しとしとと。
細く、柔らかな雨が降り注ぐ。
それは、地に恵みをもたらすには少し心許ないが、昔の事を思い出させるには充分であった。
北郷一刀は、どこにでも居るような普通の少年であった。
彼が普通では無くなったのは、何の因果か見知らぬ土地に飛ばされてからである。
そこは三国志の時代。少女たちが互いに覇を競う戦乱の時代。
そんな世であっても、人々の暮らしが比較的穏やかであったのは、彼女たちが誰一人として、己が為に力を欲したのでは無かったからであろう。
やがて三国は一つとなり、民へ安寧をもたらすに至る。その中心に居るのが、何の取り柄もない自分だったのだからおかしなものだ、と一刀は自虐する。
長年、残り続けた痼りである。こんなことを口にでもすれば、勿論、心優しい彼女たちは揃って慈愛に満ちた言葉を掛けてくれるだろう。
だからこそ、それは胸に巣食ったままであった。
「……歳を取ると、昔のことや人生の意味を考えるって話、本当だったな。」
孫呉の宿将が、いつか語った言葉を思い出す。
気づけば、七十を間近に控えた身である。体を動かすことも、もう随分と億劫になった。
机の引き出しから、煙管を取り出して火を点ける。最近は、こうしてただぼんやりと過ごすことが多くなったような気がした。
吐き出した紫煙は、ゆるゆると立ち昇る。
それを三度見送って、一刀は目を閉じる。
脳裏に浮かぶは、少女たちの微笑みである。兵たちの雄姿である。街の喧騒である。
そして、家族の姿である。
どれもこれも懐かしく、網膜に焼きついたようにはっきりと輪郭を写す。
久しぶりに、会いたいと思ってしまった。
――そろそろ、眠ってしまおうか。
一刀は、背もたれに深く身を預ける。最早、やり残したことはないはずだ。
力不足ではないかと悩みながらも、自身が天の御遣いとしてあった時期でさえ、太平のままに治まっている。
なら、自分よりも優秀な子や孫には何の心配もないだろう。
「別れの先には、出会いがある。また、出会いの先にも別れがある。」
「なら、このお別れの先には、出会いはあるんかね。」
一刀は煙管を机に置いた。火のついたままである。
紫煙は、変わらずに立ち昇っている。
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生存報告を兼ねての超短編。
思ったよりも、もう一方に手間取っている現状。如何ともし難い。
ですのでやっつけでも勘弁して下さい何でもしますから。