第32話 新しい出会い
再び意識が戻ったのは、水面だった。
どうやら、自分は湖の上に浮いているらしい。
潰された瞳は完全に失明し、両腕は肩から根こそぎ持って行かれた為動かすという概念さえ消えてしまっていた。
「.....死んだのか?」
だとしたら、死後の世界ぐらい体を元に復元してもらいたいものだ。趣味の悪い神もいるものだ。
だが、不思議と痛みは全くなかった。もはや、死後の世界と確定してもいいかもしれない。
「貴方は死んでないわよ」
その声はどこから聞こえるというわけでもなく頭の中に直接響いてきた。
信者が言う天啓というやつなのかもしれない。
その少女らしき声の主はどこか大人びた感じがした。同時に懐かしい声でもあった気がする。
「じゃあ、ここは何処なんだ?」
当然の疑問もなにも視界が死んでしまった以上、体感から得られる情報だけじゃ湖らしきところに浮いているくらいしかわからない。
天啓の声の主は少しだけ間を置いて告げた。
「ここは、貴方の心象世界よ」
「....そっか」
この無駄に広い湖? はきっと寛大な心を指しているのだろうと勝手に解釈する。
....広いと信じたい。
「殺されかけたのに随分と落ち着いているのね」
「...ここに敵はいないからな」
「貴方には守りたい人はいるの?」
「随分と唐突だな....そりゃ、たくさんいるな」
「たくさん、なんだね...」
少女の声には嬉しさと悲しさが入り混じってたような気がした。
「まだ生きてるならさっさと現実に戻んなきゃな」
「....,ダメ━━━━行っちゃダメ!!」
少女が焦燥の表情と共に声を上げたその瞬間、僅かに脳の奥に痛みが走った。
どうやら、天啓とかいうやつもタダではないらしい。
物事には代償が付き物とはよく言ったものだ。
「時間もないし.....これだけは言っておきたい」
「....なによ」
「お前も、守りたい人だ」
「━━━━え?」
先程の少女が心配してくれた言葉、わずかに疼く記憶。
きっと、この人は青年のことを知っているのだろう。
だが、そんな感覚だけで同情してさっきの言葉を口にしたわけじゃない。
あんなにも必死になって叫んでくれたのだ。それだけで十分な理由になる。
「貴方ってやっぱり卑怯よ...」
「よく言われた気がするな」
話を進めるたびに強撃な頭痛が幾度も襲ってくる。
まるで、早く意識を失えと誰かが促してるように。
「....大切な人達を守り通してきて」
「ああ、今度こそ....!!」
・・・
「....それじゃあ私のカラダだけあげるわ」
「いいのか? そんなことした「黙って受け取りなさい」....」
「そんな顔しないで....ちゃんと守ってあげて...」
「....約束する」
刹那、視界が急に光を取り戻し突然のことに当然ながら戸惑いを覚える。
同時に心象世界から意識が吹き飛ばされるような感覚を感じた。
生き返った瞳が最後に映したのは、少女の悲しみを含んだ笑顔だった。
「....なんで牢屋に放り込まれてんだよ」
心象世界から帰ってきた途端、まず映し出されたのは薄汚いベッドだった。
ついでに服も汚かった....
牢屋の中にある薄汚いベッドからは間違いなく落下したのだろう。
少しだけ後頭部が痛いのは気のせいではない。
大きな欠伸をしてから、もう一度辺りを見回してみるが...視界に映ったのは薄汚いベッドだけ。
いきなりこんなところにぶち込まれる人相なら、いっそ整形したほうがいいのかもそいれない。
そんなことを考えながらも体は無意識のうちに脱出手段の一つである姫月に手をかける。
が、背中にいるはずの相棒を掴む手は虚しく空をかいた。
「姫月、姫月!?」
嫌な予感が頭の中を過ぎった。もしかしたら、破壊されてしまったのかもしれない。
あの男が盗ってしまったかもしれない。
だとしたら、この牢屋をすぐにでも破壊しなければらない。
青年は立ち上がると同時に体の力を抜き、自らの中に眠る畏怖の念を行使する。
「....どういうことだ?」
だが、それは顕現することが叶わなかった。
どうする? どう抜け出す? 剣は破壊され、姫月はおそらく...
突然の事態に思わず思考の迷路に迷い込むが、そんな彼を現実に引き戻すかのように扉が開く音がした。
「━━━━聞こえて...聞こえてますかー!?」
「ッ!?....開けてくれ」
青年の目の前にはいつの間にやら長身美麗な女の子が立っていた。
腰まで伸びた金色がかった髪.....なんといっても今まで見たことないほどの巨乳であった。
....なぜ、こんな状況になっても自分の頭はそっち方面にいくのであろうか。
「やっぱり、男の人は気になるんですね~」
「....気になるな、そんな可愛かったら」
青年の何気ない言葉が気に障ったのか、顔を伏せた少女は頬を僅かに赤くする。
しまった、機嫌を損ねたか?... いまいちわからんな、乙女の気持ちは...
そんな青年の思考をよそに牢獄の施錠がカチャンと軽快な音を立て、扉が開いた。
「...私があなたを解放したのは理由があります」
....いきなりこういうことを言う奴は、ヤバイ。
だが、根だけはクソ真面目な青年は扉から出ると、少女の正面に立つ。
ああ、何やってんだ俺は。厄介事に巻き込まれるのは承知の上ってか?
「こういう状況の時の理由なんて「貴方に私の仕事を手伝って欲しいのです!」...ほらみろ」
後頭部を掻きむしりながらぶっきらぼうに青年は尋ねる。
「なんで、俺?」
「私の仕事はそんじょそこらの殿方には頼めるものではないのですわ」
少女の目は何故かすっごく嬉々としている。
瞳の奥底でキラキラと輝いている光が少しだけ怖い。
「なぜ、何も知らない奴が俺のことを頼れる殿方なんて思ってるんだ?」
「それは....」
少女がバツの悪そうな表情をし顔を伏せる。
この反応を見ると、どうやら、どこからか情報を提供してもらったらしい。
「単純そうですから」
作り笑いではなく本心からの笑顔だ。
俺の堪忍袋の緒が徐々に引き裂かれてゆく。
「なるほど、納得した」
「そう言いながら、殺気をばんばん出すのはやめてくれませんか?」
余裕の笑みで返してくるので、さすがの青年もカチンときた。
すかさず少女の後ろに回り込み、ほっぺたをグニーっと引っ張った。
「ひゅにをほしゃめるわひゃひに「どうした、ちゃんと喋れないのか?」あなひゃのせいでしょう..」
少女の目が据わっていたので仕方なく手を離す。
少女がこちらを向く。
「で、なんだって?」
「....私はここリーンボックスを治める女神グリーンハートですわ!」
そう高らかに宣言され、青年は辺りを見回す。
あるのは小汚いベッドばかり。噂で聞いてたところとは随分緑が少なかった。
緑といってもあるのは僅かなコケ。
「...コケしかないんだが?」
「いえ、ですから...説明はめんどくさいですわ」
「そうか、じゃあな」
そう言い青年は出口を目指し管理の届いていない廊下を歩く。
「...これは、扱いにくい人ですわ」
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破格の力により瀕死に追い込まれた青年。
謎の声に助けられ、再び目が覚めたのは思わぬところで...