「ただいま、華琳!」
「お帰りなさい、一刀!」
「一っ…」
私は再び、一刀の腕に抱かれようと地を蹴ろうとした。
と、その私の横を二つの影が、すごい速さで通り抜ける。
「兄ちゃ~~ん!!」「兄様っ!」
季衣と流琉だ。
二人は一刀に飛び掛り、その胸にすがりついた。
「兄ちゃん………ばか…どこ行ってたんだよ…」
「あぁ…兄様…………おかえりなさい、兄様…」
そうだ。
季衣や流琉、そして私以外のみんなも、一刀を想い、その帰りを心待ちにしていたのだ…
(私が独り占め、というのも、器が知れるわね…)
私は飛び付きたいという気持ちを、少しだけ我慢した。
俺に勢いよく飛び付いて(タックル?)きたのは、季衣と流琉。
「兄ちゃん…」「兄様…」
その二人は今、両脇から俺に抱きついている。
あぁ……この二人も、本当に久しぶりだ…
俺は改めて、この世界に帰ってきた事を実感する。
そんな二人の頭を、俺は優しく抱きしめる。
「ただいま、季衣、流琉。寂しい思いさせちゃったな…」
「「う…うわぁぁ~~ん!!」」
それまで溜まっていたものを吐き出すかのような、叫び、涙。
俺が消えてしまったことで、幼い二人の心に、どれだけ深い傷を与えてしまったか…
俺は優しく、優しく二人の頭をなでる。
「…っく……兄、ちゃん…」
「……っすん…兄様…」
「少し落ち着いたか?」
「……うん」
「ごめんなさい兄様。私、少し取り乱してしまって…」
ようやく落ち着き、俺に見せた二人の顔は、涙で目を赤くし、どこか元気がない。
俺は、二人のこんな顔を見たいんじゃない…
「さあ、二人とも。俺に、二人の笑ってる顔を見せて」
俺の呼びかけに、二人は顔を合わせ、目をパチクリさせる。
そして
「えへへっ…うん!」
「はいっ、兄様!」
満開の笑顔を、咲かせてくれた。
そう。二人には、本当に笑顔が良く似合う。
華琳に会いたい、ってのは勿論だけど、二人の…みんなのこんな顔が見たくて、俺は帰ってきたんだ……
「…そういや二人とも、ちょっと見ないうちに、大きくなったんじゃないか?」
「へっへ~、兄ちゃん分かる?ボク、流琉よりも大きくなったし、あのちびっこなんかより、ず~~~っと大きくなったんだよ!」
「ちょっと季衣、いい加減なこと言わないで!私の方が季衣より大きいじゃない!」
「何言ってるんだよ!絶対ボクの方が大きいよ!」
「私よ!」
場を和ませようとして言った一言で、何やら怪しげな雲行きを見せ始める。
なんか、これもすごい久しぶりな気がするんだけど……
「私!」
「ボク!」
「私よっ!!」
「ボクだ!!」
「なによっ!」
「やるか~?」
二人が手にしたのは、巨大鉄球と巨大円盤。
って、お前らそれどこからっ!?
「でりゃあぁあ~~~~!!」
「てえええぇ~~~~い!!」
ドゴーーン
「ぎゃあぁぁ~~!!」
「やるわね、季衣!」
「流琉こそっ!」
季衣の巨大鉄球を、流琉が器用に巨大円盤で、いなす。
流琉の巨大円盤を、季衣が巨大鉄球の鎖の部分で、弾き飛ばす。
二人が振り回す危険な得物は、お約束と言うには危険すぎるほど、俺の方に向かってくる。
「おう、始まったか…やれやれ~やんややんや~~!」
「どっちも頑張れ~!」
俺がやっとの思いで帰ってきた、しんみりとした空気はどこへやら
二人のケンカ(?)に慣れきった魏の面々は、俺をそっちのけで、そちらの方へ行ってしまう……
俺はその光景を、ぽかんと眺めるしかなかった……
「ったく、魏の娘たちは元気ね…」
「一刀さん、お帰りなさい!」
「雪蓮さん!桃香さん!どうしてここに…!?」
今まで気づかなかったけど、呉と蜀の王がどうして…
「どうしてって…あんたの所のご主人様に引っ張り出されたのよ…」
「華琳さんに、二人がいないと一刀が戻って来れないの…、とか言って泣きつかれちゃったんですよ~」
その一言に、少し遠くから話を聞いていたであろう華琳が反応する。
「なっ……ちょっと桃香!私はそんなこと言ってないわよ!」
「えぇーー!そうだったかな~、雪蓮さん?」
「言ってない、ってことは、泣いたことは否定しないわけね、華琳?」
「そ、それは……」
なんか三人とも、俺が知らないうちにずいぶんと仲良くなったな。
ま、三国の王がこれなら、大陸は安泰なんだろうなぁ~…
「なんだ華琳、俺のために泣いてくれたのか?」
「な……泣いてなんかいないわよ、ばかっ!!」
華琳は肩を怒らせて、向こうの方へ行ってしまった。
「ははっ…ちょっとからかい過ぎたかな?」
「何言ってるんだか……まったく、あんた達が羨ましいわよ」
「?」
「本当ですよー。私たちにもいい人できないかな~」
「そうね……ふふっ、私は、一刀でもいいんだけどねぇ~?」
そう言うと、雪蓮さんは胸を押し付けるように、俺の腕にしがみついてきた。
「なっ…!!」
「どう?あなたのその天の血。私だけでなく、呉のみんなに継がせてみない?」
「わっ!雪蓮さん大胆~…」
「また新たにこの世界に来たのをきっかけに、魏の種馬から呉の種馬に宗旨替えしない?」
ギュッと、さらに雪蓮さんが身を寄せ、密着度が増す。
それもいいかな~、と言う思いがふと脳裏をよぎる。
が、視界の端のほうで、こちらを睨んでいる華琳の視線が痛いことっ!
「い、いや、俺は……」
「ふっ…あははははっ!」
「えっ?」
「冗談よ、冗談!」
「え、え、え?」
雪蓮さんは俺から手を離し、何やらおかしそうに笑う。
え、何?冗談!?
「えー、冗談だったんですか~?」
「当たり前でしょ。もし、私や桃香が一刀を引き抜いたりなんかしたら、それこそ、今度こそ華琳に攻め滅ぼされるわよ」
「あぁ、それもそうですね!」
声をあげて二人が笑う。
なんだよ、二人して俺をからかってたのかよ~
こっちの世界に戻りたての俺にとっては、ずいぶん手荒い歓迎だよ…とほほ。
「まっ、個人的には一刀のことは嫌いじゃないけどね」
「私も、一刀さんのこと、好きですよ」
えっ………?
雪蓮さんと桃香さんの、突然の告白に少し戸惑う。
「ま、またぁ~!じょ、冗談なんでしょう?」
と俺は言うが、二人の目は笑っていない。
「これは、冗談なんかじゃ、ないわ。もし…私が華琳より早く、あなたと出会っていれば……正直、分からないわね…」
「そうですね。もし一刀さんが華琳さんの前ではなく、私たちの前に現れていたら……今頃は愛紗ちゃんや鈴々ちゃんなんかと、一刀さんの取り合ってたところかもね?」
………………
…………
……
そうか……
もし、俺がこの世界に初めて現れたところが、華琳の前でなかったら?
もし、俺がこの世界に初めて現れたところが、桃香さんや雪蓮さんの前だったら……?
蜀や呉で、二人と、二人の仲間と共に過ごす…
そんな『世界』が、あったかもしれない……
いつの間にか、二人はとても強い眼差しで、俺を見つめていた。
それはとても真剣で…何かを訴えるような、あるいは、何かを期待しているような…眼差し。
そんな『世界』は、あるわけないのに……
まるでそんな『世界』があるかのように…まるで自分が『そこ』にいるかのように、二人と共に歩む『世界』が、目に浮かぶ。
もし、そんな『世界』があったら……俺は?
俺は…………
それでも、俺は……
「それでも俺は、華琳に出会ったから」
「「…………」」
そう
たとえ、俺がこの世界のどこに現れたとしても、きっと…
いや、絶対に
俺は華琳に出会うから
これが俺の今の、正直な、気持ち
………………
…………
……
「……な~に真面目に応えてるのよ、あなたは」
「そ、そうですよ!そんなこと、あるわけ、ないんですから……」
「まったく!同じ手に二度も引っかかるなんて…あ~、可笑しいっ!」
だって……何故かは分からないけれど
二人がとても、悲しそうな顔をしていたから…
二人が今にも、泣き出しそうな顔をしていたから……
だから、変に同情したり茶化しちゃいけない…そう、思ったんだ。
「ま、そこまで言うんだったら…あの子を、この三国の誰よりも幸せになさい。もう二度と、華琳を悲しませるようなこと、するんじゃないわよ…」
ポンッ、と俺の肩を叩き、手をひらひらさせ、雪蓮さんは俺を通り過ぎていく…
「一刀さん…華琳さんと、絶っ対に幸せになってくださいねっ!」
ぴょこん、と俺の前でお辞儀をし、桃香さんも俺の前から去っていった……
まったくもう、一刀ったら……
相変わらず空気が読めないと言うか何と言うか…
この私をからかうなんて、いい度胸じゃないっ……
まだ、季衣と流琉のじゃれあいが続く中、私が席を外しても、三人の会話は続いていた。
私はそ知らぬふりをしつつも、そちらの方を意識し続ける。
さすがに盗み聞きは王者の品格に関わるので、近づきはしなかったけど…
ちょっと、雪蓮!
なに一刀に抱きついてるのよっ!
一刀もデレデレしないの!!!
そりゃ……私よりも雪連の方が胸はあるかもしれないけど…
あぁ…またべったりとくっついちゃって……
雪蓮………一刀っ!
私はギリッと、目で一刀を射抜く。
後で覚えてなさいよ……ッ
な…なによ……笑ってたと思ったら、三人で真剣に見つめ合っちゃって…
まさか……二人とも一刀のことを…?
いや、そんなはずは…そもそも、あの戦いが終わった日に一刀がいなくなったんだから、二人とも一刀のことなんて、よく知っているはずはないし…
あ、二人がこっちに来るわ…文句の一つでも言ってやらないと…っ
「ちょっと、雪蓮!桃、香…?」
えっ…?
「ちょっ……二人ともどうしたのよ!?」
私の方へ向かってくる二人。
その二人の目からは、涙が、一粒、二粒と、零れていたのだ…
「二人とも、何かあったの?…まさかっ、一刀に何かされたの!?」
そんな素振りは見えなかったけど……
しかし二人は、私の問いかけには答えず、私の前までやってきた。
雪蓮はギュッと両手を私の肩に置き、私の目を見据え
「華琳…あの男、捕まえて、もう二度と離すんじゃないわよ。あんないい男、そうそういないんだからね」
「え、えぇ……分かってるわ、よ…?」
「華琳さん!お二人で、絶っ対に幸せになってくださいね!さもないと私、一刀さんのこと奪いにきちゃいますからっ」
「そ、そんなことさせるものですかっ!」
スッと私の横に来てとんでもないことを口にする桃香に、思わず語気を強める。
そんな私の反応に、二人は微笑み合った。
その顔は、どこか寂しげに見える。
………………
…………
……
「華琳さん、私たち、そろそろ帰っていいですか?」
「え、えぇ、二人とも今日は悪かったわね……本当に、ありがとう」
「貸し、一つだからね、華琳。いつか、たっぷりと利子つけて返してもらうからね?」
「わ、分かってるわよ…何かあったら、何でも言いなさい」
「わぁ~良いんですか!?なにお願いしようかなぁ~♪」
「程々にしてちょうだいよね…桃香?」
「ど~しよっかな~?」
「ほらほら桃香。それは帰りの道中にでも考えましょ。……それじゃ華琳」
「えぇ、それじゃまた」
「失礼します、華琳さん」
二人は陳留の支城のほうへ去っていった。
寂しげで、どこか頼りなかった二人の顔も、最後は王の顔になっていた。
まるで何かの踏ん切りでもついた、そんな感じだった…
ようやく、季衣と流琉のじゃれ合いも終わったようだった……
雪蓮さんと桃香さんが去っていく。
その背中を、俺はぼんやりと眺めていた。
華琳とも一言二言交わしてたみたいだ。
何を、話してたんだろう…?
と、背後から、みんながわらわらとこちらへやってくる。
ようやく季衣と流琉のケンカ(まだやってたのか…)が終わったようだ。
みんなの中から先んじて俺の方へやってくる、見慣れた三人
「……隊長」
「た~いちょ!」
「隊長っ」
「「「隊長、お帰りなさい!!」」なの~!」
「凪、沙和、真桜……うん、ただいま!」
この世界から戻される前、一番多くの時間を過ごした三人。
三人とも、俺がいない間にずいぶんとたくましい顔つきになったな…、などと久々に隊長目線が発動する。
「隊長…よくぞ帰ってきてくださいました」
「凪…」
「私は隊長亡き後、隊長の後を引き継ぎ、警備隊を指揮することになりました。しかし……やはり自分は未熟者です。私は隊長のようには、出来ませんでした…」
いや、凪?一応死んではいないんだが、俺……
まぁ、いきなり消えちゃ…同じようなもんか
「その結果、治安は乱れ……多くの民が、心安らかに暮らすことが…」
「何言ってるんだよ、凪」
「え…?」
「凪は、俺の仕事を一番間近で見てたじゃないか。そんな凪が隊長になって、仕事が出来ていないわけないじゃないか」
「し、しかしっ…!」
そうなんだよ。三人の中で、一番真面目に仕事をこなしてた凪なんだ。
元々俺なんかより優秀な凪が隊長になって、何かが悪くなるわけないんだ。
「きっと、凪の理想が高すぎるんじゃないかな?」
「え……そ、それはどういう…?」
「凪は、犯罪をなくしたいんじゃないかな」
「それは…」
「でも実際問題、犯罪はなくならない。それが隊長という任に就いて、如実に見えてしまったんじゃないか?」
「――!」
「俺が隊長をやっていたときも、犯罪がなくなりはしなかった。それでも俺は、なるべく犯罪が起こらないように、そして起こってもすぐに沈静できるように…何かあっても、俺たち警備隊がいるんだぞ、ってことをみんなに分かってもらえるように……そんな本郷隊を目指してたんだ」
「隊長…」
「凪は少し真面目すぎるから…目の前の犯罪がなくならない事実に悲観し、俺がいた頃はもっと良かった、と錯覚してしまったんだよ」
俺は凪に近づき、ポンと凪の頭に手を置き、軽くなでてやる。
「俺には見なくても分かる。凪は立派に仕事をこなしてるよ。だからもっと肩の力を抜いて、自信を持って…なっ!」
「た、隊長……っ!」
感極まった凪が俺に抱きつこうとした、その時…
「凪ちゃんだけズルイの~!!」
「せやせや、ぶーぶー!!」
と、大声で沙和と真桜がカットインしてきた。
「わっ!……と、お前ら、か…っ」
「隊長~、もしかして~……」
「ウチらんこと、忘れてたわけやないやろな…?」
「バ、バカ言え!俺がお前らを忘れるわけ……ないだろ?」
ちょっとあったけど…
「あ、あ~!何なの、その間はなんなの~!?」
「ええねんええねん、沙和。所詮ウチらは、隊長に目もかけてもらえんダメ部下やねん…」
い、いかん…!
頑張って築き上げた信頼が、こっちに戻ってきて早々、揺らいでしまう!?
何とか……何とかしなければ…っ!
「いいのいいの……どうせ沙和なんて、なの~……」
「あ…あぁ~~、沙和!その服良く似合ってるな~!この、上下の組み合わせが、何とも言えんな!!」
「分かる?分かるの!?やっぱり、さすが隊長なの!この服はねっ……」
地面にのの字を書かんばかりに不機嫌だった沙和は、服を褒められた途端、上機嫌になり、延々と服のうんちくを語り始めた。
これで沙和は大丈夫だ。あとは………
「ウチなんて…ウチなんてなぁ~?どうせウチは乳がデカいだけの、ただの騒がしい女としか思われてないねん…」
いったい、どこから取り出したのか
真桜は螺旋槍の先っぽを使い、器用に地面にのの字を書いている。
「お…おぉ~~、真桜!その螺旋槍、少し見ないうちに、回転力が上がったんじゃないか!?それに、意匠もちょっと変ったような?」
「分かる?分かるか!?やっぱり、さすが隊長や!この螺旋槍はなっ……」
実際にのの字を書くくらい不機嫌だった真桜も、自慢の螺旋槍を褒められた途端、上機嫌になり、これまた延々と絡繰うんちくを語り始めた。
うん、さすが俺。
この二人、いや、三人のことは誰よりも理解しているつもりだ。
時間で言えば華琳より、長い時間を過ごしてきたんだから…
「そう言えば、二人は今何やってるんだ?」
「沙和はね、新兵の訓練を任されてるの~」
「ウチは呉の方に出張って、技術屋や」
「そっか……二人とも、頑張ってるんだな…」
世の中が平和になった今、色々な人の能力が、きっと戦ってるときよりも必要なんだ。
沙和や真桜、それに凪。
みんなの個性ある能力が、この平和を支えているんだな…
「た・い・ちょ・う!」
「ん?どうした、沙和」
「えへへ~……沙和たち、隊長がいなくなった後も頑張ってたの」
「そうみたいだな」
「だから…ご褒美が欲しいの!」
「はぁ!?ご褒美って……」
まったく…俺がせっかく感慨に浸っているところに、何を言い出すかと思えば…
「まぁ、いいよ…俺にどうにかなる範囲ならな。で、何が良いんだ?」
「それは~~……ねぇ~~?」
「隊長!そないなこと、うら若き乙女に言わせるもんや……」
「抱いてください」
「――ぶっ!」
「って言うんかいっ!!」
ペシッと、真桜が裏拳でツッコミを入れる。
いや、この光景も非常に懐かしくて良いんだが……
「あ、いえ違うんです!そう言う抱いて欲しいではなく、いえ、そう言う意味で隊長が捉えたのでしたら、私はそれでも構わないのですが……っ!」
「凪っ、凪落ち着き!はい、どうどう……」
「ふー……ふー……」
いや、凪も乗っかるなよ…
「あのね隊長。凪ちゃん、隊長がいなくなってからは毎日のように、寂しいよ~って泣いていたの」
「沙和っ!そのことは隊長にはっ……」
「凪……」
そうか……凪もそんなにも、俺のことを想っててくれたのか…
「まぁ、それを言うたら…ウチらも、そんなに変わるわけやないんやけどな」
「真桜?」
「私たちはみんな、隊長がいなくて寂しくて、枕を涙で濡らしながら、今まで頑張ってきたの。いつか、隊長が帰ってきてくれると信じて…」
「沙和……」
「ですから……隊長がいない間の私たちの努力を、どうか隊長に、労っていただきたい……っ」
「今は、優しき抱きしめてくれるだけでいいの」
「せやから、なっ……隊長」
「お前ら……」
俺は三人の言うとおり、一人ずつ、優しく、優しく
謝罪と感謝を込めて、心も包むように、優しく抱きしめる…
「…隊、長」
「隊長…♪」
「隊長~…」
「凪、沙和、真桜。寂しい思いさせて悪かったな。でももうどこへも行ったりしないから、安心してくれよな!」
「「「はいっ!」」なのっ!」
三人とも、飛び切りの笑顔の花を咲かせてくれた。
うん。これでこそ、この三人だ!
遠目に、一刀が凪の頭をなでているのが見える。
ちょっと……私のときより長いんじゃない?
一刀……っ!!
…あ、沙和と真桜が止めに入ったわ。
いいわよ、二人ともっ
な、なに三人を優しく抱きしめてるのよっ…
ちょ、ちょっと良い雰囲気じゃないのよ…
一刀~……っっ!!
しゅる、しゅるしゅる……
「ん?」
どこからか、糸が擦れるような音が聞こえた。
やけに、殺気をはらんでいるんだが……
「…か~ずと♪」
「うわっ!」
いきなり後ろから誰かに飛びつかれる。
まぁ、魏広しと言えど、こんなことをする人は多くはない。
「久しぶりだな、霞」
「なんや反応うっすいなぁ~…そんなんじゃあかんで、一刀!」
「そんなことないって。すごい久しぶりだったんで、感慨に浸ってただけだよ」
「なんや一刀、ウチにまた会えて嬉しんか?」
「当たり前だろ。また霞に会えて嬉しいよ」
「一刀~!そう言う正直なところ、めっちゃ好っきゃで~♪」
霞がギュッと顔を寄せて抱きついてくる。
こういうノリも、懐かしいことの一つだ。
「ふんっ!女を侍らせて、汚い顔を緩ませて……相変わらずのようね、北郷一刀!」
むっ、この容赦ない罵詈雑言は……
「よう、桂花か。元気してたか?」
「ふんっ…別にあなたには関係のないことでしょ?」
「そうか、それじゃあな」
俺は霞の方に向きなおる。
「で、霞は最近はどうしてるんだ?」
「ウチ?ウチはなぁ…」
「ってちょっと!何で私に対してはそれだけなのよ!もっと何かあるでしょう!?」
スルーされた桂花が、憤慨している。
「て言っても、しつこく聞いたら、何か答えが返ってくるのか?」
「何で私が、あんたなんかの質問に答えなきゃならないのよ」
「だろ?というわけで、それじゃ」
「ぐっ…!なんか、とてつもなく屈辱的だわ……不愉快よっ!!」
ぎゃーぎゃーと文句を言う桂花は放っておいて、もう一度霞に向き直る。
「で、どうなのよ、霞」
「せやね~…最近は大きな戦があるわけやないから、ウチはほとんど開店休業中っちゅーやつや。閉店ガラガラってな」
「…………」
「ん?どないしたん?」
「いや、別に……」
知ってるわけ、ないもんな?
でもガラガラって、シャッター音のはずなんだけど……
……あれか!閉店直前は客がいなくて店内はガラガラだって、そういうことか!
うん、そうに違いない…
「何が開店休業よ。仕事もせずに、昼間っから飲んだくれじゃないの」
「言われた仕事はやってるから、ええんやも~ん」
「やらなきゃいけないことは山積みなのよ!?何か自分で仕事を探すとかないの?」
「せやかて、ウチの隊は騎馬隊やから、何が出来るっちゅーわけでも……」
霞と桂花がここぞとばかりに言い合いをしている。
ここぞが何故、今、俺の前なのかは、不思議でしょうがないけど……
これ以上続けられても、かなわないな…
「大体あなたはねっ……」
「まま、桂花もその辺で、な?」
俺は霞と桂花の間に割って入り、桂花の方を向く。
「何よ、あんたは黙ってて!」
「まぁまぁ、霞も別に悪気があるとかそう言うことじゃないと思うんだよ。だから、桂花が指示を出してあげるとか、やるべき仕事が見つかれば、きっと一騎当千の働きをしてくれるはずだから、さ?」
とにかく霞の弁明をする。
かつ、霞にもやる気はあるというアピールをし、桂花の怒りを静める。
「だからさ、ここは一つ穏便に……」
「一刀……ウチのためにこないに必死に……か~ずと~~♪!!」
「うおっ!」
完全に背中を向けていた霞からの奇襲……もとい飛びつき
バランスを崩した俺は……
「う、うわあぁぁ~~!」
「ちょ、ちょっと……きゃあぁぁ~~!!」
霞の体を支えきれず、桂花を押し倒す形で倒れた。
「いゃああぁ~~!!ちょっと……っ、離れなさいよ!」
「それは俺じゃなくて、霞に言ってくれ!」
「か~ずとー…んふふ~♪」
その霞はといえば、俺の背中に頬擦りをしていて、どいてくれる気配はない。
「ひゃっ!ちょっとあんた、どこ触ってるのよ!!妊娠しちゃうじゃないっ!!」
「悪いっ…つーか、触りたくて触ったわけじゃないって!」
「何ですって!?それはどういう意味よ!!」
「意味なんてねーーー!!」
「か~ず~と~♪」
「いい加減にしろー!!!」
っ!
霞ったら、いきなり一刀に抱きつくなんて…
そういうのは…私だけの、あれなのに…
ち、ちょっ!霞はともかく、桂花までなに!?
三人であんなに密着して抱き合っちゃったりなんかして……
桂花……ついでに霞も、閨で可愛がってあげようかしら…っ
一刀も一刀よ!ったく……
しゅる…しゅる…
「ん?」
また、糸か何かが擦れる音が…
心なしか、さっきよりも細くなっている気がするんだが…?
「どうもー、お兄さん」
「一刀殿、お久しぶりです」
擦り寄る霞を引き剥がし、あきれた桂花がいつの間にかいなくなったとき、二人はやってきた。
「おっ、風に稟か!元気してたか?」
「おかげさまでー元気してますよ~?」
「えぇ、私も息災です」
二人とも、相変わらずなようだ。
「それで二人とも、今はどうしてるんだ?」
「私は、蜀の学校で教鞭を取っています」
「学校!?学校なんてできたのか?」
「えぇ…企画発案は桃香さまをはじめとした蜀の方ですが『学校』と命名したのは華琳さまだそうです」
そうか…やっぱり、華琳が教えたんだな。
「で、どう学校は?」
「えぇ、今まで大陸には私塾はありましたが、多くの人を集め、公的に広く知識を深めようという考えがなかったので、非常に新鮮です」
「そっか……」
「それに私は教える立場ですが、学ぶ意欲のある者は、時に私の気付かない考えを持ち込み、私自身も非常に勉強になります」
「なるほど、ね」
本来、学校って言うところはそういう所なんだろうけど……
そういうのが見る影もない学校にいただけに、ちょっと自分が情けないかも…
「で、風は最近はどうなの?」
「…………ぐぅ」
「「寝るなっ!」」
俺と稟のダブル突っ込み!
「おぉっ!あまりにお二人の話が長いので、思わず眠ってしまいましたっ」
いや…そんなに長かったか?
「私はお兄さんのいた頃と、そんなに変わりはないですよ」
「そうなのか?」
「はい~。お仕事をサボってお昼寝したり、お仕事をテキトーに切り上げて猫と戯れたり、それから…」
「いや、仕事はちゃんとやれよ…」
「……ぐー」
「だから寝るな!」
「おおっ!あまりに都合が悪いので、寝て逃げてしまいましたっ」
そう言うことは口にするなよ…
「あぁもう…ほら風、よだれが出てるってば…」
俺はポケットからハンカチを取り出し、拭いてやる。
「おおっ!お兄さん、いいのです。自分で出来るのですよ~」
「いいってば、ほら、動かないで」
俺は動く風の顔を少し押さえて、風の口元を拭く。
風の顔がすぐ目の前にある。
「ところでお兄さん?この体勢は、若干の誤解を呼びそうなのですが…」
「え?そんなことないだろう」
「いえ~、その証拠にほら~」
と、後ろを指差す風。
そこには……
「稟ーーー!!!」
鼻血を出して倒れている稟がいた。
「一刀殿が……そんな、いきなり風に……いえ、そんなそれ以上は…っ」
そんな自分以外のこれだけで!?
何気に妄想力もアップしてるしっ!!
「ちーん!……ほら稟ちゃん、行きますよ。向こうでお首トントンしましょうねー」
「ふがふが……」
風は稟を引きずって、少し遠くへ行く。
結構この辺り、小石より大きい石もあるんだけどな……
「何だったんだ…?」
俺の周りには稟が残した血だまりと、最後に風が鼻をかんだハンカチが残されていた……
一刀ったら…そんな風にまで手を出して…っ!
あの男は、どこまで見境がないのよ…!
しゅる…ピンッ
「?」
まただよ…
今度はなんか糸が張り詰めた音のようだったけど…?
「こらー!一刀!!」
ポカッ
「いてっ!な、何すんだよ!」
いきなり後ろから後頭部を殴られる。
「華琳さまに挨拶が済んだら、真っ先に私たちのところに来るのが筋ってもんでしょ!」
理不尽(?)なことを大声で叫ぶのは、地和。
「一刀、久しぶりだね♪」
「お久しぶり、一刀さん」
その後ろからは、姉の天和、妹の人和がやってくる。
俺はその二人に向かって挨拶をする。
「二人とも本当に久しぶりだな。元気してたか?」
「ちょっと!何で二人なのよっ!!」
「いや、地和はさっきので元気だって分かったし…」
「何ですってーー!!」
「うん、私たちは元気満点だったよっ♪」
「えぇ、巡業も非常に順調よ」
「そりゃ~良かった」
「無視すんな~!!」
地和を無視しつつ、俺がいなかった時間を二人と埋めあう。
「大陸が平和になったんだから、三人で色んなところに行けるようになったんだろ?」
「えぇ、呉は勿論、一刀さんがいたときには行けなかった蜀も、今や一大巡業地よ」
「うんうんっ!蜀の人たちも、お姉ちゃんの魅力でめろめろなんだからっ」
「そうそう、蜀はノリのいい子が多いわよね」
お、抗議は諦めて地和も会話に参加してきたか。
「たんぽぽって娘とか、美以って娘なんか、後ろの方にいてもすごい声で応援してくれるのよ!男たちの熱い声援も良いけど、同じ年くらいの女の子の応援って言うのも、やっぱり嬉しいのよね」
「応援団の会員も、以前はほとんどが男性だったけど、今では女性、主に私たちと同世代の女の子の比率が、かなり上がってきてるらしいわ」
「この前の揮毫会でも小さい女の子に、大きくなったらてんほーちゃんみたいになりたいです!、って言われたんだよ~」
「へぇ~…」
なるほど。アイドルグループが男性のみならず、同世代の女の子の憧れであるのは、今も昔も変わらないらしい。
これも大陸が平和になり、より多くの人が娯楽に興じられるようになった賜物だろう。
「華琳さまのおかげで、とうとう私たち、大陸一の歌い手になれたんだよ~♪」
「もう大陸のどこを探しても、ちぃたちのこと知らない人なんかいないんだからねっ」
「いつだったか、あまりにも騒ぎが大きくなりすぎて、私たちの移動に二個師団が護衛に付いたこともあったわね…」
「いっ!?」
どうやら、大陸一の歌い手の名は伊達ではない……というか異常だろ、おいっ…!
「ふふんっ!どうよ一刀、すごいでしょ!?」
「あぁ、まぁ、すごいな」
「何よ、歯切れの悪い……あんたは大陸一の歌い手を抱いたことある男なのよ!」
「ちょ……何を言い出すんだよっ、地和!」
「そうだよね~。私たちにあ~んなことや、こ~んなことをした人は、一刀だけなんだよ~」
「そうね。三国にまたがる色男とは、まさに一刀さんのことかもね?」
「人和まで…ちょっとやめてくれよ…」
そりゃ、まぁ、大陸一のアイドルたちを抱いたことがあるってのは、嬉しいことだけどさ…
「んっふっふ~照れちゃって、か~わいい一刀♪」
「久々に……どう?」
照れる俺を尻目に、天和と地和が両側から擦り寄ってくる。
「お、おいっ!二人ともやめろってばっ」
「あら、大陸一の美女たちに囲まれるのはお嫌、一刀さん?」
「だから、人和まで……」
「一刀が私たちにこんなことされてると知ったら、大陸中の男たちに殺されちゃうかもね~♪」
「いっ!!?」
「そうね~。前みたいに瓦版にでも載ったら……一刀、この大陸じゃ生きていけないわよ?」
「お、おい…」
洒落にならないぞ、それは…
しかし今や、数え役萬☆姉妹は、二個師団が付かなければ収拾が付かなくなるくらいのアイドルだ。
あながち、大げさな表現とも言えない……
背筋に冷たいものが走る……
「はいはい、姉さんたち、その辺にしておきましょう」
「はーい」
「分かったわよ」
…た、助かった~~~
相変わらず、張三姉妹の中では、末女の発言が一番強いようだ。
今や大陸では知らないもののいない、大陸一の歌い手となった彼女たち…
それに囲まれて楽しそうに会話なんて……一刀ったら…まただらしなく顔を崩しちゃって、もう!
なっ……天和と地和が一刀に抱きつく…
一刀、いったい今日何人の女の抱きつかれたのかしら…?
私の香りなんか、これっぽっちも残って、いないわよ、ね!
「一刀……ッッ!!」
ツ、ツーー……
「まただ」
また変な音がする…
糸のようなものが、今にも千切れそうな音
そんな感じの音なんだけど……?
「おいっ、北郷!!」
張三姉妹が俺から少し離れると、いきなり春蘭の大音声が響く。
「な、なんだよ春蘭…」
「どうしたもこうしたもあるかっ!」
元から意味の分からないことがあったが、今は全く分からない。
怒っているのか。ただ単に機嫌が悪いだけなのか…
「……久しいな、北郷」
「秋蘭…あぁ、本当に久しぶりだ、秋蘭」
本当に懐かしい顔…
俺が華琳に拾われたときからずっと一緒だった、春蘭と秋蘭。
「こら、北郷!!」
感慨に浸ろうとするも、春蘭の大声で現実に引き戻される。
「だから…春蘭、何なんだよ一体」
「だから、その……なんだ!」
「?」
「つまりだな北郷。姉者は華琳さまの次に早く北郷のもとに馳せたかったのだが、なかなか一歩目が出ず、色んな娘にデレデレしている北郷を見て、かなり不機嫌になっている、というわけさ」
「しゅ、秋蘭!?」
「なるほど……そういうことか…」
春蘭も可愛いところあるじゃないか。
「ち、違うぞ北郷!私は断じてそんなことはっ…」
「ま、かく言う私も、似たようなものだがな」
「な、なんだとっ!?」
「何だ姉者。自分が好いた男がために、体が上手く動かなかったり、嫉妬したりするのは当然のことではないか…」
「いや、まぁ、そうなんだが……」
「本当に会いたかったぞ…一刀」
「う、うん…」
秋蘭にしては珍しく、直截な物言いに、言葉が詰まる。
「ところで、姉者」
「お、おぅ……?」
「姉者も、一刀に何か言うことがあるんじゃないのか?」
「う、うぅ……」
春蘭は顔を赤らめ、モジモジしながら、口にしたいことを出来ていないようだ。
「ほら、姉者」
「う…お、北ご……か、一、刀…」
「うん?」
「お、おおおお、お、おかおか…おかえりな……」
さい、と続いたであろう言葉は、春蘭の口からは出ず…
「わぁぁぁぁ~~!!おのれ北郷!私の心をこのようにかき乱しおって!!」
「ぐぶっ」
スルリと俺の背後に回った春蘭は、俺の首に腕を回し、ガッチリとそれを締め付ける。
「おいっ…春蘭……首は、首はマズイって……」
暴走している春蘭に手加減できるはずもなく、その腕は万力のように俺の首を締め付ける…
「北郷ー!北郷ーー!!北郷ーーー!!!」
「おち…落ちる……って…」
あ、さっきこっちの世界に来たときのような光が…
「姉者、姉者!その辺にしておけ」
「お、おう……?」
「帰ってきて早々、一刀に逝かれるのも寝覚めが悪いからな…」
「そ、そうだな…」
春蘭の腕から解放され、どさりと地面に落ちる俺。
あー……脳に酸素が足りてないって、酸素が……
「一刀、一刀!……ふむ、意識が戻らんな」
「わ、私はそんなに強く締めてはいないぞ!」
「…………」
「な、なんだその目は秋蘭?」
「いや…」
あ……なんか頭に柔らかな感触が…
「お、おい秋蘭…そんな、北郷を膝に…」
「こうする他あるまい……さて、どうしたものか…」
「そうだ!いっその事、頬を叩き続ければ、目を覚ますであろう!」
なんか、意識の遠くの方で、物騒なことを言われている気が……
「姉者」
「お、おぅ?」
「それはいかん」
「そ、そうか……」
「恐らく、一刀が意識を失っているのは、姉者が首を絞めたため、空気を吸うことが出来なかったからだろう」
「な…なるほど?」
「ふむ……ここは華佗とか言う医者に教わった、人工呼吸とやらを試してみるか…」
「じんこうこきゅう?一体なんだそれは?」
「ああ、意識を失った者を治すために、治癒を施す者が、口から直接息を吹き込む手法だ」
「口から直接……ってまさかっ!!」
「ああ、形から言えば口付けのようなものになるな。まぁ、純粋な医療行為なのだが……」
「そ、それはいかん!!!」
春蘭の大音声に、周りのみんなも異変に気付く。
さっき一刀が春蘭に何かされ、その体をがくりと落としていた。
ちょっと、大丈夫なんでしょうね……?
わらわらと、春蘭と秋蘭、一刀の周りに集まる。
わ、私も、そろそろ行かないと、いけないかしら、ね?
「どうしたんですか……たっ、隊長!?」
「いったい、何があったんです?」
「ああ、説明するとだな……」
………………
…………
……
「……というわけなのだ」
「それじゃ、その人工呼吸ってのをしないと、隊長の意識はもどらんわけですね?」
「まぁ、戻らんと言うわけもなかろうが、この場にいつまでもいるわけにはいかんからな」
「そですねー」
「だから、私が人工呼吸をだな……」
「秋蘭さまだけずるいのー!私もするのー!!」
「あ、せやったらウチも」
「ウチもウチも!」
「貴様ら!これは遊びではないのだぞ!!」
「まぁ、原因を作ったのは姉者なんだが…」
「う、うむ……」
「まあ良かろう。手順を簡単に説明するから、希望者で代わる代わるするとしよう」
「「「応っ!!!」」」
私がそろそろと、みんなの輪に近づくと、何やらキャイキャイと騒がしい。
私は手近にいた桂花を捕まえる。
「桂花。みなは一体、何をしているわけ?」
「華琳さま!?え、えぇ……北郷が倒れたらしく、みなでその…気付けのようなものを…」
「気付け?」
首をかしげながら輪の中心を見ると、そこには代わる代わるみなに口付けをされる、一刀の姿があった……
「………ん…あれ?俺、どうして」
急激に流れこむ酸素で血の巡りが戻り、俺は意識を取り戻す。
なにやら、唇にいい感触が何度したりもしたな……
「あ~~~!一刀なんで起きちゃうの!次、お姉ちゃんの番だったのにぃ~」
気付くと目の前には天和の顔があった。
「はっ、何?何の話?」
「いいもんっ、起きてようが眠ってようが関係ないもんね~」
と言い放ち、天和は俺に飛び掛り、俺の唇を奪う。
「ん、んーーーーー!!」
「ん…ちゅっ……ぷはーー!ごちそうさま、一刀♪」
「な、なっ……」
え?何で俺目覚めて早々、唇を奪われてるわけ?
っていうかそもそも、何で俺倒れてたんだっけ?
「いや、すまんな一刀…」
「秋蘭…?」
「ほら、姉者も」
「うぅ…………すまん、北郷…」
そうだ、思い出した!
俺、春蘭に首を絞められて、それで……
「姉者のせいで一刀が気絶してしまったので、みなで人工呼吸を施していたのだ」
「はっ?人工呼吸!?」
「あぁ、順番を決めてしていたのだが…ちょうど天和のところで、お前が起きてしまってな…」
なるほど、それでこういうことになったわけか…
「ん、ま、まぁあんま気にしてないから、春蘭もそんなに気にするな、なっ?」
「北郷…」
「それにほら!そのおかげで、人工呼吸って言う役得も味わえたわけだし……」
「ふっ……まったく、一刀らしいと言えば、一刀らしいな…」
「違いない」
「そう言うなって!あはは、はははは……」
みなに代わる代わる口付けされ、目が覚めてからも天和と口付けを交わした、一刀……
私以外の人と口付けをして、へらへらしている、一刀…………
もう……許さないんだからっ!!!
ブッチン!
「ん?な、なんだ、今の音は?」
「音?何のことだ?」
「いや、今プチンって…」
先ほどから事あるごとに聞こえてきた糸の音だろうか?
何やら切れたようだが……
「………一刀?」
背後から浴びせられたドスの利いたこの声は、この場にいるはずであろう、誰の声とも似つかなかった。
俺は恐る恐る振り向いてみる…
するとそこにいたのは……
「か、りん?」
そこには、見えるはずのない黒いオーラをまとった華琳がいた。
「え~~…っと、華琳さん?何か私めに御用でしょうか?」
思わず敬語になる俺。
そんな華琳の瞳は、どこか少し黒く澱んでて…
「一刀………そういえば私たち、確か約束、してたわよね?」
「う、ん?」
稀に見る……本当に稀に見る、華琳の殺気むき出しの闘気が俺の射抜く…
……な、なんのことだろう?
さっきした約束のことかな?
「えーと……さっきの、ずっと一緒だ、ってやつか?」
もしかして、しばらく(と言っても少しだが)構ってあげなかったから、拗ねてるとか?
そりゃ、俺だって華琳と少しでも長くいたいけど、他の娘たちとだって、再会を喜び合ってもいいんじゃないか、な?
「あれは、だな……」
「ねぇ、一刀言ったわよね?もし私を裏切って私の前からいなくなったら、あなたの首を即刻刎ねるって…」
「……へっ?」
俺の頭は一瞬真っ白になる……
ちょっ!確かに言ったけどさ!今その話ですか!?
ほら、さっきのでチャラって事には……
「約定どおり、この私が手ずから、あなたの首を刎ねてあげましょう……」
「ちょっ……ちょっと待ってくれ、華琳!」
「いいえ、待たないわ」
「ちょ、ちょっとでいいから、俺の話を聞い……」
「聞く耳持ちません!!」
ヤバイ、どうしよう……
こうなった華琳は、俺じゃ止められない…
誰か、救いの手を………
「そうですよ華琳さま!やはり約束を違えるような醜い男は、即刻死刑にすべきです!」
「桂花っ!てめっ!」
「春蘭。『絶』を、ここへ」
「は…はっ!こちらに…」
「春蘭まで!?」
そうだ、秋蘭ならっ!……と、秋蘭と目が合う。
が、その首は黙って横に振られるだけだった…
ヤバイ…
この世界に来ていきなり、生命の大ピンチだよ…
どうする俺?どうするよ!?
…………ここは
「逃げろーーー!!」
「あ、こら待ちなさい、一刀ーーー!!!」
「許してくれ~~~~!!」
「絶対に許すもんですか~~~~!!!!」
「あ~あ」
「相変わらず、女心が分からないお人だ…」
「台無しなの~」
「ま、あれも一刀らしくて良いのではないか?」
「違いないっ」
「「「あはははははははっ!!」」」
魏王・曹孟徳こと華琳
彼女が成し遂げた三国並立体制は、長きに渡り、大陸に平和と安寧をもたらした
蒼天の世を築きし、誇り高き王・華琳
その指には、常に木彫りの指輪が…
そしてその傍らには、彼女と同じ指輪を持つ、異国から訪れし白き太陽が、常に輝いていたという
いつまでも、いつまでも……
「待ちなっさ~~~~~い………… 一刀!」
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『お帰りなさい、一刀!』で、書こうか書くまいか迷って、書かなかったオチ
+華琳以外との絡みも見たい、と言う要望にお答えした形の作品です
また、前回とは違った風味になっていますので
よろしければ、その辺含めてお楽しみ下さい^^
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