第四十七話 ~ 確認と実験 ~
【アヤメside】
俺、キリト、アスナ、シリカの四人は、《アルゲード》の転移門から、まずはアインクラッド最下層の《はじまりの街》へと移動した。
目的は、黒鉄宮に安置された《生命の碑》を確認することだ。訪ねようにも、グリムロック本人が死んでちゃどうしようもないからだ。
因みに、本業が戦士ではなく商人のエギルはここに来る前に解雇した。
季節は春だというのに、はじまりの街は荒涼とした雰囲気に覆われ、街路にはプレイヤーの姿はほとんどない。いたとしても、それはお揃いの部分鎧を着込んだ《アインクラッド解放軍》の見回りくらい。
その軍の見回りは、俺たちを見つけると中学生を補導する警察よろしく近寄ってくるが、俺がかるーく睨みつけるとそそくさと退散していった。最近、《軍》がプレイヤーの夜間の外出を禁止したという話をアルゴから聞いたが、どうやら本当らしい。
キバオウもキバオウなりに頑張っているのかもしれないが、方向を間違えているような気がしなくもない。
「……誰もいませんね」
「こりゃあ、アルゲードが賑わうわけだよなあ……」
この街で一カ月くらい生活していた頃があるからか、寂しげに呟くシリカ。それに、キリトが同意した。
「因みに、近々プレイヤーへの《課税》も始める気らしいぞ。ソースはアルゴ」
「どうやるんですか、それ……?」
「さあ?」
訝しい顔をするアスナに、さすがにそこまでは分からないので俺は肩を竦めて返した。
などと無駄話を繰り広げていた俺たちだが、黒鉄宮の敷石を踏んだ途端に口をつぐむ。
黒光りする鉄柱と鉄板だけで組み上げられた巨大な建物の中は、外と比べて明らかに冷たい空気に満たされていて、春服のアスナとシリカは寒そうに腕をさすった。
「少し暗いか」
小さく呟いた俺は、《視覚強化》スキルから《暗視》を発動させて視界を明るくする。探しやすくなったところで、左右に数十メートルにわたって続く《生命の碑》の《G》のあたりを凝視した。
「あ。ありました」
シリカの発見の声に、アスナ以外が彼女の指差す方に目を向けた。
《Grimlock》。横線は無し。
「……生きてるな」
「だな」
「よかったです……」
同時にほっと息をつく。
「アスナ。そっちは?」
「今見つけた。………残念だけど、死んでる」
一人カインズの名前を探していたアスナが、ゆっくり頭を振って答えた。
アスナが視線の先には、横線の引かれた《Kains》の文字があった。綴りはヨルコに確認してあるので、間違いない。
「死亡時刻は、
「私たちがレストランを飛び出した直後よ」
「そして、俺たちが到着するほんの少し前か」
人知れず、拳を作って握りしめる。すると、キュイが気遣うような声で鳴き、俺は拳を緩めた。
「……確認も終わったことだし、帰るか」
俺の言葉を皮切りに、俺たちは足早に黒鉄宮を出る。重苦しく冷たい空気から解放された瞬間、俺たちは詰めていた息を吐き出した。
それと同じタイミングで、アスナとシリカが羽織っているマントが軽く発光し、タマモとイナリが擬態を解除した。
二匹に労いの言葉をかけたあと、街を見回す。
いつの間にか深夜になっていたようで、NPCショップは全て鎧戸を閉めてしまい、道を照らすのはまばらに立つ街灯だけだ。この時間帯になると、さすがに《軍》の見回りもいなかった。
無言のまま転移門広場まで戻ったところで、アスナが振り向いて言った。
「グリムロック氏を探すのは、明日にしましょう」
「そうだな」
アスナの言葉に、全員が頷いた。
「集合時間はどうします?」
「朝九時に五十七層転移門前でどうかしら?」
「わかった」
もう一度キリトが頷く。俺も無言で肯定を示した。
「それじゃ、シリカちゃん行きましょう。おやすみなさい、キリト君、アヤメさん」
「アヤメさん、キリトさん、おやすみなさい」
「おやすみ」
「気をつけて帰れよ」
ぺこりと会釈するシリカに、俺とキリトは片手を軽く上げて返した。
そして、俺はシリカに少しだけ顔を近づけて呟くように言った。
「あと、今日の埋め合わせは事件が終わったら必ず」
「あ……。はい、楽しみにしてますね」
驚いたような顔をしたあと、笑顔を浮かべたシリカは、アスナと一緒に転移門をくぐって他の層に転移した。
「さて、俺たちも帰るか」
二人を見送ったあと、肩の力を抜きながらキリトが呟き、自分も転移門へ近付いていった。
「キリト」
そのとき、俺が名前を呼んだのに答えて、キリトは振り返った。女性陣の前では見栄を張っていたらしく、かなり疲労が溜まっているように見た。
「なに?」
めんどくさそうな視線を俺に向けるキリト。暗に、俺早く帰りたいんだけど、と言っているようだ。
「直ぐ済む。ただ、少し欲しいものがあるんだ」
第二十二層のマイホームに帰ってきた俺は、物置部屋に入って装備を変更したあと、ドサッと倒れるようにソファに座り込んで天井を見上げた。
無言のまま数秒間天井を眺め続けた俺は、ゆっくりと左手のひらを天井に向けて掲げる。その手は、微かに震えていた。
そのとき、胸の上に苦しくない程度の圧迫感を覚えたと思ったら、俺の視線を遮るように、視界の三方向からぬぅっと三つの影が現れた。
長い耳が特徴的なウサギのシルエットが一つに、重ねてもほとんどない差違が無いだろうキツネのシルエットが二つ。
ソファに飛び乗った俺の使い魔ズが、心配そうな目で俺の顔を覗き込んできていた。
「……大丈夫だよ。いざするとなると、少し怖いなって思っただけだ」
掲げていた手を下ろし、三匹の頭をそれぞれ撫でる。フワフワで柔らかいキュイ、指通りのいい艶やかなタマモ、少しだけクリンとしたクセあるイナリ。三者三様の毛並みじっくりと時間かけてを堪能していると、自然と手の震えは止まった。
「よし……!」
覚悟を決めた俺は、胸の上の三匹を丁寧に床に下ろし、右手を振るって二つのアイテムをテーブルの上にオブジェクト化させた。
一つは、鉄色をした長さ12センチくらいの鉄針のようなフォルムを持つ市販の《スローイング・ピック》。もう一つは、返しのような逆棘がいくつもついた赤黒い短槍――数時間前にカインズの命を奪い去った《ギルティソーン》だった。
キリトが転移する前、俺はキリトに、内心を悟られないように平静を装ってこう尋ねた
『ギルディソーンを俺にくれないか?』
俺が何か隠していることに気付いたキリトは、訝しげな目を向けてこう聞いてきた。
『どうしてだ?』
本当のことを言わないなら渡さないと、暗に語っていた。
俺は、指を三本立ててキリトに語る。
『一つ目は、単純にPCメイドの
そのとき、キュイが一緒にいる俺が一番早く犯人に気付けるから』
『最後は?』
『プレイヤーホームの方がセキュリティレベルが高いから』
キリトは少し考えたあと、俺にギルディソーンを渡し、気をつけろよと一言言ってから転移門をくぐった。
そんなキリトに、申し訳なさを覚える。
俺は嘘をついていない。純粋に装備品としてギルディソーンを欲しがったことも、キリトを危険から遠ざけたいと思ったことも、ギルディソーンを抑えておくのに自分の家が最適だと思ったことも、紛うどなき俺の本心である。
しかし、心の内の全てを話したわけではない。
俺はこのとき、四つ目の理由――《ギルディソーンに圏内殺人を可能とする能力があるかどうかを確認するため》があることを、敢えて言わなかった。
ギルディソーンとスローイング・ピックをテーブルに並べた俺は、まずスローイング・ピックを手に取った。
アインクラッドに存在する武器は、
主に、片手直剣や片手曲刀が斬撃、短剣や
中には、貫通以外の属性全てを持つエクストラスキル《刀》や、短剣ながら斬撃属性である俺の《アームスライサー》などの例外があるが、大体はさっき言ったような分類ができる。
ここで微妙なのが、俺はよく使う投擲武器だ。
同じ投げモノでも、《ブーメラン》やナタクの愛用する《チャクラム》は斬撃、俺の使用回数が一番高い《スローイング・ダガー》は刺突、そして、今手に持っている《スローイング・ピック》は貫通と属性が分かれているのだ。
閑話休題。
貫通武器である《スローイング・ピック》を手に持った俺がこれから何をするのかというと、自分の手に向かって投げるのだ。
アンチクリミナルコードが働いているため刺さることは絶対にないだろうが、念のための確認だ。対照実験みたいなものだと思ってくれ。
俺は左手を前に伸ばし、右手に持った投げスローイング・ピックを左手目掛けて投げつける。しかし、杭は左手に刺さることなく、硬い岩にぶつかったかのように弾かれた。
「……まあ、だろうな」
予想通りの結果に、一つ頷く。
ピックを床から拾い上げた俺は、テーブルに置いてあるギルディソーンに持ち替えた。
ギルディソーンを視線の高さまで持ち上げ、その禍々しいフォルムを持つ赤黒い刀身を眺める。
「これが、カインズを……」
覚悟を決めたにもかかわらず、柄を握る手が震えた。
「大丈夫。所詮は手だ。刺さったところで、命に別状はない」
そう自分に言い聞かせて、震えを止めるように柄を強く握りしめる。
どうにか震えを抑えた込んだ俺は、左手の甲にギルディソーンの切っ先を向け、
「――――ッ!」
ひと思いに、手の甲を貫くような勢いでその刃を突き立てた。
――――ガキィンッ!!
振り下ろされた短槍は、そんな激しいサウンドを響かせ、手の甲に
無効化できない》=《圏内殺人を可能とする能力は無い》ということだ。
「………ああ…………よかった…………」
その結果を見た俺は、深く安堵の息をついた。
……でも、これで
「キュイ、タマモ、イナリ。付いてきてくれ」
「キュキュ」
「「クォン」」
ギルディソーンとスローイング・ピックを手に持った俺は、使い魔ズを引き連れて家の外に出た。
ベンチやハンモックの置いてある狭い庭を抜け、アンチクリミナルコード有効圏外に出たところで足を止めた俺は、家の方に向き直った。
「みんなは、近くにモンスターやプレイヤーがいないか探って安全そうだったら教えてくれ」
「キュィ!」
「「クォン!」」
キュイたちが周囲を索敵している間、俺はウィンドウを操作して両手にレア度の高いグローブを装備した。
あまり装備したことのないグローブの感触を確かめるように、二、三回手を開閉する。
ある程度感覚が掴めたところで、試しにギルティソーンをキュイたちに当たらないように振るってみる。
「……グローブも案外いいかもな」
なんというか、握りやすくなった気がする。
「キュキュィ」
「分かった」
使い魔ズを代表したキュイの声を聞いた俺は、ギルティソーンを地面に突き刺して固定して杭だけを手に持った。
それからやることはさっきと同じ。右手に持った杭を、左手目掛けて投擲する。グローブを装備した理由は、ダメージを出来るだけ減らすためだ。
「っ……」
鈍痛にも似た痛みが奔り、僅かに顔をしかめる。それと同時に、俺のHPが2パーセントほど削れ、杭の刺さる傷口が赤く明滅を始めた。更に、HPが数ドット削れる。
《貫通継続ダメージ》が発生したのを確認した俺は、敏捷値をフルスロットルにしてダッシュし、圏内に飛び込んだ。
ホームの庭に入った瞬間、HPの減少が止まった。
「これが普通だよな……っ」
左手に刺さる杭を力任せに引き抜きながら呟く。
圏内に入れば、あらゆるダメージは消える。《貫通継続ダメージ》だろうと《毒》だろうと。話には、《致死ダメージ》を受けたとしても0になる前に圏内に飛び込めば減少が止まるらしい。
だのに、キリトの話では、カインズはその止まるはずの《貫通継続ダメージ》で死んだ。
そうとなれば、ギルティソーンには《圏内でも継続ダメージを継続させる能力がある》と考えられるのではないか。
そう考えたからこそ、次の実験だ。
僅かに減ったHPをポーションで回復させた後、使い魔ズの待つ、ギルティソーンを刺したところにまで戻る。
「キュゥ……」
「クォン」
「クゥ~……」
「大丈夫だって。次で終わる」
止めようよとでも言いたげな目を向けてくる三匹を、苦笑しながら撫でまわす。
「俺は絶対に死なない。ダメージがあったら抜けばいいんだしな」
あえて軽い感じで言った。そうすると、タマモとイナリは渋々ながら引き下がったが、キュイは逆に俺の肩に飛び乗った。
「……分かったよ」
肩に乗っかるキュイにもう一度苦笑いを浮かべ、地面に刺したギルティソーンを引き抜いた。
「じゃあ、しっかり捕まってろよ」
「キュィ」
キュイの声を聞いてから、俺はギルティソーンを左手に突き刺した。
「ぐぅっ……」
スローイング・ピック以上の痛みが全身を奔り、歯を食いしばる。
HPが5パーセント削れ、その後すぐに2パーセント削れる。減少する量も速度もさっきのスローンイング・ピックとは段違いだ。さすが貫通特化武器と言ったところか。
「キュィ! キュィ!」
急かすようなキュイに、行動で答える。
即座に前方へダッシュして庭に転がり込み、視界の端で圏内に入ったのを確認した俺は、自分のHPに視線を向けた。
HPの減少は――――止まっていた。
「……はは」
自然と笑いが込み上げた。
「なるほど。ギルティソーンはただの武器か」
左手に刺さる短槍を引き抜き、脱力する。
「キュィ……」
槍を地面に突き刺してその場に座り込むと、キュイが気遣うように槍の刺さっていた左手に頭を擦りつけてきた。
「ありがとう」
そんなキュイを抱き上げ、抱きしめる。
そうしていると、タマモとイナリが俺に駆け寄り飛びついてきた。
それを抱き止め、結果を振りかえる。
実験の結果、ギルティソーン自体は特別なスキルを持たない普通の装備アイテムだということが分かった。
「明日、皆にもこのこと話さないとな」
シリカ当たりに何か言われるかも、と思いつつ、三匹をまとめて抱き上げた俺は、ギルティソーンを回収して家の中に戻った。
【あとがき】
以上、四十七話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
アヤメ君の独断による実験です。
皆に危険なことをさせたくないという、まあ、アヤメ君の病気です。
因みに、アヤメ君の実験中、裏では原作通りキリト君がシュミットに捉まってます。
次回は怒られます。
それでは皆さんまた次回!
Tweet |
|
|
3
|
0
|
追加するフォルダを選択
四十七話目更新です。
今回は実験します。
コメントお待ちしています。