No.625247

真・恋姫✝無双 ~夏氏春秋伝~ 第二十話

ムカミさん

第二十話の投稿です。

汜水関における戦い。
自分で書いておいて何だけど、本当に猪ですわ、あの人…

2013-10-05 02:33:05 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:9253   閲覧ユーザー数:6817

 

汜水関の城壁上、はためく2本の旗の下。

 

そこに2人の女性が佇んでいた。

 

1人はさらしに袴、そして羽織を羽織った、言わずと知れた董卓軍の将、霞こと張遼。

 

そしてもう1人はビキニにパレオを付けたような鎧を着た、かなり薄い紫色の髪をした女性。

 

こちらは旗の文字からかの猛将、華雄将軍であることがわかる。

 

2人は共に同じ方向を注視していた。

 

「…来よったで」

 

霞がボソッと呟く。

 

華雄も当然気づいており、そこに掲げられている旗達を見やる。

 

「先頭は公の旗に、劉?」

 

「曹操が黄巾の連中討った時に協力してたっちゅう、劉備って奴ちゃうか?数は少ないけど、なんや、随分と腕の立つ将がおるらしいで」

 

「そうか、それは楽しみだな。そいつらの後ろには2つの袁、それから馬に後衛に曹、か」

 

「他にも色々おるけど、厄介なんは今華雄が言った奴らくらいやろ」

 

視線は前に向けたまま、汜水関前に集った軍勢について会話する。

 

「何にしても、月っちに危害加えようとしとる奴らなんか、ウチの手でメッタメタにしたるけどな」

 

「お前だけに譲るつもりはないぞ、張遼。董卓様を侮辱されて許せないのは私もなのだからな」

 

そこには奥深くに隠されてはいるが、それでも隠し切れていない怒りの色が垣間見れた。

 

他の軍が足を止める中、先鋒を担う2つの軍が汜水関前まで進軍する様子を見下ろす。

 

いよいよ戦の幕が切って落とされようとしている。

 

最終確認をするように霞が華雄に話しかける。

 

「取りあえず賈駆っちの言った通り、防衛に専念すんで。猪になんなや、華雄」

 

「ああ、わかっているさ」

 

肯定の返事が確かに返っては来たのだが、霞は胸の内に潜む不安をどうしても拭い去れないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

汜水関に到達し、開戦を前に曹軍は独自に軍議を開いていた。

 

「一刀、凪、菖蒲。貴方達3人は兵を率いて前線の見える位置にて待機。いつでも出られるようにしておきなさい」

 

「はっ」

 

「桂花と零は時期を図りなさい。何のかは言わずともわかるわね?」

 

「はっ、おまかせを」

 

「他の者は予備兵力として本陣で待機。必要に応じて動いてもらうわ」

 

『はっ!』

 

「直に始まるでしょう。各自持ち場に。解散!」

 

短時間で最低限のことを決め、軍議は解散と相成る。

 

迅速に行動し、戦が始まるまでに持ち場につくことが出来た一刀達は前線の様子を観察していた。

 

通説では、防衛する軍に対して勝利を収めるには、錬度の差を無視して単純に数で考えた場合、3倍の兵力が必要であると言われている。

 

しかし、劉備、公孫賛の軍は2つ合わせても汜水関に配備されていると予想される董卓軍の数に及ばない。

 

しかも、今から攻めるは長年漢の都を守り通してきた、難攻不落で知られる汜水関。

 

普通に戦ったのであれば劉、公孫合同軍が敗れるのは火を見るよりも明らかである。

 

どのように攻めるのか、と一刀、凪、菖蒲が興味深げに眺めていると、劉備軍から馬に乗った武人がたった2人で汜水関の門前まで進み出ていくのが見えた。

 

遠目で分かりにくいが、その2人は確かにあの関羽と張飛。

 

飛び出した2人を確認した一刀はポツリとつぶやく。

 

「そう来たか」

 

「何をしているのでしょうか?」

 

凪はこれから劉備軍の行おうとしていることがよくわかっておらず、理解らしきものを示した一刀に質問を飛ばす。

 

「わからないかい、凪?」

 

「すいません…」

 

「いや、謝ることはないよ。菖蒲さんはわかってるんじゃないかな?」

 

「はい。恐らく挑発、でしょう。華雄は生粋の武人らしいですので」

 

菖蒲の答えに凪は納得を示すものの、新たな疑問が沸き起こる。

 

「なるほど。ですが、そう上手くいくのでしょうか?」

 

「それは菖蒲さんも言ってた通り、華雄が生粋の武人であることが鍵だね。己の武に誇りを強く持っている者ほど、それを侮辱されることを何より嫌う。頭に血が上った状態で果たして冷静な判断が出来るのかどうか、そこに掛かっているだろう」

 

そう分析しつつも、一刀はこの挑発は恐らく失敗に終わるだろうと考えていた。

 

その理由は単純至極。華雄と共に霞が汜水関にいるためだった。

 

霞と触れ合った時間は僅かとはいえ、その性格はおおよそ把握していた。

 

戦闘が好きな一面もあるが、周囲を見て判断できる冷静さも兼ね備えている。

 

更に、春蘭と同等以上の武も持っている。

 

例え華雄が暴走したとしても、霞ならばそれを止められるだろうと踏んでいた。

 

前線では関羽と張飛が予想通り、華雄に的を絞って挑発していることが窺える。

 

それよりも、今一刀は何とかして霞と接触出来ないかを考えていた。

 

結局あれ以上の案が出なかった以上、あの方法でいくしかない。

 

霞に協力を仰ぐことが出来れば成功の確率は飛躍的に上昇するだろうと、そう推測していた。

 

「あ、砦に動きが。どうやら打って出てくるようです」

 

その為の方法を考えようとしていた故か、一刀は始め凪の発した内容に反応できなかった。

 

すぐに頭を切り替えた一刀は改めて前線を見やる。

 

確かに汜水関の門が開こうとしていた。

 

その向こうに見える旗は、『華』。

 

見事なまでに劉備軍の策に嵌ってしまっているのであった。

 

やがて軍が出られる程に門が開くと同時に、怒涛の勢いで華雄の部隊が駆け出してくる。

 

その後に、やや遅れて霞の部隊も門から飛び出す。

 

隣で状況の変化を逐一報告する凪とそれに応対する菖蒲を余所にずっと黙り込んでいた一刀は、それを確認すると2人に一言だけ告げた。

 

「…2人とも、ちょっとここの指揮を任せてもいいかな?」

 

何を言い出すのか、と怒られるかと思いきや、返ってきたのは少しの沈黙。

 

そして菖蒲が一刀を見て小さく言葉を発する。

 

「どなたかを、助けに行かれるのですね?」

 

「…何故そう思う?」

 

「一刀さん、天和さん達を助けにいった時と同じ目をしています。向こうに知己の方でもいらっしゃるのですか?」

 

「さすが菖蒲さん。うん、ちょっと知り合いが、ね。せめて命だけは助けてあげたい。その為に出来る限りのことはやろうと思うんだ」

 

一刀は自身の中にある意志をあるだけ込めて菖蒲を見つめ返す。

 

菖蒲はしばらくその目を見つめた後、優しく微笑んで言った。

 

「わかりました。この場はお任せください。ただ、本陣帰還までには戻ってきてください。さすがにそこに至れば誤魔化すことは出来ないでしょう」

 

「ああ、ありがとう。凪もいいかな?」

 

「はい、構いません。どうか御武運を」

 

「ありがとう、凪」

 

凪の了承も得た一刀は曹軍将官に与えられる鎧を脱ぎ、菖蒲に預ける。

 

身軽になるためと一刀自身の所属を悟らせないためであった。

 

「それじゃあ、行ってくる。迷惑かけてごめん」

 

それだけ言い残し、周囲の兵に紛れ込むようにして一刀は前線に向けて走り出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんの阿呆が!やっぱり何も分かってなかったやないか!張遼隊!馬止めるんやないで!走り回って攪乱しぃ!華雄隊に接触し次第、帰還促せ!阿呆の大将はウチが直々に連れ帰る!」

 

『はっ!』

 

霞に鍛え抜かれた騎馬隊は一兵一兵がかなりの実力を持っている。

 

また、霞の統率が無くともかなりのレベルでの連携が取れている。

 

公孫賛の白馬義従も騎馬隊としてかなりの錬度を誇っているのだが、霞の部隊のそれは1枚も2枚も上であった。

 

華雄隊の兵の回収は自身の部下に任せ、霞は華雄を探す。

 

辺りを見回すと、戦場の中央付近にて挑発に来ていた内の1人である黒髪の女と一騎打ちをしている華雄の姿を見つけた。

 

「やっと見つけたわ。んじゃ、さっさと…っ!」

 

駆け出した視界の端から突如振るわれた矛を首を捻って避ける霞。

 

態勢を立て直しつつそちらを見やると、そこには先程の黒髪と共に挑発に来ていた小さい少女。

 

「お姉ちゃんの相手はこの鈴々なのだ!覚悟するのだ!」

 

「あんたに用はない!そこどきぃ!」

 

霞は一つ吼えると持ち前の速度で張飛に斬りかかる。

 

張飛はそれを受け止め、手数で速さを補うように応戦する。

 

「うりゃりゃりゃ~!」

 

「ふん!甘いわ!!」

 

攻撃を全て受けきっている霞も再び戟を振るっていく。

 

勝負の内容自体はほぼ互角である。しかし、張飛は心に余裕を持っているのに対して霞は内心で相当焦っていた。

 

両者の違いはそもそもの前提条件にある。

 

張飛は言わば汜水関防衛の要たる敵の将の一人をこの場で足止めするだけでも戦果としては十分なのである。

 

ところが、防衛側にも関わらず打って出てきてしまっている霞は、出来る限り早くに華雄を回収した上で関内に戻らなければならない。

 

もし、霞が華雄のように単純思考であればこのように焦ることもなく、張飛と同じように心に余裕を持って対峙出来たのかもしれない。

 

なまじ軍師的な考え方が出来るばかりに、時間が経つにつれて霞の心から余裕がなくなっていく。

 

焦りが募ると自然、戟が鈍る。

 

20も打ち合った頃、焦りにより逸ってしまった霞は普段ならばしないような稚拙な攻撃を繰り出してしまう。

 

その一撃に隙を見出した張飛が不可避の一撃を繰り出す。

 

「貰ったのだ!」

 

「くっ…!」

 

霞は己の失態を心中で詰りつつも、一瞬後に来るだろう激痛に耐えるべく、覚悟を決めて構える。

 

しかし、その痛みは訪れることはなかった。

 

「にゃにゃっ?!」

 

横合いから飛び込んできた人影が張飛の矛を受け止め、受け流した。

 

「何なのだ、お前?邪魔するななのだ!」

 

張飛は割り込んだ男に斬りかかろうとしたが、

 

「にゃっ?!」

 

その矛が速度に乗る前に出だしに戟を合わされて止められてしまう。

 

その後も2度3度と同じことが繰り返され、戟が間に合わない時は身軽に躱され、と張飛は翻弄されていた。

 

そんな中、突然の闖入者にどう対処すればいいか判断しかねていた霞は、ぼそりと呟かれた男の言葉を聞いた。

 

「後ろへ。準備を」

 

短い二つの言葉。しかし、直後の男の行動で、何をすべきかを瞬時に理解した。

 

男は今度は張飛の攻撃を潰そうとはせず、振るわれた矛を避ける。

 

そして張飛が矛を引いた瞬間を狙って、張飛に袋を放り投げた。

 

張飛は凄まじい反射神経でその袋を切り裂く。

 

すると、袋からは砂が溢れだしてきた。

 

随分と粒子の細かい砂を集めたのか、それは煙幕の代わりとなる。

 

突然のことに張飛は驚き、目を庇いながら後退する。

 

その隙に男は馬首を反転させると同時に霞の方へ走り出し、霞もそれに伴ってその場を離脱する。

 

土が治まった後、その場には張飛しか残されていなかった。

 

「うにゃ~!逃げられたのだ~!!」

 

張飛の悔しげな声がその場に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

張飛から逃れたものの、華雄の下へ行くには迂回せねばならなくなった。

 

馬を並ばせつつ、霞は問い掛ける。

 

「助けてくれたんは感謝するけど、あんた何者や?」

 

男は目の周り以外を布で覆っており、容姿を確認することが出来ない。

 

しかし、霞の部隊にも華雄の部隊にも、霞と同等に打ち合える敵将に短時間とはいえ渡り合える男がいたとは記憶にない。

 

一体誰なのかと訝しんでいると、その布の奥から苦笑する雰囲気を感じ取る。

 

「今はそれよりも優先するべきことがあると思うんだけど。まあ、疑問には答えるよ、霞。俺だ。一刀だ」

 

男、一刀は布をずらしつつ霞の問いに答える。

 

霞は一刀の顔を確認すると驚きのあまり数秒口をパクパクとさせる。

 

そして、叫んだ。

 

「か、か、一刀~~~~?!何でや?!何でここおるん?!」

 

「悪いけど、嘘を吐いていた。俺は夏候覇じゃなくて夏候恩だ。つまり、曹操軍の将、ってわけ」

 

それを聞いて、霞は目を細める。

 

「つまり何や?あんたはウチらの敵やと?」

 

「軍としては、ね。ただ、俺は個人的には霞を、そして月を、詠を助けたい。だから主君に内密でここまで出てきているんだ」

 

一刀は真摯な態度で霞に語りかける。

 

霞もまた一刀の目を真っ直ぐに見つめて、その真意を測る。

 

やがて、霞はため息と共に言葉を吐き出す。

 

「まあ、ホンマなんやろな。目見る限り、あんたは嘘つくようには感じんわ。実際、ウチをああやって助けておいて嘘つく意味もないしな。で?何でウチに接触を?」

 

「月達がどうしているのかを聞きたい。想定している状況と違ってくると助け出す方法も考え直さないといけないしな」

 

霞は少し考えた後、一刀を信用することにしたのか、董卓軍の内情を語ってくれた。

 

「…あの時、ウチの兵が月っち達を呼びに来たの覚えてるか?あの日に緊急の軍議に上がったんが、袁紹から各諸侯に送られた檄文のことやってん。偶々、捕らえた間諜が持っとった書簡からわかってな。それから詠が何とかしようとしとったけど、結局どうにも出来んで、今のこの状況や」

 

「そうか。概ね予想通りで良かった。霞、客観的に考えてほしい。董卓軍はこの戦に勝てると思うか?」

 

この問いにはさすがに霞も詰まってしまう。

 

暫しの沈黙の後、霞は自身の考えを語り出す。

 

「正直に言えば、厳しいと思うとる。ウチらの兵が連合の連中に劣っとるとは思わん。けど、さすがに数が違いすぎるわ。それに、ウチらの方は将軍級の武将がウチ含めてもたった3人しかおらん。人材の面でも厳しいやろな」

 

「詠もそれはわかってるはずだ。何か策を仕掛けてくるかと思っていたんだがその様子もない。詠はどう考えてるんだ?」

 

「ウチらは言わば時間稼ぎや。今洛陽では月っちと詠、それから劉協様、劉弁様が長安に逃げる準備整えとる」

 

「だとしたら、この状況は相当まずそうだな」

 

「そうやな。見たとこ、汜水関の門に劉備のとこと公孫賛のとこの兵が群がっとる。さっきのチビに無駄な足止め喰ろうてもうたし、華雄の阿呆回収したらそのまま虎牢関まで撤退するしかなさそうやな」

 

霞は馬を走らせながらも汜水関の門の方を振り向き、悔しそうに言う。

 

一刀もまたそれを確認しながら霞の言葉に付け加える。

 

「凶報になって申し訳ないけど、ああなってしまったら今日中に汜水関は落ちるだろう。霞達が関に戻る時に劉備達が引いたとしても、それに時機を合わせて待機させている曹軍の一隊が進軍して、制圧してしまうだろうな。この調子じゃあ、必要な分の時間稼ぎが間に合わない可能性の方が高そうだな…」

 

「かも知れん。華雄も恋もあんま考えるってことをせん奴やしな。下手したら虎牢関からも出て行きかねん」

 

霞の深いため息から一刀は相当苦労していることを察した。

 

しかし、今は霞のその苦労を労うための時間も惜しい。

 

伝えるべきことを伝えるために一刀は口を開く。

 

「取りあえず今は華雄を回収するのを手伝おう。その後は俺は軍に戻る。霞達も迷わず虎牢関まで撤退してくれ。汜水関にいたんじゃ最悪補殺されかねない。俺も虎牢関に着いたらなんとかして連絡を取る方法を考える。時間稼ぎが間に合わないなら、もう最終手段を使うしかないからな」

 

ようやく前方に見えてきた華雄の姿を視界に捉えつつ、霞は諾の返事をする。

 

「わかった。信用してんで、一刀」

 

「ああ。どんな結果になるかはまだ分からない。だけど、絶対に月達の命だけは救って見せる」

 

そこで会話は途切れる。

 

最早ここで語れることは互いに語り尽くした、というわけではない。

 

確かに話に区切りが付いたこともあるが、華雄のところまで間近に迫ったため、両者ともに戦闘態勢に入り、その結果どちらからともなく黙ったのである。

 

霞は戟を振り上げ、一刀は再び布を顔に巻いてから戟を構える。

 

「行くで!」

 

霞が一際気合いを入れて駆け出し、一刀も遅れじと続いていった。

 

 

 

 

 

 

戦場中央から徐々に位置を変えつつ、華雄は関羽と死闘を繰り広げていた。

 

しかし、既に華雄は致命傷とまではいかずとも体中に細かな傷をびっしりと負っていた。

 

両者の実力にそれほど差は無いようであるが、怒りによって単純化した華雄の攻撃は避けることも受けることも普段より数段容易いものとなってしまっているのが原因であった。

 

戦の最中は集中していることによって小さい傷の痛みは感じないといっても、これだけの数があれば話は別である。

 

華雄は傷の痛みに呻きつつも、未だに収まりきらない怒りに振り回されてその手に持つ大斧を振るう。

 

対する関羽は華雄の攻撃を冷静に捌き、大技を用いるのではなく、地道にダメージを蓄積させていく。

 

関羽もまた、華雄の足止めだけでも戦果足りうるため、無理をせずに確実な攻めを行っているのである。

 

数十合の打ち合いの末に蓄積されたダメージによって、華雄は遂に片膝をついてしまう。

 

その際、華雄は思わず自身の金剛爆斧を杖のようについてしまった。

 

それ程の隙を見逃すような関羽ではない。

 

ここが勝機と見るや、即座に大振りの一撃を繰り出す。

 

関羽の青龍偃月刀が空気をも切り裂きながら華雄の首に吸い込まれていく。

 

「させへんで!」

 

間一髪、霞の戟が関羽の偃月刀を受け止めた。

 

「ちょ、張遼…?」

 

何故ここにいるのか、と華雄はそう聞こうとする。が。

 

「こんのド阿呆!分かったとか言いながら詠の指示なんて欠片も守れてないやないか!」

 

華雄が言葉を発するよりも早く、霞の怒号が響き渡った。

 

攻撃を防がれた関羽は一度距離を取って霞を睨みつける。

 

明らかに敵方の将であることが分かると、敵意を露に言葉を発する。

 

「貴様も汜水関の守将の1人か。腕が立つのであろうことは今のでわかる、だが、今は邪魔しないでもらおう」

 

「そんなん言われてホイホイ従う阿呆がどこにおんねん。悪いけど、ウチらは退かせてもらうで」

 

霞の言に華雄が思わず口を挟む。

 

「なっ?!ちょっと待て、張遼!私はまだ…」

 

「うっさいわ!ほれ、あれ見てみぃ、華雄。あんたの暴走の結果やで」

 

「一体何だと…うっ…」

 

霞が指し示したのは汜水関の門前の攻防。

 

劉・公孫連合軍が盛んに責め立て、碌に兵の残っていない汜水関は最早陥落寸前にまで追い詰められていた。

 

「いくら難攻不落とか言われてても、それは緻密な策の上に成り立つもんや。止められへんかったウチにも責任があるとはいえ、あんたの暴走が敗けの一番の原因やわ。わかったらさっさと退くで。あんまモタモタしてるとウチらも帰れんくなる」

 

「くっ…し、仕方ない」

 

華雄が撤退に同意を示したことを確認して、霞は関羽に背を向ける。

 

「ほんじゃ、行くで、華雄」

 

「させると思うのか?はぁっ!」

 

関羽はその撤退を阻止しようと、台詞を吐きつつ無防備に背中を晒す霞に斬りかかる。

 

霞は防ごうとするどころか、後ろを気にもしない。

 

しかし、またもや関羽の偃月刀が届くことはなかった。

 

霞の陰から1人の男が飛び出し、偃月刀の軌道を逸してしまったためである。

 

「……」

 

男は一言も発すること無く、霞と関羽の間に立ちはだかる。

 

この間に霞は自分の馬に飛び乗り、馬首を汜水関の門に向け、走り出した。

 

先程の霞の様子から余程信頼の置ける部下を連れて来ていたのか、と1人納得した華雄もまた、霞に続いてその場を離脱する。

 

勿論、これを関羽が黙って見ていたわけでは無い。

 

迅速に目の前の男を斬り伏せ、霞と華雄を仕留めようと偃月刀を振るっていた。

 

ところが、どういうわけか、関羽の偃月刀の軌道は男に読まれきっている。

 

避けられる攻撃は全て避け、そうでない攻撃は全て男の手によって軌道を逸らされた。

 

霞と華雄が完全にその場から離脱してしまうと、関羽は声を荒げた。

 

「何だと言うのだ、貴様は!」

 

しかし、その言葉にすら男は反応を示さない。

 

最早この場にいる意味がなくなったにも関わらず、プライドの問題なのか、関羽は男に更に斬りかかろうとする。

 

男はその攻撃すらも余裕を持って避けると、偃月刀の軌道の先に袋を投げ入れる。

 

果たしてその袋は張飛にも用いられた砂の煙幕だった。

 

関羽の視界が潰される中、男は周囲の乱戦に混ざって姿を消す。

 

視界が晴れた後、そこには悔しさに歯ぎしりをする関羽だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞と華雄がそれぞれの兵と共に汜水関門前に群がる劉・公孫連合軍に対して一点突破の突撃を敢行していた頃、後方にて機を待ち待機していた曹軍が動き始めていた。

 

桂花と零、2人の考えが戦局が動く方向で一致したためである。

 

言い渡された指示内容は、突撃の準備。

 

連合軍はこのまま攻めきれず、一度後退するだろうが、その際に間髪入れずに汜水関に攻撃を加えれば、態勢の整いきっていない董卓軍は崩れ落ちる、との判断だった。

 

果たして、その予想は的中する。

 

霞達の一点に絞った突撃に耐え切れず、突破を許してしまった連合軍はそのまま一度後退する。

 

汜水関の門は霞達が入ると再び閉じられたが、退いていく連合軍に射掛けられる追撃の矢が明らかに少ない。

 

今がその時、と凪と菖蒲は部隊を率いて突撃を仕掛ける。

 

「皆さん!今敵の攻撃は態勢が整わず不十分です!この機会に一気に攻め落とします!」

 

『おおぉぉぉっ!!』

 

曹軍が気合の雄叫びを上げ、汜水関に攻め寄る。

 

後退してくる連合軍とすれ違った際、誰にも気づかれることなく一つの人影が曹軍に紛れ込む。

 

その人影は部隊の指揮を執る菖蒲の下まで一直線に向かう。

 

「戻ったよ。ありがとう、菖蒲さん」

 

顔の布を外しながら菖蒲に感謝の意を示す一刀。

 

菖蒲も一刀を確認すると指示の合間に問い返す。

 

「お疲れ様です、一刀さん。どうでしたか?」

 

「取り敢えず、接触は出来たよ。虎牢関の方で何とかして連絡を取って、そこで本格的に動こうと思う」

 

そう語る一刀の目には確かな決意が込められていた。

 

その目を見た菖蒲は心中で感嘆と疑問の声を同時に上げる。

 

(天和さん達の時もそうでした。一刀さんは例え敵であっても、助けるべきと判断されるとそれに全力で取り組んでいます。ですが、今はこのような時代です。親友であろうとも、敵に回れば本来は容赦はしないもの。どうも一刀さんは私達とは根本的に価値観が違うような気がしますね。一刀さん、貴方は一体何を考え、何に従って行動をしているのでしょう?)

 

大陸の常識から外れた行動が少しずつ重なり、溜まっていた違和感。

 

それによって沸き起こった疑問であった。

 

菖蒲のこの疑問は近い未来、唐突に解決されることとなる。

 

 

 

その後、一刀も指揮に加わり、攻城は激化。

 

しかも、どこから湧いてきたのか、孫堅が一部隊を率いて颯爽と攻城戦に参加。

 

結局、汜水関は曹軍が責め立て始めてから1刻と持たず陥落してしまうのであった。

 

連合は曹軍と孫軍に手柄を根こそぎ持っていかれた形である。

 

そのせいなのか、難攻不落の砦を短時間で落とした割には、重苦しい空気のまま、連合は汜水関内部へとその足を進めるのであった。

 


 
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