No.566906

東方船頭語  ~三途の川の真砂抄録~

華狼さん

やぁ皆様方。 今回は東方の『小野塚 小町』をメインに据えての読みきりですよ。

2013-04-17 00:07:17 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:662   閲覧ユーザー数:639

 

 

 

 

 

 

 あたい こと小野塚 小町、此岸から彼岸に死んだ奴の魂を渡す船頭をやってる者さ。

 

 船頭 ってのはあくまでやってる仕事であって、ほんとは死神って役職になってるね。

 

 『働かない死神』とか言われてるって聞いてはいるよ。 まぁ確かにちょっとサボったり怠けたりってのはあるさ。

 

 でもね、この死神の船頭って仕事やってるとさ。 時たま嫌になることもあるんだよ。

 それこそ仕事する気が起きなくなるぐらいにね。

 

 

 

 

 「…… うん?」

 

 今日もまた、彼岸に渡る魂が来たようだね。

 

 船の上で寝転がって川の流れに揺られてると、こっちに来る一つの影が見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ・東方船頭語(とうほうせんどうがたり) 三途の川の真砂抄録(まさごしょうろく)

 

 

 

 

 小町を見つけたせいか、影は小走りになって向かってきた。

 

 「よ よかった 人が居て……! なぁ あんた、ここがどこだか分かるか?

  ここは…… どこなんだ? 気が付いたらあっちのほうに居て  ま さか、あんたがおれを攫ったとかそういうんじゃないだろう

  な!?」

 

 安心した顔も少しの間、勝手に深読みして警戒した顔になるのは 年のころなら中年二・三歩手前といったところの男。 死んだ自覚が無かったり記憶が飛んでたりはたまにあることとは言え、ちょっと失敬じゃなかろうか。

 

 「あんた攫ってもあたいにゃ得は無いよ。

  ここは『三途の川』。 あっちの川向こうはあの世で、閻魔様の御沙汰が待ってんのさ。

 

  率直に言えば あんたは死んだんだよ。」

 

 言った途端に男は『こいつ何言ってんだ?』ってな顔になるが、一拍あければ驚きを加えた真顔になる。

 

 小町の話した内容がきっかけで死んだ自覚が一気に生まれて、思考にラグが生まれ戸惑っているのだろう。

 

 同時に小町の頭の中に いや 脳裏とでもいったほうがいいか 漠然と、この男の記憶が見えた。

 

 

 三途の川は現世とあの世の狭間の場所。

 

 故に川を渡る最中やこうして向き合ってる時に、死んだ者の生前の記憶や今の意識が死神達に見えることが間々ある。

 

 「……あんた、家族を置いてきちまったんだね。 家路に着く道中での転落死 かい。

  ま ちょっと馬鹿やってたこともあるみたいだけど、改心してまっとうにやってたんだからそう悪いことにゃなら」

 

 

 

 「 ―――――――――――――― いやだ」

 

 

 

 見えた情報からいわゆる営業トークにあたる世間話をしようとしたところで、妙に深いというのか ポツリとした物言いにもかかわらず周囲に渡り小町が言葉を切る声で男が呟いた。

 

 いや そうでは無い。 小町が言葉を切ったのはその声を 空気の振動を感じ取ったことが原因では無く。

 

 その声と共に形而上の感覚を撫でた、威圧感を感じたからだった。 ぱっと見で男の外見に変化は無いが、その周囲の空間が揺らめいた。

 

 

 ここ 三途の川に来ると、ある種の本能的に『あぁここに来たらもう戻れないんだな』と感じて自然と三途の川を渡ることを受け入れることになる。

 

 「おれが 死んだ?  ふざけるな おれが 死ぬ なんざ」

 

 自覚が生まれ、確信が出来る。 大概はそれ故に、本能的にもう駄目なんだと『諦める』。

 

 どうにもならないからだ。 根性で 体を張ればどうにかなるという次元ではなく、万に一つも可能性が無いことを本能が告げるからだ。

 物理的以上にどうにもならない存在としての問題。 どう足掻こうが干渉できない段階での不退転。

 そんな絶対的な問題が魂へと直接突きつけられたら、ほぼ抵抗する気は起きなくなり 素直に閻魔の沙汰へと向かうようになる。

 

 

 でも何事にも例外は存在する。 受け入れることが出来ずに、死神に向かって食って掛かる者もいる。

 

 

 

  男は確かに盗みを繰り返した半生だった。

 

 

 

  やってはいけない一線として殺しを禁じていて、それなのにあと一歩で人を殺めてしまいそうになったこともある。

 

  でも。 それでも そんな生き方に嫌気が差して、一切の人道に外れた行いを捨てて真面目に働いて、嫁を娶って細々ながらにまっとうに生きてきた。

 

  妻や まだ小さい息子には今までの行いを隠しているが、いつか いつか必ず、自分の行いを白状しようと心に決めていた。

 

 

 

 

 「嫌だ  いやだ    い や だ

 

 

  おれは

 

  おれは帰る  帰らないといけないんだよ!!」

 

 

 自覚が生まれ、確信が出来る。 自覚が事態を否定し、確信が状況を拒絶する。 既に確信は絶対になっていて、迷うことは刹那もない。

 

 死への拒絶が指数関数的に増して行く。 同時に負の感情が加速度的に大きくなる。

 

 

 「 おれは   おれ は    オ レ ハ」

 

 

 その負の感情が『呼ぶ』。 陰陽としての暗い氣 未練がましく漂う負の残留思念 三途の川に入り込むたちの悪い霊

 

 火に入る小虫のように 否、急速に濃く 急激に大きくなる負の感情に引き寄せられるようにそれらは其の周囲に集い、

 

 

 「 ぁ   あ  あ     ア」

 

 

 男の周囲の空間に暗い靄が発生するとその色が集まって幾条もの筋となり、筋の先端が男に鋭く突き刺さった。

 

 

 

 「オ゙オォォォォァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 途端に電流が走ったように男は体を反らせ 見開かれた目で天を仰ぎ見て吼えた。

 

 

 

  今のこの男のように 死を拒否する気持ち 現世への未練が強すぎる魂は

 

  超低確率の発生条件を満たすと 極たまにこうなってしまう

 

 

 

 暗い靄は男の周囲の空間にとめどなく現れ 湧き出し、断続的に筋となって男に突き刺さってゆく。

 

 「あ゙ガァッ ぐゥヴァァ! ガアゥ アア゙ オ゙オオオオオ」

 

 その人間の声が 続く内に次第に獣の咆哮に変わってゆく。 その推移と同じくして男の体は体積を増していく。

 手が伸びたかと思えば足の先端が爆発的に膨張して、肩口の肉が盛り上がれば左脚が車軸を束ねたような太さになる。

 皮膚の下の血管は見て取れるほどにビギビギと表面に浮き上がり、中を流れる血の色の変化に伴って黒く変わっていく。

 獣のような紅い毛が全身に一気に生え揃いつつ手足の爪は厚みと長さと鋭さを増して人のそれでは無くなり、肌が青味を帯び行く中 髪は真紅に、目は火眼金睛の言葉の如く白目黒目の境は無くなり金一色へと。

 

  ボゴ ビギッ ベギ グギュッ ゴギギギ 

 

 およそ人体が いや今に於いては魂魄体が出すはずの無い生々しく異常な音がするたび、男は『人』から『何か』へと変貌してゆく。

 

 小町は目を細めて 哀しそうな表情でその変容を見届ける。

 

 そんな小町の目の前で出来上がったのは、

 

 「ヴゥウウゥゥゥゥゥゥゥゥ……」

 

 見上げるような鬼のように巨大な異形。 身の丈は六メートルはゆうにある。 比率で言えば某生物災害4のエルヒガンテとケネディ君を挙げておく。

 鬼は幻想郷にも居る。 しかし彼女らはまだ人としての見た目をしているが、小町の眼前のそれは彼女達を基準に考えればそれこそ異形、『鬼に似た何か』だった。

 青味を帯びた鉄色の肌、燃えるような真紅の髪に金色の目、平たく刃のような角が額から一本伸び、全身は筋骨隆々で その筋肉も筋を束ねた上に薄皮を張ったような 表面に細かく筋が浮き上がった異様なもの。

 着ていた服も同時に変異したらしく、着流しから上半身をはだけた格好となっている。

 顔は元の男の面影はもう無く、獅子や狼の顔を足して二で割ったら三余った ような、そんな印象を受ける獣の顔だった。

 

 背中にも赤黒い獣のような毛が蔓延っていて、総括した印象は

 

 

 「ヴォオオオオオオオオオ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙!!」

 

 

 巨大な二足歩行の半人半獣。 轟く咆哮は既に人のそれでは無い。 角と巨躯から便宜上『鬼』とするが。

 

 

 

 一説によると鬼は人の成れの果てだとか。

 憤怒 憎悪 怨嗟 嫉妬 悲哀 そういった負の感情が呼んだ氣が纏わり付くことで 内に膨れ上がることで人は鬼へと変異してしまう。 女性の怨念を表している般若面に角が生えているのはつまりそういう信仰があったことに因るのだろう。

 

 男がこの鬼へと変容したのは 先にも出したが様々な条件が重なって合致した結果、多量にして高密度の陰の氣により魂魄体が変容したからである。

 条件は様々にあるが、一番大きいのは男の現世への未練が強かったことだろう。

 

 今のこの鬼を支配する感情は『憤怒』。

 

 自分は罪人である  嫌気が差してから、ずっとそのことが罪悪感として男の中にはあった。

 

 しかしそんな自分を妻は愛してくれた。

 隠しているから 知らないからというのもあるだろう。 

 それでも、男は最近ようやく『人』になれたのだと省みることが出来ていた。

 

 嬉しかった。 知らないとはいえ、こんな自分を夫として寄り添い、妻として共に歩んでくれている彼女が大切だった。

 嬉しかった。 最近息子が立つ事が出来るようになった。 成長の全てが自分のことのように嬉しく思えるようになった。

 

 改めて省みるとそこには、ずっと求めていた安寧がそこにはあった。

 

 大切になった 失いたくなくなった。

 だからこそ自分の行いを白状したかった。 最低な隠し事を持ったまま居たくなかった。

 

 

 そんな男が 妻子を置いて自分が逝くなど認められるわけがない。

 

 断じて認めることなど出来ない。

 

 従うなどと出来得るものか。

 

 

 故にこそ。 自分をあの世に逝かせる死神に対しての『憤怒』。

 

 

 

  自分を連れて行くと言うのなら 何よりも大切な 生き甲斐たる家族から自分を引き離そうとするのなら

 

 

 

 「オ゙ォォァァアアアアアアアアア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ッ!!」

 

 

 憤怒の殺意を持って握り固められた巨大な拳が、小町へと振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・

 

 

 

  ガガガガッ!!

 

 熊手の形で小町を狙った鬼の手の平。 鈍色の爪が生えた丸太ほどもある指が地面を抉り、

 

  バズッ!!「く ぅっ…!」

 

 タイミングからいっても鎌で防ぐしかなかった小町を、防御の鎌ごと叩き飛ばした。 爪で抉られた地面の破片が小町と共に放物線を描く。

 純粋な力で叩き飛ばされた小町はドジャッと地面でワンバウンド 続いて勢いそのままに横に転がる。 回転が止まると同時に

 

  ヒュン ヒュンヒュン ザキッ

 

 手から弾き飛ばされ宙を舞った鎌も離れた地点に突き立った。

 

 「くっそ 刃筋が入らないって…… こりゃ今日は厄日ってやつだね……」

 転がったのは慣性ではなく衝撃を流すための受身行動あり、またインパクト時も体術でスウェー軽減したからダメージは本来くらう分ほどでは無かった。

 「ッ! げほぁっ ケホッ ゼ はッ は ヒュゥ は ヒュゥゥ カはァッ」

 それでも、それでもこのダメージであった。 体を起こした途端に体内部が鈍痛を自覚し、口の端からは細く血の筋が垂れる。

 

 「オ゛オ ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙   ガアア  オ゙オオオオオオオオオオ!!」

 

 鬼は鬼で小町を叩き飛ばした地点で頭を抱えて苦悶の声を上げふらついていた。 魂魄体と精神の変容が頭部への痛みとして現れた症状だがそれも長くは続かない。

 すぐに憤怒が痛みを麻痺させ、火眼金睛が小町を捉える。

 

 獣じみた見た目に違わず 否 むしろ眼前の鬼はその巨躯には不釣合いな速度で動き回り、見た目とのギャップで体の繰りが遅れ気味になった小町に無造作にして単純な暴力で襲い掛かった。

 それでもどうにか反応して、容易く地面にクレーターを創る拳の間隙に隙を見つけて 牛の突進のような拳を避けると同時に鬼の頭部へと飛び上がって首を刈るべく鎌を振るった。

 そう 振るった はいいのだが。

 一度目で懸念 二度目の斬り付けで感じた手ごたえで確信した。 鬼の体はあまりにも硬く堅い。 まるで岩に斬れない革を張ったような感触がそこにはあった。 斬りつけたところで『ドツッ』と鈍い音を立てるだけだった。

 

 ウケ狙いとして支給されているものではあるが、いざ荒事となれば力を込めることで切断能力を発揮する。 しかしそれではこの眼前の鬼をどうこうすることは出来ない。

 大鎌では、文字通り刃が立たない確信があった。 

 

 

 でも  それであっても

 

 

 「 それじゃ

 

  久々に 本気出させてもらうよ?」

 

 

 立ち上がった小町に 退く気は一切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  魂は転生する

 

 

  前世が最悪でも 絶望しかなくても

 

 

  因果はあるだろうけど またやり直すことができる

 

 

  輪廻の中で また誰かと出会うことができる

 

 

  

 

 

  だから

 

 

  だから あたいは ―――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「久々に 本気出させてもらうよ?」

 

 聞こえていない鬼へと ではなく。 自分自身に言い聞かせるように小町は独白して鎌を拾い上げ、握る手に力を込めた。

 

 すると 純戦闘用に鎌が切り替わり変形する。

 ヴィンッと振動すると刃は白く光り、アウトラインで判別できる鎌の刃の反りが逆転し、刀身は厚く長くなり 白い光を薄っすらと纏う。

 数秒後、ヒュンヒュンと頭上で回転させると余分な光が霧散して、刃の全容が見て取れるようになる。

 

 流れるように構えに移行した小町の手に握られていたのは、一挺の巴型大薙刀。

 

 刃は純白の光を薄く纏っており、 これぞ死神正装備大鎌『狐之刃(このは)』の純戦闘形態『曼珠沙華』。

 重量が増し 同時に所有者の膂力が向上されることで、結果切断能力が飛躍的に上昇する戦闘特化形態である

 

 

 

 そして、

 

 

 

 「ぉッらぁァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

 皓々と光る薙刀を構えた小町は裂帛の気合と共に、改めて鬼を討つべく宙を駆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  だからあたいは この男を終わらせる

 

 

 

 

  この男はもう戻れない 

 

 

  変質した魂は閻魔様の沙汰じゃ裁けない この魂として転生することは出来ない

 

 

  もう 消滅させるしかない

 

 

  これ以上 戻れないのに戻ろうと足掻く様を晒させたくない

 

 

  こんなになるほどに綺麗で強い想いが 醜く歪んだままであっちゃならない

 

 

 

 

  だから  御免よ

 

 

 

  あんたはもう  終わったんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・The End of Glowlight

 

 

 鬼の体力は今ここに尽きた。

 それでも最後に一撃と握った拳槌を小町へを振り下ろすと、最後の四肢の右腕が上空へと飛びつつの小町の薙刀でカウンター気味に根元から刈り飛ばされ、一拍の後に『ドッバァァァァン』と派手な音と水飛沫を立てて三途の川の水面へ落ちる。

 水面には墨流しのように黒い血が広がり、水中にも腕の断面から黒い血が尾を引いて川の底へ底へと沈んでいく。

 

 次いで鬼は川すぐ傍にうつ伏せに倒れ込み、一秒遅れて小町も着地した。 

 

 「はぁっ はぁっ はぁっ 」

 「オ゛ォ ォ ォ …………」

 

 鬼は達磨も同然の状態だった。 四肢はほぼ根元から刈り落とされていて、残っているのは胴体と頭のみ。

 

 ここまでしなければならないほどに鬼は強かった。

 純戦闘用の薙刀形態であっても全身全霊を込めた一撃でなければまともに刃が立たない程にその肉体は強靭だった。

 しかも腕一本になろうが爪で地面を掴んで跳びかかり、かと思えばその腕を伸ばして殴りかかってくるような芸当をしてくるような存在である。

 どうにかこうにか四肢を刈り飛ばしてきたが、疲弊したとはいえ腕一本でも押されるほどに強かった鬼をこうして行動不能にまで出来たのは、小町の力量が呼んだ奇跡であろう。

 周囲は鬼に流れる黒い血が夥しく撒き散らされていて地面は幾箇所も陥没して爪痕が何条も。 激しい戦闘であったことを物語っていた。

 

 それらを創った鬼も今は四肢を失い達磨も同然に地に倒れてうつ伏せ、

 

 「――――――――だ」

 

 オーバーヒートでショートした頭がうわ言を吐くのみ。 切断面からはだくだくと黒い血が流れゆく。 

 そんな鬼を前にした小町の顔は鋭い色を保ったままではあるが、

 

 その色の奥には、

 

 

 「  いや  だ 」

 

 

 他人行儀な安い憐憫 同情などではない、自分の心が削られているかのような切ない悲哀があった。

 

 

 

 「いや だ   お れ は    家 族   が   待って  る

 

 

    帰  る 

 

 

  お  れ は  うちに    か え る 」

 

 

 

 漠然と 漠然とした理性がわずかに戻り、自分に死が 終わりが迫っていることを鬼は

 

 

  否、 『男』は感じ取っていた。

 

 

 

 「死に た  く な   い」

 

 

 

 搾り出すように 陰の氣に覆われた自我が、死の淵に瀕した今 必死にもがいて這い出してくるように喉の奥から出た心からの想いが、途切れ途切れに小町に聞こえた。

 

 分かっている。 死にたくないだろう。 再び 文字通りたとえ死んでも会いたいことだろう。

 

 三途の川は現世とあの世の狭間の場所。

 故に川を渡る最中やこうして向き合ってる時に、死んだ者の生前の記憶や今の意識が死神達に見えることが間々ある。

 

 小町には見える 否、密度と強さ故に心の中にその想いが沁みこんで来る。

 

 遣る瀬無い あまりに遣る瀬無い。 愚直の字面通り、愚かしくすら思えるほどに純粋な想いが心に響く。

 ただ ただ彼は家族に会いたいだけ。 その想いが彼をここまでにした。

 なのに なのにその想いが成就することは無い。

 

 あとはもう 消滅を待つことしか彼に出来ることは無く、

 

 小町にも どうすることも出来はしない。 

 

 

 だから だからこそ。

 

 

 

 

 「 ―――――――― 御免よ。」

 

 

 

 

 小さく呟いた一瞬後。 薙刀の一閃にて、名も知れない何某かの首が落とされた。

 

 

 

 

 

 終わった者を終わらせるのは当然のことではあるが。

 

 『人』に戻ったからこそ。 人としての内に終わらせてやることが せめてもの情けなのである。

 

 

 

 

 

 

 黒い血が地面に広がってゆく。 なにを残す為でもなく唯々、黒い水溜りを作ってゆく。 理由があるとすれば、消えるために広がってゆく。

 

 その水溜りに小町が立つのは これで幾度目だろうか。

 

 黒い返り血を浴び、心を抉られ、時に酷く傷つき それでも小町は再び立つだろう。

 

 少しのサボりという休息を経て、何度でも立つだろう。

 

 

 

 それはひとえに彼女が 小野塚 小町という死神だからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

  小野塚 小町 彼女は死神

 

 

  魂を渡す 櫂の担い手にして

 

 

  魂を終わらせる 刃の振るい手である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 凪の水面に浮かぶ船、舟床に転がり 寝るのが一人。

 

 

 「……、ぅん?」

 

 

 三途の川に、今日も死んだ者の魂がやってくる。

 

 

 「……ったく  せっかく寝てたのにな……」

 

 

 働かない死神は今日も三途の川の水面に、渋々ながら櫂を差す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・と言うわけで。 全部嘘です。

 

 

 

 場所は三途の川の岸 死神の船の船着場で縁台に腰掛けているのが二人。

 一人は小町で、もう一人はワン子天狗 じゃなくて白狼天狗の『犬走 椛』。

 

 小町が一通り話し終えると、それを聞いていた椛は ほう… と小さく息を吐いて、話に出てきた男の境遇に同情を その境遇と心情を知りながらもあえて葬る小町に感心を抱いた。 手には『射命丸 文』から借りた もとい押し付けられたメモとボールペン。

 

 「ってなことがあったりでさ。 そんなことがあるんだから、やる気無くなるのもしょうがないってもんだろ?」

 「……成程、三途の川ではそんなことがあるんですか……」

 

 「そんなわけないでしょう!」

 

  ベスッ 「きゃんっ?」

 

 そこへ今まで無かった声が割り込み小町の頭がしばかれる。

 

 「いって って げ 四季様!」

 「げ とはなんですか小町! まったく貴女は毎度毎度飽きもせず懲りもせず!」

 

 痛みを覚えた頭頂部をさすりつつ小町が後ろを向くと、そこには閻魔様こと『四季映姫 ヤマザナドゥ』別名山田が愛らしい顔で怒った表情をしながら仁王立ちしていた。 しかし閻魔が仁王立ちとはこれいかに。

 映姫、頭をはたいた笏『悔悟の棒』で小町をビシッと指して続ける。

 

 「しかも記者に適当な作り話を垂れるとは何事です! 妙な話が広まったら厄介なんですからね!」

 

 「や 私は文さんに取材押し付けられただけで記者では

 

  って ぇ ちょ はっ? ずっと聞いてたお話全部嘘なんですかっ? ちょっと興味深いなって思ってたんですけど!?」

 

 大人しく聞き入っていただけに椛、この発言に耳をピンと立てて驚いた。

 

 妙な情報の伝播を防ぐために映姫、仕方なしと内情を少し呈する。

 

 「嘘ですよ。 確かに渋ったり逆上したりする死者は居ます。 ですが危険な妖怪の類に変異するなどあるはず無いでしょう。

  三途の川に入り込んでくる魑魅魍魎の類に対しての措置の武器として鎌を持たせているに過ぎません。 変形なんてかっこいいこともしませんよ。 まぁ力を込めれば相応に切れるものにはなりますが基本的に死者へのサービスです。

 

  死者の意識が他に流れ込んだりもすることはします。 でもその干渉を受けるような死神はありえません。 干渉があるのは死者の魂同士ぐらいですよ。

  それ故のこの仕事をしている死神なのですから。」

 

 

  と言うわけで。 全部嘘です とはこういう次第である。

  小町の語る内容を作者が効果音やら心情描写等で脚色して仕上げた話であり、鎌が変形したり死者の魂が化け物に変化して死神を殺しに掛かる なんてのは小町の作り話。

  ちょっとしんみりしてしまった椛の心への責任は取りかねるので悪しからず である。

 

 

 「いやぁ なんとなく細々と話を作っててさ、んであんたがなんかネタ無いかって言って来たから つい ね?」

 

 小町とて本気で嘘を吹き込むつもりではなく、一通り話した後には『つってもまぁ作り話なんだけどね?』と しれっとすぐに白状するつもりではあったのだが。

 映姫にばらされて怒られたことで、頭の後ろを搔きつつバツが悪そうであった。

 

 「つい ではありません!」「ついじゃないですよ! ちょっと感心したわたしが馬鹿みたいじゃないですか!」

 

 「それに嘘じゃ無いですって! あくまで作り話なんですから、

 

  ほら 新聞ってのは小話とかも載せてるんだろ? そういうのの参考になるんじゃないかってことで 勘弁してくれよ な?」

 

 「ぅえ?  あ~、  ぅ~ん……」

 

 少し抗議の態度を見せた椛だったが、

 

 「  一応、文さんに言ってみます。」

 

 良案だと判断したのか提案を飲み、

 

 「ほら四季様! ちゃんと相談に応じてそれが案になりましたよっ?」

 「それがサボっていた免罪符にはならないでしょう!」

 

 小町は言い訳をするが当然通る筈も無く。 給料はキツく差っ引かれたらしい。 普段も普段だから ね。

 

 

 

 

 

 

 

  その後、文々。新聞の一角に連載小説を設けることを文が決め、

 

  そこに小町の案を採用して小町の作った話が載り、

 

  それの人気が出たことで新聞の購読者が増えることになるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

  まぁ 死神業の傍らの提供だから間を空けたことで購読者から早く出せとの苦情が相次ぐことにもなるが。

 

  これもまた、小町らしいといえばそうなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・後日

 

 

 

 

 陽も落ちて夜の帳の落ちた時間帯。 人里の飲み屋が集まる一角でのこと。

 他の店も客入りはあり、一帯は店の出入り口や窓から漏れる火の光や わいわいと騒ぐ声が楽しげである。

 

 「さぁ今夜は私の奢りですからねぇ、じゃんじゃん呑みましょうよぅ!」

 

 その中の一軒の店内。 地面より一段高い畳の席にて、上機嫌な文が小町と椛にそう言って品書きを机に広げた。

 

 「おぅそうかい? いや減給で金欠気味になってたからさ、そんじゃ今日はゴチになるよ?」

 「そう聞いてますからね、すいませんってのと有難う御座いましたっての込みでの奢りですよ! 原稿料もたいして出せてませんからね!」

 

 

 新聞の一件から少しして、ちらほらと購読者が増えた頃。 

 今までの数が数だったので文は舞い上がり、購読者増数記念として小町と椛を呑みに誘ったのであった。

 これから購読者はもっと増えることになるのだが、文がそれを実感するのはもう少し先のことである。

 

 

 「お金とか大丈夫なんですか?」

 「写真っ!」

 「あ もういいですそれ以上言わなくて。」

 単語だけではあるが椛、文がなんらかの写真を売りさばいたんだなと察した。 因みに被害者は同業者のホタテである。

 「お 今日限定ってあれ ……『翠露』って、酒かい?」

 「はい 鬼の方が今日早くに売りにきてくださったもので。 名前にちなんで店主がそう名前をつけたんです。」

 「へぇ 鬼の酒ってこと? 面白そうだから んじゃまずそれ頼めるかい? あと酒のアタリを肉魚野菜で三種類。」

 「わたしは強くない甘めなのを。 肴は はい? あ、だから三種類頼んでくれたんですか。」

 「『銀鴇』お願いしますね!」

 

 

 

 さて 時間は経っていい具合に酒が回って。

 

 「しっかし提案したあたいが今になって言うのもなんだけどさ、あたいの作り話で新聞買うのが増えても それでいいのかい?」

 「あぁ~ん? それはあれですか私の新聞があれであやあやってことですかぁ~? 天狗怒らせるとあとが怖いですよ~?」

 「あれ いまいちだって自覚はあったのかい?」

 カラカラと嫌味でない小町のからかいに文が腕をぶんぶん振り上げる。

 「ぬがぁ~! こんちくしょぅがぁ~! 今度山田さんのえっちい写真撮ってやるんですからねぇ!」

 「やめときな、四季様怒らせるとそれこそ怖いんだから。 ってか山田って。

  ま でも四季様のだったら あたいもやぶさかじゃないかもね? 協力は出来かねるけど

 

  いや   ぅ~ん   ちょいとここは悩みどころ だねぇ……」

 

 「閻魔に犯罪行為するって 考えるまでも無く論外だと思うんですけど……」

 

 あはは…… と力なく笑う椛をよそに、

 「四季様ってあれで実はけっこう…」「ほぉう 中々に可愛らしいところあるんじゃないですかぁ」「だろうっ? そこがあたいは好きでねぇ~」

 

 二人は映姫の話題で盛り上がっていって、

 

 

  更に一時間後。

 

 

 「だはははははははっ よっしゃそんじゃあたいも四季様の写真の件に協力してやろうじゃねぇの!」

 「ぃよっしゃぁ! これで閻魔が赤裸々なんですよぅ! 白黒を引っぺがして真っ赤にしてあげましょうねぇ小町さん!」

 「応よブンちゃん!」

 

 酒も進んでいよいよ酔いが回って、小町と文はもう閻魔の沙汰の被告人ルート一直線状態になっていた。

 

 「ぁ~聞こえない聞こえない わたしは何も聞いてませんよ~。」

 あしらいながら酔っ払いの横で付き合っている椛だが、いざ二人がバカをやれば即座に通報する心構えである。

 

 「ぉう そういやもみもみ、あんた確か千里眼の能力持ってんだって?

  ってなわけで今四季様見てみておくれよ、今だったら たぶん風呂入ってるからさっ」

 「巻き込まないで下さい! ってかなんでそんなこと知ってるんですか!」

 「四季様って毎日の日課とかは時間通りにする人だからさぁ、たぶん確実! 頼む! 尻尾モフってやるから!」

 「それ得するの小町さんだけですよねぇ!? なに手ぇワキワキさせてるんですか!」

 「だぁめですよぅ、椛の尻尾は私専用なんでs」

 「いつからそんなことになったんですか! がるるぅぅ!」

 「って駄目だそれじゃもみもみしか風呂見れないじゃないか!」

 「そこは口頭で情景を表現ですよ椛! 記者たる者、記事書くための必須事項ですよ!」

 「誰が記者ですか文さんが押し付けたからでしょうあの時は!

  あともみもみってのもやめて下さい!」

 

 

 で。

 

 そのまま小町は上機嫌で無茶振りを続け、

 

 文は小町に便乗して引っ掻き回して、

 

 椛は抵抗やつっこみはしても怒りはせず、

 

 

 三人の酒宴は夜まで続いて、この日を機に三人 特に小町と文にはちょくちょく交流ができたのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・あとがき・

 

 

 

 やあ この話を綿貫に出したかった華狼です。 なんのこっちゃと思う人は Google it。

 せっかくの嘘話なのに。 なんでこう機を逃すかな私は。

 

 

 さて 東方の小話がこれで二作目ですが。 この『全部嘘です』ってパターン恋姫でも前にやったなそういえば。 気に入ってるやり方なんでしょうか。

 

 でも嘘ですパターン じゃないって風なのも考えてはいたんですけどね。

 「まぁ嘘なんだけどね?」と言って椛をからかったけど、実は本当にそういうことが起こってて、小町は辛いけどずっとそれを続けてるって内容にも出来たんですが。

 そんな暗いのは他でやればいいんじゃないかなって。 今は停滞してるけどもう一個東方でやってるからね。

 

 今回の一件を機に小町と文の新しい組み合わせが出来る んですか?(訊くな)

 例えばこれを機に小町が小説とかの方面に行くとか。 新聞記者と小説家のコンビとかいいかも。

 

 

 それじゃ残りの設定語りをちょっと。

 

 あの鎌って作り物らしいけど、まぁウケ狙いであり また作中にもあるように力込めれば相応に使えるようになるということにしておけばいいんじゃないかな。

 

 『狐之刃』の名前は『狐の剃刀』というヒガンバナ科の植物が元。 彼岸花の別名に『狐花』もあるっぽいし。

 

 あとマンジュシャゲなら彼岸花なんだから赤い光なんじゃね? と思った人が居たなら、あなたは仏典に於ける『曼珠沙華』を調べよう。

 でも赤い刃を振るう小町もかっこいい。 ってことで始解が赤い鎌 卍解が白い薙刀 とかでもいいかもしれない。

 

 

 そんなところで。 今回の話はこのあたりで締めましょうか。

 

 今回もお付き合いいただき感謝に御座い。 やっぱりお話を書くのは楽しいですよ。 これ読んでる人も書いて投稿してみたらいいんじゃないかな。 少なくとも私のきっかけはそんなもんでしたよ。

 

 

 では。 『船頭語り』じゃなくて『船頭騙り』ってな内容でしたってことでお後が宜しいとしましょうか。

 

 よく無ぇよ? それは私が一番よく分かってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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