No.627972

真・恋姫†無双 異伝 ~最後の選択者~ 第十八話

Jack Tlamさん

今回は色々と長いです。

読むの大変だと思いますがお付き合いいただければ幸いです。


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2013-10-14 04:45:29 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:8673   閲覧ユーザー数:5855

第十八話、『ただ、誇りとともに』

 

 

――結局、桃香は殆ど成長を見せなかったので、俺達は予備計画に位置付けられていた「乙計画」を採択。平原を離れ、白蓮の

 

許に向かうことにした。俺達は事前に手配していた白蓮からの使者を翌日城に訪ねて来させ、俺達が平原を離れるということを

 

桃香達に納得させた。理想云々ではなく白蓮から俺達に用事という理由なので、皆は割とすんなり納得した。桃香だけは猛然と

 

反対していたが……。そして、俺達は荷物を纏めてすぐに馬小屋に赴き、電影と颶風を連れて平原を離れようとしていた――

 

 

 

(side:一刀)

 

「――待ってください!一刀さん、朱里さん!」

 

平原の町の門から出立しようとしていた俺達を呼び止めたのは、普段の声量からすれば考えられない程の大声を上げた雛里だった。

 

「雛里……どうした?」

 

全力で走って来たためか、息も絶え絶えといった様子の雛里が落ち着くのを待って声をかける。漸く息が落ち着いた雛里の口から

 

出て来たのは、俺達が予想もしなかった言葉だった。

 

「……やっぱり、行かれるんですね?……洛陽に……」

 

「な……!?」

 

俺と朱里は思わず顔を見合わせる。雛里にはある程度情報を明かしてはいたが、俺達が洛陽に行くことまで見抜いたのか……!?

 

「……反董卓連合の檄文が届いて、それについて一刀さんは『調査隊を出すか?』と桃香様にお訊ねになりましたよね……そして、

 

 次には『董卓を信じてやらないのか?』とも……それを考えれば、一刀さん達は董卓さんについて何か知っていて、そのために

 

 連合への参加に賛成しなかった、と推測したんですが……当て推量で申し訳ありませんが……」

 

ほう……そこまで見抜いたか。驚くと同時に、さすがだとも思った。少ない情報からそこまで見抜けるのは相当な才能だと言える。

 

雛里には多少の情報は明かしているが、少なくとも反董卓連合に関する情報はあの会議で述べた以上のことは言っていない。俺が

 

そう分析している間に、雛里が再び口を開く。

 

「涼州連合の盟主、馬騰さんともお知合いだと以前仰っていましたよね……あの方は漢の重臣ですから、董卓さんについても何か

 

 ご存じなのではと思いますし……それに、董卓さんは以前、雍州刺史をやっていらした方です。涼州とは隣接していますし……」

 

それについては桃香達も知っている。表向きには単なる知人として手紙のやりとりがある程度ということになってはいるが。

 

だが、それを考えると雛里の推理は驚くほどのものではない。むしろ、桃香達がそれと結びつけて考えられなかったことが異常だ。

 

確かに董卓についての情報が、大陸東部においては不足しているのは事実だ。しかし、董卓が雍州刺史だったということくらいは

 

桃香達も知っている。しかし「雍州に隣接する涼州を束ねる馬騰と知り合い」という点に思考が至らなかったというのは、目先の

 

事態に囚われて大局が見えていないという証明になる。大局どころか「目先の情報」にすら目が行っていないとも言えるがな……。

 

感情に身を委ねていると、本来考慮すべき重要な情報まで見失う。だからこそ、指導者は常に冷静であるべきなのだ。

 

桃香はその情報については、こう言っていただけだった。

 

 

『――そんな遠くの人とお友達なんだ~。すごいね~』

 

 

重要視どころか右から左に流してしまったようだ。董卓が雍州刺史だということを知って、それの重要性に気付かないというのは

 

非常に拙い。孔明はもしかしたら気付いたかもしれない。だが、単なる知人との交流ということ。馬騰が董卓について何か知って

 

いる可能性というのが不確定性の強い情報であること。そうした部分を考慮したうえで目を向けなかったのかもしれない。或いは、

 

権力によって董卓が豹変したとも考えられるしな。

 

だから、雛里には事実を明かしておくことにした。

 

「……董卓について知っているかと聞かれれば、そうだな。確かに俺達は董卓について早くから情報を集め、掴んでいたよ」

 

「……あなた方が桃香様達を止めなかった理由は、目先の情報だけに囚われ、情報収集を怠るような発言をしたからですね……?」

 

「その通りだ。だが、俺が知っていることを言ったところで桃香が止まったか?風聞に踊らされているだけのあの子が、自分では

 

 考えもしない彼女が、限られた情報を繋ぎ合わせて君のように答えを導き出そうとしたか?君はどう思う、雛里?」

 

「……いいえ」

 

「まさしくそこなんだ。情報収集ができない状況というのもある。だが、限られた情報は全て思慮の内に入れ、それを繋ぎ合わせ

 

 何らかの答えを導き出す能力というのは、乱世を渡っていくうえで不可欠だ。ただそれができたとしても、悪行を為していると

 

 いう噂に踊らされている以上、『権力で豹変した』とでも言えば一応の説得力は付けられるからな。俺が言ったところで、そう

 

 こじつけて耳を貸すことは無かっただろうさ。『生贄にされる』っていう概念を、桃香は理解できないだろうから」

 

そして、桃香はきっとそう言って憚らないだろう。それ以上のことを考えようとしないのだから。あの時も言っていたではないか。

 

『今、董卓に苦しめられている人々がいるというだけで充分』だと。俺も少しばかり浅慮が過ぎるかもしれないが……な。

 

雛里の顔が微かに歪む。困惑、悲哀、憤懣……良くない感情ばかりが混じったような、難しい表情を浮かべていた。

 

「……私は、今後どうすれば良いのでしょうか……?」

 

「君は桃香の家臣としてその点を指摘すれば良い。それで桃香が考えを変えるなら良し。だが、もしそうなったとしても、誰かに

 

 はっきり指摘されるまで考えを変えなかったんだ、俺達はもう平原には戻って来ないし、次は彼女の敵として現れるだろう」

 

「……はい」

 

雛里は悲しげにそう言って、帽子を取る。普段からとんがり帽子を被っている彼女がそれを脱ぐ姿というのはあまり見ない。その

 

彼女はとても悲しげな、しかしその内に灼熱の意志を秘めていると感じられる表情で俺達を見つめ、ゆっくりと口を開く。

 

「……無駄なのかもしれません……ですが、私は私にできることをやろうと思います。あなた方と劉備軍が敵対することになって

 

 しまったのは悲しいですけど……それはきっと、あなた方が目指す未来のためなのだと、私は信じています……」

 

「……確約は、できません。でも、私達はやれるだけのことは全てやります。私達が目指す未来を、この手で掴んで見せます」

 

「はい……それで、一つお願いがあるんです。私を……あなた方の『計画』に参加させてください……」

 

「……いいのか、雛里?君は面従腹背の奸臣となってしまう。それでも、俺達の『計画』の協力者になると言うのか?」

 

「……これを面従腹背だとは思いません……桃香様のためでもあるのでしょう?……だったら、迷う理由なんてないんです……」

 

口調はいつものたどたどしい印象だったが、彼女の大きな眼には紛れもない「炎」が宿っていた。雛里が本気になった時に見せる、

 

獲物を静かに狙う猛禽のような眼。それは全てを見通す鷹の眼であり、彼女が軍略の鬼才『鳳雛』たる所以でもある。いずれ雛は

 

成鳥となり、大空を自由に飛び回る。そしてその鋭い眼で、眼下に広がる世界の全てを見通すのだ。彼女が雛でなくなる日もそう

 

遠くは無いだろう……俺の確認はどうやら無意味だったようだな。雛里は全て承知の上なのだろうから。

 

「……わかった。雛里……いや、鳳士元。君の申し出を、我々は歓迎する」

 

「ありがとうございます……すべてを教えていただけなくても構いません。私は、私にできることをすれば良いんですよね……?」

 

「すまない……それで頼めるか?」

 

「はい……」

 

「……ありがとう、雛里」

 

「ありがとうございます、雛里さん……」

 

俺達の『計画』に参加することを決めた雛里。既に陣営内では孤立気味の彼女を支えるため、何らかの手立てを打たねばなるまい。

 

俺達は雛里に必要な情報を教えてから、再会を誓って別れを告げ、一路涿郡を目指して馬を走らせていった。

 

 

(side:雛里)

 

――土煙を巻き上げて走り去っていった一刀さんと朱里さんの後姿を見送った私は、城に戻っていた。

 

自分がただでさえゆっくりなのは自覚しているけど、それでも気持ちゆっくり目に戻ってみると、相も変わらず桃香様は不満顔で、

 

謁見の間で皆と話し込んでいた。

 

「あ、雛里ちゃん。お帰りなさい。見送り、終わったの?」

 

私に気付いた朱里ちゃんが声をかけてくれる。ここ最近、私は朱里ちゃんを除けば鈴々ちゃんくらいとしかまともに話していない。

 

それだけ……特に愛紗さんの私に対する不信感は強いのだと思う。桃香様はどうかわからないけど……正直凄く落ち込むんだけど、

 

これからはそうも言っていられない。

 

一刀さん達の『計画』がどういうものかは、詳しくは知らない。少なくとも一筋縄では到底理解できないものに違いない。だけど、

 

二人の眼には常人には推し量れない覚悟が宿っていた。だから、私は信頼する。一刀さんや朱里さんが私を信じてくれたように。

 

「雛里ちゃん……?」

 

「……え?」

 

「難しい顔してたよ?どうしたの?」

 

「あ……ごめんなさい、ちょっと考え事をしてて……」

 

どうやら、難しい顔をしてしまっていたみたいだ。私は心配そうに問いかけてくる朱里ちゃんに微笑もうとして――顔が強張った。

 

愛紗さんがこちらを物凄い形相で睨んでいたからだ。思わず身震いする。私は元々気が弱い性質なので、気を当てられたら即座に

 

気絶する自信がある。だけど、不思議とそんな震えと恐怖は一瞬だけで、私の心はすぐにいつもの状態に戻っていた。

 

ややあって、同じようにこちらを見ていた桃香様がゆっくりと口を開いた。

 

「……一刀さん達と何か話したの?」

 

「……いいえ。ただ、お見送りしただけです……」

 

桃香様の問いに、私は首を横に振ってから否定の言葉を述べたが、まだ疑念が晴れない様子の桃香様が再び問いかけてくる。

 

「……本当に?」

 

「はい……その後、長いこと一刀さん達が向かった方向を眺めていましたので……人ごみもあったので、帰りが遅くなりました」

 

「……そうなんだ。うん、ごめんね?」

 

「はい……」

 

当然、半分は嘘。そして半分は本当。主君に嘘を吐く自分に心が咎めないわけはなかったけど……必要なことだと割り切る。まあ、

 

人ごみについては完全に本当なんだけど……いつもならすぐ良くない方向に向かう想像も、今日はなんともなかった。

 

「……桃香様」

 

「何かな?」

 

「……今更、反董卓連合への参加を取りやめましょうとは申しません。ですけど、もう一度考えていただきたいことがあるのです」

 

「それは何だ?」

 

威圧的な語調と雰囲気で横から入ってくる愛紗さん。とても恐い顔をしている。私はそれに構わず、桃香様を見つめて話し続ける。

 

「……元は雍州を治めていた董卓さんが何故、このように敵視されるようになったのかを、もう一度お考えになってみてください。

 

 曰く、『敵を知り己を知れば百戦危うからず』と申しますから。情報が無い今、少なくとも考えるということをしなければ……」

 

「何を言うか!董卓が都の民を苦しめ、朝廷を意のままに操っているからに決まっているではないか!」

 

「……」

 

私は、あなたではなく桃香様に訊いている――思わずそう言いそうになる口を力一杯に噤む。そんな私の心中を知ってか知らずか、

 

桃香様はさして思案したような様子も無く、すぐ口を開いた。

 

「愛紗ちゃんの言う通りだよ。権力争いとかそんなこと関係無いよ。雍州でどういう政治をやってたのか知らないけど、こうして

 

 討伐の檄文が出されるほどに敵視されてるってことは、都で悪いことをやっているからだよ。火の無い所に煙は立たないんだよ。

 

 それに、大きな権力を持ったりなんてしたら、どんなに良い人でも歪んじゃうものだよ……」

 

それは、あなたにも言えることではないのですか――と言いそうになる口をまた力一杯に噤む。どうも最近、我慢弱くていけない。

 

もっと辛抱強くならなくちゃ。一刀さん達を見習わないと。

 

「……わかりました。突然申し訳ありません。でも、これだけはお訊きしておきたかったので……」

 

「うん。それと、愛紗ちゃんも……もう雛里ちゃんにそんなきつい態度をとるのはやめてね。雛里ちゃんだって、わたしを想って

 

 くれてるのは愛紗ちゃんと同じなんだから。そこは、感謝しなきゃいけないんだよ……白蓮ちゃんの時と同じで。だから、ね?」

 

「……はい。すまぬ、雛里。どうも近頃頭に血がのぼりやすくていかんな……」

 

「……いえ、いいんです」

 

……桃香様は、どうしてそういうことには気付いてくれて、私の言葉の真意には気付いてくれないんだろう。真意なんてほとんど

 

言葉の中で明かしてしまったようなものなのに。私が桃香様のためを思って敢えて厳しい態度でいることは事実だけど、何故この

 

人は自分に都合の良いことしか見ようとしないんだろう。誰かに想ってもらえるのは幸せな事だけど……。

 

「雛里ちゃん……」

 

「ううん、いいんだよ、朱里ちゃん……」

 

心配そうに声をかけてくれる無二の親友に、精一杯の微笑みを作って返事をする。顔が強張ったままなので、ちょっとぎこちない。

 

(……面従腹背……確かにそうなのかもしれません……罪悪感がすごい……)

 

今までの私では耐えきれなかったと確信するほど、凄い罪悪感だった。こんな気構えで誰かに仕えるなんて、そんな馬鹿げた話は

 

無い。だけど、今の私には果たさなければならない使命があるんだと思う。一刀さん達も私の覚悟を受け入れてくれたし、それを

 

信じて私にここのことを任せてくれた。でも、慎重な一刀さん達のことだ。他に何らかの手は打っているはず。

 

(ごめんね、朱里ちゃん……私は、私が信じた道を往く。たとえそれが……決して歩んではならない地獄の道行だとしても……)

 

私だって大陸の平和の為に私塾生活に終止符を打ち、世に漕ぎ出した身。立身出世についての考えが無いわけじゃない。だけど。

 

(私が不名誉を背負うことで世の平和が達成されるなら……それは、安い取引なんだ)

 

一刀さんは去り際にこう仰っていた。

 

 

『――命ある者として、ただ誇り高く在れ』

 

 

若輩者である私には、未だによくわかっていない『誇り』。一刀さんが何を仰りたかったのか、今の私にはまだわからないけれど。

 

それでも、自分の選択を後悔することはしない。

 

(……良い死に方は……出来そうにないけど……)

 

裏切りは、やってはならない最悪の行為。それを敢えて為す私は、きっと碌な死に方をしないと思う。でも。

 

(……一刀さん、朱里さん。この大陸の未来のため、私は誇り高く歩みます……また、会いましょう……それまでお元気で……)

 

最早、退路なんて無い。私の覚悟は決まった。私は未来のために、一刀さん達が示してくれた道を、彼らとは違った場所で歩む。

 

――ただ、誇りとともに。

 

 

――平原を発ってから数日後。俺達は涿に到着した。俺達二人だけだから通常行軍よりも明らかに早いし、電影や颶風も俊足だ。

 

翠の麒麟にだって負けていない。再会したら勝負をしたいところだな。馬上での戦闘はまだ不得手なんだけど。

 

そして俺達は、城の門を守る番兵に頼み、白蓮との面会を取り付けた。久しぶりの再会なので、いろいろと世間話もしたりして。

 

白蓮は数日前から星と優雨、風を伴って薊に行っていて、もうすぐ帰って来るらしいとのこと。俺達は入城して待つことにした。

 

 

 

(side:一刀)

 

――中庭を通りかかると、そこで武器を手に激しい模擬戦を繰り広げる二人の少女を見つけた。

 

一人は涼音。彼女が愛用する双刃槍『双龍角』が鋭角的な軌跡を描き、もう一人の少女が放つ槍の凄まじい連撃を見事に迎撃する。

 

そしてその「もう一人」は、俺達が黄巾党との決戦を終えてから初めて出会った少女だった。

 

 

『――はじめ、まして。私は、公孫越、と、申します。真名は、水蓮、です』

 

 

そう。三叉槍『雷』を使い見事な連続突きを繰り出しているのは、白蓮の妹である公孫越。真名を水蓮という。

 

容姿は、簡単に言えば白蓮を青基調に変えたといえばわかりやすいだろうか。髪型はロングヘアーで、襟足で纏めているところは

 

違うが、それ以外はほとんど一緒だ。やたらと言葉が途切れる子だなと思ったが、白蓮曰くこれが素らしい。少々聞き取り辛いが、

 

声は綺麗だ。苛烈な一面も持つ白蓮とは違って物凄く穏やかな子だが、戦いに際しては勇敢そのもので、槍の腕前も相当なものだ。

 

あれなら霞あたりともいい勝負をしそうだ。しかも、重そうな三叉槍を片手で振り回しながら、もう片方の手には剣を持っている。

 

二種類の武器を自在に操ることによって、超接近戦では威力が死ぬ槍の弱点を剣で補い、間合いが短い剣の弱点を槍で補う。この

 

組み合わせを使って防御重視の戦いをするのが水蓮だ。殊に、槍使いではその防御を抜くのは難しいだろう。

 

一方の涼音も負けてはいない。穂先が両側にあるという武器の特性を存分に活かした攻撃を繰り出している。彼女の実力も見たが、

 

猪々子や斗詩にも引けを取らないだろう。『斬山刀』や『金光鉄槌』は大型で破壊力が高いが、隙もまた大きい。それを彼女達の

 

絶大な体力で補っているのだが、涼音の戦い方はあの二人にとって厄介だろう。小回りが利き、構え直さずとも多方向への攻撃を

 

可能とする、密集戦闘を想定した双刃槍と、涼音の足捌きによる高速旋回。涼音は徹底したインファイターだと言える。

 

「……二人とも凄いですね。ここまでの人材が、埋もれていたなんて」

 

傍らで同じく二人の鍛錬を見ていた朱里がそう漏らす。

 

「ああ。これまでの外史で『いなかった』ということが不思議に思えてくるよ。今までは有名どころしかいなかったからな……」

 

と、俺が言葉を切った次の瞬間。涼音の『双龍角』が一際鋭い軌跡を描き、水蓮の『雷』を叩き落とし、次いで剣も叩き落とした。

 

今回は涼音に軍配が上がったようだ。基礎戦闘能力では水蓮の方が上だろうが、勝負というものは水ものだしな。

 

ふと、水蓮がこちらに気付いたか、手を振ってきた。それで涼音も気付いたか、槍を下ろして手を振ってくる。

 

俺達は中庭に降り、二人と話すことにした。

 

「一刀さん、どうしたの、ですか?突然、いらっしゃって?」

 

「一刀、一体どうしたのさ?……もしかして、桃香が何かやらかしたの?そうだとしても予想はだいたいつくけど……」

 

二人に近づくなり挨拶抜きでこれである。関係は良好なので、今更気にするようなことでもないが。

 

「ちょっと白蓮に用事があってね。でもまだ帰ってないみたいだから、城で待たせてもらおうかと思って」

 

「そっか……ま、あんた達だからそんなことしてもいいんだろうけどさ……ちょっと用事っていう割には、荷物が多いじゃない?」

 

「……」

 

涼音の鋭い指摘に、言葉に詰まってしまう。俺達の私物は多くない。戦装束と武器、他に幾つかの道具だけだ。だが装束や武器は

 

ともかく、そういう道具類まで持って来ているという点で、彼女はそれを看破したのだろう。

 

「……やっぱりね。あんた達、桃香のところ……平原を出て来たんだね。なんとなくそんな予感はしてたよ……そもそも、なんで

 

 あんた達が平原に行くなんて言い出したのか、あたしには全くわからなかったけどさ。とりあえず、お帰り」

 

「……ただいま、とは素直に言えないな」

 

そうだ……俺達はこれから、とんでもないことをしでかすのだから。それを考えると、これまでの外史では出会うことのなかった

 

目の前にいる二人や、今は薊から帰ってきている途中であろう優雨にとても申し訳ない気分になる。

 

そう考えていると、涼音が俺を見てニヤリと笑ってみせる。

 

「ねえ、白蓮様が帰ってくるまで暇だしさ、あたしとあんたで模擬戦やらない?実戦で見てたのとは別で、やっぱり直接あんたと

 

 やり合って実力を見てみたいんだよ。後学のためにもね……それに、あんたにとってもいい気分転換になると思うんだ。どう?」

 

……なるほど。実力的には袁家の二枚看板とでも互角にやり合えるであろう涼音と模擬戦か……やや好戦的な発言だが、それでも

 

彼女の気遣いが感じ取れる語調だった。確かに、俺にとっても良い刺激になるだろう。あんな武器を使っている人間は見たことが

 

無いからな。

 

「……いいだろう」

 

「ありがと。それとね、本気でやってほしいんだ。今のあたしが本気のあんたにどこまで通用するか……それが知りたいの」

 

「……いいのか?正直、ひっくり返ると思うぞ?」

 

「驚きが得られるなら、それはそれでいいんだよ。あんたがまだまだ遠い存在だってのは理解してるさ。でも、その一端でも知る

 

 ことができれば、あたしが目指すべき強さの一端も見える気がするんだ……いいよね?」

 

「わかった」

 

俺は水蓮が使っていた模擬剣を借り、中庭で涼音と向かい合う。刀とは多少勝手が違うが、戦う武器を選ぶほど未熟ではないのだ。

 

それに、かつて『前回の外史』で『古錠刀』を使っていたときだって、こんな感じだったからな。

 

さて――涼音のリクエスト通り、ちょっと本気を出すとしますか。

 

 

 

――勝負は一瞬で決着した。

 

「あ、ありのまま、今起こったことを話すよ。

 

 誇れるほどの腕は持ってないあたしでも、何合かくらいなら一刀と打ち合えると思っていた……

 

 でも、剣を構えてもいなかった一刀にあたしから攻撃しようと『双龍角』を構えた瞬間、あたしは地面に突っ伏していた……

 

 な、何を言っているのかわからないと思うけど、あたしも何をされたのかさっぱりわからなかった……

 

 頭がどうにかなりそうだった……

 

 一騎当千だとか、天下無双だとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてない。

 

 もっと恐ろしいものの片鱗を……」

 

一合も打ち合わずに地面に突っ伏した涼音がその状態のまま、なんだかどこかで聞いたことのあるセリフを吐いていた。

 

(……やり過ぎたか?)

 

少し後悔する。なんだか涼音の自信を完璧に砕いてしまった感じだ。

 

だが、これで良いとも思う。一度完全に砕かれた自信を取り戻すには、並ならぬ努力を要する。それは涼音の今後にとって福音と

 

なる筈だ。いずれ、涼音は愛紗や星……五虎将にも匹敵する将に成長するだろう。それだけの素質はあるし、そうなってほしい。

 

そう期待しながら、俺は涼音を助け起こし、一休みするために東屋に向かう。そこで水蓮と朱里が用意していたお茶と菓子を口に

 

しながら、束の間の憩いを楽しんだ。

 

 

――翌日、白蓮達が薊から帰ってきた。白蓮はまず俺達がいることに驚くが、それは当然だ。平原に来た『白蓮からの使者』は

 

偽りの使者。自作自演もいいところである。

 

彼女に事情を説明するのはこれからだ。そしてそれを説明するということは、俺達の『計画』を明かすことと同義だ。

 

覚悟を決めてはいても緊張は取れない。俺達はそれを解決できないまま、白蓮と星だけを俺達に与えられた客間に呼んだ。

 

 

 

「――そろそろ話してくれよ、一刀。何故いきなり涿に戻ってきた?平原で何かあったのか?」

 

「そうですな。大方、何か気に入らぬことでもあったのだろうが……」

 

二人の疑問も尤もだ。これから話すことは荒唐無稽も極まるといえる馬鹿げた話だ。

 

「ああ……君達も薄々感づいているだろうけど、俺達は桃香がある程度でも成長したと期待して平原に行った。しかし、実際には

 

 成長なんてほとんどしていなかった。平原に着くや否や俺達は神輿として祭り上げられ、承諾どころか打診されることも無しに

 

 主にされ、『平原に天の御遣いがいる』という話は彼女達によって大々的に喧伝され……平原はそうして賑わうことになった」

 

「……」

 

それを聞いた二人の表情は重かった。

 

そして俺はその後の経緯のうち、『計画』の要素を除いた部分を話す。押しつけそのものな桃香の態度やそれを止めようとしない

 

周囲、雛里がそれに対して怒ったのにも拘らず耳を貸さなかったということ。鈴々は俺の言葉でちゃんと気付いたが、他の人間は

 

気付きもしなかったこと、そして反董卓連合の檄文への反応などなど……諸々ほぼ全部話した。

 

俺が話し終えた後、白蓮が実に重そうに口を開く。

 

「……やはりか。桃香はお前達を旗印に、自らの望む世界を目指そうとしていたか。お前達は最強の『大義』に成り得るからな」

 

憤懣の中にも遣る瀬無さがこもった声で、そう述べる白蓮。彼女の言葉は続く。

 

「そして、『自分の理想は他者にとっても理想』という考えを根底に持つ桃香がお前達を旗印に据えることが……それがどれほど

 

 恐ろしいことになるか、わかるだろう?お前達の虚名を背景に、あいつは全てを強引に押し通そうとするだろう。それによって

 

 生み出される負の側面には目もくれずにな。お前達が何を言ったところで自分の主張を言うだけで、耳を貸そうとはしなかった

 

 だろうさ。加えて、お前達を主人としようとした件……それについても、あいつは自分が有利なように立ち位置を確保している。

 

 愛紗や鈴々という桃香の理想に賛同し、基本的に反論しようとしないで、桃香の言うことなら一も二もなく賛成する取り巻きが

 

 いる。諸葛亮も、話を聞く限りでは最終的に賛成側に傾いてしまうだろうしな。つまり、お前達が反論しても無駄という構図が

 

 出来上がっているというわけだ。それに、お前達には無い『地位』を今のあいつは持っている。何にせよ、お前達を主人として

 

 奉じていても、最終的な決定権を握っているのはあいつということだ」

 

鳳統は違うようだがな……と付け加えて言葉を切った白蓮の顔は、苦悩に満ち満ちていた。

 

「……」

 

星も苦虫を噛み潰したような顔だ。

 

「……邪推が過ぎるかもしれんが、な……そこまで愚かな奴だとは思わない……いや、そう思いたくないだけかもしれんが……」

 

「白蓮……」

 

「白蓮殿……」

 

桃香の親友である彼女の心中はいかばかりか。これまでの白蓮は桃香に対して期待を持っていたがために厳しい態度をとってきた。

 

だからこそ、失望は大きい筈だ。それでも「そこまで愚かな奴だとは思わない」と信じているあたり、やはり人が良いんだろうな。

 

友情に篤い白蓮のことだ。これから先もそうであってほしいが……。

 

「私はもう、あいつを信じきることはできそうもないんだ……あいつは、危険すぎるんだよ。曹操や孫策とは違った意味でな……。

 

 あの二人も危険な女だが、桃香はそれよりも遥かに危険だ……いずれ必ず、あいつは途轍もない悲劇を生んでしまうだろう……」

 

「……美しい理想を追うのも良い。だが、上ばかり見ていては、下で倒れていく者達のことが見えぬ……そして、理想の為に力を

 

 振るえば、理想を抱く命が消える……それを、一刀殿達の虚名によって正当化しようとしたと仰るのですな?」

 

「……お前も、同じ懸念を抱いていたか」

 

「うむ。私もまだ二十歳にも満たぬ若輩でありますが、旅の中で世間を見てまいりましたのでな。多少は物事に通じておりますよ。

 

 ……とはいえ、あの方のことだ。一刀殿達がおらずとも、似たようなやり方で事を進めていた可能性は非常に高いと言わざるを

 

 得ないがな」

 

星の言っていることは雛里も耳にしている。大望を抱く桃香には期待すれども、人物という面では危険視していたようだ。確かに

 

桃香の理想それ自体は共感を呼ぶ部分が多いことは客観的な事実として厳然とある。しかしそれはその甘さ故の共感なのであって、

 

彼女の人物像やそのやり方を考えれば、ある程度ものがわかっている人間には到底共感できない。殊に世間を渡り歩いてきた星は、

 

人間の醜さもよく知っている。白蓮もそういったものを知る機会が少なからずあっただろう。そうした人間には、彼女のやり方は

 

通用しないのである。理念・理想だけでものを言っても、実際の行動が伴わなければ信用などされるわけがない。

 

このあたりでいいだろうか……俺は覚悟を決めて、切り出すことにした。

 

「……白蓮、星。反董卓連合の事、そして今回の事……いよいよ俺達が独自に起つ時が来た」

 

「なに……?」

 

「どういうことです、一刀殿?桃香殿の許を離れられたのはわかりますが……ここに戻って来られたのは、再び公孫賛陣営に参入

 

 するためではないのですか?」

 

二人の視線には疑念が宿っていた。俺は一拍置いてから、再び話し始める。

 

「この世界を救うため、俺達に最も近い理想を抱いていると思われた桃香に接触することが、第一の目的だった。桃香は予想通り

 

 俺達を取り込みに来たし、甘ったるい理想を語ったりもした。そして黄巾党との決戦の後、俺達は桃香の陣営に行き、内側から

 

 働きかけることで成長を促す段階に入った。そこまではまだ順調と言えたんだが……その後、桃香の成長度合いがあまりに低く、

 

 一国の主としても、人としても不適切な態度を取り続け、そして……反董卓連合への参加を感情的に決定してしまったことから、

 

 俺達は桃香達の許を離れ、起ち上がることにした。詳細な経緯は先ほど話した通りだ。俺達はこの大陸の状況を打開するために

 

 洛陽に向かい、現在は相国として政を取り仕切っている董卓に力を貸すことにした」

 

「何だとっ!?」

 

「……一刀殿……『機が来た』ということなのですな?」

 

驚愕する白蓮に対し、星は冷静だった。俺は話を続ける。

 

「その通りだよ。忍者兵を各地に派遣していたのはこの時のためだ。諸侯の情報もさることながら、重要だったのは董卓の人柄だ。

 

 彼女には何ら罪が無いことがわかっている。確かに腐った十常侍を始末したのは彼女だが、それは義を以て為されたことであり、

 

 少なくとも私欲のために……と世間で言われているような悪人ではない。また、涼州の馬騰にも話はつけてある。俺達は洛陽に

 

 赴き、反董卓連合軍から董卓達を守り抜き、その後独自勢力を構築して乱世の鎮静化に乗り出す」

 

「ちょ、ちょっと待て一刀。お前、一体何を考えている?確かに董卓についてお前の言っている通りであれば、この反董卓連合に

 

 義は無い。お前達が裏で動いていることには気付いていたが……だが、まさか全てこの時のためにやってきたことだと、お前は

 

 そう言うのか……?」

 

「……桃香が成長してくれていれば、結果は違ったよ。こんな言い方は傲慢かもしれないけどね」

 

「……」

 

白蓮はしばらく思案した後、椅子から立ち上がって窓辺に近寄る。俺達に背を向けたまま、夕陽を眺めつつ、その口を開いた。

 

「……そうか。もう『内部からの干渉』では、あいつの成長が見込めないと。そういうことなんだな?」

 

「……そうなるかな。だから、君から使者が来たという偽計を用いて平原を脱し、君達に『計画』について伝えるために、俺達は

 

 涿に戻ってきたんだ。君達を……『始まり』からずっと見てきた君達を、俺達の『計画』に引き入れるために」

 

俺の言葉に白蓮が振り返る。そこに普段の穏やかさは欠片もない。彼女はかつて桃香に向けたような、険しい表情を浮かべていた。

 

この時、白蓮はこの外史で出会ってから初めて、俺達に対して疑いの目を向けていた。

 

 

「『計画』……だと……一刀、朱里。お前達……何を考えている……?」

 

「……俺達の目的はただ一つ……『救うこと』だ。それに偽りは微塵もない。だが、その前に君に謝らなければならない。俺達は

 

 君に嘘をついていた。俺達はこの大陸についてよく知っている……付け加えるなら、黄巾党の乱が起きることも、反董卓連合の

 

 檄文が発せられ、連合が組まれることも、そしてその後に起こる戦いについても……」

 

「……つまり、お前達は……最初から全て知っていたと、そういうわけか?」

 

「全てを知っていたわけじゃない。試行錯誤の連続だった。事象の発生そのものは防げない。だが、その展開と結末は変えられる。

 

 俺達はそれを利用し、黄巾の乱を終結させた。そして今度はこの反董卓連合の展開と結末を変えるため、洛陽に赴くことにした」

 

俺が言葉を切ると、白蓮は椅子に戻ってくる。複雑な顔だ……それも当然か。

 

次に口を開いたのは星だった。

 

「……一刀殿、何故あなたが知る事実を桃香殿に伝えなかったのです?あなた方がそれを伝えていたならば、劉備軍が連合に参加

 

 することは……いや、真実を知っていても参加しただろうが……何故です?」

 

「星、なにも俺達は悪意があって秘密にしていたわけじゃないよ。彼女達が可能な限り正確な情報を手に入れるために動くことを

 

 決めれば、俺達もそう手配したさ。だが……現実はこの結果だよ。あの子達は俺達や鳳統が言ったところでまるで聞かなかった。

 

 情報収集を行おうとすらせず、世間の噂や檄文を真に受けて……参戦を決めたんだ。何でもかんでも教えてもらえると思ったら

 

 大間違いだからね。無知は罪ではないが、知ろうとしないのは罪……そういうことなんだよ」

 

桃香は周囲で流れている情報に頼りがちな傾向にある。つまりは受動的ということだ。そんなやり方では正確な情報を得ることは

 

叶わず、風聞に振り回され続けるだろう……自分の意志で情報を集めることが肝要なのである。ローリスク・ハイリターンなどと

 

いう上手い話は現実的ではない。世渡りには必ずリスクが伴うのだ。そしてハイリスク・ローリターンであろうと、必要なことで

 

あるならそれをやらなければ、いざという時にハイリスク・ノーリターンという最悪の状況に陥ってしまうのである。

 

星はしばらく思案していたが、やがて一息つくと、真剣な表情に戻って問うてくる。

 

「……なるほど。あなた方は桃香殿を試していたと。そのために、彼女達の許に行っていたのだと。そういう訳なのですな?」

 

「そうなりますね……」

 

俺が星の疑問に答え、星が出した結論を朱里が肯定する。朱里は椅子から立ち上がりながら続けた。

 

「……私達がやっていることは、はっきり言ってしまえば『間違っている』のです。ですが、例えそうでもやらなければならない。

 

 どんな罪を犯してでも、私達には果たさねばならない使命があります。そしてそれを果たせなければ、この世に満ちるあらゆる

 

 驚異が、生きとし生ける物すべてが……抗えぬ巨大な力に呑み込まれ、なにもかも消え去ってしまうのです……」

 

「すべてが……なにもかもが、消える……?」

 

「……それを説明する上で、やっておかなければならないことがあります……一刀様、白蓮さんをお願いします」

 

朱里の言葉に、俺は頷いて椅子から立ち上がり、白蓮の額に手を当てる。朱里は星の額に。

 

「な、なにをする?」

 

「朱里、どういうつもりだ……?」

 

二人がいきなりのことに動揺するのも構わず、俺達はかつての『記憶』を呼び起こしながら、二人に語りかける。

 

「……白蓮……公孫賛伯珪……封じられた君の記憶を、今ここに解き放つ」

 

「……星さん……趙雲子龍……あなたの記憶を、今こそ解放します」

 

そして、言霊を込めて真言を放つ。輪廻の外側に漂う彼女達の『記憶』を手繰り寄せ、再びそれに『命』を宿すために。

 

 

『――数多の想い宿せし、理を超越せしものよ。今こそ封印の枷を解かれ、現世と幻世の狭間より舞い戻れ!』

 

 

眩い光が部屋に満ちていく。

 

「「――っああああああっ!!??」」

 

二人の悲鳴は、真っ白な光に満ちた部屋に響くことがない。それすら光に吸い込まれ、消えていく。

 

無数の光の粒子が奔る。外史の外側に漂っていた『過去』の二人の想念が、光の粒子となって『現在』の二人に吸い込まれていく。

 

俺達は過去の『記憶』を心に浮かべ、それぞれ手を当てた人物の心と同調していく。かつて彼女達と紡いだ『時』の欠片がそれを

 

導く。この段階に至ると二人から悲鳴どころか声も上がらず、想念の粒子が奏でる不可思議な音色が部屋を支配していた。

 

やがて――

 

 

『――へぇ……お前が『天の御遣い』と噂されている男か』

 

 

『――これは北郷殿。お気遣いいただきかたじけない。幸い怪我はありません』

 

 

――かつての記憶……出会いの時の記憶がフラッシュバックしたかと思うと、次の瞬間には光が収まっていく。

 

部屋が再び静寂に満ちてしばらく、二人とも気を失って椅子の背にもたれかかっていたが、やがて同時に目を覚ます。首を振って

 

意識を覚醒させてから、最初に声を出したのは白蓮だった。

 

「……私は、一体どうなったんだ…………ん?…………お前……北郷……か?」

 

……懐かしい呼び方だ。俺をそう呼ぶということは、記憶を復活させることには成功したということでいいだろう。

 

「……どうやら記憶が戻ったようだね、白蓮。そうだ。久しぶり……というのは、適切ではないかな。『ここ』では再会してから

 

 もうそれなりの時間が経っているのだから。だが俺は間違いなく、君が知る『北郷一刀』本人だよ。君が遼西郡の太守をやって

 

 いたあの時……初めて会ってからどのくらい経っただろうね?」

 

「……そう、だな……数百年では到底足りないだろうな……だが……本当に懐かしいな、一刀……もう『ここ』の私はお前を名で

 

 呼ぶことに慣れたから、こう呼ばないとしっくりこないんだな。姓で呼んでいた時間のほうが、長いのにな……ずっと、名前で

 

 呼びたかったのかもしれんな」

 

先ほどまでの険しい表情は消え、懐かしそうに俺を見つめる白蓮の眼には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 

「そうだね。とりあえず、君の記憶を復活させることには成功した……朱里、そっちはどうだ?」

 

俺は星に「処置」を施していた朱里に声をかける。朱里は大きく一息つくと、疲れた様子で、しかし微笑みながら答えてくれる。

 

「……成功しました。ねえ、星さん……」

 

「……うむ……」

 

だが、星は何やら考え込んでいる様子だった。次に彼女の口から放たれたのは、ある意味当然の疑問だった。

 

「……お主は、誰だ?」

 

「……」

 

そうだ。今、星の目の前にいる朱里は彼女が知る朱里とは容姿が異なっている。俺は髪型が多少変わったくらいで容姿は変わって

 

いないので、問題なく白蓮に認識してもらうことができたが、朱里は違う。容姿が変わっている上、仮面までつけているのだから。

 

おまけにかつての朱里と全く同じ容姿を持つ孔明がいて、星も彼女と面識がある……目の前の朱里を、本人だと認識できないのは

 

ある意味当然だった。

 

「……私が知る朱里は……まことに失敬な話だが、まだ幼い印象を受ける少女だった……だが、目の前にいるのは、幼い印象こそ

 

 残していても、女として成熟しつつある少女だ……そして、私の記憶にある姿を持った朱里は、現在は桃香様たちと共に平原に

 

 いるはずだ……だが、私の目前には、私が知る朱里と同じ名を名乗り、仮面を被って素顔を隠す者がいる……答えろ、北郷朱里。

 

 貴様は……誰だ?」

 

目にも留まらぬ速さで傍らの『龍牙』を手に取り、その切っ先を朱里の眼前に突き付ける星。だが、朱里一切は動じない。静かに

 

目を閉じ……仮面に手を掛けつつ、星に応えるように言葉を紡ぐ。

 

「……そうですね……私の素性を明かさなければ、あなた方は納得できないでしょうね……」

 

そう言って、朱里は仮面を外した……俺と二人きりでいる時以外、外史に降り立ってからは決して外さなかったあの仮面を。

 

「……!お主は……まさか……!?」

 

星は朱里の顔を見て、瞬時に気付いたらしい。白蓮も驚愕の表情を浮かべて朱里の顔を凝視している。かつてより成長し、今では

 

外見相応の幼さと、不相応な深みを併せ持つ不思議な表情をするようになった朱里。仮面に隠されていたそれを見れば、かつての

 

朱里を知る者はその変貌に驚愕するだろう。当時はあれほど幼く、大人しくも快活だった少女がそんな表情をするようになれば。

 

そんな二人を交互に見てから、朱里は再び口を開いた。

 

「……お気付きになって頂けたようですね……私はかつて『諸葛亮孔明』を名乗っていた、劉備軍の筆頭軍師。赤壁の戦いを経て

 

 成った『天下二分の計』を見届けて数年の後、『戦いに心が傷ついた』との理由で、あなた方の許をただ独り去っていった……

 

 あなた方のよく知る『朱里』です。お久しぶりです、星さん、白蓮さん……」

 

朱里は、ついに二人に素性を明かした。

 

『前回の外史』においても志を共にし、大陸を覆う乱世を駆け抜けた、かつての仲間たちに。

 

 

□『前回の外史』・成都

 

「――もう、蜀は私がいなくともやっていけるでしょう……桃香様、御暇を頂きたく存じます」

 

「――朱里ちゃん、どうして?わたし達はあの赤壁での戦いからこっち、漸く理想を実現できたんだよ……朱里ちゃんも望んでた、

 

 平和な世界が、呉の人たちとの協力で出来上がったんだよ?それなのに……どうして?これからも朱里ちゃんの力は、この国に

 

 絶対に必要なんだよ……?」

 

「――平和を保ってはいても……悲しみや憎しみは消えません。私はかつての魏領を回っていた際に、魏の兵士の家族だと名乗る

 

 方々から酷い罵声を……挙句、暴行まで受けそうになりました……それは流石に周囲の方が止めてくれましたけど……戦の傷は、

 

 どれほどの年月が流れようと決して癒えません……平和が齎されたからと言って、私達の罪が消えたわけではないのです……」

 

「――罪……それは、どういうこと?」

 

「――それがおわかりにならないのなら、私を止めないでください……もう……耐えられないんです……!」

 

「――朱里ちゃん……」

 

「――ごめんね、雛里ちゃん……桃香様、無責任であることは承知の上でお願いします。私を、このまま行かせてください……」

 

「――どうして?」

 

「――理想のために戦い続け、そして重ね続けた罪に耐え切れなくなった……それだけです……申し訳ありません。ですが、私は

 

 何度も申し上げてきました……桃香様は罪を悔いる様子も見せておられない……理想を叶えればそれで何もかも許されると……

 

 そんなことは、ありえないんです……!」

 

「――でも、わたしの理想が叶ってみんなで笑いあえる国を作ることができたんだよ。なのにどうして、そんなこと……」

 

「――申し訳ありません。私はこれで失礼します……いずれまた、お会いする機会がございましたら……私は郷里に帰ります……

 

 今まで、お世話になりました……では……っ!」

 

「――朱里ちゃん!待って!」

 

「――駄目です、桃香様!」

 

「――雛里ちゃん!?どうして…どうして止めるの!?朱里ちゃんは……っ!」

 

「――今まで私達は罪から目を背けてきました……朱里ちゃんはずっと見つめ続けていたんです。だから、追いかけないで……!」

 

「――最早、甘美な理想に浸っている場合ではないということか」

 

「――星ちゃん……!?」

 

「――桃香様、我らも向き合わねばならぬ時が来たのですよ。我らが甘美な理想を叶えるために消えた命と……残された命に……

 

 いや、あの時から向き合っていくべきだった。あれから数年。もう目を背けてはいられませぬぞ、桃香様。この国も漸く安定を

 

 取り戻しつつある……今が正にその時。それらの命と真摯に向き合うことが、我らの責務というものでしょう」

 

「――そうだな。そろそろ、きっちりと清算しなきゃいけないだろうしな……じゃないと、私達は前に進めないだろうさ……」

 

「――白蓮ちゃん……」

 

「――私達は、あいつに背負わせ過ぎたんだ……」

 

 

 

□『現在』・涿

 

「――そうか……お主はあの時、成都を去っていった朱里であったか……」

 

「はい……」

 

星は既に『龍牙』を傍らに置き、少し放心したような顔で朱里と向き合っていた。朱里も辛そうな表情だ。

 

それは当然だろう……心に傷を受けたのは事実だとして、彼女が向かったのは郷里の徐州ではなく、俺がいる建業だったのだから。

 

「……主、思うに朱里が成都を去ってから向かった先は……当時の呉の本拠地であった建業、ですな?」

 

「ああ……」

 

星は暫く考えている様子だったが、次に口を開いた時には正解を導き出していた。頭脳も優れた星のことだ、すぐさま正解に辿り

 

着くとは思ってたけど。

 

「……白蓮殿含め、かつての北郷軍の面々は思い出すことなく終わったが……朱里だけは違ったということですか」

 

「……俺が最初に共に別外史へと渡ったのが朱里だったから、らしい。貂蝉がそう言っていたよ」

 

「ふむ、あやつが……朱里よ、お主はどのあたりで気付いたのだ?」

 

「……私達が恋さんを保護して呉にまともな対応を取らなかったために起きた戦い……あの後、曹操軍が現れたために一時休戦し、

 

 その後同盟を結ぶことになりましたよね?私はそこで冥琳さんと共にいらっしゃった一刀様を見て、すべてを思い出したんです。

 

 尤も、それ以前……ちょうど雪蓮さんが亡くなった頃から徐々に戻り始めていたので、あの時に最後の欠片(ピース)が嵌まった、という

 

 感じでしたけどね」

 

「ふむ、成程……確かに、今思えば主はそこにいらっしゃいましたな。十文字旗も戦場にありましたしな……主の方はどこで?」

 

今度は俺に話題が振られる。星が、俺がいつ『思い出した』のかを知りたいということはわかっている。俺の場合は、雪蓮が命を

 

落としたその瞬間に記憶が一気に流れ込んできたのだが、すべてを思い出すまでには朱里と同様に時間がかかった。

 

「……雪蓮が命を落としたその瞬間に、ね……朱里と同じように、すべてを思い出すまでには時間がかかったけどさ」

 

「成程……それに気付いて、我らに接触しようとは考えなかったのですな?」

 

「言い訳じみてて嫌だけど、劉備軍との同盟は一方的に解消されてしまったし……俺も当時は孫呉の要職に就いてたから、私事で

 

 動けるような立場じゃなかったんだよ。それに、当時はそんな冷静ではいられなかった。自分でも驚くくらい、荒れていたから」

 

「……これは失礼した」

 

少し怒ったような表情で問いかけてきた星だったが、事情を理解すると、当事者であるため流石に沈黙せざるを得なかったらしい。

 

ややあって再び星が口を開く。

 

「……よくよく考えれば、情報収集の怠りはその時にもありましたな……蓮華殿が立派な方だというのは少し調べればわかるはず

 

 なのに、他ならぬ桃香様が真っ先に同盟の解消を提案した……政治的な駆け引きの意味合いもあったとはいえ、今にして思えば

 

 一方的に過ぎましたな。して、主よ。此度の事も、本質的にはそれと同じだということですかな?」

 

「まさしくその通りだ、星」

 

「……あいわかった」

 

情報収集を怠っていなければ、蓮華のことくらいはわかった筈である。確かに名は売れていなかっただろうが、彼女は王族なのだ。

 

ある程度は普通に調べられる筈だ。そこでも桃香は情報収集を十分に行わなかったというのは、朱里から聞いている。

 

これは、今回のことと繋がるのだ。董卓……月は大陸東部では名も知られていなかったが、それなりの要職にあり、涼州方面から

 

来る商人もいるのだから、多少の調査や地道な聞き込み調査をすればある程度のことはわかった筈なのだ。

 

「……朱里よ、その後の話を聞かせてはくれぬか?」

 

ふと、星の声が聞こえた。内容は、朱里が建業に行ったはいいが、その後どうしたのかということだ。もちろん、彼女は白蓮とは

 

違い、あの泰山の神殿の存在を知っている。彼女自身、そこから俺と共に別の外史に渡った経験を持っているのだから当然だ。

 

朱里はしばらく沈黙していたが、やがて、言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

 

「……私は建業に赴き、そこで数日滞在した後、一刀様と共に泰山に赴きました。その後私達はかつて星さんや白蓮さんも行った

 

 ことのある外史……『一刀様が元々居た世界』に似た外史へと渡り、そこで聖フランチェスカ学園の学生として日々を過ごして

 

 いました。外史から帰還したのが夏季休暇中だったので、入学は翌年の春となりましたけどね。向こうでの生活は一年ほど続き、

 

 その中で一刀様のおじい様やおじい様のご友人の方から武芸を一刀様と共に学び、こうして戦う力を得ました……」

 

「ふむ……聖フランチェスカか……懐かしいな。私もあそこでは戦いを忘れ、勉学に勤しんだものであったな。しかし、たったの

 

 一年そこらで私を大きく上回るようになるとは……余程、主の祖父殿らは優れた武人であったのだな……」

 

「色々と必死でしたので……お爺様であれば多分、本気を出した恋さんでも数合で打ち負かすことができるでしょう」

 

「おいおい、恋のやつを本気にさせといて、それで数合で負かすだって?化物かよ、一刀の祖父は……お前らもそうだが……」

 

三国最強の武人である恋を大きく上回るどころか、完全に圧倒するであろうじいちゃん達の話に、武人である二人は感嘆しきりで

 

あった。だが、次に朱里が口にした言葉に、星が顔を引き締める。

 

「……向こうでの生活を初めて一年くらい経った頃……突然、貂蝉さんが私達の家を訪ねてきたんです」

 

「あやつが?一体何のために?」

 

「……あの人の正体を知る星さんなら、予想はつくかと思いますが……」

 

「……!!」

 

口元を苦そうに歪めた星。どうやら気付いたようだ。彼女は外史の真実について知る者の一人なのだから当然とも言える。一方の

 

白蓮は乱世の初期に起きた袁紹軍との戦いで死んでしまったので、貂蝉のことを知ってはいても詳しくは知らない。この話題では

 

蚊帳の外だ。

 

「その、貂蝉のことは知っているが……私はよく知らないんだ。あいつの正体っていうのは?」

 

「……白蓮殿、それは後にしておいて頂けるか。して、朱里よ……輪廻する外史を脱したお主が、主と共に舞い戻って来たのには

 

 余程の理由があるのだろう?……先程も言っていた『計画』とやらについて……詳しく聞かせてはくれぬか」

 

「はい……ですが、これは皆さんにもお話しなければならない事です……白蓮さん、皆さんを謁見の間に集めていただけますか?」

 

「今からか?」

 

「はい。お願いできますか?」

 

「……わかった。皆を集めてこよう……私も知らないことのようだしな。だが、しっかりと話してもらうぞ」

 

そう言って、白蓮は客間を出て行った。星も続いて立ち上がる――と、俺の方を振り向いた。

 

「……主、あなたが如何なる目的を抱いていようと……それが世のためになるのなら、私はあなたについていきますぞ」

 

「……ありがとう、星。俺達の『計画』を聞いてから、君がどうするかは君自身が決めてくれ。どうしようと止めることはしない」

 

「ふっ……あなたの眼には、かつてない輝きが宿っている……それを見れば、悪しき目的ではないことはわかるというものだ……

 

 強くなられましたな、主よ。見ぬうちに私の指先すら届かぬ高みに至っていようとは……想像だにしませんでしたぞ」

 

「……強く、なれたのかな」

 

「元来、あなたはいつだって、誰よりも強かった。我らは常に、その強さに支えられてきたのだ……謙遜は、無用ですとも」

 

星らしい静かな、飄然とした口調だった。しかし、そこに万感の思いが込められていることは強く感じられた。

 

 

――客間で白蓮たちの記憶を復活させてから四半刻の後。

 

謁見の間には公孫賛軍の主要な将、つまり星、水蓮、稟、風、優雨、涼音が集い、白蓮も大将としてここにいる。

 

遂に、俺達の『計画』を明かす時が来た。本来訪れてはならない形で訪れた計画第三段階。しかし、もうどうしようもないのだ。

 

俺達は、何を言われてもそれを受け止める覚悟を決めている。最早退路も迷いもない。ならば、ここで『計画』を明かすことを

 

恐れる必要はない。俺達はある程度の説明をしたうえで本題に入ることにした――

 

 

 

「――本来、『天の御遣い』の使命とは、想念によって形作られる『外史』と呼ばれる世界の崩壊を防ぐことにある。俺達はこの

 

 世界が崩壊の危機にあることを知り、『外史の扉』を開いてこの世界にやってきた。後は君達も知っての通り……五台山の麓に

 

 降り立って、白蓮の許に迎え入れられたというわけさ」

 

「『外史』ねぇ……さっきの説明を聞いてはいたけどさ、あたし達が天の国じゃあよく知られた人間だっていう部分が未だによく

 

 わからないんだよね。どうやってそんなことが起こるのさ」

 

「この世界で起きていることは、私達が住まう世界では『過去の出来事』として歴史に語られています。高祖・劉邦が前漢王朝を

 

 興したことが歴史として現在にまで残っているように。この世界は天の国の現在の年代から見れば千八百年前の時代。後の世に

 

 おいて『三国時代』と呼ばれる時代の幕開けとなる時期です。その発端と結末は『三国志』と呼ばれる歴史書によって伝えられ、

 

ここにいる方々はその書に名が残されています……名前は同じでも、性別は男性という点では違いますが」

 

まず涼音からあがる疑問の声に、朱里が応じる。確かに、俺が会ったことのある武将や名前だけでも聞いて知っていた将は有名な

 

将ばかりといえるな……司馬懿とか麋竺・麋芳姉妹もそうだしな。涼音達は名前を聞かなかったけど……ああ、後は徐庶がいるな。

 

彼女は『いた』そうだから、もしかしたら会うこともあるかもしれないな。

 

「……『もしもの歴史』……確かに、そういうものがあるのかもしれないわね」

 

優雨は思案顔だ。思慮深い彼女の存在はありがたい。彼女は少なくとも相手の言うことを最初から頭ごなしに否定したりはしない。

 

次に声を挙げたのは稟だった。

 

「……ふむ。三国時代というのはどのようなものなのですか?」

 

「そうだね……この大陸にはそう遠くないうちに三つの大国が鼎立することになる……曹操が中原を中心に興した『魏』、孫権が

 

 江東の地を中心に興した『呉』、そして……巴蜀の地を中心に劉備が興した『蜀』。この三つだ」

 

稟からの質問に答えていると、涼音が素っ頓狂な声を挙げた。

 

「ええ!?あの子、国を興しちゃうの!?とてもそうは見えないんだけど……一体どうやって国なんて興すんだよ、あの子が……」

 

「……劉備の許には数多の優秀な人材が集うけど、正史の劉備は長い雌伏の時を経て国を興したんだ。ただ、この世界では経緯は

 

 異なるものになれど、蜀は興ることになるだろう……黄巾の乱や反董卓連合も、発生そのものは防げなかった」

 

「……成程。つまり貴方方は『内容と結果』を変えるためにこの世界に降り立った、ということでよろしいのですね?」

 

ほう……流石は稟だ。ここであのことを切り出したほうがいいだろうな。俺達の素性についても、より説明し易くなるだろうしな。

 

「……流石はあの曹操が後継者として考えたほどの人物だ。そこまで理解するとは……やはり君は優秀だよ、郭奉考」

 

「っ!」

 

「おっと、皆もあまり稟を責めないでやってくれ。彼女は優秀だから、偽名を名乗って身を守るしかなかったんだよ」

 

「……今まで黙っていて申し訳ありませんでした。郭嘉、字は奉考……これが私の本来の名前です。身を守るために偽名を使って

 

 旅をしていました……それにしても、一刀殿は……私のことは既に知っておられたのですね」

 

「まあね。郭嘉という名は有名だし……『以前』から長い付き合いでもあるからね、君とは……」

 

意味深な言葉を混ぜて言うと、稟が即座に反応する。

 

「……『以前』、ですと?」

 

「ああ。涼音や優雨、水蓮とはここで初めて知り合ったが、君や風のことは以前からよく知っている……白蓮や星とはそれ以上に

 

 長い付き合いさ。今からそれについて説明しよう……俺達の『計画』の根底でもあるからね」

 

俺は一旦言葉を切り、大きく息をついてから、俺達の数奇な運命について話し始めた――

 

 

 

「――そんな、ことが……!?」

 

俺が説明を終えた後、最初に声をあげたのは水蓮だった。優雨と涼音はあまりのスケールの大きさに言葉も無いようだ。稟は直す

 

必要もない眼鏡をせわしなく直そうとしているし、風に至っては普段の眠たげな雰囲気が完全に消えている。白蓮と星は既にこの

 

ことを『知っている』ので、特に反応は無かったが……苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「……事実を知った時、俺は正直絶望しかけたよ。目の前で起きている悲劇も、繰り返されてきた『事象』に過ぎないのだと……

 

 気が狂いそうだった。すぐにでも命を絶とうかと思った……だが、全ての記憶が戻った時、俺にはただ一つ残された希望がある

 

 ことに気付いた。それが……朱里だった。何故忘れていたのかという気持ちもあったが……俺達は赤壁の戦いを乗り越え、再び

 

 結び付けられた……どれほどの年月を経てそこに至ったのか、明確にはわからないが……数百年では到底足りないと思う」

 

「……お兄さん……」

 

「……なんという……最早言葉もありません……」

 

二人とも表情が強張っている。それはそうだろう。ここにいる面々と俺達は、外見上それほどの年齢差は無い。風など実年齢より

 

遥かに幼く見えるほどなのだ。だが、皆の目の前にいる俺達は仙人の如く永い永い年月を生きてきた者達。しかも優雨達を除いた

 

面々もまたそんな永い時間を歩んできたという。そんなことを知らされれば、精神的な負荷は相当なものの筈。自覚は無かったに

 

せよ、そう簡単に受け止められるものではない。

 

「……あたし達は『いなかった』んだね……」

 

ふと、涼音がポツリと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。ここで俺なりに立てた仮説を述べることにする。

 

「田豫や簡雍も、後の時代に名を遺した人間だ。これまでは桃香……劉備の許にいなかったのを不思議には思わなかったが、今に

 

 なって思うと恐ろしいな。これまでの外史は規定された通りに動いていた……つまり、物語の進行に『必要ではない』とされた

 

 ようなものだしな。ここで君達が生まれたのは、『今回の外史』には『規定された物語』が存在しないからだと思う。それでも、

 

 いない人はいないし、いる人はいる。『閉じた輪廻の外史』になって消えた人間も、出現した人間もいるから……」

 

「……そういえば、大喬・小喬姉妹は『閉じた輪廻の外史』にはいませんでしたな。雪蓮殿らから彼女達の話を聞いたことも無い」

 

星が俺の仮説に補強を入れてくれる……大喬に小喬か。彼女達とは最後まで仲良くなれたかどうか微妙だった。彼女達が俺の許に

 

来た目的がアレだったし。それでもまあ関係が良くなかったというわけではないだろう。忍者隊の調査結果によれば、二人はこの

 

外史に『いる』とのことだったので、いずれ会う機会もあるだろうか。

 

「……お兄さんと朱里ちゃんは、何故やっと得た平穏を捨ててまで、またこの『外史』に戻ってきたのですか?」

 

色々と考えていると、風の声が聞こえた。間延びしない、完全に本気の風の声だった。

 

 

「そうだね……それが一番知りたいよね」

 

「ええ……そのような運命に翻弄され続け、悠久の時を越えて漸く解放されたというのに……何故、戻ってきたのかは知りたいわ。

 

 崩壊の危機にあるとは言っても、本来別外史の人間である一刀達には関係のないことだし……」

 

次いで涼音と優雨が声を上げる。後の面々は特に何も言わなかったものの、皆が眼で問いかけてくるのがわかった。俺達としても、

 

今までの説明はこれからの説明の下地であり、説明しておかないと色々と手間だと思ったため、最初に一気に外史や俺達の辿って

 

来た運命について説明しておいたのだ……さて、いよいよだな。

 

「……では、本題に入ろうか。俺達が再び、この『外史』に降り立った理由。それは、ある『計画』を遂行するためだ」

 

「『計画』?」

 

「そうだ。俺は『始まりの外史』では最終的には誰かを伴うか、或いは皆で俺が『元居た世界』に似た『外史』に行った。俺達が

 

 再び幽州に降り立つまで生活していた天界がそれだ。『元居た世界』の情報を基に、朱里のような別外史から来た者が『そこに

 

 存在している』ことを前提として再構成されたから、別段不都合は生じなかった。なあ、星?」

 

「うむ。私も主と共に天界へと行ったことがあるのだが、そこでは私達が主と共に生きていくための環境が出来上がっていたのだ。

 

 物理的な環境は主が必死に整えてくれたのだが……少なくとも、私達は違和感なくそこに存在していられたのだよ」

 

「私もな。私は『始まりの外史』での反董卓連合の戦いが終わってそう時間が経たないうちに麗羽……袁紹軍の攻撃で落命したが、

 

 一刀が私の事を『認識』してくれていたから、天界で生き返ることができた。同じことは自ら焼死した周瑜にも言えるがな……」

 

星に話を振っただけだったが、白蓮がそれに続いたことでより補強される。

 

「お姉様、は、お亡くなりに、なった、という、のに、何故……?」

 

「……それは、私達が外史を構成している『想念』の欠片に過ぎない、仮初の命だからだろう。物語が終端を迎えれば全てを忘れ、

 

 消えてゆく……それが私達の宿命だった。物語を進めるための傀儡でしかなかったのだよ、私達はな……」

 

水蓮の疑問には白蓮ではなく星が答える。外史の真実を知る者の一人である星。皆を連れて天界に帰還した時、俺は星をはじめと

 

した『大超越者』達に、それを他の面々には秘密にするように頼んだ。故に白蓮は真実を知らず、真実を知るのは『大超越者』の

 

六名だけだ。

 

「強く望めばその物語すら変質することもある。外史は規定に従って、消滅と新生を幾度も繰り返してきた。俺という存在を軸に

 

 してね……だが、『今回の外史』は『本来の形で』新生した外史ではないんだ」

 

「……本来の形、ですと?」

 

「ああ。そこが俺達の『計画』のキモだ。俺がどういう存在かは説明したと思うが、俺はこの外史で紡がれる物語の主人公であり、

 

 俺がこの外史に降り立つことで物語が始まる。それがこれまでの規定だったはずなんだが、『今回の外史』はそれとは違う形で

 

 新生してしまったんだ……『突端』が存在しない、と言えばわかるかな?」

 

「……!なるほど……主がいなければ、この外史は始まらぬのでしたな」

 

「よくわかんないけど……言ってることはわかるよ」

 

星に続いて涼音も理解してくれたようだ。先ほどかなり説明に時間をかけたからな……それに涼音は一見脳筋に見えるが、その実

 

かなり頭の回転が速い。戦闘と知略双方に長けた武将だ。ちゃんと説明をすれば、理解できないということはないだろう。史実の

 

田豫も臨機応変の策略に長けた、頭の良い人物であったとされているしな。他の面々も先の丁寧な説明のおかげで理解してくれて

 

いるようだ。正直ありがたい。

 

「『今回』は俺という存在を介在せずに外史が新生してしまった。外史を構成する想念は、輪廻の度に蓄積されていた……そして

 

 遂には俺を『突端』とすることなく新生するほどの力となった。この外史は永遠とも言えるほどに、輪廻を繰り返してきた……

 

 蓄積された想念の力は莫大なものだったから、『今回』の新生を果たす際にも莫大な余剰ができてしまったんだ。それの一部が

 

 物質化して大地に眠ったものが、この幽州で産出される特殊鉱石……『思抱石』さ」

 

これには幽州出身の公孫姉妹、涼音、優雨が驚いた。『思抱石』は幽州の人間にとっては比較的身近なものだからだ。

 

「そんなことが……」

 

「『思抱石』が形成されたおかげで外史に満ちる想念の力が減り、制御し易くなったと管理者から聞いている。物質化した想念は

 

 安定していて、暴走することも無いらしいからね。だが、それはほんの一部だった……想念の力は俺、つまり『天の御遣い』に

 

 指向することで安定し、外史が存在していられる。しかし今回はその想念の力が指向すべき『天の御遣い』がいない状態で新生

 

 してしまったから、想念の力は暴走し、この異常な『外史』が生まれたのさ。これまで存在していなかった人間が出現したのも、

 

 それによる影響であると考えられる。『閉じた輪廻の外史』において新たに出現した人間についても、想念の力が飽和した結果、

 

 必要な人物を生み出した後で生まれた、新たな登場人物であると考えていいだろう」

 

「……ふむ。続けてくだされ」

 

「この外史を形作っているそもそもの基底概念は、俺が持つ『三国志』の知識らしい。俺も全部を知っているわけではなかったし、

 

 故に事象の発生について前後があったりしたんだろう。それだけでは説明がつかないことが多々あるけど…ね。俺が『始まりの

 

 外史』でどういう立ち位置に立っていたかはわかるだろう?本来ならあそこには桃香……劉備がいたはずなんだ。或いは劉備が

 

 『三国志』の主人公的立ち位置にある人物だったから、俺が挿げ替えられたのかもしれないけど……輪廻が閉じてしまった際に、

 

 余剰した想念の力と、俺の知識が影響し合うことで新たな人物が生まれたと考えればある程度の説得力はあると思う」

 

「うあ~……さっきまでなんとか理解できてたけど、もうついていけない~……」

 

「涼音、ここはあまり難しく考える必要は無いんだ。本当の本題はここからだからな」

 

知恵熱を出したかのように蹲りかける涼音に声をかけておく。頭の回転が速いとはいっても、ここまで来ると流石に難しいからな。

 

風と稟は表には出していないが、水蓮や優雨も話を聞いているだけで疲労しているのが見て取れる。あまり長く説明を続けるのも

 

酷だな。もうここらで本当の本題に移るか。

 

「……俺達の『計画』は、その想念の力の指向すべき特異点……『想念の集積点』を見出すことを最終目的としている。現状では

 

 想念の力は俺に指向しているから外史は安定しているが、それは間に合わせの措置に過ぎない……この外史に住まう者の誰かを

 

 その『想念の集積点』として見出し、その誰かに外史を任せることができるようになった時、『計画』は完遂する」

 

「……何故主ではいけないのですか?その役目は主のものでしょうに」

 

「……星、それについてはもう少し説明してから言及する。さて、何故俺達が再び降りてきたのかは先程説明したが、この外史が

 

 今、崩壊の危機に陥っていることはわかってくれただろう?だが、何故崩壊しかかっているかは説明していない。今からそれを

 

 説明しよう……朱里」

 

「はい……」

 

ここで朱里に交代する。朱里は少し間をおいてから話し出した。

 

「想念の力は強大極まりないものです。それが一刀様を介在しない形で外史が新生してしまったために、行き場を失くしてしまい、

 

 外史に『綻び』ができてしまったのです。それが、ひいてはこの外史の崩壊を引き起こす『存在』を呼び込んでしまうんです」

 

「それは何だ?」

 

「……否定派管理者とは比べ物にならないくらい強大な存在です……管理者についてはお話ししましたね?」

 

「……あやつらか……しかし、奴らよりも強大となると……」

 

「……そこが最大の問題だったんです」

 

朱里は仮面に手を掛けながら話を続ける。

 

「通常、外史に生じた『綻び』は『修正力』……つまり、外史を規定通りに運行させるための法則を形作る力によって修復される

 

 ものなんです。ですが、今回は……元は別外史の出身者である一刀様は兎も角、『私』という存在が欠けてしまっていたために、

 

 莫大な修正力を消費して……『諸葛孔明』と呼ばれる存在を新たに生み出したのですよ」

 

そう言って、ゆっくりと仮面を取る。仮面の下から出て来た素顔に、遊撃軍に参加していた面々は驚愕の面持ちだ。

 

「……本来この外史に居るはずだった、この『諸葛孔明』がいなくなってしまっていたがために……ね」

 

また数分くらい、声は上がらなかった。なんとも重い沈黙だ……それを破ったのは、やはりというべきか、星だった。

 

「……では、あの諸葛孔明は……」

 

「……はい。生み出された『傀儡』です……物語を紡ぐうえで『必要とされた』から……」

 

「……!!」

 

星がなんとも苦そうな表情を浮かべて押し黙る。

 

 

「……そうして修正力が消費されてしまったため、想念力の暴走を抑えるものが存在しなくなり、『綻び』ができてしまった……

 

 そして、今も肯定派管理者たちはその『綻び』の拡大を防ぐため、外史の狭間で戦っているはずです。ですが……本当の問題は

 

 これからです」

 

「……この上、まだあるというのか?」

 

「はい……私達が先日までいた天の国……『一刀様が元居た世界に似た外史』は、この外史の存在を基底概念の一部に組み込んで

 

 成立した、謂わばこの外史と一刀様が元居た外史の中間とも言える存在なんです。この外史が崩壊したが最後、私達が先日まで

 

 居たその世界までも、諸共に崩壊してしまうんです……」

 

「なんだとっ!?」

 

「そうなれば、天の国に住まう六十億以上の人々……それを上回る多くの命が失われることは避けられません。例え仮初の命でも、

 

 それは命であることに変わりはない……そしてそうした命たちを育む世界が崩壊すれば、総てが無に還ってしまうのです……!」

 

「なんということだ……!」

 

星が冷静さをかなぐり捨てて大声を上げ、次いで白蓮が拳を力いっぱいに握りこむ。

 

「……だからこそ、想念の力が指向すべき『想念の集積点』を見出して……『綻び』を修復しなくてはならないのです。一刀様が

 

 こうしてここにいらっしゃっているのは、あくまで間に合わせの措置に過ぎないので……そもそも私達がこの外史にいる状態で

 

 外史の『綻び』を修復してしまえば……私達は、帰ることが出来なくなる」

 

「……朱里よ。最早、この外史も……主から独り立ちすべき時なのだと、そう言いたいのだな?」

 

低い声で星は問う。それは怒りというより、寂寥から来るものなのだろうか。

 

「……流石です、星さん。そうです……輪廻する外史から脱却する時には、普通に外史の扉を開けば済んだのですが、今回はその

 

 『綻び』を利用しなければ外史の扉を開くことができなかったので……そして、私達の存在はもうこの外史では異分子なんです。

 

 私達は『計画』を完遂した後、この外史を永遠に去らなければなりません……でなければ、再び輪廻が始まってしまいますから」

 

「……よもや、それほどのことだとは思わなんだ……他にもあるのだろう、問題が?」

 

「……はい。一刀様はかつて多くの女性と……星さんや白蓮さん、稟さんや風さん、桃香さん達を含む多くの女性と関係を持って

 

 いました。ですが、今回はそうはいかないんです。誰ともそういう関係を持ってはならない……子どもをつくることはもう論外

 

 です……それがまた、輪廻を開始する因子になってしまうかもしれないですから……天界をも巻き込んで……」

 

その言葉に、記憶が戻っている星と白蓮は辛そうに俯く。稟と風は特に反応しなかったが……ややあって、稟が問いかけてきた。

 

「……それは、真なのですか」

 

「はい。これが偽りだとしたなら、この場で首を刎ねて頂いて結構です……」

 

稟は朱里の返答を受けてしばらく考え込んでいたが、やがて、フッと笑みを漏らした。

 

「……続きをどうぞ」

 

「ありがとうございます。話を続けますが……『計画』の最終目的を達成するには、乱世となることを見逃さなければなりません。

 

 その中で候補者を見出し、最終目的を達成することになるでしょう……乱世を治めた後で」

 

「……つまり、敢えて多くの命が失われるのを見逃すと。そう言うんだな?」

 

今まで黙っていた白蓮が、厳しい表情で問いかけてくる。続けざま、彼女は口を開いた。

 

「そこに『大義』はあるのか?」

 

……これまでの白蓮の事を考えれば、この問いは予想できた。義を重んじる彼女のことだ、義の無い行為に手を貸してくれる筈も

 

ない。それこそ、余程の理由が無い限りは……朱里は少し間を置き、静かに答えた。

 

「……可能な限り、犠牲が少なくなるように……既に大陸中に手を回してあります。内容と結果なら、変えることができますから。

 

 それに……ここで私達が失敗すれば、多くの命はおろか、これから命が生まれて来るであろう、『未来』までもが潰えます……

 

 それを許すわけにはいきません……咎は受けます。全てが終わった後で、きっと私達は、『人ならざる何か』に堕ちるでしょう」

 

「……そうまでして、やらなければならないということか」

 

「……犠牲を生むということの意味を、履き違えたりはしません……」

 

義を重んじる白蓮の眼は、朱里だけではなく俺をも捉えていた。これまで桃香に対していた時も、ここまで厳しい目を向けていた

 

ことはない……それだけ、俺達が持ち出したものは重大なことなのだ。茫洋とした理想などではなく、切迫した危機なのだから。

 

そういえば、補足しておかなければならないことがあったな……。

 

「……今の時点で全ての『超越者』の記憶を甦らせたとしても、華琳……曹操は勝者の言葉でなければ取り合わないだろうし……

 

 蓮華……孫権も今は一軍の将に過ぎないからな、王族であるとはいえど……愛紗では二言目に桃香の名前が出るのは間違いない。

 

 尤も、彼女は特殊な立場ではあるかもしれないが……俺と桃香の理想は根底が同じだから、そこで桃香を猛烈に推すだろうな」

 

「ふむ……わからない話じゃないな……つまり、現段階では皆が未熟過ぎて、『想念の集積点』を任せられないと?」

 

「ああ。そんな突拍子もないことを信じてくれて、特定の誰かを推すことも無いのは……星や白蓮、後は紫苑かな。外史の真実を

 

 知る面子に限定すれば、だけどね。孫権はともかく、曹操は自分の理想を貫くことに拘り過ぎているから」

 

「……成程な。では乱世を利用して、候補者の面々を育てるというわけか」

 

「簡単に言えば、そうなる……俺は、皆を傷付けなくてはならない。それが何より悔しい……だが、やらなくてはならない。無論、

 

 傷付ける必要が無いなら断固として傷付けはしない。手段は択ばないが……そんな手段を択ぶような状況を招かないよう努力を

 

 惜しまない。俺は多くの命をこの背に負っている……命を弄ぶなど、あってはならないのだから」

 

俺がそう応じると、白蓮は深く考え込んでしまった。他の皆も黙っていたが……涼音の方をふと見ると、目尻に涙を溜めていた。

 

「涼音……!?」

 

「……あ、一刀……ごめんね?なんかさ、あんた達の覚悟を聞いて、すっごく悲しくなっちゃって……」

 

……これまで見ていてわかったことが幾つかある。この涼音という少女は、元来かなりの激情家であること。シビアに見えるのも、

 

それは本来優しさがとても強いが故のこと。ただ理性と感情をしっかり分け隔てているだけであって、冷たい人間などでは決して

 

ないのだ。先程の勝負は一瞬で決着したが、彼女の闘気からは、はっきりとした激情を感じられた。それは、朱里の闘気のように

 

相手を呑み込んでいくような感覚ではない。簡単に言えば、叩きつけてくるような気なのだ。闘気の質は個々人で違う。数多くの

 

武人と接してきた俺にはそれがわかる。武人は剣を交わすだけで通じ合うものだとじいちゃんが言っていた。相手を理解するのに、

 

武人は言葉を用いない。ただ剣を振るい、拳を振るい、闘気をぶつけ合う。それだけで相手を理解できるのが、一流の武人なのだ。

 

……俺は、まだ一流にはなれていない気がする。だけど、涼音の内面はよくわかった。

 

「あんまりだよ……こんなに生き死にが身近じゃないところで生まれて、そこで普通に暮らしてたのにさ……外史なんてところに

 

 落ちて、そこで何百年じゃ足りない時を過ごしてきた……その間、いろいろ辛いこともあったでしょ?『規定』されてたなんて

 

 言っても、人の心までは『規定』できないんだろうしさ……少なくとも、そこで生きる皆は真剣だったんだろうからさ……!」

 

「涼音さん……」

 

「それなのに、今度はそんな多くの命……挙句二つの世界の命運を背負って、かつて愛し合った子達をその手で傷付けてまで……

 

 あんた達は、それでも戦うっていうの……!?あんまりだよ……そんなのって、ないよぉ……!」

 

涼音はもう、声を抑えることをしなかった。足に力が入らなくなったのか、崩れ落ちそうになる涼音を優雨が慌てて支える。その

 

優雨までもが、薄らと涙を浮かべながら問いかけてきた。

 

「……一刀、あなたは一体……何者なの?」

 

それは、俺の覚悟を問うかのような内容だった。

 

「……」

 

ならば、俺も全身全霊を以て答えよう……俺は何者か……俺はどこから来たのか、俺は何者か、俺はどこに行くのか……俺という

 

存在は、果たして何であるのか。

 

「……俺は、北郷一刀。ただの……人間だ。未来を願い、そしてそのための礎になることを願う、ただ一人の人間だ。例え全てを

 

 失おうとも、俺は戦い続ける。それが俺に与えられた使命だからじゃない。俺自身が誇りをもって、そうしたいからだ」

 

静寂に包まれていた謁見の間に、俺の声が響いた。

 

 

俺の声の残響が消えたのとほぼ同時、風が俺の前まで進み出てきた。

 

「風……?」

 

「……お兄さん、風も……この程昱も、その『計画』に参加することはできますか……?」

 

俺と風ではかなり身長差があるため、風はこちらを見上げながら、問いかけてきた。いつものように淡々とした声音ではない……

 

はっきりと感情が乗った、風にしては珍しい声音で。

 

「風?貴女、名前……」

 

「……突然ですが、風は此度改名することを決意したのです。元々考えてはいましたけれど……風が仕えるべき主が見つかるまで、

 

 改名はしないことにしていたのです……でも、風はようやく見つけたのです。この身命と力を捧げるべき主を……」

 

……その眼は真剣だった。そして、ここで「程立」ではなく「程昱」を名乗ったということは、そういうことなのだろう。

 

「……俺は、君にとっての日輪になれたのかな」

 

敢えてこう問うことにする。彼女にとっては重要な事。正史でも外史でも、程立は日輪を見出したからこそ、名を改めるのだから。

 

「……やっぱり、風の思った通りだったのです~……」

 

すると風は笑みを浮かべて……そう、答えてくれた。

 

「風さん……」

 

「朱里ちゃん……風はきっと、この時の為にここに来たんだと思うのですよ~……思えばあの時、路銀が尽きかけてしまったのも、

 

 こうしてお兄さんたちと出会うためだったのかもしれないですね~……」

 

「……そうだとしたら、紛れもない『奇跡』でしょうね……」

 

……きっとそうなのだろうと思う。規定された物語が存在しない『今回の外史』においてはこうした『縁』が影響する場面も多々

 

出て来ることになるのだろう。本来ならこの時期はまだ旅をしていた風が、今ここで俺達の陣営への参入を決意してくれた。その

 

事実は、『縁』としか言いようがないのだろう。

 

「……ふふ……やはり、貴女もそう思っていましたか……」

 

次いで進み出て来たのは稟だった。如何にも稟らしい、自身に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべている。

 

「……私は元々、曹操様に仕えるつもりでおりました。ですがあなた方と接するうち、迷いが生じてきたのです。本当にこのまま

 

 曹操様に仕えても良いのかと。そして今日……あなた方の目的と覚悟を窺って、遂に確信に至りました。世界の真理に触れた今、

 

 私の野望など小さなこと……今を生きる多くの命と、未来に生まれ来るであろう多くの命……そしてそれらが生きる世界を守る

 

 ための戦い……なんと心が震えることでしょうか」

 

そう言っていつも通り、眼鏡を直す。直す必要もない眼鏡を。それは稟なりの、スイッチを入れるための儀式なのだろう。

 

「稟……俺が事実を言っているとは限らないんだぞ?」

 

「ふっ……だとするなら、この涿郡での善政の助力はどう説明するのです?あなた方は未来のために常に最良の手段を取ってきた。

 

 そしてそれは、この涿郡において目に見えて顕れてきている……それを見れば、あなた方が嘘を言っているなどとは思えません。

 

 だからこそです、一刀殿……この郭奉考、あなた方の『計画』に全てを捧げたいと思います」

 

「……ありがとう、稟」

 

そうして、二人の話が終わる。他の面々はその間も思案していた様子だったが、まず水蓮が声をあげた。

 

「……私も、一刀さん達の、『計画』に、参加したい、です……それが、『知った人間』の、責務なの、だと、思います……」

 

途切れ途切れの言葉は相変わらず聞き取りにくかったが、その言葉に込められた想いは、はっきりと感じられた。普段こそとても

 

穏やかだが、戦いに際しては勇敢そのものだという水蓮。彼女は一人の戦士として、参加を決意したのだろうか。

 

「……あたしも、いいかな?」

 

「そうね……私も」

 

「涼音……優雨……」

 

目元を赤くしていた二人も、そう言って歩み寄ってくる。

 

「……そんな悲し過ぎる運命を背負ってまでも戦うっていうあんた達の背中、追いかけてみたくなったんだ……これまでの外史で、

 

 桃香や白蓮様達が……一刀、あんたに見せてもらってた未来ってのを……あたしも見たくなったよ」

 

「私もよ。あなたが示してくれた未来の礎になれるのなら、私は喜んであなたに全てを捧げるわ。あなた達を孤独にはしない……

 

 あなた達の『計画』はあなた達だけで背負うものではないわ。私にも、それを背負わせて」

 

「涼音さん……優雨さん……ありがとう……」

 

この二人まで来てくれるとは、正直思っていなかったけど……それは皆そうだが……本当に嬉しい。そう思っていると、ふと隣に

 

気配が生じる。顔を向ければ、何時の間に持って来ていたのか、星が『龍牙』を手に礼を取っていた。

 

「……星」

 

「主よ。先ほども申し上げましたな……あなたの『計画』が世のためとなるならば、私はあなたについていく。元より、私が生涯

 

 初めて忠誠を誓ったのはあなたなのだから……例え二度とご寵愛を頂けずとも、我が槍は永久(とわ)に主の御為にあり」

 

「……すまない……」

 

「ふ……『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、われわれはどこに行くのか』……それを示してくれたのは他ならぬ

 

 あなたではありませぬか。私にはそれで十分なのですよ。私はあなたが指し示した道を、我が槍で切り開くのみ」

 

ゴーギャンの絵画を絡めて語る星。彼女とて学生をやっていた身なのだから知っていても不思議ではないが、覚えていたのか……。

 

だが、星が言うように、こうして外史の真実に触れた者達は、そうしたアイデンティティを見失ってしまうだろう。ただ、物語の

 

ために生み出された仮初の命……だからこそ『天の御遣い』が……ただ崩壊していく外史を救うために舞い降りる別外史の存在が、

 

それらを導いていく……じいちゃんも、親父も……きっと同じだったんだろうな……。

 

「……一刀」

 

最後に残っていた白蓮が、静かに歩み寄ってくる。

 

「……白蓮。君には本当に色々と隠してきてしまった……謝って許されることじゃないよな……」

 

「……いや。私はきっと、どこかでわかっていたんだよ……お前達が、何か途方もない目的を抱いてこの大陸に降り立ったのだと。

 

 だからお前達が確かな人望を得られるように取り計らったり……桃香や曹操、孫策らからの勧誘を退けたりしたんだろうな……。

 

 そして今、お前達は先に挙げた三者ではなく、私達に『計画』を明かしてくれた……そして、その内容は、想像を遥かに超える

 

 凄まじいものだったけど……お前達の覚悟を聞いて確信した。敢えて修羅となってでも、大義を為さんとしているとな」

 

そう言って、白蓮は俺の手を取り、握ってくれる。俺もそれに応え、彼女の手を握り返す。

 

「お前の大義、私にも背負わせてくれ。私は未来の礎になれればそれでいい……理想を掲げる者とは、本来そういうものだろう?

 

 私にはそう大きな理想など抱けない。覚悟こそ足りないものの、桃香の理想ですら、私には持ち得なかったものなのだから……。

 

 だが、『未来を守るために戦う』……お前達が言うように、世界そのものを守るための戦い…そんな理想や力など持たなくとも、

 

 生きていくためなら誰だって戦える……至高の理想などではないが、我らの戦いに相応しい御旗だとは思わんか?」

 

「白蓮……」

 

「本当に正しいことなのかは、常に考えていかなければならないことだけどな。だが、きっと正しいと信じたい」

 

白蓮はやはり正しいのか、間違っているのかという葛藤を抱えたままだ。だが、故にこそ彼女は理想に溺れないのだ。そういった

 

弱さを持つ事も、人間としては必要なことなのだ。桃香や華琳はある種異常なんだよな。

 

「……ありがとう」

 

 

 

――そして。

 

星が持って来た酒の注がれた杯が各々に配られる。これは誓いの杯だ……桃園で誓いをやった時以来だな、こういうのも。

 

明るく子供っぽい夢を追っていたあの頃とは違う……断固たる信念を掲げ、集った仲間達。未来のために戦う同志達。運命を超え、

 

二つの世界を救うという絶対の誓約を胸に秘めた、運命に挑む勇者達。

 

「……主」

 

「ああ……未来のために、戦おう……今こそ、その誓いを……『ただ、誇りとともに』――」

 

 

 

「「「「「「「「――ただ、誇りとともに」」」」」」」」

 

 

 

「……乾杯!」

 

 

 

――俺達はこの瞬間から、決して戻れぬ道を歩み始めた――

 

 

□涿郡・とある村

 

涿で誓いの儀式が成されていた頃。涿からほど近いとある村の宿で、二人の少女が話し込んでいた。

 

「――噂通り凄い賑わいですね、涿郡は……!」

 

青髪の小柄な少女が興奮気味に言う。

 

この村に来たのが昼間だというのにまだ興奮しているということは、涿郡の賑わいが余程凄いものだということなのだろう。実際、

 

涿郡は黄巾党の乱が終わって以降、ますます活気づいている。公孫賛が幽州の牧に昇格したこともあり、海沿いでは新しい技術を

 

利用した製塩産業が開始したとか。そこで作られる塩の味を知った少女はそれ以来ずっと興奮気味である。

 

「――そうね……でも、『天の御遣い』は平原にいるって噂だけど」

 

所々はねている長い黒髪を持つ少女が指摘する。就寝前のため髪は既に下ろしているが、如何にも手入れ不足といった外見である。

 

とはいえ極めて良質な黒髪であり、故にこそ黒髪の少女もあまり気にしてはいないのだが。青髪の少女も気にする様子が無い。

 

「――案外、あそこの人たちが流してるだけだったりしませんか?」

 

「――あらら。それはちょっと悪質よ……」

 

青髪の少女の推理に、黒髪の少女は苦笑する。だが、その推理はもしかしたら当たっているかもしれない……あそこは元は義勇軍

 

から成りあがったという……『天の御遣い』の名の利用価値が高いのは確かだろうから。他の所はそんな素振りを見せていないが、

 

形振り構っていないならそれは十分あり得る可能性だったりする。

 

「――でも、一度会ってみたいわね……」

 

そう。この少女は見聞を広めるために、大陸中を旅していた。途中、何度か仕官を考える相手はいた――雍州の董卓、徐州の陶謙、

 

涼州の馬騰。しかし、後一つ二つ何かが足りないような気がして、仕官を取りやめた。どうせなら納得できる相手に仕官したいと

 

思う。生活のためにはいろいろやらなければならなかったが、幸いにして少女には武の心得があったので用心棒くらいなら出来た。

 

「――そうですね。私も会ってみたいです」

 

この青髪の少女とも、兗州で出会ってからというもの、ここまで一緒に旅をしてきた。彼女も見聞を広めるためと、各地の料理を

 

見てみたいとのことで黒髪の少女について来たのだが、彼女は凄まじい武力……いや、怪力を持っていた。何度か危ないところを

 

救われたこともある。具体的には、人食い熊に襲われた時だった。彼女はいとも容易く熊を倒して見せた。あの時ばかりは黒髪の

 

少女が不覚を取ったのだ。その時彼女を襲っていた諸々が無ければ、人食い熊などに後れを取る少女ではないのだが……何にせよ、

 

幼い外見には不釣り合いなほどの戦闘能力。なんとも頼もしかった。性格も明るくてしっかり者であるし、旅の間は楽しくやって

 

これていた。

 

「――ここで駄目だったら、荊州に戻ろうかしらね……そろそろ、危なくなってきたし」

 

「――そうですね……」

 

何やらきな臭い動きがあることは既に掴んでいた。今は洛陽にいる董卓が暴政を敷いているという噂だ。少女は董卓と面識がある。

 

とてもではないが噂で流れているような悪人ではない。およそ戦いとは無縁そうな少女だ。もっとも、武の方はおそらく目の前の

 

青髪の少女でも敵わないだろうが――自分ならば勝負はわからないかもしれない――そんな心の声を、頭を振って追い出してから

 

黒髪の少女は青髪の少女に確認を取る。

 

「――明日は涿の城下町に向かうわよ。それでいいかしら、――?」

 

青髪の少女は、確認の意味合いで出された問いに笑顔で答える。

 

「――はい、――さん!」

 

そして二人は明かりを吹き消し、眠りにつく――

 

 

 

――運命の出会いがすぐそこに迫っていることも知らずに。

 

 

あとがき(という名の言い訳)

 

 

暫く更新が空きましたね。Jack Tlamです。

 

今回は…まあ、ここまで読んでいただけたなら今さら多くは語らないようにしましょう。

 

 

いよいよ『計画』を打ち明けた一刀達。だいぶ長く説明文を続けてしまいました。

 

わかりにくいと思います。正直作者も目を回しそうです。

 

公孫賛陣営は全員参加となりました。風はともかく稟の方は華琳の方に行くだろうと思っていた方もいるのでは?

 

 

雛里は『計画』についてはある程度教えられただけですが、彼女もまた参加したという解釈で問題ありません。

 

かなり悲壮な覚悟をしていますが、ちゃんと一刀達が手を打っているので、強力な援軍が行きます。大丈夫です。

 

雛里って原作でも帽子取ったこと無いですよね?お菓子作りの時は三角巾つけてましたから、何もつけてない頭は

 

見たこと無いですね。朱里は無印であったんですけど…あの天女のコスプレ(?)ですね。

 

 

さて、最後は名前を伏せた所で半分意味が無いようなものですね。

 

多くは語るまい。

 

 

次回、またお会いしましょう。

 

 

ではでは。


 
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