No.552829

勇者も魔王もいないこのせかい 終章

今生康宏さん

これで終わりです
この後も、まだまだクリスの旅は続いていくことになる訳ですが、それはまた別のお話、ですね。時間さえあれば応募とか関係なく書いて上げたいのですがががが
膝に矢を受けてしまってな……

2013-03-09 00:33:42 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:245   閲覧ユーザー数:245

終章 魔物は死なず、英雄は去りました

 

 

 

「これで今日のお話はおしまいです。静かに聞いてくれたみんなには、キャンディがありますよ。忘れずに一人一個ずつ、持って帰ってください」

 翌日。私は急きょお話する物語を変更して、お話会を開きました。そして皮肉にもそのお話会は、子どものためではなく、大人を主な客層とするものになってしまったのです。

 全ては、土壇場になって飛び出して来たリエラちゃんが原因でした。

 もちろん、私だって目の前で比較的人に近い魔物が殺されるのは、あまり気持ちの良いことではありませんでしたが、リエラちゃんはちょっと違ったのです。

 リエラちゃんは泣きながら、彼女(女性だったみたいです)が自分と同じ、精霊に近い存在であることを主張しました。

ついさっきまでははっきりとわかっていなかったのに、どうして今になってわかったのか。それは、少し冷静になってみるとすぐにわかりました。リエラちゃんとあの方の持つ、魔力……と言うのでしょうか。気配は同じ、穏やかで傍にいるだけで気持ちの良い、まるで森林浴をしているかのようなものでした。

 魔法に疎い私ですらわかったのですから、一定以上の知識と魔法使いの仲間を持っていたディアスさん達の驚きと言えば相当のもので、議題はさっきまでなぜその魔力が気味の悪いほどに歪められていたのか、に移りました。

 その疑問は、リエラちゃんの魔法で出したツタで捕縛した彼女を町まで連れ帰ってから判明します。町には魔法使いの方も何人か来ていましたので、その方達の知識と大胆な予想(なので、信ぴょう性は低いかもしれません)から導き出された理由は、以下の通りです。

 彼女は間違いなく魔物です。木の魔物、トレントという種族で間違いありません。これは確定です。しかし、あの神殿を作った頃の人類にとっては今よりも魔法が一般的なもので、その魔法実験の末、自然から生まれるしかない精霊を、魔物を変化させることで生み出そうとした、その結果生まれたのが、トレントが歪められたあの擬似精霊でした。

 擬似精霊はあの神殿の中に“封印”という形で幽閉され、神殿の象徴、そして魔力の供給源として機能していたそうです。当時の人は、魔力をそのまま灯りや燃料にする技術を持っていたそうですね。どういうしかけがあったのか、魔力が満ちることにより発生するはずの魔物も、人の生活区域には入れないようになっていたと考えられます。

 更に、擬似精霊には死なれては困る訳ですから、あらかじめ長寿として有名の木の魔物を用い、更に外的な攻撃にも耐えるため、武器による攻撃を吸収、反射する障壁の魔法をかけられていたそうです。それが、ソフィアさんから旦那様を奪った悲劇の要因、です。しかし、魔法には耐性を持ちませんでした。その理由は、魔法をシャットダウンする障壁を作ってしまうと、擬似精霊自体からの魔力の供給も得られなくなってしまうから、という予想が正しいみたいです。その辺りの専門的なことはわかりません。

 もう一つの謎、急にその擬似精霊が持ち場を離れ、迷宮を徘徊し始めた理由ですが、この説明には“バグ”という言葉が使われました。魔力が不安定だった理由も全て、この“バグ”で説明され、何が何やらわかりません。恐らく、寄生虫のようなものなのでしょう。それによって狂わされていて、リエラちゃんの攻撃を受け、その寄生虫も殺された、と。

 ――ああ、今その擬似精霊さんはどうしているか、と言えば、近隣の森に返されました。自然の偉大なことに、古代の文明は既に滅びたというのに、森は精霊さんが魔物であった頃と全く同じものが残っているそうなのですよ。

 リエラちゃんは本物と人工の差があるとはいえ、同じ精霊同士言葉を介さずに通じ合えるようで、リエラちゃんが教えてくれた彼女の希望がそうだったのです。

 魔力の供給元がいなくなったことで、迷宮は無人となり、これからは残る宝物や、古代の建築技術を学ぶことを目当てに人々が訪れる場所となるでしょう。坑道も本来の機能を果たすことが出来るようにはずです。そして、擬似精霊さんが放たれた森には、極低級のものばかりで、野生動物とそう変わらない危険度ですが――魔物が現れるようになりました。

 冒険者の方々は、そこで魔物と戦うスリルが味わえる、と喜んでいました。……ちょっと不謹慎な気もしますけどね。

 かくして、今回の事件で失われた命は、ソフィアさんの旦那様――ベルナスさんだけで、他の冒険者や、魔物を生み出していた精霊本人も亡くなることはなく、幕を閉じました。

 ソフィアさんは、これからも酒場を続けるそうです。旦那様と一緒に夢見て、叶えた夢だから、と。

 冒険者の方の多くは、重軽傷様々な被害者を出したこの事件に懲りて、剣を捨てる決意をした人もそう少なくはないとか。でも、まだまだ戦いたい人はいるみたいですね。

 それから、メリーさん。後遺症も残ることはなく、起きた時には全快していました。私が使った術とは思えないほどの効果です。ただ、私と会って開口一番、ビンタが飛んで来ました。

 

 

「メ、メリーさん」

「馬鹿馬鹿!全部聞いたわよ、この馬鹿っ」

「ま、まあ。結果的には全てよし、ってことで……」

「でも、ティナちゃんが死んだら元も子もないじゃない!今時自己犠牲なんて、笑い話にすらならないのにっ」

「ご、ごめんなさいっ」

「初めて出来た同年代の友達のあんたに死なれるなんて、嫌なんだからっ……。でも、ありがと」

 

 

 ビンタの後に待っていたのは、熱い抱擁……なんだか田舎のお母さんを思い出しました。べ、別に私にそんな経験が過去にもあった訳じゃないのですよ?私は真面目な子どもでしたし。

 ともかく、メリーさんが無事で何よりです。うっかり十字架を借りパクしてしまったのですが、友情の証ということでそのままくださって、嬉しい限りです。もちろん、メリーさんの十字架のお金は私が出して、プレゼントしましたが。

「……クリス」

「ディアスさん」

 お話を終え、子ども達(大人にもです)にキャンディを配っていた私の背中に、すっかり聞きなれた声がかけられました。

「今はそれなりに忙しいのですが」

「おいおい、未だに嫌みをくれるのか」

「そんなそんな。私は今、現に忙しいので、事実を語っているのに過ぎませんよ」

 振り向き際に、キャンディを一つお渡しします。あまり形の良くない、失敗作ですけどね。

「次に行く町が決まったぞ。北に進路を取ろう」

「北、ですか。北と言えば、王都の方角ですよね?」

「ああ。すっかり衰えたが、腐っても王都だ。人はここよりもずっと多い」

「話しがいもありそうですね……人が集まり過ぎると、声が届くか心配です」

「さすがに王都で話をするとなると、色々と許可も要るだろうからな。面倒なことになるぞ」

「今更、手間なんて惜しみませんよ。今回なんて、ただお話をするだけのはずが、自分の腕まで斬ることになったのですから」

「それはあんたの勝手にしたことだ」

「むっ」

「俺は事実を語ったのに過ぎないぞ?」

 ぐぬぅ、この人、私の嫌みを吸収して強くなってはいませんか?

 叩かれてもただでは起きないとは。その鋼の精神が英雄を作ったのでしょうか。

「事件も解決したからにはここに長い間残ってる必要もないし、明後日ぐらいには出るぞ。明日が千秋楽だ。その旨も伝えたらどうだ?」

「そうですね。――明日もこの場所、この時間に、今度こそは面白いお話をしますよー!明日でおしまいですので、是非お友達も誘って、来てくださいねー!」

 子どもは現金なもので、ほとんどが背中に向けられた声となりました。果たしてどれほどの効果があるのかはわかりません。まあ、それでも昨日よりは今日、今日よりは明日の方が人は集まることでしょう。不思議なことに、そういうものです。

「クリス。長くて、きっと辛いこともある旅になるぞ」

「また今更なことを。一度旅に出てしまった手前、ひと月やそこらで帰る訳にはいきません。何年でも、何十年でも、旅をしましょう。私の安全は、ディアスさんが守ってくださるのでしょう?」

「はは、当たり前だ」

「むー、あたしはー?」

「リエラちゃんのことは、私が守りますから。リエラちゃんを守る私を、ディアスさんが守るのです」

「なんか、家族みたいだねー」

『馬鹿なことを言うな!!(言わないでください!!)』

 私達の旅の序章は、楽しくて、明るくて、少しだけ悲しいものとなりました。

 しかし、これはまだ物語の最初の一話に過ぎません。

 私は一生をかけて自分の物語を書き上げて行くつもりです。

 それは、英雄譚ではありませんし、紀行文にしても間の抜けたものでしょう。

 ですが、これが新しい世の物語の典型の一つとなることを、私は願っています。

 魔物もなく、人もどこかぼんやりとしている世の日常を描く、そんな平坦でドラマに欠け、教訓なんてものもない物語。

 

 白紙のページの上にはただ、私の経験した全てが記されていくのでした。


 
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