「……天の御遣い…ねぇ」
俺は今仰々しい服を着せられて、この街に住む人に挨拶する一歩手前である。
メズールは後ろ向いて笑ってるし。
「どうしてこうなったんだ…」
さかのぼること二日前。俺たちがこちらの世界に来てから翌日の話である。
俺とメズールは玉座の間に呼ばれた。
「話ってなんだろうな」
「さあ?街の役人に私たちの紹介でもするんじゃないかしら。一応特別待遇のようだし」
などと話をしながら玉座の間を目指していると、その二つぐらい手前の部屋に引っ張り込まれた。
「おはよ映司、メズール」
「おはようございます、孫策さん…」
引っ張り込んだ手の主はこの城の王、孫策さんだった。
「あれ、玉座の間に集合だったんじゃ」
解放された俺たちは少し乱れた着衣を直しながら尋ねる。
「もちろんその通りなんだが、こいつが何も考えずに伝令をとばしたせいでな…お前に話を通す時間が無かったんだ」
部屋の奥から公瑾さんが姿を見せる。
「話って?」
皆で円形の机に座って給仕さんが持ってきたお茶を飲んで唇を湿らす。
「うむ、お前にはこれから天の御遣いになってもらう」
「……は?」
天の御遣い?俺が?なんかの間違いだろ。
「とは言っても断ればお前たちにはここから出て行ってもらうしかないのだがな」
「ええ!?」
それはまずい。どんな世界かもわからない上に、身寄りも無くなってしまったら最悪のたれ死ぬかもしれない。
顔から血の気が引いて公瑾さんを見ると、くすくす笑っている。
「ああ、いや、すまんな。顔色がくるくる変わるのが見ていて面白くてな」
「ね?だから昨日も言ったでしょ?映司見てるだけで面白いって」
横では孫策さんも笑っている。
「そ、そんなに笑わなくても」
「くくっ、すまない。どうしてもこういう役職についているとな、顔色を見せることが不利になる場面が多いんだ。だから、それが新鮮でな、つい」
また、くくっと笑いだす公瑾さん。
昨日はこんなふうに笑う人とは思わなかったな。
ひとしきり笑った後、話は天の御遣いの話に戻る。
「そんなこと言われても、俺大したことできませんよ?それに...」
俺はちらとメズールを見る。
「そう言う事だったらあいつのほうが適役では?」
オーラとでもいうのだろうか、そういうものが俺には欠けている。
その点あいつは神秘的なオーラの源泉みたいなものだ。俺なんかよりは『天の御遣い』にずっと向いている。
「いや、これには理由があってな。お前にやって欲しいことにもつながっている。それにお前に臨むことも大したことではない」
「……。なんです?」
どうせ断るっていう選択肢はないんだ。話を聞いてみないことには始まらない。
孫策さんは満足げに頷き、公瑾さんはメガネをくいとあげる。
…ああ、メガネかけてる人がこういう仕草をするときは大抵話が長くなる時なんだ。
「まず一つ目だ。これは簡単だが、お前の世界の知識を我々に教えてほしい」
まあ、当然そう来ると思ったよ。
偶然にもそういう世界に身を置いていたせいか世の中の仕組みってやつにはちょっとだけ詳しい。
それに、これならば事実を教えるだけだから頭の良し悪しはさして関係ない。理由は勝手に考えるだろう。
「うん。それは大丈夫だと思う」
「それじゃあ、二つ目ね」
孫策さんはピースをビシッと俺に向ける。まて、その酒はどこから取り出したんだ。
「あなたには私につかえてる武将にあなたから率先して交流を持ってほしいの」
「……つまり?」
イヤな予感がする。
「有り体に言えばまぐわれってことね」
「ああ……やっぱりですか」
「映司、お前は予想できていたのか?」
孫策さんの横に座った公瑾さんが試すような目つきで俺を見る。
「ええ、まぁ」
「理由は?」
そう言って公瑾さんは目を閉じ、聞く体制に入る。
「ええっとですね。まず、最初の引っかかったところはメズールじゃなくって俺だってとこです。もちろん800年分の世界の知識が欲しいという事でおる可能性もあったのでこれは大して問題ではなかったです」
「ふむ」
公瑾さんは頷きを一つ返し、先を促す。
「昔ほどではありませんが、俺たちの世界では今でも政略結婚というものが存在します。それにこの世界では天の御遣い、というのは畏怖・畏敬の対象なんだろ?」
「ええ、それはもう」
孫策さんは相変わらず笑顔だ。
「だったら話は簡単だ。この国を強くするためには単に国力だけではない、大義も必要だ」
「その通りだ。大義は時に忠義よりも人を強くする」
迷わないってことはそれだけ強さに直結するものだ。
公瑾さんは満足げに大きくうなずいている。
メズールを見るとすました顔をしているものの口元が綻んでいる。
「この分だと、第一条件も思った以上の活躍を期待できそうね」
「そうだな」
孫策さんと公瑾さんはアイコンタクトをかわす。この二人には敵いそうにないな。
「映司、それにメズール」
「はい」
孫策さんは真面目な顔で俺たちに向き直る。
その張りつめた空気に俺も思わず緊張してしまう。
「あなたたちには私たちの真名を預けるわ」
「真名?」
「私たちの世界ではこれより大事なものは命ぐらいしかないわ」
「……なるほど」
「これを軽薄に扱うって言う事はその人を軽薄に扱うというのと同義よ」
「ちなみにそうすると?」
そんなつもりは毛頭ないが、確認のためだ。
「んー」
数秒考える振りをしたあと、
「首をはねちゃうかも」
「…………わかりました」
本気だ。
「私は雪蓮」
「冥琳だ」
「雪蓮さんに冥琳さん…はい、これからよろしくお願いしますね」
俺の言葉に孫策…雪蓮さんは口に人差し指を当て、
「天の御遣いが敬語って言うのは締まらないわねぇ」
「そうだな、少なくとも王と対等という印象が欲しいな」
「やっぱりそうよね、うん、映司!」
「はい!」
大声につられてつい大声になってしまう。
「これからは私たちには敬語禁止ね」
「わかりま…わかった。これからよろしく、雪蓮、冥琳」
このあと祭さんや町の重役に紹介された俺たちは今日ついに街の人たちに挨拶することになった。
「それじゃ、よろしくね。映司」
雪蓮に肩を叩かれる。
「わかってるよ」
幸か不幸かこういう事には慣れっこになっている。
「それじゃ、行ってくる」
俺は階段を上り、たくさんの人がひしめき合っている壇上へと登った。
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プロデューサーさん、連続投稿ですよ!連続投稿!