No.598266

三匹が逝く(仮)~邂逅編・side小峰勇太~

YTAさん

どうも皆さま、YTAでございます。この作品は、
小笠原樹さん(http://www.tinami.com/creator/profile/31735
を発起人とし、私YTAと
峠崎丈二(http://www.tinami.com/creator/profile/12343
がリレー形式で進行させて行く、ザッピング式のファンタジー小説であります。

2013-07-16 11:25:10 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:1745   閲覧ユーザー数:1503

 

「お前さんは私に機会を与えてくれた」

と、パットンはいった。

「私のような人間に機会を与えちゃいけない。私はお前さんが生きてきた年月よりずっと長く拳銃を撃っているんだ」

 

                                                                       『湖中の女』レイモンド・チャンドラー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TROUBLE Is My Business

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。無理言ってごめんな――あ、“冒険者ギルド(アルカンシエル)” で領収書切ってくれる?」小峰勇太は馬車のタラップを降り、御者に向かって、かなり多目の運賃を手渡しながらそう言った。勇太は、『悪い噂の立っている森の中になんか行きたくない』と言う顔見知りの御者を口説き落として、国王の又従兄である公爵の館の前へと、遥々やって来たのである。

 

 こんな面倒事を押し付けられたのだ。経費くらいは派手に使わなければやっていられない。

 否。例え経理がどれ程グズろうとも、何が何でも落としてくれる。まぁ、生きて帰れたらの話ではあるが。

「旦那ぁ。ここ、国王様の親戚の御屋敷なんでがしょ?私ゃ、厄介事に巻き込まれるのは嫌ですぜ……」

 見事な虎髭に太鼓腹の四十絡みのこの御者は、見た目に見合わず小心者なのである。

「大丈夫だって。もし、何か訊かれる事があっても、『ユウタに無理矢理付き合わされた』って言えば、問題無いから。じゃ、帰ってくれていいぞ」

 

 領収書を受け取った勇太が笑顔でそう促すと、御者は心配そうに何度も振り返りながら、来た道を戻って行った。勇太は、おどけた笑顔で御者に手を振って見送ると、振り返って表情を引き締める。

「まったく、絵に描いた様にキナ臭いやなぁ」

 王位継承権第九位、アレクシス=エマニュエル・ル・ロワイエ公爵。それがこの豪奢な、バロックによく似た建築様式の屋敷の主の名であった。

 酒場を出た後、改めて屋敷の主の名を調べて見て、勇太は公爵の顔をすぐに思い出した。

 

 公爵は、ランク“赤”の授与式の時に、国王の近くに(かしず)いていたのである。その眼差しはまるで、『知性を得た蛇か鮫』とでも言うかの様な強烈な印象を、勇太に与えていた。

そう言った意味に於いて、この屋敷は“如何にも”と思わせる様な、異様な雰囲気を持っている。尤も、具体的にどうこうと言う様なモノではないのだが。

 

もしかすると、(かつ)てこの地に祭られていたと言う、精霊の気配の残滓なのかも知れない。勇太は、ドラキュラ伯爵の城の門を叩いた瞬間のジョナサン・ハーカーに心から同情しながら、巨大な扉の横の壁に埋め込まれた呼び鈴に繋がる鎖を、勢い良く引き下げた。

 すると、重々しい手ごたえと共に、教会の鐘の音かと思う様な大音量で呼び鈴が鳴り響く。

 

 

「流石は王族。無闇にスケールが大きくていらっしゃる……」

 勇太は苦笑いを浮かべながらそう言って、呼び鈴の鎖の遥か上を見上げた。予想の通り、そこには、百凡の教会にある物よりもずっと価値のありそうな華美な彫刻が刻まれた釣鐘が、僅かに揺れの余韻を残しながら鎮座ましましいていた。

 

「――どちら様で御座いましょう?」

 勇太が、しわがれた声にそう尋ねられて視線を戻すと、大扉の右端に造られた潜り扉の覗き窓から、老人らしき男の目が、値踏みをする様に勇太を見ていた。

「どうも……突然の御無礼をお許し下さい。私は、ユウタ・コミネ。アルカンシエルのランク“赤”です」

「……証を、お見せ下さい」

 

 勇太はそれに応えて、腰に帯びていた刀を鞘ごとぐいと前に付き出した。刀の鍔に意匠として彫り描かれているのは、王国とギルドが認めた者にしか携帯を許されない、ランク“赤”を表す紋章である。

「本日の御用件は?」

「この辺りで、“被召喚者”らしき少年が発見され、強力な呪いを受けて死んだと言う話を御存じでしょうか?何分、人そのものが少ない地域ですので、この辺りを治める公爵閣下にも、是非、直接お話をお聞きしたいと思いまして」

 

「いえ……存じ上げません。お引き取り下さいませ」

「貴方の一存で、決めて良い事ではありますまい?」

 勇太は、穏やかだった声色を僅かに鋭くして、覗き窓を閉めようとした老人に声を投げた。ギルドから正式な依頼を受けたランク“赤”の権限は、江戸時代の大目付にも匹敵する。如何な王族に連なる領主と言えど、正当な理由も無しに捜査への協力を拒む事は出来ない。

 

 ましてや、その臣下が“赤”を門前払いするなど、あってよい事ではないのである。大体にして、家令や執事が“赤”を相手に覗き窓越しに話をするなどという行為自体、本来は甚だ礼を失している。

「せめて、閣下の口から御言葉を賜らなければ、私としても引き下がる訳には参りませぬ。どうしても私を追い返すと仰られるなら――ありのままを、ギルド本部に報告するしか御座いませぬが?」

 老人の瞳に、逡巡が浮かぶ。ギルド最高位のランク“赤”を、主の許可もなく追い返したなどと公に知れればどうなるか?話の如何によっては、首が飛びかねない。

 

 しかも、主に恥を掻かせた不忠の者としてである。

「事は、王国の定める禁忌に関わる大事で御座いますれば。王家のお血筋で在らせられる閣下に於かれましても、無関係とは申せますまい。お話さえお聞かせ頂いたならば、私はすぐにお暇します――形だけで、構いませぬので」

「……承知致しました。少々、お待ち下さいませ」

 

 

 覗き窓が閉まり、漏れ聞こえる鍵の音を聞きながら、勇太は魂を吐き出す様な溜息を吐いて項垂れた。折角、ドラキュラの方から城に招き入れるのを断ってくれたと言うのに、何が哀しくて『そこを如何にか』と押し通らねばならないのか。

 せめて、多人数プレイで楽しませてくれる官能的な花嫁達でも居てくれれば、まだ(色々な意味で)やる気も出ようと言うものなのだが。

 

「お待たせを致しました。どうぞ、お入り下さいませ」

 開かれた潜り扉から現れた人物は、如何にも『有能な執事』といった風情の、背筋の伸びた初老の男であった。どちらかと言うと、トカゲの様な(うだつ)の上がらない老人を予想していた勇太は、僅かに面喰いながらも招きに応じて扉を潜ぐり、豪奢な魔窟へと足を踏み出したのだった――。

 

 

 

 

 

 

「主は、ただいま重要な書類の処理に当たっておりまして……どうぞ、此方でごゆるりとお待ち下さいませ。御酒をお召し上がりになられますか?」

 執事は、吹き抜けの応接間に勇太を招き入れると、右手をぴんと伸ばして、些か装飾過多な長椅子を指し示した。

「いえ。折角ですが、職務の最中ですので。どうぞ、お構いなく」

 

 勇太はそう答えて、慇懃に礼をして退室する執事の背中を見送り、ぐるりと視線を走らせた。目の前には、熊でも丸焼きに出来そうな巨大な暖炉。

 頭上には巨大なシャンデリアな吊り下げられ、それを囲むようにして、ニ階の廊下が壁に沿って張り巡らされている。

「あのシャンデリアも、みんな本物のクリスタルなんだろーなぁ。いや、下手するとダイヤかもしらん……全く、金持ちってのは本当によく解らない金の使い方するよな」

 

 勇太は、緩々と頭を振って懐からシガレットケースを取り出し、マッチを摺って火を点した。大きく一口吸い、ゆっくりと紫煙を吐き出して呼吸を整える。

「(左と右に、それぞれ四人……前後に二人ずつか。良いね。よく訓練されてる)」

 気付かれない様に、ニ階の吹き抜け廊下に現れた影の気配を探る。一瞬、銃を使おうかと思ったが考え直した。

 

 

 どうせなら静かに片づけて、出来るだけ公爵に悟られるのを遅らせようと思ったのだ。勇太は、もう一度シガレットケースを取り出しながら、着物の内側に仕込んだ小剣を二本、両手に忍ばせ、煙草の火を、新しく取り出して咥えた方にチェーンスモーキングで移し変える。ニ階に陣取った影達が勇太に向かってクロスボウを構え、阿吽の呼吸で一斉に引き金を絞った瞬間――勇太の姿は、消失した。

 

 刹那、鮮血が舞う。首筋を押えてもんどり打つ同僚の姿を茫然と見ていた影の一人が、不意に首筋に違和感を感じてそこに触れてみると、どう言う訳か、ねっとりとしたどす黒いモノに染まった掌が視界に入り、自分も死の踏舞の仲間入りを果たした事を知る。

 ニ階の吹き抜け廊下の絨毯を、暗い赤が染め上げて行く。上から見れば、まるで時計の秒針が通過するかの様な正確なリズムで、十二人の男達の首筋から順番に鮮血が吹き出すのが見えたであろう。

 丁度、十ニ番目の鮮血が吹き上がって、死の踏舞は終わりを告げる。音も無く。声も無く。

 

 そこに、不気味な静寂だけを残して――。

 

 

 

 

 

 

「一体……何が……」

 執事は覚束ない足取りで応接間の扉を開け、目を見開いてそう呟いた。瞳に映るのは、きっかり十二本の矢が刺さった豪奢な長椅子と、灰皿で細い煙を上げる、火を点けたばかりの煙草だけ。

「消えた……消えた!?そんな馬鹿な事が!!」

 

「誰かお探しですか?執事さん」

「ひっ!!?」

 執事が、突然背後から聞こえて来た囁きに驚きの声を上げるの同時に、右の腕が背中に捻じり上げられ、次いで、“生温かい何か”で滑りを帯びた物体が、ペタリと首筋に当てられた。

 

「そんな……おい!お前達、何をして――」

「無駄だよ。今頃みんな、天国か地獄のどっちかだ。尤も――どっちに逝ってるかまでは知らんがね」

「く、空間転移なんて、どうやって!!?」

 執事は、自分の背後で腕を捻じり上げている人物を視界に捉えようと、必死に眼球を動かしながら叫ぶように言った。それ以外に、考えようがない。

 

 

 矢が長椅子に突き刺さってから、一分も経っていないのだ。その間に、円状に張り巡らせたニ階の廊下を巡って十二人の男達を殺すなどと言う芸当が、空間転移以外で出来るものか。

「空間転移なんて大魔術、出来る訳ないでしょ?“唯の魔術ですよ”――生憎とね」

 勇太は、そう言って笑った。ただ姿を消すのならば兎も角、空間転移などと言う超が付くほどの高等魔術は、一流の魔術師でもそうそう出来るものではない。出来たとしても、1000人中999人は、何らかの補助装置(デバイス)を必要とする筈なのである。

 

 勇太が使ったのは、正真正銘、唯の魔術。幼子ですら扱える低級魔術にも適性を持たない異世界人の彼が持っていた、たった二つしかない素養の内の一つ。

 “雷”の行使である。普通、雷の魔術と聞けば、この世界の者達は電撃を使った攻撃としてしか認識していない。

 だが、勇太だけは違う。“人間も電気で動いている”と言う事実を知り得る世界から来た、小峰勇太に取ってだけは。

 勇太は、全身を走る電気信号をコントロールする事で、反射神経と動体視力を超人の域にまで強化する事が出来るのである。それこそ、目視が不可能な程の域にまで。

 

 元々、この世界の住人達の様に日常的に魔力を使い慣れていない勇太には、大量の魔力を媒介にして体外に電撃を放出するより、こちらの方が遥かに効率良い使い方でもあった。唯一の難点は、翌日、酷い筋肉痛に苛まれる事だが、そちらは治癒魔術を掛けて貰えば(完全にとは行かない迄も)どうとでもなる。

 

「さぁ、案内をお願いできますか?何でも貴方のご主人様は、地面の下に素敵なテーマパークをお持ちとか……是非、一目なりとも拝見させて頂きたい」

「……こんな事をして――ぎゃあ!?」

 執事の肩の辺りから耳触りな音がして、彼は大の男のものとは思えない声を上げて膝を落とした。

 

「おっと失礼。つい力を入れ過ぎてしまって――」

 勇太は、だらりと垂れ下がった執事の右腕を無造作に放すと、代わりに左腕を、右腕と同じ様に捻り上げた。

「さ、行きましょうか。お互い、嫌な事は早く片付けたいでしょう?」

 執事はぶるぶると震えながら、恐怖と苛立ちを込めた眼差しで、必死に勇太の顔を捉えようとする。

 

「や、野蛮人め……」

 執事が絞り出す様に発したその言葉は、『どうか殺さないで』の類義語に過ぎなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらまぁ。意外と、王道的なのがお好きなんですな。公爵閣下は」

 応接間の奥に位置する大階段の側面の板が、小さな音を立てて開くのを目にした勇太は、呆れた様に溜息を吐いてそう言った。これではまるで、古くは怪傑ゾロ、新しくはバットマンなどの、正義の味方の秘密基地そのものだ。

 

 或いはもしかしたら、公爵は本当にそんなつもりで居るのかも知れない。

「ま、どうでもいいけど。じゃあ、ご苦労様でした。案内はここ迄で結構」

 勇太は、執事の首に小剣を突き刺して襟首を掴み、無造作に後ろに放り投げる。執事は、ひゅうひゅうと言う言葉にならない言葉を発して床を這いずり、勇太に縋りつこうと手を伸ばした。

 

 が、歩き出した勇太の脚に追い付くだけの命は、最早、執事には残されていなかった。既に、門番の出番は終わっていたのである――。

 

「旦那さんはまた、奴隷の喚び出しかぁ。ったく、飽きもせんとよくもまぁ……」

「そう言うなよ。旦那さんが飽きないお陰で、俺達ゃ美味い飯と酒にありつけるんだ」

 二人の男が、暗闇に吊り下げられたカンテラの灯りの下で、そんな事を言い合っていた。

「だってよぉ……」

 

 垢のこびり付いた顔に無精ひげを蓄えた脂じみた男が、不満そうに手にした短剣を弄ぶ。

「“商品”だからって、“味見”もさせてもらえねぇし……しかも俺ら、下に居る奴隷どもどころか、こんなメスの亜人のお守りだぜ?」

 そう言って投げた視線の先には、苦しげな息を吐きながらギラギラとした目で男達を睨み付ける亜人の少女の姿が、薄ぼんやりとした灯りに浮かんでいた。歳の頃は、人間で言えば十三・四辺りだろうか。金色に縁取られたその瞳は、『両手に繋がれた鎖さえなければ、直ぐにでもお前等を殺してやるのに』、と言葉もなく語っていた。

 

狼亜人(ウルフェン)な。しょうがねぇだろ、“番犬”が番する品モンより後ろに居たんじゃ、元も子もねぇ。それにお前、ガキの奴隷はオモチャとして買う客も多いんだから、疵物にしたら俺らの分け前が減るんだからよ」

 もう一人の痩せぎすの男は、宥める様にそう言って、安酒で満たされた木製のジョッキを呷る。

 

 

「でもよぉ。こいつ、言う事なんか聞かねぇじゃん。鎖(ほど)いたら、俺らまで一緒に食われちまうぜ?」

 無精ひげの男が、噛みタバコを取り出してクチャクチャと咬みながらそう言うと、痩せぎすの男は肩を竦めた。

「こいつら、生まれつき魔力に対する耐性が強いんだと。だから時間を掛けて薬蕩でそれを弱めねェと、呪いが効かないんだとさ。呪いさえ掛けちまえば、もうこっちのもんよ」

 

「ふぅん……」

 男は、訝しそうな眼差しを狼亜人の少女に向けていたが、やがて、その濁った瞳に粗野な光を浮かべて立ち上がった。

「あ?どうしたよ、お前ェ?」

 

「へへ、コイツならよ。疵物にしても良いんだろ?要は、使えさえすりゃあさ?」

 痩せぎすの男は、しばし茫然と無精ひげの男の下卑た笑い顔を見詰めていたが、自分も慌てて立ち上がって、その肩に手を置いた。

「バ、お前、アレは亜人だぞ?しかも、狼亜人だ。下手に近づいたら何されるか……」

 

「クスリと鎖で身動きなんか取れねェだろ?それにホレ、よく見て見ろって」

 痩せぎすの男の視線が、無精ひげの男の視線に誘われる。その先には、カンテラの灯りを受けて月の様に白く浮き立つ、しなやかな二本の脚があった。

 その伸びる先には、ずた袋を加工したかの様な簡素な服しか纏っていない細い身体と、女らしく隆起し始めた、二つの控え目な膨らみ。痩せぎすの男は、自分でも気付かぬ内に、大きな音を立てて生唾を飲んでいた。

 

「――な?顔だっておめぇ、そこいらの娼婦なんてめじゃねぇ上玉だ。旦那さんは亜人がお嫌いだから、俺らがちょっとくらい味見したところで、怒ったりしねぇって」

 男達は無言で頷き合い、並んで亜人の少女に近づいて行く。少女は、男達の顔付きを見て自分か何をされるのか理解したのか、力の入らない四肢にどうにか力を込め後退しようと試みた。

 

 だが、彼女は壁に繋がれているのだ。後退すべき空間など、元からありはしなかった。

 出来る事と言えば、脚を縮込めるくらいしかない。男達との距離は限りなくゼロになり、唯一の鎧だった簡素な服でさえも、垢の浮いた太い腕に剥ぎ取られてしまった。

 彼女の人間に数倍する聴覚には、男達の鼻息が荒く熱を帯びて来るのが、嫌でも感じられた。最早、力の入らない両足を必死に閉じる事しか出来ない少女に、男の手が触れようとした瞬間、くぐもった様な音が響いて地面が揺れ、天井からパラパラと、砂粒や木屑が降って来る。

 

 

「なんだ、地震か?」

「まさか、旦那さんの儀式が失敗したんじゃ……」

「様子を見に行かなくていいのかよ?」

「馬鹿言え、俺らが“あそこ”に入ったりしたら、それこそタダじゃ――」

 

 まるで、レコードの音が途切れる様に、痩せぎすの男の声は、唐突に途切れた。不審な面持ちで痩せぎすの男の方に顔を向けた無精ひげの男の顔が、驚愕に歪む。

 無精ひげの男は、自分の目にしたもの――耳の穴に小剣を突き刺された相棒の顔――を見詰め、自分自身も全く同じ目に遭っている事を理解する前に、意識を失った。

 

「下衆め」

 勇太は、小剣を血振りしながらそう呟き、蔑みの眼差しを二人の男の屍体に向けてから、未だ状況を理解出来ていないらい少女に視線を向ける。

「もう大丈夫……俺は、味方だ――分かるか?」

 今の音や衝撃の所在が気にならないではなかったが、勇太は勤めて穏やかな声でそう言いながら、上着を脱いで少女の肩に掛けてやり、小剣の一本を、少女を拘束している鋼鉄製の手枷の鍵穴に押し込む。僅か数秒で鍵が外れ、少女は数週間ぶりに自由になった手を力なくぶら下げて、倒れ伏しそうになった。

 

「おっーーと。こんなに(やつ)れちまって……可哀想に。もう心配ないぞ。俺がちゃんと、家に帰してやるからな」

 咄嗟に少女の身体を抱き止めた勇太は、その身体の余りの華奢さに思わず顔を歪めながら、脂じみてゴワゴワになってしまっている少女の髪を、優しく梳いた。それと同時に、再びくぐもった音がして、地下室が揺れる。

 

 しかも、今度は間断なく、断続的に。ドン、ドン、ドン、ドン、と、まるで、遠くで巨人が太鼓でも叩いているかの様だ。

壊し屋(クラッシャー)、もう来たのか?それにしたって、一体何と遣り合ってるんだ……」

 勇太は、訝しそうに音の聞こえる方向を探りながら、少女を抱き上げようと腰を屈める。と、背後でけたたましく扉が開かれ、何者かが転がり込んで来た。音と振動のせいで、その人物の足音が聞こえなかったのである。

 

「貴方は――ロワイエ公爵!?」

 勇太は、脚を縺れさせて床にへたり込んでいる人物の顔を見て、驚きと共にその名を呼ぶ。間違いなく、その人物は授与式で顔を合わせたロワイエ公その人であった。

 だが、どうした訳か、趣味の良い豪奢な衣装は埃に塗れ、涙と鼻水で濡れた顔は、威厳の欠片すらなく崩れさっていた。アンモニア臭が勇太の鼻に付き、まさかと思ってよく見て見れば、カンテラの灯りでも分かるほどくっきりと、公爵のズボンの股に黒い染みが広がっている。

 

 

「一体、何が――」

 勇太がそう口を開いた瞬間、爆音と共に地下室の壁が吹き飛び、石片と衝撃波で満たされる。勇太は、公爵が二人の男の屍体もろとも自分の後ろの壁に叩きつけられ、潰された蛙の様な声を上げるのを意識の端で聞きながら、自分の前方に電磁波の膜を張り、抱えていた少女を石片から守ろうと両手に力を込める。

 

 数瞬後、濛々と立ち昇る埃と砂の幕が僅かに静まって、視界が好転した。天井に吊るされたカンテラが激しく揺れながらもまだ無傷でいるのは、神の起こしたもうた小さな奇跡であろう。

 神の御業に照らされるは、全身に刻まれた幾何学的な文様から淡い光を放つ、長身の男。そして男と対峙するのは、ヒトの形をした、山の様な体躯の異形。

 

「神よ――今度はなんだって言うんです?」

 

 勇太は、この世界に飛ばされてから何度となく呟いてきた言葉を、もう一度、切実な口調で呟いた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                            あとがき

 

 はい。今回のお話、如何でしたか?

 今週はリアルワールドでの余裕があまりに無かった為、樹さんのEPを読んだ直後に気合を入れて書き始め、何とかここまで持って来ました……今日迄に仕上げないと、とてもゆっくり書いていられなさそうだったもので……。

 私の作品からすると少なめな文章量ですが、何とか良い所までは進められたかなと思います。

 

 では、ジョージ。すまんが、次を宜しく!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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