No.594157

三匹が逝く?(仮)~邂逅編・side小峰勇太~

YTAさん

どうも皆さま、YTAでございます。この作品は、
小笠原樹さん(http://www.tinami.com/creator/profile/31735
を発起人とし、私YTAと
峠崎ジョージ(http://www.tinami.com/creator/profile/12343
がリレー形式で進行させて行く、ザッピング式のファンタジー小説であります。

続きを表示

2013-07-04 02:01:32 投稿 / 全14ページ    総閲覧数:1873   閲覧ユーザー数:1602

                                 三匹が逝く?(仮)~邂逅編・side小峰勇太~

 

 

 

 

 

 

 白い白い、何も見えない位に白い場所を延々と――浮いている様な、落ちている様な。

 

 それが、ずっと続いている。

 

 そんな夢を見た――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(Early) Morning Call

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましく、扉がノックされている。いや、最早、“扉に拳を叩きつける音が響いている”と表現した方が正確だ。小峰勇太――この世界ではユウタ・コミネで通っている――は、もそもそとベッドで寝返りを打ち、毛布を頭まで(かぶ)り直して、きつく目を閉じた。

 目を開けたら最後、脳天に巨人のハンマーを叩き付けられている様な、酷い宿酔いの頭痛に苛まれる事は分かり切っていたからだ。

 

 ドンドン!

「(煩い……)」

 ドンドンドン!!

「(五月蠅い……)」

 

 ドンドンドンドン!!

「(喧しいわ!!)」

 勇太の心の声が伝わったのか、ようやく沈黙が降りる。そう、宿酔いの朝は、静謐である事こそ望ましい。雀の声と遠い街の雑踏の他に必要な――もとい、存在して良いものなど、あってはならないのだ。

 勇太は、満足げな鼻息を一つ吐くと、心地良い微睡(まどろ)みの中に再びその身を――。

 

 ドォォォォォン!!

「ぬぉぉぉ!?敵か!?敵襲的な何かですかコノヤロー!!?」

 飛び起きたベッドの上で後ずさりする勇太が目にしたのは、轟く爆音、飛び散る木片。そして、濛々(もうもう)と立ち昇る埃の中に佇む、朝日を背負った一人の女の影であった。

 

 

「お・は・よ、ユウ♪」

「シャンテ……お前な……」

 勇太は、痛む頭を押さえながら、遠慮なく部屋に入ってきた女性に恨めしげな視線を投げた。彼女の名は、シャルロット・ドゥ・ラ・パトリエール。通称シャンテ。女だてらに十代で冒険者ギルドランクの上から三番目である“緑”に合格し、二十代になったばかりの今は、更に一つ上のランク“黄”への試験突破を確実視される、うら若き敏腕ランカー(自称)である。

 

「何度もノックしてたのに、起きない貴方が悪いのよ。ま、今日は一人で寝てただけ、まだマシな方だとは思うけど?」

 シャンテは悪びれもせずにそう言って、何事も無かったかの様にシンクまで歩みを進めるや、手慣れた様子で珈琲を沸かしに掛る。勇太は溜息を吐いて如何にかベッドを出ると、覚束(おぼつか)ない足取りでユニットバス風の風呂場に向かい、酒臭い寝巻きを脱ぎ捨てて、頭からシャワーを被った。

 

「一体、何の用なんだよ。朝っぱらから――てか、今何時だ?」

 勇太がそう呼び掛けると、シンクからシャンテの良く通る声が帰って来る。

「五時半よ。叔父様がお呼びなの。詳しくは話して下さらなかったけど、どうしても貴方にしか頼めない案件なんですって」

「パトリエール卿が?って、五時半!!?おいおい、まだニ時間も寝てねぇし……」

 

 勇太は髪を洗うと、適当に石鹸で身体を擦り、一度にシャワーでそれらを流して、バスタオルで身体を拭いた。ジャン・ピエール・ドゥ・ラ・パトリエール卿は、シャンテの叔父に当たり、唯一の肉親でもある。

 勇太に取っては、“この世界”に来て初めて遭遇した人間の内の一人であり、現役のランカーを退いて名誉職“白”の一員となっている現在では、殆ど直属の上司と言っても良い存在でもあった。

 

 バスタオルを腰に巻いて風呂場を出ると、爽やかな朝のそよ風が破壊された玄関から室内に流れ込んで来て、実に心地良かった。が、一息吐く暇もなく、勇太の顔に、着替えの着物が投げつけられる。

「レディの前よ?さっさと服を着て頂戴」

「へぃへぃ……」

 

「へぃは一回!」

「へ~い」

 勇太は手早く着流しズボンを身に付け、頭にバスタオルを被ったまま、ダイニングテーブルと揃いの椅子に腰かけ、テーブルに肘を突いて大あくびをした。

 

 

「情けないわね、もう。それでも、数十年振りに特別推薦で“赤”になった男?」

 シャンテが、湯気の立ったコーヒーカップを目の前に置きながらそう言うと、勇太は目を擦り擦り、大儀そうにカップを持ち上げて、熱い珈琲を啜った。

「さいで御座いますよ、お嬢様。理想から程遠くて申し訳ありませんがね」

 

「まったくだわ。まぁ、もう慣れたけどね」

「(それなら、一々突っかかってくるなよな……)」

「何か言った?」

「いえ、何も!!」

 

 シャンテは、暫くジットリとした目で勇太を睨みつけていたが、やがて鼻息を一つ吐いて、自分のコーヒーカップに口を付ける。

「んで――」

 勇太は、昨夜テーブルに放り投げたままだった紙巻き煙草を手に取って、口に咥えると、マッチを擦って火を点け、シャンテに尋ねた。

 

「本当に何も聞かされてないのか?パトリエール卿からは」

「えぇ。多分、“緑”の私じゃ、情報にも触れられない様な事なのかもね」

「マジかよ……この前のランク6の案件から、まだ一カ月も経ってないじゃねぇか」

「確か、マンイーターの異常増殖だったっけ?」

 

 勇太はシャンテの言葉に頷いて、ぷかりと紫煙で輪を作った。マンイーターとは、強酸性の消化液で満たされた自分の体内にあらゆる生物を取り込んで養分としてしまう、恐るべき植物の事だ。成長した個体は2m以上にもなり、根を足代わりに移動して人間すら捕食してしまう事からその名が付いたばかりか、魔獣指定まで受けている。

 その“獰猛な植物”が例年に無い大増殖を起こし、近隣地域の人間にも被害が出たと言うので、迅速な事態収拾の為に、急遽、最高ランクである“赤”を持つ勇太も討伐隊の一員として駆り出される事となったのが、大凡(おおよそ)二十日ほど前である。

 

「あいつらの胃液で刀錆びるし、散々だったんだぜ……“緑”じゃ何人か、大怪我したヤツも居たらしいし」

 勇太は、不気味に蠢くマンイーターの群れを前にした時の事を思い出し、ブルッと身体を震わせた。

「気色悪いもんねぇ、あいつ等……」

 シャンテは同情する様にそう言って自分の珈琲を飲み干し、立ち上がった。

 

 

「さ、それは兎も角、ちゃっちゃと飲んじゃってよね。叔父様がお待ちなんだから!」

「へぃへぃ。分かりましたよ。ったく……」

「へぃは――」

「へ~ぃ!!」

 

 勇太は、煙草を灰皿に押し付けてから一息に珈琲を飲み干すと、意を決して立ち上がるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 今日も、街は朝から活気に満ちている。ぼちぼち商人達も店を開け始め、通勤途中の男達が道狭しと行きかっている今の時間は、丁度、現代日本の通勤ラッシュと同じだ。大きな違いはと言えば、街並みがオープンワールド型のRPGの様な中世ヨーロッパに似たものである事、そしてこれまたRPG宜しく、精肉店や果実店と共に、武器屋や防具屋が軒を連ねている事。

 

 それにに加えて、殆ど人間と同じ容姿でありながら、動物の様な耳や尻尾を生やした存在が当然の様に道を歩いている事、の三つだろう。『人間とは順応の動物である』とはよく言ったもので、勇太も最初は面喰ったものの、もう完全に慣れてしまった。

 不思議な容姿をした人々は、人間達には総じて“亜人”と呼ばれている。勿論、彼等にはそれぞれの種族別に名前があるのだが、この国は主に人間が人口の多数を占め、王族も人間である為、人々は日本人が異人種を『外国人』と呼ぶような感覚で、一括りにそう呼称しているのだった。

 

 何でも、猫の様な耳や尻尾を持つ人々は猫科の動物を、犬の様な耳や尻尾を持つ人々は犬科の動物を祖先に持つらしい。まだ“こちら”に来て間もない頃、犬耳の御婦人が小さな犬を散歩させていると言う極めてシュールな場面に出くわして何故かアイデンテティの危機を感じた勇太が、それとなく訊いて回った情報を統合して判断するに、どうやら彼等に取って――例えば、犬耳の亜人から見た犬達は、人間から見た猿と同じ様なものであると言う事である様だった。

 

 それに加えてこの世界には、より獣の血を濃く残し、自然の中で生活している“獣人”と呼ばれる人々もいる。勇太自身は、何人かの獣人と顔を合わせた事があるだけで、彼等のコミュニティーに入った事はないのだが。

 暫くシャンテと肩を並べて歩いていると、不意に空から、姦しい女達の声が響き、皆がそれぞれに勇太の名を呼んでいる。勇太が空を見上げると、石造りのバルコニーから、猫耳やら犬耳やら普通のやら、様々な種族の煌びやかな衣装を着た女達が身を乗り出して、こちらに手を振っていた。

 

 

「ね~ユウちゃん!そんなに綺麗な娘、朝から何処に連れ込む気~?」

「そーよぉ。最近、全然遊びに来てくれないじゃな~い!」

 皆がそれぞれに、そんな好き勝手な言葉を投げては、その都度、陽気な笑い声が上がる。勇太が女達に向かって、おどけた仕草で投げキッスをして手を振ると、またもやカラカラと陽気な笑い声が空から降って来た。

 

「相も変わらず、モテモテじゃない?」

 女達から離れて暫くした後、シャンテが、皮肉っぽい口調でそう言いながら勇太に流し目をくれると、勇太は苦笑いを浮かべて肩を竦めた。

「男を煽てるのもアイツ等の仕事だし、娼館は今から店仕舞いだ。仕事明けでテンション上がってんのさ」

 

「ふぅん……」

「何だよ、突っ掛かるなぁ」

「べっにぃ~」

 シャンテは不機嫌そうにそう言って、僅かに歩く速度を早めた。勇太が頭を掻きながら後を追うと、その様子をすれ違い様に見ていた男達が、揃って『ザマぁみろ!』とでも言いたげな眼差しを送って来るのがよく解る。

 

 まぁ、シャンテは、客観的に見れば上玉である。セミロングで瑠璃色に輝く髪は何時も手入れが行き届いているし、今日は動き回る仕事もないからか、紺のチューブトップに深いスリットの入ったダークグレイのロングスカートと言う女性らしい格好で、しかもそれがよく似合っていた。踝に覗く金のアンクレットも、中々に悩ましい。

 傍から見れば、不釣り合いな美人の恋人を怒らせた三十路男そのままの構図である。しかし、だ。

 

 勇太は知っている。あの悩まし気なおみ足に、どれほど恐ろしい破壊力が秘められているのかを。噂では、叔父であるパトリエール卿がセッティングした見合い相手を蹴り倒して全治半年の大怪我を負わせた事もあるらしい。

 まぁ、それが根も葉も無いものだとしても、そう言う噂が出て来る位には恐れられているのである。疑う者あらば、愛しの我が家の玄関扉がどの様な末路を辿ったか、思い起こさばよい。

そんな相手を気安く口説く程のクソ度胸があったなら、勇太はとっくのとうに何処ぞの戦場で野垂れ死んでいる筈である。

 

 

シャンテは、勇太が声を掛けない事が気に入らなかったのか、更に速度を上げ、一人でズンズンと先に行ってしまう。

「目指してる場所は同じなんだから、急いだってしょうがねぇじゃんよ……」

 勇太は、シャンテの背中を見ながらそう独りごちて、どんなに数をこなしても女は解らない生き物だ、と言う認識を新たにするのだった。

 

 

 

 

 

 

「入りたまえ」

 ジャン・ピエール・ドゥ・ラ・パトリエール卿は、そう言ってマカボニー製の巨大な執務机から顔を上げてノックされた扉に視線を投げ、次いで、開いた扉から姿を見せたのが姪っ子である事を確認して、ようやく頬を緩めた。

 

「叔父様。ただいま戻りました」

「おぉ、御苦労だったね。朝から済まなかった」

「いえ。では、私はこれで――」

 姪が空々しい口調でそう言って一礼し、さっさと出て行く様子を見たパトリエール卿は、入れ違いに会釈をして入って来た勇太に、呆れた様な眼差しを送った。

 

「やれやれ――またアレを怒らせたのか、ユウ?」

「いえ、そんな心算(つもり)はこれっぽっちも……何故か急に、あんな感じになってしまいましてね」

「お前も、鋭いんだか鈍いんだか、よくよく解らん奴だのぅ」

「はぁ……」

 

 勇太は困ったように頭を掻いて、この部屋での指定席の様になっている、窓の横の巨大な本棚に寄り掛った。腰の辺りに天板の出っ張りがあり、身体を預けるのに丁度良い具合なのである。

「やれやれ……まぁ、良いわい。ともあれ、朝も早うから出向いてもらって悪かったの。何分にも年寄りじゃによって、どうにも寝起きが良過ぎてな」

 

「御冗談を。夜っぴて会議か何かだったんでしょう?お疲れ様です」

 勇太が微笑んでそう言うと、パトリエール卿はどこか照れ臭そうに、大柄でがっしりとした身体を革張りの椅子に沈ませ、パイプスタンドからベント型のブライヤーパイプを取り上げて手早く葉を詰め、マッチを擦って火を点ける。卿は次いで、勇太に視線で『お前を一服どうだ?』と問い掛けた。

 

 

 勇太は頷いて、自分の懐からシガレット・ケースを取り出し、紙巻きにマッチで火を点けた。ジャン・ピエール・ドゥ・ラ・パトリエール卿――通称を『銀髪翁』と呼ばれるこの人物が、歳で眠りが浅くなったなどと言う事は、少なくとも勇太には到底信じられない。

 何せ、今でこそゆったりとした白いローブを身に着けており、それが髪やサンタクロース顔負けの立派な髭の色とも相まって、人畜無害な好々爺とでも言うべき印象を与えているものの、その実、つい数年前までは現役バリバリのランク“赤”として、国王にすら厚い信任を置かれていた生粋の武闘派だったのである。

 

 しかも、齢六十を過ぎて尚、ドラゴン討伐の為のパーティに組み込まれる位なのであるから、その実力たるや推して知るべしと言うものだ。それなりに武術の心得がある者がその立ち居振る舞いを見れば、(かつ)てのトップランカーの身体には些かの錆びも付いていない事など、すぐに解る筈である。

 恐らく、有象無象の“緑”辺りが束になって掛って行っても、片手であしらわれてしまうであろう。

 

「前回の依頼から一月(ひとつき)と経っておらぬに、済まぬとは思うのだが――まぁ、実に面倒な案件ゆえ、お前に出張ってもらったのじゃ。ユウ。お主、ここ最近、異世界人の違法召喚が相次いで発生しているのを、知っておるかの?」

 勇太は、卿の言葉に頷いて、灰を灰皿に落とした。

 

「まぁ、噂程度ではありますが。禁忌に手を出した魔術師のラボをガサ入れした時に、逆らえないよう呪いを掛けられた痕跡のある異世界人の屍が複数体、出てきたとか何とか……」

「左様。事態を重く見た政府とギルドは、隠密裏に事件を捜査しておったのだ。何せ本来、召喚には巨大な魔方陣と高度な魔力制御を要求されるからの」

 

 つまり裏には、それだけの場所、資材、人物を揃える事が出来る、組織ないし個人が居ると言う事になる。貴族の腐敗が問題視される様になってきている昨今、政府やギルドが慎重になるのも頷ける話であった。

「ま、召喚絡みとなれば、俺も他人事じゃないですが――」

 勇太は嘗て、目の前に居る人物から聞かされた自分の特異性の話を思い出しながら、言葉を切った。卿が言った通り、本来、次元の壁を突き破って異世界から人間を召喚する為には、非常に多くのモノが必要となる。

 加えて呼び寄せられる場所も、魔方陣の中である事が当たり前の筈なのだそうだ。だが自分は、魔方陣も術者も居ない場所――ドラゴン討伐隊とドラゴンの戦闘の真っ只中に、突然、放り出されたのである。

 

 

 何がどの様に作用して自分がこの世界に来たのかと言う理由は、今もって解明されていない。

「しかし何故、急に俺を関わらせようと……政府も、諜報部を動かしているのでしょう?」

「うむ……実はの、のっぴきならないトラブルが起きてしまっての」

「トラブル……ですか」

 

 勇太がオウム返しにそう言うと、パトリエール卿はタンパーで浮いて来た煙草の葉を押し込みながら、憔悴した様子で頷いた。

「そう……ユウよ。お前も聞いた事があるじゃろ。“壊し屋(クラッシャー)”と言う通り名の男を」

「えぇ、ありますよ。何でも、盗賊団の追跡中に子供が人質に取られた時、その子供ごと盗賊を弓で射殺そうとした“赤”を素手で殴り殺した上、百に近い盗賊団も、鎧を素手でぶっ壊しながら自分一人で皆殺しにしちまったって言う、“黄”の事でしょ?その時に付いた渾名が確か、『壊し屋ジミー』……」

 

「左様。その時ヤツに殺された“赤”は、実力こそあったものの、兼ねてより素行の悪さが問題となっておった故、事は穏便に済ませたのじゃが、その壊し屋――ジム・エルグランドは、どうも頭に血が昇ると見境が付かなくなる質の男の様での。何度か“面倒な連中”と大喧嘩をした挙句、そやつらを軒並み全滅に追い込んどる」

「面倒な連中、ね……」

 

 勇太が、吸い差しから二本目の煙草に火を移しながらそう呟いて、問い掛ける様な視線を送ると、パトリエール卿は、僅かに言い辛そうにもごもごと唇を動かした後、漸く言葉らしい言葉を口にした。

「以前、郊外の森に、高級ホテルを建設しようと言う計画があっての。政府も後押ししておったのじゃが、そこら辺の地主やら住民が大反対をしてな……」

 

「切羽詰まって、地上げ屋でも雇った?」

「うむ。じゃが、何とも運の無い事に、その森はヤツの棲みかでもあったのじゃ――」

「うわぁ……」

「五十四名のヤクザ者が半死半生の大怪我を負わされ、それぞれキッチリ二十七名ずつが、担当事業部の筆頭文官とホテルを建設しようとしていた企業の社長宅の玄関先に、縛り上げられて放置されておったのじゃよ。筆頭文官と社長は、その光景の余りの壮絶さに怯えて心を病み、二人揃って辞任。今は、セラピー通いだそうな……」

 

 こちらの件は大方、政府の高官とゴロツキとの癒着が発覚する事を恐れた政府が揉み消したのだろう。だから、パトリエール卿は言い出し辛そうにしていたに違いない。ともあれ、物凄く嫌な予感がした。

「あのう、質問を宜しいでしょうか?」

「うむ」

「ワタクシの勘違いだったら申し訳ないんですが、もしかしてもしかしなくても、トラブルってその――壊し屋ジミーちゃんの事だったり……します?」

 

 

「ファイナル・アンサー?」

「――ファイナル・アンサー」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

「……正解ッ!!」

「マジでか……」

 こういう時、泣き喚いて世の不条理を嘆けない大人は辛い。まことに辛い。

 しかも、話の相手が徹夜テンションの年寄りともなると、殊更に辛く感ずる。

 

「いや、何か済まんの……」

「もういいっスから……それより、何でそのジミーちゃんが、この件に感付いたんです?」

「うむ。奴の棲みかに、召喚されて売り飛ばされそうになっておった男の子が、助けを求めて逃げ込んで来たらしくての。じゃが悪い事に、既に呪いを掛けられておった様で――」

 

「……死んだんですか?」

 勇太の言葉にパトリエール卿は痛切な顔をして頷いた。

「呪いのせいで、食い物を摂る事が出来んようになってな。最後には、骨と皮だけになって息を引き取ったそうじゃよ……」

 

 実に厄介な話だった。勇太は、特別子供が好きな訳でもない。だが、目の前で年端も往かぬ子供にそんな死に方をされたのでは、事態を途中で投げ出す気には到底ならないだろう。

 パトリエール卿から伝え聞いたジム・エルグランドの人物像が確かなら、怒髪天を突くが如くに怒り狂っていても不思議ではない。

 

「で、俺は何をすれば良いんです?」

 勇太は、煙草を揉み消してそう言い、パトリエール卿を正面から見据えた。どうやら、生半可な覚悟で首を突っ込んだら大怪我では済みそうにない。スイッチを切り替えねばならないだろう。

「うむ。お主は、ジム・エルグランドよりも早く事の黒幕を突き止めて一味を捕縛し、法の元で裁きを受けさせるのじゃ。捕縛の際に抵抗を受けた場合、主犯格以外の者の生殺与奪は、ギルドの総意として、お主に一任する事とする」

 

 

「もしも、壊し屋とカチ合った場合は?」

「正式に事件解決をギルドより依頼されたのはお主。ランカーとしての権限が優先されるのもお主じゃ。エルグランドも、“黄”にまで登り詰めた男。理を以って諭すがよい」

「抵抗を受けたら?」

「事は、盗賊退治や百凡の魔獣討伐とは規模が違う。下手を打たば、国家と国体の威信に疵が付くばかりか、民の信頼をも著しく損ねる事となろう。よって、私情を以ってお前の任を妨げんとするのであれば――斬れ」

 はっきりとそう言い放ったパトリエール卿の瞳には、もはや好々爺然とした温厚な光は微塵も感じられなかった――。

 

 

 

 

 

 

 パトリエール卿との会見を終えた勇太は、つらつらと考え事をしながら街を歩いていた。『黒幕を突き止めろ』と、パトリエール卿は言った。だがしかし、卿は既に、その黒幕なる存在の事を知っているのではないかと、勇太は推測している。

 一つは、ジム・エルグランドがこの事件に関わった事で、正式にギルドが最高位のランカーである“赤”を動かす決断をした、と言う事実だ。勇太の“赤”が、然るべき依頼であれば国家レベルの犯罪捜査にも介入出来るのに対し、エルグランドの“黄”に与えられた権限は、原則として市井の犯罪に限定される。

 

 つまり、黒幕が市井の人間である可能性を、ギルドは既に除外していると見て間違いない。もう一つは、“エルグランドの元に呪いを受けた少年が逃げ込んだ”と言う情報を、かなり以前から把握していたらしいと言う事だ。しかも、卿の話振りでは、その少年が異世界から召喚された存在である事は、既に確定事項であるかのようだった。

 

 そんな事は、人の噂程度の情報精度で断定出来るものではない筈だ。十中八九、黒幕とやらの住居を見張っていた間者が一部始終を目撃し、報告したのであろう。

 或いは、自分で保護しようとして失敗したのか。どちらにしても、呪いを受けた子供の足で逃げ切れる距離など多寡が知れている。恐らく黒幕のアジトは、エルグランドの棲みかからそう遠く離れてはいない。

 

 だから、ギルドと政府は焦り出したのだろう。“黄”を与えられる程の実力を持つランカーなら、自分の生活圏内での異常を嗅ぎ当てるのに、そう時間が掛る訳はないのだから。

 以上の事から、黒幕とやらは相当な大物――しかも、貴族であると考えるべきだろう。分かり易く時代劇に例えるなら、エルグランドがしようとしている事は、一介の同心が大名屋敷に乗り込み、そこの主である大名を誅殺しようとしているに等しいのである。

 

 

 ギルドから上位ランクを与えられている者がそんな暴挙をしでかせば、ギルドそのものの存在意義を問われかねない一大醜聞となるだろう。要は、少なくとも町奉行の手で動かぬ証拠を見つけ出し、下手人を捕縛した上で大目付に引き渡さねばならない、と言う事なのだ。

 そして恐らく、自分がここまで推理する事はパトリエール卿も予測済みの筈だ。卿は暗に、この事件の黒幕が、卿ほどの権勢を誇る人物ですら、その名を出すのは(はばか)られる様な存在だと自分に知らせたかったのではないか……。

 

 勇太は、そこで一旦、考えるのを止め、遣る瀬無い溜息を一つ吐いて路地に入り、目的地を定めて歩き出した――。

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

サルーン風のドアを開けて店の中に入った勇太に、つっけんどんな男の声がそう呼び掛けた。勇太が椅子の無いカウンターに寄り掛ると、声の主である店主が、何も言わずショットグラスに琥珀色の液体を満たす。

勇太はそれを一息に飲み干し、銀貨を三枚取り出して店主の前の天板に滑らせる。いくら何でも、市販の酒一杯には不相応な額だった。

 

「何がお知りになりたいんで?」

「この街の東の外れ辺りに、でかい魔方陣とか内緒で作れる様な人、住んでないか?」

「でかい魔方陣……ですか。もう少し具体的には?」

「――異世界から人間を召喚できるくらい」

 

 勇太の言葉を聞いた店主は、呆れた様な溜息を吐いて、小さく首を振った。

「そいつは無理ですよ、旦那。例え場所があったとしたって、誰にも知られずにそんな大層な物を作れる訳がない。その規模の魔方陣を初めて起動させる時には、百人からの魔術師の呪文詠唱が必要不可欠なんだから。ただ――」

 

 

「ただ?」

「いえ、一から作るのは無理だとしても、そう言うモノがありそうな施設は建ってましたよ。ま、昔の話ですがね」

 店主は、勇太のグラスに酒を注ぎ足し、暫く考え込む様な素振りを見せながら、話を再開した。

「爺様から聞いた話なんですがね。確か、何百年か前まで、あの辺りの森の奥には、水の精霊を祭った神殿があったって言う話ですよ。結局、戦争で破壊されちまったらしいんですが、戦争の後の財政難で再建もままならず、放置される事になって――で、紆余曲折の末、二代だか三代だか前の国王様の御世に、その土地を御天領にして、王様の別邸をこさえたんだとか。今じゃ改築して、今上陛下の又従兄だかの、変わり者の殿下が住んでおいでですがね。何でも神殿跡の名残とかで、地下水の湧き出る入り口が屋敷の真下にあって、そこから川に流れ込んでるらしいでさぁ」

 

「よりにもよって、王族かよ……」

 店主の話を聞いた勇太の頭の中で、全てがカチリと嵌る音がした。成程、低いとは言え、王位継承権持ちを一市民に誅殺などされたのでは、政府もギルドも堪ったものではないだろう。焦る筈だ。

 加えて、それならば、子供が呪いを受けながらも逃げ切る事が出来た説明も付く。恐らく、屋敷の真下を通っていると言う地下水の通り道に飛び込んだか落ちたかして、下流まで流されたのだろう。

 

「こいつぁ厄場(ヤバ)いぜ……」

 勇太はそう呟いて、波々と注がれた酒を再び一息に(あお)り、喉を焼いた――。

 

 

                    あとがき

 

 はい。と言う訳で、私史上TINAMI初のオリジナル・ファンタジー物にして初のリレー作品、如何でしたでしょうか?

 今回は話の展開上、三人の中で私が最初に異世界の描写をする事になったので、結構好き勝手にやらせて頂きましたが、あまり無茶苦茶はしてません。何せ、初めての事だらけなものでw

 

 しかし、この一連のリレーのコンセプトは、『痛い&俺TUEEEE!!を突き詰めたイタキモチイイ作品を大真面目に書き上げる事』でありますから、これからどんどん作家陣の妄想がブチ込まれて行くでありましょう。興味を持って読んで下さっている読者の皆様に於かれましては、是非ともその辺りをお楽しみにw

 では、バトンを次の作者、北の大地の物書きゴリラこと峠崎ジョージに渡します。

 

 あとは頼んだぜぃ、ジョージ!!

 


 
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