーに招待されたんだ♪」

「だから却下です」

 シャットアウラは首を横に振ってアリサの話を遮る。

「何で? オフなんだよ? 自由行動なんだよ? 自由の翼は調査兵団なんだよ?」

 アリサが両目を大きく見開いて抗議する。

「プライベートで特定の男と親しくしている場面を誰かにスクープされたらスキャンダルに発展しかねません」

「そんなヘマはしないよぉ」

「貴方のような天然が何を言っても説得力は皆無です」

 アリサの反論をビシッと封じる。

「それにアリサのことです。上条当麻との仲をスクープされたら勢いで歌手引退発表をしかねません」

「当麻くんがお嫁にもらってくれるのなら……彼だけの歌姫になるのもいいなあ」

 夢見る表情を見せるアリサにシャットアウラのこめかみがピクピクと痙攣する。

「上条当麻にアリサを養う甲斐性などはなく、結局は彼の両親を頼って学園都市を出ていき海の家でバイト生活を送る。そんな暗黒な未来が見えます」

「当麻くんのお父さんとお母さんに気に入ってもらえるかな? 嫁失格とか言われちゃったらどうしよう?」

 シャットアウラの考えとは違う点で本気で怯えているアリサ。そんな彼女を見ているとストレスがMAX状態に昇り詰めていく。

「とにかくそんな暗黒の未来にならないようにですね!」

「お義父さんとお義母さんに気に入ってもらえるように花嫁修業をもっと一生懸命ガンバろ♪」

 拳を握りしめて気合を示すアリサ。

「…………貴方にこれ以上言っても無駄、ですね」

 答えが出た。

 

「分かりました。ハロウィンパーティーに参加しても構いません」

「やったぁ~♪」

 両手を挙げて喜ぶアリサは17歳という年齢以上に幼く見える。

「結婚式の披露宴ではシャッちゃんを一番いい席に招待するね。後、友人代表のスピーチもお願いするね♪」

 アリサは17歳という年齢以上に結婚を深く意識している。

 高校に進学せず、歌手という社会人生活を送るアリサにとって結婚はむしろ身近なことに感じられていた。

 天涯孤独の身の上であるアリサにとって家族を持ちたいという願望は強い。

 それが分かっているからこそシャットアウラは先手を打ち続けなければならない。

「ただし、私もそのパーティーに一緒に参加します」

「えっ?」

 アリサの顔が目を大きく見開いたまま引き攣った。

「アリサがどんな色ボケな展開を考えているのかは知りません。何にせよそれらの企みは私が全力で阻止します」

「シャッちゃんの鬼っ! 意地悪っ!」

 アリサが半泣きの表情になりながらシャットアウラに文句を投げつける。

「何と言われようともう決めました」

「でも、シャッちゃんは当麻くんに招待されてないでしょ? 招待されてないのにパーティーに参加するのはいけないんだよ」

 アリサ必死の反撃。

「アリサが個人的にパーティーにお呼ばれすると体裁が悪いので事務所のチャリティー事業ということにします。仕事なので当然私も一緒に付いていきます」

 けれどシャットアウラは瞬時に頭を回転させてアリサの反撃を裁ち切った。

「それじゃあ当麻くんとの甘々で楽しい一時は……」

「そうさせないために私が一緒に行くのです」

「そっ、そんなあぁ~……」

 ガックリと膝をついて崩れ落ちるアリサ。

「シャッちゃんの馬鹿ぁっ! 行かず後家ぇ~~っ!」

 そして立ち上がると泣きながらシャットアウラの前を走り去ってしまった。

 

 

「アリサにはもっとトップアーティストとしての自覚を持っていただきたいものですね」

 独りきりになったスタジオ内でシャットアウラは大きく息を吐き出した。

「何だかんだ理由つけているけれど、本当は貴方がアリサに嫉妬しているだけでしょ? 同じ男を好きになった女として」

「だっ、誰だっ!? 今すぐ出てこいっ!」

 シャットアウラの表情が瞬時に凛々しく鋭いものに変わる。特殊部隊の隊長をしていた日々のものに戻る。

「スポンサーに向かって随分な口の聞き方ね」

 照明が消えて暗闇と化していた箇所から小さな足音を響かせて小柄な少女が現れた。白い長いカールの掛かった金髪が人目を引く西洋人の少女。

 いや、少女と形容するのが正しいのかはシャットアウラにも分からない。

 目の前の女はサングラスにマスクで自らの顔を隠している。背格好が子どもでも、実際に子どもであるかは疑わしい。

 何故なら彼女は自分で名乗ったように、アリサたちの芸能事務所に多額の出資をしているスポンサーなのだから。子どもが動かせるはずのない巨額をアリサに投資しているレー・ディリー社の社長。

「失礼しましたっ!」

 シャットアウラは深く頭を下げる。マネージャーである彼女がアリサの仕事にマイナスの影響を与えるわけにはいかなかった。

「まあ、私も貴方に存在を知らせていなかったのだし、口の聞き方については別にどうでもいいわ」

 頭を下げたままシャットアウラは内心でホッとした。

「けれど、人の男を横取りしようとする姿勢はあまり褒められたものではないわねえ」

「何をおっしゃっているのですか?」

 シャットアウラには全く覚えがない話だった。

「なるほど。全くの無自覚というわけね。可愛いわね」

 女はクスクスと小さく笑っている。

「貴方が全くの無自覚であるのなら、ソレを理解してもらうのは難しいでしょうね」

「だから何のことでしょうか?」

 シャットアウラは首を捻るしかない。

「私はアリサと貴方の両方を応援しているということよ」

「は、はあ。ありがとうございます」

 シャットアウラには何のことか分からない。けれど、スポンサーに応援していると言われれば礼を述べるのが社会人の務め。

「今日ここで直接会えたのも1つの縁だと思って、貴方にアドバイスを授けてあげるわ」

「そ、それは大変恐縮です」

 また全く何も分からないもののとりあえず頭を下げる。

「貴方はアリサに歌手としてより一層大きく羽ばたいてもらいたいのよね?」

「はい。もちろんです」

 今度は力強く頷く。初めて理解できる話がきた。

「じゃあ……貴方、上条当麻に抱かれなさい」

 

 

「へっ? 私が、上条当麻に抱かれる????」

 再び理解できない話になってしまった。しかも今度は最上級に意味不明。

 

『じゃあ……貴方、上条当麻に抱かれなさい』

 

 頭が一瞬にして真っ白になってしまっている。

「歌手として成功させたいのならアリサに男は不要よ。これは分かるわね?」

「えっ、ええ」

 ギクシャクしながら頷く。先ほどの言葉の衝撃がまだ大きすぎて深く考えられない。

「けれど、自分の初恋に一途なあの子が上条当麻を諦めることはほとんどないでしょうね」

「は、はい」

 アリサが歌手としてデビューしてから1年間。シャットアウラはアリサの当麻への接近を妨害してきた。けれど、アリサは当麻への想いをますます募らせていく形となってしまっていた。行動が完璧に裏目に出てしまっている。

「なら、そんなあの子を諦めさせる唯一の方法は何だと思う?」

「わっ、分かりません」

「正解は…………上条当麻がアリサ以外の女を作ってしまうことよ」

 女はクスッと笑った。

「上条当麻に他に女ができてしまえばアリサは失恋して彼のことを諦めるしかなくなる。失恋の痛みはアリサを歌手活動へと専念させるように走らせる。そして失恋を経験したことで彼女の感性には深みと幅が出る。歌がより豊かになるわよ」

「なっ、なるほど」

 シャットアウラの心臓がドキドキと大きな音を奏でている。興奮なのか緊張なのかは自分でも分からない。けれど、とにかく鼓動が速まっている。

「そして、上条当麻の恋人には彼が再びアリサに色目を使わないようにしっかり管理統制できる女が相応しい。その条件を最も満たしているのが……シャットアウラ。貴方よ」

 シャットアウラの肩が上下に大きく震える。そんな彼女の肩に女は手を乗せて囁く。

「だから貴方はアリサをより輝かせるために上条当麻に抱かれなさい。そうすればあの手の男は貴方を一生涯大事にしてくれるからアリサに目が行かなくなるわ」

「それは間違いではないかもしれません。しっ、しかし、それは……」

 女の言葉に承諾はできない。けれど、シャットアウラの中で熱い何かが勢い良く渦巻き始めている。

「貴方がその身を上条当麻に捧げて犠牲になれば……アリサは世界最高のアーティストになれるのよ」

「犠…牲……アリサが最高のアーティスト……」

 シャットアウラの心臓が更に激しく鼓動する。

「そう。犠牲よ。貴方はアリサのために上条当麻に抱かれて、ゆくゆくは彼の奥さんになるの。アリサのために」

「わっ、私が上条当麻の妻にっ!?」

 シャットアウラの脳が沸騰しそうになる。

「そうよ。貴方はアリサのために上条当麻の妻になるの。貴方の意思ではなく、ただアリサの成功のためにその身を、その生涯を犠牲にするの。全てはアリサのためなのよ」

「アリサのために……上条当麻に抱かれて結婚」

 頭がフワフワして考えがまとまらない。けれど、自然と嫌な気分にならない。入浴中の心地よさと似ている。

 何故嫌な気持ちにならないのか。自分のことが分からない。

「貴方は自分の職務を遂行してアリサの幸せのために上条当麻に抱かれるのよ。貴方はそれを達成できる優秀な人間よ。仕事人としても女としても」

「女としても優秀……」

 シャットアウラは知らずに自分の胸に手を当てていた。

「大丈夫。貴方の女としての魅力はアリサにも決して劣っていないわ」

 女はシャットアウラの長い黒髪にそっと指を添えて上下に撫でる。

「貴方なら出来るはずよ。女の武器を使って上条当麻をアリサから奪ってしまうことが」

「…………っ」

 シャットアウラは何も答えない。けれど、否定の声も出さない。

「アリサが歌手としての成功という“本当の夢”を実現できるかは……シャットアウラ、貴方の頑張り次第だわね」

 女は最後にそう耳元で囁くとシャットアウラの前から去っていった。

 

「私が……上条当麻に抱かれる……彼の……妻になる」

 女の言葉は、いわゆる枕営業の一種に他ならない。体を使って芸能界での成功を掴み取ろうと言うのだから。

「私は……一体どうしてしまったのだ? 何故、こんなにも身体が……頬が熱くなっているのだ?」

 シャットアウラはプライド高い。枕営業の勧めなど鼻で笑って蹴散らしてしまいたかった。けれど、それができなかった。

 そして、説明できない体内の火照りが際限なく体の奥底から沸き上がってくる。制御できない自分の熱に少女は戸惑っていた。

 

 

「なあ、アリサ。今日のシャットアウラ、いつも以上に不機嫌じゃねえか? 何があったんだ?」

「分からないよ。シャッちゃんに強引に付いて来られて怒ってるのはあたしの方なのにぃ」

 学校の来賓室でアリサに耳打ちしながらシャットアウラの不機嫌の理由を尋ねる。

 アリサもよく分からないと首を横に振る。いつも以上に超絶不機嫌なマネージャーに俺たちは困惑している。

 せっかくのパーティーだというのにギスギスした空気は勘弁して欲しい。

「まあ、パーティーに参加して楽しんでもらえば少しは機嫌が直るかな」

 希望的観測にすがるしか俺には取れる策はない。

「そう言えばパーティーってどうなってるの? 詳しい話を聞いてないんだけど」

 アリサが首を捻る。

「体育館を会場にした仮装パーティーだな。立食式パーティーでちょっとした余興をやったりとかするそういうもんだ」

「じゃあ、あたしはどうすればいいのかな? 歌えばいいの?」

「最初はアイドル歌手を呼ぶってことで歌を歌ってもらうって線も考えたんだけど。結局辞めたんだ」

「どうして?」

「アリサが来て歌うって知らせたら、アリサ目当ての奴らが大量に押しかけてパーティーそのものが滅茶苦茶になりそうだったから。だからアリサが今日のパーティーに来るのは校長に許可を取る時にだけ明らかにして後は箝口令を敷いている。目立つことはしなくていいさ」

「そうなんだ」

 アリサは明るい声を出した。歌わなくて良い的な内容の発言をしてアリサのプライドを傷つけるんじゃないかと心配になった。でも、あまり気にしてないらしい。

「それじゃあ今日は完璧にお忍び参加ってことになるね♪」

 むしろ嬉しそうな声を出している。

「その、忙しい最中に来てもらってんのにただパーティーの参加メンバーの1人になってくれっていうのも心苦しいんだけどな」

「ううん。全然気にしないでいいよ」

 アリサはブンブンと大きく音を立てながら首を振ってみせる。

「そのおかげでこうして当麻くんとパーティーの間中ずっと一緒にいられるんだもん♪」

 アリサが俺の右腕にギュッと両手を絡めて組んできた。

 アリサの意外と大きな胸の至福の感触が腕に♪

「…………結婚したい」

可愛すぎるアリサを嫁さんにしたい欲求がもたげてくる。上条さんだって男の子さんなんです。

 

「ごほんっ!」

 シャットアウラが大きな咳払いをしてみせた。その音に驚いてアリサの密着した身体が離れていってしまう。

 せっかくの至福がぁ……畜生っ。

「上条当麻。私たちは仕事で来ているのだ。パーティーのただの一参加者であるにしてもだ。もっと詳細な指示を出せ」

 ギロッとしたスッゲェ怖い瞳が俺を睨みつける。

「そ、そうだったな。もっとちゃんと説明をするよ」

 シャットアウラはあくまでも仕事であることを念押ししてくる。それにより俺とアリサを引き離そうという考えなのはよく分かる。

「パーティーの最中に2人に特別してもらうことは現在想定していない」

「アリサが歌うように頼まれたら?」

「なるべくそういうお願いをしないように通知はしている。それでも、そういう要求が出てしまった場合にはそっちの判断を優先する」

「当麻くんがあたしの歌を聞きたいなら……あたし、幾らでも歌うよ♪」

「アリサが歌うかどうかは私が判断します。この娘の言葉には判断能力がないということでお願いします」

「えええっ!?」

 シャットアウラはかなり酷いことを言っている。でも、怖いので逆らえない。

 

「後、パーティーは仮装が参加条件なので、2人にも仮装してもらうことになる」

 シャットアウラから危険な波動がビンビン伝わってくる。エロい格好をさせるのではないかという懸念に違いない。ドキドキしながら言葉を続ける。

「魔女コスプレとケモノ娘のコスプレの2種類を準備している。2人とも似た体型だから好きな方を選んでくれ」

 青髪ピアスが調達した2人の衣装が入ったダンボール箱を見せる。

「あっ。この魔女っ子のとんがり帽子が可愛いっ♪ こっちのケモ娘の肉球手袋も可愛い♪」

 アリサには評判がいいみたいでホッとする。けれど……。

「何故、2つの衣装が共にへそ出し仕様なのだ?」

 黒い魔女ルックの服の腹の部分に◇の穴が開いていることをシャットアウラは目ざとく見つけた。

「えっと……それは……その方が可愛いから、かな?」

 シャットアウラの視線がキツい。むっちゃ睨んでくる。

「このケモノ娘のコスプレは水着に尻尾を付けたような布の少なさなのだが?」

 ケモノ娘のコスプレはトラ柄の水着のようなセパレートの衣装(尻尾付き)、その上に羽織るベスト、プードルのような長い垂れ耳付き帽子、猫のような肉球付き手袋とブーツから成り立っている。

「それはその装束の上から、ベストを前で締めないで着るのが正しい礼装だと、これを準備した奴が……」

 冷や汗がダラダラと流れ出る。青髪ピアスめ。お前がエロいコスプレ衣装を持ってきたせいで俺の命が風前の灯だぞ。

「でも、これぐらいの露出だったら、コンサートの最中に着ている衣装の方がもっと過激だと思うよ」

 助け舟を出してくれたのはアリサ。マジ天使だ。

「ですが、あれはプロが演出した装束でありステージです。高校生のお遊びイベントとはわけが違います」

「でもこの衣装は凄くよく作り込まれている。匠の手による一品だよ」

 アリサが真剣な表情でコスプレ衣装を見た。

「この衣装を準備したのは、その手の道では一目置かれている奴だから。衣装に対するこだわりは半端ないはずだよ」

 出処は明らかにしていないけれど、青髪ピアスのことだ。名のある人物に請け負ってもらったに違いない。

「しかし、アリサがこの下条当麻の前で肌を過度に露出するような真似をすることに私は反対です」

 シャットアウラの反対は遂に個人的次元、彼女にとっては絶対的な次元に突入した。

「下条当麻って……」

 酷いっす、シャットアウラさん。でも怖いので文句言えません。

「あたしは……当麻くんにならどんな姿を見られても平気だよ」

 ほんのりと頬を染めて照れながら俺を見つめるアリサ。

「もしも、もしもね……あたしが、当麻くんのお嫁さんになることができたら……毎日、裸見られちゃうことになるんだもん。だから、平気、だよ」

 アリサの全身が真っ赤に染まった。

「あっ、アリサ……」

 俺の体温も急激に上昇していく。

 アリサを抱きしめたい衝動で頭がいっぱいになる。

 今のって、どう聞いたってアリサの告白みたいなもんだよな?

 つまり、アリサは俺のことが……。

 ここで彼女の想いに応えなきゃ男じゃないだろっ!

「お、俺。俺も、アリサのことを……」

 息が詰まってアップアップになりながらも必死に言葉を繋ぐ。

「俺、アリサのことがっ!」

「当麻くん……っ」

 アリサの顔を見つめて、見つめ込んで。

 俺は今、生まれて、女の子に愛の告白を……

「では、アリサが魔女っ子で私がケモノ娘の衣装にします。着替えますから今すぐ出て行ってください。というか追い出します」

 しようとした所でシャットアウラが間に割り込んできた。

そして彼女は俺の背中を押しながら(より正確な表現では力いっぱい叩きながら)俺を来賓室から追い出してしまった。

「ああっ」

 せっかくアリサに愛の告白をしようと思ったのに。

「何か……不完全燃焼だあ」

 アリサと恋人になれる千載一遇のチャンスを逃して悔しがっている俺。

 ジミ面で不幸体質な俺がアリサと付き合えるわけがない。だから告白できなくてむしろ良かったと安心しているチキンな俺。

 2人の俺がごちゃ混ぜになってもどかしいのに安心している。

「シャッちゃんの馬鹿ぁああああああああぁっ!」

 中からシャットアウラに怒りをぶつけるアリサの声が聞こえた。

「…………やっぱり、惜しいことをしたんじゃないだろうか」

 モヤモヤが再び高まる。けれど、アリサは鍵が掛かった部屋の中。そしてアリサはシャットアウラと一緒にいる。

「頭冷やして来よう」

 しばらく廊下を歩き回って頭を冷やすことにした。今日中にもう1度アリサに告白するチャンスを夢見ながら。

 

 

「さあさあ、本日は仮装パーティーの無礼講なのです。誰が誰だか分からないので好きなだけ飲みまくり食いまくるのですよ♪」

 白とピンクのいつもの魔法少女衣装に目元だけを隠す紐のような白いマスク。小萌先生は舞台の上からビール缶を高く掲げながら挨拶を行った。

 どんなに仮装しても身長が135cmほどの小萌先生は一発で正体がバレる。いや、高校生がビール缶を掲げていたらその方がマズいのだけど。

「わぁ~これがハロウィンパーティー。って、ミサカはミサカは初めてのイベントに興奮を隠せなかったり」

 何故か混じっているラストオーダーよりも身長が低い小萌先生は変装に向いてない。ちなみにラストオーダーはいつもの水玉ワンピースの上に黒マントととんがり帽子を被った魔女っ子スタイル。

「おい、ガキ。男はみんな野獣で化け物だかンな。お菓子あげるって言われてもホイホイ付いていくンじゃねえぞォ」

 そしてその保護者である、このパーティーの開催には欠片も役に立たなかった学園都市レベル5第1位さま。ちなみに通称白もやしさんは狼男のコスプレをしている。

「お前ら、どうしてここに?」

「青い髪のお兄さんが公園で遊んでいたミサカたちを誘ってくれたの。この衣装も貸してくれて。って、ミサカはミサカはここにいる理由を明かしてみたり」

「…………その青い髪のお兄さんには、一方通行の言うとおりに付いて行っちゃダメだからなぁ」

 パンダの着ぐるみを着て愛想を振り撒きながら飲み物を配っている青髪ピアスに非難の視線を送る。

 高校のクラスのパーティーに関係のない幼女を招くとか怖い。怖すぎる。しかも保護者として付いてきたのがレベル5の第1位とかカオス過ぎる。

 だが、今のこのカオス状況よりも気になる人がいる。もちろんアリサだ。

 

 魔女っ子アリサへと視線を向ける。

 アリサは姫神や吹寄をはじめとする女子生徒たちに囲まれている。そしてアリサの横には腕を組んで仁王立ちして俺をはじめとする男子生徒たちの接近を視線で阻んでいるシャットアウラの姿があった。

「アリサの魔女っ子姿……可愛いなあ」

 魔女なのに天使。いや、女神。

 とんがり帽子にワンピースのミニスカート姿のアリサは可愛すぎる。

「結婚しよっ」

 願望が思わず口に出る。

 けれど、その幸せな気持ちは長続きできない。強烈なプレッシャーをアリサの横から感じるから。

「何でシャットアウラに加えて姫神と吹寄からも俺を殺しかねない怒りの波動が放たれてるんだよ?」

 巫女さん装束の姫神、角と真っ黒い翼を生やした悪魔ルックの吹寄が絶対零度の視線で俺を苦しめる。

 更にケモノ娘姿のシャットアウラが怒りの炎を背中から吹き上げながら俺をけん制する。

「こっ、怖すぎる……」

 3人の視線が危険すぎる。そして、アリサも女子生徒たちの相手に忙しくて俺の視線に気づいてくれない。諦めて視線をサプライズ過ぎたゲストたちに戻す。

 

「三下。オマエ……今日BBAどもに殺されンじゃねえのか?」

 俺に向けられている視線に気づいた一方通行が声を掛けてきた。

「否定はしない。ていうかその可能性は高い」

 3人の少女から放たれるのは怒気を越して殺気と呼んだ方が妥当。3人とも美少女なのにあんなに怒っては台無しだ。

 そして上条さんは魔術や能力は打ち消せるけど、普通の物理攻撃には無力だ。3人の真のもののふにボコボコにされれば普通に死んでしまう。

「まッ、愛しの君が他の女にばかり熱を上げているのを見せられたら、ああもなるわな」

「はあっ?」

 コイツは急に何を言ってるのだろう?

「で、オマエはあの歌手女ともうくっ付いたのかァ?」

「ミサカもあの人知ってるよ。ARISAだよね。って、ミサカはミサカはこの間見た歌番組の真似をしてみる」

 アリサの真似をして歌って踊ってみせるラストオーダー。そんな幼女を見ながら目がデレデレしているアクセラロリータ。ロリコンは本人的には楽しい生き方なのかもしれない。

「くっ付いてなんかないさ。告白だってまだしてねえよ」

 頭を掻きながら答える。ちなみに今の俺は体に包帯をグルグル巻いてミイラ男。何度も繰り返した入院で普段から親近感のある恰好。

「ヘタレが」

「うっせぇ」

 文句を言いながらも内心では一方通行の言葉を認める。

 俺がヘタレでなければ、あの3人の視線を押し退けてアリサの元へ行けるのに。

 現実の俺は、包囲網に隙が生じる瞬間を受け身に待っている。

「情けねえなあ。俺……」

 ため息が漏れ出る。

 

「上やん。せっかくのパーティーなのにそんなため息を吐いたらダメやでぇ」

 一方通行をここに呼んだ張本人である青髪ピアスがトレイに紙コップに入ったジュースを入れてやって来た。

「何があったのかは知りまへんけど、これでも飲んで元気出すんや」

「お、おう。ありがとう」

 ジュースを受け取る。コップの中を見ると白い液体が入っている。鼻に届く匂いはかなり甘い。桃の香りだろうか?

「カルピスかな? まあ、飲んでみよう」

 コップに口を付けてジュースを飲んでみる。

「甘い……何か、妙な妙な味だな」

 かなり甘い味。それでいてツーンとするような鼻を突き通す刺激が口内を駆け巡る。

 それから次の瞬間、ほんのちょっと体がクラッとぐらついた。ほんと、何だこれ?

「ミサカもそれ飲みたい。って、ミサカはミサカは甘いジュースを欲してみたり」

「お嬢ちゃんにはこっちのオレンジジュースをあげますわ」

 青髪ピアスは俺に渡したのとは異なる種類のジュースをラストオーダーに渡した。

「一方通行はんはどうされまっか? カクテルにしまっか? ジュースにしまっか? ビールもウイスキーありまっせ」

「俺は水でいい」

 ……何か今、聞き捨てならないことを聞いた気がする。

「もしかして俺が今飲んだのはカクテルか?」

 空になったコップを見る。今見ると、この鼻に残っている匂いはアルコールの気がする。

「そうでっせ」

 青髪はあっさりと頷いてみせた。

「何で俺をわざわざ校内飲酒者に仕立てた!?」

 青髪に怒鳴る。飲酒については生徒の各自の判断に任せるという暗黙の約束があったはず。処罰される時は飲酒した者だけが処罰されることで合意したはずなのに。

「小萌先生の指示でっせぇ~」

「何で小萌先生が?」

「そりゃあもちろん、このパーティーで不祥事が起きた場合に責任を上やんに全部押し付けるためでっしゃろ」

「やっぱりかよっ!」

 恐ろしい計画を聞かされてしまった。そして、俺が飲酒した時点で計画は半分進行してしまっている。企画の発案者、言い出しっぺに対する恐ろしいイジメだ。

「それと上やんが退学になったら就職を世話する代わりに小萌先生を嫁にもらわなならんらしいでぇ」

「そこまで計画尽くしなのかよっ!」

 怖い。怖すぎる。俺の独身人生が、学校の不祥事で終わってしまうなんて嫌すぎる。しかも罪の擦り付けだ。冤罪だ。

「小萌先生がそんな恐ろしい計画を抱いている以上……不祥事がわざと明るみに出る可能性は捨て切れないな」

「まあ、そう考えるのが人間としての正しい危機意識やろうなあ」

 俺を飲酒犯に導いた実行犯は他人ごとのように述べた。

 

「ここでスペシャルゲストの登場なのですっ!」

 小萌先生の声が舞台から聞こえる。ちなみにアリサは先ほどと同じように女子たちに囲まれている。アリサは小萌先生的にはスペシャルゲストではないらしい。

「柵川中学からやって来た2年生の佐天涙子ちゃんなのですっ♪」

 柵川中学の制服を身にまとった佐天さんが壇上に現れた。あのロリBBA、まさか……。

「今日は小萌先生から泡の出る麦茶をごくごくキューできると聞いたのでパーティーにお呼ばれしましたぁ♪」

 俺の予想通りに恐ろしいことを述べてくれる元気印の女子中学生。

「駆けつけ3杯なのです。まずは1本どうぞなのです♪」

 小萌先生はSAPPOR○と書かれたあからさまなビール缶を佐天さんに手渡す。

「わぁ~い♪ いっただっきま~す♪」

 佐天さんはプルタブを開けると缶を逆さまにして浴びるような勢いで中身を一気に飲み干してしまった。

「ぷっはぁ~♪ うん。最高です♪」

 CMに起用できそうないい笑顔でビールを飲み干した未成年(14歳)。

「500mlのビールを一気に飲み干した中学2年生の佐天ちゃんに大きな拍手~♪」

 小萌先生の意図が丸分かりなアナウンスが体育館に響き渡る。

 すなわち、中学生の飲酒を口外する行為。俺が恐れていた通りに不祥事をわざと明るみに出すための工作。

「青髪ピアス……ウィスキーくれないか? こう、強いやつで」

「上やん……今夜はたくさん飲んで辛いことはみんな忘れるんや」

 青髪からウィスキーの入ったコップを受け取る。

「…………苦くて喉が焼けるみたいな感覚がするんだな」

「それが大人の味や」

 初めて飲んだウィスキーは俺にはまだ早い大人の味がした。

 

 

「一方通行はんは、今季のアニメでは何を推して張りますか?」

「そんなもん、のんのんびより一択に決まってンだろうがよッ!」

 どれぐらい時間が経ったのだろう?

 どれぐらい飲んだのだろう?

 よく分からない。周囲が緩やかにグルグル回ってる。

「あっ。のんのんびよりなら僕も見てますわ」

「ほぉ。オマエ、なかなか見どころがあるじゃねえか」

 青髪ピアスと一方通行の会話がどこか遠く聞こえる。

「一方通行はん的にはあれでっか? お気に入りのキャラは宮内れんげちゃん?」

「アッタリマエだろうがァッ! 小学1年生ヒロイン。時代がようやく俺に追いついたゼ。ヒャッヒャッヒャ」

 いや、酔ってなくても遠く聞こえるような気がする。

「するってぇと、小鞠ちゃんもお気に入りなんやろうなあ。あの子もちっこいですから」

「馬鹿かぁッ! 越谷小鞠は確かに身長140cmねえさ。服のセンスも小学生そのもの。あだ名もこまちゃんだ。だがな、小鞠は中学2年生っ! さっきの佐天涙子と同じ年令なンだよッ!」

 分かりたくない会話が耳に入ってくる。でも、酔っ払っているおかげで馬耳東風。

「のんのんびよりの二大ヒロインと言えば、宮内れんげと一条蛍に決まってンだろうが」

「確かに蛍ちゃんは小学5年生や。けど、身長は160cmを越えていて、高校生と呼んでも差し支えないメリハリの効いたボディーをしとる。一方通行はん的にはええんでっか? ロリ専門やないんですか?」

「一条蛍はなあ……小学生なンだよッ! 小学生は最高なンだよッ!」

 ロリコンとアニオタの談義に熱が篭っているのがウザい。少し距離を置く。

「俺だって、以前は悩ンださ。身長170cm超えで胸のデケェアイリーンを初めて見て、俺のちっぽけな小学生幻想が完璧にそげぶされた思いだった。けどな、俺は結論を得たンだ。アイリーンは小学生。俺が愛を注ぐ存在だとな。Show you guts say what 最高だぜッ!」

「ただのロリではなく女子小学生に信念を貫く。さすがは学園都市第一位やでぇ」

「フッ。褒めンじゃねえよ」

 りんごの匂いのするカクテルを手に持ってロリとヲタの元を離れる。

 

「わぁ~。ラストオーダーちゃんって、御坂さんにそっくりだねぇ。部屋にお持ち帰りしてペロペロしていい?」

「私がお持ち帰りされちゃうと、あの人は泣いて暮らすことになるからダメ。って、ミサカはミサカはモテる女を気取って答えてみたり♪」

 ラストオーダーと佐天さんは楽しそうにやっている。適応能力の高い女の子たちでホッとする。

「げっへっへ。みんな飲め。飲むのです。責任はみんな上条ちゃんが取ってくれるので安心して飲んでなのです」

 もはや己の策謀の意図を隠そうともせずに生徒たちにビールを注いで回るロリBBA教師。

「俺の高校生活も……今日までか」

 ため息を吐く。でも、不思議に悪い気分にはならない。というか、退学処分という明日以降待ち受けている現実が自分の中で上手く形にならない。難しいことが考えられない。

「あれっ? そういえば……アリサは?」

 会場内をグルっと見回してみるもののアリサの姿が見えない。

「高校生最後の夜ぐらい好きな女の子と過ごしたいって言うのに……ハァ」

 上手くいかない現実に急に悲しみに襲われる。

「アリサ……一体どこに行ったんだよ?」

 アリサはずっと女子生徒に囲まれていて近付くこともできなかった。でも、視界から見えなくなってしまうのは寂しい。

「お~い。アリサぁ~」

 フラフラと体をよろめかせながらアリサを探す。酔っているせいで難しいことは考えられない。けれど、思考が単純化されたからこそアリサに会いたい気持ちが強まっている。

 

「来賓であるアリサを放っておいて自分は泥酔とはいいご身分ですね」

 歩いている最中で誰かにぶつかった。そのぶつかった人物から叱責の声が届く。

 視線を下げると可愛いケモノ娘の少女がすぐ近くに立っている。

「よっ。シャットアウラ」

「よっではありません」

 丁寧な口調で皮肉を述べてくるケモノ娘。ほんのり頬が染まっている。どうやらコイツもちょっと酔っているらしい。

「…………よく見ると、オマエって可愛い顔してるな」

 シャットアウラの顔を近くから覗き込んでの感想を述べる。

「元が同じ存在だけあってアリサとシャットアウラはよく見ると似ている。2人とも美少女だ♪」

「とっ、とっ、突然何を言っているのだ、貴様はっ!?」

 シャットアウラの顔が真っ赤に染まった。

「まあ、そんなことよりも今はアリサを探さないとなあぁ」

 同じぐらいの美少女だとしてもシャットアウラはアリサじゃない。だから今はアリサを探さないといけない。

「まっ、待てっ!」

 アリサが俺の右腕を引っ張る。

「あんな意味深なことを言っておいて、私をスルーして行くというのか!?」

「意味深なこと? そんなこと言ったか?」

 ケモノ娘は顔を赤くしているが、その理由が分からない。

「まあ、俺はアリサを探しに行く所だから他のことはどうでもいいんだよ」

 再び歩き出そうとする。

「待てと言っているだろうがッ!」

 今度は左腕も掴まれてしまった。両腕を掴まれている。酔っ払って力が入らずシャットアウラを振りほどけない。

「幾ら可愛くても俺はオマエに用はないんだよ。俺が用あるのは愛しのアリサだけ♪」

「この男……スポンサーにあんなことを言われたこんな重要な時だけ私を可愛いと言ってのけるなんて。チッ」

 顔が赤いままのシャットアウラは大きく舌打ちしてみせた。

「………………アリサの居場所なら私が知っている」

 ケモノ娘は目を軽く瞑りながら言った。

「そうか。なら、案内してくれ」

 俺は一刻も早くアリサに会いたい。彼女の顔が見たい。

「………………分かった。付いて来い」

 シャットアウラは俺の手を離すとスタスタと歩き始めた。

「おうっ」

 俺も体をふらつかせながら彼女の後を付いて行く。

「……上条当麻は都合よく酔っ払ってくれている」

 シャットアウラは何かブツブツ言いながら体育館を出て行く。

 俺もその後に付いていく。

「……当麻は私のことを可愛いと言ってくれた。女としての魅力は感じてくれている。計画遂行に支障はない」

 ケモノ娘は尻尾をピョコピョコ揺らしながら校舎へと入り階段を登っていく。

「……私はとても恐ろしいことをしようとしているのに……嬉しさが込み上げてくるのは何故なんだ? ……いや、もう、わかっている。分かっている……」

 彼女は段々早足になっていき、やがて一つの部屋の前に辿り着いた。

 プレートには『来賓室』と書かれている。

 俺たちが先ほど出発した部屋だった。

 シャットアウラは持っていた鍵で部屋の扉を開けて、真っ暗な部屋へと入っていった。

 

「なあ、鍵も掛かっていたし電気も点いてないってことはアリサは中にいないんじゃないのか?」

 疑問に思いながらシャットアウラの後ろに付いて室内に入る。

廊下に設置されている非常灯から発せられている薄暗い光だけが唯一の光源。なので中は暗く、先ほどまでこの部屋で過ごしていなければ何も見えなかったと思われる。

「…………アリサなら、化粧を直したらこの部屋に来ますよ」

シャットアウラは一拍置いてから答えた。そして部屋の中央部まで歩いて行くと後に付いて来た俺に向けて振り返る。

「上条当麻。貴方にどうしても聞いておきたいことがあります」

 シャットアウラの声には普段のような怒りのトーンは感じない。代わりに淡々というか、感情を押し隠しているようにも聞こえる。

「何だ?」

 シャットアウラは大きく深呼吸して自分の胸に右手を置く。そして戸惑いを声に出しながら俺に尋ねた。

「貴方はアリサのことをどう思っているのですか?」

 ドクン。と大きく心臓が跳ね上がる音が聞こえた。

 いや、でも、今の音は俺じゃなかったような?

 まあ、いい。酔っ払った頭でも答えられる問題で良かった。

「アリサのことは大好きだぞ」

 素直に答えられた。

「それはどういう意味の好きですか?」

「結婚したいの好きだ。愛してると置き換えてもいい」

 また素直に答えられた。お酒の力って偉大じゃね?

「アリサにプロ歌手を辞めさせることになっても、自分だけのアリサにしたいと?」

「………………ああ。そうだ。俺はアリサを独り占めしたいんだよ。愛してるから」

 お酒の力ではじめて自分の黒さに気付く。なるほど。俺は意外と独占欲が強いらしい。

「…………そうですか。貴方がそこまで考えているのなら、仕方ありませんね」

 シャットアウラは大きく息を吐き出した。

 そして、自分の着ているケモノ娘の衣装を脱ぎ始めた。

 えっ? ええっ?

 

「オマエ……一体、何をしてるんだよ?」

 俺は酔っ払って幻覚を見ているのか?

 そうとしか思えない光景が目の前に広がっている。

 何しろシャットアウラは一糸まとわぬ素っ裸で俺の目の前に立っているのだから。

「アリサのことは諦めてください」

「何を、言って?」

「代わりに私のことを好きにしてくれて構いませんから」

 状況がまるでわけが分からない。

 けれど、目の前に晒されている圧倒的な“美”に俺の視線は集中してしまっている。

 シャットアウラの裸は圧倒的という表現がよく似合うほどに綺麗だった。

 酔っ払って前後不覚な状態だからこそ、その美がより一層際立って見える。

「貴方が女の肌を欲するのなら私を抱いてください。貴方が愛を欲するのなら私が愛します。貴方が家庭を望むのなら私が妻になります」

「オマエ、一体何を言ってるんだよ?」

「貴方が欲するものは全て私が提供します。ですから、アリサのことは諦めてください」

「だから、何を言ってるんだよ!?」

「あの子は世界のトップアーティストとして輝くべきなんです。だから貴方はアリサの側にいてはいけないっ」

 アリサが正面から俺に抱きついてきた。

 彼女の肌の感触が服越しではあるが生々しく伝わってくる。いい匂いが鼻を刺激する。

 頭がクラクラしておかしくなりそう。

「私の全てが貴方のものになります。だから……アリサのことは、諦めてください」

 力強い抱擁。痛いぐらいに強く抱き締められている。

 

「それって、アリサの歌手としての成功のために自分の身を犠牲にするってことか?」

 立っているのも辛い状態でシャットアウラに尋ねる。

「…………そうかもしれませんね」

 シャットアウラは俺を抱き締める力を少しも緩めずに答えた。

「それはおかしいことだろう? 幾ら芸能界だからって」

「おかしいことでしょうね」

 反論が来ない。

「アリサがこんなことして喜ぶと思うのか?」

「怒るでしょうね。確実に」

「だったら……」

「貴方と結ばれることを私が望んでいるんですよ」

 俺の助言を遮ってシャットアウラは言葉を挟んできた。どう解釈したらいいのか分からない言葉を。

「今日生まれて初めてお酒を飲んで酔っ払って初めて気付きました」

 シャットアウラが上目遣いに俺を見上げる。

「私は貴方のことが好きなんだって。1年前に貴方に救われた時からずっと好きなんだって」

「シャットアウラ……」

 思ってもみなかった子から告白されてしまった。

 酔っ払ってフワフワしていた気持ちが一瞬で吹き飛んで緊張が取って代わる。

「だから本当はアリサのことは関係ないんです。私が貴方と結ばれたいだけなんです」

 シャットアウラは俺の胸に頭を深く埋めた。

「私を……貴方の一番側に置いてください」

 シャットアウラの俺の背中に回った腕の力がより一層強いものになる。

 俺はと言えば、シャットアウラからの突然の告白に驚いて緊張して黙ったまま硬直していた。

 振り払うべきなのに、口で説明して諦めてもらうべきだったのに。それができなかった。

 俺の男としての本能が、裸の女の子に抱きつかれている状態を少しでも長く続けようと無意識に画策した結果かもしれない。

 でも、何にせよ俺は彼女に抱きつかれるままでいた。

 そして──

 

「青髪くんから2人が出て行ったって聞いて、慌てて校舎中探したんだよ。ちょっとグラウンドを案内してもらっている間に出て行っちゃうなんて酷いよぉ」

 

 朗らかな声と共に電気が点けられ、室内へと魔女っ子ルックのアリサが入ってきた。

 そして彼女は俺たちを見ながら固まった。

「どうして、当麻くんが裸のシャッちゃんと抱き合っているの?」

 アリサに最悪な光景を見られた。

 俺がそのことを理解するのはそれから30秒後のことだった。

 

 

 つづく

 

 

 


 
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