No.603618

二ッ岩マミゾウ合同誌寄稿「鯨海アンチテーゼ」プレビュー

FALSEさん

二ッ岩マミゾウ合同誌「二ッ岩化物録 http://maskman.jp/mamizosan/ 」に寄稿した文章のサンプルとなります/時は平安時代中期、化け術修行の身のマミゾウさんが奇妙な女の子を拾うお話/お察し下さい/横書きで読みやすくするため、若干行間を調整してあります。本紙は縦書ですのでご注意下さい。

2013-07-31 23:33:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:745   閲覧ユーザー数:744

 

 §

 

 北陸道、佐渡国。

 越後国から鯨海を北へ渡った先にある絶海の孤島である。

 鯨海の荒波を越えた先にある、自然の牢獄。古くは平城の時代より流刑地として用いられてきた、最果ての地だ。そんな呪われた地でありながら肥沃な平原と豊富な水源を持ち、純朴な農民が細々と暮らしている。

 その更に北、海に面した相川の集落では、化け狸の噂が立っていた。曰く、相川の山奥には狢(越佐における狸の呼称)が住んでおり、悪事を働く者の所に現れては全ての財産を騙し取ってしまうのだという。

 そんな噂を知ってか知らずか、数人の猟師達が集落への帰路を急いでいた。日が落ちれば魍魎が跳梁跋扈を始める。皆一様に口数少なく、歩調は早い。

 そんな最中だ。猟師の一人が山林の合間に奇妙なものを見つけたのは。彼はやにわに足を止めて、目を凝らした。

 

「おい、どうした。早く帰ろうや」

「いや、あそこで何かが光ってるんだ」

 

 他の猟師もそれに倣ってみると、確かに不自然な反射光が木々の狭間から漏れている。特に目立った動きはなく、妖魅の類いではなさそうではある。

 男達は残った矢を弓につがえ、油断なく光源に近づいていった。距離が詰まるにつれ次第に形が明らかになって、高貴な金色の光が猟師達を釘付けにする。

 

「……あんれ、まあ」

 

 男達は驚愕した。獣道の傍らに、金色の薬師如来坐像が鎮座しているのだ。全員一斉に仏前に跪いて、拝み倒す。

 

「何とまあ、有り難い」

「でもよう、誰がこんな所に仏さんなんか」

「馬っ鹿、誰だっていいじゃねぇかよ。有り難いもんだ」

 

 国分寺のご開帳も行われず久しい折である。総金貼りの仏像を目の当たりにするのは、猟師達はおろか相川の住民にもそうはいない。一頻り彼らは仏像を拝んだ後で、顔を見合わせ相談を始めた。

 

「これほど立派な仏様だ。何か供え物をせにゃ罰が当たる」

「つっても、大したものなんか持ってねぇぞ」

「俺の弁当の残りならあるが」

「おいらも出そう。何もないよりましだ」

 

 そうして仏像の前には強飯が数個、笹の葉に乗せられて並んだ。その後改めて仏像を拝んでから、猟師達は仏像の前を立ち去っていった。残される仏像と食料。

 結局彼らは、山奥に仏像が置かれる不自然さに気がつかなかった。草叢に隠されて仏像から生える巨大な尻尾にも。

 仏像が細かく身動ぎを始める……が、新たな人の気配が近づいてくると同時に、ぴたりと止まった。

 ばさばさと繁みが鳴って、林の間から姿を現したものは……先ほどの猟師達と明らかに異なる何かである。

 ぼろ布にも等しい服の下から二本の足が覗いているので、恐らくは人間。しかし大枝の杖を突きながらおぼつかない足取りで歩く様子は、いつ倒れてもおかしくない。

 それはゆっくり仏像の前に歩み寄ると、足元に置かれた強飯の列の前で動きを止めた。

 しばらくの沈黙。

 顔を上げる。ばさばさした白髪の間から、眼光が覗いた。血潮がそのまま眼球を為したかのように真っ赤である。

 薬師如来の目と、睨み合う。

 再びそれが動いた。仏像の前にしゃがみ、笹の葉を掴み上げる。懐にそれを隠し、そのまま立ち去ろうとして。

 

「どこへ持っていくつもりじゃ、盗人め」

 

 背後からかかった声で、足を止める。振り返った先に、もはや仏像は存在しない。代わって居たのは修験者じみた枯れ草色の法衣を身につけた女性であった。頭上には鋭く尖る狸の耳が、背には背負い袋にも似た尻尾が生える。

 

「何が盗人だ。界隈の民から騙し取ったものだろうに」

 

 女が片眉を上げる。流浪者からの返答は意外にも張りのある高い声、しかもあどけない娘のものであった。

 

「騙し取るとは失敬な。儂は奴らの信心を試してやっとるだけじゃ。仏像に唾を吐く罰当たりは、酷い目に遭わせてやるものよ。例えばおぬしみたいな不届き者にはのう」

「下らん舌の回る狸だ。いかな方便を設けようが、詐術であることに代わりはあるまい」

「詐欺師なら盗んでも良いてか。それもまた方便じゃのう。いまの手慣れた仕草。どうせ本物の道祖からも、供え物を掠め取ったことがあろう?」

 

 一歩、女性が前へ。呼応するように一歩引く流浪者。

 

「……返さんぞ」

「まあ、返さずともよい。それを本気で食う心算ならな」

「何……!?」

 

 懐を見て、絶句する。抱え込んだ強飯の笹包みが、別のものに変わり果てていた。それが流浪者にげこげこと鳴く。

 思わず仰け反った流浪者の懐から、数匹の蛙が飛び出し女性の元へと跳ねていく。彼らは女性の手に飛び乗ると、掌で丸くなり姿を変えた。笹に包まれた、強飯の束に。

 

「妖術……!」

「所詮は小童よ。この程度の化け術すら見抜けぬとは」

 

 流浪者がその場に力なくへたり込む。

 

「畜生……もう歩く気力もない。化け狸に化かされて死ぬなんて、久方ぶりの屈辱だ……」

 

 女性は目を細め、小さくなった流浪者を見下ろした。

 

「おぬし、飯を絶って何日になる?」

「十日。その間は木の根を噛んで凌いだ」

「おいおい……」

 

 一つ息を吐き、女性は流浪者に歩み寄り腕を掴み上げた。弱々しい声が、僅かな抵抗を見せる。

 

「私も食らう気か、化け狸め。骨と皮しか残ってないぞ」

「そうさな。ちいと肥えて貰わんと、旨くはあるまいて」

 

 両腕を自らの肩に回し、持ち上げる。軽々と。そのまま流浪者を背負い、尻尾で押さえつけた。

 

「強飯よりも、いいものを馳走して進ぜよう。長い絶食でおぬしの胃腑は弱り果てておる。あのまま強飯を食せば、飢えよりも酷い嘔吐に苦しんで死んでいたぞ?」

 

 背負われた流浪者は、無言だった。

 

「棲家に戻れば、粥くらいは誂えられようて。それまでの間生き永らえておれ……おい返答せよ。今眠りについては、二度と目が覚めんぞ?」

「……お前は本当に、物の怪なのか?」

 

 背後からの質問に、女性は目を瞬きさせる。

 

「おかしなことを聞く奴じゃな。見ての通り、正真正銘の化け狸よ。先ほどの化け術を見ておらんかったのか」

「そういう意味ではない。今までお目にかかった物の怪は、屍肉をついばむ烏と大差ないけだものだったということだ」

「儂をそこらの魍魎風情と、同じ様に見て貰っては困る。人間が等しく八百万の神に手を合わせていた頃は、儂らも霊獣の一角であったというに。海の向こうから仏像が来て以来、物の怪と同じの扱いになってしもうた。まったく、狐どもは要領良く神獣の座に収まりよって」

 

 語尾に舌打ちが混じる。流浪者の側からは見えてないが、彼女の作る表情は苦々しい。

 

「それで、今更人間に恩を売りたくなったか」

「それもあるが、おぬし本人にも興味がある。おぬし島の人間ではなかろう? 佐渡訛りのない大和言葉を淀みなく用い、狢を狸と呼ぶ。それに年端に似合わぬ聡い物言い。越佐よりもずっと南……京から来た、それもやんごとなき身分の出と見るがのう。どうじゃ?」

 

 流浪者は応えない。二人は獣道を下り続ける。

 

「それがどうして佐渡の山奥で、乞食の真似事をして死にかけておるのやら。さて自己紹介しておこうか。儂はこの界隈を縄張りにしている者で、集落の人間からは二ッ岩の大狢と呼ばれておる」

「二ッ岩……?」

「ほれ、あれが由来よ」

 

 繁みに紛れて、夫婦に見える丸い大岩が二つ並んでいる。大狢は岩の裏側に回り込み、雑草に身を沈めた。それらによって丁寧に隠された風穴が、彼女達の前に口を開ける。

 流浪者は背負われたまま首を左右に動かし、洞穴の暗闇に目を慣らした。高さ六尺、奥行十歩ほどの狭小な空間だ。それらの中に目を凝らしてみると、板張りの上げ床が最奥に設けられているのが分かる。

 大狢はその上に流浪者を下ろし、足早に奥へと向かった。衣擦れと共に硬いものがぶつかり合う音が、洞穴に響く。動けない流浪者が中空を見上げたまま様子を伺っていると、背後でカチカチという金属音が何度か響いた。

 突如、視界が開ける。突如として現れた光源によって、洞穴内部の全貌が明らかになった。三歩四方ほどの空間に箪笥と布団、生活道具が一通り揃っている。さらには一段下がった場所に、簡単な竈まであった。

 そして、背後。光源となる上げ床の真ん中には囲炉裏があって、大狢がそれに火種をくべている。

 

「湯が沸くまで少々かかる。それまで辛抱せえよ」

「場所が場所なら、人間の暮らしと大差ないのだな」

「物の怪だったら調理したものを食っても、布団で寝てもいかんなどとは誰も決めておらんわい」

 

 大狢は洞穴の奥から櫃を引き出すと、その中から雑穀を匙で掬い取り、鍋に入れた。

 

「それで、おぬし名は何と言う」

 

 鍋を火にかけながら、大狢が問う。なぜか若干の間。

 

「……名乗りたくはない」

「なぜじゃ。名無しでは呼びにくかろうに」

「物乞いでも人間でも、好きに呼べばいい。どのみち長い付き合いになるわけでもあるまい、化け狸よ」

「儂は化け狸呼ばわりは納得いかんがな……ふむ」

 

 火の具合を見ながら大狢が一思案する。

 

「儂の名はマミゾウじゃ。気軽にマミゾウと呼んどくれ」

「猯蔵だと。まるで『人乃助』みたいな呼び名だな」

 

 大狢ことマミゾウが失笑を浮かべた。

 

「その昔、互いが互いの名付け親となった奴がおってのう。気に入ったのでそのまま使っておる」

 

 ふつふつと雑穀を煮立てる。

 

「して、童女よ」

「わ、童女だと?」

 

 マミゾウは鍋をかき混ぜながらにやけた笑みを浮かべる。

 

「好きに呼べと言うたのはおぬしじゃろうに。その声音、腰骨の太さ、どう見てもおなごじゃわい」

「納得が行かん」

「さておき、童女よ。おぬしこの先行く当てがあるんかい。あんな場所をほっつき歩いていたところを見るに、とても頼る伝手などないように見えるんじゃがのう」

「物の怪に案じられるようなことではないな」

「ならええがのう。このままだとおぬし、結局野垂れ死んで烏の餌になるか、また儂に拾われるかのどちらかになろう」

「死なんさ。こう見えて、人並みより頑丈なんだ」

 

 そんなやり取りを繰り返す間に、雑穀粥が出来上がってきた。腕にそれらを掬い取り、童女に差し出す。

 

「どれだけ頑丈かは知らんが、ゆっくり食べよ。体が飯を受け付けん間は、やわこいものから慣らさんといかん」

「附子の類でも仕込まれているのではあるまいな」

「殺すつもりなら、も少し分かりやすい手を使っておるわ」

 

 童女はその後しばらく椀を眺め、匂いまで嗅いでいたが、襲いくる飢餓に対して彼女はあまりにも無力だった。一口含んだら、あとはなし崩し。味気のない雑穀粥を、夢中でかき込む童女を眺め、マミゾウは頷いた。

 

「がっつくでない。腹を膨らまし過ぎれば却って体に悪い」

「もう一杯貰っていいか」

「だから慌てるなと言うとろうに」

 

 軽快に笑うとマミゾウは土間に降り、岩壁に立てかけてあった盥を倒して横たえる。童女が粥を啜るのを他所に、甕から水を汲んで盥に張った。

 

「落ち着いたらの。その襤褸を脱いでこちらに下りて参れ」

 

 童女が椀から顔を離し、眉をしかめる。

 

「服を……? 何をする気だ」

「そんな顔をするな。そんな汚らしいなりで、よく平気でいられるもんじゃ。洗ってやろうと言うておる」

 

 固まったままで、マミゾウを凝視する。

 

「だから心配するなと。儂も雌の端くれじゃて、変なことはせん。するなら弱ってる時にじゃな」

 

 童女はそれ以上の弁解を無視した。残った粥を口に流し込むと、先ほどの困憊などどこ吹く風で立ち上がる。

 

「煮て食うなり焼いて食うなり、好きにしろ」

 

 身につけていた小袖……らしきものを乱雑に脱ぎ捨てる。白髪に覆われた裸身は、どす黒く汚れていた。マミゾウは腕まくりしてその肩を抱え上げると、身ぐるみ盥に投入。

 

「おお、みるみるうちに水が曇っていくわい……一体どれだけの間洗っておらなんだか」

「もう覚えてない」

「じゃろうな。しかし、なんだ」

 

 童女の髪をまとめ上げて、頭上で束ねる。ようやく彼女のほっそりとした体躯が明らかになった。

 十日に渡り絶食した身体はやつれ果て、肋が浮いている。その汚れを拭い落としながら、マミゾウは目を見張った。

 

「長く山歩きをしてた割にはきめ細かい肌。磨けば光るな」

「奴婢として売り飛ばすつもりか」

「一時の食物を得てものう。それより気になることがある」

 

 傍に脱ぎ捨てられた小袖を手に取る。破れ目だらけで、とても装束としては使い物にならない。

 

「服はこれほど酷い有様だというに、着る者の方には傷が一つもついておらん。一体これはいかなる技じゃ?」

「だから言っているだろう。頑丈なんだ」

「そういう問題か。おぬし、変なことを言うとったな? 『化け狸に化かされて死ぬとは久方ぶりの屈辱』と」

 

 童女は無言。

 

「まるで、これまで何度か死んだことがあるような言い草じゃったわい。おぬし本当に何者なんじゃ?」

「お前、多少の知恵はあるようだが」

 

 不意に童女から返ってきた言葉は、一見してマミゾウの問いかけとは無関係にも思えるものである。

 

「仮に私が和銅の生まれだと聞いたら、信じるか」

「和銅……?」

 

 マミゾウは首を捻った。大化の改革により年号が定まるより前の生まれである彼女にとって、未だ不慣れな概念だ。

 約二百年ほど前である。

 

「見ていろ」

 

 童女が突如右手を口元に近づけた。人差し指を強く噛む。指に浮かび上がる、真っ赤な血の球。

 

「おい、一体何をする」

「いいんだ。この程度の傷だったらな」

 

 ぱしゃり。盥の水面に指を走らせて、もう一度マミゾウに見せた。目を瞬きして指先を見る。

 

「……これは、たまげた」

 童女の指先には、噛み傷など全く見えない。無論先ほど流した血も跡形なしである。

 

「おぬしも、化け術の使い手じゃったのか」

「そんなわけがあるか」

 

 傷一つない手を、ひらひらと振る。

 

「今のが、外傷なき理由だ。多少の傷ならすぐに治るし、死んでもすぐに生き返る。ついでに少しも老いることすらなくなったから、向こう二百年は童女をやっている」

「なんと、不老不死か……」

 

 マミゾウは目を剥いた。世が世なら帝が国を傾けてでも欲した力だ。その力の持ち主が、今まさに目の前にいる。

 

「山の中をうろついていた理由も分かろう。十年、百年と生きても姿形の変わらぬ私を、人は魔物と呼んで恐れる。里から離れて隠れ暮らせば、今度は人喰いに狙われ逃亡の日々だ。一部の物の怪には私の肉が大層魅力的らしい」

 

 堰を切って饒舌となる童女。マミゾウは言わせるままにして、彼女の髪を拭い梳いた。空腹が満たされたお陰で、心に隙が生じたのかもしれない。

 

 ――ぬえよ。こいつぁえらい拾い物をしてしもうた。

 

 百年来の友人を想う。修行を積んで大妖となり、人間に恐怖をもたらすことを約束し合った仲だ。マミゾウ以上に理不尽な生い立ちから妖怪となったあの正体不明は、この童女を見たら何を思いつくだろう。

 

「マミゾウよ、お前はどうだ。私に慈悲をかけるのも後で取って食らうことが狙いではあるまいな」

 

 童女の言葉によって沈思黙考を中断させられる。改めてマミゾウは、彼女の白い背中を眺めた。

 やつれてこそいるが、しみの一つも見当たらない素肌だ。名乗りたがらないのは、元が名のある公家の出だからか。

 

「だから下衆な物の怪と一緒にするなと言うに。儂らには人間の血肉は口に合わんでな……」

 

 と、嘯いてはみたものの。

 汚れを落とすたびに珠のような輝きを放つ童女の素肌は、マミゾウにも酷く魅力的に見えた。極上の贄に。

 

「儂らは人間を襲うよりか騙す方が性に合う。何せ殺してしまえば、二度と化かすことができなくなるからの――」

 

 無意識の内に、童女の首筋に手を触れる。

 今なら彼女も気を許している。隙だらけ。

 彼女をくびり殺して、蘇るまでの隙にその不死を身体に取り込めばマミゾウの化け狸としての格はより高まる……。

 邪念が過ぎった瞬間。童女の背中が燃え上がった。

 

「――っ!?」

 

 反射的に手を離し尻餅をつく。

 恐ろしい光景が、マミゾウの網膜を焼いた。

 童女の身体を覆い尽くす、灼熱の翼を。

 

「……おい、どうした?」

 

 マミゾウは、両手で目を擦る。目の前には盥に浸かった童女の姿以外に何もなかった。炎の翼など、影も形もない。

 

 ――何としたこと。儂が幻に惑わされるとは。

 

 頭を振って、立ち上がった。そして急に手を打って。

 

「そうそう、新たに着るものを用意してやらんとな。元の服はとても着られたもんではない」

 

 マミゾウは上げ床に登り、箪笥へと歩み寄る。

 

「お前の服では私の丈に合うまい。気遣いは無用だ」

「なぁに、使い古しを仕立て直してやるわい。それまでは少々辛抱せい。今の話じゃ人里にはおいそれと出て行けんじゃろう? 気の済むまで逗留していくがいい」

「何だと? 私に物の怪と一つ屋根の下で暮らせてか」

「さりとて、行く当てがあって佐渡まで流れてきたわけではあるまい? この辺りは儂が結界の中、他の有象無象がおいそれと入ってくることはない。下手に山の中を彷徨い歩くよりかは、平静でいられるじゃろうて」

「それは、そうかもしれんが」

 

 マミゾウは盥の童女を一瞥して、笑いかけた。

 

「この二ッ岩の大狢に任せておけ。儂は化かしの達人よ。ここに留まるならおぬしを恐れる人間達を、上手に化かす知恵を授けて進ぜよう」

 

 再び箪笥の服を漁りに視線を戻すマミゾウの脳裏では、冷徹な打算が高速で働き始めていた。

 

 ――否、否。あれは幻にあらず。気づいておらなんだが、こやつ体の中に恐ろしいものを飼うておる。あれは不死の炎、鳳凰の翼よ。迂闊に触れれば、焼き殺されかねん。

 ――さすれば、何とする。殺しても死なぬ。さりとて、むざむざ放逐すれば物の怪に牙を剥きかねん。

 ――ならば、儂がこやつを飼い殺す。適度な堕落を吹き込んで、我らが側に引き込んでくれる。

 ――だが儂の未熟な化け術で、童女を化かしきれるやら。ぬえよ、無事生き延びたら酒の肴に聞かせてやろうぞ。

 

 適当な小袖を見繕い、床に置く。

 

「さて、これでよかろう。体を拭き終えたら着るがよい」


 
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