No.608421

三匹が逝く?(仮)~邂逅編・sideメイズ~

赤糸さん

 この作品は小笠原樹氏(http://www.tinami.com/creator/profile/31735 )、峠崎ジョージ氏(http://www.tinami.com/creator/profile/12343 )、YTA氏(http://www.tinami.com/creator/profile/15149 )と私、赤糸がリレー形式でお送りする作品です。

 第1話(http://www.tinami.com/view/593498
 前話(http://www.tinami.com/view/605083 )

2013-08-13 22:52:19 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:3581   閲覧ユーザー数:2812

 

 

 ロワイエ公爵の屋敷が招かれざる来訪者達によって震撼するよりも一時間ほど前。

 

「――”赤”はまだ来ていないか。情報通りね」

 

 先日と同じく、黒づくめの女性の姿は屋敷を見渡せる樹上にあった。

 

「さて、と。見るかぎり屋敷に幻術は被せられてはいないけれど――」

 

 屋敷を見る彼女の黒い瞳が、瞬きの後に蒼い光を帯びる。

 以前訪れた時とは違い屋敷に掛けられていた、メイズ曰く、「稚拙な」幻術は最早無く。

 

(下は居なくなっている――上空に居た一体は……まだ居るわね)

 

 屋敷の四方に視線を遣り、以前確認した四体を再確認したメイズは屋敷の下と屋根の上に顔を向けた。

 以前と敵性体の配置が違う事を見て取り、僅かに眉を顰めながらも準備を始めるメイズ。

 

(目くらましで充分ね……気付かれる前には終わっているでしょう)

 

 枝に手を付き、目蓋を閉じたメイズの意識が”切り替わる”。

 彼女がゆっくりと目蓋を開いた時には、世界が変化していた。

 

 ――”切り替わり”が真っ先に解るのは、彼女の視界を通しての映像からだろう。

 辺り一面が蒼く染まり、メイズの視界はまばゆい光に包まれていた。

 そう、辺り一面に生い茂っている木々の生命が光の塊となって、その光が彼女の視界を埋め尽くしているのだ。

 そんな光景を見て眉一つ動かさないまま、メイズは”空中に”一歩踏み出した。

 一歩進んだメイズは空に浮いており、彼女の背後には今しがたまで乗っていた木の枝(今は光を放っている)があり、そこには”片手を付いた姿勢のままの彼女の肉体”がある。

 

(さて、さっさと終わらせるか)

 

 光溢れる世界。

 そこに垂らした墨の一滴。

 黒い影の様な姿となったメイズは、先程まで見据えていた真っ黒な塊の、空を指す先端を見上げる。

 ――真っ黒な、生命を宿さない石造りの屋敷の尖った屋根の上、空に浮かぶ揺らめく光の塊が一つ。

 それを蒼い瞳で見据えたメイズの輪郭が、一瞬だけ霞んだ。

 続いて、メイズは下に視線を向けると黒い塊の四隅に佇んでいた四体の揺らめく光の塊を同じ様に見つめる。

 見つめるメイズの輪郭が先程と同様に四度霞むと、世界は唐突に元の姿を取り戻した。

 光の塊と化していた木々は青々とした姿に戻り、揺らめく光の塊はその姿を消している。

 

「――ふぅ」

 

 枝に右手を付いたまま、顔を上げて軽く息を吐き出した。

 

「よし、次だ」

 

 軽く頭を振るとメイズは地上に降り立ち、踵を返す。

 豹のようにしなやかな身のこなしで草むらに下りたメイズだが、着地際にかさりと僅かな音が立ち、四隅に佇む不可視の存在がそちらに意識を向ける。

 

『………………?』

 

 しかし、四体、計八つの目はいずれも”風に揺れるだけの草むら”を映していた。

 

 

 

 

 

(結局、要救助者の件に関しては別部署の預かり、か――)

 

 屋敷と反対方向へ歩きながらメイズは思考する。

 要救助者――公爵邸にて召喚された者達――について、当初は諜報を担当したメイズが後に救出を担当する予定だった。

 だが、直前で変更があったらしい。

 その証拠に、ソルティドッグは彼女にこう言っていた。

 

『場所はこの前と同じ。内容は、明日例の”匣”から逃走しようとする奴等がいた場合、その確保が依頼内容だ』

 

『要救助者』ではなく『奴等』と、メイズの依頼主であり上司――というには複雑な関係だが――でもある男は言っている。

 思い違いかと考え、ここに来る前にメイズは情報の裏を取っていたが――この件に関して回収班は動かないらしい。

 彼女が複数の対象の救出任務にあたる際には、決まって回収班が動く。

 

 ――つまりは、そういうことだ。

 

 だとすると、要救助者の扱いに関しては二つ考えられる。

 一つ目、例の”赤”がなんとかする。

 ”赤”が陽動で、要救助者の救出には別に動く者がいる可能性もある……その場合、別働隊はおそらくご老体の手の者だろう。

 二つ目は”黄”が救出するというもの。

 確か、例の”黄”は王族の末と関わりがあった筈だ……今回は屋敷に住む相手が王族かつ公爵位持ちなので、そちらの助力を仰いでいる可能性が高い。

 

(キナ臭いのは解ってたけれど……やれやれ、救出する側の人間にも色々と思惑がありそうな面子ばかりね)

 

 それを言えばソルティドッグに今回の話を持ってきた存在もまた、そうなのだろうが。

 

(まあ――仕事が楽になったと思えば良いわね)

 

 王族や貴族連中の思惑など考えるだけ無益と頭を振り、メイズは立ち止まると近くにそそり立つ大木を見上げた。

 

(ここにするか。――――さて)

 

 屋敷から三キロメートルほど離れた地点。

 大木の幹に右手を添え、瞑目したメイズの体が一瞬、蒼い光を帯びる。

 

(”檻”の設置も完了。後は、役者が揃うのを待つだけね)

 

 ”赤”もそうだが、おそらく水路から潜入するであろう”黄”も、未だ現れてはいない。

 そのまま大木の傍らに座り、メイズは木々の隙間に見える空を仰いだ。

 

 ――見上げる、灰色の空。

 

 ――思い出すのは、今見上げている空と、鉄とガラスでできた建物の森。

 

(そう言えば……今回の仕事は、あの時と随分似ているわね。まあ、そのいくつかは私の役ではないけれど)

 

 その色を見つめる内に、いつしか彼女の脳裏には数年前に居た”元の世界”での出来事が蘇っていた。

 朝か夜かの違いはあるが――「無機的な匣の中で行われている違法な研究」「下水道からの進入」「社会的に大きな力を持つ人物が黒幕」

 即座に共通点が三つも思い浮かび、メイズは微かな笑みを唇に浮かべる。

 

(――懐かしい、わね)

 

 あの頃は、闇を駆け抜けた。

 巨大企業が政府に取って代わり、世界のあちこちで企業が支配する都市が次々と作られる。

 上っ面は華やかに見える都市の裏で、更なる利権を追求せんとしのぎを削る巨大企業。

 到底表には出せない彼等が抱える裏の仕事、それらを生きる糧とする日々。

 

 そう、あれは――

 

 

 

 

 

「――来た」

 

 目を閉じて物思いに耽っていたメイズは、目を見開くと視線を屋敷の方角に向けてぽつりと呟く。

 蒼く染まった瞳が見つめる先、今まさに屋敷に繋がる水路の入り口へと侵入しようとする”色とりどりの光の塊”があった。

 それを確認すると同時にメイズの体から力が抜け落ち、背後の大木に凭れかかる。

 幹に背中が当たった瞬間、彼女の体はまるで木に沈み込むように見えなくなった。

 透明になった自分の体に一瞥をくれ、黒い影となったメイズが空に浮かび上がる。

 

『では、始めようか』

 

 どこまでも蒼い世界を、漆黒の点が駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 そして――――震撼の時へ。

 

 ――深紅の時計が死を刻み、怒れる竜の雄叫びが匣を貫いて。

 

「――ぅわあああああああああああああああああああああああああぁっ!!」

 

「ひ、ひいっ! はひ、はひっ!」

 

「な、なんだってんだよ!? なんで森の化けモンが入ってくんだよっ!!?」

 

「うるせえ!! んなの俺が知るかッ!」

 

「馬鹿! おめえら喧嘩してる場合か! ぼさっとしてると巻き込まれるぞっ!!」

 

「お、おい! ギルドの赤がさっき入って来てたって言うぜ!」

 

「お偉いさんがやってたことがバレたんだよ!」

 

「ちっ! くそ、こんなところで捕まって堪るかっ!!」

 

 屋敷の入り口、或いは裏口などから蜘蛛の子を散らすように男達が走り出て来る。

 涙と鼻水を垂れ流しながら、ただひたすらに悲鳴を上げて逃げる者。

 息を切らし、足を縺れさせながらよたよたと走る者。

 青天の霹靂といった事態を受け入れられず、走りながら隣の男に食って掛かる者。

 雇い主を呪い、罵声を上げながら辺りを見回して逃走経路を探す者。

 ロワイエ公爵の屋敷から、三十余名の者達が逃げ出していく。

 その何れもが、ユウタ・コミネ及びジム・エルグランドの姿と、その武威を目の当たりにした者達だった。

 取るものも取り敢えず逃げ出した彼等は、程度の差こそあれ最短距離で森を出ようと、必死になって足を動かす。

 木々がまばらな道を、彼等はひたすらに駆けて行った。

 枝に服を引っ掛けて破り、茂みを突っ切って腕に切り傷を負いながら男達は無心に走り続ける。

 涙や涎を垂らしながら逃走する者達の背後、だんだんと屋敷の姿が小さくなり――そして、消えた。

 だが、川沿いに走る彼等は、その先に彼等が化け物と恐れる男の家がある事を知らない。

 その致命的な事実を知らぬまま、十五分ほど全力で逃走を続けた男達の視界に飛び込んで来たのは、

 

「――っ!?」

 

「な、な――――っ!?」

 

「ど、どう、して……?」

 

 彼等がよく知る――いや、先程まで彼等が居た建物。

 

 そう――アレクシス=エマニュエル・ル・ロワイエ公爵の屋敷だった。

 

「…………」

 

 ――そんな筈は無い――有る訳が無い!!

 

 ――自分達は屋敷に背を向け、一直線に走ったハズだ!

 

 ――なのに、何故!?

 

 ありえない光景を目にして、男達は目を大きく見開き、絶句する。

 

「い、いやだ――いやだいやだいやだいやだぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 逃走する直前、ジム・エルグランドの咆哮と怒りの声を間近で聞いた男が、頭を激しく振りながら狂ったように屋敷に背を向けて走り出した。

 

「ひ、ぃうひひひひ――ひゃははははははっ!! ひひっ、死ぬんだもう無理だ追いつかれた無理無理無駄死死死死死ししししシシっ!!!」

 

 走り出した男と同じ場に居た牢番は、その場にへたり込んで奇声を上げながら嗤い出す。

 

「お、おい――」

 

「ほっとけ! そいつはもうだめだ!」

 

「急ぎすぎてどっかで引き返しちまったんだろう! ほれ、さっさと逃げるぞ!」

 

「あ、ああ……!」

 

 嗤い続ける男に声を掛けようとした戦士風の男は頬に傷がある同僚に止められ、顎鬚を蓄えた男の一声でまた走り始めた。

 先走った牢番の男と、狂ってしまった男をよそに、残りの三十名は再び川に沿って逃走を始める。

 

 

 

 ――走り始めた逃走者の頭上、木の枝に座っていた一匹の黒猫が、にゃああぅ、と鳴いた。

 

 

 

 今度こそは間違えないと意気込み、集団のリーダーらしき顎鬚の男がひときわ大きな木に剣で印を付けると、残りの者は先頭の顎鬚の後を追うようにして整然と進み始める。

 そして、急ぎながらも慎重に進むこと二十分。

 

「――――な、んで――!?」

 

「う、嘘、だろ!?」

 

 開けた場所に出た男達の前には、またしても公爵の屋敷があった。

 

「ま、まやかしじゃないのか!?」

 

「そう思いたいがな…………あれを、見ろ」

 

 再び信じがたい光景に出くわした一人の男が、屋敷を幻覚ではないかと言い出したが、

 

「――ひゃははははははははははっ!! シシ死死死しししししっししいしししししししっ!!!」

 

 相方の男が指差す先に、狂ってしまった牢番の男がゲタゲタと嗤っているのを見て言葉を無くす。

 

 ――その時だ。

 静まり返った男達の頭上で、にゃああぅ、と猫の鳴き声がした。

 大きく響いたその声に、男達はばっ、と頭上を見上げ、

 

 ――にゃああぅぅぅお

 ――なぁぁぁあ~ぅぉ

 

 枝の上、”二匹”の黒猫が自分達を見下ろしているのに気付く。

 鳴き声の気味の悪さに加え、その瞳はとても紅かった。

 それが、男達にあの”化け物”の瞳の色を思い出させて――

 

「ひっ! ――ひいいいいいいいいいいいっ!!?」

 

「ぅ、うわあああああああああああああああああっ!!!」

 

「ち、ちくしょおっ!! なんだってんだ! なんだってんだよおっ!!!!」

 

 不可解な現象を二度も体験し、混乱状態に陥っていた男達の精神は限界を迎えた。

 一人が魂消る叫びを上げたのを皮切りに、残りの男達も次々と恐慌をきたしていく。

 

「お、おい! お前等、闇雲に逃げたって――!」

 

 そうなると最早統率も何も有ったものではなかった。

 リーダー格の顎鬚が制止する声も空しく、全員が一斉に散り散りになって逃げて行く。

 

「ちっ――くそがっ!!」

 

 四方に散っていった仲間達を見て舌打ちし、顎鬚は屋敷を見遣ると先程来た道を戻り始めた。

 

(どんなカラクリだかしらねえが――必ず抜け道はある筈だ! そいつを見つければ――!)

 

 リーダーは、それが辿ってきた道の何処かに有ると考え、血眼になって探し回る。

 川……異常無し。

 獣道……異常無し。草は自分達が通ってきた為だろう、踏み倒されている。

 木々……多すぎてはっきりとは分からないが……異常は無い。あの時付けた印も付いたままだ。

 これと言った変化を見付けられず、顎鬚男は眉間に皺を寄せた。

 

(――いや、まだだ。まだ見落としている物が有る筈――――ん?)

 

 またも屋敷に戻って来た顎鬚は、未だに嗤い続けている牢番の声を無視して思案する。

 その時、顎鬚は頭上から視線を感じて上を見上げた。

 

 ――にゃああぅぅぅお

 ――なぁぁぁあ~ぅぉ

 ――んなぁぁぁ~ぅぉ

 

 樹上には、”三匹”に増えた黒猫の姿。

 その三匹が、三匹とも自分をあの紅い瞳で見下ろしていた。

 気味の悪い鳴き声が男の脳に浸透し、背筋に悪寒が走るのを感じる。

 

(っ――コイツか――!!)

 

 戦慄と共に顎鬚男はそう直感し、腰の革ベルトに吊り下げていた短剣を抜き放ち、素早く投擲した。

 公爵に雇われるだけあってか、男が投げた短剣は吸い込まれるように猫達へと飛んで行き、

 

「――――! やったか!?」

 

 一匹の猫に突き刺さるかと思った瞬間、その姿は霞のように消え去り、標的を失った短剣は背後の枝に突き刺さる。

 頭上にあった不吉な存在が消え、顎鬚男は思わずぐっと拳を握り締める、

 

「――――ぐ、っ!?」

 

 と同時、全身を襲う強烈な虚脱感に呻き声を上げた。

 立っていられ無い程の眠気とだるさに、リーダーの視界は霧が掛かったように霞んで行く。

 

(な、にが――?)

 

 状況を一切理解できないまま、顎鬚男の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 水の精霊を祀った神殿。

 古来、絶え間なく湧き出る良質な水から、この地には精霊の力が強く働いていると考えられた。

 当時、この地に住み精霊を信仰していた人々は日々の恵みに感謝し、また未来永劫、子々孫々と精霊の加護が続くようにと神殿を建て、精霊への祈りを絶やさなかったのだ。

 

 そう、以前は”そうだった”

 だが、いつの頃からだろうか――”そうでなくなった”のは。

 最早、それを知る者も絶えて久しく――何百年と時は過ぎ。

 精霊を祀る神殿は、精霊を縛る牢獄と化していた。

 この地の特性に目を付けた古の魔道士達によって、地脈と精霊の力は捻じ曲げられ、彼等の身勝手な研究意欲の為にこの地は歪められた。

 また、魔道士達は精霊の反逆を恐れ、神殿とその周辺の精霊に呪縛を施して逆らえぬ様にしたのだ。

 そして、歪みの元凶である玄室は未だにその力を減じる事は無く、この地に住まう精霊達から力を搾取し続けている。

 召喚される精霊もまた、召喚主にその存在を縛られた(狂った)状態で呼び出されるのだ――今も、なお。

 

 ――故に。

 

(ギルドの”赤”だと――!? 何故だ、屋敷の周囲に配置した精霊共は何も見ていなかったぞ!?)

 

 この男、”精霊使い”ジェラール=ロジェ・デュカスには好都合だったのだ。

 男は仕立ての良い白い服に身を包み、銀糸で刺繍された紅いローブを纏っている。

 二十半ばの目鼻立ちが通った美男子ではあるが、頻りに杖でトントンと床を叩く仕草と、爪を噛んで眉間に皺を寄せている姿からは、見る者に神経質そうな印象を与えるだろう。

 

(地下からも進入した者がいたとはな。此度の特別な儀式の為に、地下の一体を戻していたのが仇となったか……)

 

 ジェラールは、屋敷の四隅と屋根の上に配した精霊の視界を通して見える逃げ惑う者達の姿に、がりっ、と音を立てて親指の爪を噛んだ。

 メイズが屋敷の周り――四隅と上空、及び以前には地下も――にその存在を感知した敵性体とは、この男が呼び出した精霊である。

 ジェラールは数年前までギルドに所属し、ランク赤に相当するとまで言われた”属性の異なる精霊を複数同時に召喚し、意のままに使役する腕の持ち主”だった。

 だが、平民出のギルド員をあからさまに蔑む傲慢な態度を嫌われ、また本人もそんなギルドに愛想を尽かしてロワイエ公爵の招きに応じている。

 性格上の問題がある人物だがランク赤相当と言われるだけの実力はあり、火水土風、四元の精霊を四体同時に使役可能な彼にとって、縛られた精霊を六体使役する事など造作も無いことだった。

 加えて、使役している精霊の維持には、ここの地下にある玄室の魔力を使用できる。

 これにより、ジェラールは維持に自身の魔力を割かずに済み、使役に専念できたのだ。

 また、元王宮魔道士でロワイエ公爵の懐刀である男には及ばないものの、ジェラールは彼の者の弟子達を歯牙にも掛けぬ実力を持っていた。

 その為、公爵と彼等が玄室で”儀式”を行う時には、ジェラールが上に残り不測の事態に備える手筈になっている。

 屋敷の四方に四体、屋根の上に一体、そして地下にも一体。

 計六体の精霊を配し、彼等に監視をさせる――休息を必要とせず、且つ”呪い”により支配が容易な精霊による監視網は完璧で、屋敷を探りに来た他の貴族の諜報員らしき者達を幾人も撃退、もしくは始末していた。

 たとえ”網”を突破しようとも、すでに侵入を看破された盗人は腕利きの傭兵や衛兵……更には(まず滅多に無いことだが)ジェラールを相手にする事になる。

 侵入者は鋭い刃や切っ先を切り抜けたとしても、四元の精霊――焔の精霊による死の抱擁、風の精霊が繰り出す見えない刃、土の精霊の頑強な拳、水の精霊に纏わりつかれて地上で溺死――によって手荒い歓迎を受けるのだ。

 公爵がこの屋敷を手に入れ、儀式を始めてから今まで一度たりとも屋敷に侵入した者が無事に屋敷から出た事は無い。

 空と地上、地下と、屋敷の周囲を完全に押さえた万全の布陣だったが、今日に限ってはそこに一つの穴が開いていた。

 いつもの”儀式”であれば監視網を崩さずに済むのだが、今回は新たに”調整”を施した”儀式”を行う為に玄室の魔力を多く使うという事と、不確定要素を除く、という二点の理由で地下にある玄室に近い精霊は送還してある。

 

(地下からの侵入者は”命獣(キマイラ)”か、ちっ! …………もしかすると新たな”儀式”の影響で精霊共に影響が出ていたのかもしれん。いや、間違いなくそうだろう)

 

 ローブを翻して、ジェラールは二階の自室から階下へと急いでいた。

 地下からの侵入者に関してはやむを得ないだろう……精霊を配していない上、牢に詰めている連中の練度ではランク赤を殺害したと評判の”黄”は止められまい。

 そして地上と空だが――こちらに関してはいつもより大規模な”儀式”の所為で精霊共の知覚になんらかの影響が出たと考えられる。

 玄室に蓄えられた魔力を、一時的にとはいえ完全に消費するほどの”儀式”だ――ならば、この地の精霊にも影響はあるだろうとジェラールは考えた。

 今は精霊を通して見る視界に不調は無い――とは言え、地上からの侵入を許してしまった失態は失態として甘受する。

 

「森に住む野人と、ぽっと出の”赤”か。フン、私に見合う相手とは思えんがな――――む?」

 

 失態は行動をもって贖う――ジェラールは鼻息も荒く地下へと続く応接間へと足を向けようとして、怪訝そうに眉根を寄せ立ち止まった。

 

(――なんだ? なぜこいつ等は同じ所をぐるぐると回っている?)

 

 地下へと急ぎながらも、精霊の視界を共有していたジェラールは屋敷の外、同じ場所を延々と往復し続けている男達の様子を観察する。

 好き勝手にばらばらの方向に走る男達は、しかし屋敷から一定の距離まで行くと戻って来るのだ。

 その途中、互いにぶつかることもあるのだが、まるでぶつかった相手が見えぬかの如く、男達は恐怖の叫びを上げながら転倒し、よろけ、再び立ち上がって往復を続ける。

 その奇妙な輪廻は、一人の男が短剣を樹上に投げつける事で唐突に終わりを告げた。

 短剣を投げた顎鬚の傭兵が突然膝から崩れ落ちると、他の者達も糸が切れたように一人、また一人と地に伏せてゆく。

 その不可解な光景を見たジェラールは、外にも敵が潜んでいるという事実を察知した。

 

(――”飛べ”)

 

 すかさず、屋上の一体を上空に舞い上がらせて地上を見渡させる。

 同時に、屋敷の四隅にいた精霊達に魔力を注ぎ、視覚を強化して四方を監視させた。

 が、彼等から送られてくる情報には敵の姿は無い。

 

(相当に離れた位置にいるか、或いは潜伏しているかだな。全員を幻覚状態に陥らせて疲労させ、止めに眠りの魔術――手合いから見て、外に居るのは幻術を得意とする魔術師か)

 

 先程の状況からそこまで推察し、紅の魔道士は外へと歩を向けた。

 ――地下の侵入者や赤は、どうせ公爵ご自慢の魔道士達が片付けるに決まっている。

 ――無駄足を踏むぐらいなら、姿を見せない外の敵を始末した方が良い。

 

(さて、すぐに燻り出して縊り殺してくれよう)

 

 唇だけを吊り上げて歪に笑うジェラールの両手首に嵌められた銀の腕輪が、鈍い光を放っていた。

 

 

 

 

 

『――”黄”と”赤”の”解錠”認証を完了』

 

 光だけが溢れる、音の無い静かな蒼の世界。

 上空、屋敷の姿が最早見えず、森と草原の境界が見渡せる程の高さに黒い影が佇んでいる。

 佇んだまま、地上の様子を俯瞰しているメイズが呟いてから暫くの後、

 

『――”檻”の作動を確認』

 

 多数の小さな光が屋敷のある位置から溢れ出し、周囲を惑い始めた。

 光は、まるで巣を崩されてバラバラに動く蟻の如く、黒い匣付近に散らばり――そして、一定の距離を離れるとまた匣に引き寄せられるように戻ってくる。

 

『――続いて”錠”の発動を確認』

 

 しばらく続いた光の惑乱は、唐突に終わり、光の群れは静止した。

 それを見ても動かないメイズの視線の先、匣の中から”銀色の光を二つ宿した”光の塊が一つ外に出て来る。

 同時に、匣の周りに居た五体の敵性体が、光の塊の周囲に集う。

 ソレは、五体の敵性体を従えて、ゆっくりと匣の正面へと歩き始めた。

 

『”精霊使い”を確認――対象の無力化を開始』

 

 ――”黒”が、高々度から滑り落ちるように”銀”へと迫る。

 

 

 

 

 

 ――補助装置(デバイス)とは、魔術を使う者にとっては特別な意味を持つ物品である。

”補助”という単語から予想される通り、それらの物品は、魔術に関わる諸々の事象を補助(増幅)する効果を持つ。

 例を挙げれば――攻撃魔術の威力増強、魔術を行使する際に肉体や精神に掛かる負担の軽減、効果範囲の拡大、等々。

 そして、”装置”という単語からは大型の物である事を想起させるが、別段そんな事は無い。

 確かに、一人二人では動かすことさえ困難な大型の”補助装置”も存在するが、こういった大型の物は、主に儀式魔法などの数人から数十人規模で行われる大規模魔法の補助に使用される。

 普通、十人の魔術師に聞けば十人全員が手に入れたいと願う”補助装置”とは、携帯可能な大きさの物だ。

 最も多い形状は杖型。

 次いで指輪、ブレスレット、ネックレスなどの形状をした”補助装置”がある。

 これらは、主に古代遺跡や神殿跡などから見つかり、現代では作成できる者は数人も居ないと言われている貴重な物だ。

 よって、”補助装置”を所持する事は、魔術師にとって一種のステータスでもある。

 ”精霊使い”ジェラールは、そんな魔術師垂涎とも言える”補助装置”を二つも所持している魔道士なのだ。

 彼の両手首に輝く銀の腕輪は『精霊の翼』と呼ばれる一対の”補助装置”であり、身に着けているだけで精霊召喚に掛かる負担を軽減してくれる。

 更に、”起動の呪文(コマンドワード)”を唱えて”起動”させる事で、召喚している精霊の能力を(最大で二倍近くまで)強化する事が出来るのだ。

『精霊の翼』のような”起動の呪文”付きの”補助装置”は発見例が少なく、闇市などでは目が飛び出るような高額で取引されている。

 以前、遺跡探索でこれを発見したジェラールは、元々高かった能力を更に向上させたことで、精霊召喚では他に並ぶ者無しとまでの評価をギルドで得ていた。

 

 そして今、彼は銀の腕輪を”起動”させ、風の精霊を一体、土と火の精霊を一体ずつと水の精霊二体を従えている。

 計五体を引き連れ、悠々と歩を進めるジェラールはマントを風になびかせて――しかし、抜かりなく精霊の視界を共有しながら進んでいた。

 風の精霊による高所の索敵。

 不意打ちに備え、防御能力の高い土の精霊と攻撃能力が高い火の精霊が前衛。

 後方には水の精霊を二体。

 各精霊を自身の周囲に配した鉄壁の布陣で進むジェラールにとって、姿を見せぬ侵入者などはいずれ狩り出されるキツネに過ぎなかった。

 そもそも、幻術に頼る魔術師など、召喚や攻撃魔術などの”花形”な魔術をまともに使えぬ者が多い。

 

(――大体、先程の戦法からしてもそうだ)

 

 幻術で混乱、疲弊させてからの”眠り(スリープ)”……なんと姑息で陰険なやり方だろうか、とジェラールは零す。

 

(しかも術者は最後まで自身の姿を見せなかった。これでは魔術師と言うより、まるで汚らわしい暗殺者の如き在り方だ――このような輩は即刻処断せねばな)

 

 内から湧き上がる憤怒は面に出さず、あくまで冷静かつ理知的な態度を崩さぬままに紅の魔道士は悠然と歩みを進め――そして。

 

 

 

 

 

 ――唐突に、その意識は黒く塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 ジェラールの意識が途切れる僅か前。

 

『補助装置は励起状態、か。通常の手合いにならいざ知らず――』

 

 轟然と歩いているジェラールの上空五十メートル――ジェラールや、彼の従える精霊にも見つける事の出来ない黒い影が腕を組んで佇んでいる。

 蒼い双眸が、中空に銀の尾を引きながら進む対象を見つめていた。

 音が一切存在しない蒼の世界で、メイズの声にならない(いしき)が響く。

 

『――私相手にそれは最大の悪手よ』

 

 凍えそうなほどに冷たい声がメイズの唇から零れ落ち、彼女の人差し指の周りに白い光の粒子が集い始めた。

 指差す先には銀の光。

 

『――疲労(スリープ)

 

 短い言葉と共に、集った白い光が銀の光――すなわち、ジェラールの両腕に嵌まっている”起動状態の補助装置”に吸い込まれていった。

 

 

 

 

 

”世界”とは人間が住む物質世界だけではない。

 精霊が存在する――言うなれば精霊世界とも表現するべきか――世界も平行して存在するのだ。

 精霊は普段、人間が住む世界には姿を見せない。

 その姿を見られるのは、彼等自身から人間の世界へ出て来た時か、召喚されて姿を現した時のどちらかである。

 自身の本体を精霊世界(と呼ぶ事にする)に置いている精霊は、例え人間の世界で倒れることがあっても死ぬことはない。

 また、幽霊のような存在の為、魔法の掛かっていない武器では傷付ける事すら出来ないのだ。

 知覚能力にも優れ、人間の世界は勿論のこと、精霊世界での能力は人間の世界での五倍にも及ぶ。

 

 メイズのいた蒼い世界――それが精霊世界である。

 彼女は先程から自分の意識を蒼い世界へ”投射”し、通常の物理法則が存在しない精霊世界で宙を駆けていたのだ。

 精霊世界では”命を持たない”無機物は通り抜ける事が出来るが、草や木などの”命有る者”を通り抜ける事は出来ない。

”生きた”物体は精霊世界では光の塊として認識される。

 故に、この森はまばゆく輝いているのだ――あの、匣を除いて。

 

 ――だが、ここで疑問が湧くであろう。

 精霊の知覚能力が格段に上昇するかの世界で、どうして彼女はジェラールが支配する精霊に見つからなかったのだ? と。

 ――例え人間世界に召喚されても、精霊は自身の世界を視る力を失ってはいないのに。

 そしてもう一つ、精霊世界から物質世界へと魔術を行使しても、魔術は世界を跨いで効果を発揮する事はないのだ。

 それなのに何故、ジェラールは倒れたのか――?

 

 

 

 

 

『”精霊使い”の無力化に成功――敵性体五体の帰還を確認』

 

 銀の光が消え、ジェラールの光が弱まると、彼の周囲にいた精霊たちは全て精霊世界へと帰ってゆく。

 だが、召喚のくびきから解き放たれたとはいえ、玄室が存在する限りはこの地に呪縛され続けるのだろう。

 世界を越えて帰還する精霊の光は弱々しく、メイズの瞳にはどこか悲しげに映った。

 

『目くらましはもう必要ないわね――――御免なさい、貴方達の”首輪”、私では外してあげられない』

 

 呟いたメイズの蒼い瞳が瞬くと、精霊はそこで初めて彼女の姿を認識したようで驚きの意思がメイズに伝わってくる。

 

『――せめて、今匣を使っている者達だけは、ここから連れて行くから』

 

 精霊達に掛けていた”認識誤認”の魔法を解いて、メイズは地上へと降下した。

 そこには地に倒れ伏した男が一人。

 両腕には、銀の光が消えた腕輪が陽の光を受けて煌いていた。

 

『随分と大きな目印だったわ”精霊使い”――――狙いを付けるのも必要ないくらいの、ね』

 

 冷めた目で気を失っている男を見下ろし、メイズは腕輪に目を遣る。

 

 ここで一つ、”補助装置”の特性について語らなければならないだろう。

 ”起動した補助装置”は、精霊世界から絶えず魔力を得る。

 つまり、常に物質空間へ”道”が通っている状態になるのだ。

 先述の通り、物質空間から精霊世界へ魔術を掛けたり、その逆で精霊世界から物質空間へ魔術を掛けたりことは出来ない――――普通なら。

 ならば、二つの世界を超えて魔術を掛ける条件は何か?

 魔術を掛ける――すなわち、呪文を唱えるという行為自体は、世界の境界を越える条件ではない。

 精霊世界に存在する精霊や、”投射”によって境界を越えたメイズは、物質空間に存在して精霊世界との”繋がり”を持たない存在には手出しできないのだ。

 ――もうお解かり頂けただろうか?

 物質世界と精霊世界に魔力が通る”道”を開いている”起動状態の補助装置”に対しては、その”道”を通して”補助装置自体”に魔術を掛ける事が出来るのだ。

 つまり、先程の”疲労”の魔法は”補助装置”に対して行使され、魔法の効果範囲内にいたジェラールにも効果を及ぼしたのである。

 

 腕輪から視線を外し、再び上空へと戻ったメイズは森のへと迫る多数の光の群れを見た。

 その、所々が黒く染まった歪な光の群れを視て、メイズはしばし思案に沈む。

 

『規模と装備からして軍、か。公爵の軍が動いたにしては早過ぎる――――ああ、そういうことか』

 

 光の群れの方向へと秒速二キロメートルで飛んでいた途中、何かに気付いたように頷くメイズ。

 

『ご老体、或いは姫君の指図ね――やれやれ、そういうことは先に言っておきなさいよ、ソルティドッグ』

 

 見下ろす下、蠢く光の中に知り合いの諜報員が放つ光を見て取り、メイズはここに居ない上司に愚痴る。

 

『ふう……さて、そうと判れば”檻”は解除しておかないとね。後は軍に傭兵達を任せて、私は”精霊使い”を回収して帰還するとしますか』

 

 溜息を一つ漏らし、黒い流星と化したメイズは”檻”を設置した大木の元へと飛んだ。

 

 

 

 

 

 大木に手を当て、瞑目したメイズの体が一瞬蒼く光る。

 

「――ふう」

 

”檻”を解除したメイズは振り返ると、紅い瞳の牛ほどに大きい黒猫が背に乗せた”精霊使い”を見遣り、溜息を吐いた。

 こちらを見上げてにゃあと鳴く黒猫に微笑んだメイズは、いつの間に取り出したのか、きのこや野草がいっぱいに詰まった籠を背中に担ぐ。

 

「さて、帰ろうか」

 

 言って、メイズは屋敷の方角に背を向けて歩き出した。

 

(帰ったら報告書か――――割と熱い感情を見せていた”赤”、蟲毒――と表現して良いのかしらね。まるで”あの時”視た”アレ”のような仕打ちを受けて尚生き延びた”黄”、それともう一人――多数の祖霊が守護しているように視えた謎の男、か。はぁ……)

 

 疲れた足取りで、メイズは森の出口へと向かう。

 

「何故かしら、近い内にまた関わり合うことになりそうな気がするわ……」

 

 溜息と共に零れた愚痴ともつかぬ言葉は、まるで未来を予言するものであるかのように、メイズには感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『後は、向こうの部屋にいるオッサンが、安全な場所まで連れて行ってくれる。美味いメシも食えるし、あったけぇ布団でも眠らせて貰えるだろう。……もう、大丈夫だ。苦しまなくていい』

 

 その台詞と共に事の始末をユウタに任せ、家への帰路を急ぐジムは水路を出たところでふと立ち止まると、公爵の屋敷を挟んで反対側の方角をじっと見つめ、

 

「”アンタ”が何をしに来たのかは知らねぇ…………だが、ここに居た”連中”の鎖を断ち切ってくれた事は感謝する」

 

 小さな声でそう呟くと、踵を返す。

 

 立ち去る巨漢の背後、水路に落ちる一粒の水滴が弾んだ音を立てて水面を叩いた。

 

 

 

 

 

 ――その日の夕方。

 冒険者の店『銀の月』にて。

 

「ふぃ~……つっかれたぁー」

 

「帰ったかソフィ。ほう、その様子だとクエストは成功だったようだな」

 

「へっへー! もうバッチリ成功大成功、ってね!!」

 

 年季の入ったウェスタンドアを鳴らして入って来たソフィを見て、グスタフは僅かに顔を綻ばせる。

 鎧のあちこちが薄汚れ、頬も土埃で汚れていたソフィは、グスタフを見て満面の笑みを浮かべ、親指を上に向けて立てた。

 

「おっすマスター、今帰ったぜ~」

 

「おうジャンか。えらく早かったな」

 

「ああ、今回はそんなに難しくなかったからな……ほら、こいつが依頼の品で良いんだよなマスター?」

 

「む…………ほう! 随分と上物を持って帰ってきたな。こいつならいいパイプが作れそうだ!」

 

 ソフィの後から片手を挙げて入って来たジャンがカウンターに木の根や枝などを数本置き、グスタフはそれをしばし値踏みした後、感嘆の声を上げる。

 

「ではジャン、これが報酬だ。二人共、ご苦労だったな。今日の夕食のメインは鮭のムニエルだ、きのこの良いのが入ったからソースと一緒に盛り合わせておいたぞ」

 

「やったー! ボクの大好物だー!!」

 

「ヒューッ!! マスター、最高だぜ!」

 

 ジャンの前に銀貨の詰まった袋を置くと、一旦奥に引っ込み、湯気が上がる大皿を二つ運んで来たグスタフを見て二人は快哉を上げた。

 

「あ、二人共お帰り」

 

 喜び勇んで料理に取り掛かろうとした二人に二階から降りてきた人物が声を掛ける。

 

「あ! メイズ、今帰ったよー!!」

 

「お、おう、居たなら早く下りて来いよ。先に飯にするところだったじゃねえか」

 

 柔らかな笑みを浮かべてカウンターに近寄ってくるメイズを見て、ソフィはぶんぶんと手を振り、ジャンはどきまぎしながら無理やりへの字口を作って返事した。

 

「いや、ゴメンゴメン。疲れてたから一寸休んでたんだよ」

 

「え、メイズもどっか行ってたの?」

 

「――っと、朝俺達が出るときには、出掛けるとは言ってなかったよな?」

 

 ふぁ、と軽く欠伸を漏らしたメイズに、ソフィが首を傾げ、ジャンはその仕草を思わず注視する。

 

「ああ、そんな大したものじゃないよ。いつもの野草採りにね」

 

「え……で、でもさメイズ、確かあの辺りって、例の赤目の化け物が棲む森の近くじゃなかったっけ?」

 

 首を傾げていたソフィは、ふと表情を強張らせるとメイズにずいっと顔を近づけた。

 

「そうね」

 

 それに対して事も無げに答えるメイズ。

 

「そうね、って、おい! んな危ないトコに行ってたのかよ!?」

 

「そうだよ! 怪我でもしたら大変だよ!?」

 

「ジャンもソフィも心配性だね。大丈夫だよ、いつも通りにお仕事して来ただけだから」

 

 危機感の無い反応に、詰め寄る二人を宥めながら、

 

「”外側の方”で、ね」

 

 メイズは微笑んで片目をつぶって見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 という訳でメイズ編の二話目です。

 今回も彼女は他の三人とは別に動いていますね……尤も、一名には気付かれていますが。

 

 さて、こちらもなんとか間に合わせたし、次は自作品にも取り掛からねば。

 

 

 

 それでは樹氏、次をお頼みします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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