いよいよ曹魏との戦がすぐそこに迫ってきた。
現在国境付近の街へと兵を集結させ、曹魏も迎撃のために国境付近へ部隊を配置している、という状況。
宣戦布告はまだで、両軍にらみ合いをしている、といった様子。
こちらも相手も準備はまだ終わっておらず、開戦まではもう少しかかるだろうか。
これから戦かとおもえば正直いって気が重い……。
「……」
俺はといえば、例によって兵士の墓参り中。
各街に兵士の墓を設置し、戦死者の家族が遠出せずともいつでも墓参りができるようにしてあるのだ。
「こんな時にも墓参りか、まぁそれもご主人様のええとこっちゅうたらそうなんやけど」
「こんな時だからこそ、かなぁ」
「ま、性分なんだからしょうがないわよ。それに、これで兵達のやる気が出ているのもまた事実よ」
一緒にいるのは桂花と霞。霞の部隊は準備が終わっており、少し時間が空いたそうで、付き合ってくれると言ってくれた。
桂花も仕事の合間に付き合ってくれた。
墓の前で3人並び、いつものように墓に花束を供え、香を焚く。
「将も兵も、命の重さに違いはない、それは道具なんかやのーて人一人か。
曹操あたりとは対極の思想やな。せやけどそれもわるない。
そういう思想やからこそ、民に好かれ、兵に好かれ、将に好かれるんやろしな」
霞にそういわれると何だか気恥ずかしくなってしまう。
「生きてきた世界の違いもあるんだろうけどね。俺は命は大切なモノだと学んで来たしね」
「だからあなたは甘いっていうのよ、いつか足元をすくわれるわよ?」
「そやけど、そういう考えこそ、今の世には必要なんかもしれんで」
「!」
話の途中、唐突に感じたほんのかすかな殺気、それは墓の右手にある茂みから。
霞はまだ気づいていない……!
俺は咄嗟に桂花と霞の前に立ちふさがるように動き、2本の鉄扇を広げて顔面と心臓を守るように構える。
その直後に放たれる短い矢。弩だ。
鉄扇で矢が防ぎきれるとは思っていないし、そもそもそれは視認できるはずもなく、
殺気を感じた茂みに対して斜めに構えた鉄扇で矢の軌道を急所からそらそうとする。
矢がぶつかる激しい音。鉄扇の骨は歪み、使い物にならなくなってしまったものの、それは俺を守ってくれた。
左肩と、脇腹に矢を受けるだけで済んだし、残りはそらされてどうにか、俺の背後に立っていた霞や桂花に当たらずに済んでくれた。
弩ならば第二射までに時間がかかる、一射目さえ防ぎきれば……。
「っ! どこの誰や!」
霞は俺に一瞬遅れたものの矢が放たれた直後に気づいた模様、即座に地を蹴り、飛竜偃月刀を振りかざし、茂みに駆ける。
「深追いするな!」
そう叫び、茂みに駆けていく霞の背を見送った頃、思い出したように痛みに襲われて俺は膝をつく。
「馬鹿!? 家臣を庇って矢を受ける主がどこにいるのよ! 大丈夫なの!?」
桂花が矢を引き抜き、毒矢であった場合を考えたのか、俺の傷口に唇を押し付け、傷口から血を吸い出し、吐き出すように動く。
実際その判断は間違っていなかったのだろう、徐々に意識が薄れていく。
「しっかりしなさい!」
そう叫んでいるのだろうか。桂花の声がいやに遠い。ぼやける視界に映る桂花は泣きそうな顔に見えた。
───────────────
「軍の展開は始まっているのに北郷軍の動きが無いな……」
「やはり、華琳様のおっしゃるとおり、何か策でも仕掛けているんだろうか」
「秋蘭様はどう思われます?」
遠くに見える北郷軍を見る夏侯惇、夏侯淵、許緒の3人。
曹操から、策があるだろうから先走るなと釘を刺されているため、いまだ動くことなく、観察を続けていた。
北郷軍はといえば、今すぐにでも宣戦布告を行い、押し寄せて来そうに見えるのに全く動かないのが逆に不気味。
「わからんな、もしかしたら本陣で何かあったのかもしれないが……」
「やはり北郷軍が動かぬうちに突撃を仕掛けて……」
「春蘭様、それで策にはまったりしたら華琳様になんと言い訳するつもりですか……」
「まて……。動き始めたぞ」
北郷軍が前進を始め、距離が縮められる。
「おかしい……。なぜ大将旗が無い? どこをみても、十文字の旗が見当たらない」
「北郷は常に前線に立ち、戦に参加していたそうですけど、おかしいですね」
旗をざっと見渡してみても、一番目立つはずの大将旗が無い。普通に考えるなら諸葛、司馬、荀の旗の傍にあるはず。
その荀の旗も見当たらない。
「敵の将軍らしきものが単騎、こちらに進み出て来ました!」
「見えている。何か口上でも述べるつもりなのだろう。聞いてやろうではないか」
進み出て来たのは、反董卓連合でも会った事のある関羽。
「聞け! 北郷の勇者達よ!! 曹操は卑怯にも刺客を放ち、我らが主を亡き者にしようとした!
刺客の矢には毒が塗られ、その魂は生と死の間をさまよっている!
思いだせ! 同胞の墓前で涙してくれる主の事を!
思い知らせよ! 天の御遣いたる我らが主を傷つけた者共に、等しく天罰が下るということを!
この戦で曹魏の兵の魂を黄泉路へ送り、それを主の帰る道標とせよ!
そして目覚めた主の前に、魏の将兵の頸を並べ献上するのだ!
全軍、突撃────ッ!!」
「なっ……!」
噛み締めた春蘭の歯がギリと鳴る。
秋蘭は即座に命を飛ばし、事実関係を洗うため、その下手人を探し出そうとする。
そうすればそれはすぐに見つかった。
北郷が併呑した領地から落ち延びてきた将のうちの一人が先走り、独断で暗殺を謀ったというのだ。
「何ということを……!」
下策だ、曹操が欲するのは領土よりも人材、ここまでの反感を買ってしまえば将はまず魏に下らないだろう事は簡単に予想できる。
もし捕縛できたとしても将は自決を選ぶだろう。
特に曹操が執心の関羽、荀彧、司馬仲達、この辺りは北郷との関わりが深く、絶望的に感じる。
そして恐ろしいのは北郷軍の士気。末端の兵までが殺気立ち、命を捨ててでも主の仇をうとうとしている。そんな印象を受ける。
「暗殺に関わった者を捕縛し、連行しろ! 姉者、季衣、迎撃するぞ!」
「おう、私に任せろ!」
「頑張りますよ!」
戦闘が始まり、両軍が激突する。北郷軍の数は4万、対する魏軍は5万。
戦いぶりは苛烈。引き鐘が鳴るまで兵は何があろうと前進をやめず、片手を失おうがかまわず魏の兵に斬りかかり、
腹に穴が開いたとしても、矢が体を貫いても、気を失うまで戦い続ける。
傷つき立ち上がる力を失っても兵の脚にすがり、その動きを妨害する。
その姿はまさに幽鬼の如し……。
そこまでの怒りを見せながら、将の指示に従い、一糸乱れぬ動きを見せる。
それを見た魏の兵の士気は下がり、数の優勢を覆され、劣勢に追い込まれるのに多くの時間はかからなかった。
「姉者! もう戦線を維持できない、後退するぞ!」
「待て、季衣がまだ前線に!」
「あの位置では救出は難しいだろう、独力で撤退してくれることを願うしかない。後退だ!」
───────────────────────
「貴様が許緒か?」
「む、誰だ!」
「我が名は華雄、その頸、貰い受ける!」
華雄がすくい上げるように戦斧を振り上げれば、許緒はそれを鉄球で受け止める。
「うわわわ、いきなりなにすんだ!」
「ふん、我が主の命を狙った事、後悔するがいい!」
振り上げた流れを殺さぬままに戦斧を振り下ろし、二撃目を繰り出せば、それを許緒が受け流し、鎖付きの鉄球を投げ、反撃を試みる。
「やったな!」
「ふん、その程度か!」
華雄が戦斧でその鉄球を弾き返し、大きく踏み込んで横薙ぎになぎ払うように獲物を振るう。
それを受け止めて体勢を崩した所を見逃す華雄ではなく……。
「うぐぐぐ……」
「主に詫びる準備でもしておけ!」
その戦斧の背で許緒の首を打ち据え、その意識を刈り取った。
「ふん、いくら我らが貴様を殺したくとも、主はそれを望まないだろうからな。
……敵将許緒、この華雄が討ち取ったり!」
───────────────────────
「頸をはねよ!」
報告を聞いた曹操は、即座にそう告げる。
なんということか、よりにもよってそんな下策を打つなど。
思わず歯を噛み締め、ギリ、という音が漏れる。
白装束の男に拐かされたなどと言っていたそうだが、曹操は聞く耳を持たなかった。
「こうなった以上は、北郷の軍はもう止まらないわね、魏を滅ぼすか、北郷が滅びるまで……」
あとがき
どうも黒天です。
今回は曹操戦第一回。
原作とは大きく違う形で開戦、となっています。
愛紗の口上について、参考にさせてもらったSSがあります。
この場を借りて作者様へお礼を申し上げます。
分かった人は作品名は出さずにニヤリとしてください。
一刀の暗殺事件については、調べている時に見つけた、真の雪蓮暗殺の話しが参考になっています。
次回は多分、白装束の人が出てきます。
桂花のガチデレフラグが立ちましたがこの後どうなるでしょうね?
さて、今回も最後まで読んでいただいてありがとうございました。
また次回にお会いしましょう。
Tweet |
|
|
48
|
7
|
追加するフォルダを選択
今回は対曹操戦第1回目。
原作とはかなり変わった感じで開戦となってます。
珍しく愛紗の出番がありますw